イシ、トヴァーノをはなしさえすれば、当座、グイノの身は安全 するどい、ききなれた声が、しかし彼をひきもどす。 になるだろう。そうとみて、イシュトヴァーンは世にも情けない声 3 「あーーう : : : あツ」 を出す。 「うごくな」 「うあツ、グイン、こいつあーーー」 「心配ーーー・するな」 グインの、くいしばった歯のあいだから苦しいうめきがもれる。 「しゃべるな ! 体がうごくと、おちるぞ」 「はなしはーーせん」 生きてたのかよーーーよかったあ : ・・ : 」 そして、グインは、渾身の力をふるって、イシュトヴァーンと自 グインは、谷氏に放りこまれた刹那ナワを切った両手でとっさに つき出た岩につかまったのだ。そして、上からおちてくるイシュト分を支えつづけた。 それのみではない。ゆっくりとう ヴァーンのナワ目を左手でひつつかみ、いまや彼は、右手だけで体目の下は千尋の谷である。 を支えつつ、左手にイシ、トヴァーンをぶらさげて、岩にしがみつずまき、あつまってきたぶきみな霧怪は、のろのろと、のびあが いていたのだ ! り、かれらの方へとうかびあがってくる。 「わあ : : : 」 とうてい、まだ、助かったと喜ぶわけにはゆかぬありさまであ イシュトヴァーンは思わす足をちちめ、それで、グインの口から はするどい呻きがもれた。 「グイン、おおお前ーーーお、おとさないでくれよ : : : 」 「動かんでーーくれ。手がーーーすべりそうだ」 グインはこたえず、かわりにぐっと手に力を入れた。 「だ、だって、あの、化け物霧がこっちへくるよう ! 」 ・ : 気づかれる」 「それに、頼むーーー大声を出すな。上に : いかにグインの怪力ときたえぬいた筋肉でも、またイシ、トヴァ じりつ、じりつ、と ーンが、グインの半分ほどしか重さはないとしても、自分の体重と イシュトヴァーンのそれとを、右手一本で支えるのは、さしもの彼汗にぬれた手はすべりかけている。 グインはぐいとばかりカをこめ直す。 にも、必死の放れわざだったのである。 彼の左足は宙にうき、右足のつまさきを、かろうじてみつけた岩右足を辛うじてのせているく・ほみから、けずりとられた氷滴が。 ( ラ。ハラとおちてゆく。 のく・ほみにかけて、右手でしつかりと岩をつかんでいた。しかし、 グインの手のひらの熱と汗で、少しづつ、グイソの身をあずけて その右手も、イシュトヴァーンの重みがすべてかかる左手も、早く いる岩を包んでいる氷がとけてゆきつつあるのだ。 もびくびくとけいれんしはじめている。 「おい、たのむようーーー兄弟 ! お、おれとお前の仲だ。おとさな「イシュト , ・ーーヴァーン」 グインはあえいだ。 いでくれツ、たのなから」 る。
目は、なおもじっと見つめている。 無造作にイシュトヴァーンのからだを放った。 と また絶叫の尾をひいて ローキが動いた。 イシュトヴァーンも、谷底にのまれる。 ハッと思う間もなかった。 ローキは黙って崖つぶちに立っていた。 レ 「イミー そのうしろで、わああっと、黒小人どもが大歓声をあげる。 怒号がその口からほとばしり、いきなり彼はグインのからだを、 かるい袋でも扱うようにかかえあげるなり 「わああああ : : : 」 谷底へむかって放りこんだのであるー イシュトヴァーンは、自らが、そうして落下してゆき谷底の石に 「う 叩きつけられて、むざんにもあえないさいごをとげるーーーなどと、 なおも信じてはいなかった。 イシュトヴァーンのからだが恐怖に凍りついた。 グインはもがくひまもなかった。絶叫をのこして谷底へ消えた。 ( ばかな こんな、ばかな、おれは、魔戦士だーーー紅の傭兵、災 「グーーグイン ! 」 いをさける超能力があるとさえいわれた こんなところで、こん イシュトヴァーンははねおきて、谷をのそきこもうとしたが、ハ ッとふりかえった。 ( やっと、大金を手に入れて、芽の出るところだってのに ) 「あー・・ーわああっ : : : 」 ( こんなところで、こんなつまらねえ死にかたを、どうして、おれ ローキが、ぐいと大股に、イシュトヴァーンに近づく。 「や・ーーやめろ・ : : ・やめてくれ : : : 」 ( リンダ ! ) イシ、トヴァーンは両手足を縛られたまま、身をいざらせて、何落ちつづけていたのは、・ こく短い時間だったはずだ。しかし彼に とかしてローキの手から逃れようとする。 とっては永遠にもひとしかった。 「やめろッ ! 何をする、ばか、でか ! あっちへいけ、うわあ、 ( 死ぬのはイヤだ ! 死にたくねえー・同じーーー死ぬにしても、こ あっちへ行ってくれ ! グイン , ーーグイン ! 」 んな、こんな・・・・ : ) そのからだをも、ローキはネコの子でも扱うようにかるがるとひそのからだに つつかんだ。 ガクンと、ものすごい衝撃がきた。 「助けてくれえ ! 死ぬのはやだーツ わめきたてるイシュトヴァーンをひっかつぎ、ローキは崖っぷち イシュトヴァーンは気がとおくなった。 に近づき、そして 「イシュトヴァ】ンー イシュトヴァーン ! 」 232
そして、再び、 ()5 シートに深く身体を沈め、横たわった。 かった : : : まったく・ : : ・」 さっき、窓の外に見えたあの巨大な山塊が、イシュタル大陸のは 「気流に気流のせいにしようっていうのか ! 」 「じゃあ、わたしが ? ご冗談を わたしには、そんな度胸ずれにそびえるマクスウエル山だとすれば、着底予定地は、そう遠 も、ウデもありませんよ」 「だったら、なぜだなぜ、今日に限って、こんなことが起こる「誰が儂は怪我などしておらんそ ! 」 ビルス んだ、え ? どうしてなんだ」 ミーラー・は、まだ喚き足りないらしい ピルス は執拗だ。あの動揺と落下で、余程の恐怖を味わったので「それより、儂は知りたいんだ。どうして、この降下機が、墜落寸 あろう。 前の状態になったかをーーー」 「どうしても、わたしがやったとおっしやるんならーーー」 「理由は簡単よ」 さすがに、うんざりしたらしい声が、制御室から返ってきた。 絶ち切るように、アイリ 1 ン・が応えた。 「いいでしよう、わたしは、ここを出ます。それとも、上昇気流を「それは、あたしたちが、歓迎されていないからじゃなくて ? 」 見つけて、もう一度、強風地帯まで上がってみましようか ? そう「歓迎 ? 一体 : : : 誰から ! 誰が儂等を歓迎したがらんというん すれば、誰が、あるいは何がイタズラを仕掛けてきたか、分かるは ール ずだ」 が、アイリーン・は、もうそれ以上、彼の相手をしようとし 「なんだと ? また、儂を、その手で脅そうとしてもーーー」 なかった。 「おやめなさいー 一一人ともーーこ 彼女は、ついと首を巡らし、ルー・風を見つめた。 アイリーン・ Q が、凛と響く声で、割って入った。 そして、ひどく優しい声を出した。 「それよりも : : : 早く、着底地を探してちょうだい。怪我人がでて「だいじようぶ ? 」 いるのよ」 ルー・風は、うなずき返した。 怪我人とは、ルー・風のことであろう。 確かに、彼の顔から胸にかけては、ほとばしった生乾きの血にま彼女が、誰に言うともなしにつぶやくのが聞こえた。 みれている。 「 : : : きっと : : すぐに、はっきりするわ : : : あれが、誰に対 ドール 隣のシートのアイリ 1 ン・から見ると、さそや、すさまじいする、何の警告だったのかが : : : 」 有様に違いない。 N 0 、ー 4 ここで、ただの鼻血だとは、告白しづらい。ルー・風はロをつぐ んだままでいることにした。
きまわされる悪感が走った。それは、どんどんの・ほってきて、つい どんな外から加えられる苦痛よりもなお、この内側からの何とも には彼の眼球の中にまで入りこんできた。 いえぬおそましい感覚の方が耐えがたかった。面白半分に、何もの かが彼の目玉をうごかしてみ、耳に、脳髄に入りこんでくるのだ。 それは、何ともいえぬ異様な、異常な感覚であった。何ものか が、彼の目から、彼の視覚をつかって外界を眺めていた。彼は叫ぼ ( ああああああ ) うとした。舌も、のども、彼でない何ものかにすっかり侵略されて手を放せーー・そして身をゆだねてしまえーー荷か、かすかに彼を そそのかすものがある。 ( 目だ ) ( 目 ) ( 目 ) ( 目 ) ( 目玉や耳など。ー・・・欲しければいくらでもくれてやるがいい ( ああ、欲しい ) なーー・、異形の生まれもっかぬ顔でさえ、欲しがろうという、あわれ ( 人間よ、お前が欲しい ) を妖怪どものいるものを : : : ) ( お前の顔が欲しい ) ( こやつらも、自らのそんで、こんなすがたに生まれついたわけで ( しゃべれるロ ) はなかろうさ ) ( 見える目 ) ( どこが違うのだ。お前と、どこがーー ) ( きこえる耳 ) ( おお ) ( 欲しい ) ( 欲しい ) ( 欲しい ) ( 俺は ) 「俺はーーー人間だーツ グインの声は、かすかな悲鳴としかならぬ。 彼の体は宙に吊りさがったままうごかず、はたからみるとそれは グインの口から、すさまじい叫びがほとばしった。 豹の頭をもっ男のからだに、びっしりと谷底からのびあがった白い 「俺はリ」 ぬっぺら・ほうの妖怪がしがみついている、何とも奇怪な、おそまし気力が、よみがえった。 い光景であった。 グインは云いようのない脱力感とたたかいつつ、必死にナワをた グインは自らがばらばらにちぎられて谷底へおちてゆく気がしよりに崖をよじの・ほりつづけた。足もとののつべら・ほう共が、ひと た。ナワをにぎる手からしだいに力がぬけてゆく。全身が自分のでつ、またひとっと、谷底へ、彼のからだをはなれてぬけおちてゆく なく、人の借りものででもあるかのようだ。 気配があった。 ( やめてーーーくれ このままナワから手を放してしまえば、どんなにか楽だろうとグ ( 目ーーー ) インはうっすらと思っていた。 ( 耳 ) 247
ビルス す。どうです、博士。そうすべきじゃないんですか ? 」 吐き捨てるように言いながらも、は、まんざらでもなさそ 「ほう : : : 手を組む、だと ? ふん : : : それだけ虫のいい提案をすうな表情で、ローヴァー・ eo とアイリーン・の二人を一一度三 るからには、余程の覚悟が必要なはすだ。で、その、おまえさんの度と見比べた。 言う″我々″とは、誰と誰のことなんだ、え ? そこにいる女狐そして、ぐいと顎を引き、言った。 も、″我々″の一人に入っているのかね ? 」 「しかし、どうなんだ、え ? アイリーン、おまえは、儂と組む気 「もちろんです。彼女には、全ての記録を提供してもらう。そし があるのか ? 」 て、博士からは、知恵と知識を貸してもらう : : : 」 「もちろんーーー」 「記録 ? そんなもの、今、ここで取り上げてしまえば済むだろう銀髪を揺らし、彼女はうなすいた。 「異存はなしよ。とにかく、最悪の事態が、もしかすると最良の結 「いえ、取り上げたら、いつまた取り返されないとも限らない。お果を生んでくれたのかもしれなくてよ」 分かりでしよう。そんなことの繰り返しに神経を磨り減らすくらい 「ふん ! 」 ビルス ならーーー」 はしかし、まだ構えた銃を下ろそうとしない。 「取り返させない方法は、し 、くらでもある。中でも一番簡単で確実そして、横目でルー・風をじろりと一瞥してから、ローヴァ 1 なやり方を、儂は知っているそ」 CO に話しかけた。 ビルス は、玩具を弄ぶ子供そっくりの仕草で、マグナム拳銃を突 「問題は、この若僧た。しつかりと口止めできるならいいが、もし き出してみせた。 心配なら、考えた方がいい : 「いえ、しかし : : : それでは、わたしだって、いくらなんでも、博ルー・風は、またも緊張した。 ビルス 士に協力できませんよ。そうでしよう。用が足りたら、始末される の言う″考えるとは、一体、何をどう″考えることな んじゃないかと、いつもびくびくしてなくちゃならない。逆に、そのか れならいっそ、こっちが先に : : : ということにも : : : 」 床にへばりついたままのルー・風は、本能的に、目で逃げ道を探 「なんてこったーーー」 そうとした。 ビルス が、大袈裟に肩をすくめた。 その時ーー 「銃を突きつけられていながら、儂を脅す気でいるんだ」 「ちょっと、待って。何を考えるっていうの ? 彼ももちろん、 「そうじゃありませんよ、博士。手を組むには、ます、疑心暗鬼をつしょに連れていくのよ」 解かなくてはならないと言ってるんです」 アイリーン・だった。 「ふん ! もっともらしいことを : ・ : こ 「なに ? いや、駄目だ」 ビルス ミーラー・ \--a が、言下に決めつけ
残り惜しげな残留思念がのろのろとおちてゆく。 「たぶんあれはあの谷から出られぬらしいな。あの谷をのぼるにつ グインはほっと息をつき、がむしやらによじのぼった。まだ、体れて下へおちていった。考えてみれば、あれらもあわれな生物かも 4 2 じゅうに、見えぬ指でさぐられたぶきみな感触がのこっていたが、 しれん」 いまはそれにかまってはいられなかった。 「あんたはそう云うけどな、グイン、あわやどんな目に会うところ 「おお、グイン」 だったかと思うと、とてもー・ーー」 ほっとしたようにイシュトヴァーンとマリウスが彼を迎えた。 イシュトヴァーンは首を振った。 「くそ、重いのなんのってーーー腕がぬけおちるんじゃねえかと思っ そういうあいだにも、三人はどんどん大股に走って、ヨッンヘイ たぜ。このマリ公ひとりじゃ、自分もひつばられて二人とも谷底ヘムの方向へもどりつつあった。すでにかれらの耳には、戦いの物音 もういっぺんおちるのが関の山だったろうよ」 やときの声がひびきはじめていた。 「何だって いや、そんなこと云ってる場合じゃない。グイン、 「グイン、あそこ ! 」 大丈夫 ? 」 マリウスが叫んで指さす。 「大丈夫だ。すぐ、ヨッンヘイムへもどろう。やつらはヨッンヘイ「煙が ! 」 ムを目指していた。ョッンヘイムが気がかりだ」 「クロウラ 1 の穴のあたりだな」 「クリームヒレド・、、 / カクロウラーのかわりの怪物を地の底からよび 三人は必死に足をはやめた。ようやく見お・ほえのあるクロウラー 出すのに、間にあっていればいいんだけど」 の穴の周囲が見えてきたときだった。 三人は走った。 「わツ」 走りながらイシュトヴァーンがそっとささやく。 叫んで、先頭を走っていたイシュトヴァーンがとびすさり、マリ 「よう、グイン、あの白いのつべら・ほうは一体ーーー何だったんだよウスにぶつかって二人とも雪の上にころんでしまった。 「出た 1 ッ そこに 「わからん。わからんが、しかしおそらく一種の怨霊ではないかと 思う。あれらは、あのようなすがたであることを、恨んでいた、と ローキがぬうとそびえ立っていたー 「グーーグインツ」 てもーーー俺の目やロや手をうらやんでいた。欲しがっていた」 そしてまるで、子供が珍しいおもちやをいじりまわすように、グ イシュトヴァーンとマリウスはグインのうしろに逃げこんだ。黙 インを内側からいじりまわしたのだった。グインはそっとする感覚って、こちらを見おろしている巨人は、赤くもえる細い目をじっと を忘れようと身をふるわせた。マリウスのように感じやすいものだグインにそそいだきり身じろぎもしない。さながら巨大な黒い岩の ったら、あれだけで発狂していたかもしれぬ。 ようだ。
スキツ。フはひどく年とってみえる、とビンチョンは思った。 ・ヒンチョンが、神経質そうに眉を寄せて、つぶやく = ッキー・シコロフは、二度ほど上階を見上げて、一〇二分署に「奴は考えていたんた。四十・ ( ーセントのラインなど関係ない。い っ投票しようと、賛成票を投じた者は、シーグを殺した二十億人の 入って行った。″カリティス氏〃のマンションには、目もくれない。 ひとりであることに、かわりはないんだ。奴は、そのうちから一人 「何てやつだ」 スキツ・フは、たまげた顔つきで、部屋を横切り、間に合わせのコを選んで、責任をとらせた。誰でもよかったんだ」 「そんな。ーー」 ヒー・テー・フルに腰かけた。 「確かに、無茶だ。しかし、連中の考え方には合う。一つの命には 「確かに、あのビルからでも狙える」 一つの命を。死には死をもって報いる」 ロイ・ミラーが、ゆっくりと顔を拭った。 「しかしーー」 「それにしてもーーー」 ビンチョンが、警部の横に腰をおろしながら、質問した。 。ヒンチョンが言いかけた時、コミ 「どうして自首など ? 」 が、思わず立ち上がる。 「安全だからだよ。警官に射殺される心配もない。奴は法の保護下 「おれだ」 ィアホンをかけたスキップ警部の顔から、見る見るうちに血の気におかれている」 ロイ・ミラーが、けげんな顔でスキツ。フを見た。 、刀コし / 「わからんか ? ニッキーは安全なんだ。ロイ、おまえやおれと同 「馬鹿な いや、わかった」 スキップは、イアホンを乱暴にむしりと「た。。ヒンチ , ンと卩イじくらい安全なんたそ。シ「ロフ兄弟は、まだ二人残っている」 ロイの顔に、理解と怒りの色が広がった。彼は完全に理解したの が、警部を見つめる。 ! 」 0 「ニッキー・シコロフが、自首したーーー・」 「ちくしよう。くそったれのニッキーめ」 警部は、のろのろと床にへたりこんだ。 スキツ。フ警部は、。ヒンチョン刑事に、こわばった笑顔を向けた。 「何ですって」 「ここではなく、別のマンションで、女をひとり殺して、自首してそれから彼は、ふるえる指で、煙草に火をつけた。 「シコロフの復讐のやり方がわかった今、誰も、ニッキーの起訴 来たんだ」 や、処刑に投票する者はいない。誰ひとり、責任を分担しようとは 「人違いか、何てこった」 しないだろう」 と、ロイが叫んだ。 スキツ。フは、放射ライターを床にほうり出した。 「やつめ、ナン・ハーを読み違えたんだ」 「責任ーーー例え、五十億分の一の責任たとしても、な」 「そうじゃない」 ュニケーターが鳴った。警部
「戦うのはイヤだもの」 りとばされ、ぐっと呻く。 ローキは舌なめずりしながら倒れたグインをとらえようと両手を 5 マリウスは平然として、 2 「そりやイシュトヴァーンの役目だよ。・ほくはグインが心配なんのばしてかかって来る。が、グインは痛みをこらえて身をおこし た。すばやく剣をひろいとった。 「闇の巨人か生命か知らんが、頭がなくても生きつづけられるもの 「わからんのか、ここは危なーーー」 グインの声はとぎれ、その目は信じられぬものをみた驚愕に見開かどうか、試してやる ! 」 かれた。 がつくりと大地にひとたび倒れた巨人は、雪を血にそめて、その ローキの首が胴からころげおち、雪の上にシュッとおびただしい ままこと切れるかとみえたし、またそれだけのいたでをグインの剣量のドス黒い血がしぶく。 は与えたはずであった。 ローキの巨体がどうと倒れた。 ・、 0 しかし、大地に倒れてものの一分とはたたぬうちに、ローキは のろのろと身をおこしたのだ。 「うわあッ ! 首が生えた ! 」 マリウスの恐怖にみちた声。 「き、傷が ! グイン、傷が治ってる ! 」 「神々と人との間に生まれた悪の巨人ーー大地から闇の生命をさず次のせつな、新しいローキの首の目が開き、そのロもとがニタリ かって、倒しても倒しても大地にふれるとより強くなってよみがえとゆがんだ笑いをうかべる。 るーー・とか ! 」 「いかん」 グインはわめいた。 グインは叫んだ。クリームヒルドのことばがありありと耳によみ がえる。 「こやつばかりは・ーーー逃げろツ、マリウス ! 」 「グインは ! 」 「ばかな。この世に、神々以外、不死のものなどーーー」 叫びざま、グインはまだ動きのにぶい巨人にうしろから組みつい た。たくましい両腕にありたけの力をこめてその太首をしめあけ グインは歯をくいしばって剣をとり直すと、めちゃくちゃにロー る。 キに切りつけた。どこかに、致命傷となる箇所、生身の弱点がある のではないかと、所かまわず切る。グインの動きがいなづまのよう ローキはうしろに手をのろのろとのばすなり、無造作にグインのに速いので、動きのはやくないローキは立ち直るいとまがなく、グ 両手をひつつかんで自らの首からひっぺがした。あれほど力のつよインのなすがままに切られては倒れる。が、身が大地にふれると、 いグインがまるで赤児同様に扱われて、手首をつかんで雪の上に放たちまち傷はふさがり、癒えて、何のいたでもうけぬままに立ちあ タルザン
川ⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ ることになっていましたね。八月も過ぎようというのに太陽はそう、だから、キャ・フテン、私は思うのです。グライムズと まばゆいばかりに照りつけて、キャ。フテンは頬を赤らめ息づかして小説の中を旅する貴方の姿はもうないけれど、星降るよう な夏の夜などは、貴方が大好きな船を駆って、旅を続けていら いも荒いご様子。 っしやる姿が星の間にうかがえるように。ご自慢のパイ。フを片 「暑いでしようーーー今日も : : : 」 手に、上気嫌の貴方の、あの笑い声が聞こえてくるように。 キャ。フテンはうつむいたままポツリと。 あさって だけど、キャ。フテン、一つだけ心残りがあるはずですよね。 「でも明後日には、私は冬の国にもどっているのだよー ほら、憶えていますか、河原町で貴方がみつけてーー・そう、シ 私は不意に、すぐ隣りを歩いてるキャ。フテンのまわりを、一 ヨーケースの前に立ち止まって、キャ。フテンたら、子供のよう 陣の粉雪まじりの北風が吹き過ぎたように感じました。 作家といえば概して気難かしい人が多いものと臆していた私に動かなくてーーー私も、本当に楽しみにしていたのですよ、こ の心を打ち砕いた気さくなお人柄。それ故に、随分と前から親の夏、貴方と一緒に宇治金時を食べるのを しくしていたような錯覚を抱きかけていた私に、またキャ。フテ Captain's Voyage ンが遠い人であることを思い起こさせたのです。 上川正尊 「キャ。フテンは夏がお好きなのかしら ? 」 キャ。フテソに初めてお会いしたのは、今からもう七年も前に 外で日光浴 「ああーーー寒い冬は好きじゃないね。夏はいし それに、日本には私のことを気なります。 をしたり、海で泳いだり : マガジンに野田大元帥の案内人募集の広告があったのが づかってくれる人がたくさんいるからね」 そう言って私の方を振り向かれた笑顔に、私がどんなに救わそもそもの始まりでした。 れた気持ちになったか、キャ・フテンは多分ご存知ないでしよう確かその時は高松は予定にはなかったみたいでしたが、図々 ね。そのキャゾテンの笑顔は、空間的な隔りを越えて、貴方がしくも大元帥に手紙を書いて是非にとお願いしました。 まさか本当に来てもらえるとは思ってもみませんでしたが。 身近かな人であることを私に強く印象づけてくれたのです。 当時、私のヨットは修理中で陸に上っていましたし、英語の そして、ショーポートの上。船上を闊達に歩き廻りながら、 今度はキャ。フテンの方がガイド役でしたね。本来なら立ち入り方もほとんどダメ ( 聞く方はなんとか出来ましたが ) という状 禁止の操舵室までのりこんで、その船のキャプテンとキャ。フテ態でしたので、来る、と聞いた時は少々あわてました。 ン同士の握手を交わし、満足気な貴方。操舵室内の近代的な設初めて会った時の印象は、思ったよりオジイチャンなので本 備を一つ一つ説明してもらっている時の貴方は、まるで少年の当のところ、少々ガッカリした事を覚えています。 しかし、私の語学力に失望したのか、恐れをなしたのか、し ように生き生きとしていて、先刻の疲れた表情の片鱗すら、う ゃべり方もゆっくり、飽きもせず何回も私に聞き返してくれた かがうことができない程でしたよ。 この船のキりで、非常に気を使ってくれた事がよく分りました。その上、 「私もまたこんな船を操って島々を巡ってみたい。 お年の割に話してくれる内容が非常に若いんですね。最初に会 ャ。フテンが妬ましいぐらいだ」 ⅡⅢⅢⅢⅢⅧⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢ聞ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅧⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ ー 07
父にすがる幼い子のように、不安な声でイシュトヴァ 1 ンが叫 とのくらいせまってきている ? 「俺は、下を、向けぬ。ーー霧は、。 それは、ほんとうに、霧怪か ? 」 「わからねえ。いま、おれの足さきまで、十タールぐらいのとこま「大丈夫かよ。グイン 「大丈夫だ : : : 」 でぬらぬらとのびあがって来やがった」 「いいか。一瞬、体が宙にうくが、死んでもはなさぬから安心しろ ( あと、ぎりぎりもって五分だな ) 決断せねばならぬ。 もがいたら、おわりだ。わかったか」 「ああ」 イシ = トヴァーソを見すてれば、崖の上によじの・ほってゆくのは グインは三つ数えて息をととのえた。 / にはたやすいことである。 そして思いきって右手をはなしざま、毛皮のフードを下に放り投が、彼はそんなことは、考えてもいなかった。そんなことは、彼 の気質のうちにはなかったのだ。 げ、またすばやく岩をつかむ。 ( 限界だ ) この日 門、一秒の十分の一ばかりだったか。 「どうだ 右腕が、激しくいたみ、目はかすみ、腕はいまにも抜けそうだっ 「うわッ 化け物霧だ」 イシュトヴァーンの声は、おどろきにふるえていた。 力がすーっとぬけてゆきかける。 「あんたのフード が、おちてゆかねえッ ういてやがら。ゾカプ ( いかん ) カ漂ってーー・わあ ! とけちまった」 あわてて、力を入れ直そうとしたとぎ。 「やはり、霧怪か」 つるり、と手の下で氷がす・ヘっておちた。体を立て直すゆとりも グインは歯をくいしばった。 その頭の中を、すごい勢いでさまざまの思いがかけめぐっているそのまま、二人のからだは、谷底ヘーー・そして霧怪にむかってお のだ。 ちた。 ( の・ほってゆくにせよ、片手では , ーー・しかしこのままでは何とかせとっさに、空中でグインはイシ = トヴァーンの上におおいかぶさ り、イシュトヴァーンの気を失ったからだを、体の内側に庇った。 ねば、いずれーーー ) ( どうするのだーーどうする ? ) しかし、そこまでだった。 さしもの彼の鉄腕も、しだいに右腕がしびれ、感覚がなくなりはそのまま、石のように、二人のからだはまっすぐに霧怪をつきぬ じめていた。 けて、谷底ーーー上からはまったくみえぬ谷底へとおちていった。 「グイン : : : 」 ダル ぶ。 こ 0 ダルザソ 235