感じ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年2月号
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1. SFマガジン 1983年2月号

r-n を擁護しはじめたところがあって : 受けたりもした」 か。勉強はしなかったけれど、要領がよく 高校時代は漫画が多くで小説はあヒネクレたところがあるわけですよ。多か て、高校になって人生を誤ったなあ、と れ少なかれ、みんなそういうところがある まり読んでなかった ? 高校に入るとテストの形式も変わる 「読んでましたよ。でもねえ、あんまり活んじゃないかなあ。はっきり意識しないに し、数学の因数分解あたりからわからなく 字の読書量って多くないんですよ、今でもしても。もちろん数々の名作を読んで感動 なって、おかしいなあと思いながら追試験そうだけど。あのミステリ・クラ・フの、通することはありますけれどね : : : 今でも活 を受けたり、英語が急に難しくなったり、 学の行き帰りの電車の中でも本を読むとい 字を長い間読むというのが楽な作業じゃな という。ハターンがよくありますよね、中学 う人間の多い中で、わりと少ないと思いま いんですよね。読んでいても他のことを考 すね。に関していえば、 小松さんとか えてしまうわけ。一分間文章を読むと、三 校までの優等生って。 「数学がそうですね。数学全体に対しては筒井さんとか、日本のものを先に読み始め分間くらい他のことを考えているから、全 たんです。中学の時から読みだしたのに、 好意を持ってたんですけどね。数学の方が 然先に進まないんです ( 笑 ) 」 トータルすると多くないなあ。日本のもの ぼくを好いてくれなかったようで ( 笑 ) 。 漫画は何作描いたんですか ? 駄目だったですね」 が中心で、似たものを探して海外にす「少ないですよ。ぼくは小説の方も少ない 数学の理論とか考え方に好意を持ってすんでいった感じで」 けれど」 ( 笑 ) 。漫画も小説も実際には何も こフ . しか読まないとかばかり読んしてなくても、それに携わっているんだと でいた時というのは ? 「数学的な考え方を具体的にわからないに いう、その心境が重要だったんです。現実 「ある時四、五冊続けて読むようなことは しても、ファンであったというところがあ には仲間と馬鹿なことをやっているだけで りますね。中学・高校の勉強らしい勉強とあってもね : : : 一言でいえばあまり本を読ね。それがミステリ・クラ・フでも今でも同 いうのは終始やったことがなくて、好きな まない少年だった。中学・高校の頃は環境じなんですね。あまりいい作家ではありま 的にも本を読みなさいというムードが強く ことばかりやっていたという感じですね。 せんね。またモラトリアムなんですね」 一年浪人しているんだけど、予備校時代て、・ほくは漫画に走ったんです。高校にな マスコミ関係に進もうと思っていても ると口に出さないまでもとかミステリ も、その時世界史が面白くなってしまっ 漫画家になろうとは思わなかった ? て、世界史の同じ講師の授業を一日四回もを読んでいないでという雰囲気があって、 「きっそうでね。一番やりたいのは映画な SF NEW GENERATION 296

2. SFマガジン 1983年2月号

おふくろとは、どういう存在なのだろうか ? ややこしくもあったし、また、好もしいところもあった。が、、 自分がなぜ考えることができるようになったのか、カナヘビは知 ずれにせよあれはあいつのものだ。自分には、おふくろなどというらなかった。 ものはない。 もちろん、かれがずっとカナヘビのままたったら、思考能力を獲 本当にそうだろうか、とかれは思った。自分が知らないだけで、得したはずがない。かれと村上裕二が身体を入れ替えていた三週間 どこかにいるのかもしれない。たとえば塀の向こうの開けたところが原因なのだ。そして、カナヘビが人間の身体の中にいたというこ 道路だーー道路を越えたあたりで、かれを待っているのかもしとと、人間がカナヘビの身体の中にいたということを比べるなら、 れない。 後者の方が、カナヘビが考えるようになったことに関しては、影響 その考えは、かれを変な気分にさせた。甘いような、苦しいよう力が強かった。 な : : : そんなに悪い気分ではない。 最初、人間の身体に入ってすぐの時、カナヘビは考えることがで きなかった。というよりも、考えることを知らなかったのである。 かれはうっとりとして、しばらくその気分に浸った。 が、そのうち、ふと名前のことを思いだした。そうだ、名前につそのためにカナヘビは人間の頭脳を使いきることができず、もとも いて考えていたのだ。考えるということは、なかなか難しい と自分が行っていた精神活動しかしなかった。人間の頭脳を得たカ 「ユウジ」か「ムラカミ」か、ということだった。 ナヘビは、小さな部屋の中から、初めて広場のまん中へ出された子 あいつが「ムラカミ」と呼ばれていたかどうか、かれ自身には、供のようなものだったといえよう。走り回ることのできる空間はい はっきりしなかった。かれがあいつの中にいた時は、いつも「ユウくらでもある。しかし、そんな広い場所で、かれはどうしていいカ わからず、部屋の中にいた時と同じように、狭い所をぐるぐると歩 ジ」と呼ばれていたのである。にもかかわらず、「ムラカミ」とい うのが、あいつの名前であるという可能性も捨てきれなかった。そき回るだけだった。 う呼ばれる方がふさわしい場面があることを、かれはうすうす感じ 三週間のうちに、それでも、カナヘビは少しずつ人間の頭脳の働 ていた。 かせ方を覚えつつあった。しかし、とうてい人間のように考えると ま、 ころまでは到らなかった。 かれはそれ以上考えるのをやめることにした。身体を動かさない 一方、カナヘビの中に入った村上裕二は、さほど不自由を感じる くせに、考えるということはやたらに疲れる。それに、さっき食べこともなく、人間の時と同じような精神生活を送ることができた。 た獲物が消化不良を起こしそうだった。 もちろん、カナヘビの頭脳は人間のそれとは比べることができない とりあえず、「ユウジ」ということにしてしまえ。そう思って、 ほど小さく、働きも異っているが、その能力を限度いつばいに使う 6 かれは陽光の中へ走り出た。 ことによって、人間並みに考えることが可能になったのたった。い

3. SFマガジン 1983年2月号

に対する連邦軍の強圧的行動、さらに、星域とか星区の・フロック化 の兆候】 : : : どれをとりあげても、かっての ( そうであったとされ る ) 連邦の意気込みや使命感、築きあげて行く者の誇りといったも 〈檻〉で、順不同に、星区単位の最近の事情についての情報を読んのは衰弱の一途をたど「ている感じなのだ。そのことに比例して、 でいたキタ・ 4 ・カ / 日ビアよ、・こ、。 ナしふ疲れた感じで、ひと連邦の力も後退しているといえる。いや : : : このふたつは相互に関 連し、どちらもが原因であり、どちらもが結果であるのたろう。そ まずスイッチを切った。 してまた、これらの情報そのものが、最近と銘打たれているもの 自分が感じているのは、たしかに惓怠の一種なのたろう キタは思う。こういう作業は自分自身のために当然しなければいけの、そこは公的資料だけに、それほど最近ではなくかなり前のもの であることも、考慮に人れなければならない。これらの情報が作成 ないことであり、義務づけられているのであり、あとで意見をまと めて出さなければならないのも、たしかなのだ。しかし、これは本されたころと現在では、相当ことなって来ているはずである。その 質的には仕事とか業務というものではない。彼がいくらこういう作変化のしかたも、そのとき以後にわかに事態が改善されたとは思え ない。多分慢性的悪化のコースを、いやになるほど着実に進んでい 業をしても、それがどこかの部門とつながって、何かの効果をあら るであろう。彼には、そんな気がするのであった。 わすわけではないのである。たとえどんな末端に置かれていようと とはいえ。 も実務に就いているのなら、そこには何かしかるべき仕事をしてい るとの感覚を味わえるであろう。それはおそらく参加のよろこびと作業はつづけなければ : 同時に、おのれのしていることがどこかに影響を及ぼすであろうと キタは次の資料を入れようとして、目の前のスクリーンに文字が のおそれや、自分のしたことはそれに値するたけのものだったろう浮かびあがっているのに気がついた。情報を読んでいる間は邪魔さ かとのうしろめたさもまじっているかもわからない。さらには、それたくないので、他からの連絡はとめておいたのだ。むろんそれで れだってつまりは本人が考えるほど大したものではないのだ、とい も緊急の場合は、そんな封印にお構いなしに割り込んで来るのだか う空しさへとつながって行くのかも知れない。だが : : : すくなくとら、問題はないのである。従って今彼の前にあるのは、情報読みを もそこには存在感があるはずだ。今の自分を包み込んでいるようなしている間待機させられていたメッセージなのだ。 浮遊感とは、まるで違うのではあるまいか ? みじかい文だった。 それに。 しばらくここの談話コーナーにいる。メルニア。 自分自身のために読んで来たこの星区単位の事情についての情報この連絡がいっ入ったのか調べると、ほんの五分ばかり前であっ がまた、決してあかるいものではないことも、たしかであった。あた。 ちこちに見られる植民星や植民星グルーゾでの不穏な動きや、それと、すると、メルニアはまだ談話コーナーにいるかも知れない。 8

4. SFマガジン 1983年2月号

もうだめか、と思った瞬間、ふわっと力がゆるんだ。そして、不 戦争助言者は四度めの探索をはじめた。 明確な思考が滝のようにかれの意識を直撃した。 だいたいの位置だけは見当がついていたので、網様体をあまり広 ( 不快 ) ナゼ ? ( 不快 ) ハナセ ! ( 不快 ) げなかった。広げすぎると網様体はうすく、弱くなり、一度めのと 君を助けにきた ! きみたいに引きちぎられてしまう。 ( 不快↓疑い ) ホント ? ダレ ? ゲーム・・フン・ - ーヤー 戦争助言者は狙いを定めて触手の網を投げかけた。すぐに手ごた 戦争助言者だ。なんなら、・とでも呼んでくれ。 えがあった。 相手は・の文字を形態認識した。彼女はどうやら文字はおろ ー・ー・待つんだ ! か、言葉の存在すら知らないらしい 網様触手は相手をひつつかみ、ロをし・ほり込んでいったが、抵抗戦争助言者は面くらって、相手の裏側を見ようとした。が、びつ は目もくらむほど激しかった。事実、ノイズをひろったときのよう くり返したとたん、手ひどい反撃をくらった。いぎなり網がチリチ に感受容器がまっ白になった。 リやけこげてやぶれ、相手はその穴からころがり落ちた。しかし、 それでも戦争助言者は、必死に網をつかんで離さなかった。 彼女は逃げようとしなかった。 網様触手はほとんど色がなくなるまで便く引っ張られ、弾性が失戦争助言者は痛みをこらえ、心を落ちつかせながら言った。 われてゆく。 もう、つかまえない・ : 話たけ、しよう。きみは、だれつ・ 静かにー 長いあいだ返事はなかった。 戦争助言者はあせって、呼びかけた。 それでも、すぐ近くにいる気配があった。 たぶん、人間のやる釣りというのはこんな感じなのだろう。 かれは根気よく待った。 ずいぶん大きなさかなたった。たいへんな勢いで。ヒチ。ヒチはねま やがて待っていたものが返ってきた。 わった。 ( 不安 ) ワカラナイ ( 疑惑↓ほのかな敵意 ) 静かにするんだー ちがう、私は敵じゃないー 今度は、言葉に強制力を加える。 ( 敵意 / 怒り ) トジコメター さかなは、い っーこうに静まらなかった。 閉じこめた ? だれが 網様触手のあらい目の間から、手足を突き出して、あばれまわ彼女はその場にうずくまった。 る。触手は青味をおびるほど白く輝きはじめた。もう、臨界量が近 ( 不安 / 恐柿 ) シラナイー づいている。 な意志 ) 触手はアキレス腱のように引っ張れるだけ引っ張られた。 行く ? どこへ ? どこへー イ ク イ ク ン 強 348

5. SFマガジン 1983年2月号

◎。を ◎ 5 Se わ ロック SF をセッション翻訳 ! きみはスヒ。ンラッドのロック感覚を「古し当笑ム飛ばせるか ? 難波弘之 三年前たったか、珍しく山ド達郎がチャリ いうもので、彼女はボランティアの一員だケ ティ・コンートに出たことがある。この日 た。楽屋での働きぶりも、大変きびきびとし 僕は、例の、ステージでもう二台も客席に投ていて話題になった。 げてあ・しまった ( したがって現在のは三 さて、それから数カ月たって、・」、調 代生「 4 ー / ? 一一一台目か ) = レクト。・ べたのか、その子が突然ファン・レタをく ニ、クネ社のミニ・シンセサイザーを初めてれたのである。あの頃はそんなものもた シルダー 使った。今流行している肩かけキーポードのことないので驚きかっ喜んだ。 それから彼女はちよくちよく、い、やほと 元祖だ薄っぺらくて、裏なんかポール紙で できてて、鉄板に鍵盤の絵が描いてあって触ど毎回、熱心に僕が出演するコンサートやラ れるだけでちゃんと音が出るというシロモイヴ・ ( ウスに来てくれるようによ・・つ . た。 彼女は音大の附属高校に通ってい、分 で曲も書いているらしかった。 ある日、彼女がデモ・テー。フを送ってくれ た。しかし、沢山のデモ・テープを送られる へ 4 っ 身、おまけに日々の仕事に追われ、なかなか ゆっくり聴いている暇などなかった。 やっとそのテープを聴いたときに、正直云 って驚いた。声が良いのである。いわゆる、 マイクに乗やりすい、最近のカワイ子ちゃん 歌手のようにただペタベタしているだけの薄 っぺらい声ではない。豊かな情感のこもった っぷだ 声なのだ。 ( 業界用語でこれをが粒立ちのよ い声″と呼んでおります。なんとなく感じわ かるでしょ ? ) 曲も良かった。ドビッシーのような、印象 ノ。それが面白くて買ったのだが、プリント 派つ。ほいビアノに乗っているメロディーは、 弾きにくくて閉ロしたのを覚えてい 例えて言えば矢野顕子をもっと正常にしたよ 一とき楽屋にミニ・スカートの、ちょっ うな感じーーと書けば、おわかりいただける 42 つ - つ、カ ? ・ イと第師丸ひろヤに似たかわいい女の子がい 是非この子をプロデュースしたい、そう思 を′スタッフ大騒ぎしていた。まー、ロリ ったときには、実はもう遅かった。行動派の 「ンのこれ元祖かな。 一にの日のキンサートは都に廃園を迫られて彼女はすでにあちこちにデモ・テープを送り 設「富士学園」を支援すると 引く手あまたであった。 ' 亡児 0 洋 2

6. SFマガジン 1983年2月号

キスをしてやった。 まった。 「判った。戻ろう。・ほくたちの部屋へ戻ってからどうするか考えて 6 ぼくはすぐにまた 1 のボタンを押した : もしかしたら、・ほくらの部屋より上に行けば、どうに ゆかりが不安気に・ほくを見る。・ほくは判っているという風に頷いみよう : かなるのかもしれない。誰かいるかもしれない : てみせた。 こくりとゆかりは頷く。 「行ける所まで行ってみるんだ。もしかしたら、そのうち外への出 次に停止したときに上の階のボタンを押そうと、ぼくとゆかりは ロのある階に降りれるかもしれない」 待った。だが、妙だった。エレベ 1 ターは、さっきから下降を続け 「抜かしちゃった階はどうするの ? 」 「一番下まで降りれば、途中だってエレベーターは止まるさ」 たまま、いっこうに停止する気配がないのだ。 エレベーターは話しているうちに停まり、ドアが開いた。すぐ前「変だな、ずい分長く降りているが : : : 」 に部屋のドアだ。 「そうね : : : 」 ぼくはドアが完全に開かないうちに、また 1 のボタンを押す。 ・ほくは 1 のボタンをカチカチと音をたてて押した。だが、ランプ ードアは再び閉まり下降しはじめる。 の明りは消えたまま点かない。 そして、またエレベーターは停まりドアが開く。出口は見えな 部屋のドアが見える。すぐに 1 のボタンを押した。またドアが ぼくとゆかりは顔を見あわせる。もうとっくに八階分の距離は過 閉まって下降しはじめる。 ぎているはずだ。 そうやって何度も同じ事をくりかえし、・ほくたちはどんどん下へ 「ねえ : : : 」 下へと下降して行った。はてしない下降だ。 ゆかりは箱の内部の壁をおどおどと見まわしてから言う。 二十七回めのドアが開き、やはり無人の廊下が見えたとき、ゆか 「なんだか下降するスピード が、少しずつ早くなってきたみたいよ りがついに音をあげた。 「もう、やめましようよ。 ぼくも内部の壁を見る。 いくら下へ行ってもきりがないわ。もう 二百階以上降りたのよ。それなのに出口がないなんて : : : 」 「そう言えば、そうだな : ・・ : 」 「そうだな・ : しかし、どうしたらいいんだ : : : 」 体重が軽くなったような感じがし、そのたびに下降のスビ 1 ドを エレ ぼくは溜息をつく。なんだか胃がむかついていた。エレベーター増しているみたいだ。ぼくの全身に冷たい汗が滲みでた。 は下降している途中だ。 ペーターのロー。フが切れて地面に叩きつけられる・ほくとゆかりの姿 が頭に浮かんだ。 「わたしたちのお部屋へ戻りましよう」 泣きそうな表情で・ほくを見る。・ほくは彼女の髪をなで、頭に軽く しかし、エレベーターをつないでいるローゾよ、 。いったいどれだ

7. SFマガジン 1983年2月号

「ほんとだ。気づかなかった : : : 」 「とにかく廊下へでよう」 ・ほくたちはまた、さっきと同様にひとつひとつのドアを調べてみ 6 ぼくたちはエレベーターを降りた。ゆかりが・ほくにしがみついて くる。背後でエレベ 1 ターのドアが役目が終わったという感じに閉ることにした。そして、その結果判ったのは、この階のドアにはす べて番号が記してなく、さらに誰も入居していないということだっ まった。 「本当に四階分降りたのだろうか ? 」 こんなはずはないそ。ここは本当にぼくたちのマン 「妙だな : ・ 「さっき、わたしが階段をくだったときと同じよ」 ・ほくはエレベ 1 ターに向かって左側にある階段を振り向いた。階ションなのだろうか ? 」 ゆかりをエレベ 1 ターの前に待た ゆかりといっしょに廊下をうろついて呟く。 段はまだ下へくだっている。 せておいて、その階段の方へ行ってみた。 「変ね、変よね : : : 」 三段ほど降りて、階段の手摺から下を覗いてみた。とたんに眩暈再びエレベーターの前で、ばくたちは立ち止まった。 「よし。こうなったらカナ 、、こつばしから各階を調べてみよう」 がした。 そう言って、・ほくはドアの閉まっているエレベーターの横の壁の 階段の手摺の隙間から下を見降ろすことができるのだが、それは 気の遠くなるような光景だった。遙か下へ、どこまでも階段が渦みボタンを押した。エレベーターの箱はこの階にいて、すぐにドアは 開いた。ちらと上を見ると、ここも階数表示の電気が消えている。 たいに無限に続いていたのである。 ぼくたちは、またエレベーターに乗り込んだ。 上を見てみた。やはり思わず呻いてしまう。階段は上へも、はて そしてドアが閉まったと同時に、・ほくは再び 1 のボタンを押し しなく続いているのだった。・ほくは頭を振りながら階段の手摺から 身を離した。永遠に伸びる螺旋の間にぼくは立っていた。なんとも 形而上学的な光景だ。ふいに、ゆかりが・ほくを呼んだ。 やがて少し後、停止してドアが開 エレベーターは下降する。 く。・ほくたちの部屋から数えれば十二階分下へ降りたことになる。 「きてつ。敏夫さんきてつ」 見るとゆかりはもどかしそうに足踏みをしながら、右手でおいで 開いたドアのすぐ前には廊下を隔てて、またドアがあった。やは おいでをしている。すぐに・ほくはゆかりの傍まで行った。 り部屋番号は記していない。 ・ほくとゆかりはエレベーターからでずに、首を伸ばして左右の廊 「変よ」 下を見た。 「見て。この階のドアには部屋番号が記してないの」 「ここも誰もいないみたいね。しんとしているわ」 ゆかりの指差すエレベーターのすぐ前のドアを見ると、なるほど「そうだな : : : 」 灰色の鉄製ドアには番号が書かれていない。 ・ほくたちは首を引っ込める。押さえていた手を離すと、ドアは閉 こ 0

8. SFマガジン 1983年2月号

だ。絵も息子も同じなんだよ。きみは三樹夫という子供が、自分のによるほかはない。それはえらくエゴイスティックだ。純粋に自己 子であるという確信がもてなかった。子供も自分の身体の一部を体を体外に表出するという点では、たしかにスフィンクス・マシンの 8 外へ移したものだ。きみが絵を描く動機は、自分が生きていた証を言うとおり、絵は理想に近い。芸術が。芸術とはエゴのかたまりつ たてるためでも自己主張でもなく、もっと実時間的な、絵を描きってわけだ。他人がどう評価するかなど関係ない。大切なのは描きな つ自分の脳がたしかに存在することを感じていたいからなんだ。し がら、自分の脳がたしかに存在するってことを確かめることだ。完 かしきみはふと描きあげた絵、痕跡に注意を向けて、これは本当に成した絵はもう無用だ。描きつづけることが必要なのだ。でないと 自分が描いたのかどうかを疑いはじめたのさ。きみは本来の絵を描脳みそはどこかへ消えてしまう : ・ く意味を忘れて、売れるものを描かなくてはと思いはじめたんだ。 ばかな。わたしは砂上のスフィンクスのスケッチを足で踏みにし 由香のせいだ。売れる絵とはどんなものだろう ? それまでは偶然った。ゆっくりとスフィンクス・マシンの方に向きなおったわたし 売れていたからよかったものの、さてそう考えて自分の絵を見るは、そっとした。マシンはビラミッドほどの大きさの、由香の胸像 になっていた。結婚前にわたしは由香の・フロンズ像を造って。フレゼ と、自分の絵のどの部分が、どの / イズが売れるものなのか、わか ントしたが、それの巨大版だった。 らない。自分が描いたものだという自信もあいまいになってくる。 息發についての感覚と同じだ。由香が浮気したんじゃないか ? 原「スフィンクス・マシンは減裂だ。脳そのものを絵に変換できるわ けがない」 因はあの女だ。描きつづけたかったら、別れちまえ」 「きみを正しく理解した結論に反対するのか」 「うるさい わたしはどなった。心の表現ではなく、絵も息子も、自分には感「なにが正しいものか。きみは、その = ットを組みかえれば、ま じられない脳というものの存在を外部に形を変えて取り出したものた別の結論を組み上げるんだろう」 「ぼくは・ほくであってぼく以外のなにものでもない。きみがユニイ なのだというスフィンクス・マシンの言葉にわたしはいらだった。 トと呼ぶぼくの単位を組み替えれば、それは・ほくじゃない」 妙ないらだちだ。ばかばかしいと笑いとばせない自分自身に腹を立 てたのかもしれない。それとも、自分の脳の現物を自分で見ること「すると、きみは変わっていないのか。スフィンクスから由香に変 ができないことに対する、子供のころに感じたあの焦りと同じものわったんではなくて、 , ーー幻なんだなーーー組み替わると、いまのきみ は死んでしまうのか ? 」 三樹夫のことに関してはスフィンクス・マシンの指摘は正しいと「変化するだけだよ。そう、きみの絵のようなものさ。あれはきみ 認めざるを得なかった。自分の子ではないかもしれないと疑ったこ自身だけど、ノイズが混っているからきみそのものとはいえない。 とはなかったが、潜在意識にはあったにちがいない。しかし本当にきみの息子のようなものさ。蠅とかと同じたよ」 自分の血を引くものを生みたいとなったら、童貞生殖か、クローン 「蠅はちがうったら」

9. SFマガジン 1983年2月号

「でも、息をすればするほど考えの方がお留守になるじゃないの」 きよう気づいたのだが、そう言えば彼女が編んでいるのはピンク わたしは言った。「協力してほしいわ。あなたが何をこわがってる 色の帽子だ。 ネイデス先生のすすめで、目下、ディ・キャムの「離反の研究」のかを探り出そうとしているんだから」 「何がこわいかぐらい、自分でわかってます」彼は言った。 を読書中。 「それなら、どうして教えてくれないの ? 」 九月六日 「お聞きにならんからですよ」 探査の途中で、 ( また例の呼吸トリックをやっているので ) どな「そんな、理不尽な : : : 」精神病患者をつかまえて理不尽だと怒る なんて、いまにして思えばわたしもどうかしている。「ま、 ってやった。「フローレス ! 」 たちまちスクリーンは両意識相とも空白になったが、身体的にはわ。じゃあ、おききしましよ」 彼は言った。「ぼく、電気ショックがこわいんです。心を破壊さ ほとんど反応は出なかった。四秒後に眠そうな声で返事があった。 トランスではない。自己催眠だ。 れてしまうのが、このまま永久にここに閉じこめられてしまって、 「呼吸ならちゃんと器械がモニターしてくれてるわ。まだ息をして万一出してもらえたってそのときには何ひとっ記憶を失ってしまっ ます、なんてことはわざわざ知らせてくださらなくても結構なのているのがこわい」それも、あえぎあえぎいうのだ。 「そうなの。だけどなぜそれを、わたしがスクリーンを見てるとき よ。うんざりだわ」とわたし。 「ぼくは・ほくでモニタ】してみたかったんでね、先生」と彼。 には考えてくれようとしないの」 わたしは彼の前にまわり、目かくしをはずしてやってその顔をな「いけませんか」 ロで言えて、どうして頭じや考えられない がめた。感じのいい顔をしている。機械をあっかってる人によくあ「あたりまえじゃない。 ドンキー の。こっちはあなたの思考の色が知りたくているのよ ! 」 る、繊細なくせにしん・ほう強いろばの顔だ。いけない、ろばだっ て。とり消す気はないけど。だってこの日記は心にうかんだままを「・ほくの考えてることが何色だろうと、あなたの知ったこっちゃな 書かなきゃいけないんですものね。それに、ろばというのは美しい いでしよう」彼はおこったように言ったが、そのすきにわたしはス 顔をしているもの。のろまでとんまだってことにはなっているけクリーンのところにまわりこみ、彼のむき出しの意識をのそいてし まっていた。もちろん会話はテープに収録してあったから、午後は ど、どっこい、おだやかな、賢そうな顔つきをしている。まるで、 多くを耐え忍びながら一言の恨みつらみもないかのように。恨みつずっとそれをしらべてすごした。その、すばらしかったこと。実際 らみをいだいてはならぬ理由をわきまえてでもいるかのように。両話された言葉の他に二層の半言語のながれがあるのだ。そのどれも 眼のまわりに白い輪なんかあっちゃって、それがまたいかにも無防が複雑で生き生きとした感覚的情緒的反応やひずみをみせている。 いやもしかするともっと多 例えば、彼はわたしのことを三つの 備な感じなんだ。 ドンキー 209

10. SFマガジン 1983年2月号

だ、ちょっと恐いだけーーわたしの心を猫が引っ掻いているの」 器を見ると笑いをおさめた。そのそばに使いおわったアイフルがふ 「わたしが君の心を引っ掻いてやろう」彼は言い、まるで少女に重たっ転がっている。 さがないかのように彼女を持ちあげた。 「わたしに二アン。フルとも打ったわけじゃないな」彼は言い、少女 笑いながら、彼は少女を小屋につれていった。 は顔をそむけた。「さあ」彼は立ちあがった。「センターへ君をつ まるで睡眠薬をのまされたかのような、深い眠りから彼を目覚めれていかなくっちゃ。解毒剤をもらうんだ。薬を君の身体から出さ させたのは、少女のすすり泣く声だった。自分の時間感覚が歪んでなければ」 いるような感じがした。少女の姿が意識に刻みこまれるのにずいぶ 少女はかぶりを振った。 ん長い時間がかかるような気がしたからだ。彼女の泣き声は不自然「もうーー手遅れだわ。わたしを抱いて。わたしのためになにかし なほど長くひきのばされていて、はるか彼方から聞こえてくるよう たいと思ってくれるのなら、抱いてちょうだい」 な感じがした。 彼は両腕で彼女を包みこみ、ふたりはそのままの姿でいた。潮が 「どうーーーしたーーんだ ? 」彼が言った。そのとき、二頭筋にかす満ち、風が吹き、また潮が引いて、ふたりの縁をすり磨き、さらに 完璧な形に仕上げた。 かな痛みが残っているのをはじめて意識した。 「あなたをーー起こしたく なかった」少女は言った。「どうそ 眠ってちょうだい」 私は思う 「君はセンターの人間だね ? 」 ポルクと呼ばれた生き物の話をさせてもらおう。それは死にゆく 少女は顔をそむけた。 太陽の中心で生まれた。それは一部は人間で、一部はほかの物質で できていた。もし物質のほうがおかしくなると、人間の部分は物質 「それは重要なことじゃない」彼は言った。 「どうか、眠って。第七条の資格をーーー」 の動きをとめ、修理する。もし人間のほうがおかしくなると、物質 「ーーー失わないで、か」彼が終わりまで言った。「君はいつも契約の部分は人間の部分の動きをとめ、治療する。たいへん精巧にでき を尊重するんだね ? 」 ているので、ポルクは永遠に動きつづけることができる。だから、 「わたしにとってはーー・それがすべてではないわ」 ポルクの一部分がたとえ死んでも、ほかの部分が機能をとめること 「あの晩いったことは本気たったのかい ? 」 はない。ポルクは依然として、全体としての彼がこれまでおこなっ 「やがて本気になったわ」 てきた動きを続けることができるのだ。それは海辺を歩いている。 先が二叉になった金属棒で波が打ちあげた物を突っいている。その 「もちろん、いまの状況ならそう言うだろうさ。第七条君 「ばか ! 」少女は言い、彼の頬を打った。 人間の部分ーーーあるいは、人間の部分の一部分ーー・は死んでいる。 彼はくすくすと笑いだした。しかし、テー・フルの上にのった注射右のどれでもお好きなものを選べばいし ロ 3