思う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1984年2月号
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1. SFマガジン 1984年2月号

で活気にみちて、忙しくーー」 四十をすぎたら、ウソのように治るんだよ」 「わかるよ」 「治るかな」 上村があわただしくーー彼らしくもないと修平は思ったーーさえ 修平はおずおずという自分の顔つきが、きっと医師をまえにした ぎった。 患者のそれになって気弱な笑顔をうかべているだろうと思った。 「いまはとてもそう思えないし、そう思っただけで何だかいまの悩「実によく、わかるよ。まさしくおれもそうだったよ」 みを軽くみられてるみたいな気がするんだろ」 「でもさ。上ちゃんが四十まえっていうと、けっこう状況は違って 何もかもわかっている、というように、上村は修平の肩を叩し たんじゃないの。三年まえには、まだ , ー・こ 「あんまり、ひとを年寄り扱いすんなよ」 「しかし、経験者のいうことだからね。信しなさいよ。治るんだ 上村は大きくわざとらしい笑い声をたてる。 よ。ウソみたいにさーーほんと。そういや、そんな時期もあったん 「同じだよ、おんなじ ! ひとの心なんてものは、みんなもとのと だなあーって、笑って思い出せるようになるんだよ。ほんとにウソ ころじや同じように働くもんなんだから。そりや、修ちゃんは、自 みたいにさ」 分のケースってのは別なんだ、と思いたいかもしれね工けどさ、で . も実のところはさーー。・」 「たぶん、そうなんだろうね」 修平は云った。 違うんだ。 「こんなふうに感しるんだよ。ここんとこ毎日、天気がいいじゃな修平は、とうとう胸の中にの・ほってきてしまった重いことばをあ いの。小春日和ってのかな でもって、局の窓から見おろすとりたけのカでのみくだす。違う。そうじゃない。全然違うんだ。 さ、ビルが並んでて、車が走っていて、実にこう、平和そのもので 上村はまるつきりわかってないか、それともわざとー・・ー美穂のよ 活気にあふれてるわけだよ。おりてってみると、 0 »-a だのサラリー うにか ? ・ わからぬふりをしているのだ。おれのいってるのは、 マンだのが実にこう、きびきびと歩いててさ。有能で、自信にみちそんなことじゃないじゃないか。 て、忙しくて : : : 店にやものが並び、さあ買って、買いさえすれば「修ちゃん」 何でも思いどおりのものが手に入るんだといわんばかりでさーー、タ 上村が心配そうに云った。 クシーも、魚屋も、靴みがきも、警官も、みんなせっせと自分の稼「あんた、い っぺん、カウンセラーんとこへ行ってみたらどうだ 業にいそしんでてさ。空は青いし、ふっと思うわけだよ。こんな日 。おれ、いい人知ってるよ」 に、こんなことを考えてるのはおれぐらいなもんだなーーーすると、 カウンセラーだって ! 修平は唐突にこみあげて来た、大声で笑 ふいにおれは思う。ああーー・ーあの日のゲルニカも、こんなふうだっ いたい衝動をこらえるのに苦労した。カウンセラー ! たのにちがいない。空は晴れて青く、人々は仕事にいそしみ、平和カウンセラーが、何かを、どうかしてくれられるとでもいうの 8 9

2. SFマガジン 1984年2月号

ね、修ちゃんーーーそりや、いまどき流行んないんだよ。そういう考えるほど、時代の実相みたいなものから、とおくなっちまうんだよ ね。ライトで。 ( ロディなものにや、しよせんこっちもおふざけでか え方は」 るーくつきあうしかないんじゃないの : : : 世の中にはパロってい 「何が ? 戦争の真実をとか思うこと ? 」 ものごとを、そういうふうにお固く考えるものとわるいものがあるとかさ、そういうこと、考えてると、いま 「そうじゃなくさ。 の時代ってものが見えなくなっちまうぜ。そうでなくても、ド まじめ、って奴が、古いんだよ、もう : ことがさ。 の時代だぜ。まじめですむ時代じゃないですよ , ーーましてわれわれラマなんてさーーー『おさん』なんて。 ( ロディそのものだよ、な ? の職業だからさ。まじで、ああだこうだ、これでいいのか、とか考ばかばかしい。あれが、いまの時代のシリアスなのよ。シリアスだ ってパロディとしてはじめてシリアスになる、それが八十年代われ えはじめたらーーーくたばる・せ。 : : : みたいになるの」 らの世界ってわけよ。そして失礼ながらそれは、修ちゃんがまじめ 高野は三年ばかりまえに自殺したコビーライターの名を云った。 に考えて青春とは、真実とは、ドラマとは、人間とはと考えて 「なあ、旦那」 も何のかかわりもないわけなの。だったらさ , ーーマンとして 急に、まじめな顔になって、修平をのそきこみながらいう。 の、われわれの取柄ってのは、不変の真実を探求することじゃな 「ああ ? 」 ・ : それ、オ いいかにすばやく時代をキャッチするか、だろ。ノーダーをみが 「あんた、危いよーー・修平だから、いうんだけどさ。 き、人にさきがけて時代の動静をつかみとることだろーーーそのため レにも覚えあるのよ。というより、こんな商売してりや、大なり小 には、悩んでるヒマなんてない、そうじゃないかね」 なり、いっかは必ずやってくる洗礼みたいなもんなんだよね」 「おれは、しかし、別に悩んでるつもりはないんだけどねえ」 「オレ、自分がそうだったから、わかるんだけどさ。いっかは、そ「だーめ、だめ ! 目つきでわかるからね。何人も見たものそうい このあいだやめた村田ね、あれがやめるまえの目つきに うだなーーわれわれ、割切るか、ノイローゼになってやめるか、二うやっ つに一つをえらべ、ってときが来るんだよ。何も、この商売だけじそっくりよ。あいつ、どうしてるか知ってる」 ゃないかもしれないけどね。、ーしかし、ま、たしかにある種現代そ「いやーーーくにに帰ったとか、帰らんとか : : : 」 「あいつのくにつてのが、長野でさ。あいつ、百姓やるんだって のもののシンポルみたいなとこはあるから、われわれの仕事は。 ーねえ、修ちゃん、考えて、思いつめるのを、まじめだと思うと大さ。有機農法で」 「へえ。いま、そういう奴、多いみたいだな」 きなまちがいだぜ。おれーー・思うんだけどね。われわれは、っ 「ふん。はやりなのよ , ーーうまくいったら米送るように云っといた てものは、やつばり『時代と寝』てなくちやダメなんじゃないのか 5 な。でもって、その時代そのものがライトで、・ ( ロディで、ウマ〈よ。しかし、そうやってやめていくやつにどうこう云う気はねえけ 3 タだの面白何とかだのって時代だったらさ。深刻に考えつめれば考どさ、おれから見りや、それでどうなんのって気はあるけどね。逃

3. SFマガジン 1984年2月号

上村は修平の目つきをみて、いくぶん声をひくめた。 かり、何もかもはっきりとわかるように 「たからさ。結局のところ、そいつは、ひとことで云っちまや、厭 「ーーーおれもね」 世感ってやつじゃないかと思うんだよね。個人的にも、いろんなこ 上村はゆっくりと、肉じゃがに箸を運びながら云い出す。 「ここんとこ、っていうより、四十になる一、二年まえから何だかとが重なりあって、そうでなくても疲れの出てくる時期だろ。そこ 調子がわるくってね。 , ーーずっと、こりやもうトシかな、それともへもってきて、いまの世相ってやつは、決して ( ッビ 1 だとも、希 望をもてるともいえないわけしゃないの。つまり、外からの応援が 初老性のノイローゼって奴なんかなって思ってたもんさ」 そう、そうーーそうなんだ。 くつついちまうわけよ、内側のプレッシャ 1 にさ : : : 」 それでーーーっづけてくれ。 あーー修平はかすかに口をあく。 「とにかく冴えなくてね。生きていくのが、かったるい、ような気「考えてごらん。昔から、それで、四十二を男の大厄というわけ 分になってさ。特に、うちはほら、下のがあれだろ」 よ。四十二は数えだから、いまだと四十だろ。あと四年ーー、でも今 上村の下の子は、ネフローゼという難病をかかえており、何回もの世の中、何でもス。ヒード・アップしてつからね。もう三十代後半 入院をくりかえし、医者通いのたえたことがない。 に入りや、はじまってるよ、それは。それに修ちゃんは、結婚がお 「このまんま、こうやって年をとってゆくのかと思うとさーーーカッそかったから、子どももまだ小せえし、よけいプレッシャーがでけ たるくてね。自殺しようか、とか、思ったこともあるんです。せ、こ えんじゃないのかな。このさきどうなってゆくのか、ってことに、 れでも」 公私ともに疲れちまってるんじゃないかね」 呼吸が少し苦しかった。 何となく、話が少しづつ、ズレて来はじめたような不安をこらえ修平は自分が、死んだ魚のような目をしているのではないか、と て、修平はじっと耳をかたむける。 考える。しかし胸の内とはうらはらに、彼は、まるで媚びるよう に、たよりなげなことばを口にしている自分に気づく 「それにさ。とにかく、こういう世の中だろ。このごろ、何という 「ー・ーーそうかな。結局、疲れてるのかな・・ : : やつばり」 か , ーー・何もかも狂っちまってるじゃないの : : : 地震だ、噴火だ、エ イズだ、何だってーー・中近東もヤ・ハけりやソ連もおかしい。中南米「疲れてるのさ」 じやドンパチ、核軍備がどう : : たしかに、まじにそういうことを上村は、何となく安心したようにいって、からの銚子をカウンタ 考えはじめたら、少しでもものを感じとる力のある人間なら、何と ーの中へむかってふってみせた。 いうか、いやんなるーーと思うんたよね」 「その気持よくわかるんだな。おれ四十一だろ。二、三年まえま そう、それなんだ。 で、ちょうど同じようだったんだよねーー・修ちゃんには、云わなか 修平は少し安心をとりもどす。 ったけどさ。何をするのもカッたるくてさーーーしかし、大丈夫よ。 7 9

4. SFマガジン 1984年2月号

もんだと思わないか。右も左も、ゆくもかえるも地獄のまっただ中「カウンセラーのこともあったしね。世の中の連中がみんながみん だってのにさーーー人間てのもこれでけっこうタフというか、鈍に出な鈍くて何も感じねえなんてこと、ありつこないんだし、そこはや 来てんだなーとっくづく感心することがあるよ。とにかく、どいつはりどこかで折合いをつけて、自分だけは大丈夫だろうってのと、 にきいても、たとえ地震があっても自分だけは生きのこる、と固く何かあったら運がわるかったんだってのと、皆で一緒にくたばるん 信じてやがるんだものね」 なら、それもまあいいやってのをごちやごちゃにしてさ。それでと にかく楽しくやってるんだと思うんだね。イヤなこと、恐しいこと はとにかく考えないようにしてるやつもいるだろうし、核シェルタ 修平は何も答えず、ただ重いため息をついた。 「こりや、。こ、・、 どのて ナしふ重症だなーーーーしつかり、しろよ。目が死んでる ーっくったり、防災袋買ってとりあえず安心してみたり ほら、あついの一杯いけよ」 いど、どうするかはまあ、人によってちがうんだろうけどね。とに 「あ : : : ああ」 かくそうでなきや生きてゆけないし、といって、生きてゆかなきや いけないんだし 「てなこと、考えはしめちまうと、そりや生きるのもいやんなる、 こんな世の中だからね。まあ、・ほっぽつやる 目のまえの世のなかや人が、平和に、忙しがって、アリみたいに右さ」 いいたげな微笑。大人の徴笑、 往左往してるのも、現実のこととは思えなくさえなるよねーーそう再びあの、何でもわかっていると なんだろ。わかるんだよ。わかりすぎるくらい、わかるんだよ、おというべきか。わけのわからぬだだをこねる子どもを見ている大人 れには」 のゆとりとおちつき。 こう云うと何だけどさ。上ちゃんが、そんなふうに考えてる「修ちゃん、少し、旅行でもいって、ゆったりしてきたらどう ? 何もかも忘れて、ひとりでさーーとにかくしがらみや、気苦労を、 ことは、知らなかったな、おれは」 「おたがい、あんまりこの手の話はしなかったからね。それに、何全部忘れてぼーっとバカになって帰ってくるんだ。元気がでるよ」 「ああ」 だか、弱音吐いてるみたいだし」 おれは何も、弱音を吐いているってわけじゃないーー修平は思っ もう、修平は、上村のことばを、ほとんどきいていなかった。 「ああーー・そうだな」 それを察したのかどうか。 「お先まっくらとはいうけどさ。夜明け前がいちばん、闇がふかい 「ともかく、そういうことをさ、いちいちまともにとりあげてかかともいうだろ」 わってたら、どうにもならない というのが、わかったってこと「ーーー・そうだな」 かな。四十すぎて」 「なるようになるさ。なーに、とにかく、人間誰しもそういう時期 上村はとりつくろうように云った。 ってのはあるんだから」 よ こ 0 4 ー 0

5. SFマガジン 1984年2月号

「ふーん」 上村は考えこんで、タ・ハコを横ぐわえにしながら云った。 修平がしゃべりおえるまで、黙ってきいていた上村は考え考え、 「なら、あんまり、被害妄想ってわけでもね工んじゃね工のーーー・そう。 りや、少し、ものごとに気をつけてる人間なら、誰だって、こうい 「ゲルニカねえーーあまり、考えたことなかったけど : : : しかし、 う世の中、ことにこの一年なんざ : いつ、戦争がおこってもふし何となくーーーあたってるかどうか、知らんけどさ、修ちゃんの考え ぎはない、 って危機感もってるもんな。むしろ、それが異常なくらてること、わかるような気がするね」 い世の中のテンションをたかめてる感じじゃない。おれだってそう「わかるか ? 」 よ」 「ーーと、思うんだけどね : ・・ : おれも、ここんとこ似たようなこ 「へ工、旦那が」 と、考えたことあったから。ゲルニカじゃないけどね、もちろん」 「とはまたひで = ことをいう。おれにだって神経くらいあります「そうか」 よ」 ふいに、ひどくしみしみとした温い情感に修平は浸された。やっ 「いや、そういう意味でいったんじゃなくてさーーあんまり、そう ばり、男どうしだ。上村はわかってくれるのだ たぶん、上村も 、う話、上ちゃんとしたことないからさ」 同じ「この感じ」を感じつづけていたのだ、それにちがいない。 「そういや、そうだね。長え付合いなのにね」 ( おれは、気ちがいじゃない ) 「危機感ねーーー」 ただ、ひとよりも、少しばかり、敏感で、カンがするどいという 修平は少し考え込む。 だけにすぎないのだ。上村はおそらく、彼のこの不安、わけのわか 「少し、ちがうな」 らぬ感じを、いつものように、明快、かっ論理的に、分析し、解説 してくれるにちがいない。修平は、思いもかけないほどの安堵でも 「どうも、そういうのとはちがうような気がするんだよね」 って、じぶんが、どんなに、怯えた子どものように怯えていたか、 「というと ? 」 恐怖と、追いつめられた物狂おしさすら感じていたか、に気づいた 「それがわかりや苦労はしない かな : : : 」 のだった。 上村になら、わか「てもらえるのではないか、という確信は、す・ ( 疲れてたわけじゃない。年のせいでも、鬱病でもない。 でにうすれはじめていたが、それでも、ロごもりがちに、修平は、 ゲル = 力の話をくりかえしはじめた。美穂にしたとおりにーーー美穂 ( おれは、ただ こわかったのだ ) にはわからなかったが、しかし何といっても女などというものはー だが、何を ? ー男どうしなら、あるいは : だがもう問い返すことはないのだ。いま、たちまち、上村がすっ

6. SFマガジン 1984年2月号

と思う」 ショーウインドウ、余ってすてられている食物、美しい包装紙とリ 「何だい」 求ン、流行のファッション。 とこへゆけば売ってるの ゆたかで、美しく、あたたかく、平和なーー狂った街。狂「た世「あのカッ「いい軍服のひとそろいは、・ か、教えてくれってよ」 界。 「へええ。若い子」 おれが、狂ってしまったのか ? 「が多かったがーー必ずしも、十代だけでもなかったようですぜ」 もし、そうでないのなら , ーーおれひとりが正常なのだ。 「やつだねえ」 狂っているのは世界なのだ。 さあ、どっちだーーおかしいのは、おれ、安田修平なのか ? そ「まったく。しかしおかげさんで、視聴率は・ ( ッチリと見たね」 「いいのかねー、しかし」 れとも、おれ以外のすべての人間ー - ーそしてこの世界そのもの 「え。何が」 なのかっ・ 「いや、そう若いもんをけしかけてさ」 「あれツ、おたくが、そういうことをいうタイ・フとは思わなかった 「やあ」 な」 高野が、喫茶室にいた。 高野は気楽そうに云った。 「お早うさんーー・どうしたい昨日は」 「どうせおいらは視聴率無宿ーーってほど、気取ってもいねえけど 「見てくれた ? もう、反響・ハン・ハンよ」 「だろーねえーー、ちょっと見たけど、チビがマンガ見たがってねー さ。別にいまさら、そんくらいで悲憤慷慨してもはじまらないんじ ゃないの ? 第一、けっこういまはやってんだよああいうの。この ー全編あの調子 ? 」 「もうたーいへん。せんせい、す「かり張切って、軍服の美学と思秋はカーキ色だとかさ。ミリタリー調の味つけーー戦記マガジン、 想を、三十分丸々独演会。アナのミキちゃんがひとことも口はさめ武器と兵器の専門誌もどんどんのびてるー・ーんだってさ、こりや、 ) きのう、せんせいにきいた話だけどね。まあ結局、それも、云って ねーんだもんね。オンエアの最中からもう電話殺到」 みりや、いまがたいへん平和だってことのうら返しで、けっこうな 「不真面目だ、ファシズムだって ? 」 ことなんじゃないですかね」 「それが、そうでもなくてねえ。やれやれ」 「そんなに平和かね、いまは」 しゅ・ほ、と高野はタ・ハコに火をつけた。 「ご時世ってのかねえーーむろん年輩者でさ、いやしくも神聖な軍「あれ、そう思わないかね、修ちゃんは」 服をとか、ほんものの戦争がどんなに悲惨なものかも知らんでとか「けっこう、あっちこっち、緊迫してんじゃないの」 いつだってドン。ハチやってつか って抗議の電話もあったけどさ。しかしいちばん多かったの、何だ「そりや、中南米や中近東はさ 433

7. SFマガジン 1984年2月号

「僕は、それについてアッビールすべく、今日の番組出演をお引受 います。自己主張であるから、もっと自由に、もっと大胆にーーー誰 けしたのです。あまりに、僕たちのような人間というのは、見せかもがそう呼びかけている。ところが、実際には、自己主張であるな けだけの平和に人々が安住している現状の中で、誤解を招きやすいら、どんな自己をだって、主張し、アッビールしていいはずでしょ う ? しかし、そうじゃないのです」 存在ですのでね。今日、に出ることで、なおさら誤解を招くか もしれませんが、しかし少なくとも、黙っているよりは、われわれ「 : ・ の考えていることをわかってもらえるのではないかと思いまして「たとえばわれわれがこうして、こういう服をきる。別に右翼だか ね」 らでも、ヒッ。ヒーのようにアイロニイとしてでもない、単に、純粋 に、カッコ いと思うからです。自堕落な、ポロ・ファッションだ 「あ、加山さん。本番用にも、云うことを残しといて下さいよ」 リ・コレクションなどに比べてずっと、ひ にやにやして、高野が云った。加山はおごそかにうなずいた。 の、わけのわからないパ 「何回でも、同じことを云います。だって、それが僕の主張なのできしまった精神と躍動する肉体、きびしく自らを律する高い心の完 すからね。 ししですか、えーと , ーー」 璧な表現ではないかと思うからです。ところが、それもまたわれわ 「安田です」 れの自己主張であるとは、誰にもうけとられない。皆が皆、奇異な 「安田さん。現在は、とにかく、自由の時代だと云われています目でご覧になる。何だあの気狂い、とか、戦争賛美とか、ファシス ね ? というより、皆がそう思っていますね。表現の自由、選択の どんな気狂いじみた派手なかっこうをして六 トとか、右翼とか 自由、差別の撤廃」 本木を歩いても、皆、おもしろがって見るだけですよ。しかしわれ 自由。 われがこうして歩いてゆくと、皆、異様なものを見るかのように、 修平は黙っていた。自由などというものが、いまだかってこの人非難のまなざしをむける。中には面とむかって、戦争の悲惨を知ら 間の世に存在したためしがあったというのか ? ぬわれわれ若造がこのようななりをすることを罵り、罵倒するもの 加山はつづけた。 もいる。しかし、それでいて、かれらは酔っ払うと必ず軍歌をうた 「むろん、ファッションも自由です。このごろでは、 ミニだ、マキ 二言めには過去を語り、『お前ら戦争を知らんものにはわから シだ、レイアードだという、全員右へ習えの流行はない、何を着てない』と云い、今どきの若いやつなどみな軍隊に・フチ込んでやれば いいのだと云い かれらこそ、あの時代を懐しんでいるとしか思 も、どう着てもいい時代だ、とデザイナーやファッション雑誌はい う。しかし、そのとおりでしようか ? 本当に、われわれは、そんえない。そしてわれわれのことは、たまたまわれわれが昭和三十年 なに自由でしようか ? 」 代以降に生まれて来たのだから、軍服や制服を身につけることもま 3 男てすよ、そうは田い 2 かりならんというのです。じっさい、これは差リ。 「ファッションというのは自己主張だ、これはもう、定説になってわれませんか、ええとーー・」

8. SFマガジン 1984年2月号

ジ、すべてはイメージなのだ。 の生活が少しでもそのまきぞえになることとかには、まったく耐え 「こんどはじまれば核戦争だから」「世界が みなが異ロ同音に、 られつこないのだ。米に少し麦が混ったって、オート・ハイのガソリ 、それ全部減びるのだから、一緒に死んでもいい」「しようがない」とい ンが手に入れにくくなったって、ぎゃんぎゃんと文句をいい うのも、そうだ。つまるところかれらは怠け者なのだ。そう考えて が戦時下ということだ、などとは決して考えないだろう。同様に、 いかにも英雄的だし、悟りをひらいたような気にもなれる いれば、 戦争が日常の徴温的な空気に活を入れてくれる、と漠然と考えてい るような連中は、本当は万分の一、十万分の一でも戦争がおこるなし、しかも現実について何もしなくても、考えなくてもすな。どこ かとおくで誰かの手がボタンをおして、次の一瞬、火花と暗転、そ どとは考えていない。考えていないからこそ、そうなったらどうだ ろう、と思って、それを刺激にするのだ。云いかえれば、かれらはれですべてがおわってしまうのなら、それについて考えたところで なしろ、それほどまでにいまの平和を信しきり、身をまかせ、安心しかたないではないか ? しかしむろん、自分は反戦論者で、平和を愛し、戦争をにくんで しきっている人びとなのだ。 いるのだ、と思っていたいから、そのためには、反核運動にちょい 想像力の欠如 このひとつの署名からすべてがはじまるのだ、 と署名すればいい。 そうーー問題はそれなのだ、と修平は思った。 というよりもむしろ、想像したくないものから目をそらす特異なといってーーーもっと頑張ってデモにでも出かけてゆけば、もういっ ばしの反戦運動の英雄だ。 能力、というべきか。 よしてくれ ! 修平は場所柄もわきまえす、笑い出しそうにな イメージの中の戦争。イメージ化された、虐殺、殺戮、戦闘 画面、あるいは映画のスクリーンの中のそれ。華やかにパッとる。反核だって ? オーケイ、たしかにそれもとても大事だよ。そ 宇宙空間にとびちる敵の宇宙船、血も、死も、苦痛もない一瞬の尖れは認めるよーーーしかしそれなら、このはじまっちまってるいま現 光、そして暗黒。それをもたらすのはボタンを押す指であって、そ在の戦争はどうしてくれるんだ ? 「どうしてそんなことをいうの ? 」 のために少しでも彼の手が血にぬれるというわけではない。きれい なものだ。決して死なない主人公たち、あの連中は、まったくのと、美穂の声が、きこえるような気がする。 「どうしてそんなイヤなことをいうの ? 一体どこで戦争がはじま ころ、主人公はおれ自身である、と信じきっているにちがいないー ってるっていうの ? 戦争を防ぐために、反核をやっているわけ ー苦難にあい、勇ましくたたかい、何とか切りぬけて英雄になるの いまは、平和なの だーー敵はつねに侵略者であり、「宇宙の平和を乱すもの」ーー。だでしよ、みんな。いまの平和を守るためによー よ、あなた ! 」 から宇宙の平和を守るために戦え、というわけだ。 そうか、わかったぞーー修平はひとりごちた。何もかもは、結局平和。 平和とは何だろう ? 徴兵制がないことか ? しかしそれがしか のところ、同じ根から出ているにちがいない。イメージ、イメー 4 引

9. SFマガジン 1984年2月号

たしかに、覚えがある。 しかし、あいての名を呼・ほうとして、彼は目をばちくりさせた。 愚かしく、にやにや笑いをうかべて、修平は、何のことかもわか らずにいっこ。 頭のほうは一杯の水で、よほど正気にもどってきていた。 この娘は、誰だっけ ? そういえば ったく、もう : : : 」 小さな、ひどく黒いまっすぐなボ・フ・ヘアにかこまれた白い、と「 ても白い顔、つよく光あるまなざし、きやしゃなやせたからだっき娘はじれったそうに舌打ちをする。 「持ってないならもういいわよ、あきらめるから。ねえ、もってる と特徴あるものごし そのすべてを、はっきりと、ずっとまえから知っていた、というの、ないの、どっちなのよーーー ? 何だっけ : : : ? 」 気がして、ならないのに。 「んもう、酔っ払ってて、いやになっちゃうな。こんなんじゃ、あ 修平は、こんなにもよく知っているあいてを、 誰だっけーーー たしが放り出したらイツ。ハツで、介抱ドロにやられちゃうわよ。 思い出せない悔しさで、泣き出しそうになる。 さ、べンチにすわって。 ねえ、わかる ? あの本よ。村上龍、 「ねえ、ほんとにわかってんのかなあ」 でしよ。『海の向こうで戦争が始まる』 『海の向こうで戦争が あいては苛立たしげにいった。 「あたし、このあいだ、新宿の本屋で、十二時半くらいにさ・ーー本始まる』」 買ってた女の子よ。おじさん、あのとき、『海の向こうで戦争が始「お嬢さん。それは、まちがってるんだよ」 まる』が村上龍だって、教えてくれたじゃない」 あいかわらず、夢のつづきのような、ぼうっとした心持になりな 修平はきよとんとして、彼女を見ていた。 がら、修平はつぶやいた。 彼女は小さく舌打した。 「モイスチュアライズされたカリカチュアライザー ーーー戦争が海の 「あたし、あなたのこと、ずっと探してたのよね」 向こうではじまるってのは、二重に、まちがってるんだ。まず、戦 彼女はなかば諦めたように投げやりにいう。 争は、これからはじまるんじゃないんだよ」 「あのあと、ずいぶんさがしたんだけど、ないのよね、その本。 彼はとがめるように指を娘につきつけた。 ーだから、あたし、どうしても読みたかったから、あなたなら、も「もうとっくに、戦争ははじまっているんだよ いまやわれわれ しかして持ってて、だから知ってんのかなあーと思ったもんだか は、非常時体制のまっただ中、戒厳令下の世界にいるのだ。そして ら。 わりと、特徴ある顔してたから、見わけがつく自信あったもうひとつ、きみはまちがっている。それは」 しね。いつも飲んでるのかなと思って、夜、あのへんをうろうろし彼は得意そうに、 たりし・てみたんだけどさ」 「海の向こうじゃない。戦争が、海の向こうだから、たとえはじま

10. SFマガジン 1984年2月号

こ 0 「覚えてないわ」 ひどくすばやく、妻がいった。 「コーヒーもらうよ。 一体どうしたんだ、急に泣き出すなんて 「戦争がもしーーー」 「あなた」 「あなた、ノイローゼなんですって ? 」 つよいまなざし。 美穂のことばは思いがけなかった。 「お正月の旅行のこと、忘れないで行く先考えておいてね。それ「え ? 」 と、お休みの日どり、早く教えてほしいの」 「上村さんに、いい精神病院、知っていたら紹介してくれって、頼 「おい、ひとが話してるのに ーー・ミドリさんが、私に教えてくれたのよ。お んだそうじゃない。 「できたら少し思いきってのんびりできる日程にしたいのよ」 宅のご主人、だいぶお疲れみたいよーーーもう少し気をつけてあげな いくぶん、かたい表情で美穂は云いつづける。 くちゃ、って。私、私ーーもう少しは、あなたと心が通いあってる もう一杯、い力が ? 」 つもりでいたわ。ひとから、あなたの考えていることをきかされる 「コーヒーはいし なんてーー - ーそれじゃー。ー・・それじゃあんまり・ : ・ : 」 気分を害して、修平は云った。 「わかったよ。きみがそんなにぼくの話をききたくないんなら、別 修平は呆然とした。 にそんなふうにややこしく話のじゃまをしなくたって、おれと話な「いい加減にしてくれよ。上村の奥さんが、あいつの云ったことを どしたくない と云えばいいんだ。行ってくる。遅くなるよ」 どうカンちがいしたのか、上ちゃんが何をかみさんに云ったんだ 「違うわ」 しとこを知 か、おれは知らんけどさ。上ちゃんが云ったんだぜ、い、 気色ばんで立った修平の背中を、美穂はじっと見つめたが、いきってるから、いく気があればって。第一そりや、精神病院じゃな なりそこにすがりついてわっと泣き出したので、修平はおどろい ここんとこ疲れぎみ カウンセラーの話だ。おれは、たしかに、 だ、とはいったけどね。ひとを勝手にノイローゼにされちゃーー・・ま 「どうしたってんだ」 ったく、もう、困るな、ミドリさんにも」 「ひどい、そんな云い方ーーわたしの気持も知らないで : : : 」 「ちがうーー - ・の ? 」 「気も知らないのはどっちだよ。ヒステリーか ? 」 「第一、おかしいと思ったら、まずきみに云わんわけがないだろ。 「竜太、へやヘいってなさい」 夫婦なんだからーー上ちゃんだって、奥さんにいっても別にさしさ 美穂が泣きながらいうと、びつくりして、泣き出しそうになりなわりのない話と思ったから、しゃべったんだと思うけどね。それを がら母親を見つめていた子どもはすなおに子ども部屋へかけていっ例によって ミドリさんがかってにふくらませたんだ。どうだい、お 6