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検索対象: SFマガジン 1983年2月号
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1. SFマガジン 1983年2月号

たらーーーあしたになったら、おれは、何もかも、夢だったと思いこ何ひとっしてくれと要求しなかった。するだけの値打もないと思っ んでるんじゃないんだろうか」 たんでしようねーーーおれは、やつの世界に入ったところで、何ひと 5 相変らず、うるさい男だーーーしかし、合田の感していることは、 つできないでしようよーーーおれも、松原も : : : しよせん、何のかか わりももてなかった。むなしいっていうか , ーー何か、胸ん中が変で ムこよ、、こ、まどよくわかった。 私だってそうだ 風が吹いてるみたいな気分でね : : : 」 私たって同じことた。この、恐しいほどの、 私の嫌悪は、あとかたもなく消えた。結局、誰に、合田や松原を すごいような非現実感、世界への異和感ーーーこんなものは、あすの 責められよう ? われわれはみんな同じだ、一蓮托生なのだ。もは 朝になれば、あとかたもなく消えうせているたろう。 まもなく松原も元気になり、会社へ出て来るようになる。そうすや、われわれは英雄にも神にも耐えることができない。卑少で、と ば、三人でのみに行って、この話をサカナにすることもできるだるに足らぬものと云われつづけているあいだに、それ以上のものに は、夢みることさえできなくなってしまった。 ろう。なんてかわった、なんておかしな体験だったのたろう 、を、ー . し・ルノーし う云いあいながら。松原には、だ、ふ、奢ってやらねばなるまい だがーーそれでも、われわれは生きてゆかぬわけこま、 「夢だったんだ」 あるいは > を買ってやるかー・ーー例の一万円があるからちといたで 私は云った。 だし、女房どのには文句をいわれるだろうが、しかたがない。 「しよせん、どうしようもなかったさーーーおかしな夢だったんだ な異和感を抱いたまま、ばっかりと体の芯に空洞を抱いたままで は、生きてはゆかれないのだーーー人間というものは。 私は一瞬、そのようなすべてのものを激しく憎んでいる自分にお拒まれたのは私自身、われわれの方たったのだ、という思いを、 どろいた。 私はふり払おうとっとめた。 「おれは帰るよ。 「ねえーーー編集長」 のろのろと合田がいう。編集長か , 私は合田にも、たまらぬ歩き出す。へ、見知らぬ、ちっとも自分のものとも思えぬ 妻子と、また平凡な、こまごまとした日々の中へと。 嫌悪を感した。 コナンに、でかいビフテキを食わしてやりたかったな 歩きな がら、私はしきりとそのことだけを考えていた。 「結局、われわれは , ーーわれわれは、何ひとつできなかったんだな コナンが、あのコナンが目のまえに よりによっておれの前にあ らわれたっていうのに タレントにしようとか、。フロレスだとか ってーー、おっそろしく、マスコミかぶれしたことしか考えられなく てーー・揚句、何ひとつ、できなかった。コナンも、何も、ほんとに

2. SFマガジン 1983年2月号

レナンは、困惑に声も出なかった。この星に関するサマリーを入こ。 手できなかったことが、イ 可としても悔やまれる。ここには、妙な習「殺人はわかりますがーー」 慣風俗が、思いのほか多いようだ。 ケイトン人の妙な物言いにはいいかげん慣れたつもりだったレナ 「えー、さっきの話ですが , ーーー」 ンが、ペニス云々について弱々しく抗議しかけたが、市長はそれを 「あ痛つ」 無視してくるりと踵を返し、叱るような口調で野次馬たちを問いっ レナンが中断された会話を再開しようとしてしゃべり出した時、めた。 ビッパの叫び声がその邪魔をした。職務上の会話を断念してレナン「誰が投げた ? 」 がふり返ると、ビッ。 ( は地面の上から何かを拾い上げるところだっ群衆は、一せいに否定の声を上げた。 「誰かが投げるところを見たものは ? 」 「これがどこからか飛んで来たみたいだ」 同じ返事。 腹立たし気に左目のふちをさすりながら、ビッパはその物体をさ 市長は、レナンとビッパをふり返った。 し上げた。カスガ警視は、一瞬ヒ 、・ツバに投げつけられた物が何か「明らかに、嘘をついている者がいます。実は、お話しませんでし わからなかった。最初にきやっと叫んでとびすさったのは市長だっ たが、最近ある危険な市民運動が起こっているのです。これはー 「な、なんてことを」 市長は、切断された腕をやさしくなでた。 喟わば、スパイで こんな時でも連合共通語を忘れないのはさすがだ、と、レナンは「その運動をさぐるために私がおくりこんだ、言 妙なところに感心した。 す。でしたーーー」 ビッパにぶつけられたのは、人間のーーより正確に言えば、ケイ 「ス。ハイ、ねえ」 トン人の右腕だった。肩のあたりで切断されたらしく、つけ根の部 レナンは、横目で切断された腕をながめた。訂正、ペニスが切断 分に、乾いた血のような黒ずんだものがこびりついている。 された腕、だ。彼は、重大犯罪には食傷しかけていた。殺人 ( ある 「ええと、これーーー」 いは、殺人のように見える離婚 ) 、片腕切断 ( あるいは、殺人並び どう始末してよいやらわからす、ビッパはそれを市長にさし出しにペニスの切断 ) 、この上また、エス。ヒオナージまでからんで来る た。市長は片手で顔をおおいながら受けとると、明らかに気が進まとなるとーーー。市長の言う″スパイ″が、平凡な地球人の目には、 ない様子で、それを至細に観察した。 どんなふうに映るか、考えてみるのもいやだった。 3 「今度こそ、殺人ですな。しかも、ペニスが切断されている」 「そうです。誰がこんな真似をしたのか、大体見当はついていま 市長は三つの目を順番にまばたきさせながら、厳しい声で言っ

3. SFマガジン 1983年2月号

だ、ちょっと恐いだけーーわたしの心を猫が引っ掻いているの」 器を見ると笑いをおさめた。そのそばに使いおわったアイフルがふ 「わたしが君の心を引っ掻いてやろう」彼は言い、まるで少女に重たっ転がっている。 さがないかのように彼女を持ちあげた。 「わたしに二アン。フルとも打ったわけじゃないな」彼は言い、少女 笑いながら、彼は少女を小屋につれていった。 は顔をそむけた。「さあ」彼は立ちあがった。「センターへ君をつ まるで睡眠薬をのまされたかのような、深い眠りから彼を目覚めれていかなくっちゃ。解毒剤をもらうんだ。薬を君の身体から出さ させたのは、少女のすすり泣く声だった。自分の時間感覚が歪んでなければ」 いるような感じがした。少女の姿が意識に刻みこまれるのにずいぶ 少女はかぶりを振った。 ん長い時間がかかるような気がしたからだ。彼女の泣き声は不自然「もうーー手遅れだわ。わたしを抱いて。わたしのためになにかし なほど長くひきのばされていて、はるか彼方から聞こえてくるよう たいと思ってくれるのなら、抱いてちょうだい」 な感じがした。 彼は両腕で彼女を包みこみ、ふたりはそのままの姿でいた。潮が 「どうーーーしたーーんだ ? 」彼が言った。そのとき、二頭筋にかす満ち、風が吹き、また潮が引いて、ふたりの縁をすり磨き、さらに 完璧な形に仕上げた。 かな痛みが残っているのをはじめて意識した。 「あなたをーー起こしたく なかった」少女は言った。「どうそ 眠ってちょうだい」 私は思う 「君はセンターの人間だね ? 」 ポルクと呼ばれた生き物の話をさせてもらおう。それは死にゆく 少女は顔をそむけた。 太陽の中心で生まれた。それは一部は人間で、一部はほかの物質で できていた。もし物質のほうがおかしくなると、人間の部分は物質 「それは重要なことじゃない」彼は言った。 「どうか、眠って。第七条の資格をーーー」 の動きをとめ、修理する。もし人間のほうがおかしくなると、物質 「ーーー失わないで、か」彼が終わりまで言った。「君はいつも契約の部分は人間の部分の動きをとめ、治療する。たいへん精巧にでき を尊重するんだね ? 」 ているので、ポルクは永遠に動きつづけることができる。だから、 「わたしにとってはーー・それがすべてではないわ」 ポルクの一部分がたとえ死んでも、ほかの部分が機能をとめること 「あの晩いったことは本気たったのかい ? 」 はない。ポルクは依然として、全体としての彼がこれまでおこなっ 「やがて本気になったわ」 てきた動きを続けることができるのだ。それは海辺を歩いている。 先が二叉になった金属棒で波が打ちあげた物を突っいている。その 「もちろん、いまの状況ならそう言うだろうさ。第七条君 「ばか ! 」少女は言い、彼の頬を打った。 人間の部分ーーーあるいは、人間の部分の一部分ーー・は死んでいる。 彼はくすくすと笑いだした。しかし、テー・フルの上にのった注射右のどれでもお好きなものを選べばいし ロ 3

4. SFマガジン 1983年2月号

しばらくすると、ビッ。 ( の動きに疲れが見えて来たので、レナン答えになっていない、とレナンは思った。同時に、これと同じよ うな発言を、どこかで聞いたことがあるような気もした。 が交替し、ベガン人を階上で休ませた。 ケイトンには、どんな宗教が人々の心のよりどころとして存在し 「市長ーーー」 ているのたろう。それもいずれわかる。この犯人探しの結末がどう 忙しく手を動かしながら、レナンは質問した。 「市長のおっしやっていた、危険な市民運動とは、どんなものなん出ようと、次の圧縮通信が届けば、多くのことがわかる筈だ。考え てみれば、彼がこの惑星に着いてから、まだ数時間しか経っていな ですか ? 」 犯人と惑星ーー、どちらも、彼にとって不愉快な謎たった。 「恥ずべき振舞です。恥すべき振舞を、公に認めよと要求しているい。 「はい けっこう。次の方、どうそ」 連中がいるのです」 居眠りをしているようなかっこうでカーベットに坐りこみ、水性ここ数年、こんな単純で単調な面通しはしたことがなかったな、 と、レナンは考えた。警部に出世してから現在まで、こういったこ インクのペンを単調に動かしながら、市長は顔も上げずに答える。 / よりマシな部下 レナンは、他のいくつかの疑問について考えた。自分のとらえ方とは、大体他の若い者にまかせて来たのだ。ビッ・、 と、市長の現状認識との間に存在するらしい、奇妙なズレ。ーー例えもいたし、もっとひどいのもいた。それでも何とかなったものだ。 ば、離婚と殺人の問題だ。それが単なる言葉の問題だとは思えなく特に今回のような場合、歯型に符合する者を見つけると言うより、 なっていた。また、この惑星ではそれほど異常ではないらしい路上誰が歯型をとりに来ないか、ということが問題なのだから レナンは、机の上の粘土のかたまりに目をおとした。次に、それ でのオーガズム。・ヘニスを切断された腕の死体。いずれも、ぶしつ を持ち上げ、顔に近づけた。開口部の幅六センチほどの馬蹄形のミ けにわたるのではないかと、質問をさしひかえていた謎だった。 ゾ。全部で八つある上歯のあと。右から三つ目の歯が十度ねじれ、 「次の方」 四つ目が欠けている。一番左の穴が、目立って浅い。まさか 一人のケイトン人がアゴの調子を気にしながらテーゾルを離れ、 レナンは、粘土を、″腕と並べて置いた。 別のケイトン人が。フラスティックにかぶりついた。 同じ歯型だ。 「恥ずべき振舞とはどんなことです ? 」 「こいつだ ! 」 市長は答えたがらないだろう、と根拠のない予想を抱きながら、 理性も用心も忘れて椅子からはね上がると、カスガ警視は問題の レナンは質問を一歩進めた。 ケイトン人と向かいあった。。フラスティックに歯型をつけたケイト 「そう、それはーーー」 ン人は、三つの目で順番にウインクした。 市長は顔を上げた。三つの目が、不規則にまばたきしている。 「異常な家族生活です。不毛のーーー子孫も魂のよろこびも生みださ「その通りだよ」 と、そいつは言い、歯をむき出して見せたゞ ない、歪んだ、堕落した楽しみーーー罪深いことです」 367

5. SFマガジン 1983年2月号

びとロふたロコーヒーをすすり、中年の男が、ロを開いた。 うことだけは、ひとっ聴いて下さい 「さて、何から申しあげたらよろしいのかな」 おれがうなずくと、男は続けた。 「実は、事故に会いましてね。私は、私のもといたところに帰れな ひとり言のようにつぶやいた。 くなってしまったんです。そうですね。燃料とでも言うんですか ここへくるまでに、おれと沙織は名を名のっている。今度は男が ね、″ペム″があれば、私はそこへ帰ることができるんですが″ペ 名のる番になっていた。 いや、それともエリイと呼んでいただいたム″を失くしてしまったんですよ。お恥ずかしい話なんですが、相 「私の名前はミック : 棒のルーシーとケンカをしてしまいましてね。それで″ペム″が失 方がいいかもしれませんねーーー」 くなるのに気がっかなかったというわけでして。可哀そうに、ルー 「エリイ : : : 」 「はい。それからもちろん信じていただけるとは思っていませんシーはおつ。ほり出されて、今ごろは無事な姿しゃないでしよう。私 だけが助かってしまって。で、私はこれから″ペム″を見つけなけ が、実は、その、私は人間でないんです」 とんでもないことを言い出した。 ればならないのですが、おふたりにそれを手伝っていただけたらと 男ーーーエリイと並ぶように座っていた沙織は、心もちエリイから思いましてね。それで、こんなところまであっかましくついて来て 身体を遠ざけようとした。エリイと言う男が人間でないと考えたかしまったわけなんですーーー」 らではなく、頭の方が正常でないのかもしれないと思ったからであ「″ペム″ってーーー」 「ええ。 るらしかった。 ″ペム″です」 自分のことをエリイと呼ばせるのもどこか歯車がずれている。漢さつばりわからなかった。 字でどう書くかはわからないが、仮に女なら恵理という名前もある「手伝うというのは、いったいどうすればいいんですか」 のだろうが、男の呼び方としてはどうも異様である。 おれは言った。 しかし、目の前で、あの笑みをたたえた顔を見ていると、少なく「なに、簡単なことなんです」 とも本人には、自分が嘘をついているという自覚はないらしかっ 男は立ちあがって、流しを物色すると、箱型のおろし金を見つけ た。そうでなければ、これほど邪気のない笑みを浮かべられるものて持ってきた。 「こいつをちょっと借してくれませんか」 ではない。 自分は人間ではない おれがうなずくのを確めてから、男は、紙袋をあけて、タマネギ そんなにでたらめな発言でなければ、た の皮をばりばりとむきはじめた。 とえ皇族の出だと言われても信じたことであろう。 7 そして、タ . マネギとニンニクを、そのおろし金でおろし始めたの 4 「いいんです、いいんです。信じてくれなくていいんです。信じる 方がおかしいんですから。でも、まあ、夢の話だと思って、私の言である。 ね

6. SFマガジン 1983年2月号

肉評論家でもあるそうである。 とめた。 「ちがうんです。アーノルド・シワルツネッガ 1 じゃないんで「するとなにか、お前の云いたいのは ? そのコナンだか、コナン 3 もどきだかは、お前んとこにあらわれた、ってのか ? 」 松原は、あわてて合田のことばをさえぎった。 「そうですよ : : : 」 「アー / ルドじゃないって ? 」 最初の昻奮が、すでにだいぶんさめてきたらしい松原は肩をすく 「ええ、それなら、ぼくだって何も、びつくりしやしないんです。めた。 本ものなんですよ " 【正真正銘、生きているコナンなんです「それで遅刻した云いわけにしようってわけじゃないですよ。それ でもも、つい に、夢じゃないです、朝ンなってもいたんだもの。 合田は、こいつ、頭がおかしいんしゃないか、という顔つきで、 いや。何となく、バカ。ハ力しくなってきた」 松原を眺めた。 「おい、もしそいつがホントたとすりや、そりやまるで、筒井康隆 「ありや小説中の人物た・せ」 の『末世法華経』じゃね工かーー・・しかし解せね工な。あっちは少な 彼は重々しく云った。 くとも日蓮だから実在の人物だが、コナンってのは、完全にロく 「それとも何かい、あんたのいうのは、コナン・ザ・グレートと名 、ワードの創作で : : : 云ってみりや、ゴジラみたいなもん のる巨人プロレスラーが華々しくデビューして : : : 」 だからさーーこ 「まア、いずれは、そうなるでしようよ , ーーーあんなもの、他につか「アイスランドのサガだったか に、『英雄コナン』が出てくる、つ いみちはありやしないもの」 て話がありましたよ」 松原は苦々しげに云った。 投げやりに、松原が云った。 「材木のロクロぐるぐる回させるわけにもいかないし , ーーああ、そ「まあ、 いんです。きっと、戻ったらもういなくなってますよ。 うか。やつばしさすが通の合田さんですね。その手があったん気が狂ったなんて云われないうちに、仕事にかかろう。どうだって だーー - ー全日本プロレスに、知りあい、ありませんか ? 早速、電話 いや、・ほくひとりが内なる不条理を抱いてたって、世界は何の支 してみようっと : : とにかく、このままじゃ、・ほくとこの床はぬけ障もなく動いていくんだ。健全な日常性はすべてを圧殺するんだか るし、うちじゅう獣くさいし、何もかも食われちまうし、たまったらーーー第一、ものは考えようだな。たしかに、合田さんの云うとお もんしゃない」 りなんだ。コナンであって、またマシだったかもしれないさ。ゴジ 「おい。ちょっと待てよ」 ラだったかもしれないんだしーーー豹頭だったりしたら、家の外へも 平林と阿部は、すでに興味を失って、仕事にもどっていた。私も出せやしない。あれならとにかく人間にやちがいないし、全日本。フ そうしかけた ロレスがきっとひきとってくれるからな」 が、合田のことばが耳に入ったので、思わす足を

7. SFマガジン 1983年2月号

4 ノ と二人の子どもに何て説明するんだ ? お前独身じゃよ、 いまに必す母屋に気づかれますよ。それ 「だってーーーこの匂い、 に、見て下さいよ、チキン、ワンカートン骨ごとたべて、まだ足り なそうな顔してる。ぼくの安月給で、どうやって、こんな : : : 」 「おれんとこが本だらけでなきゃあなあ」 合田がすばやく云った。 「それに車のローンがなけりや、よろこんでひきうけてやるんだ が。なにせ、コナンだものな」 合田は独身だが、マンションじゅう妙な本でいつばいにして いる。一度行ったが、足のふみ場もないとはこのことだ。 「だってえ : 松原は、泣き出しそうになった。そこにはもう、朝、コナンだコ ナンがあらわれたと興奮してかけこんできたようすはなかった。 厄介なことになったーーー三人は黙念として顔を見あわせた。コナ ンの方はそのあいだじっと見ていたが、ふいに、壁ぎわへゆき、ご ろりところがると、背中をびたりと壁につけて眠りはじめた。 あっという間に眠ってしまう。 三人は黙りこんで健康な寝息をきいていた。期せすして、三人の 心にうかんでいたのは、たぶん同じことであったのだ 思う。 いったい、おれは、こんないろんなものに縛られていたのかフ ずいぶんと、現代人というのは不自由なものじゃないか。いっから ? なぜ、こんなことになっていたの こんなことになっていたのか すてることもできす、日頃は別に重荷だとも思わすにしよいこん でいる恐しくたくさんのもの。仕事、会社、いつばいの家具 4

8. SFマガジン 1983年2月号

アキロニア語でないとーー・」 松原は途方にくれた顔をした。 合田があくびまじりに云ったときだ。 「・ほく、どうしたらいいんです、編集長」 「キンメリア ! 」 「うーん : : : ともかく、どこから来たのか、どういうつもりかきい コナンがガバッと身をおこして、合田をひつつかんだ。 てみないとな。ことばが通じないったって、何かしゃべるたろう」 「うわツ、あいててて。すげえ力だ。助けてくれえツ」 「そう思って、一応、六ヶ国語会話っての、買っては来たんですけ「キンメリアー アキロニア ! 」 ど」 「ヴァレリアー べンダーヤ ! スグラ・コータン ! アケロンー そこで、三人がかりで、気狂いみたいな光景が展開された。 ゼノビア ! ゾガール・サッグー いてえよう ! 」 その六ヶ国語会話をのそきこみ、下のカタカナをよみつつ、「あな 合田はやけくそでわめいた。コナンはしきりと何か云うが、それ たはどこからきたのか ? 」「あなたはだれか ? 」「どこへゆくとこ はたしかに、私の知るかぎりの何語にも似ていないようだ。やが ろか ? 」などと、英、仏、独、スペイン、イタリー 、中国語でかわて、コナンは失望の色をうかべて、手をはなした。 るがわるわめいてみるのである。 「しーーーしびれちまった。腕、折れるかと思った」 コナンもどうやら、われわれの意図はつかめたらしい。しかし、 合田はあえいだが、妙に嬉しそうだった。 ぢから わかることばはないらしく、青い目にいくぶん悲しげな色をたたえ 「やつばりコナンだ。すげえ・ ( カカだあ」 て、「コナン」「コナン」とくりかえすばかりである。 「ねえ、編集長ってば ぼく、どうすりやいいんです ? 」 「だめだ、こりやーー」 松原が、私にとりすがるようにきいた。 最初にサジを投げたのは合田だった。 「どうするってーーーなあ : : : こりや歌舞伎町のアケミより厄介だな 「少しも反応がね工んだから : : : えい、もしこれが松原の英雄妄想あ」 が具現化したやつなら、ふつう、日本語をしゃべるはずなんだけど「ここ十日にし 、つべん、おばさんが掃除してくれるんですよ。こん な・せって、妄想なら、松原も知らんことばを知ってるわけが なの見つけたらおばさん卒倒しちまいますよ」 ないし・ : ・ : 」 「拾って来なきやよかったんだよ」 「〈ンなこと云わんで下さい。・ほく、たしかに ( ワードは好きだけ「んなこといったってーー・誰が思いますか、「ナンが、自分ちの庭 ど、そんな妄想になるほど好きじゃないし、英雄願望なんてありまさきに立ってるなんて」 せんよーーーだったら、ポインの美女でも出るよう妄想しますよー 松原は私をじっと見た。よくない予感がした。 「もしこれが万一本もののコナンだとしたら、現在地球上でつかわ「ねえ編集長」 れてるコト・ハはみんなダメってこった。きっと、キンメリア語か、 「ダメだ。おれんとこは、の公団住宅だそ。第一、かみさん 0 4

9. SFマガジン 1983年2月号

りこんでやれば、彼としては、もといた世界に帰れなかったときに 「邪悪な魔法つかいの国だと思ってるだろうなア」 ついで幸福になれるのではないか、と私は考え、松原にもそう云お 合田が云った。そのことばが私に、奇妙な思いをかきたてた 私は、彼・、ーーどこからや 0 てきたのかもわからぬ、高貴で孤独な野うと思っていたのだが、「「ナン」を読んで考えがかわった。彼は イエティ 蛮人 , ーーの目にうつるように、この、私の見なれた世界をみてみよ決して、ベキン原人や雪男ーーーどんなものだか知らないがーーのた うとした。それは、たぶん、電気もガスも車もない世界にいたのでぐいではないのだ。高貴な野蛮人たが、王であ 0 たらしいし、それ なりの哲学や行動原理をもっている。保護区で、見世物になってい あろう彼に、どんなに妙に、どんなに化けものじみてうつるだろう 電気掃除機に洗濯機。かたい灰色の大地は一本の草も芽ぶかなるインデアンといっしょにうずくまっていて幸福になれるわけがな インデアンだって実は同じことである。まっとうな、健康な 。ぐるりをとりかこむ監獄のような白い壁、せまくるしく仕切ら れた小さな家々、魔法の箱、やかましく叫び立てる小さな四角い人間には、何というか、世界のなかに自分の場所がーー野心と活 動、何かをなしとげつつあるという自負と充実感が必要なのだ。政 箱。 騒音、わけのわからぬ手順、奇妙な味の奇妙な食物ーー石油から府から金をもらって生きている = スキモーにアル中の激増している こと、インデアンの苦しみをみてもそれはわかるーーだが、いまの つくられた食いものなど、太古の人間にはまさしく魔法でしかな この世の中で、剣一本で世をわたるしか知らない、戦士などを容れ 。妙な服、見なれぬ、敵意にみちた世界。 私ならとっくに気が狂っているーー・私は思った。彼はおどろくほる場所が、どこにあるというのか ? ど強靭で順応性があるといわねばなるまい。私たちの誰がこんな異戦争はボタンひとつだし、軍縮と経済摩擦だーー現に戦争のおこ 世界に、じぶんを歓迎しているのか、そうでないのかもわからぬ世 0 ているところへつれてい 0 た 0 て、だんびらをふりまわす原始人 界に放りこまれて、あんなに自然に、おちついたたいどでいられるをうけいれる国はあるまい。第一コナンが戦うのはじぶんの運を切 というのも、野獣のりひらき、国をかちとるためだが、その彼に、中東戦争や、ゲリラ だろう ? わけのわからぬうちは外に出ない、 戦をどう説明するのか ? 知恵だろうが、その自制心と判断力は大したものだ。 何となく、ヒロイック・ファンタジーという、これまで知りもせ 彼の世界はどんななのだろう。私は合田にかりて「コナン・シリ 1 ズ」を全部よんだ。もし彼がほんとにコナンならーーー合田はキンず、関心もなかったものがな・せ存在しているのか、わかるような気 メリアということばに反応したからには、絶対ほんものだというのが私はしてきた。現代はもう、私たちにとってどうにもならぬとこ だがーーそれは深い緑の森、あやしげな魔法つかい、石づくりの都ろまできてしまったーーー変えたくても、変えられない。脱出しよう 市と帆船、焼き肉、ツボの酒、大だんびらをふりまわす戦いと略にも、行き場はない。脱サラしてもしよせんはこの社会の住人 つももうひと 5 毎月の公共料金、税金にローン、家族をやしない、い 奪、そういった世界である。 彼を、何とかして、アメリカかカナダのインデアンの保護区に送部屋だけひろい家を夢み、年金と老人ホームに夢をつなぎ、こうや

10. SFマガジン 1983年2月号

私は部下たちをふりかえった。平林は微分積分の問題をとこうと 「コナンが出た、だって ? 」 しているような苦悶にみちた顔になり、知らんといったためしのな 私は、眉をしかめてききかえした。 い阿部がヘラへラした。 「コナンって、何だっけ : : : ? 」 「ああ、なんだ、それだったのか。もちろん、知ってますよ」 「やだなあ」 「桂小南、なんて云わんで下さいよ」 私の若い部下の平林がばかにするように云った。 松原はクギをさすように云った。 「村田さん、そんなことも知らないんですかーー・・新車の名前でしょ う。ほら、松坂慶子が悪漢におそわれる。『助けてーツ』とよぶと「そんなシャレ、ずっと昔から、高信太郎が云ってます」 「そんなこと、何も云ってないじゃないか」 来るって : : : 』 「で、そのコナンがどうしたんだ ? 」 「んな、「ばかな」 何ごとによらず、知らぬといったためしのない阿部が鼻で笑っ私は、話を頭にひきもどした。 「その映画がやっと公開されたってのか」 「んもうーーー映画なんか、ずっと前におわっちゃいましたよ。ほと 「ありや、ルプリだ 。それ、雑誌の名前しゃなかったつけ。創 んど、あたんなかったみたいでーー、やつばしああいう映画は日本じ 刊・フームだからなあ」 やウケないんだ。ス。ヒル・ハーグなんかには、カンタンにだまされる 「車ですってば」 ハ 1 どもめ」 くせして、 平林が云い張った。 「そんな話をしてるんじゃないだろ、じゃ何がどうしたんだ ? ー 「二人とも、 しいかげんにして下さいよ」 一大センセーションをまきおこすつもりで息せき切ってかけこん「ああ、それーーだから、その、コナンがあらわれたんですよリ」 ここを先途と、松原は悲壮な声をあげた。 できたらしい松原は、とうとう泣き出しそうになった。 私たちがキョトンとしているので、いっそうやっきになったらし 「車だ雑誌だってーーーあんまし、ヘンなこと、云わんといて下さ が、そのときちょうど、話をききつけたか、奥のへやか 。村田編集長みたいに、知らないといわれた方がまだマシだ。コ ら、ドクターと呼ばれている変態の合田があらわれた。 ナンは、コナンですよ。人の名ですよ。見なかったですか、映画ー ーほら、アーノルド・シ = ワルツネッガーの : : : どっかのバカ新聞「なに ? コナンがあらわれた ? 」 たちまちききつけて彼は叫んだ。 が、知ったかぶりして、中世ヨーロッ ( の話なんて書きやが 0 たー ーヒロイックファンタスイ : 、ワードですよー 「そうかあ、アーノルド・シュワルツネッガーは、来日したのか。 こりや、高まが原さんに知らせなくちゃ」 「知っとるか ? 」 高まが原さんというのは、プロレスとモデルガンの評論家で、筋 5 3