スミス - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1984年1月号
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1. SFマガジン 1984年1月号

しまうおそれがある。トロイの木馬の話は当然きみも知っとるだろ スミスⅡカルゴスはロをつぐんだ。飼い主の放った棒切れを拾っう。指摘するまでもないことだが、〈大使夫人〉はトロイではな 3 2 てもどり、でかしたそと頭をたたいてもらうのを待ち構えている子 い。が、その崩落は銀河連邦政府全体の終焉を意味するのだ。理由 大のようだ、とダーシイは思った。オライアダンはしかし、眉ひとは簡単、〈大使夫人〉こそ事実上、銀河連邦政府そのものだから っ動かさなかった。「で、 いったいその抗しがたき魅力的なわれらだ」 が男性とは、いずこのお方なのかね」目にあからさまな侮蔑の色を スミス日カルゴスのとがった顔が赤面した。「そ、そのような類 似があろうとははたと気づきませんで、閣下」へどもどと彼は言っ うかべてダーシイを見つめながら、冷ややかに問う。 た。それから言をついで、「ですが、では一体、弓矢の方はいかが 「立ちたまえ、ダーシイ」スミスⅡカルゴスが言った。 いたしたらよろしいので」 おずおずと、ダーシイは言に従った。 「 ch ()5 〈監視犬〉の二級暗号解読官、レイモンド・ダーシイでご「見つからんところにでも埋めておけ。シェル・・フルー陥落のの ざいます、閣下」スミス日カルゴスはつづけて、「この男ならば先ち、堀り出させてしらべてみることにしよう」 に申し述べました必須の資質をすべてあわせ持っておりますばかりその間じゅう、オライアダンの視線はかたときもダーシイの顔を でなく、彼自身、シェル・プルー移民の末裔でして、かの地の言葉離れなかった。ややあって、「スミスⅱカルゴスよ、きみは気づか につきましては土地の者さながら自在につかいこなすことができまんかねーーこれが大人の使いに子供をやるようなものだということ す。ありそうな身の上話でも膳立てて、あとは洞穴の見つけ方をに」 二、三指示してやり、夜陰に乗じて〈妖精の森〉に送りこんでや スミスいカルゴスは取り入るような笑みをうか・ヘた。「正直言い れば、必ずや、二週間以内にジャンヌ・マリイ・ヴァルクーリをまして閣下、私も最初は二の足を踏んだのですが : : : そのうち、こ その弓ともどもわれらが手中にもたらしてくれるものと思われまれは結局、大人の役まわりではないのではないか、むしろ少年こそ 適任ではないか、とこう思いついたわけでございます。本質的に言 オライアダンはかぶりをふった。「それはこまるな、スミスⅡカ って、私のやろうとしていることは、昔なじみのラブ・ストーリイ ルゴス。女の方はまあよかろう。だが飛道具はいかん。武器の方はに少々新しい味つけをしただけ、みたいなものでありまして。少年 いらんぞ。というのもだ、よいかスミス日カルゴス、この事件のい が少女と出会う。少年が少女を口説く。そしてものにする、これで っさいは、びよっとすると、まさにそれが目的で仕組まれたものかす」 も知れんからだ。われわれをだまして弓と矢を〈大使夫人〉に持ち ダーシイは空手の黒帯だった。自分の体重の二倍までの重さなら こませる。そのどちらか いや両方かも知れんーー、が動きはじめ持ちあげることができる。鉄棒の片手懸垂なら、どちらの手でも連 たが最後、われわれはマヒ状態か意志を持たぬ人形の一隊になって続十回。任務の範囲をこえる果敢な軍功によって、過去三回バ

2. SFマガジン 1984年1月号

〈妖精の森の少女〉として知られておりまして、一時休戦という閣 六十ちょっとにはとても見えなかった。目尻のあたりの深いカラス 心もち下の御英断によ「て彼女が他の戦場にもたち現れる事態が阻まれな の足跡をのぞけば、血色のよい顔にはほとんどしわもない。、 かったら、いまごろ、その名はシェル・・フルー全土にきこえ、シェ ごま塩まじりの砂色の髪。最高司令官を示す豪奢な青と黄金の礼服 ル・ブルーの属国化に反対する精神現象主義者のヒロインとして、 ここにいるのは、貧困から身を も、前身を隠しおおせてはいない。 起こし、百姓特有のぬけ目なさとこけの一念によって政治の王位にその姿はしつかり民心に焼きついてしまったと思われます。しかし の・ほりつめた男なのだ。 現状はこのとおりで、彼女がよびさますところだった宗教的愛国心 冷酷な面がまえのボディーガードに両脇を固められながら部屋にも、いまはまだ眠っております。 入って来ると、オライアダンは会議テー・フルの最上席に腰を下ろし シェル・プルーの村々の御多聞にもれず、ポードレールも旧弊で た。「全員着席 ! 」進行役がどなった。全員が着席した。 牧歌的で、三世紀前この惑星に入植したフランス人移民たちの反進 オライアダンは葉巻に火を点け、ひとわたり、二列にならんだ歩的精神にいまだ頑固にしがみついている村です。ジャンヌ・マリ イ・ヴァルクーリ の母親はジャンスを産んで亡くなり、父親もその 顔、顔、顔をながめわたした。ダーシイと視線があったところでか すかに光った目は、やがて情報部長の鋭い目鼻だちの上にとまり、九年後には死んで、ジャンヌは爾来、村はずれにある、。フロヴァン ス公営の小さな孤児院にあずけられました。十二になるくらいまで 輝きだした。「よろしい、スミス日カルゴス。報告を聞こうか」 は、ごく普通の子だったようです。それがある日、どうしたことか スミスⅡカルゴスは起立した。「それにつきましては閣下、本報 告を準備いたしました本人の口から直接ご説明申しあげるのがいち孤児院をとび出し、〈妖精の森〉に逃げこみました。結局は孤児院 ばんかと存します。作戦指揮官、レオポルド・マグロウスキーでごの職員たちが居所をつきとめたのですが ( 彼女は天然の洞穴のひと つに住んでいて、いたって元気そうだったそうです ) 、いざ連れ帰 ざいます」 平服のままのがっちりした男が立ちあがった。スミス日カルゴスろうとしたとき、少女が何か度肝をぬくようなことをやったらし く、職員は森から逃げ帰り、それつきり二度と彼女に近づいてはお はすわった。 マグロウスキー「閣下、少女の追跡には成功いたしました。三人りません。正確なところ彼女が何をしたのかということは、は「き の経験ゆたかな地上工作員を任じてこの件の調査にあたらせた結りとはつかめなかったのですが、どうやら〈南の華〉の戦闘以前か ら、ポードレール村の住民は彼女のことを悪しき魔女とみなしてい 果、まもなく、少女が名をジャンス・マリイ・ヴァルクーリとい 〈妖精の森〉の洞穴にひとりで住んでいることを突きとめましたらしいふしがあります。戦い以来、村人たちの見方もかわって、 いまでは良い魔女との評価がもつばらのようではありますがーー・、村 た。〈プロヴァンス高原〉を〈南の華〉より北に五十キロほどいく と、ポードレールというひなびた村があるのですが、〈妖精の森〉人たちが〈妖精の森〉に行きたがらないのもあいかわらずでありま はその村にほど近い、かなり大きな森です。彼女は村人たちにはす。彼らの態度にもいたしかたないと思われる点はあります。

3. SFマガジン 1984年1月号

十ケットナイフでこびりつるとしての話たがーーー罪もないこの二体のたかが骸骨を、どうして 拾いあげてみた。腐蝕がひどかったが、 : いた緑青をこそげ落としてみると、どうやら精神現象教会の身分証そんなに怖れなければならないのだろう。 のようなものらしかった。それによると男の名はアレグザンダー ケイン。ダーシイの心のどこかにその名に反応するものがあったその夜、ソフアで眠っていたダーシイは、低い声が聞こえたよう が、前にそれを聞いたのがどこだったかはどうしてもおもい出すこな気がして目をさました。声はオライアダンだった。声の出所はど ーらしい。「あと うやらダーシイの腕時計に隠された小型レシー とができなかった。 同時に、それはいささか不信のにおいをも感じさせた。すべての二日だそ、ダーシイ。思い出させてやろうと思「てな」 愛国惑星の例にもれず、シェル・・フルーでも住人たちはみな頑なに信じられない気がした。オライアダンじきじきの御連絡がおそれ 先祖伝来の名というものを固守している。しかるにどう考えてもおおかったためばかりではない。時間の感覚というものがまるつき り失せてしまっていたのだ。〈妖精の森〉に来て、まだ二、三日に 「アレグザンダー・ケイン」というのはフランス名ではない ダーシイはそ 2 ( ッジをポケットに入れて持ち帰り、洞穴の家にしかならないような気もする。生まれたときからず「と、ここにい たような気もする。 つくとジャンスにそれを見せて骸骨を見つけた話をした。 「わたしも見たわ」とジャンスは言った。「もうずうっと前からあ「いるのか、ダーシイ」オライアダンの声が言った。 「は、はい」 そこにあるのよ。でも、わたし、絶対そばには行かないの」 「ほう。それをきけてうれしいよ」月の中の男は言った。「すべて 「こわいから ? 」 計画どおり、遺漏はなかろうな」 彼女は首をふった。「そうじゃないと思うんだけど。でも、ラシ 「はい、閣下」 エルとジョゼフが特別うるさいの。どうしてもって時以外は、森の 「よろしい。では四十八時間以内に、きみの報告をたのしみにして あのへんには絶対行っちゃいけないって」 いるそ。事情がかわった場合にはこちらから連絡する。それから、 な・せだろう。ダーシイはふしぎに思った。それでも、ロに出して 忘れるな。そちらを発つ前に、例の弓と矢を必ず埋めて来るよう 聞いてみることはしなかった。ジャンヌ自身にも答えがわかってい るものかどうかあやしかったし、未だに声たちの存在を本当にした に。誰にも見つからないようなところに、地中ふかくな」 くない気持があったので。どのみちこれはスミス日カルゴスの問題月の中の男は通話を切った。 だ。彼のしゃない。スミスⅡカルゴスので悪ければ、オライアダン それつきり、その晩はもうダーシイは眠れなかった。明け方にな の、だ。 ってもまだ良心の葛藤はやまなかったが、それでもかなりうまくそ だが、その疑問は、頭についてしまってなかなか離れなかった。れを抑えこむことができるようにはなっていた。考えようによって 4 ジャンヌの心の中の声たちはーーあくまでそんな声が本当に存在すは、誘拐というのはジャンスのためにもなることなのだ。牧歌的だ

4. SFマガジン 1984年1月号

彼女が樹や花に話しかけているのをきいたという者は多く、果敢つきまして、機の熟さぬうちに実行するのをよしとしなかったから にも直接少女にたずねてみた何人かによれば、自分は樹々や花々とであります。それに、事を成功裡にはこぶためには、少女の人とな りをなるたけ詳しく知る必要もあろうとわかっておりましたので、 話していたのではない、〈頭のなかの声たち〉と話しているのだ、 といったとか。 工作員たちには、孤児院脱走以前の彼女を知る村人にし・ほって、と ことん彼女の好悪や習慣、生き方などを訊きただすよう申しつけま 「声だと ? 」オライアダンがさえぎった。 「さようです、閣下。明らかに彼女は、通常極度の栄養失調にともした。閣下とて、うちあけた話、彼女の誘拐をお望みなのでしよう が」 なう幻聴幻覚をわずらっているようです。厳格な精神現象主義の信 オライアダン「もちろんだとも」 者として育てられたことは御承知の通りですし、彼女が狂信者であ スミスⅡカルゴス「結構です。で、わたくしがいままで何をした って、一どきに何週間にもわたる断食をしていると考えるのが妥当 な線と思われます。かかる生活状況であれば、声がきこえたり、まかと申しますとです、閣下。まずわたくしは、工作員たちの持ち帰 りましたデータを、こんなふうな指示もろとも、〈大使夫人〉のコ ぼろしがみえたりしない方がふしぎというものでして」 ″このタイプの女性が、肉 ン。ヒューターに送りこんでみました 「たが弓は ? 」とオライアダンが言った。「弓はどこで手に入れた 体的、感情的、知的に最もひかれやすいタイ・フの男性を描述せよん のだ」 マグロウスキー「残念ながら閣下、その点はしらべがっきませんつぎにそのコン。ヒ、ーターの答えを、艦隊にいる全男子のファイル でした。 / 一 彼女はどこに行くにも弓を持ち歩き、肩にはいつも箙いっとっきあわせてみたのです。これは、申しあげておきますがけっし ばいの矢を負っています。いきなり土砂降りの雨をよぶこともできて馬鹿にはできない仕事でして、閣下。十分、骨を折る価値がある るほどの武器のことですから、できぬことはなかろうと思われましのでございます。当然データだけでは一人の人間にしぼることはで たので、工作員たちには、どうしても必要なとき以外はけっしてこちきません、人間というやつはそうそう千差万別というものでもあり ませんので。が、他の諸条件をも鑑みた結果、誘拐計画を最もうまく らの姿を見せるな、くれぐれも相手を刺激することのないように、 と言いふくめておきました。留守の間にでも洞穴の内部へ立ち入る実行してのけそうな一人に白羽の矢を立てることができました。わ ことができれば、もっといろいろとわかることもあったのでしよう たくしの見たところ、彼がいちばん少女の心に好意の火をともせそ うな気がいたします。好意は愛にかわり、愛は信頼となります。ひ オライアダン「何で入らなかった。支障でもあったのかね」 とたびそうなればもう、彼女の弓を手に入れるのも、彼女が自分か スミス日カルゴス ( あわてて立ちあがって ) 「入らぬようにとわら彼について〈大使夫人〉に来るよう水をむけるのも赤子の手をひ 9 2 たくしが命じたのであります、閣下。彼女の棲家をつきとめてのねるようなものでありましよう。仮に自発的についてこさせること 2 ち、わたくしは最少のリスクで彼女をかどわかす策というのを思い ができないにしても、いつでも力にうったえることはできるわけで えびら

5. SFマガジン 1984年1月号

・ス。 ( イラル章を授与されている。てのひらの縁は板のようにかたら下って事を処す」そう言うと、彼はくるりと議場に背をむけた。 く、快心の空手チョッ・フは十六ポンドのハンマー打撃にも匹敵する「女が聞いている声の正体もおいおいわかろう」とつぶやくように オライアダン。「そんなにまでジャンス・ダルクになりたいのな のだ。彼はかっと顔があっくなるのを覚えたが、だまっていた。 とうとう、オライアダンが言った。「どうだ、その子をつれてこら、よかろう、ならしてやるまでだ」そうして足音もあらあらしく 十ライアダンは議場を出ていった。 られると思うか、坊や」 ダーシイはだまってうなずいた。口を開けば、何を言ってしまう はじめて〈声〉を聞いたとき、ジャンス・マリイ・ヴァルクーリ かわからなかったので。 オライアダンの視線が二列にならんだ顔をみわたした。「本案をは十二歳だった。 〈声〉は二人で、しばらくすると自分たちの正体を教えてくれた。 採用しようと、わしは思う。異議のある者」 頭という頭が、し 、っせいに滑稽なユニゾンでうちふられた。それやさしい方の声が聖ラシェル・ド・フ、えらそうな感じのが慈善家 からへつらうような「ありません、閣下」のコーラス。オライアダのジョゼフ・エレモシナリイ。ジョゼフ・エレモシナリイは精神現 ンがぶつぶつ言いながら立ちあがる。「全員起立 ! 」進行役が叫ん象教会の創立者で、すでに百と二十年前に故人となっている。ラシ エル・ド・フの方は精神現象教会の聖女第一号で、こちらは七十六 だ。全員が起立した。 あかっき オライアダンがスミス日カルゴスに言った。「つぎの暁帯通過年前に亡くなっていた。 はじめのうちこそ〈声〉は実体を持たなかったが、顔らしきもの までに、彼を森に送りこむように」それからダーシイにむかって、 「十日やろう。十日のうちに収容の要請がなければ、わしが手ずかが見えてくるまでに、そう時間はかからなかった。ラシェルにしろ をでガ ガウん 庫のラま 風フ出 ワ カ ガ飛 ャ 一ノ わを さ空 SF245 ジョナサンと 宇宙くじら ロバート・ LL ・ヤング / 伊藤典夫編・訳 = 定価三六〇円 2 引

6. SFマガジン 1984年1月号

被告人ジャンヌ・マリイ・ヴァルクーリこれを耳せしと称す声 ジャンスも事の真相を解したらしかった。逃げようとしたが、彼が なるもの、紀元前一八八三年フランシス・ガルトンなる者の幻聴 4 しつかり腕をつかんでいて離さない。 2 の記述に酷似するあるも当件との関連性は認め難し 彼はジャンヌを艇内に押しこみ、自分もそのとなりに腰をおろし 〔判決〕 、第一六降下師団第九七 「いつの日か、ゆるしても被告人ジャンヌ・マリイ・ヴァルクーリ 、、ジャンヌ」と彼は言った。 「すまなし 歩兵部隊に対し行使せし武器の真相及びこれを教唆したる者の素 らえたら、と思う」 性について当法廷での証言を頑なに拒みし罪により、二三五三年 ジャンスは彼の方を見もせず、言葉も発しなかった。。ハイロット 一一九月、朝〇九四五時、グリーンにて火刑に処す。火刑柱はこ が操縦席につき、風防が閉まる。〈妖精の森〉をあとに、ちいさな ムーンピーム れを即刻小広場に建て、被告人はこれによりて生きながらにして 艇はうかびあがり、ふたたびそれは一条の月光となった。 焼かるべき事。その表情、悲鳴等の逐一はラジオ・テレビの画像 を通し、全シェル・プルーの茶の間に流されるものとする。 ch Q5 〈大使夫人〉 休中の全乗員も必すこれを看過せざる事 乗員に告ぐ / 乗員に告ぐ / 乗員に告ぐ 以上 二三五三年一〇九月 〔題目〕 ダーシイの血は凍った。 ジャンス・マリイ・ヴァルクーリなる者の裁判および判決につい ジャンヌをスミスⅡカルゴスに引き渡してから、すでに四時間が て。右なる者は、みだりに自然力を喚起し、文明戦争における公 認武器の一助としてこれを用いしかどにより告発せられたるもの経過している。その四時間を彼は、グリーンをぶらついて過した。 誰か彼の存在を思い出し、〈監視犬〉への帰艦に口をきいてくれる 〔事実認定〕 人に行き会わないものかと念しながら。信じがたい判決が小広場の 自然力なるものの対人行使はすなわち神の行為を形成す。戦時電光掲示板に流されたとぎ、彼は近くの樹蔭にすわって〈妖精の 下におけるかかる逸脱は、さきにダイモス会議にて採択されし協森〉に思いを馳せているところだった。 定に反するものなり まず瞬間、彼の心に生したのは、鉄壁の警護陣もなんのその、オ 'Ü当件の人心一般に及ぼせし動揺大なる事、尋常一様の刑罰にてライアダンの奴をこの素手でぶち殺してやりたいという衝動であっ た。この〈再統合者〉の非情さ、ぬけ目のなさをあなどりすぎてい は償い難し たのだ。加えて、戦時下の法などというものは、いついかなる場合 故意にこの罪を犯せ 国被告人ジャンス・マリイ・ヴァルクーリ、 しこと明白なり にも為政者の意のままなのだという、この事実。オライアダンにし

7. SFマガジン 1984年1月号

いのやつの方が通りがいいんだ、と彼は言い張っていた。そして明 「声たちもあなたのこと、好きですって。よかったわ。わたしも、 ターシイの側頭部の瘤を確か らかに、それは正しかった。彼女は、・ だから」 めてみようなどとはしなかった。上陸艇の。 ( イロットになぐらせて 「声たち ? 「ジ , ゼフ・ = レモシナリイとラシ = ル・ド・フなの」黒馬の背をつく 0 た特注の瘤だ 0 たのだが。他方、ジャンスはダーシイの顔に すべり降りて、彼女はかろやかに裸足で地に降り立った。「それかはただならぬ関心を示し、目を離すことができないかのようだっ た。まさか自分の顔がエレモシナリイと ( といってももちろん、ジ らこの子が聖ハーマン・オショーネシイ。彼もあなたのこと、気に ャンヌ版の、ということだが ) 瓜二つとはダーシイとて知るよしも いったと思うわ」 なかった。まさにその瞬間、ラシェル・ド・フがジャンスの耳にこ 聖ハーマン・オショーネシイがいなないた。馬のまっ黒なたてが ダーシイはそ「と指をすべらせてみた。「すてきだ。こんなんなことを囁いていた、ということも。「ほんとにすてきなひとし ゃないの。たすけてあげたら ? 」 、つ ' はい、友だちができちゃった」と彼は言った。 マグロウスキーが栄養失調性の幻覚がどうのこうのと言っていた重ねて言われるまでもないジャンヌだ「た。 ことを思い出して、彼はしげしげと少女の顔をながめた。顔も、体「いらっしゃいな、レイモン」と彼女は言った。「わたしのおうち つき同様、はちきれそうに健康な少女のそれだった。ダイエットので、何か食べるものをつくってあげる。ここからちょっとのところ 経験ぐらいあったにしても、どうせ一カ月とはもたなかっただろなの」 ーネシイの手綱をひいて、彼女よⅡそ 聖ハーマン・オショ う。声の正体は別に探さなければならない。 だが彼にそこまでやる義理はなかった。彼の職分はジャンヌの誘歩きはじめた。うしろめたい気持で、ダーシイもならんで歩いた。 「とってもきれいなおうちなのよー彼女は言った。「もうちょっと 拐である。彼女の動機の穿鑿ではない。 「ぼくはレイモンド・ダーシイといいます。道に迷っちまったらしのお楽しみ。洞穴だなんて言う人たちもいるけど、その人たちだっ て見ればおどろくわ。もちろん」と彼女はつけ加えて一「ロった。「ま いんだ」その先もなんとか同じくらい真実っ・ほく聞こえるように、 彼はつづけた。「もっとも、迷わなかったところで似たようなものだ、なかまでお通しした人はひとりもいないのよ」 だったろうけどね。どのみちどこへも行けやしなかったんだから。 目と鼻の先なのをいいことに、彼はじっくりジャンスの弓を観察 ゅうべモリエール行きの空中馬車を待ってたとき、脳天を一発がんした。・ : カそれが彼の預り知らぬ合金でできているらしいこと、じ いっとみつめていると目がちかちか痛くなってくることという二大 とやられてそれつきり、気づいてみたら、着のみ着のままこの森の 空地に倒れてたってわけさ」 発見をのぞけば、それで彼がいくらかでも物知りになったとは言い こんな嘘を考え出したのはスミス日カルゴスである。ジャンスの難い。矢の研究にいたっては、それに輪をかけて利するところは少 ような百姓娘には、工夫をこらした嘘よりも使いふるされてるくらなかった。彼には矢筈と、銀白色の羽根が見えるばかり、しかも、 せんさく 237

8. SFマガジン 1984年1月号

かない人間たちをのせて、有無を言わさず、膨れあがったもう一つ の流れ〈豊饒の河〉へと運んでいく。将校も兵卒も非戦闘員も、等 しなみに同じ不面目のうき目をみた。けれどもいかに増水している とはいえ、畢竟〈豊饒の河〉は激流とは言い難い。兵士たちはみ な、無事対岸にたどりつくことができた。 泥んこまみれの鼠さながら、しょぼくれた姿を土手につらねて、 彼らは幸運に感謝し、ぬれてない煙草を数えた。隊長はこの大敗走 とその女仕掛人ー。ー・のことを軌道上の〈大使夫人〉に報告する と、部下たちを近くのうねのむこうまで退却させ展開させて、自分は ひとり、オライアダンの指示を待ちつつ、しめった煙草をふかした。 オライアダンは歴史に関してはけっして素人ではなかった。彼は たちどころにある類似に気づいた。気象戦の脅威もさることなが ら、彼を考えこませたのは、まさにその類似であった。彼は、現代 版ォルレアンの少女が、比較的純朴なシェル・・フルーの人々に何を なしうるかを見とおした。天候をあやつる武器などなくとも、少女 は人々に啓示をあたえ、一発がんと爆弾でも落とさねば鎮圧できぬ ような事態さえひき起しうるーーーそんなことにでもなれば、彼がす でにして我がものとみなしている財産もみな灰燼に帰してしまうだ ろうことを見とおしたのである。そこで彼は、九七隊のみならず第 一六降下師団の残りの部隊についても、ひとまず全員を収容し、周 回軌道上に帰還させるよう指令を発した。そうしておいて当面、作 戦計画を情報部長のスミス日カルゴスにあずけることにした。 一週間とたたぬうちに、スミスカルゴスは報告書をまとめあげ てきた。報告書と、それから、一つの計画を。 〈監視犬〉の二級暗号解読官レイモンド・ダーシイは、、 ロ・ハート・ LL ・ヤング 0 ミミ 短篇作家というのは、・ とう考 えても割のいい商売ではなさそ うだ。大長篇や長大なシリーズ ものがプームの昨今では、特に それがいえる。長丁場を持たせ る持久力はさほど要らないにし ても、短篇は長篇と同じように それ自体が独立した作品であ り、その一つ一つに完成度と十全たる才能の閃きが要求される。長 篇一本より短篇をいくつも書くほうが苦しいとは、よく作家たちが 口にする話だ。しかし読者や出版社の短篇に対する扱いは、長篇と 比べると決して温かいものではない。 日本では少し事情がちがう が、英米界を眺めるとき、レイ・・フラッドベリのような短篇だ けで名声を得た作家は、きわめて特殊な例外に属する。何冊もの本 にまとまるほど短篇を書いていながら、著書が数えるほどしかな 、あるいは一冊もない作家 ( ふつうマガジン・ライターと呼ぶ ) を数えあげるのは、それほど面倒な作業ではない。 一九一五年生まれのロ・ハ 1 ト・・ヤングも、そんな作家のひと りである。一九五三年のデビ = ー以来現在まで発表した作品は一七 〇篇もあるというのに、アメリカで出た短篇集はわずか二点ーーそ れもハ 1 ドカ・ハ 1 だけで、・ヘー ー・ハックは出ていない。 & 誌、アメージング誌、最近ではアシモフ誌の常連であり、けっこう 人気も高いというのに、この扱いはあんまりではないか。しかしさ すがのヤングも、長篇を書いていない不利を思い知ったようで、 226

9. SFマガジン 1984年1月号

レヒッウ ー・フンズと名乗るアイルランド人をご存知だ 。本書刊行を機に、今後は果たしてどんな これらの背景にディックをはじめ、コードウ = イナー・スミス、ウィリアムスン、そして展開を見せてくれるのか、大いに楽しみなとろうか ? 彼はジョイスをして、「万が一、 カフカ、安部公房に至るまでの作家を汲みところである。 ( 『人形都市』 / 著者日川又千『フィネガンズ・ウ = イク』を書きあげられ ることは困難ではないし、また、一貫した秋 / 一一九八頁 / \ 一二〇〇 / 四六判上製 / 光ずに死んだ場合、スティーヴンズが受けつい で完成してほしい」と言わしめたほどの才能 的テーマとして、マーク・ローズやゲイリ風社出版 ) の持ち主で「本国では詩人・作家として名高 ・ウルフも許容する「科学技術文明の暴走 と実存的疎外」を適用することも困難ではな ジェイムズ・スティーヴンズ著 そのスティーヴンズのファンタジイ『小人 ート大出版局刊『異形との遭 い。か ( ハ たちの黄金』が訳出された。本書は、アイル 遇』一九八一年、一四一頁。「人間の機械 ランドが生みだしたファンタジイの中でもペ トマス・ダン他編・グリーンウッド社『小人たちの黄金』 スト 5 に入る傑作として評判の高い作品であ 刊『機械じかけの神』一九八二年、二一三 る。これほどの良質のファンタ - ジイが、本国 頁 ) 、この作家の場合に看過しえないのは、 白鳥麗 での刊行より遅れること七十年余り、何故、 かような描写からにじみ出てくるのが決して エリエネーショノ 今まで紹介されなかったのかと首をかしげざ 主張のための疎外状況ではなく、あくまで美 エリエネーション 思えば、幻想・奇想小説の系譜を紐解けばるを得ない。たふん、詩人であるスティーヴ 学的な異化作用、である点だ。 従って、基本的に「自動人形」も「ホッ必らずいきあたるのがアイルランドの作家でンズの豊饒な言語、作品のトーンを支配する ト」として認識論的に解釈されるべきものである。たとえば、・フラーム・ストーカ】、シ哲学談議、それにアイルランドの神々や妖精 はなく、「自動人形」は「自動人形」なる単 = リダン・レ・ファニ = 、チャールズ・マチなどのゲール語の固有名詞の読み方などが訳 者泣かせであったのだろう。しかし、幸いに 語そのものとして、すなわちこの言葉の持っューリン、そして今世紀最大の幻想作家ロー 響きなり印象なりを軸に美学的に触覚されるド・ダンセイニ。もう少し人名を並べさせて いただいて、これを純文学の分野から拾いあ べきものとして、私たちは読まねばならない のである。「自動人形」なる単語には、おそげると、さらにアイルランド人が所有する幻 ジョナサン・スウィ らくドイツ・ロマン派・・ << ・ホフマン想・奇想性が際立っ の自動人形をはじめ、遠くマニエリスムの遊フト、オスカー・ワイルド、・・イエイ 戯機械のイメージにまでさかの・ほる美学的歴ツ、ジェイムズ・ジョイス、サミュエル・ペ : ・、といったぐあい。皆いす 史を喚起してやまぬ「カ」が隠されているのケット : ・ れも他国の作家にはみられぬ特異な資質の持 だから。 かように、川又千秋の作品からは、単にち主ばかりである。 ところで、もう一人、ジェイムズ・スティ 的方法論自体を読もうとする姿勢が離れな 9