こうなったらひたすら謝って、被害を最小限度にくい止めるしか った。肩に彼女の手がかかっている。 は . かっ亠に 0 「島田さん、どうしたのよ」 沙織の黒い瞳がおれを見つめていた。 その時、おれは、信しられないものを見た。おれたちを見ている 人間たちの中に、沙織の姿があったのである。 今、ぶん殴られた分の痛みを、いっぺんにとりもどした気分だっ こ 0 かっと身体が熱くなった。 彼女に見られている。 「へへ。ちょっとねーーー」 そう思った途端に、おれの身体が動いていた。下駄で、おもいき おれは笑おうとしたのだが、それがうまくいったかどうかはわか り男の脚を蹴りつけていた。 らなかった。沙織が顔をいたいたしそうにしかめたのを見ると、あ だが、下駄は空を切った。 んまり成功はしなかったようである。 「このガキの知り合いか」 かわりに、おれの鼻柱に、どっと熱い塊りが爆発していた。男の 右拳が、きれいにおれの顔面に決まっていたのである。痛みはほと 男が言った。 んど感じなかった。感じたのは、溶岩に顔を突っ込んだような温度「そうです」 である。 「ほほう」 一瞬、くらっとなったおれの腹に、男の右膝がめり込んだ。 男が、沙織の腕をつかんで立ちあがらせた。 おれは前かがみになり、肩から歩道の上に転がった。 それを下から眼にした途端、おれの血がまた逆流した。 頬がくつついた歩道の上に、赤い染みがじわじわと広がっていく「やめろ ! 」 のが見えた。おれの鼻血だ。ロの中にも、甘臭い、ぬるぬるしたも 叫んで、おれは、目の前の男の両脚にタックルしていた。 のが、鼻から流れ込んでくる。 男が、尻から歩道の上に落ちた。 最悪だな。 おれは立ちあがっていた。 と、おれは思った。 妻い顔をして、男も立ちあがってきた 1 「やめて下さい」 もう、誰かが警察に通報しているかもしれなかった。 おれの頭に、ふとそんな考えがよぎった。 女の声がすぐおれの上で響いた。 沙織の声だった。 その時、ふいに、あらたな男の声が響いてきた。 「いけませんねえ。ケンカなんておやめなさいな」 「もう充分でしよう」 沙織が、男にむかって言う。 場違いなほど、間伸びした、明るい声だった。 見あげると、しやがんでおれの顔を覗き込んでいる沙織の顔があ声の方を見ると、にこにこと顔いつばいに笑みを浮かべた中年の 244
男が、そこに立っていた。中肉中背で、どこにでもあるような紺の スーツを着ていた。 「誰だ、おめえ 「ほらほら、そんな恐い顔しちゃあいけませんよ。そんな顔するか らケンカになるんです。ケンカなんてつまらないことですよ」 「なに」 「いけません」 びしやっと中年の男が言った。 恐い顔をし、そして悲しそうに眉をよせ、 「だめだめだめ。ケンカはわたしがあずかります。ねーー」 またあの笑顔になった。 、もののみごとな笑顔だった。 暗さというものが、微塵もない その笑顔に、おれと男との体内に溜まっていた毒が、嘘のように 抜け落ちていった。 「はい。そうそう。さあ、もう解散かいさん。もうこれでおしまい 新お伽話 殿谷みな子 出も伝る所ぐ待 すし説こ帯やて 短ろのとや姫ど 篇お登しつ、く 集か場かれ羽ら 。し人知し衣せ 単く物らたをど 行、のな天奪月 本と知い女わか ・きら織、れら 定にれ女不農迎 価はざな器夫え ー哀るど量のが 、で妻こ 0 く面神機とな 0 描を話をない 円きおや織りか ばんばんと手を叩いた。 男の顔から、凶暴なものが消えていた。 「ちつ」 男は、軽く舌うちをすると、背を向けて歩き出した。 それと同時に、見物人たちも、それまでの用事をふいに思い出し たように、歩き出していた。 中年の男がばんばんと手を叩いてから一分もしないうちに、そこ には、おれと沙織と中年の男だけがぼつんと顔を見合わせて立って 「助かりました」 沙織が、中年の男に向かってペこんと頭を下げた。 「ほんとにどうもありがとうございました」 あわてて、おれも頭を下げた。 中年の男は、おれと沙織とを交互に見つめ、おれに視線を止め こ 0 「ははあ」 好発売中 ! 245
サトルがじっと見つめると、ショーケースの上に置いて あった、直径五十センチほどもあるクリーム。 ( イが、ふわ りと浮かびあがった。 よく太った店の主人は後ろを向いていて、全く気がつい ていない。サトルはパイをつかんだまま、店の周囲を見ま わした。ひどく若い美人と腕を組んだ、いやらしそうな中 年が道の向うからやってきた。サトルはくすくすと笑っ 。 ( イが中年男の顔を、まっ正面から直撃した。 凍りついたみたいに立ち止まっていた男の顔から、パイ がゆっくりとはがれて落ちた。生クリームで真っ白な顔が 現われ、二、三度パチパチとまばたきをする。連れの女が 吹き出した。男はゆっくりと首を回して、ケーキ屋を見 。彼の目に、後ろを向いているケーキ屋の主人の姿がど のように映ったかは、言うまでもないたろう。 笑いころげている女をほうっておいて、中年男はつかっ かとケーキ屋に入っていった。ケースの上には、他にいく つも。ハイが並べてある。男はそのうちの一つを手にとる と、店の主人に声をかけた。 : しいらっしゃい ふり向いた主人の顔を、でつかいチョコレートパイが待 ちうけていた。 とたんに、ケーキ屋の店先で、派手な。ハイ投げ戦争がお のレ ・ぐ ー 02
白金色の光がおれを貫き、沙織に向かって走っていた。その光がた。笑いながらつぶやく声が、ゆっくりと小さくなってゆく。 「ふふ。はは。ミカエルよ、あそこには何もないのだそ。螺旋の道 沙織を包んだ。 こそが、正しいのだとやがておぬしも知る時が来るそーーー」 「おのれ」 ルシフェルが消え去ったあと、そこに、黄金の光球に包まれた、 ルーシーが叫んで、初めておれの方へ顔を向けた。その顔が歪ん でいた 沙織が浮かんでいた。 ミカエルがおれと沙織をあの四畳半に運んでくれた。 巨大な尾が、青白い炎を放ちながら、妻い勢いでおれにぶつかっ てきた。尾がおれにぶつかる瞬間、尾とおれとの中間に、ふいに光沙織の身体を包んでいた光が消えていた。 ミカエルは、横たわった沙織のロの中から、黄金色の玉を取り出 球が出現した。尾が激しくその光球にぶつかったが、光球はびくと もしなかった。 光球が、人の形になった。 沙織が眼をあけた。 見たことのない異国人の顔が、おれを見て微笑していた。その笑おれの顔を見ると、身体を起こしてしがみついてきた。 顔には見覚えがあった。あの男、エリイの笑顔であった。 沙織の身体は暖かく、そして小さく震えていた。 るあぶ 「よくやったな、あんた」 「これが″ペム″さ。まさに愛の結品というやつだな」 それは、まさしくあのエリイの声であった。 「それが欲しかったのか」 エリイの背中には、純白の翼が生えていた。 おれは言った。 「ミカエル 「ああ、これでようやく帰ることができる。おれも、おまえもー ルーシーが呻いた。 「ルシフェルよ」 「あんたが帰るというのは、 いったいどこのことなんだ」 ミカエルが、螺旋に向かって言った。 「天国さ」 「″るあぶ″に包まれたその娘には、もう手は出せまい 、、カエルの姿が浮きあが 至福に満ちた顔でミカエルが言った。 すみやかに去り、おぬしはおぬしの螺旋をめぐるがよい り、溶けるように、窓の向こうに消えていった。 「ミカエル その途端、ルシフェルの身体が、狂おしくのたうちはじめた。 「おのれ、おのれ、おのれ ! おれが窓にかけよって、ガラス戸を開け放っと、そこに、見なれ きりきりと歯をきしませた。 たおれの街の風景が広がっていた。 ルシフェルの姿がうなりながら遠ざかってゆく。地獄の業火に身 沙織が、後ろから、しつかりとおれにしがみついていた。 をやかれるような、苦悶の声が、いつの間にか、嬌笑にかわってい この上は 257
岩戸のすき間は、次第に広さを増していった。それと同時に青い 光が、否応ない強い力となって窟の外に放射された。 ー丿ーは思った。 死臭、を確かにかいだ、とユ よびかける声に、戦士は振り返った。 魔道士ダルカムの首が、ちゅうに浮いていた。 からでは見ることができない。 切り口からまだ血が滴っている。眼は閉じられたまま、土気色の 5 両の手を前に垂らし、眠っているらしい だが今にも眼ざめるのだろう、背から拡がったコウモリの翼のよ唇だけが動いている。 「おのれ、迷ったか ! 」 うなものが、ゆっくりと息づいている。やがては、こいつが開き、 空を駆けることになるのだろう。指先の短剣のように鋭い爪がわずュ ーリーは剣を振りかぶった。 かに動きはじめている。″魔王モール / そう声をかけようとす「迷っているのは、おまえのほうだ」 るが、かすれてしまっている。 唇がわななき、端から流れ出た血が頬を伝っている。 ーリーはためらった。 もう一度声をかけようとして、ユ 「今でも遅くはない。魔王を封じ込めろ」 魔王がゆっくりと顔を上げた。 「なにを今さら」 ーリーはをのんだ。 その顔を見て、ユ 「自分にをつくな。このおそましさ、世に解き放つなら、お主が むくつけきからだの造作とは対称的に、その顔は極端に洗練され末代までも、世の人々に呪われるのだ。の世のならい、勝敗は時 た印象だった。 のつね。いずれの国が勝者となるや知れぬ。お主の国を減・ほしたド 眼は切長で、鼻筋は通り、唇はうっすらとしている。どこか女性ドだとて、いずれ現れる強国の前に減び去る。それだとて人々が死 を思わせる に絶えることはない。しかし魔王は違う。こいつはすべてを無にす るのだ。魔王を解き放ってはならない」 そこまで考えてユ 1 丿ーは戦慄した。 「なんということ : : : 」 ューリーは激しく嘔吐した。 裂け目は拡がりつつあった。 魔王の顔は、王女メリサのものであった。 そいつの翼がはばたく音がした。 ュ 1 リーが見ると、翼は半開きの状態になってゆっくりとゆらい でいた。 そいつの右脚がおろされた。全身ぬめぬめしたからだであるにか かわらず、足首は太い毛に被われ、ひずめがのそいていた。 メリサの顔、閉じられていた眼が、かっと見開かれた。優しさな ー丿ーを捕えた。唇 どとうに失った蛇のような冷ややかな眼が、ユ がゆがみ、矛がむき出しになった。
「首、と申し上げました」 ことの重大性が、市長にもようやく伝わったらしく思えたので、 レナンは安堵の溜息をついた。 「それが、道の真ん中にころがっていたと ? 「それで、その、二つの首は、ああ、何と言うか、つながっていま 「その通り」 「確かにそれはひどい話です。しかし、まだ、単純な夫婦喧嘩であしたか ? 」 る可能性も残っている」 「胴体とですか ? 」 レナンとヒ 「いや、首と首が、です」 。ツ。、は、顔を見合わせた : またしても、レナンとヒ " ツ。、は、顔を見合わせることになった。 「こちらでは、夫婦喧嘩で首を切りおとしあうんですか ? 」 市長の明らかな狼狽ぶりはともかく、質問内容が常就を逸してい 。ハが、スポークスマンをかって出た。 る。ケイトン人とのコミ ュニケーションには、何か根本的な齟齬が 含まれているようだ。 市長は両手で顔をかくした。 「これは、わたくしの言い方が悪かったかも知れない。なしろ、単「そう言えば、二つの首は、切り冂のあたりでくつついているよう 純な離婚事件だと言うべきでしよう。そうした場合、健全な家族でに見えましたが」 とりあえす、ビッ。、 : / カ質間に答え、その回答は、市長をますます も理性を失うことが往々にして , ーー」 動類させた。 「離婚事件 ? 」 レナンは耳を疑った。本当にそれが、市長の言った台詞だろう「そ、それで、その、顔色はどうでした」 通常死体発見者に尋ねられることとはてんで異った質問ばかり浴 か。ひょっとすると、ケイトン人の語学力は、見せかけているほど 、・ツバにも混乱が感染した。ビッ。ハにとって、こんな 高くないのかも知れない。彼は、痴情による事件とでも言ったつもびせられてヒ りなのではあるまいか 馬鹿げた質問は公務執行妨害ものだった。 「よく覚えてませんが、紫色だったような気がします」 「離婚事件で、首がふたつもころがるものなんですか ? 」 。ハが目をぐりぐりさせながら、重ねて質問する。 市長の黄色い顔が、見本のように紫色に変わり、思わすビッ。ハは 「二つですと ? 」 口にしてしまった。 市長は両手をパンザイの形に上げた。 「そう、そんな色でした」 「二つの首、とおっしゃいましたか ? 」 「いやらしい ! 」 「申し上げました」 というのが、市長の感想だった。 「それは重大事件である可能性が出て来ました」 「犯罪です。それは、重大犯罪だ」 「同感ですな」 ようやく見解を一致させて、市長は名版をひっくり返しながら立 3
そのカードには、次のような文字が記されていた。 ルーシーは、すっかりおれに注意をはらっていなかった。 おれは、床を蹴って、巨大な暗黒の空間の中に飛んだ。 しかし、その距離はあまりに巨大すぎた。おれの身体は、距離の 万年筆を落として残念でしたね。でもステキなサンタク 半分も沙織に届かず、宙に止まった。 ロースが、新しい万年筆を見つけておきました。 たちまちおれの腕に鈍い痛みが跳ねた。 この万年筆で私に手紙を書いてね。 あのヒルが、おれの腕に吸いついていた。 島田美智彦様 おれはそれをつかんでひきちぎった。 おれは叫んだ : 「その女を放せ。喰らうのならおれの肉を喰らえ ! 」 おれは、開け放たれたドアから、外を見た : おれの中に、肉体がふきちぎれるほどの業火が燃えていた。それ ・、レーシーと呼んでいたもが、おれの肉をみりみりとひきはがし、ふくれあがってくる。 そこに、螺旋がいた。それが、エリイカノ ルーシーは、まるでおれの存在を無視していた。 のであることが、おれにはわかった。 「どこだミカエル。我は、邪魔をするおぬしと戦って、″憎しみの それは、黒の中にとぐろを巻いた、巨大な蛇であった。しか 想念の炎″をこの身に浴びたのだぞ。おまえですら、一時は憎しみ も、その頭部は人間の女のそれであった。 こ身をゆだね、″ペム″を失くしたではないか。その の甘美な炎ー 巨大な顔であった。 ″ペム″ない限り、二度とはあそこへ帰れぬぞ。さあ、この″ペ その顔のすぐ鼻先に、沙織が浮かんでいた。 沙織の大きさは、ルーシーの鼻の穴ほどの大きさもない。沙織をム″を生む娘を自ら喰らい、螺旋となり果てよ ! 」 捕えた触手は、ルーシーの髪の毛だった。 おれは、ありったけの力をふりしぼり、咆哮した。今は、身体中 女の顔が笑っていた。もの凄ましい、狂喜にひきつれた顔だ。赤 に、あの化獣どもが喰らいついていた。 い唇がぶつぶっと裂け、血がふき出て血玉になっている。それを、 ぞろりと自分の舌で舐めあげながら、ルーシーが笑っているのであ「島田さん」 る。 沙織の声がおれにとどいた。 そのとたん、沙織の声が、おれの肉体をはじけさせていた。一 「さあ、姿を現わすがよい、 ミカエル。この娘の生命は、我が手中 にあるそ。出でてこの娘の血肉を喰らい、我と共に螺旋の果てまで瞬、おれは、自分の身体が黄金色の光となって爆発するのを感して も輪廻の旅に出かけようそ」 256
まだ半ば夢からさめやらぬといった表情のみのりが、ぼんやりと みのりは、ばっと顔を輝やかせた。 うなすく。 「うん。たしかどこかに、イオン効果パイクがあったと思うわ。ち 8 「ところで」 よっと門のところで待ってて。今さがしてくる」 と、山下が言った。 みのりは実験室の方へ、ばたばたとかけ出していった。 「サトルのやつがどこへ行ったか、君知らないかい ? 」 山下は煙草に火をつけると、レンガ塀にもたれて煙を吐き出し 言われて初めて気がついたみたいに、みのりは空つ。ほのソフアをた。 見つめた。サトルはヘルメットごと、どこかに消えていた。 三本を灰にし、四本目をくわえたところで、警笛が聞こえた。山 「そう言えば、扉が開いた時に何かとび出していったような気が : ・下はふと目をあげた。 突然、玄関の扉が開いた。 その時、屋敷の外で誰かが悲鳴をあげた。 みのりを乗せた真っ赤なイオン効果・ハイクが、まっすぐに山下め 山下とみのりは、はっとして立ちあがった。いやな予感に、しば がけて突進してきた。 し見つめ合う。 山下は煙草を投げすて、左右を見回した。どこにも逃げ場はなか 「あの馬鹿 : : : ! 」 山下は身をひるがえして、応接間から駆け出していった。 「きゃあ , ~ つ。停めて停めて , ~ 〈」 豪田家の前の歩道に、マ リリン・モンローそっくりの女性が、ス みのりが悲鳴をあげた。 カートをおさえ、ちょっと困ったような顔をして立っていた。何が 壁にはりついた山下の瞳の中で、・ ( イクの姿がみるみる内に大き 起こったのかは、聞くまでもなくあきらかだった。またどこか通り くなる。山下は蒼白な顔をひきつらせながら叫んだ。 の先の方で、悲鳴があがった。 「・フレーキレ・ハーを握るんだ ! 早く ! 」 「あ・の・馬鹿 ! 」 間一髪のところで、・ハイクはつんのめるようにして停まった。両 山下はもう一度ロの中で小さくののしると、大急ぎで屋敷にとつ者の間隔は、二十センチもなかった。 て返した。途中でみのりとはち合わせしそうになる。山下はみのり 山下は背中を壁におしつけたまま、ずるずると地面に座りこん の両肩をつかみ、息を切らせながら言った。 だ。安堵のあまり、とっさには声も出せなかった。 「何か乗り物はありませんか ? すぐに追いかけて連れもどさない 「ごめんなさいね、びつくりさせちゃって」 みのりが申し訳なさそうな顔で謝った。 と、サトルのやっ猫ヶ丘じゅうの女性のスカートを、まくりかねな 。下手をすると警察沙汰ですよ」 「しばらく運転してなかったものだから : : : 。大丈夫だった ? 山 「えーっと、そうねえ。乗り物乗り物 : : : 」 下さん」 っこ 0
「でも、息をすればするほど考えの方がお留守になるじゃないの」 きよう気づいたのだが、そう言えば彼女が編んでいるのはピンク わたしは言った。「協力してほしいわ。あなたが何をこわがってる 色の帽子だ。 ネイデス先生のすすめで、目下、ディ・キャムの「離反の研究」のかを探り出そうとしているんだから」 「何がこわいかぐらい、自分でわかってます」彼は言った。 を読書中。 「それなら、どうして教えてくれないの ? 」 九月六日 「お聞きにならんからですよ」 探査の途中で、 ( また例の呼吸トリックをやっているので ) どな「そんな、理不尽な : : : 」精神病患者をつかまえて理不尽だと怒る なんて、いまにして思えばわたしもどうかしている。「ま、 ってやった。「フローレス ! 」 たちまちスクリーンは両意識相とも空白になったが、身体的にはわ。じゃあ、おききしましよ」 彼は言った。「ぼく、電気ショックがこわいんです。心を破壊さ ほとんど反応は出なかった。四秒後に眠そうな声で返事があった。 トランスではない。自己催眠だ。 れてしまうのが、このまま永久にここに閉じこめられてしまって、 「呼吸ならちゃんと器械がモニターしてくれてるわ。まだ息をして万一出してもらえたってそのときには何ひとっ記憶を失ってしまっ ます、なんてことはわざわざ知らせてくださらなくても結構なのているのがこわい」それも、あえぎあえぎいうのだ。 「そうなの。だけどなぜそれを、わたしがスクリーンを見てるとき よ。うんざりだわ」とわたし。 「ぼくは・ほくでモニタ】してみたかったんでね、先生」と彼。 には考えてくれようとしないの」 わたしは彼の前にまわり、目かくしをはずしてやってその顔をな「いけませんか」 ロで言えて、どうして頭じや考えられない がめた。感じのいい顔をしている。機械をあっかってる人によくあ「あたりまえじゃない。 ドンキー の。こっちはあなたの思考の色が知りたくているのよ ! 」 る、繊細なくせにしん・ほう強いろばの顔だ。いけない、ろばだっ て。とり消す気はないけど。だってこの日記は心にうかんだままを「・ほくの考えてることが何色だろうと、あなたの知ったこっちゃな 書かなきゃいけないんですものね。それに、ろばというのは美しい いでしよう」彼はおこったように言ったが、そのすきにわたしはス 顔をしているもの。のろまでとんまだってことにはなっているけクリーンのところにまわりこみ、彼のむき出しの意識をのそいてし まっていた。もちろん会話はテープに収録してあったから、午後は ど、どっこい、おだやかな、賢そうな顔つきをしている。まるで、 多くを耐え忍びながら一言の恨みつらみもないかのように。恨みつずっとそれをしらべてすごした。その、すばらしかったこと。実際 らみをいだいてはならぬ理由をわきまえてでもいるかのように。両話された言葉の他に二層の半言語のながれがあるのだ。そのどれも 眼のまわりに白い輪なんかあっちゃって、それがまたいかにも無防が複雑で生き生きとした感覚的情緒的反応やひずみをみせている。 いやもしかするともっと多 例えば、彼はわたしのことを三つの 備な感じなんだ。 ドンキー 209
卑怯もの一つ ! ! なによーっ いかなる手段 でもって いったのあんたよ あたしの コビーなんて ゆるせ ないわ 言ったな あんたなんか どーせ こーんな 顔なんでしょ ホントはっ 96