人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1984年3月号
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1. SFマガジン 1984年3月号

琉はあきらめきれずに、どうしたものかと思案する。 服従する味方が必要だ〉 〈まさかオオカミやゾウに生ませるわけにはいかない。不可能だ。 磨琉は歩き出す。 。おれの思いを感じとってくれる分身。そうだ。子を リンポスの女を孕ませることができるのは、おれの肉体がリンポス 〈子供がいし ・ : 母親のものではないおれだけの子供はあき 人でもあるからだ。・ つくればいい〉 女を捜す。若い、健康な、体力のある、女を。歩きながら、二十らめるしかないだろう〉 残りの十三人の女たちを見つめる。 人の女を選び出し、磨琉は第三眼の能力を最大限に発揮させた。 二十人の女たちは意識を与えられることなく、その子宮だけがう〈あの女たちに理性を与えれば、彼女たちは衰弱した自分の身を回 復させる事象を選択し、子を生むだろう。そして子が育つようにす ごめきはじめる。 女たちのふくよかな身がやせていった。ただ腹部だけが膨らんでるだろう。その事象変化は、その子がおれの子ではないという方向 ゆく。 へ進むかもしれん。あの女たちを孕ませる可能性をもっ男は無数に いる。その子がおれの子であるという事象は、その無数の逆数の確 琉は臨月に達した一人の女の腹にナイフを突き立てた。腹部を 裂き、腕を入れて、それを引き出した。血にまみれた、琉の子供率しかない〉 ・ - 」っこ 0 琉はその女たち一人ひとりに、順番に理性を与えた。そして下 半身を調べ、処女を探した。 〈成長しろ〉 〈女が処女なら、処女で子を生む確率はかなり小さくなるだろうか その赤ん坊は生きてはいなかった。 七人の赤ん坊をとりあげたあと、琉は、この方法ではだめだとら、その子がおれの子でありつづける確率は高くなる。未婚の処女 気づいた。腹を裂いてはいけないのだ。腹から出たとたん、赤ん坊が自ら精子を人工注入する確率は低い。生まれる子はおれの子であ は成長の手段を奪われてしまう。人間ではだめだ。子宮が小さすぎり、途中でおれ以外の子になる事象をその母親が選択する危険はか る。 なり減るだろう〉 しかし最後の一人になるまでの十二人からはそれを見つけること 〈おれが欲しいのは子供だ。だがそれが育つ事象を選択しつづける うちに、おれの敵が干渉してくる危険がある。成人が欲しい。すぐができなかった。琉はその女たちを殺した。 に役に立っ使徒が。おれの能力の一部を分け与えた、リンポス人の 「なにすんのよ」 使徒だ〉 最後の十三人目の女が理性を与えられた瞬間、そう叫んだ。うむ 琉に腹を裂かれた女は血まみれの下半身をさらしたまま、永遠を言わせず下半身を裸にむき、家畜のように四つん這いにさせる に立ちつくすこととなった。彼女たちは人生のある一瞬間を表わしと、両足を開き、陰辱を広げて調べた。 て立っているのではなく、死体として超静止空間に凍りつくのだ。 琉はその女の手をとり、立たせた。 6

2. SFマガジン 1984年3月号

った愛を流れ星にして、人間の故郷の海に返のように星のふるような街にして欲しいので 一夜も海岸に行こうと決心した。 ( 会えるといいなあ ) す。人と人とが心から信じあえるような、そ す宇宙の精なんです」 ・ほくは、思わず微笑んでいた。 とても信しられなかった。冗談を言ってい んな星にして欲しいのです」 昨夜のように海を見つめていても、少女はるのだろうと思った。少し頭が変なのかもし「でも、・ほく一人に何ができるというんた い」 れないとも思った。でも、みなすぐに否定さ やってこなかった。 ( やつばり、毎晩は来ないのか ) れた。実際に少女は、・ほくの心を読んでいた「あなたが、まわりのものすべてに愛を示せ し、よく考えると、少女が現われるのはいつば、必ず、あなたを見てわかってくれる人が でてくるでしよう。そうして、あなたを中心 今夜も少女は来ない。もう十日もた。少しも流れ星を見た後だった。 がっかりして、海に背を向けて帰りかけた。 「信じられないでしよう。でも、私は宇宙のにして愛の輪が少しずつ、少しずつひろがっ ちょうどその時、頭上であの夜と同じように精なんです。こうしてあなたの前に現われたていくでしよう。時間はかかるでしようが、 流れ星が尾をひいた。 のは、あなたがとても優しい人だからです。何百、何千年後には、地球が宇宙で一番明る 「ひろしさん」 く光り輝く星になるでしよう」 まだ、愛を失っていないからです」 背後から声があった。突然自分の名を呼ば れて、・ほくはぎよっとした。少女がそこにい 「今、こうして輝いて見える星は、すべて人少女は消えていた。しかし、・ほくの目には こ 0 間のもっ愛なんです。他人に対する愛。自然くつきりと少女の姿が焼きついていた。 ( いったいどこからでてきたんだ。どうしてに対する愛。大や猫、その他の動物に対する夜風はもう秋をはらんでいる。その中で、 ・ほくの名を知ってるんだ ) 愛などが、一つ一つ輝いて数え切れない星に ・ほくは少しずつかわっていった。 「私、空から来たんです」 なっているんです。だけど、人は愛を失いま 応募規定 まるで、ぼくの心を透しているかのようす。あなたとはじめて会った夜の流れ星は、 ー応募資格一切制限なし。ただし、作 に、少女の口元からでた言葉だった。 好きな人にふられて失恋した人の失った愛。 品は商業誌に未発表の創作に限りま ( たぶん、・ほくが不思議そうな顔でもしたかそれから今のは、かわいがっていた大にかま す。 ■枚数四百字詰原稿用紙八枚。必ずタ らだろう。それにしてもおかしなことを言うれて、その犬が嫌いになった男の子の失った テ書きのこと。鉛筆書きは不可。 娘だな。まあ、いいや。そうだ。名前を聞か愛。こんな失われた愛を流れ星にして、人間 ー原稿に住所・電話番号・氏名・年齢・ なきや ) の故郷の海に運ぶのが私の仕事です。でも、 職業を明記し、封筒に「リーダーズ そう思ったとたん、少女の顔は困ったよう海は人と油で汚れて、今は流れ星を落とす場 ・ストーリイ応募」と朱筆の上、郵 な表情になった。 所をさがすのも大変です」 送のこと ( 宛先は奥付参照 ) 。ペン 「私、名前なんてないんです。それから、人「ふーん。でも、どうして・ほくの前なんかに ネームの場合も本名を併記してくだ さい。なお、応募原稿は一切返却し の心が読めるんです」 現われたんだい。・ほくが、愛を失ってないか ません。 「名前 : : : ないの。名前 : 。人の心が : らとか言っていたけれど : : : 」 ■賞品金一封 読めるって : ・ どういうことだい」 「ひろしさん。あなたに、この地球が愛の満 ■掲載作品の版権および隣接権は早川書 「あなたには信じられないかもしれませんちあふれるような星になるようにして欲しい 房に帰属いたします。 ね。私、地球の人間じゃないんです。人の失のです。星の見えない都会を、あなたの故郷 田 5

3. SFマガジン 1984年3月号

くーレよレー・ト ノ ~ ーノ の手をとり、引いて、大通りをそれ、手ごろな車 通信とそのネットワークをおさえる必要があった。敵よりも多く の情報を握っていなくてはならないし、大量のリンポス人に理性をを探した。人が乗っていては面倒だった。 えるためにもそれはかかせなかった。 裏通りへ入ると木造住宅が密集していた。 小さな印刷屋の前に停めてある車に近づく。キーがついていて、 〈敵はおそらく理論士だ。この世界にいる。彼がなぜここに来たの かはわからない。だが、いずれにせよ、彼もリンポス人に理性を与無人だった。それなら、さほど極端な事象選択は必要なさそうだっ えることができる。理性を与えられたリンポス人は、おれの側にった。 くものと敵側につくものとに分かれるだろう。おれ一人ならよかっ 「乗れ」 た。しかし現状はそうではない。 いまさら悔んでもなにもならな とくールはルードをうながした。ドアを開けずにいきなり運転席 に移ったパ 1 ルは、助手席のドアを開けてやる。 ・、ールは決むした。戦いによ ルードが車の後ろを回って、助手席側に近づいた。 武力を手に入れなければならないと / 、・、ールはフロントグラス越しに、動くものを視野の端 るなら、それを得たほうが勝ちだ。理性を与えた兵士を訓練すればそのとき コン。ヒュータがいる。理論計算にそれは手放せなかった。 冫 = めた。 兵士を操るためにも。 〈ー・ー動ける者。擬動だ。理論士か〉 エンジンをかけなくても車は擬動可能だが、・ハールは自己の事象 「どこへ行くの ? 」 ルードが言った。下腹をさすりながら。 選択負荷を最少にするため、正常時間事象とまったく同じ操作で車 「ちょっと待ってよ。疲れたわ」 を発進させた。 「疲れるはずがない。運動をしているわけじゃないんだ。おまえは 「待ってよ ! 」 動いているのではないのだからな」 カ彼女にかまってはいられなか レドか取り残されて叫んだ。 : 、 「でも。もう歩くのやだ」 った。前方に一人の女をパールは認めた。 〈あれは 。 ( ールは舌打ちをする。実際には心で苛立っただけだが。 「おいていく」 イシスの周囲は微妙に色や質感が・ハールの付近とは違っている。 二人の理論士の事象選択結果がほんの少しだがずれているのだ。 「父なし子にする気 ? 」 突進するールの車にイシスが気づいた。 「なにを言ってる。おれを殺す気か」 イシスを中心に、彼女の事象空間が波紋のようにばっと広がり、 「たから、どこへ行くのかって訊いてるの」 。、ールの車に激突した。 「おまえの思考論理はどうなっているんだ ? しかたがない。同し / ことだが、車に乗せてやろう」 ( 以下次号 ) る 9

4. SFマガジン 1984年3月号

「いつもそうなんだ。おれたちはこの二時限を利用して休憩をとるを越えたところで、懐中電灯の光の中に、組んずほぐれつ、もみあ ことにしている。ウッドがもどってきたら、きみの番だ。ウッドは っている姿が浮かびあがった。 席を離れるときに、彼のモニターをきみのに接続する。きみは番が「がんばれ、ウッド ! 」コルビーは叫んだ。 きたらその逆をすればいい」 コルビーが行きつく前にウッド : 」 カ伊れ、三人が振り返った。二人 「わかった。どこへ行けばいいのかな、食堂 ? 」 はナイフを、三人目は棍棒を手にしていた。コルビーが持っている 「たいていみんな食堂へ行く。通路では用心してな」 のは懐中電灯だけだ。コルビーは腕をいつばいにのばして懐中電灯 を持ち、三人の目を照らしながら前進していった。 「わかりましたよ ありがとう」 通路は狭い。囲まれる心配はなかった。二人が同時に飛びかかっ 九時限はいつのまにか十時限に入っていた。二時四十分、コルビ ーのインターコムにふたたびブザーの音がした。今度は休憩の番がてきても、たがいにじゃまになるたけだ。サントスが後退し、ナイ 回ってきたウッドからの連絡だった。しゃべっていると補助モ = タフを持ったもう一人が片手を目の前にかざして光をさえぎりなが ら、コルビーに向ってきた。 ーがウッドのクラスの一覧図をばっと映し出した。 意気込みは十分だったが上手くはなかった。コルビーは相手の突 コルビーは二つのモニターをす早く見ると、すわり直してウッド が帰ってくるのを待った。二時四十五分、コルビーは落ち着かなくきをかわし、膝の皿へ強烈な蹴りをくらわせた。相手は悲鳴をあげ なって立ちあがり、もう一度モニターに目をやってから、今度は自て転倒した。もう一発、蹴りを入れると失神してしまった。サント 分のクラスを肉眼でチェックした。 スともうひとりは怯えた。コルビーは落ちたナイフを拾いあげ、サ サントスと他に二人の姿が消えていた。彼らはモニターに映ってントスらの方へ迫った。サントスがナイフを投げ捨て、もうひとり ワードとべイカースフィールド いた。それなのに席は空っ・ほだった。いっからいなくなっていたのとともに背を見せて逃げだした。ハ か、見当もっかなかった。 が彼らを待っていた。 コルビーはインターコムをひつつかみ、全通信回路に割りこん だ。「 3 ー << 組の生徒三人が行方不明。なにかの方法でモニター 性教育はありふれた訓戒で終了し、いつものことだが野次がと を、、ハイバスしたらしい。これから通路を調べる」 び、ロ笛が吹き鳴らされた。コルビーは照明灯の光量をあげた。二 「ひとりで通路に入るな ! 」 ( ワードの声が雷のようにとどろいた。分後、ベルが鳴り、十時限の終りを告げた。生徒たちはを除 「ウッドが休憩中です。助けが必要かもしれない」コルビーはハワ いて、みな一様ににやにやと、あるいは大声で、笑いながら、夕食 ードにそれ以上口をきかせる余裕を与えずにスイッチを切った。 をとりにそろそろと出ていった。サントスらの姿が見えないのに気 教師用通路の照明灯は消えていた。コルビーは懐中電灯を左右に づいた者がいたとしても、その素振りすら見せない。 振った。何も見えない。 コルビーは食堂へ向かった。最初の検問点 コルビーは自分のとウッドの二つのモニターを注視していた。や 2 9

5. SFマガジン 1984年3月号

「おまえは選ばれた」 そして満足の笑みを浮か・ヘた。 「なによ、いやらしい。あんた、だれ ? 」 「いやらしい ? 生まれたばかりなのに、いやらしいという言葉を 選択するのか。こいつはおもしろい」 「生まれたばかり ? あたしが ? 」 「そうさ」 「フーン。わたし、どうなってるのかな、自分のことが思い出せな いよ」 十七、八歳だな、と磨琉は見当をつけた。ポニーテールが揺れ、 前髪が額をかくしている。やせているのは、腹の子に養分を吸いと られたからだ。腹の琉の子はそのような事象を選びながら育って きたのだ。 「衰弱しきらないうちに肥ったほうがいいそー 「肥る ? 」 「願え。それを。そういう事象をおまえ自身の理性でつかむんだ。 いまのままではおまえは子宮の中の赤ん坊に殺されるだろう」 やせ細った腕と膨んだ腹部を交互に見て、娘はうなずいた。 「こんなのはわたしの身体じゃない」 琉は第三眼を大きく開き、娘が子供を消す事象を選ばないよう にして子を守った。娘はふつくらとした体形をとりもどした。 「おまえはおれの子を生むんた。そして育てろ。その子はおまえを 守る天使だ」 「わけがわかんないわ」 それから娘は寒い、と言った。 「なにか着なくちゃ。風邪をひいちゃう」 〈千羽鶴プレゼント奇跡の追加発表です〉 えっと、この間発表しました千羽鶴プレゼント十人分、何とあた し、年内に全部作りきってしまったのでした。でね : : : あの葉書の 山見るたびに心が痛んで : : : 千羽鶴。フレゼント、十名追加すること に致しました。 ただね、今回は、鶴のサイズがまちまちなのです。前回の鶴折る ので、青や赤の色紙をやたらと使った割には、むらさきだの肌色だ のを全然使わなかったので、色の統一がはかれそうにないのね。だ から、前のー 1 とかー 2 とかっていうの、無視した鶴です。 ( 当選した方で、色がばらばらの鶴なんて欲しくないって人は、早 川書房に御一報下さい。当選者からはずします ) それから。前回の十名は完全にくじだったので、今回の十名は、 一人で葉書を沢山くれた人を中心に、主観的に選びました。 まず。家族まで動員してひたすら葉書をくれた努力をかって。 内田剛史さん ( 千葉 ) それから、一番沢山葉書をくれたこの三人。 尾崎裕之さん ( 京都 ) 川倉裕和さん ( 東京 ) 入江秀和さん ( 京都 ) ついで、複数くれた人の中から、絵がかわいかった ( おまけに全 部の葉書に描いてきてくれた ) このお二人。 菊地雅彦さん ( 横浜 ) 吉次和宏さん ( 大阪 ) 男ばっかりなので、複数くれた女の子の中から。 三根千世子さん ( 大分 ) 阿部智可子さん ( 群馬 ) 複数葉書全部に受験のお守りを書きちらした、 高山晋さん ( 横浜 ) 受験がんばってね。 そしてラスト、単数葉書の中から。 林智子さん ( 岐阜 ) 十三歳の女の子が鶴くれーと泣き叫んでいるイラストの威力には とても他の葉書は勝てませんでした : ・ 以上、十名の方には、そのうち、鶴送ります。これからはじめる ので、いつになるか判んないんだけど ( 高山さん、受験には間にあ わないと思うのー。ごめんね ) : : : 気長に待ってやって下さい では、お元気で、 新井素子

6. SFマガジン 1984年3月号

ーターを引き裂いた。女は悲鳴を上げた。首を曲げ、助けを呼んったものを」 だ。人はおおぜいいた。だがだれ一人として彼女を助けようとはし女は琉の右腕から両手を放し、胸をかきむしった。 よ、つこ 0 チをカ / 「そう、おまえのその恐怖と苦痛は幻ではない。現実た。苦しむが 、、。それがおまえの選択した事象だ」 「助けて ! 」 「なまいきなことを言う。おまえはおれに創られた被造人だ。おま女の手がプラジャーを引きちぎった。小さめの乳房に似合わない 大きな乳頭が硬く立っている。琉は女を放した。女は琉の足元 えには過去も未来もない。おまえはいま創られたのだ」 にくずおれる。肩を上下させて空気を吸い込んだ。琉は女の髪を 「あなたは、だれ」 つかんで立たせると、乳房をわしづかみにした。女が苦痛のうめき 「おまえはだれだ ? 」 声を出す。琉は左手で女の上半身にからみつく衣類をはぎとり、 「わたしは、もちろん、わたしよ」 カづくでスカートと下着を引きおろした。女は背をかがめて腰をお 「名は」 「わたしはーー・・・・ー」 とそうとする。磨琉は乳房をつかむ右手に力をこめた。女は再び立 女はロを開いたまま、あとの言葉がっげないでいた。琉は笑たされる。 「あなたは : : だれ ? 」 「被造人だ。おれが創った」 声を絞って女は訊いた。琉は無表情になり、こたえる。 女は琉に背を向けて逃げ出した。琉は女のボアジャケットを「おれは・ ( ール」 そして磨琉は、女を放り出した。車道へ。女は大型トラックの つかんだ。女はそれを身代りにした。磨琉にボアジャケットをむし りとらせて、前へ移行した。駈ける。磨琉は遠ざかってゆく女を嘲下、後輪のダブルタイヤの直前に投げ出された。 笑いながら、歩き、そして女の前に立つ事象をつかんだ。 〈動け〉 突然女の前に琉は立ちふさがった。女はそれを意外だという表磨琉の第一一一眼が閃いた。女が悲鳴をあげた。長くは続かなかっ 情は出さなかった。胸をおさえてあとずさった。 た。女の腹部は、路面とトラックのタイヤとの楔型の空間に狭み込 琉は手を伸ばし、女の細い首を右手でつかんた。女は琉の腕まれる。タイヤの回転摩擦で女の腹の筋肉が裂けた。それからタイ を両手で引き放そうとしたが、琉の力には逆らえなかった。女はヤはそれを乗り越えた。女の腹は潰され、裂けた筋肉の間から腸が 目を大きく開き、うめき声をあげようとしたが、締められた首は肺こ・ほれ出た。生臭い臭いが立った。トラックは静止した。 からの空気を出さなかった。女の顔が赤くなる。 〈理論は実証された。おれはリンポス人たちに理性をふき込むこと 「これが、おまえの理性か。馬鹿な女だ。なぜ死を選択する ? 」ができる。おれはリンポス人を生かすことも殺すことも可能だ。生 琉は右手に力をこめる。「異なる事象を選んでいれば殺されなかかす ? そう、おれはおれの仲間を創らねばならない。おれに絶対

7. SFマガジン 1984年3月号

「風邪た ? そいつは大変だな。フム。可能性はある」 もっともだ、と琉はうなずいた。 琉は娘の手をとった。娘は歩かない。歩けないのた。 「おまえの名はルード」と琉は言った。「そしてその子はルシフ 6 「擬動のコツを教えてやろう。おれのとおりにやってみろ」 「男 ? 女かしら」 歩行訓練そのものだった。ほら、右を出して、今度は左。 「勘の悪い娘だ」 磨琉は即座にこたえた。 「男だ」 「だって」と娘は頬をふくらませた。「お腹が邪魔で足元が見えな いんだもん」 「わかった、わかった。怒るな」 ルシフアが生まれるのはほぼ確実だった。 ) ハールが子を持つのは 初めてだった。。ハールはカミスで何人もの女を孕ませたがその子は マタニテイドレスを着せてやる。ゥールの赤いチェック模様。 すべて腹にいるうちに処分された。 「少し野暮ったいよ、これ」 「だが暖かくなったろう」 子を持つのはどんな気分だろうと / ・、ールは考えて、自分がここに いるのは子供をつくるためではないと思いなおした。 「うん。あ、赤ちゃんが動いた」 「動いたわけではない。おまえか、子のどっちかの事象選択の結果ルードは歩くのにも慣れて、すべてが静止した街になんの疑念も 。そんなことは。もうじき生まれる。生まれたら、育抱かない様子でパールの後ろからついてきた。 てるんだ。だれかの事象選択に巻き込まれてその子を消されるよう 一人の女だけでもやっかいだとノ くールは思った。自分の分身とも なことのないように気をつけろ。おまえは母親になるんだ。その子 いえる子は何人でも欲しかったが、ルードのような女を何人も同時 が育つまで、守り育てる義務がある」 にあっかうことを思うと / くールの気は重くなった。ルードにはく 「ねえ。なんてつけようか」 ルの悪意が伝わらないようだった。 まるで、と / 「なに ? 」 くールは思った。この女は、だれか、おれのカのおよ 「名まえよ」 ばぬ高次元の理論波力で守られているようだ。理論ではないかもし もし理論なら、おれにそれがわからないはずがない。 , まじまじと琉は娘を見つめた。自分は女の選び方を間違えたのれない。 の、天才的な、希代の理論士と言われたことのある、自分に。 ではなかろうかと真剣に思った。娘はにつこりと笑った。 ルシフアのことはしし 「 , ーーおれが創ったとは、われながら思えんな。敵の理論波動の影 、、。自分はルシ ' フアを得るだろう。この娘、 響かもしれない」 ルードなら大丈夫にちがいないとノ くールは結論を下した。 「わけのわからないこと言ってないで、ねえ」 〈この世界を支配しなくてはならない。 この、超静止状態にあるリ 「名まえか」 ンポス人たちに理性を与え、操らなくてはならない〉

8. SFマガジン 1984年3月号

「まさか」星香は笑った。 「さめちゃったけど、部屋は暑いわね、少し」 彩子はうなずいて、「そうね、興味があるわ、わたしも。その男「暖房が効きすぎているのかしら」星香はもう一杯コーヒーをいれ は恋をする能力があるかしら ? 」 ようかと言った。「アイスにしましようか」 「恋愛に関するデータは少ないんです。独身のようですし」 え。けっこうよ」 「性欲や性的関心の強さじゃなくて、ロマンのほうよ」 「わたし暑いのは苦手なんです。汗腺の数が少ないんですね、きっ 「プラトニックな、という意味ですか ? 」 と」 「ちょっとちがうのだけれど、そう、そんなところね。本能的な種「汗腺の数 ? 人によってちがうの ? 」 族保存欲求の変形ともいえる自己消減欲求と言ったらいいかな」 「ええ。わたし北海道生まれですから。北国の人間は生まれつき汗 「それが、ロマンなんですか ? 」 腺が少ないそうです。両親も道産子ですが、父方の先祖は九州の人 「文学的な意味とは別よ。だれにでもあるわ。強弱はあるけれど、 間だそうです。遺伝じゃなさそうですね、汗腺の数の問題は。如月 人間ならあるはずなの。心ときめく瞬間、『この人のためならなんさんは故郷はどこですか ? 」 でもする』という、欲求よ。愛とは、自分にとって不利益なことで「信州よ。松本」 もそうではないと感じるように神から与えられたもの、という解釈「松本ですか。一度行ったことがあります。美ヶ原高原と松本城 をしていた本を読んだことがあるわ。弟には絶対書けないでしようと、上高地。夏でした。暑かった。松本の駅は登山姿の人で混ん ね。そんなニヒルなことは。でもどちらかというとその言葉のほうで」 が正しいとわたしは思う」 「冬は寒いわ。 : : : 最近行ってない。弟は毎年帰ってるみたいだけ 「ロマンチックじゃないですね。わたしは如月さんの小説が好きでれど。帰るといっても、家があるわけじゃないの。両親はもういな す。嘘だとわかっていてもハ ッビーなのがいいわ。優しい気分にな いし。同じ墓に入っているわけじゃないのよ。弟は父の墓でなく母 れるのが。きっと優しい人なんですね。二、三度しかお会いしたこの実家のほうの寺へ行ってるみたい。母親っ子なのよ。わたしは反 とがありませんが」 対だけど。でも両親がどう生き、どう死のうと、あまり気にしたこ 星香の瞳が輝いた。まるで少女漫画の世界だと彩子は思った。星とはないわ。弟はそうじゃなかった。わたしより幼かったし、そ 香のこの目のきらめきは、生理変化によるものだと彩子は星香を見う、多感な思春期初期だったわ。両親がそれそれ愛人をつくって好 つめた。この娘は淳を恋している。 き勝手なことをやってーー生きたいよう、やりたいようにやったの 「あの。なにか ? 」 よ。わたしはそれでよかったと思っている。わたしは弟よりは男と 女のことがわかっていたから。だけど弟はそうじゃなかった。彼が 5 彩子は目をそらした。コーヒーカツ・フを取り、すする。 廿ったるい小説を書いているのはその反動というより、その時から

9. SFマガジン 1984年3月号

ク 「追いついた」のは、われわれの方なのでれわれは心ひそかにフィクションを羨んで むろん、のファンたち、及びいわゆ ある。そして、真にいま、われわれをわく いるのだ なぜなら、つねに、ドラマテる読書人たちにとっては話は別である。し わくとさせているのは、実はそのことなの ックであり、そしてフィクションであるかし、たとえば「北回帰線」など手にとっ フィグション だ。われわれはつねに小説とは、虚構にから。だからわれわれは云うのである、そたこともなくとも、ヘンリーミラーの名 すぎぬことを、よく知っていながら、たえれに希望をつないで 「事実は小説よりを知っている人は大勢いる。そういう意味 ずその中へ入ってゆきたがっている。絵の奇なり」と。だが九十九パーセントまでのでのポ。ヒュラリティはオーウエルにはな、 ったし、また前記のような人たちでも ( 私 中へ、物語の中へ、夢想家が入っていって場合、小説は、事実より奇でこそないかも しまい、二度ともどってこない 、というフしれないが、事実よりも完成している。む自身そうなのだが ) 「一九八四年」を読ん ろんダメな小説はこのさい論外だだけ、というのが大半であろう。あるい である。われわれにとって、ダ は「動物農場」ぐらいまではとどくにせ 年メな小説などどっちみち、ものよ、「カタロニア讃歌」「象を撃つ」など の役には立たぬのだから。そしに来るとほ・ほ全減の惨状なのではあるまい て、小説はつねに事実ののそまか。 工しい側面をひきうける。たとえ その「一九八四年」にしてからが、初訳 一それが、「一九八四年」のよう は昭和二十五年であったが、現在の文庫本 に、表面はとうていのそましい が刊行されるまでの間、われわれの手に人 ジと云えぬものであるにしてもるのは一九六八年刊行の「世界 c 全集」 「すばら ョだ。だが、現実と虚構について第十巻の、オルダス・ハクスリー 論じるのはあとにしておいて、 しい新世界」とのカップリングのそれでし 私はひとつだけ、どうしても云 力なカた。いよいよ、 TJ ときいただけ アンタジイがいかに多いことかーーーしかしっておきたいことがあるのだ。 で興味を失うタイプの人々の手には、届く る フィクションはあくまでもフィクションで すべもなかったのである。 え ある。ファンタジイの中ではともかく、現 そして、文庫が刊行されたあと ( 一九七 ご実のわれわれは、劃然とフィクションの次ふつうの人びと、ことに日本の人びとに二年初版 ) も、たしか、昨年一九八三年の 元からへだてられている。ドリアン・グレ とっては、ジョージ・オーウエル、という半ばをすぎるまでは、誰一人として、オー 4 イの虚構と現実とに相渉る肖像画は決して作家はとりたてて ( ドストエフスキーやノウ = ルの名を口にしてさわぎたてたりはし ーマン・メイラーに比べて ) ポビ、ラーな 9 実在せぬ。 なかったのである。それが、八三年半ばを すぎるころから、むやみとオーウエル、オ われわれはそれを知っている。そしてわ作家ではなかった。 : : : を第 - ト : ? を : を・ウ気い を第 : を : を彧 : 3 3 S 3

10. SFマガジン 1984年3月号

、んです。外を歩いていると野ウサギがとん ゃないですね、やつばしね・ー、・ ( 層 ( ( ( " ■を ~ ー ~ ~ ( ~ ~ ( ( 、、 ( ( ( ( を 0 ( 笑 ) 。変わってますよ、 でるんです。だから散策をして、キャベッ を持って帰ったりとか、晩御飯の仕度が出 両親とも」 来ました ( 笑 ) 。月に一度くらい都心に映 受験は美術学校だけ・ : 画を観に行ってました。それまで観たかっ 「現役のころは普通の大学 た映画で、地方にいると観れないものがい つばいあるでしよ。大学時代観た映画で一 を受けました。美術学校 は、デッサンとか要るでし 番面白かったのは『椿三十郎』と『七人の よう。そういうのやってな ( ・ 侍』の二本立てでしたね」 ーー大学時代の友達は : : : 。 かったんで、卒業して大学 「多かったですよ。またまたサッカー部た 落ちて、それから一年間絵 ったから : : : 病気でしょ ( 笑 ) 。なんとな の勉強をしたんです。半分 く人っちゃったんです。ぼく運動やってな 九州で半分東京に出てきて いと、なんか・フク・フクプク・フク太るんで やりました。代々木ゼミの す。食べて寝てるから″パルンガ″みたい 美術科で。逆に一昨年まで ( 、 になるんです ( 笑 ) 。走りまわってたほう 一年間美術予備校の先生を が調子がいいんです。四年間、途中練習に やったことがあるんですけ ど、自分がそのころの講義謇 行かなかったこともあったけれど、卒業し で納得しなかったことを全部やらせなかっ よくお酒を飲みにだけ行って、そっちは皆ても 0 でチーム作って今もやっているん た。それで経営者とはうまくいかなかった勤賞だったみたい ( 笑 ) 。だから難なく卒です。今、二つチームがあって、その大学 の時の 0 のチーム、それすごく強いんで んです。美術受験というのは暗いんですよ業させてくれました ( 笑 ) 」 すね、それと国立に住んでる人で作ってい 学生生活のほうは : ・ 武蔵野美術大学の日本画科に入学した るチーム、こちらは音楽関係とか美術関係 「なにやってたかなあ。下らないことばか わけですけど、授業のほうは : の人がほとんどで、すごく弱くて ( 笑 ) 」 りやったような気がする。なんせ大学が小 サッカーが好きな理由は : 「あんまり出てなかったけれど、先生とは平市にあるから、朝カッコーの声が聞える