たいとは思わないんですか。仕事と結婚しちまったのかな。頭の故 くの , ー・ー異なったレベルにおいて〈見て〉いるのだった。分析はほ とんど不可能だ ! 意識相と無意識相は複雑に呼応しあい、記憶と障してる連中に手を貸して、お国のためになる建設的な人生へもど してやろうってわけですか」 新しい印象はたちまちにしていりまじり、それでいてその複雑さは、 全体として一種の統一をみせている。それは彼の研究していた機械「この仕事は好きだわ」わたしは言った。「むずかしいけどおもし にーー・ひどく複雑なくせに、全体としてはひとつの数学的調和をみろいし。あなたのと同じよ。あなただって御自分の仕事は好きでし せているあの機械に似ていた。あの薔薇の花びらたちにも似ていた。 わたしがスクリーンを読んでいるのに気づくと彼は叫び出した。 「まえはね」彼は言った。「それとももうおさらばたけど」 「のぞきやめ。ひとりにしてくれ。出てってくれ ! 」言うなり、わ「どうして ? 」 っと泣き出してしまった。スクリーンには数秒間、鮮明な幻想場面ちょんちょんと頭をたたいてみせて、彼は言った。「ジジっと来 がうかんだ。頭から腕から固定具を引きちぎり、器械をけっとばして一巻のおわりなんだ。ちがいますか ? 」 「どうしてそう、電気ショックにかけられるものと決めちゃってる こわして建物をとび出してゆく彼。外には、暮れがたの空の下にひ ろびろと、乾いた短い草におおわれた丘がひろがっていて、そこにのかしらね。まだ診断もすんでないのよ」 「診断だって ? 」彼は言った。 「いいですか、もうお芝居はやめて 彼はひとりぼっちで立ちつくしている。現実の彼はこうして椅子に もらいましよう。診断ならとっくに出てるんだ。の経験ゅ くくりつけられたまま泣いているというのに。 たかなお医者さまたちの診断がね。政府に対する重度の離反。予後 わたしは探査を中断して電極をはずしてやり、お茶でも飲まない かと言ってみたが返事はなかった。とにかく腕の留め金をはずし、 最悪。処方ーーーわめきのたくる廃人どもと一緒にとしこめて、 お茶をもってきてやる。きようは箱いつばい砂糖もあった。そのこ書類を調べたように心の中も調べつくせ。而してのち、焼却のこ とを話し、ふたっ入れるわね、と言った。 と。あまさず、残らず焼却すべし、ってんだ。でしようが、先生。 泣いたりしたのが恥ずかしくなったのだろう、ちょっと口をつけどうしてこんな、お茶だ、診断だってな芝居をしなきゃならないん てから、彼はことさらに皮肉な調子で言った。「ぼくが砂糖好きだ だ。おとなしく指示どおりにはできないんですか。焼きほろ・ほす前 なんて、よく御存じですね。サイコスコー。フが教えてくれたってわ に、・ほくのすべてをずたずたにしなきや気がすまないとでも言うん けですか」 ですか」 「馬鹿いわないで」わたしは言った。「誰たって手にさえ人ればお「フローレス」忍耐のせとぎわでわたしは言った。「あなたは〈自 砂糖は好きだわ」 分を殺してくれ〉って言ってるようなものよ。自分でわかっている いえ、ちび先生。そんなことはございません」いくつだ、結婚の ? サイコスコー。フは何も破壊することなんかできないわ。まし しているのか、と同じ調子で彼はきいた。いじわる男め。「結婚してやわたし、証拠さがしのために使っているわけしゃないもの。こ 幻 0
八月三十日 おなじで ) 自発的に出てきたものがいちばん有益なんだそうな。そ ネイデス先生から仕事日記をつけることをすすめられる。注意ふれも、テー。フに吹きこむんじゃなくて、何かに書きとめて誰にも見 0 かく日記をつけておけば、読みかえすつど、その時々の自分の観察せずにおきなさいって。その方が自意識過剰にならずにすむからっ を思い出すことができて、過ちに気づけば気づいたで勉強にもなるて。むずかしいな。いままで私的な書きものなんて何ひとっしたこ 飛ジチイヴ・シンキング し、積極思考の進歩や、そこからずれてるところもはっきりわかとがないんだもの。いまだってずっと、まるでネイデス先生のため って、つまるところフィードくッ , ク式に仕事の軌道修正をしていけに書いてるみたいな気がしている。この日記が役に立ちそうなら、 日をみてちょっと先生に見ていただいて、アド・ハイスしてもらおう。 るから、というのだ。 わたしは毎晩このノートをつけて、週末ごとに読みかえしてみよ見たところアナ・ジェストは更年期性抑うつらしい。ホルモン療 、つと思う。 法をやっとけば十分だろう。そーら。これでわたしがどれくらいヤ、 助手のうちにやっておけばどんなによかったろうとは思うけれ・フ医者か、そのうちわかる。 ど、自分で患者をもつようになったいまだからこそ、こういうこと 明日はふたりのスコー・フ探査。自分で患者をもてるなんてワクみ が一層たいせつなのかも知れない。 クする。はやくやってみたくてたまらない。もちろんチームでやる きのうは六人の患者を診た。一スコープ医としては精一杯の数仕事だってとてもためにはなりましたけどい だ。もっとも、うち四人は国立心理研でのネイデス先生の研究のた 八月三十一日 め年中診てる自閉症児たちだった ( この子らのメモは臨床心理ファ イル参照 ) 。あとの二人は新患。 八時から三十分、アナ・の探査。十一時から十七時までその分 析。 ( 注意 ) 次回は右脳用ビックアツ。フの調整を忘れずに。アナの 、。ほとんど音声を伴わず、触感も微弱。人 アナ・ジェスト ( ) 視覚具体像はとても弓し ハランスに関する実験分析結 ハン屋の包装係。既婚。子どもなし。・ 体イメージもでたらめだ。ホルモン・ 診断ーーーうつ病。市警より委託 ( 自殺未遂 ) 。 果は明日出る見込み。 フロ】レス・ソルド ( ) 大方の人の心の退屈なことといったら驚くばかりだ。もちろんこ 技師。未婚。未診断。より委託 ( 精神病的行動ーーー凶の女性の場合はかわいそうにひどいうつではあるのだけど。意識相 暴性あり ) 。 へのイン・フットは支離減裂でもやがかかっているし、無意識相の方 はふかく口をあけてはいるものの暗い。その暗がりのなかから出て くる物たちの、しかし何というつまらなさ。古靴のひとそろいだっ 仕事の折りふしに感じたありのままを毎晩書きとめるのが肝心だ と先生はおっしやる。自己診断のためには、 ( 自動サイコスコー。フと たり、「地理学」なんて言葉だったりするのだ。その靴にしたとこ
ォズのかかし カ電子帆船 ライマン・フランク・ポーム〕佐藤高訳定価三四〇円 〈ォズ・シリ 檮か治める国を版うため カ 少 , 久レ五し、 し・爿・ー↓ の ス そして、おなしみのかかし オ ジェットウインド ジェフリイ・ジェンキンズ高、水洋訳定価四六〇円 丿のコンヒュ 見代科第の枠を結集した界 ク . を一屮史したー反【「 冂アク、ンヨン 〈ルイジアナ物語巧 ) 移りゆく人びと 定価四〇〇円 モーリス・ドニュジェール 幾多の早 司を再建したバ アにも老いは 目 , 刀 てきた ( 〔ってして、・じ シャルルの時代へと・は移っていくか・ 〈近刊案内〉 〈海の士 / ボライソー・シリーズ 5 〉 毎こ祖の旗を ( 仮題 ) アレグサンダー・ケント パタースン ヴァルハラ最終指令 ウィリアム・ I ・ハラハン 亡命詩人、雨に消ゅ ハヤカワ文庫 NF ` 愛する者の名において マルタン・グレイ / 長冢隆二訳 ユダヤ人ケ 4 ・アンリコが映画化 , 予価」一 - 下各四〇〇円 ジェームズ・ディーン ンダン定価一一四〇円 ヴェナプル・ハー スパイのためのハンド。フック ウォルフガング・ロツツ定価ニ八〇円 円歳にとって人生とは 中 ジョイス・メイナード定価三六〇円 鰍ヘリオット先生奮戦記 ( 上下 ) ジェイムズ・ヘリオット定価上一。各四〇〇円 珍姓奇名 久間英定価三〇〇円 おかしなネコの物語 し 定価ニ四〇円
彼は言った。「さあね。人間と国の、あるいは友人と国のどちらの。「何かあったら、この本を参考にするといいわーって。この本 を選ぶかという段になったら、やるかも知れない。裏切りといわれを見てもだめでしたなんて言ったら、途方にくれてますって告白す るかも知れないけどね。ぼくに言わせれば、それは良心なんだ」 るようなものだ。さっそく患者をとりあげられてしまう。実際、こ 彼は、自由主義者なのだ。まさに日曜日、ケイティン先生が話しれは一種のテストなのだとーーわたしを試しているのだと思う。で ておられたあれだ。 もわたしはこの経験をみすみす手放すわけにはいかない。勉強にも 古典的精神病。正常な情緒の欠如。ひどく平然というのだものー なっているし、おまけに、患者もわたしを信頼してくれて自由にい 「やるかも知れない」なんて。 ろいろ話してくれるのだもの。それというのもわたしが、彼の話し いや、ちがう。彼はつらいのをこらえて、やっとの思いでそう言てくれることを誰にも絶対に秘密にしているからなのだ。だからわ ったのだ。ショックのあまり、何も感じられなくなってしまったのたしは、治療が軌道にのり、必ずしもそんな信頼が必要なくなるま はわたしの方だ。ただいちめんの空白。寒くて。 では、誰にもこの日記を見せたり、こうした問題について話しあっ この種の精神疾患ーー政治的精神病とでも言うべきものを、どう たりすることはできない。 扱ったらいいのだろう。ディ・キャムの本は二度読んで、いまでは それがいつのことになるのかはわたしにもわからないのだけれ 理解できたつもりではいるけれど、やはり政治学と心理学のギャッ ど。わたしたちふたり、つねに信頼なくしてはやっていけないよう ポジティヴ ・フがあるので、考える指針とはなりえても、積極的にどう対処したな気もするし。 らいいのかを教えてくれはしない。・がどう考えどう感しる かの予測はつくし、それと彼の現在の心的状態の差もわかりはする 十月九日 ポジティヴ のだが、どうしたら積極的な考え方をするよう教育できるか、そこ ・ t-o の探査資料が彼にとって ( わたしにとっても ) 危険なもの のところがわからないのだ。ディ・キャムによれば、離反とは一見になりはじめて以来、ノートをつけるのはやめてしまっていた。今 積極的な理念や感情にみちた消極的状態とのことだが、これは・夜全部を読み返してみたところだ。ネイデス先生に見せるわけには には当てはまらない。そんな矛盾は彼の中にはないからだ。むし 、よ、、といまでははっきり思う。それならそれで、このまま書 ろその理屈は、ディ・キャム自身のかかえる、政治的なものと心理きたいことを書きつづけるつもりだ。そうしろと言ったのは彼女 学的なものとの矛盾にこそびたりとあてはまる。かといって、このなのだから。もっとも先生にしてみれば、わたしの方で見せたがる 理屈自体がまちがったものであるなら、そんなことが起こるはずもだろうとふんで、常々それを期待していたのかも知れない。わたし ないし。 だってはじめのうちはそうも思ったし、見せるように言われれば渡 助言がほしくてたまらないけれど、ネイデス先生に頼むわけにはしもしたけれど。きのう、ノートのことをきかれた。やめてしまっ いかない。ディ・キャムの本をわたしてくれたとき、言われたもた、分析ファイルに記したのと同じことのくり返しだから、と答え 2
とも、いまならずっとわかるような気がするのだ。すっかり診断が こは法廷ではないのよ、フローレス。あなたは裁かれてるわけでは ついてしまうまで、日記はネイデス先生には見せないでおこうと思 ないの。わたしだって裁判官じゃない。ただの医者だわ」 それをさえぎるように彼は言った。「お医者さまなら、ぼくが病う。離反の容疑で逮捕された ( 彼ときたら、まったく不用心な口を きくんだから ) という彼の供述が少しでも真実なら、先生はわたし 気じゃないってことぐらいわからないんですか ? 」 「〈立ち入り禁止 ! 〉なんて立札で閉め出されちゃってて、どうやの経験不足を理由に、きっとこの患者は御自分で引きうけようとな さるだろう。そうなったら、ほんとうに悔やしいもの。わたしには ってわかれっていうの ! 」わたしは叫んでいた。文字通り叫んでい た。忍耐などーーーそれこそポーズだったのだろうー・・ー粉々にけしと経験が必要なのだ。 んでしまっている。だがとにかく何とか突破口だけはつかんだとみ 九月七日 て、わたしはそのままつづけた。「あなたは病気に見えるし、する ことだって病気じみてるわ。肋骨には二本ひびが入っていて、食欲わたしの馬鹿。彼女がディ・キャムの本をよこしたのはそのため はさつばりで、発作的に泣いたりわめいたり。それでも健康といえじゃないの。もちろん先生は御存じなのだ。部局長という立場柄、 て ? 病気じゃないって言うんなら証明してごらんなさいよ。心の彼女は・に関するの書類にも目を通すことができる。 先生はわざとわたしにこの患者をまかせたんだわ。 中をあまさず見せてみたらどうなの ! 」 まったく、 しいお勉強だこと。 カツ。フに目をふせながら、ふっと笑いのようなものをもらして、 きようの探査。・はまだ怒ってむすっとしている。わざとセ 彼は肩をすくめた。「かなわないな」と彼は言った。「どうして、 あんたにこんなことを言ってるんだろう。まったくあんたはご誠実ックスシーンなんか思いうかべてみせた。回想の一シーンなのだ が、女が彼の下で声をあげはじめた途端、その顔にわたしの顔のカ そうですよ。ちきしよう」 リカチュアをはりつけたりして。診断上有効。女ならとてもこうは わたしは立ち去った。どうして人は、こんなにも人を傷つけるこ とができるのだろう。子どもたちばかりに慣れすぎてしまっていたできなかったろうと思う。性行為についての女の回想はふつう、も からいけなかったのだ。おびえると咬むかすくなかしかできない動っと暗くて深刻で、当人たちも相手も、こんなふうに首だけすげか 物と同じで、子どもたちは拒絶するとなると徹底的に拒絶してくえのきく肉人形になってしまうことはない。しばらくするとしか る。だが知性もあり歳もわたしより上のこの男とは初めのうちはコし、それにも飽きたのだろう ( ひどく生々しい場面にもかかわら ミュニケーションもあり信頼もあって、そのあとでこの一撃だつず、身体反応は勃起さえ見られなかった ) 、彼の心は自由にさすら い出した。はじめてのことだ。机上の設計図の一枚がふたたびあら た。それだけにいっそう傷はふかい。 こうしてこのことを書くのはほんとうにつらい。また心が痛むかわれた。自ら鉛筆で図柄に手を入れたりしたところをみると、設計 ら。でも書けば書いただけのことはある。彼の言わんとしていたこしたのは彼なのだろう。同時にイヤホーンに澄んだ精神音でうたが
くさんいます」 今までに、 ″ドア″が通過の途中で壊れ、体の半分がこちら側 ( ンショー夫人は唇を固く結んだ。「何もできないとおっしやるに、半分が向う側に残るようなことがあったろうか。そんな件は のですか」 聞いたことがなかったが、おこりうるだろうと思った。 スローン博士は徴笑した。「とんでもない。精神探査が出てくる彼はデスクに戻って、次の予約の時刻を調べた。 ( ンショ 1 ・夫人 前も、何世紀にもわたって精神科医が存在していたんです。私にそが、精神探査の処置をする手配をしなかったことに腹を立て、失望 の子と話をさせていたたけませんか」 しているのは明らかだった。 「あの子と話すんですって ? それだけですの ? 」 、ったい何故だ ? 自分の目からは疑う余地のないイカサマであ 「必要になれば、あなたから予備知識をうかがうことにしますが、 る精神探査などというものが、どうして一般大衆の間にこれほどの その子と話すのが不可欠だと思います」 人気があるのか ? 機械へと傾斜してゆく今の一般的趨勢の一面に 「いいですか、スローン先生。あの子が先生にこのことを話すとはちがいない。人間にできることなら、機械の方がもっとうまくやれ る。機械だ ! 機械をふやせ ! 何でも機械だ ! 我々は何という 思えません。母親の私にさえ話そうとしないんですよ」 「そういうことは、しばしばあります」と精神科医はいった。「子時代に生まれあわせたのか , 嘆かわしいことだー 供というものは、時には他人を相手にする方が進んで話をするもの です。いずれにせよ、私は他の方法ではおひきうけいたしかねま彼は精神探査への敵意でいらだちはじめていた。これは、技術的 失業への恐怖、自分の中にある根本的な不安感、機械恐怖症とでも いったようなものだろうか ハンショ 1 夫人は、あまり納得のいかない顔で立ちあがった。 「いつ、おいでになれますの、先生 ? 」 彼は、このことを自分の精神分析医と相談するように、心覚えを 「今度の土曜日よ、 した。 冫しかがです ? お子さんは学校がないでしよう。 あなたはお忙しいですか」 「お待ちしておりますわ」 スローン博士は手探りで進まねばならなかった。少年は、多少と 彼女は、もったいぶった様子で退出した。スローン博士は彼女をも自分から進んで話し、助けてもらおうと思ってやってきた患者で 送りながら小さな待合室を抜け、診療所の″ドア″のところまでつはないのだ。 いていって、相手が自宅の座標を打ちこむのを待った。彼女が通り 現状では、リチャードとの最初の面接は、短時間で要領をえない 抜けるのを見守った。彼女は半分の女になり、四分の一の女にな ものにしておくのが、いちばんいいのだが。自分がまったくの他人 り、ばらばらな肘と足になり、何もなくなった。 ではなくなるところまでにしておけば十分だろう。次回には、前に そっとするような眺めだった。 会ったことのある人間ということになる。その次には顔見知りにな 8 6
かに医師の権威も重要だけれど、何も偉そぶる必要なんかないのですって。毎日それをきかされるんです。自慢そうにね」それから に。政治の世界なら、権力者がみなを指導、統率していかねばなら彼は言葉をついで、「あの人が国際的に有名な学者だったのを御存 ないというのもわかる。でも、精神医学はそれとはちがう。医者にじですか。「自由の理念」という、二十世紀の政治、芸術、科学に 患者を〈治す〉能力があるわけではないのだ。患者はわれわれ医師おける自由の概念についての本も書いてます。技師学校にいるとき の協力のもとに、自力で治ゆするのである。これは決して〈積極読みました。当時はまだあの本も本棚にちゃんと置いてあったんで シンキング す。もういまではありませんけどね、どこにも。教授自身に聞いて 思考〉に反することではない。 ごらんなさい。そんな本、きいたこともないっていいますよ」 九月十四日 「電気ショック療法の後、多少の記憶を失うのはめずらしいことじ ・との長い会話のせいでひどく混乱している。考えを整理しゃないわ」わたしは言った。「でも、忘れた記憶も再びとりもどす てみようと思う。 ことはできます。ふつうは自然によみがえってくるものよ」 「六十回も電気ショックをやられたあとでも、ですか」 肋骨の損傷のため作業療法に参加できず、彼は不安になってい る。凶暴患者用特別房にいることにひどく神経をたかぶらせている ・ r-n は背の高い、猫背ぎみの男で、病院のパジャマを着ていて ので、わたしの権限でカルテから凶暴表示をはずし、三日前、男性もちょっと目立つ人物である。でも背ならわたしもある方だし、彼 大病室に移した。彼のペッドはアルカ老人のとなりで、きよう探がちび先生とわたしをよぶのも、決してわたしの方が背が低いから 査のためよびにいってみると、ふたりはアルカ老人の・ヘッドに腰かではない。わたしに腹を立ててそう呼んだのが最初だったが、この けておしゃべりをしていた。 ;-u ・が言った。「ソーベル先生。・ほ ごろは、つらくて、でもわたしを傷つけたくはないようなときに言 くのおとなりさんを知ってますか。大学文学部のアルカ教授なんでうらしい。わたしといっても、彼が知っているつもりのわたしを、 すよ」もちろんその老人なら知っている。わたしなどよりずっと古ということなのだが。 くから、もう何年もここにいる患者さんだ。だが・の話しぶり「おとぼけはやめてください。ちび先生。あの人が故意に心を破壊 があんまり丁重でまじめそのものなので、わたしも、「まあ、はじされちまったってことぐらい、あなただってわかってるんでしよう」 そのときわたしの言った言葉を正確にここに書きしるしてみよう めまして、アルカ教授」と言って握手をした。教授の方でもはじめ ての人に対するようなていねいなあいさつを返してくれた。この患と思う。肝心なところだから。「電気ショック療法の日常的活用に 者さんは、たいてい次の日にはもう、前日会った人のことなど忘れはわたしは賛成できないわ。老人性うつ病などの特殊なケースをの てしまっているのだ。 ぞいては、自分の患者にすすめようとも思わない。わたしがサイコ 探査室へむかう途中、・がきいた。「あの人、何回電気ショ スコープ探査を手がけるようになったのも、それが破壊的ではなく ックをうけたと思います ? 」わたしが知らないというと、「六十回統合的なものだったためなの」 ポジティヴ・ 2 る
己から金星用知能ロポットの開発ビが幼いロデリックの先生だ 0 た。まだちなった、と思いきや : ・ ゃんとしやべれず、無器用で、足がわりの本書はジョソ・スラデックのひさしぶり 糸を委託されてミネトンカ大学のリ ング博士が作ったのは、自ら考え、自ら学キャタ・ヒラでそこらを走りまわっては部屋の長篇で、〈ロデリック・ザ・ロポッ 万 ト〉三部作の第一巻。〃機械児の教育 ぶ、意識をもった機械ーー自己学習システの植木ばちを壊してしまったりしていた。 エコロジストの妻はヒステリックで、そんと副題がついている。かわいらしい機械児 ム ロデリックだった。 なロデリックにつらくあたった。ひどい折ロデリックの成長を描く、なかなか楽しい 博士とその助手たちは何年間も他のすべ 大 てを犠牲にしてこの研究に没頭した。体を檻で首がもげかかると、スコッチ・テー。フ = 1 モアである。もっともいかにもス ラデックらしいマッドな毒が随所にあっ こわした者も死んだ者もいた。名も知られで止めて知らん顔していた。夫の方もいい かげんな男で、ついにある日、妻の浮気にて、単純なユーモアにはなっていな ぬ三流大学のコン。ヒュ 1 メ学科だったが、 ロデリックも、単なる人間の子供の読 彼らは本気だった。そう み換えではなく、コンピュータの知的発達 して、ついに機械の中に とうハードな考察がなされている。後の 意識の火がともった。赤 方で、ロデリックがアジモフの『われはロ ん坊のようなものだが、 ポット』を読み、ロポット工学三原則の非 明らかに人類以外の最初 論理性をつくという、楽しいお遊びも出て の知的生物誕生だった。 くる。 ところが、博士らを待っ ロデリックが平穏な生活に落ち着いたの ていたのは、突然の計画 もっかの間、ジ。フシーにさらわれたり、自 ん中止の知らせだった。 動占い器扱いされたり、いろいろな冒険を そもそも計画自体が始 する。その間に少しずつ人間の世界を知っ ーめからインチキだったの だ。の高官の一人が、自分の趣味逆上すると、ロデリックの頭を ( ンマーでてゆくのだ。やっと養父母のもとに帰る と、今度は小学校へ入学することになる。 の飛行機コレクションのために、公金横領ぶんなぐって家から放り出してしまった。 かわいそうなロデリック。でも、次に彼先生はロデリックが重症の身体障害者だと のダミーとしてでっちあげたものだったの である。スキャンダルを公にしないため、 を養うことになったのは、すばらしくやさ信じ込み、様々なとんちんかんな事件が起 こる。悪ガキどもにいじめられ、先生には 手が打たれた。計画は秘密にされる。大学しい子供のない老夫婦だ「た。 " おち 問題児扱いされ、ついには放校処分。次に 』一丁理事会でのマンガチックな権力争いもからん。は引退した技術者で、町の発明家。 ク - ラんで、 0 デリ , クは間に合わせの体のま 〃お母ちゃん 4 はアマチ = アの芸術家。彼入ったカトリックの学校では、神父さんと ロデリックの前途は多難で ま、世の中に放り出されたのである。 らはロデリックをまったく人間の子供とし神学論争 : 一、アン最初に引き取られた = コロジストの家でて扱うことにする。こうしてロデリックある。 ロ は一日中テレビにかじりついていた。テレも、やっとまともな生活をおくれるように ジ ー引
ードにうなずいた。それから鳥の罠をゆ ハランスをとっているつつかえ棒に板ら、マーチンスンはシェ・ハ ードは罠のきわどい ぎれを投げた。竹の棒がはじけとんで、重い小屋がどさっと地面にびさして、「彼女は空を飛ぶことを夢見ている。だからわたしは、 落ちると、枯葉が舞いあがり、ほのかな光芒が樹間をふるえながらこうやって罠を仕掛けた。彼女が逃げようとしたら、つかまえよう 伝わって行った。ほとんど同時に、百ャードはなれたパルメットのと思って」 ードはくたびれた医師に近づいた。「飛ばせてやり 若木の林から、ばっとおどり出たものがあった。罠のうしろにかく「先生」シェパ れて待っと、走る人影が近づいた。ひげづらで、ぼろぼろの鳥の衣なさい、夢を見させてやりなさい。まず目覚ませて : : : 」 ードの帯電した手が、自分 裳はなかばロビンソン・クルーソ ー、なかばインディアン戦士、両「シェパ ード ! 」マーチンスンはシェパ の手首に色あざやかなインコの羽根飾り、ひたいには飛行眼鏡。 のほうへあがるのを見て、ぎくりとしてあとしざった。「彼女は死 男は罠にかけ寄り、うろたえぎみにのそきこんだ。なにもはいつの世界から帰ろうとしてるんだ ! 」 ていないのにはほっとした様子で、目にかかった羽根の屑を払う ードがそばまで行かぬうちに、神経外科医は背を向けた。 と、自分の獲物は近くの枝にとまっているとでも思ってか、こんど逆立った羽根をねかせて、椰子のあいたを走りだし、怒りと痛みの は頭上の天蓋をすかし見た。 奇声を発しながら森の奥に消えた。 「エレイン ! 」 ードは追わなかった。マーチンスンが凧をあげ、森じゅう マーチンスンの叫びは、悲壮なうめき声だった。神経外科医をどに鳥のイメージをばらまいたわけが、やっとわかった。彼は宇宙セ うなだめたものかわからぬまま、シェパ ードは立ちあがった。 ンター全体をエレインのために用意して、ジャングルを彼女がくっ 「エレインはここにはいないよ、先生」 ろげる鳥舎にかえていたのだ。翼を生やした女が死の床から目覚め マーチンスンはたじろいだ。ひげづらが幼児の顔のように小さかる図におびえて、なんとか彼女をケー。フ・ケネディの森の、魔法の った。からくも自制しながら、彼はシェパ ートをみつめた。目が、世界にとどめおこうと思ったのだ。 ぼーっと光る地面と葉むらをさまよい、わが身にとりつきはじめた罠をあとにしてシェパ ードは、もう数百ャードのへだたりしかな べつの自分の亡霊がこわいらしく、彼は輪郭のはっきりしない指の い巨大なガントリーに目をすえて、木立のなかを歩きだした。時の まわりを不安げにいじった。彼はシェ。ハ ードに警告の手ぶりを見せ風が肌をなぶり、べつの自分を腕や肩に焼き重ねてくるのがわかっ た。またあの、ココア・ビーチのみす・ほらしい通りを歩く天使めい て、光る鎧になっている腕と足の幾重もの輪郭をしめした。 ハード、とまるな。なにか物音が : : : エレインを見なかったた存在に、自分が変身してゆくのがわかる。コンクリートの滑走路 を横断すると、樹林がいっそう深くなる地帯にはいった。途方もな 「エレインは死んだよ、先生」 いフレスコ画で飾られたエメラルド色の世界、壁のない宮殿。 「死者だって夢を見る ! 」全身を発熱したようにわななかせなが ほとんど息をとめていた。ここ、宇宙センターの中心部にくる か」 394
「それが原因の一部かもしれませんよ、 ( ンショーさん。あの子があるものですが、ふつうは年を取り疲れてくるにつれて消減して は、こうした外へ出たいという衝動を感じながら、反面、それがい しまいます。たたし、異常に抑圧されたために、その圧力が高まる けないことだと思っています。そのことを、あなたや教師に話すのようにならないかぎりですがね。そんなことをしないように。リチ ャードは大丈夫です」 が恥しいんですよ。それで、すねて自分の殻に閉じこもらざるをえ なくなっていますが、このままでは危険なことになりかねません彼は″ドア″に歩みよった。 ハンショー夫人がいった。「じゃ、精神探査は必要ないとおっし 「じゃ、どうしたらやめさせられるんですの」 やるんですのね、先生」 彼は振り向いて、激しい口調でいった。「絶対に必要ありません スローン博士は答えた。「やめさせようとしないことです。代り あの子には、そんなものが必要なところは、まったくないんで に、エネルギーをほかへ向けさせましよう。お宅の″ドアんが故障 した日、あの子は外に出ざるをえなくなり、そこがすっかり気にいす。おわかりですか ? まったくないんですよ」 って、それが癖になってしまいました。最初のすばらしい体験を再彼の指はダイヤル盤から一インチのところをさまよい、表情は不 現するために、学校への行き来を口実に使っているんです。ここ機嫌になっていった。 で、あなたが、土曜と日曜には二時間すっ家の外へ出してやると約「どうなさいましたの、スローン先生」とハンショー夫人が説ね こ 0 東したとしましよう。何もどこかへ行くためでなくても、いすれに だが、その声は彼に届かなかった。彼は、 ! トア″や、精神探査 せよ外へは出られるんたということを、あの子がよく理解したとし ましよう。それからは、学校への往き来には喜んで″ドア〃を使うや、増大しつつある息詰るような機械への風潮のことを考えていた ようになると思いませんか。そうなれば、いま教師やおそらく級友のである。我々には誰にでも少々の反逆心がある、と彼は思った。 そこで、手をダイヤル盤からおろし、″ドア″から回れ右をしな たちとの間に生じているいざこざが解消するとは思いませんか」 がら、彼は低い声でいったのだった。「なに、こんなにいい日たか 「でも、それじゃ、この状態が続くわけでしよう。その必要があり ら、ひとっ散歩をしてみようと思いましてね」 ますの ? もう二度と正常には戻らないんですか」 スローン博士は立ちあがった。 「ハンショーさん、あの子は今だ って誰にも劣らず正常ですよ。今は、禁断の喜びを味わっていると ころなんです。あなたが協力して、非難してはいないというところ を見せれば、それだけで魅力の一部は消えるでしよう。そして、成 長するにつれて、社会の期待や要求を自覚するようになります。順 応することを学ぶのです。もともと我々には誰にでも少々の反逆心