薄らいでいっているらしい。あの世界での想い出が、夢を見ていた これがテレバシーなのかー としか考えられないというのだ。 「もどるのよ、あのドアに ! 」 王女はぼくを見つめていった。 その声にぼくは背後の壁を探ぐり、あの謎のトンネルへの出口を : これも夢の中のことよね、少尉 ? そ 「この淡い霧のトンネル : 見つけようと懸命になった。 そして、あせる・ほくの目の前で、トロン伍長が王女とそっくりのれで、あなたはだれなの、おじいさん ? 」 トロン伍長は、もう離すものかというように、しつかりと・ほくに 娘と合体し始め、もう一人の少年もその姿を変え始めた。 とっぜん、探ぐるぼくの手が宙をおし、壁が後ろにはずれたのしがみついた。ぼくが彼女の肩にまわした手はその胸のふくらみを か、そのむこうの空間に・ほくの体はころがりこみ、見おぼえのあるおさえ、彼女は自分の手をそれに重ねた。 トレーサーの発振音をたどってドアを見つけ、お化け小島の洞穴 白い霧のトンネルに入っていることを知った。ぼくはそこから見え る研究室内に手をのばし、顔を出し、王女を引きずりこんだ。大きにもどったぼくは、魔法のアタッシ = ・ケースから電話機を取り出 な物音とともにその部屋のドアが蹴破られ、 = ィリアンの兵隊が飛して女王に報告したあと、三人にむかって話した。 びこんできた。そいつの目は大きく開き、銃をかまえた。・ほくは手「きみたちはこのまま王室へ帰ることだ。だがぼくはこの機会に、 榴弾をその部屋の床にころがすなり、麻酔銃を射とうとしている少もうすこし、ほかのドアのむこうにある世界を探険してみたい。 年の腹に手をまわして引きずりこんだ。少年はトロン伍長にでも変んな機会は、これが最初で最後のことだろうからね」 そういい残して、また霧のトンネルにもどった・ほくの背中に、後 わっているのか、それは女の感触だった。一瞬ののちに大爆発がお こったが、その爆風はこちらの目の前の空間にある透明の壁でとまろからトロン伍長が飛びついてきて、ぼくをころがした。 り、トンネルの床にころがった・ほくら三人の前で、ドアがゆっくり「あたし、離れないわよ、あなたから ! 」 「女王に、ぼくを守れといわれたからかい ? 」 としまった。 美人伍長は首をふり、ぼくに重なってきて唇に吸いついた。長い ぼくら三人 ? トンネルの床にころがっているのは四キスのあと、彼女はいった。 何がどうなっているのか、 「あなたが好きなんだもの」 人だった。 ・ほくらは手をつなぎ、また霧のトンネルを歩き始めた。 ぼく、王女、伍長、そして王女とともに姿を消した王室警備隊の 「ロンドンの中華街がいいか ? それとも宇宙戦艦 ? 」 少尉だ。 ェイリアン進駐軍軍政下の苦しい日々とビー。フル村での楽しい想「どこでもいいわ、大きなペッドがあるところなら」 い出。そしていまの救出作戦。マリのぼくによせてくれていた愛と、伍長はぼくにしがみついたまま、目を輝かせて答えた。 あれーっー 情。・ほくの記憶ははっきりしているが、あとの三人の記憶は急激に 239
四勢力の戦い ダールトン & マール ' 松、、ロ出・・訳定価三ニ〇円 〈宇宙英雄ローダン・シリ ーセ大佐か 文魔法株式会社 ・ < ・ハインラインー一冬日 日訳定価四〇〇円 卸な。一規制する 〈ハインライン傑作集す〉第術 カ にト・ 6 リひを、記一こ当 / 一阜一 ' ゅへこ " ウォルドウを 黒の山脈 LL ・セイバーへーケン / 関Ⅱ男調 〈東の帝国②〉 血は異ならす ゼナ・ヘンダースン / 明訳定価四四〇円 力な一もつ人間そっ の人々と、人類とのし あたたまる触し ) 、、 一月刊 ノーチラス作戦 大魔工作戦 アードネーの世界 魔法の国の旅人 ロード・ダンセイニ / 荒俣宏訳定価三六〇円 性のフ ( トー のジョーキンズ の 各、を舸こ今宵も廴い羽心ノ の 記最大の幻想作ま ・、刀阜一代表するホラ話集 魔法使いの弟子 ロード・ダンセイニ / 荒炅宏訳定価三八〇円 ー卩・にい〔い・いー ため、去縺 いに弟「入りしたラモン ところかこの策去使、、 な一集する術の史い ワ ) ベガーナの神々 ロード・ダンセイニ / 荒保宏訳定価ニ四〇円 カ シェール & フォルン ホール・アンダースン と昏阜肓 メージて描いた表題十他、 「時と神々」、を収録する ' 、定価三六〇円
男が、そこに立っていた。中肉中背で、どこにでもあるような紺の スーツを着ていた。 「誰だ、おめえ 「ほらほら、そんな恐い顔しちゃあいけませんよ。そんな顔するか らケンカになるんです。ケンカなんてつまらないことですよ」 「なに」 「いけません」 びしやっと中年の男が言った。 恐い顔をし、そして悲しそうに眉をよせ、 「だめだめだめ。ケンカはわたしがあずかります。ねーー」 またあの笑顔になった。 、もののみごとな笑顔だった。 暗さというものが、微塵もない その笑顔に、おれと男との体内に溜まっていた毒が、嘘のように 抜け落ちていった。 「はい。そうそう。さあ、もう解散かいさん。もうこれでおしまい 新お伽話 殿谷みな子 出も伝る所ぐ待 すし説こ帯やて 短ろのとや姫ど 篇お登しつ、く 集か場かれ羽ら 。し人知し衣せ 単く物らたをど 行、のな天奪月 本と知い女わか ・きら織、れら 定にれ女不農迎 価はざな器夫え ー哀るど量のが 、で妻こ 0 く面神機とな 0 描を話をない 円きおや織りか ばんばんと手を叩いた。 男の顔から、凶暴なものが消えていた。 「ちつ」 男は、軽く舌うちをすると、背を向けて歩き出した。 それと同時に、見物人たちも、それまでの用事をふいに思い出し たように、歩き出していた。 中年の男がばんばんと手を叩いてから一分もしないうちに、そこ には、おれと沙織と中年の男だけがぼつんと顔を見合わせて立って 「助かりました」 沙織が、中年の男に向かってペこんと頭を下げた。 「ほんとにどうもありがとうございました」 あわてて、おれも頭を下げた。 中年の男は、おれと沙織とを交互に見つめ、おれに視線を止め こ 0 「ははあ」 好発売中 ! 245
て、人によっては嫌いだというかもしれな 多いのは洋画を見てた影響かもしれないで からなかなか出来上らないんですよ」 いですね。プライヴェイトの部分の総決算 すね。なんかその方が動かしやすいです 就職する頃にデビュー作「オーガニッ みたいなところがある。思い残すことなく よ。日本人にすると所帯じみた学園ドラマ ク・スープ」が掲載され ( 八一年三月号 ) 、 書こうと思って書いたから」 以後「ジギー・スターダスト」 ( 八一年九になってしまうような気がして ( 笑 ) 。で それが大学三年っ・ もそのうち日本人のもやりますよ、青春小 月号 ) 、「野性の夢」 ( 八二年二月号 ) 、 「サック・フル・オ・フ 「書いたのが三年で発表の時はもう四年。 ・ドリーム」 ( 八二説を」 で、そのあとも編集長から、なんか出来上年十一月号 ) と、不規則なサラリーマン生 「ジギー・スターダスト」は西部劇の ったら持ってきなさいと言われて、ポチボ 活の間に四作発表しているわけですが、耳影響 ? チ書いていたんですけど性来ナマケモノた なれないカタカナのタ . イトルが多いのと登 「そうですね、西部劇をなんとか書きたか ったのね、最初は。このところはなにを書 場人物が外国人なの が表面的な特徴です いてもになっちゃいますね。厳密な意 ね。 味ではと違うのかもしれないけど。最 「タイトルに関して近の拡大解釈の問題がいろいろ言われ 、は、作品が少なくてますけど、なにか共通するエッセンスが て、その中の比率があるからと取られるわけでしよう。そ 大きいからそうなんういうものがまるきり欠けるものは書けな だけれど、これから くなっている。読んでも見ても面白くない , み減らしていこうと思しね」 ってます。世代的に 一番長い百五十枚の「野性の夢」、マ そういうとこがある インド・イーターのシリーズ一作目が載っ のか大友克洋さんのた時に、著者の言葉があって、なにか再出 き・ 0 ~ 作品にも一時多かっ発宣言のような感じだったんですが、その たでしよう。外人があたりを引き合いに出した小松さんの『ゴ SF NEW GENERATION 第を第を報 298
びとロふたロコーヒーをすすり、中年の男が、ロを開いた。 うことだけは、ひとっ聴いて下さい 「さて、何から申しあげたらよろしいのかな」 おれがうなずくと、男は続けた。 「実は、事故に会いましてね。私は、私のもといたところに帰れな ひとり言のようにつぶやいた。 くなってしまったんです。そうですね。燃料とでも言うんですか ここへくるまでに、おれと沙織は名を名のっている。今度は男が ね、″ペム″があれば、私はそこへ帰ることができるんですが″ペ 名のる番になっていた。 いや、それともエリイと呼んでいただいたム″を失くしてしまったんですよ。お恥ずかしい話なんですが、相 「私の名前はミック : 棒のルーシーとケンカをしてしまいましてね。それで″ペム″が失 方がいいかもしれませんねーーー」 くなるのに気がっかなかったというわけでして。可哀そうに、ルー 「エリイ : : : 」 「はい。それからもちろん信じていただけるとは思っていませんシーはおつ。ほり出されて、今ごろは無事な姿しゃないでしよう。私 だけが助かってしまって。で、私はこれから″ペム″を見つけなけ が、実は、その、私は人間でないんです」 とんでもないことを言い出した。 ればならないのですが、おふたりにそれを手伝っていただけたらと 男ーーーエリイと並ぶように座っていた沙織は、心もちエリイから思いましてね。それで、こんなところまであっかましくついて来て 身体を遠ざけようとした。エリイと言う男が人間でないと考えたかしまったわけなんですーーー」 らではなく、頭の方が正常でないのかもしれないと思ったからであ「″ペム″ってーーー」 「ええ。 るらしかった。 ″ペム″です」 自分のことをエリイと呼ばせるのもどこか歯車がずれている。漢さつばりわからなかった。 字でどう書くかはわからないが、仮に女なら恵理という名前もある「手伝うというのは、いったいどうすればいいんですか」 のだろうが、男の呼び方としてはどうも異様である。 おれは言った。 しかし、目の前で、あの笑みをたたえた顔を見ていると、少なく「なに、簡単なことなんです」 とも本人には、自分が嘘をついているという自覚はないらしかっ 男は立ちあがって、流しを物色すると、箱型のおろし金を見つけ た。そうでなければ、これほど邪気のない笑みを浮かべられるものて持ってきた。 「こいつをちょっと借してくれませんか」 ではない。 自分は人間ではない おれがうなずくのを確めてから、男は、紙袋をあけて、タマネギ そんなにでたらめな発言でなければ、た の皮をばりばりとむきはじめた。 とえ皇族の出だと言われても信じたことであろう。 7 そして、タ . マネギとニンニクを、そのおろし金でおろし始めたの 4 「いいんです、いいんです。信じてくれなくていいんです。信じる 方がおかしいんですから。でも、まあ、夢の話だと思って、私の言である。 ね
ードは、不時着したセスナ機のかぬワニばかりの客席に向かって、乳しぼり娘を演じているのが見 とつぶり日が暮れてもまだシェパ えるのではないかと思った。 操縦席を立たず、砂浜を寄せくるタ潮を気にかけなかった。すでに いまから思うとうそのようだが、離婚前のエレインは、週末のト 波の先頭はセスナの車輪に達し、灰色の拍車となって機体を蹴って ークへの遠出をいつもよろこび、エア いた。小止みなく、夜の暗い水はフロリダの海岸線に発光する泡をロントからアルゴンキン・。 ( なげかけて、うちすてられた・ハーやモーテルの、亡霊のような住人ストリームのトレーラーでカナダの原野を突っ走ると、嬉々として たちを目覚ませようとしているみたいだった。 いた。思えばあのハイ・クロームの豪華な車も、松・ほっくりと白樺 ードは操縦席にじっとすわったまま、死んだ妻と、 のなかでは、このネオンかがやく現代のヴェルサイユに劣らず場違 ココア・ビーチの軒なみ干あがったプールとを思い、昼間、元宇宙 、たった。しかし、ケー。フ・ケネティの林間深くかくされた奇怪な センターをおおう樹林の天蓋の隙にかいま見た、あの奇妙なナイトナイトクラ・フの姿と、その住人の異様な行動は、シェパ フアサード . こら クラブのことを思った。派手なネオンのかがやく建物正面はラスヴ ィップ・マーチンスンの囚われの身 レインがまだ生きていて、フリ 工ガスのカジノ風、クロームの屋根をささえる優雅で古典的な破風であることを確信させた。おそらく三十年前に、だれか古典趣味の アントワ、不ット : は小トリアノン ( カ ) 風、それは、だしぬけに椰子あるディズ = ーランドの重役が建てたのだろう、クロームのナイト 好んだヴェルサイユの離宮 と熱帯オークのあいだに姿をあらわして、どんな映画のセットより クラ・フは、見るからに若い神経外科医のナンセンス感覚に訴えそう も現実ばなれして見えた。その鏡面のような屋根のついた五十フィ で、ふたりをフロリダ半島の小暗い森に閉じこめた一連の不幸な出 ート上を飛んだとき、シェ。ハ ードはいましもマリー・アントワネッ来事にいかにも似つかわしい、けばけばしいクライマックスといえ 7 ラスヴェガスの トが、ゴールデン・ナゲット ) の舞台衣裳で、おちった。 有名なカジノ
法であった。弾体は照明弾ロケットに違いな、。 います。応答不可能であれば、乗組員は船外に出て合図してくださ リトル・ハラは弾道を計算した。 ミサイルは西方の氷の谷間から発射されていた。 電波と音声の両方で呼びかけた。 『アナクレオン川』は慎重に接近した。 ラウド、ス。ヒーカーの声が落ちていった。 稀薄な大気が、『アナクレオン川』の背後に、淡い飛行雲を形造照明弾をつぎつぎに投下しながら地上を見つめた。 っていた。 誰も出てこなかった。 リトル・ハラは照明弾を発射した。 ハッチを開くこともできないのだろうか ? はるか下方に光の塊が生れた。 リトル・ハラは、『アナクレオン』を氷と雪の、荒れ果てた平原 もうひとつ。またもうひとつ。 に着陸させた。 三個の青白い光球が、ゆっくりと降下してゆく。 いざとなったら、最大速力で逃げ出せるよう準備はおこたりな ハラシュート が開いているはずなのだが、稀薄な大気には、それ を受け止めるだけの抵抗はないようだった。 一時間たったが、何の変化もあらわれなかった。 氷雪の地上をごく短かい間照し出しただけで、照明弾は谷間に消 えていった。 3 地上で燃えている照明弾の青白い光の東が谷底から上空へほとば しり出ていた。 地上車のキャタビラーが鋼のような氷盤を削り、火花を散らし 四発目の照明弾は大きくそれ、谷間につづく氷の裂け目を照し出こ。 した。 リューリカ 5 の船腹が絶壁となって頭上にそびえていた。 その光の中に、銀色にかがやく巨大な物体が横たわっていた。 降着装置が半分ほど引込んでいたが、船体に損傷はないようだっ リューリカ 5 の船体だった。 『アナクレオン』は大きく旋回しつつ接近した。 リトル。ハラは地上車から出て、リューリカ 5 の船外ラッタルをよ リ、ーリカ 5 は、幅五百メートルもあるような大きな氷の亀裂にじ上った。 すつぼりとはまりこんでいた。 ハッチが閉されてい 目のくらむような高さにパルコニーがあり 三角翼のような船体の張り出し部分に、分厚く氷片の山がつみ重た。 なっているようだったが、船体に損傷は見えなかった。 外から開くことは不可能だった。 《リーリカ 5 。応答できますか ? 本船はリーリカ 5 の頭上に ハッチのかたわらに気泡形のカ・ハーがあり、その中に船内との交 8 4
いったいどうすればいいんだろう ? かれは当惑していた。何をどうしていいのか、わからないのだ。 こうやって、木の根っこでじっとしていればいいのか、それとも、 やみくもに庭の中を走り回る方がいいのか : 空腹は感じてなかった。だからエサを探し出す気にもなれない。 や、人間並みというところまではいっていない。やはり機能の差は 昔はこんな時、何をしていたのだろう ? 歴然としているのである。が、人間の頭脳が十の機能を持っとする考えたが、何もわからなかった。昔の自分のことなど、まるで思 6 っム なら、カナヘビの頭脳は一の機能しか持たないとしても、それはカ い出せないのだ。はっきりしているのは、これから何をしようかな ナヘビが一から十までの一つちのひとっしかできないというわけでは どと、脳んだことはなかったということである。 なかった。一から十まで、どれもが少しはできるのである。その出 かれは未来を持った。同時に、過去も : 来具合が十分の一程度ということなのだ。だから、裕二は、本当 さっきのあれをやってみようか、とかれは思った。 は、人間の時に比べて、ず「と・ほんやりした考えしか抱いていなか塀の上から道路の向こうをながめていた時、なんの気なしに頭を 「たのだが、それまでの蓄積がそれをカ・ ( ーした。ぼんやりした概持ち上げると、身体が垂直に立ち上がったのだ 0 た。すぐにかれ 念でも、それが何を示すのか、簡単に認識することができたのであは、それが、あいつの中にいた時によくと「ていた姿勢たというこ る。 とに気付いた。そのまま後肢を動かしてみると、前進することは可 たた、裕二の頭脳の使い方は、普通のカナヘビのそれとは違い 能だった。だが、動きやすいというわけではない。木の幹を登った 全細胞に、フル活動することを強いた。それによってカナヘビの頭 、塀を下りたりする時、そんな格好でやろうとすれば、まっさか 脳は、ならしこまれたエンジンのように、以前とは比べものにならさまに落ちてしまうだろう。 ない程よく働くようになり、しかも、人間の思考。 ( ターンの回路が ま、とにかく、ひとつだけは思いついたのである。かれはやって 形成されてしまっていたのである。 みることにしこ。 このために、カナヘビはもとの自分の身体にもどっても、人間の 後肢で立ち上がることには、良いところもあった。視界が広がる ように考えることになったのである。 のである。草の根元や、石ころや、地面ばかり見つめていたのが、 カナヘビは、もはや、カナヘビではなくなっていた。 草むらの遠くの方や、離れた地面まで見ることができた。 これは良いことだ、とかれは思った。きっと何かの役に立つにち がいない。たとえば、ネコやヘビが近寄ってくるのを、遠くから発 見することができる。 だが、今のところはネコもヘビもいなかった。そのかわり、奇妙 なものをかれは見つけた。 いや、奇妙なものというのは適当でない。それを、かれは見知っ ていたのだから。いや、見知っていたというのも適当ではない。全 体をはっきりと見たことはなかった。が、なんとはなしにそんなも
白金色の光がおれを貫き、沙織に向かって走っていた。その光がた。笑いながらつぶやく声が、ゆっくりと小さくなってゆく。 「ふふ。はは。ミカエルよ、あそこには何もないのだそ。螺旋の道 沙織を包んだ。 こそが、正しいのだとやがておぬしも知る時が来るそーーー」 「おのれ」 ルシフェルが消え去ったあと、そこに、黄金の光球に包まれた、 ルーシーが叫んで、初めておれの方へ顔を向けた。その顔が歪ん でいた 沙織が浮かんでいた。 ミカエルがおれと沙織をあの四畳半に運んでくれた。 巨大な尾が、青白い炎を放ちながら、妻い勢いでおれにぶつかっ てきた。尾がおれにぶつかる瞬間、尾とおれとの中間に、ふいに光沙織の身体を包んでいた光が消えていた。 ミカエルは、横たわった沙織のロの中から、黄金色の玉を取り出 球が出現した。尾が激しくその光球にぶつかったが、光球はびくと もしなかった。 光球が、人の形になった。 沙織が眼をあけた。 見たことのない異国人の顔が、おれを見て微笑していた。その笑おれの顔を見ると、身体を起こしてしがみついてきた。 顔には見覚えがあった。あの男、エリイの笑顔であった。 沙織の身体は暖かく、そして小さく震えていた。 るあぶ 「よくやったな、あんた」 「これが″ペム″さ。まさに愛の結品というやつだな」 それは、まさしくあのエリイの声であった。 「それが欲しかったのか」 エリイの背中には、純白の翼が生えていた。 おれは言った。 「ミカエル 「ああ、これでようやく帰ることができる。おれも、おまえもー ルーシーが呻いた。 「ルシフェルよ」 「あんたが帰るというのは、 いったいどこのことなんだ」 ミカエルが、螺旋に向かって言った。 「天国さ」 「″るあぶ″に包まれたその娘には、もう手は出せまい 、、カエルの姿が浮きあが 至福に満ちた顔でミカエルが言った。 すみやかに去り、おぬしはおぬしの螺旋をめぐるがよい り、溶けるように、窓の向こうに消えていった。 「ミカエル その途端、ルシフェルの身体が、狂おしくのたうちはじめた。 「おのれ、おのれ、おのれ ! おれが窓にかけよって、ガラス戸を開け放っと、そこに、見なれ きりきりと歯をきしませた。 たおれの街の風景が広がっていた。 ルシフェルの姿がうなりながら遠ざかってゆく。地獄の業火に身 沙織が、後ろから、しつかりとおれにしがみついていた。 をやかれるような、苦悶の声が、いつの間にか、嬌笑にかわってい この上は 257
ト・ハイに乗り、この塔からあの ゃないの」 けた。僕は百合子が雲でできたオー 、くッとペッドカ・ハーを剥がした。 奴ったように一一 = ロうと / 巨大なビルディングの乱立するところへ出かけていくのだ、と惰眠 2 唇をひきのばして笑うと、服を脱ぎはじめた。すぐに服を脱ぐとをむさぼりながら思った。が、しばらくすると女は出かけなくなっ た。いつまでも僕といっしょになって惰眠をむさ・ほった。 ころなど、エリカにそっくりだと思った。 「会社、やめたのよ。私の給料だけじややってゆけないわ」 と女は言うのであった。そんなものかなあ、と思いながらも眠り 「どうなの、その後」 続け、いつも午後になってからのろのろと起き上がる。 女はペッドの中で神妙に言った。 「あたしねえ、こうなったらもう身を売るしかないと思うのよ」 「むずかしいね」 ずいぶん飛躍した意見だと思った。なぜそうなるのか、わからな 僕はひと言で僕の状況を説明したつもりであった。 かった。女は思いつめたように、ぼんやりと窓の外を見ていた。雲 「写真集を出版したいのだけど、うまくいくかどうかもわからない が重なりあい、その雲の隙間はまばらに朱に染っている。 「もうタ暮れか : : : 」 「何とか力になりたいわ。昔あたしを助けてくれたお礼に」 言うと、百合子は、 「何か助けたことがあったかな」 「ちがうわ、朝焼けよ」 「あの頃、あたし失恋したりして、もう人生がイヤになっていた 細めた眼の両脇にいつばい涙をためている。 の。あなたがいなければどうなっていたかわからない : 「身を売るって君、それは女の最後の手段じゃないのかい」 「大げさだなあ : 。そんなに役にたっていたの、僕が : : : 」 ふとそんな文句が心に浮かんだので言ってみた。どこかで聞いた 「あなたにはわからないでしようね」 ことのあるような気がした。 「よくわからないよ、何もかも : : : 」 また何日か後に出版社に電話をすると、検討中とのことであっ 「すぐには九州に戻らないでしよう。そうだわ、出版のことがはっ きりするまでここにいたらどうかしら。ねえ、そうして下さい、少た。僕はもうめんどくさくなった。どうでもいいと思うようになっ しでもお役に立ちたいのよ」 ・ツドの中でふざけたりすることもあった た。一日中、百合子とへ 言うので、そうすることにした。 が、そんなことにも飽きてきた。 一週間ほどして出版社に電話をしてみたのだが、返事はもう少し 待ってほしいとのことだった。 あるタ暮れ、僕は久しぶりに部屋を出て散歩した。皆忙しそうに 歩いているのでつい何人もの人にぶつかりそうになった。いつのま にか野原に来ていた。こんなところもあったのか、と思ったが、駅 女は毎朝早く起きて食事を二人分作り、自分だけ食べてから出か