ディーナ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1984年9月号
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1. SFマガジン 1984年9月号

ドロシーはドアまで走っていき、外を見たあと、ガミイに向き直 のところに行くと、それを壁から引きはがした。釘がきーいっと音 っこ 0 をたてた。ディーナもきーいっと悲鳴をあげた。 「とつつあんはいったいどうしたっていうの ? あのひとはとても 「どうするつもりなの ? 」 「ずうっと長いこと、やりたか「たことがある。おまえがかわいそ残酷だけど、でも、やさしい心の持主よ。どうしてこんなことにな っちゃったの ? 」 うだから、しなかっただけだ。今はかわいそうだと思わん。おまえ の偶像をクリークん中に投げこむのさ。なぜだかわかるか ? わし「あんたのせいさ」ガミイは言った。「とつつあんは自分がどんな はおまえのおっかさんが、天空の長老の敵、大地の聖母だと思うかふうに見えようと、なにをしようと、自分はペイリーの一族だと思 ってた。今まで、たとえどんなにきれいな、生意気な娘っこでも、 らよ。こいつはわしを見張り、わしがなにをするか、大地の聖母に 報告するために、さしむけられてきたんだ。そして、こいつをこのと 0 つあんが自慢してたとおり、他の娘っこ同様、あの汗の臭いに あんたもとりこになると思ってた。けど、あんたがあのひとを気に 家に持ちこんだのは、おまえだ」 「それをクリークに投げこむんなら、あたしを殺してからにするが入らなかったんで、あのびとは傷ついたのさ。特に、あんたのこと を、これまでの連中よりずっと気に入ってたからね。 ! 」ディーナが叫んだ。 ーはよろめきながら、肩でディーナを押しのけて とつつあんがあんたと出会って以来、あたいたちの暮らしがみじ 「どきな」ペイリ めになったのは、なぜだと思う ? まあったくもう、男は男さね。 いこうとした。 ディーナはペイリーの手にある写真の額をつかんだが、逆にそのとつつあんはいつつも、娘っこたちに目を奪われてた。そうだろ ? オディーナにはそれがわからない。ディーナはとつつあんを憎んで 額で手の甲をなぐられた。ペイリーは額を床に置き、それが倒れよ いよう膝で支えながら、かがみこんで、大きな手でビールを二本とる。けど、とつつあんなしではやってけないし : : : 」 もっかんだ。・ヒールをつかむと、さらに体をかがめ、腕の切株を写「あのふたりをとめなくちゃ」ドロシーはモノクロの世界にとび出 真の額と同じ高さに持っていった。額の上部をうまくはさみこむしていった。 ドアを出たとたん、ドロシーは当惑して立ちどまった。背後から と、体を伸ばし、しつかりと額をかかえて千鳥足でドアに向かう。 は、小屋の明かりがさしているし、北の方はオナ・ ( ックの街の灯で そして激しい雨と稲妻が光る外に出ていった。 一瞬、ディーナは外の暗闇をみつめていたが、すぐにあとを追 0 う 0 すらと明るい。しかしその他は、どこもまっ暗なのだ。稲妻が 夜を切り裂き、めくるめくような恐ろしい瞬間が訪れるのを別とす てかけだした。 ドロシーは・ほんやりと、ふたりが出ていくのを見送った。ガミイれば、まっ暗な闇ばかり。 ドロシ 1 は小屋をまわり、五十ャードほど先のキカプー・クリー が「あのふたり、殺し合いをするよ」とつぶやくのが聞こえ、よう クリーク クの方に走った。きっと土手の近くにいるにちがいない。 やく体が動くようになった。 5 6

2. SFマガジン 1984年9月号

ペイリーはうなった。「二度とわしをきちがいあっかいするな。 トのいなか者とけんかになっちまってな。その野郎が四つ目しよう 二度とするな ! 」そしてディーナの頬をなぐった。 ちゃんを家に誘おうとしやがったんだ」 ディーナはふらふらとよろめき、壁にどしんとぶつかると、頬を 女たちはふたりとも息をのんだ。「おまわりが来たの ? 」 「来たとしたって、乱ちき騒ぎにやまにあわんかったさ。わしはこおさえ、泣きながら言った。「醜い、ばかな、臭いサルめが、あた の片腕で、世界一強い片腕で、いなか者の革のジャケットをひつつしをぶった。あたしのブーツをなめる資格もないサルが ! ぶった かみ、部屋の向こう側に投げとばした。そいつの仲間がむかってきわね ! 」 たときにや、わしはゴリラみたいに胸をたたき、おっかねえ顔でに 「そうともさ。なぐられてうれしかないかね ? 」ペイリーの声は、 らんでやった。そしたら、そいつら、急にシャツの衿もとを正し悦にいった地鳴りを思わせた。よたよたと簡易べッドに近づくと、 て、いなかっぺの音楽を聞きにもどっちまったよ。だもんで、わし眠っている娘にさわった。 は娘っこを、あんまり笑ったんで息がつまりそうになってる娘っこ 「ほら、さわってみろ。おまえたちふたりみたいに垂れとらん」 をかついでさ、エルキンズのほうはコインランドリーで洗いたての 「けだものめ ! 」ディーナが金切り声をあげた。「無力な娘につけ シーツみたいに、まっ白な顔だったが、やつはあとから来るままに こもうっての ! 」 して店をおん出て、ここに帰ってきたって寸法さ」 のらネコのように、ディーナは爪をたててペイリーにとびかかっ」 「ああ、あんたは大ばかだよ ! 」ディーナがどなりつけた。「こんた。 な状態の娘を連れてくるなんて ! 目がさめて、あんたを見たら、 ペイリーとつつあんは耳ざわりな声で笑いながら、ディーナの片 頭が吹っとぶほど悲鳴をあげるに決まってるわ ! 」 手の手首をつかみ、ぐいとねじった。ディーナは膝をつき、苦痛の 「考えてみなよ ! 」ペイリーとつつあんは鼻を鳴らした。「最初、悲鳴をあげないよう歯をくいしばらなければならなかった。ガミイ はけらけら笑い、とつつあんにビールを渡した。それを受け取るに この娘はわしをこわがり、風上の方にいようとしとった。だが、だ んだん、わしを気に入ってきたんだ。そうともさ。わしの臭いも気は、ディーナの手を放さざるをえない。ディーナは立ちあがった。 に入っとったんだ。そうなるとわかっちゃおったがな。女どもはみそして、なにごともなかったかのように、三人はテー。フルにつき、 んなそうじゃねえか 。しったんわしらの飲みはじめた。 ? にせもの衆の女どもま、、 臭いになれたら、いやだとは言えなくなっちまうのさ。わしらペイ リーには、生まれつき血の中に特別な力があるんだ」 夜明けごろ、娘はけものの太いうなり声で目をさました。目を開 ディ 1 ナは笑った。「あんたの股ぐらにそれがある、っていいた いたが、三人組の姿がぼんやりと歪んで見えるだけだ。手探りでめ いわけね。まったく、いつになったら、そんなたわごとをやめるつがねをみつけようとしたものの、みつからない。 眠りの木の高みにいた娘を、そこから振り落としたペイリーのう もりなの ? あんたは頭がおかしいのよ ! 」 6 3

3. SFマガジン 1984年9月号

ドロシーは言った。「それをノイローゼと呼ぶたちの手をくだす肝っ玉がねえんだよ」 「呪いですって ? 」 ディーナは嘲笑した。「とつつあんは漫画本や、怪奇小説がのつ 9 ひともいるわ」 「いーや、呪いだ」 ている雑誌や、変てこな本を読んだり、テレビの『アリー・ウープ ドロシーは返事をしなかった。ふたたび膝に目を落とす。今度はと恐竜』なんて番組から、異常なアイディアを得ているんです。ど べィリーは手を放した。どちらにしろ、そうせざるをえなかっただの話から盗んだアイディアか、あたしは全部いちいち言えますよ」 「おまえは嘘つきだ ! 」ペイリーは雷のような声でどなった。 ろう。というのは、トラックが舗装道路にさしかかったからだ。 廃品回収業者のところに行く途中、とつつあんは同じ話題をしっそのこぶしがディーナの肩をなぐった。ディーナはよろめいた こくつづけた。そして掘っ立て小屋にもどると、いっそう詳しく話 一ⅱが、強風に立ち向かうかのように、上体をぐっとそらせた。ペイリ ーはもう一度、なぐった。今度はディ 1 ナの生まれつきの紫色のあ しはじめた。 何千年も、・〈ィリー一族がグ " ャガのゴミの山にすがって生きてざを。ディーナは目を怒らせ、悪態をついた。べィリーはまたなぐ る。けがはさせないが、痛めつけるには十分な力のこもったなぐり いるあいだ、彼らは厳格に見張られていた。かっては、力も強く、 暴れん・ほうのペイリー一族の誰かが成人に達すると、にせもの衆のカただった。 ドロシーが抗議しようとするかのように口を開くと、ガミイが・ほ 聖職者や戦士が、ゴミ山の住人たちのもとに駆けつけてくる習慣が あった。そして成人したペイリーの片目をえぐりだすか、片手か片ってりした汗ばんだ手をドロシーの肩に置き、自分のくちびるに指 足か、あるいは他の部分を切断するかして、ペイリーが何者であをあててみせた。 り、属する場所がどこであるかを忘れないよう、身にしみて確認さ激しいカでなぐられ、ディーナは床に倒れた。立ちあがらない。 四つんばいになり、大きな鉄のストー・フのうしろの避難場所に逃げ せる方法をとっていたのだ。 ーがはだしの足で、ディーナの尻を蹴っ 「そのせいで、わしは腕を一本失くしたのさ」ペイリーは切り落とこもうとしている。。ヘイリ された腕の残った部分を動かし、うなった。「グ日ャガのべィリー た。ディーナはうつぶせにつぶれ、うめいた。長い糸のような黒髪 がばさりと垂れ、顔とあざをおおった。 に対する恐怖が、わしをこんな目にあわせたんだ」 「ドロシー、本当はね、ある晩、 ドロシーは足を踏み出し、手をあげてペイリーをつかまえようと ディーナが大笑いして言った。 とつつあんが酔っぱらって、線路の上で酔いつぶれてしまったとこした。ガミイがそれをさえぎった。「だいじようぶだよ。ほっとき な」 ろに、貨物列車が通過したんですよ」 ! 」・ヘイリーは鼻息荒く言った。 「さよ、さよ、そのとおり。だがな、にせもの衆が邪悪な黒魔術を「この雌の喜びようを見るがいい 使わなんだら、そんなことは起こらなかったさ。今日びじゃ、公然「わしとしては平和とやすらぎがほしいときに、な・せあいつをなぐ とわしらを片端にするかわりに、呪いを使ってやがるんだ。てめえらなきゃならんのか、あんたにわかるかね ? わしが穴居人みたい

4. SFマガジン 1984年9月号

べィリーがうめいた。「そうとも、今度はおまえだ。確かにわしと、ディーナはそれを握りしめた。 に借りを返してくれたよ、な ? わしがおまえを麻薬から救ってや「放してやろう」ペイリ 1 はかすかな声で言った。「泣いたりした 7 : にせもの衆のあまっこみてえ ら、たたき出しちまってたのにな : ・ り、長年おまえを支えてきたそのお礼を、払ってくれたよ」 「ああ、とつつあん」ディーナはすすり泣いた。「こんなことをすだ : : : わしを殺しておいて : : : 泣きやがる : : : おまえ、わしのこと : : : ドロンーはちがった : ・ : ・」 るつもりはなかったんだよ。あたしはただ、ドロシーを助けようを一度も認めてくれんかった と、あんたを助けようとしただけなんだ。わかっておくれ ! なに「手が冷たくなってきた」ディーナがつぶやいた。 「ディーナ、あの帽子、わしといっしょに埋めてくれ : : : それぐら かできることはない ? 」 「あるともさ。わしの背中と胸に開いたでつかいふたつの穴をふさい、できるだろ : : : おい、ディーナ、ドアの外から、ペー中使いの いでくれ。わしの血が、息が、ほんものの魂が出ていっちまう。天サルが声をかけてきたら、誰に助けてもらうつもりだ ? 誰に・ や 空の長老よ、なんという死にざまだろう ! 気の狂った女に殺られ : ・」 女たちが押しとどめる間もなくべィリーはいきなり起きあがっ ちまうとは ! 」 た。と同時に、すぐ側に雷が落ち、その光で、ペイリーの目が二人 「静かにして」ドロシーは言った。「体力を使っちゃだめよ。ディ ーナ、ガソリン・スタンドまで走っていってよ。まだ開いてるはずをすかし、闇をみつめているのがわかった。 ペイリーはロを開いた。その声は、体に開いた穴から生命が逆も だわ。お医者さんを呼んで」 どりしていったかのように、カのこもったものだった。 がとめた。「手遅れさ。 「行くんじゃねえよ、ディーナ」ペイリー 今んとこ、魂がかろうじて爪先で引っかかってるけどな。もうちつ「天空の長老がわしにすばらしい送別をしてくれとる。稲妻と雷。 とで、そいつを放してやらなきゃならん。魂のやっ、ウサギを追っ功徳だ。長老は安つばいまねはしなさらんな、え ? なぜか ? れがわしの探索の旅の最後だと、知っとりなさるからさ。長老をあ かけるビーグルみてえに、跳んでっちまうだろうよ。 がめる者の最期・・ : : ペイリー一族の最期 : : : 」 ドロシ ドロシー、あんたをそそのかしてこんなことをさせた ペイリー は血で喉をつまらせ、ばたりと倒れると、二度と口を開 のは、邪悪な大地の聖母だったのかね ? あんたに言わなくちゃな んねえことがある : : : 花の下で : : : その方がいいかもしれんが : : こんなわしではな あんとき、わしは神さまみてえな気持だった : ・ くてな : : : きちがいの。ハタ屋のじいさん : : : 路地裏の住人 : : : ちょ っと考えてくれ : : : わしの背後には五万年の年月が : : : アダムとイ ・フよりずっと古い : : : もう、これで : : : 」 ディーナが泣きだした。ペイリーが一本しかない手を持ちあげる

5. SFマガジン 1984年9月号

な。わしが家におると、他の、、ハタ屋どもがわしの縄張りをうろっき 数分後、がたがたの屋外便所から、ディーナと蒼ざめ弱ったドロ シーが出てきた。 やがるでな。だけんど、やつらはなんかの影を見るだけでも、びく 4 ト屋にもどる途中、ドロシーは初めて、トラックのシートにあおびくもんでいる。みんな、このとつつあんをこわがっとるからな。 むけに寝ているエルキンズに気づいた。エルキンズの頭は座席からとつつあんにつかまったら、この片腕で腹わたがはみ出るほど絞め はみだし、開いたロのまわりをハエが飛びまわっている。 あげられ、肋骨をへし折られちまうからな」 「恐ろしいこと」ディーナは言った。「この男、目をさまして、自 げらげらと吠えるように笑うその声は、人間のものとは思われ 分がどこにいるかわかったら、ひどく怒ることでしようよ。なに ず、体の中の洞窟の奥深くにいるトロ 1 ルの笑い声のようだ。ペイ せ、地位のあるひとなんだから」 リーは冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。「出かける前に、もう 「そんな男、眠らせておけばいいわ」ドロシーは小屋の中に入っ 一杯飲っとかなきや。あのくそったれの怠け馬のフォーディアナ た。すぐあとから、ペイリーとつつあんが足音も高く部屋に入ってに、一発かませてやらなきゃなんねえ、ときてるもんな」 きたが、冖 : 彼カ姿を見せる前に、すえたビールの臭いと独特 0 汗の臭二人が外に出ると、エルキンズがよろめきながら屋外便所に向か いとが、むっとただよってきた。 っていくのが見えた。エルキンズは開いた戸口で、前のめりにばっ 「気分はどうかね ? 」とつつあんの低いうなり声に、ドロシーのく たり倒れた。戸口から足を突き出し、身動きもせずに床に横たわっ びのうしろの毛がさかだった。 ている。心配になったドロシーは、エルキンズのところに駆けつけ 「悪いわ。家に帰ろうと思っているの , たカったが、ペイリーはくびを横に振った。 「そうだろうな、ちいっと迎え酒をやってみるこった」 「あいつもおとなだ。てめえのめんどうぐらい、てめえでみられる とつつあんは半分空になったウイスキーの一バイントびんを、 ドさね。わしらはフォ 1 ディアナに乗りこんで、行かにゃならん」 ロシーに渡した。ドロシーは気の進まぬようすで、ウイスキーをひ フォーディアナというのは、おん・ほろの錆びついた。ヒック・アッ とくちあおると、すぐに冷たい水を飲んだ。一瞬、胃の中がかっと 。フ・トラックのことだ。トラックはふだんべィリーの寝室の窓の外 熱くなったあと、気分がよくなってきたため、もうひとくち、ウィ にとめてある。夜間にいつでも目に入り、誰にも部品とか、あるい スキーを飲む。ボウル一杯の水で顔を洗い、またひとくち、ウイスはそっくり丸ごと、盗まれる心配がないようにするためだ。 キーを飲んだ。 「こいつのことなんか、心配してやるこたあねえんだが」ペイリー 「もう、あなたといっしょに出かけられそうよ」ドロシーは言っ はぶつぶつ言った。そして一クオートのビールを、四くちで四分の 三飲みほすと、トラックのラジェーターのキャツ。フをはずし、残り た。「でも、朝食はいらないわ」 「わしはとっくに食った。行こう。ガソリン・スタンドの時計だのビールを注ぎこんだ。 と、十時半だ。今頃は、わしの路地はさつばりしちまってるだろう「こいつはわしのほかにビールをくれるやつなんかいないと知っと

6. SFマガジン 1984年9月号

はディーナをベちゃんこ胸のペイ中と呼び、嘘つきあっかいをしリー 一族が救われると思っとることをも、ばかにしとるんだ。 た。ここのところ毎日ふろに入っているし、一日おきに衣類を替え ほれ、こいつをよく見るがいし このインテリの、紫色のあざの ているのだと言った。ディーナは、確かにドロシーが現われてからあるドラゴンを。この元麻薬中毒患者を。麻薬にとりつかれたせい はそうだと答えた。言い争いが激してきた。最終的にとつつあんは で体がめちやめちゃになったガミガミ女をさ。こいつは迷信深い女 立ちあがり、ディーナの母親の写真を引っくり返し、壁の方に向けなんだ。てめえのおっかさんを神だと思っとる。そいつに祈りをさ てしまった。 さげ、許しを乞い、ゆくすえはどうなるのかと訊いている。まわり ディーナは泣きながら写真を元にもどそうとした。とつつあんはに誰もいないと、写真に話しかけてやがんだ。ここにいるこの女 ディーナを押しのけた。どんなにののしられても、とつつあんはが は、てめえのおっかさんを、天空の長老の敵である大地の聖母のよ んとして手をあげなかったーーディーナにあんたには母の靴をなめうにあがめてんだ。おまけに、それが天空の長老を怒らせると、ち る資格もない、写真にさわるなんて冒濱だとわめかれたときでさやんと知っとる。ひょっとするとそのせいで、天空の長老は、長い あいだ失われている王の帽子をみつけることを、お許しにならんの 言い争いにあきると、とつつあんは写真の側の持ち場を放棄し、 かもしれねえ。ばかなグⅱャガがそれがどんなものかもわからず 足を引きずって冷蔵庫の方に行った。 に、捨てっちまったと期待して、このわしがあっちゃらこっちゃら 「わしがいいと言うまで、あの写真を引っくり返したままにしておの灰の山を探し歩いているのを、知ってなさるはずなのにな。 かねえと、クリークに投げこんじまうからな。そうしたら、もう二 ま、とにかく、あの神聖なおしやしんには、みつともねえ顔を壁 度と、おっかさんの顔が拝めなくなるんだそ」 の方に向いといてもらうさ。おい、うるせえぞ、ディーナ。わしは 『アリ 1 ディーナは悲鳴をあげ、ストー・フのうしろの毛布のところまでは ・ウー・フ』を見たいんだ」 っていくと、横になってすすり泣き、低い声でとつつあんに悪態を ついた。 そのあとすぐ、ドロシーは車で家に帰った。そしてふたたび社会 ガミイは煙草を噛み、笑った。歯のない口から茶色い汁がひとす学の教授に電話をかけた。教授はいらいらした声で、前回よりも詳 じ流れ落ちた。「今度はディーナがやりすぎたのさ」 しい説明をした。教授によると、ネアンデルタール人と、侵入者で 「ふん、あいつも、あいつのおっかさんもな」べィリーは鼻で笑っあるホモ・サ・ヒエンスとのあいだに起こった戦いというとつつあん 亠」 0 「いい、刀し ドロシー、あいつはわしがフォーディアナに心がの話が、まったくもってありそうにないという理由のひとつは、ホ あると思っとるのを、どれぐらいばかにしてるか知っとるかね ? モ・サ。ヒエンスがネアンデルタール人以前に、ヨーロッパに存在し 犬どもを凶暴な目でにらみつけることをも、ばかにしとる。それていた可能性を示す証拠があるからだという。つまり、ホモ・ネア に、奪われたペイリー王の帽子のありかをみつけたら、わしらペインデルタレンシスが侵入者である可能性の方が強い、ということ

7. SFマガジン 1984年9月号

人に、おそろしくよく似ているが、形質人類学者がひと目見ればわ かるって。わたし、少し腹がたったので、非科学的な偏見に満ちた 次の朝、夜が明けてまだまもない時間に、眠そうな目をしたドロ ペイリーの小屋の前に車をとめた。家にいたのはディーナ態度はとらないでくれって言ったんです。そうしたら、かえってい ひとりだった。ガミイは川に魚を獲りに、とつつあんは屋外便所にらいらしてきたようでしてね。話はいくぶんひややかな調子で終わ 行っていた。ドロシーはディーナと話をする機会がもてた。そしてってしまいました。 予想どおり、ディーナがかなり教育を受けた女だということがわかその夜、わたしは大学の図書館に行き、ホモ・サビエンス・ネア った。しかし、ディーナは礼儀正しくふるまいはしたが、自分の経ンデルタレンシスとホモ・サ。ヒエンス・サビエンスとのちがいが書 歴や素姓についてはロをつぐんだままだった。なんとか会話をつづ いてある本を、片つばしから読んだんです」 けようと努力していたドロシーは、以前に人類学の教授をしていた「まるで、とつつあんのささやかな内なる神話を、真実だと信じて 男に電話をかけ、とつつあんが本物のネアンデルタール人であるとるみたいですね」ディーナが言った。 いう可能性を尋ねてみた、と言った。ディーナはそれまでの自制を「教授は事実によってのみ確信し、なにごとも不可能であると言っ 破り、教授の考えはどうだったのかと、熱心に訊いた。 てはならない、と教えてくれましたわ」ドロシーは言った。「たと 「それがね」ドロシーは言った。「笑われただけでした。教授の話え教授が自分の教えたことを忘れたとしても、わたしは忘れていま では、小さなグル 1 プ、山中に孤立している同血統繁殖のグルー。フせん」 でさえ、五万年ものあいだ、自分たちの文化的遣伝的同一性を保つ 「そう、とつつあんは話し上手ですからね」ディーナは言った。 ていける可能性は、絶対的に無理だとおっしやるんです。 「悪魔にだって竪琴と光輪を売りつけるでしようよ」 わたしは反論しました。とつつあんの主張を伝えたんです。・ヒレ ちょうどそのとき、・フルー ・ジー・ンズをはいただけのペイリー 、カ ネ . ー山脈の山中の、ペイリー村で暮らしていたとつつあんたちの一 小屋に入ってきた。ドロシーは初めて、長い金褐色の毛におおわれ 族は、ナポレオンの軍隊に発見され、徴兵されそうになった。ペイ た、とつつあんの広い胸を見た。胸の毛はみつしりと生え、オラン 一族はイギリスに滞在したあと、アメリカに逃げた。そして南ゥータンの毛のように厚く、もつれている。しかしドロシ ーがいち 、はだしの足だっ 北戦争中に、一族はグレートスモーキー山脈から追い出され、わばん目を惹かれたのは、と . つつあんの胸ではなく かれわかれになってしまった。とつつあんの知るかぎりでは、最後た。そう、親指はほかの四本とわかれて横にはりだし、足の外側を の純血種はとつつあんだけで、ガミイは半分か、四分の一の血が流地面につけて歩いている。 れているだけだと。 腕もまた、体にくらべると異常に短いようだ。 教授はとつつあんとガミイは、腺機能不全、末端巨大症の患者だ とつつあんはうなるようにおはようと言っただけで、しばらくの ろうと断定的に言っていました。そういう患者はネアンデルタールあいだはそれ以上なにも言わなかった。だがオナスックの通りを走

8. SFマガジン 1984年9月号

に行く途中、またもや稲妻が光り、土手の側の白い人影を浮かびあ「全部が全部じゃない。ほんの一部だけ。ヨーロツ・ ( の集団侵入者 の話とか、・〈ィリー王の帽子なんて話はナンセンスですよ。それと がらせた。 それはテリークロス地のロープをまとったディーナだった。ぬかも、神のみそ知ることですが、何千年かたつうちに、最終的には話 がおかしくなってきたんでしよう。 るみの中にすわりこみ、うなだれ、すすり泣きで体を震わせてい でもね、少なくともとつつあんが部分的にネアンデルタール人た る。 ししですか ! あたしはおちぶれてしま 「あたし、ひざまずいたんだよ」ディーナはうめいた。「あのひとというのは、真実です。、、 、しがない ' ハタ屋の女にすぎません。いえ、今はそれでさえもな に。かあさんを助けてくれと頼んだんだ。だけどとつつあんは、あ とつつあんはもはや、なぐるとき以外、あたしに手を触れよ たしがにせもの衆の女神から自由になったことを、あとでわしに感 。あたしがとつつあんの手にキスするうとはしませんからね。本当のことをいうと、それはとつつあんの 謝する気になると言って : せいじゃないんです。あたしがそう頼んでるんです。あたしがなぐ だろうって : : : 」 ディーナの声がだんだん高くなり、絶叫に近くなった。「そしってほしいんです。 でも、あたしは低能じゃありません。図書館から本を借りてき て、あいつ、やっちゃったんだ ! あたしの清らかなかあさんを、 びりびりに破ってしまった。クリークに投げ捨ててしまった ! 殺て、ネアンデルタール人のことを読みました。そして注意深く、と つつあんを観察したんです。とつつあんは彼が言っているとおりの してやる ! 殺してやる ! 」 ドロシーはディ 1 ナの肩をやさしくたたいた。「さあ、さあ、家者にちがいありません。ガミイもそうですーーーガミイは少なくとも に帰って体を乾かした方がいいわ。とつつあんはひどいことをした四分の一の血しかまじっていませんが」 ドロシーはディーナにつかまれている手を引き抜いた。 けど、あのひと、正気じゃないのよ。どこにいるの ? 」 「行かなくちゃ。とつつあんと話をして、もう二度と会わないと言 「クリークが川に流れこんでいるボ・フラの木立ちの方だよ」 「あなたはお帰りなさい」ドロシ 1 は言った。「とつつあんはわたわなくちゃ」 「あのひとに近づかないでください」ディ 1 ナはまたドロシーの手 しがなんとかするわ。わたしにはできる」 ディーナはドロシーの手をつかんだ。「とつつあんには近づかなをつかんだ。「あんたが話しに行ったら、あたしと同じことをする い方がいい。木立ちの中に隠れてるよ。危険だ、手負いのイノシシはめになる。他の女たちと同じことをする。あたしたちは、とつつ みたいに危険だ。でなけりや、あたしたちの祖先に傷つけられ、狩あんが人間じゃないから、いっしょに寝たんです。 り立てられたときの、とつつあんの祖先みたいに、危険だよ」 だけど、他の男同様、とつつあんも人間だとわかった。あたした 「あたしたちの ? 」ドロシーは訊き返した。「あなた、とつつあんちの何人かは、欲望が消え失せ、かわりに愛情をもつようになった の歴史の話を信じているっていうの ? 」 からこそ、とつつあんのもとにとどまったんです」

9. SFマガジン 1984年9月号

入ってるくせに、走れ、走れ ! でないと、元愛人の、このとつつ偽とりまぜ、ディーナの欠点をあげつらいはじめた。十五分もたっ あんが、おめえをクズ鉄として売っちまうからな ! 本気だそ ! 」と、ディーナの母親の写真を、顔を壁に向けて釘で打ちつけてい 6 た。ストー・フのうしろで、ディーナは泣きながら、べィリーになぐ 不屈のフォーディアナは、 : んとして動かない。 ヘイリーに 結局一一人は、溝の側にトラックを置き去りにして、歩いて帰らなられた個所をそっとなでさすった。抗議したガミイは、。 ければならなかった。ゴミ捨て場に向かおうと、車の往来の激しい追いかけられ、雨の中に逃げだした。 ヘイリ 1 は車に轢かれないよう、いやお ドロシ 1 は手早くぬれた服を着ると、家に帰ると言った。町まで ハイウェイを渡るときは、・ うなく跳びはねざるをえなかった。 一マイルほど歩き、パスに乗るつもりだ。 。ヘイリーはどなった。「行っちまえ ! どっちみち、わしらには 疾走していく車に向かって、ペイリーはこぶしを振りあげた。 「わしを殺ろうとしてるな ! そうはいかねえぞ ! おめえら、五おまえさんは俗物よ ! わしらとはちがうのさ。そうともよ」 万年も狙ってるくせに、まだやれないじゃねえか ! まだまだ闘っ「帰らないで」ディーナが訴えた。「あんたがここにいてとつつあ てやる ! 」 んをとめてくれなかったら、あたしたち、ひどいめにあうわ」 その瞬間、頭上のどんよりと垂れこめた黒い雲の腹が、裂けた。 「ごめんなさい」ドロシーは言った。「わたし、今朝はうちに帰っ ペイリーもドロシーも、四歩といかないうちにずぶぬれになった。 てないといけないの」 雷鳴がとどろき、ゴミ捨て場の向こうはじの大地に、稲妻が切りこ「そうともよ」ペイリーはがなった。と思うと、急に泣きだした。 んだ。 突き出たくちびるが鳥の翼のようにばたばた動き、ガーゴイルのよ ・ヘイリーは驚いてうなったが、自分が無事だとわかると、空に向うに顔がゆがんだ。 かってこぶしを振りあげた。 「わしが自制心を失くして、おまえさんを放り出す前に、帰っとく 「オーケー、オーケー、あんたまでわしを罰しようというんだな。れ」ペイリーはすすり泣いた。 わかったよ。オーケーだ」 ドロシーは哀れみの表情をうかべ、静かに小屋のドアを閉めた。 ばとぼととしずくを垂らしながら、二人は掘っ立て小屋に入っ た。さっそくべィリーはビ 1 ルの栓をぬき、飲みはじめた。ディー 次の日は日曜日だった。その朝、ドロシ 1 の母親から電話があ ナがドロシーをカーテンの陰に連れていき、タオルと、彼女の白い り、ウォーキガンから来るという。ついては月曜日、休みがとれる テリークロス地のロープとをドロシーに貸した。ドロシーがカーテだろうか ? ンの陰から出てくる頃には、・ ヘイリーは三本目のビールの栓をぬい ドロシーはイエスと答えて母親との通話を切ったあと、ため息を ていた。ディーナに魚の揚げかたがなっていないと文句をつけ、デ つきながら、上司に電話をかけた。そしてべィリー一族の報告書に ーナがびしやりと言い返すと、今度は思いつくかぎり、大小、真必要な資料が全部そろったので、タイプにかかるつもりだと伝えた。

10. SFマガジン 1984年9月号

な容貌だから、ばかなあまっこどもはなぐられるに決まってると思・フライエンとっきあってたからだ」 ってるからさ。あの女がわしに夢中なのは、そのせいさね」 ガミイはくすくす笑った。「あたいが緑のシャツのオ・フライエン 「あんたはきちがいの嘘つきだわ」ディーナはストー・フの陰から低とっきあわなくなったのは、あんたにちっとばかりなぐられたから い声で言った。痛なところを、恋人の愛撫を思い出しているような だなんて、これつ。ほっちも考えてほしかないね。あんたの方がまし 手つきで、ゆっくりと夢見るようになでている。「あたしがあんた だから、あのひととっきあうのをやめたんだよ」 と暮すようになったのは、あたしがすっかり落ちぶれちゃって、相もう一度ガミイはくすくす笑った。そして立ちあがると、安香水 手になるような男があんたしかいなかったからよ」 のびんがのせてある棚の方によたよた歩いていった。大きな真鍮の 「あいつは上流社会出身の麻薬中毒患者さね、ドロシー」ペイリー イヤリングがぶらぶら揺れ、巨大なヒップがたぶたぶ揺れた。 とつつあんは言った。「あいつは長袖の服しか着ねえ。腕に針の跡「見ろよ」とつつあんが言った。「嵐ん中でふくらんだ袋がふた 、つ、あるからだ。麻薬をやめさせたのは、このわしだ。ほんつ、揺れてるみたいだ」 もの衆の知恵と魔法を使った。徹底的に話し合うことで、邪悪な魂しかしとつつあんの目は感嘆の光をたたえて、ガミイのヒップを をうまくなだめてやったのよ。そしてそれ以来、あいつはわしの側追い、ガミイが安っ・ほい匂いの香水を枕ほどもある胸にたつぶりふ におる。追い払うことはできん。 りかけるのを見ると、彼女を抱きしめ、その胸の谷間に鼻を埋めて さ、あの歯なしばあさんをここへ連れてきな。わしは女をなぐっうっとりと匂いをかいだ。 たりはせん。てえことは、わしは女をいじめるくそ野郎じゃねえっ 「埋めたっきり、今まで忘れていた古い骨をみつけた犬みたいな気 てことだ、そうだろ ? ディーナをなぐったのは、あいつがなぐら分だ」とつつあんはうめいた。「くん、くん、くん」 れるのが好きで、なぐられたいと思っとるからさ。だが、ガミイを ディーナは鼻で笑い、新鮮な空気が必要だ、でなければ夕食が食 なぐったことはない : : おい、ガミイ、おまえがほしい薬はそんなべられない、と言った。そしてドロシーの手をつかみ、散歩に行こ んじゃねえんだろ ? 」 うと言いはった。気分が悪そうなドロシーは、ディーナといっしょ とつつあんは途方もない耳ざわりな声をはりあげ、ガハノ 、と笑っに外に出た。 「あんたは嘘つきだよ」しやがんでテレビのつまみをいじっていた次の日の夜、キッチン・テープルを囲んで四人でビールを飲んで ガミイは、肩越しに言った。「あたいの歯をへし折っちまったの いると、突然とつつあんが手を伸ばし、やさしくドロシーに触れ は、あんたじゃないか」 た。ガミイは笑ったが、ディーナはとつつあんをにらみつけたヂし すいぶん長いあい 「わしがヘし折ったのは、どっちみち抜けることになってた、ぐらかしドロシーにはなにも言わなかったかわりに、・ ぐらの二、三本だけだ。そうなったのも、おまえが緑のシャツのオだふろに入っていないと、とつつあんを責めはじめた。とつつあん 2 5