がってくるのだ。 逃げ : : : ろーー次はお前が : : ・・」 そのぶきみさは、さしものグインをさえ、ひるませるに十分すぎ辛うじて、グインの口から出たことばがそれだけききとれた。 た。しかしグインは逃げるわけにはゆかぬのだ。、 激烈な恐怖が吟遊詩人をとらえた。グインの敵わぬ相手に、かよ わい詩人の身で対抗できようはずもないのだ。 「ダメだ、グイン、逃げよう ! 」 いま、イシュトヴァーンを呼ん 「いや、ここで俺が逃げたらーークリームヒルドとヨッンヘイムが 「まっーーー待ってて、グインツー でくる ! 」 「だ、だって、切っても突いても、首を切ってさえ死なないやつを イシュトヴァーンと二人がかりになったところでかなうとは思わ れなかったがーーーマリウスにしてみれば、そうでも云わぬ限り、グ インをおいて逃けることはできなかったのだ。叫ぶなり、ヨッンへ 「とにかく行け、マリウス。俺はもう一度試してやるーー・あるいは こやつの寿命にも限りがあるかもしれん : : : 」 イムの方へむかってマリウスはかけ出した。 云いざまもういちどローキにおどりかかろうとするグインを、思 うしろから、グインの凄まじい咆哮がきこえてくる。思わず足を いがけぬすばやさで、ローキがかわした。 とめ、ふりかえる。 その手がぐいとグインの手首をつかんだとたん、グインの手はし「グイン ! 」 びれて、剣が雪の上にころがりおちる。 グインはありたけの力をふりし・ほり、ローキの手首をつかんでい た。のどをしめあげ、ヘし折ろうとするその手をひきはなして折り グインは苦痛の叫びをあげる。かまわずローキはカまかせにずるまげようと、そのたくましいからだはうしろにほとんど頭がつくほ ずるとグインの体をひきよせるなり、もぎはなそうとするグインのどのけそり、筋肉がもりあがり、この氷雪の中で、汗が滝となって 咽喉首をぐいとひつつかんだ ! 流れおちてゆく。 「わッ ! グイン、逃げて ! 」 ( 捕まったツ ) 歯をくいしばってグインはなおも力をこめるが、巨人の手は、そ っ マリウスはハッとなって足もとの氷塊をひろいとるなり口ーキにれをおして彼の首の骨をへし折る力を加えこそできぬものの、 叩きつける。が、ローキは砂つぶがふりかかってきたほどにも感じ かなひきはがすこともできぬ。 ぬらしい。その手にぐっと力が入り、グインの体の骨がメリメリとそして巨人の力は無尽蔵であり、グインはそうではないのだっ いやな音をたててきしむ。 た。グインの腕は力をこめたあまり筋肉がびくびくとけいれんし、 その足はどんどん雪の中にめりこんでゆく。しかもローキの方は息 5 「グイン ! 」 ひとっ乱してはいないのだ。
ペイリーはうなった。「二度とわしをきちがいあっかいするな。 トのいなか者とけんかになっちまってな。その野郎が四つ目しよう 二度とするな ! 」そしてディーナの頬をなぐった。 ちゃんを家に誘おうとしやがったんだ」 ディーナはふらふらとよろめき、壁にどしんとぶつかると、頬を 女たちはふたりとも息をのんだ。「おまわりが来たの ? 」 「来たとしたって、乱ちき騒ぎにやまにあわんかったさ。わしはこおさえ、泣きながら言った。「醜い、ばかな、臭いサルめが、あた の片腕で、世界一強い片腕で、いなか者の革のジャケットをひつつしをぶった。あたしのブーツをなめる資格もないサルが ! ぶった かみ、部屋の向こう側に投げとばした。そいつの仲間がむかってきわね ! 」 たときにや、わしはゴリラみたいに胸をたたき、おっかねえ顔でに 「そうともさ。なぐられてうれしかないかね ? 」ペイリーの声は、 らんでやった。そしたら、そいつら、急にシャツの衿もとを正し悦にいった地鳴りを思わせた。よたよたと簡易べッドに近づくと、 て、いなかっぺの音楽を聞きにもどっちまったよ。だもんで、わし眠っている娘にさわった。 は娘っこを、あんまり笑ったんで息がつまりそうになってる娘っこ 「ほら、さわってみろ。おまえたちふたりみたいに垂れとらん」 をかついでさ、エルキンズのほうはコインランドリーで洗いたての 「けだものめ ! 」ディーナが金切り声をあげた。「無力な娘につけ シーツみたいに、まっ白な顔だったが、やつはあとから来るままに こもうっての ! 」 して店をおん出て、ここに帰ってきたって寸法さ」 のらネコのように、ディーナは爪をたててペイリーにとびかかっ」 「ああ、あんたは大ばかだよ ! 」ディーナがどなりつけた。「こんた。 な状態の娘を連れてくるなんて ! 目がさめて、あんたを見たら、 ペイリーとつつあんは耳ざわりな声で笑いながら、ディーナの片 頭が吹っとぶほど悲鳴をあげるに決まってるわ ! 」 手の手首をつかみ、ぐいとねじった。ディーナは膝をつき、苦痛の 「考えてみなよ ! 」ペイリーとつつあんは鼻を鳴らした。「最初、悲鳴をあげないよう歯をくいしばらなければならなかった。ガミイ はけらけら笑い、とつつあんにビールを渡した。それを受け取るに この娘はわしをこわがり、風上の方にいようとしとった。だが、だ んだん、わしを気に入ってきたんだ。そうともさ。わしの臭いも気は、ディーナの手を放さざるをえない。ディーナは立ちあがった。 に入っとったんだ。そうなるとわかっちゃおったがな。女どもはみそして、なにごともなかったかのように、三人はテー。フルにつき、 んなそうじゃねえか 。しったんわしらの飲みはじめた。 ? にせもの衆の女どもま、、 臭いになれたら、いやだとは言えなくなっちまうのさ。わしらペイ リーには、生まれつき血の中に特別な力があるんだ」 夜明けごろ、娘はけものの太いうなり声で目をさました。目を開 ディ 1 ナは笑った。「あんたの股ぐらにそれがある、っていいた いたが、三人組の姿がぼんやりと歪んで見えるだけだ。手探りでめ いわけね。まったく、いつになったら、そんなたわごとをやめるつがねをみつけようとしたものの、みつからない。 眠りの木の高みにいた娘を、そこから振り落としたペイリーのう もりなの ? あんたは頭がおかしいのよ ! 」 6 3
エルキンズごときに、このペイリーとつつあんがだまされるもん い墓石のように欠けて厚みのある歯で、びんのふたをこじあけた。 びんを持ちあげ、膝を前に突き出し、上体をびんから遠去かるよう か。あいつはこの四つ目じようちゃんを狙ってるのさ。娘っこの方 にそらせると、こはく色の液体をごくごくと喉を鳴らして飲みほしを見るたびに、淫水がやつの目からたらたら流れとる。ともかく、 た。げつぶをしたあと、またうなり声をはりあげた。「このわし、 わしは二時間ばかり、ペちゃくちゃしゃべりながらゴミを集めた。 ペイリーとつつあんはみつけた雑誌や新聞紙を東にして、せっせとわしがみつともなくて変わり者だから、最初、娘はおびえとった 仕事にはげんどった。そこへ、まぬけ博士、エルキンズの青いおんな。・こが、しばらくすると、げらげら笑い出した。わしはエイムズ ・ほろフォード・ セダンが、・ ( ズル工場からがたがたと走ってきた。通りのジャックの店の裏の路地で、トラックをとめた。娘はわしに このドロシー ・シンガーって名の、細っこい四つ目の娘っ子もいっ なにをするのかと訊いた。わしや、毎日やっとるように、車をとめ てビールを一杯ひっかけるんだと答えてやった。そうすると、娘も 「ええ」ディーナが言った。「そのひとたちのことは知ってるけつきあうと言いおった。で : : : 」 「この娘を連れて飲み屋に入ったの ? 」ディーナが訊いた。 ど、とつつあんを追っかけてたとは知らなかった」 「んにや。そうしようと思ったが、わしや、ぶるが来ちまってな。 「誰がおまえに話せと言った ? 話をしとるのは誰なんだフ かく、やつらは自分たちの希望を言いおった。わしはいやだと言うそいつはできねえと言ったさ。娘っこはなぜだと訊きやがる。知ら んと答えてやったよ。ガキをやめてこのかた、そういうことができ つもりだったが、このちびのあまっこ学生がいうわけだ。もし、 っしょに仕事に出かけ、二、三日、宿を貸し、ふだんの暮らしぶりねえんだとな。そしたら娘っこ、わしにはなんとかがあると : : : な を見せてやるのに同意するという書類に、承諾のサインをしてくれんだか生きのいい花みたい名前の、なんのこったろ ? 」 たら、五十ドル払うとな。わしや、うんと言ったわな ! ああ、天「ノイローゼ ? 」ディ 1 ナが言う。 空の長老よ ! 百と五十クオートのビールが手に入るんだそ ! わ「そう、それよ。わしはタ・フーといってるがな。で、エルキンズと しは節操のある男だが、そんなもの、泡立っビールで押し流されて娘っこがジャックの店に入り、冷えたビールを半ダース買って出て きた。わしはトラックを出し : : : 」 しもうたわいー わしがうんと言うと、このかわいいちびが書類を押しつけてサイ「それから ? ー ンさせ、前払いに十ドルくれおった。残りは今日から七日後にくれ「それからあっちからこっちへと移動したが、ほとんど路地ばっか るとさ。わしのポケットにや、十ドル、入っとる ! てえわけで、 りさ。娘っこは飲み屋の裏で飲んだくれるよりは、めつぼう愉快だ と思っとったらしいがな。そのうち、物が二重に見えてくるわ、ど この娘はわしのトラックによじのぼった。そこへフォードからエル うでもいい気分になるわ、肝っ玉も太くなるわで、三人でサークル 5 キンズが降りてきおって、自分もわしらといっしょに行って、なに / ーに入ったんだ。そこで常連のもみあげの長い、革のジャケッ もかもうまくいくかどうか確認すべきだと思うとぬかしやがった。
な。わしが家におると、他の、、ハタ屋どもがわしの縄張りをうろっき 数分後、がたがたの屋外便所から、ディーナと蒼ざめ弱ったドロ シーが出てきた。 やがるでな。だけんど、やつらはなんかの影を見るだけでも、びく 4 ト屋にもどる途中、ドロシーは初めて、トラックのシートにあおびくもんでいる。みんな、このとつつあんをこわがっとるからな。 むけに寝ているエルキンズに気づいた。エルキンズの頭は座席からとつつあんにつかまったら、この片腕で腹わたがはみ出るほど絞め はみだし、開いたロのまわりをハエが飛びまわっている。 あげられ、肋骨をへし折られちまうからな」 「恐ろしいこと」ディーナは言った。「この男、目をさまして、自 げらげらと吠えるように笑うその声は、人間のものとは思われ 分がどこにいるかわかったら、ひどく怒ることでしようよ。なに ず、体の中の洞窟の奥深くにいるトロ 1 ルの笑い声のようだ。ペイ せ、地位のあるひとなんだから」 リーは冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。「出かける前に、もう 「そんな男、眠らせておけばいいわ」ドロシーは小屋の中に入っ 一杯飲っとかなきや。あのくそったれの怠け馬のフォーディアナ た。すぐあとから、ペイリーとつつあんが足音も高く部屋に入ってに、一発かませてやらなきゃなんねえ、ときてるもんな」 きたが、冖 : 彼カ姿を見せる前に、すえたビールの臭いと独特 0 汗の臭二人が外に出ると、エルキンズがよろめきながら屋外便所に向か いとが、むっとただよってきた。 っていくのが見えた。エルキンズは開いた戸口で、前のめりにばっ 「気分はどうかね ? 」とつつあんの低いうなり声に、ドロシーのく たり倒れた。戸口から足を突き出し、身動きもせずに床に横たわっ びのうしろの毛がさかだった。 ている。心配になったドロシーは、エルキンズのところに駆けつけ 「悪いわ。家に帰ろうと思っているの , たカったが、ペイリーはくびを横に振った。 「そうだろうな、ちいっと迎え酒をやってみるこった」 「あいつもおとなだ。てめえのめんどうぐらい、てめえでみられる とつつあんは半分空になったウイスキーの一バイントびんを、 ドさね。わしらはフォ 1 ディアナに乗りこんで、行かにゃならん」 ロシーに渡した。ドロシーは気の進まぬようすで、ウイスキーをひ フォーディアナというのは、おん・ほろの錆びついた。ヒック・アッ とくちあおると、すぐに冷たい水を飲んだ。一瞬、胃の中がかっと 。フ・トラックのことだ。トラックはふだんべィリーの寝室の窓の外 熱くなったあと、気分がよくなってきたため、もうひとくち、ウィ にとめてある。夜間にいつでも目に入り、誰にも部品とか、あるい スキーを飲む。ボウル一杯の水で顔を洗い、またひとくち、ウイスはそっくり丸ごと、盗まれる心配がないようにするためだ。 キーを飲んだ。 「こいつのことなんか、心配してやるこたあねえんだが」ペイリー 「もう、あなたといっしょに出かけられそうよ」ドロシーは言っ はぶつぶつ言った。そして一クオートのビールを、四くちで四分の 三飲みほすと、トラックのラジェーターのキャツ。フをはずし、残り た。「でも、朝食はいらないわ」 「わしはとっくに食った。行こう。ガソリン・スタンドの時計だのビールを注ぎこんだ。 と、十時半だ。今頃は、わしの路地はさつばりしちまってるだろう「こいつはわしのほかにビールをくれるやつなんかいないと知っと
な容貌だから、ばかなあまっこどもはなぐられるに決まってると思・フライエンとっきあってたからだ」 ってるからさ。あの女がわしに夢中なのは、そのせいさね」 ガミイはくすくす笑った。「あたいが緑のシャツのオ・フライエン 「あんたはきちがいの嘘つきだわ」ディーナはストー・フの陰から低とっきあわなくなったのは、あんたにちっとばかりなぐられたから い声で言った。痛なところを、恋人の愛撫を思い出しているような だなんて、これつ。ほっちも考えてほしかないね。あんたの方がまし 手つきで、ゆっくりと夢見るようになでている。「あたしがあんた だから、あのひととっきあうのをやめたんだよ」 と暮すようになったのは、あたしがすっかり落ちぶれちゃって、相もう一度ガミイはくすくす笑った。そして立ちあがると、安香水 手になるような男があんたしかいなかったからよ」 のびんがのせてある棚の方によたよた歩いていった。大きな真鍮の 「あいつは上流社会出身の麻薬中毒患者さね、ドロシー」ペイリー イヤリングがぶらぶら揺れ、巨大なヒップがたぶたぶ揺れた。 とつつあんは言った。「あいつは長袖の服しか着ねえ。腕に針の跡「見ろよ」とつつあんが言った。「嵐ん中でふくらんだ袋がふた 、つ、あるからだ。麻薬をやめさせたのは、このわしだ。ほんつ、揺れてるみたいだ」 もの衆の知恵と魔法を使った。徹底的に話し合うことで、邪悪な魂しかしとつつあんの目は感嘆の光をたたえて、ガミイのヒップを をうまくなだめてやったのよ。そしてそれ以来、あいつはわしの側追い、ガミイが安っ・ほい匂いの香水を枕ほどもある胸にたつぶりふ におる。追い払うことはできん。 りかけるのを見ると、彼女を抱きしめ、その胸の谷間に鼻を埋めて さ、あの歯なしばあさんをここへ連れてきな。わしは女をなぐっうっとりと匂いをかいだ。 たりはせん。てえことは、わしは女をいじめるくそ野郎じゃねえっ 「埋めたっきり、今まで忘れていた古い骨をみつけた犬みたいな気 てことだ、そうだろ ? ディーナをなぐったのは、あいつがなぐら分だ」とつつあんはうめいた。「くん、くん、くん」 れるのが好きで、なぐられたいと思っとるからさ。だが、ガミイを ディーナは鼻で笑い、新鮮な空気が必要だ、でなければ夕食が食 なぐったことはない : : おい、ガミイ、おまえがほしい薬はそんなべられない、と言った。そしてドロシーの手をつかみ、散歩に行こ んじゃねえんだろ ? 」 うと言いはった。気分が悪そうなドロシーは、ディーナといっしょ とつつあんは途方もない耳ざわりな声をはりあげ、ガハノ 、と笑っに外に出た。 「あんたは嘘つきだよ」しやがんでテレビのつまみをいじっていた次の日の夜、キッチン・テープルを囲んで四人でビールを飲んで ガミイは、肩越しに言った。「あたいの歯をへし折っちまったの いると、突然とつつあんが手を伸ばし、やさしくドロシーに触れ は、あんたじゃないか」 た。ガミイは笑ったが、ディーナはとつつあんをにらみつけたヂし すいぶん長いあい 「わしがヘし折ったのは、どっちみち抜けることになってた、ぐらかしドロシーにはなにも言わなかったかわりに、・ ぐらの二、三本だけだ。そうなったのも、おまえが緑のシャツのオだふろに入っていないと、とつつあんを責めはじめた。とつつあん 2 5
最初に入ってきたほうが仕切り部屋を通り抜けて、うしろの通路 今の道具一式、つまり、装置、計器、スイッチ、加減抵抗器、スコ ー。フなどが並んでいる。もし逃げようとしても、ボクシーは、真先から出ていった。そいつは姿を消すまえに「だんだん核心に近づい 8 にどの装置を動かせばよいか見当がっかなかっただろう。結局、警ているそ」といった。 官がなにかのスイッチを人れたときにその答が出たようなものだっ もう一人のほうはデスクの向うに腰を下ろしたが、拘留されてい こ 0 る若い二人の男には、そいつが、さっきまで坐っていたポリなの 「見ろよ」といって、スリックはがつくり肩を落とした。 か、それとも入れ代わったのか見当がっかなかった。 「ああ」ボクシーもしょげかえった。 「やっこさん、とどめを刺しに行きやがった」スリックがいった 「レーザー ・ハ 1 だそ」スリックがいう。 「うん」 「うん」 着席したほうが顔を伏せ両手をデスクの上において、書類を読ん 彼らと二人が坐っているスツールを楕円形にすつぼり取り囲んででいた。スリックがさかさまになった文字を懸命になって読みとっ いるのは、レーザー・ビームが縦に放射されている檻であった。 たところ、それは『アルファ道路システムを横断する民間・商業用 「きっと、この手のやつはビリッとくるそ」スリックがいった。反重力車輛に適用される法令および法規の抜粋』であった。きっ と、小説なんかじゃなくて、法規を読むのが、こいつらの暇のつぶ 「電気ショックがな」 とボクシーは思った。そこで彼は疑問を感し しかたにちがいない 「丸焼きになるのだってあるさ」。ホクシーが応じた。 た。ところが、どうしてそんな疑問が浮かぶのかよく考えてみる 「ああ、ほかにもあるそ。そういうのは鉱山や戦争で使うんだろう と、疑問を感じるほうに罪があるという答えがでた。ボクシーは訊 よ。ものを蒸発させてしまうやつがな」 警官たちが戻ってきた。最初に入ってきたほうが入口の右手の壁ねた。「センターへついたら車をどうする気なんだ ? 」 にあるスイッチらしきものをパチンと指で弾くと、レーザーの檻が坐っているやつが、ゾクッと身震いがでそうなくらい不気味なマ おもて 消減した。つづいて入ってきたほうがいった。 スクの面を上げると、ゆっくり「分析するつもりだ」といった。 「反重力車輛では、四メーターより低く降下できる車はおそらくな 「やつばり、あったそ」 いはずだ。だが : : : 」そこで、説明を加えた。「動力が故障したと そいつは、のちのちの証拠として使うために、この仕切り部屋の どこかに仕掛けてある音声採取装置にむかって喋っているのだとポきに、ゆっくりと安全に着陸させてくれる安全回路と補助サ 1 ボ機 クシーは判断した。「血痕が」とそいつは止めの一言をいった。な構が取り付けてある。それ以外に、民間の反重力車が、四メーター : しかも、まだ動力 以下まで降下できるような場合はありえない : んでこんな回りくどいことをするんだ、まだ証拠が足らんとでもい うのか、とボクシーは思った。壁の時計に目をやる。午前一〇時二がはたらいているうえに : : : 十字路の歩道の上でだ : : : 調速機が組 み込まれていることは知っているだろうが ? それに、工場で封印 二分。
・こ。別の言い方をすれば、。、 / クリ屋の内壁にある消磁回路網が、ポ身につけており、その没個性的な服装と権力を嵩にきた態度だけで クシーの操縦とドライプ・フィールドを無効にしてしまうから、車足りず、そのうえ半透明なマスクまでしていた。 は、それと質量の等しい大きな岩のように、自力ではびくとも動け立っているほうの警官が、ボクシーの右膝のポケットに人ってい なくなり なんの役にも立たなくなってしまうのだ。 たスクリュー・ドライバーを取り上げた。 不意に陽光から人工照明に切り替われば、それだけでも充分鳥肌「整備用だぜ」ボクシ 1 がにやりとこずるそうに笑った。 がたつ。おまけにパクリ屋の前面開口部がカメラのレンズが絞られ「うるせえ」立っている警官が応しる。すると坐っているほうが、 るように閉じてしまうと、雑音レベルや聴覚にも急激な変化が生じ彼に手を振って離れていろと合図をした。ボクシーは、〈うるせ て、おなじ感じに襲われる。ふたりの車は止金につかまれてデッキえ〉なんてめったに拝聴できる台詞じゃないし、そういうロのきき にがっちりと固定されたうえ、さらに用心をして、電磁石の受け金 かたが越権行為であることを知っていた。連中が、感情にかぶせて でびくとも動かないようにされてしまった。 ある蓋が開かないように懸命にたたかっていることもわかってい 警官の姿は見あたらなかった。照明を浴びてギラギラ輝いているた。 白いペンキを塗った壁と、波紋状の。 ( ターンを描いて閉まっている「そこへ坐ってくれ」席についているほうが二脚のスツールを指し 入口が前方に見えていた。 ていった。いずれも光学装置が取り付けてあり、坐ればそれが目の 突然、スピ 1 カーが喋りだした。「車から降りて、後部へ通じるあたりにくるはずだった。一方、もう一人のほうは、きれいに印刷 入口へ入れ」ここでスビーカーはいくらか感情のこもった声でつけしてある。フラスチックのインデックス・カードを調べていた。その カ 1 ドに〈アキュムレータ 1 の位置〉というタイトルがついている くわえる。「さあ、こちらへ来い。早くしろ ! 」 ボクシーとスリックは言われたとおりにした。ボクシーは入口をのがスリックの目に入った。二人が腰を下ろすと、立っているやっ 通りぬけるとき、そこに一〇センチほどの間隔をおいて小さなこぶが真赤に輝いている小さなこぶのあるドアを通「て、狭い仕切り部 が二つ縦に並んで光っているのに気がついた。彼は、それがボディ屋から捕獲された車のほうへ足音をたてて出ていった。 「その穴をのそくんだ、目は開けたままで。十字印が見えるだろ ・チェックをするための装置であることを知っていた。 彼らが入っていったところは明るい小部屋で、そこには機能的なう、それを見つめるんだ」 ボクシ 1 とスリックは言われたとおりにした。警官がボタンを押 金属製のデスクや床に固定されているスッ 1 ル、一種の〈プラック ・ポックス〉である電子装置があり、法の番人が二人いた。そいっすのがわかった。それは網膜身元確認機であったからだ。 らは、まるで同じ機械から生産されたみたいによく似ていて、勤勉「よし、終わった」といって、警官は台の上で光学装置をぐるっと で、てきばきことが運べる人間を絵に描いたような連中だった。天一回転させると、機械をそれそれ隔壁のく・ほみに収めた。 色の制服と・フルーの革靴、縁に三本筋がはいった白いへルメットを「どこへ行くつもりだったんだ ? 」彼が訊ねた。 5
すがね、奥さん、この娘にはめいつばい気をつけて、行儀のいし ま、とつつあんは老女がこちらをのそいている地下室のドアの方に 信心深い、従順な娘に育てやしたよ」 向かって、足を引きすっていった。 ペイリ ーが話しているあいだ、ドロシーはトラックの反対側に駆地下室のドアから四歩離れたところで、ペイリーはもう一度立ち けこみ、ロを手で押さえ、笑いを噛み殺そうと必死の努力をしなけどまった。家の角の向こうから、小さな黒いス。 ( ニエルが走りよっ ればならなかった。ようやくドロシ ーがコントロールできるようにてきて、騒々しく吠えたてはじめた。 なったとき、老女はペイリーに、本の箱がある場所を見せようと言 ペイリ ーはひょいとくびをかしげ、両方の目の玉を寄せると、わ っていた。そして老女は足を引きすりながら、ポーチにもどりはじざとくしやみをした。 めた。 スパニエルはきゃんきゃん鳴きながら、来た方に逃げもどってい しかしペイリ ーは、老女のあとから庭に入っていくことはせず、 った。ペイリーは暗くひんやりした地下室に通じる階段を、降りて 裏庭と路地とを隔てているフェンスの側で足をとめた。そしてくる いった。階段を降りながら、ぶつぶっと言った。「あれでくそ犬ど りとふりむくと、ドロシーにひどく困惑した目を向けた。 もに邪悪な呪いがかかる」 「どうしたの ? 」ドロシーは訊いた。「な・せそんなに汗をかいてい トラックに本を全部積みこなと、ペイリーはもう一度ホン・フルグ るの ? それに震えているじゃない。顔もまっ青よ」 帽をぬぎ、おじぎをした。 「わけを話したら笑われるだろうし、わしは笑われるのは好かん」 「奥さん、こんなすばらしい宝物を譲っていただいて、うまく一一一口え 「話して。笑わないから」 ねえまでも、わしも娘も心の底からありがたく思っとります。それ ペイリー は目を閉じ、ぶつぶつ言いはじめた。「気にすんな、気から、またもしご不用の物があり、それを運び出すのに強い背中と 持の問題だ。気にすんな、おまえはだいじようぶだ」目を開き、水決断力とがおありなさらねえときには : : どうか、思い出してやっ から出てきた犬のように、ぶるっと体を震わせた。 てくだせえ。毎週月曜日と金曜日、お日さんが空の四分の三あたり 「やれるさ。わしにや度胸があるんだ。本ってえやつは充分なビー にくる頃、この路地をわしらが通るってえことを。もっとも、雨降 ル代になる。地獄に行って本を取ってこなきや、金は手に入らねえりの日は別でさあ。雨が降っていれば、それは天空の長老が、ばか んだ。天空の長老よ、わしにヤギの度胸と、パレスチナの豚肉商人なわしら死すべき運命の者を哀れんで、ビールを飲みながら泣いて の図太さを与えたまえ。このとつつあんは臆病者じゃねえ。にせもおるんです」 ペイリー の衆に呪いをかけられてるだけだ。さあ行こう。行くそ、行くんだ は帽子をかぶった。二人はトラックに乗り、がたがたと 走りだした。見こみのありそうなゴミの山のところで、何度かトラ 深い息をひとっ吸いながら、とつつあんはフェンスの出入り口に ソクをとめると、ペイリーはもう荷台がい つ。よいだと一一『ロった。ペイ 足を踏みこんだ。くびをうなだれ、足もとの芝生に目を落としたまリーはお祭り気分だった。マイクの店の裏にトラックをとめ、何ク 4 4
こ 0 「爆発してみんな死んじまわないように、ようく見張っといた方が 「コッコッとうるさくがなるな、おい・ほれメンドリめ。わしはとっ しいよ」ガミイはくすくす笑っている。 「帽子を手に入れて、これでどうするつもりなの ? 」ディーナが訊 くり考えるんだ」 次の日、。ヘイリーとつつあんは二日酔いにもかかわらず、上機嫌 「わからねえ。腰を落ち着けてビールを飲みながら、とっくり考え だった。西の丘に行く途中、ずっとしゃべりづめだったし、一度な てみるさ」 どはトラックをとめ、大通りを歩いて行ったり来たりして、恐れて いきなりディーナがかん高い声で笑いだした。 はいないことをドロシーに見せたりもした。 「あーあ、あんたときたら、五万年ものあいだその帽子のことを考世界を手玉に取ることもできると自慢しながら、とつつあんは路 えつづけてきたくせに、いざ手に入ったとなると、どうしていいカ地にトラックを乗り入れ、大きいがどこかうらぶれた邸の裏でトラ わからないときた ! あんたがどうするか、あたしが言ってやるツクをとめた。ドロシーは不思議そうにとつつあんを見た。とつつ どでかいことを考えだすに決まってる ! 世界を征服し、にあんは裏庭のひとすみで、ジャングルのように生い茂っている植え せもの衆を全滅させる ! あんたはばかだよ ! たとえあんたの話こみを指さした。 が狂人のたわごとじゃないにしても、どっちみち、手遅れなのよー 「ウサギ一匹、入りこめそうもないみてえに見えるだろ、え ? け あんたはひとり・ほっちじゃないの ! 最後のひとりじゃないのー ど、ペイリーとつつあんは、ウサギが知らねえことを知っとるん 一対何十億だよ ! 心配することはないわ、世界よ。この・ハタ屋の だ。ついてきな」 ラムセス、路地裏のアレキサンダー、ゴミ捨て場のジュリアス・シ 帽子の入ったかごをぶらさげ、植えこみに近づくと、四つんばい 】ザーは、世界を征服する気はないんだから ! そりやもちろん、 ( 片手しかないから、三つんばいというべきか ) になり、ごくごく 帽子をかぶり、進撃していくでしようよ。でも、なにをするため狭い通路を少しずつ進みはじめた。ドロシーがもつれあった茂み を、けげんな目で見ていると、茂みの奥からしやがれた声に呼ばれ こ 0 テレビにレスラーとして出るために。そういうことよ ! それが このまぬけの野心の絶頂なのよ。隻腕のネアンデルール人、恐怖の 「こわいのかね ? それとも尻がでかすぎて通りぬけられんのかね 猿人と売り出されるのがね。それが五万年の野心の絶頂さ。アハ 「ためしてみるわ」ドロシーは明かるい声で答えた。腹ばいになっ ドロシーとガミイはとつつあんがディーナをなぐりつけると思て進んでいくと、すぐに、いきなり小さな空き地に出た。ペイリ】 7 、、はらはらしながら見守っていた。ところがとつつあんは鳥かごは立ちあがっている。足もとに鳥かごを置き、手に持った赤い・ハラ 5 から帽子を取り出すと、頭にのつけ、ビ】ルを手にテー・フルについ をみつめていた。
「今朝、パズル工場から人が来たよ」ガミイが言った。「あんたが「とつつあんを州病院にもどそうっての ? 」ディーナはせきこむよ 魚釣りに行って留守のあいだに」 うに訊いた。 ガミイの手から網の端切れが落ちた。錆びついた網戸の穴をふさ 壁に掛けてあるひび割れた等身大の鏡に向かっていたガミイは、 ぐため、びもを通してくくりつけようとしていた端切れだ。泥んこ につと笑い、二本の歯をむきだした。黄褐色のちちれた髪は短く切 の中をころげまわる・フタのように、、 ふうぶううなり、かがみこんでってある。高く突きでた眉の骨の下の、く・ほみの奥深くにある小さ 落ちたものを拾いあげる。体を起こしながら、彼女はなきだしの肩な青い目。鼻はやたらに長く、やたらに横広く、鼻先はまん丸で充 . り・し J ここ、こ 0 血している。あるべきはずのところに、あごがない。生まれつきの 「やな蚊だね ! 表にや百万匹はいるにちがいない。・ コミ焼き場か猫背のせいで、くびが前に突き出ている。身に着けているのは、む くんだ膝までの丈の、かっては白だった汚ないスリツ。フ一枚きり。 ら逃げてきてさ」 「パズル工場だって ? 」ディーナが訊き返した。そして、薄切りのガミイが笑うと、ふくれた腹の上にのつかっている巨大な乳房が、 ジャガイモや「半マイル先のイリノイ川で獲れたスズキやナマズを発酵したクリームのポールのように揺れる。ガミイの表情から見 揚げていた手をやすめ、灯油の燃えるつぶれたストー。フから離れて、こわれた鏡に映っているおのが姿に、不満をもっているわけで こ 0 はないことは明らかだ。 「そうさ ! 」ガミイはとげとげしい声で答えた。「とつつあんが言 ガミイはふたたび笑った。「いんや、とつつあんを引っぱってく ってただろ。フウテン病院、脳病院のことさ。・ハズル工場から来た ために来たんじゃないよ。エルキンズは連れの娘っ子を紹介したか 男は、ええっと、そうそう、ジョン・エルキンズって名前だった。 ちっこい・フルネットで、でつかい茶色の目 っただけさ。かわいい、 去年、とつつあんを連れてって閉じこめ、いろんな検査をしたやっ ぶあついメガネをかけてた。大学生みたいだと思ったら、やっ だよ。ひげなんかはやしたガリガリのちっこい男でさ。絶対にひと ばりそうだとさ。学士さまなんだって。性医学とかの : : : 」 の顔をまっすぐ見ないで、シャツをかじってるスカンクみたいに、 「心理学でしょ ? 」 にたにた笑ってただろ。とつつあんの帽子を取りあげて、とつつあ「社交学だったか : ・ : ・」 んがおとなしくすると約東するまで、返そうとしなかった、あの野「社会学 ? 」 郎さ。もう思い出しただろ ? 」 「うーん、そうかもしれない。とにかく、その四つ目の娘っ子は財 背の高い、やせた体に白いテリ 1 クロス地の・ハスロー・フをまとっ団のために研究をしてるんだって。そいで、とつつあんを車にのつ ただけのディーナは、槍に突きさしたびつくり顔の生首そっくりだけて、とつつあんがどんなふうにゴミを集めるかとか、どんな路地 った。頬からくびにかけて、紫色の大きなアザがあるのだが、顔色を歩きまわるのかとか、どんな、ええっと、どんな習性があるのか が青ざめてきたために、それがよけいきわだって見える。 を調べるんだとさ。それから、どんなふうに育ったか : : : 」 っ 1