ビルス す。どうです、博士。そうすべきじゃないんですか ? 」 吐き捨てるように言いながらも、は、まんざらでもなさそ 「ほう : : : 手を組む、だと ? ふん : : : それだけ虫のいい提案をすうな表情で、ローヴァー・ eo とアイリーン・の二人を一一度三 るからには、余程の覚悟が必要なはすだ。で、その、おまえさんの度と見比べた。 言う″我々″とは、誰と誰のことなんだ、え ? そこにいる女狐そして、ぐいと顎を引き、言った。 も、″我々″の一人に入っているのかね ? 」 「しかし、どうなんだ、え ? アイリーン、おまえは、儂と組む気 「もちろんです。彼女には、全ての記録を提供してもらう。そし があるのか ? 」 て、博士からは、知恵と知識を貸してもらう : : : 」 「もちろんーーー」 「記録 ? そんなもの、今、ここで取り上げてしまえば済むだろう銀髪を揺らし、彼女はうなすいた。 「異存はなしよ。とにかく、最悪の事態が、もしかすると最良の結 「いえ、取り上げたら、いつまた取り返されないとも限らない。お果を生んでくれたのかもしれなくてよ」 分かりでしよう。そんなことの繰り返しに神経を磨り減らすくらい 「ふん ! 」 ビルス ならーーー」 はしかし、まだ構えた銃を下ろそうとしない。 「取り返させない方法は、し 、くらでもある。中でも一番簡単で確実そして、横目でルー・風をじろりと一瞥してから、ローヴァ 1 なやり方を、儂は知っているそ」 CO に話しかけた。 ビルス は、玩具を弄ぶ子供そっくりの仕草で、マグナム拳銃を突 「問題は、この若僧た。しつかりと口止めできるならいいが、もし き出してみせた。 心配なら、考えた方がいい : 「いえ、しかし : : : それでは、わたしだって、いくらなんでも、博ルー・風は、またも緊張した。 ビルス 士に協力できませんよ。そうでしよう。用が足りたら、始末される の言う″考えるとは、一体、何をどう″考えることな んじゃないかと、いつもびくびくしてなくちゃならない。逆に、そのか れならいっそ、こっちが先に : : : ということにも : : : 」 床にへばりついたままのルー・風は、本能的に、目で逃げ道を探 「なんてこったーーー」 そうとした。 ビルス が、大袈裟に肩をすくめた。 その時ーー 「銃を突きつけられていながら、儂を脅す気でいるんだ」 「ちょっと、待って。何を考えるっていうの ? 彼ももちろん、 「そうじゃありませんよ、博士。手を組むには、ます、疑心暗鬼をつしょに連れていくのよ」 解かなくてはならないと言ってるんです」 アイリーン・だった。 「ふん ! もっともらしいことを : ・ : こ 「なに ? いや、駄目だ」 ビルス ミーラー・ \--a が、言下に決めつけ
もう一人は、怒りよりも、むしろ不安の表情で、アイリーン・言葉を継いだ。 ・・・・ : ミーラー・は、それで、本当に、頭が 「あるいは、そう を見つめる。 : それとも、ただ、狂っているのは、その 「その内に : ・ : ・何もかも教えてあげられると思うわ。でも、今は駄狂ったのかもしれない : ピルス 行動だけかも : : : 分からないわ。とにかく、あたしは、それを確か 目。しばらくは、あたしたちゃ、に構わないでちょうだい。 、いいわね ? 余計な干渉は、一切、お断 めてくるつもり。だから いいこと ? お願いだから、手出ししないでーーー」 りよ」 「それは : : : 」 ピルス それから、さっきの話 : : : の研究室には、本言って、彼女は、背後で待っルー・風と t0 の方を振り返った。 「とにかく : : : そう、まず、部屋を用意してもらいましようよ。あ 当に、誰も近付いたりしていないんでしようね ? 」 「近付くもんですか ! 」 たしたちと、それに、こちらのローヴァー・ c--bO 少佐の部屋をー 一人が、吐き捨てるように、答えた。 「大体、セクション〈〉は、危険なんです。火山脈の影響で、岩″あたしたち″と言って、彼女は、ルー・風の腕をとった。 盤に亀裂ができて、少しずつずれはじめているんです。いっ崩れだ かたわらの (-50 が、露骨に頬を歪めたのが見えた。 すか、分かったもんじゃない : しかしルー・風は、ただ口をつぐんでいるしかなかった。 「それだけじゃないだろう ? 」 彼には、未だ、何ひとっ理解できてはいなかった。 もう一人が、ちょっと茶化すような口調で、付け加えた。 いや、いきなり投げ込まれ 状況も・ : : ・背景も・ : : ・人間関係も : ・ 「あそこ、〈〉には、幽霊が出るっていう噂がありましてね。そたこの世界そのものが、まるで分かってはいなかったのだ。 れで、誰も近寄ろうとしないんですよ」 今は、ただ : : : どう思われようと、言われるままに従うしかなか っこ 0 「幽霊 ? 」 アイリーン・が、眉を寄せた。 が、それにしても : : : 彼女は、一体、ルー・風をどこへ、どこま 「そうなんです。それも、ただの幽霊じゃない。何か、こう、得体で、連れていこうとしているのか : : : それが、不安だった。 の知れない化物が、岩の亀裂の間から、這い出してくることもある彼女は、ルー・風にとって、本当に保護者なのか ピルス らしくて : ーラー・ i•-ä博士が、あんなになってしまったの もしかしたらル 1 ・風は、彼女に取り憑かれたのではないのかー オしか、と : : : そう言ってる人たちもいる も、その化物のせいじゃよ、 そして吸いつくされ、放り出されるのではないか くらいなんですよ」 分からない : : : 何も・・ 「 : : : あるいは」 ール ・ : そして、案内された部屋には、確かにペッドがふたっ、並ん 何か言いかけ、ちょっと口をつぐんでから、アイリーン・ A は 25
なり声が、もう一度響きわたった。「一言っとくがな、ディーナ、よっこくはなくて、。 ( ンのかたまりみてえだから」 うく言っとくが、とつつあんを笑いものにするな、とつつあんを笑「化石になったパンよ ! 」ディーナはあざ笑った。「中の中まで、 いものにするんじゃねえそ。もう一回、これで三度言っとくが、と岩みたいに固い」 つつあんを笑いものにするな ! 」 ペイリーは吠えるように話をつづけた。「わしの筋肉をつまめる ペイリーのとほうもなく低い声は、だんだん高くなり、怒りの絶だけの力があるなら、わしのくびの骨にさわってみろ ! 前に曲が っちゃいるがーーー」 叫となった。 「あーあ、あたしはあんたがサルだと知ってるわ。あんたは頭の上 「おめえの脳ミソはいったいどうなってんだ ? わしが次から次に にあるものが、鳥なのか、雨のしすくなのかを見るために、あおむ 証拠を見せてやってるというのに、おめえはまるつきりのポンクラ みてえにそこにでんとふつつわってるだけだ。まるで、ばかなメン いたりはできないのよ。そんなことしたら、くびの骨が折れちゃう ドリだな。カんで卵を温めたあげく、みんなこわしちまってるのんですもんね」 に、てめえがめちやめちゃの巣にすわってるのを絶対に認めようと「サルだと ! わしはほんものの人間だ ! わしの踵の骨にさわっ ヘイリーとつつあんは、自分がほてみろ ! おめえのと似てるか ? とんでもねえ ! 造りがちがう せん。わしは、このペイリーは、。 のよ。足全体がそうなんだ ! 」 んもの衆だってことを証明できるんだ」 「それだから、あんたもガミイも、あんたたちのガキどもも、みん いきなり、ペイリーはテープルの向かい側のディーナに向かっ なチンパンジーみたいな歩きかたをするのね」 て、脚を突きだした。 「わしの腕にある二本の骨にさわってみろ ! おめえらにせもの衆「笑え、笑え、笑うがいい の骨とはちがって、まっすぐでもなければ、細っこくもねえ。旗竿「笑って、笑って、笑ってやるわ。あんたたちは奇形だから、子宮 ぐらいもあるし、二本が両側にたわんでるところなんざ、ゴミ缶のの中で骨全部が変になった化物だから、ネアンデルタールの子孫だ 上で二ひきの雄ネコが、魚の頭を狙っていがみあってるようなもんというとほうもない神話をでっちあげてるから : : : 」 ドロシ ・シンガーはつぶやいた。壁がく だ。そんなふうに曲がってるからこそ、にせもの連中よりずっと太「ネアンデルタール ! 」 るくる回り、リンポ界のどこかにいるように、薄明かりの中でねし い筋肉を、しつかりつなぎとめておける。ほれ、さわってみるがい れ、影のように見える。 それから、この目の上のでつばりを見ろ。おッムのいい連中がか「 : : : 王の失われた帽子とかいうくだらない話とか」ディーナはな けてるだろう、貝縁のめがねの上がこんなふうになってる。そこのおも言いつのっている。「もしその帽子をみつけたら、あんたた 娘っこの学生がかけてるめがねもそうだがな。 ち、いわゆるネアンデルタール人を、ゴミの山や路地に縛りつけて 7 それと、わしの頭にさわってみるがいい。おめえたちみてえに丸いる呪いを破ることができるなんて : : : そんな話、うそっぱちだ
だろう。だがな、あんたがほんの一分間、わしの臭いをかぐことと っとる。わしらは秘密結社を作り、王の名を絶やさぬこと、たとえ 永遠の時がかかろうとも帽子を探しつづけることを誓った。もはやだ、わしが一生涯、鼻先に世界じゅうのくさいゴミを突きつけられ ているのとを比べてみな。しかも、腹の中には、ロが裂けてもいえ 永遠とも思える時が過ぎてしもうた。長い長い時間が。 、つ。よ、つまってる。さあ、あんたなら、なん だが、たとえわしらが掘っ立て小屋に住み、大通りから閉め出さないようなことが、しをし れ、路地から路地へゴミの山を求めてうろっきまわるよう運命づけて言う、え ? 」 ドロシーは冷静に言った。「手を放してください」 られたとしても、わしらは絶対に希望は捨てないんだ。時がたつう ちに、落ちこぼれのグ " ャガたちが、わしらといっしょに暮らすよ「いいとも。べつにどうこうしようって気はなかったんだ。夢中に なっちまって、自分の社会的立場ってやつを忘れてしもうたんだ うになった。そして、わしらとのあいだに子供が生まれた。まもな よ」 く、わしらの仲間たちは、下層階級のグ日ャガの血の流れの中に、 ドロシーは心をこめて言った。「あな 「ねえ、聞いてちょうだい」 姿を消していってしもうた。だが、つねに、純血を保とうとする。へ たの、いわゆる社会的立場ということとは、なんの関係もないの ィリー一族もいたんだ。それ以上のことは、だれだってできんじゃ よ。わたしはただ、他人になれなれしく体に触れられるのを許さな ろう ? 」 ペイリーはぎらぎら光る目で、ドロシーをみつめた。「あんた、」いだけ。ばかばかしくビクトリア朝風かもしれないけれど、わたし は単なる官能はほしくないの。愛がほしいのよ。そしてーーこ どう思うね ? 」 「オーケ】 ししたいことはわかる」 ドロシーはおずおずと答えた。「ええ、あの、わたし、そんな ドロシーは立ちあがった。「わたしのアパートはここからほんの 話、これまでに聞いたことがなかったわ」 「なんてえこった ! 」とつつあんは荒々しくどなった。「わしはひ一・フロックのところだわ。歩いて帰ることにします。お酒のせいで とときの夢よりも長い歴史を、五万年以上にわたる歴史を、はるか頭が痛いの」 はうなった。「酒のせいで、わしのせいじゃねえ 昔に失われた種族の秘密を話してやったんだぞ。なのに、おまえさ「ああ」ペイリー ってんだね ? 」 んの返事ときたら、そんな話、これまでに聞いたことがなかった ドロシーはたじろぎもせずべィリーをみつめた。「もう帰るけ わ、というだけか」 ペイリーはドロシーの方に身をのりだし、大きな手でドロシーのど、明日の朝、会いましようね。これであなたの質問の答えになる かしら ? 」 太ももを押さえた。 「逃げるんじゃねえ ! 」と、きつい声で言った。「そっぽを向いて「オーケー」とつつあんはぶつぶつ言った。「また明日。もしかし もいけねえ。そりや、わしはくさい。あんたのお上品な鼻にはたまたらな」 ドロシーは急ぎ足で歩き去った。一 らんだろうし、神経のいきとどいた小さな胃はでんぐりがえりそう 7 4
りぬけながら、汗をかき、悪態をつき、例のナンセンスな歌をうた だい、あんた、路地から路地へ移るとき、大通りを渡るだけで冷洋 リラックスした。 をかかねえかい ? 」 、無事に西の丘の路地にたどりついたあとは、 ペイリーはドロシーの膝に手を置いた。ドロシーはその手に目を 新聞紙と・ほろ布が山と積んであるのをみつけたのも、一助となった が一本しかない手をドロ やったが、なにも言わなかった。ペイリー のかもしれない。 「仕事にきたんだから、あんた、なまけちゃいかんよ。せっせとやシーの膝に置いているあいだ、トラックは路地のわたちに沿って、 るんだ、ドロシー 眉まで汗になる頃にや、ビールのおあしが稼ガタガタと走っていた。 え、そういうふうに思ったことはないわ」 げるそい ! 」 、 ? まあな、あんた、・ カキの頃、大通りを避けなきゃな 荷物をトラックに積みこんでしまうと、ふたりは出発した。ペイ「そうかし リーは言った。「こういう苦労のない暮らしってのを、どう思う ? らんほど醜かったわけじゃねえしな。けど、わしの方は路地にいた いいだろ、え ? あんた、路地裏が気に入ったろ、え ? 」 って幸せだったとは言えん。なんせ犬めがうろついとるからな。い ドロシーはうなずいた。「子供の頃、わたしは大通りよりも路地つだって、犬どもに吠えっかれ、噛みつかれたもんだ。わしはいっ の方が好きだったわ。いまだに路地は、最初の魔力を残してるわも太い杖を持ち歩き、畜生どもをぶんなぐってやった。だが、その ね。路地で遊ぶのはもっと楽しかった。すてきだったし、気持が落うちに、独特の目つきでにらみさえすりや、それでいいんだという ち着いた。木々や茂みや柵がこっちに近々と寄りそってきて、ときことがわかった。へ、へ、へ、昨日の黒いおい・ほれス。ハニエルみて どき、まるで手があるみたいに触れてきたり、前にも会ったことがえに、みんな、キャンキャン鳴きながら逃げてっちまうのさ。な・せ あるかどうか確かめようと、顔にさわりたがったものよ。こっちは か ? わしが凶暴な力を発散させるのを、やつらが感じとるからだ 路地や路地のいろいろなものと、秘密をわかちもってるような気がろうな。そんときから、わしは自分が人間じゃねえと思い知るよう してた。でも、大通りは、そう、大通りときたらいつも同じ。車にになった。もちろん、わしがしゃべれるようになってから、わしの ひかれないように気をつけていなければならないし、家の窓には顔とつつあんにそう教えられていたんだが。 や目がしし℃ 、つ。よ、あって、こっちのしていることに鼻をつつこんでく 大きくなるにつれて、毎日、グⅡャガの呪いがだんだん強くなる る。そういうものを、目や鼻といえるのならの話だけど」 のを感じるようになった。大通りでますます嫌な目で見られるよう とつつあんはわーおと喜びの声をあげ、力いつばい自分の膝をた になった。路地に逃げこんだとき、わしは心から、ここがわしの場 こ、た。ドロシーの膝だったら、骨が折れていただろう。 所だと思ったよ。そしてついに、大通りを突っ切るときにや、手に 「あんらはペイリー一族のものにちがいねえ ! わしらもそんなふ汗をかき、足が冷たくなり、ロがからからに渇き、呼吸がしにくく うに感じるんだ ! わしらは大通りをうろっくのは許されちゃいねなる日がきた。それはわしが一人前のペイリーになり、胸毛が増え え。だもんで、わしらの路地を小さな王国に作りあげたのよ。どうるように、グ日ャガの呪いの力が増したためだ」
ったまんまのペイリー王の帽子をみつけさせてくれるなら、手を貸見える。長く、横広い鼻に、広がった鼻孔。くちびるは薄いが、上 してくれるなら、・ 〈ィリーとつつあんは、にせもの衆の処女の生血下の歯が出ているために、突き出ている。あごがなく、頭と肩のあ 3 をこの大地にばらまいてやるぞ。あんたはその赤い敷物に横たわるいだにくびがないため、頭と肩とがじかにつながっている。少なく か、新しい赤いドレスとしてまとうがいし 。そしたら、もうおまえとも、そう見える。はだけたシャツの胸もとから、赤錆び色のコル さんは、わしにむかってそのうるわしく輝く鼻をしかめたり、銀のクスクリューの森のような毛が、はみだしている。 唾を吐きかけたりすることもあるまい。わしは約東する。いい方の とつつあんはほっそりした若い娘を肩にかつぎ、さんごの枝のよ 腕でにせもの衆の娘を、処女を抱き、いかに粗末とはいえ、わが家うなごっごっした大きな手で娘の体を支えていた。 に連れてきた : : : 」 とつつあんは膝を曲げる奇妙な歩きかたで、底の厚い技師用のプ 「あれは狂ってるね」ガミイがささやいた。 ーツの側面を減らすようにして、よろよろと家の中に入ってきた。 「どうしよう、とつつあんたら娘を連れてきてるよ ! 」ディーナがそしてふいに立ちどまり、勢いよく鼻を鳴らすと、噛みつくにはう ってつけの、厚みのある黄色い歯をむきだしてにやっと笑った。 言った。「娘を ! 」 「ふーむ、いい匂いじゃねえか。古いゴミのやな臭いも消されちま 「あの学士さまじゃないだろうね ? 」 うな。ガミイ、わしが丘の上の天の山ん中でめつけた香水を、あび 「ばかおやじ、リンチをくいたいっていうのかしら ? 」 るほどっけてんだろ ? 」 とつつあんが外でどなった。「やい、こら、おまえたち、重い尻 ガミイはしのび笑いをもらし、はにかんだ。 をあげてドアを開けろ。でないと蹴破っちまうそ ! とつつあんの ディーナがきびしい声で言った。「ばかなまねはおよしなさい、 お帰りだ ! 手にはおあし、腕には眠れる仔羊、腹にはビール、と きてらあ。征服者のように出迎え、ふさわしいサービスをしろってガミイ。とつつあんは娘を連れてきたのを忘れてもらおうと、あん たにおべつかをつかってるのよ」 んだ ! 」 ・ヘイリーとつつあんはしやがれ声で笑い、いびきをかいている娘 急に金縛りがとけたように、ディーナはドアを開けた。 外の暗がりから明かりの中に、人間というよりは木の幹に生命がを軍用簡易ペッドにおろした。娘のスカートが腰のあたりまでまく れた。ガミイはけらげら笑ったが、ディーナは急いでスカートをお かよっているような、ずんぐりしたものがのろのろと入ってきた。 それは足をとめ、大きな黒いホン・フルグ帽の下で、ものうげに目をろしてやり、貝縁のぶあついめがねをはずしてやった。 またたかせた。帽子はひどく大きいが、格別に長し 、、パンのかたま「まったくもう」ディーナは言った。「いったいどうしたっていう りに似た頭蓋の形を隠しきれずにいる。異様に狭い額だ。目の上にの ? この娘をどうする気 ? 」 アーチ形の骨が突き出ている。サルオガセモドキのように垂れさが「べつに」とつつあんはうなり、突然ふきげんになった。 った眉のせいで、小さな青い目がひそんでいる眼窩が洞穴のように とつつあんは冷蔵庫からビールの一クオートびんを取り出し、古 おとめ けっ
る。だからゴミ捨て場や、曲がり目近辺のおんぼろ家をあてにしてと、もうめろめろさ。みんな、わしの毛深い太い足元にひれふすこ 生きとる盗つ人が、こいつの部品を盗もうとでもしたら、こいつはとになる。わしらペイリーの男たちと、グ日ャガの女たちとのあい 4 ・こよ、、 警笛を鳴らし、・ハックファイアし、四方に。ヒストン・ロッドやオイナ 冫しつもそんなもんだ。だからこそ、グ日ャガの男たちはわし ルをぶちまけ、こいつの主であるこのとつつあんが目をさまし、盗らを恐れるし、わしらも厄介な目にあうんだ」 つ人のシャツを引っぺがしてぶんなぐるようにしむけるだろう。け ドロシーはなにも言わなかった。トラックがゴミ捨て場を離れ、 ど、そうじゃねえかもしれねえ。こいつは女だ。そして女ってえや国道号線に入ったとたん、ペイリーも口をきかなくなった。でき つは、信用できねえもんだ」 るだけ目立たないようにしようと、自分の殻にとじこもってしまっ とつつあんはトラックのラジェーターに、ビールを最後の一滴またようだ。トラックが掘っ立て小屋から市の境界に入る三分間とい で注ぎこむと、トラックにわめいた。「やい、こら ! わざと引っうもの、ペイリーは青い作業用シャツで、汗ばんだてのひらをぬぐ いつづけていた。 くり返ったりするなよ。わしの大事なビールをおめえが横取りしち まったんだからな ! ・ハックファイアなんかしやがったら、とつつ しかし、緊張を解くために悪態をつこうとはしなかった。そのか あんが大ハンマーで、べっちゃんこにしてやるからな ! わり、ナンセンス詩のようなものを、口ずさんでいた。 ドロシーは目を丸くしていたが、なにも言わず、破れたフロント いい子だから ・モー。長老さん、 トの、とつつあんの隣にすわった。キーをさしこんで回す行かせてくんな。フーラ・ゾーラ・ティ 1 ニイ・ウィーニイ、やっ と、エンジンが・フル・フル動きだした。 らをぶっとばせ。くそたれどもの先を読んで、けむにまいて、守っ 「動かねえと、もうビールをやらねえそ ! 」ペイリーとつつあんがておくれ。・ほや・ほやすんな。くいとめろ、せきとめろ、そら、ゴ どなる。 ・フルン、ンユーシュー、・フル・フル、・ カタンガタンガタン。ギアを オナ・ハック市内を一マイルも走り、幻号線から離れ、路地に入り 入れる音。とつつあんは勝ち誇り、たけだけしく歯をなきだす。でこむと、ようやくべィリーは緊張を解いた。 こ・ほこのわだちのできた道を、トラックはガタガタと走りだした。 「ふう ! 拷問だよ、まったく。十七の年から、ずっとこうだ。今 「とつつあんは女のあっかいなら、ようく知っとる。肉だろうが・フ日はいつもよりひどかった。たぶん、あんたがいっしょだからだ リキだろうが、二本足だろうが、四本足だろうが、車輪だろうがろ。グ日ャガの男たちは、わしがグ日ャガの女といるのを見るのを な。女どもが言うことを聞かないときは、わしはビールの汗を流し いやがるんだ。特に、あんたみたいにかわいい娘っこだとな」 てしやかりきにがんばり、排気管を蹴っとばすぞとおどすわけだ。 ふいにとつつあんはにやりと笑い、大声をはりあげてうたいだし 結局、それですむがね。わしはひどく醜いから、女どもは気分が悪た。『どんな・ ( ラよりもうるわしいスミレ』で、体じゅうがおおわ くなる。だが、いったん、この世ならぬわしの臭いになれてしまうれているという歌だ。ペイリーは次から次に歌をうたい、そのうち
っ・まっこ。 「やさしいともさ。あんたを傷つける気はない。それほどには、 「お願いよ」ドロシ 1 はつぶやいた。「お願いだから、やめて。あね。そう、石っころみたいに、体を堅くしちゃだめだ。そう、・ハタ なたが本当はどんなにすてきなことができるか、見せてくれたあと ーみたいにやわらかく。無理じいじゃないよ、ドロシー、それは忘 で、こんなことはやめて」 れんでくれ。あんたが望んでるんだ、そうだろ ? 「痛くしないで」ドロシーはささやいた。「あなた、強いわ、あ 「どういう意味だね ? 」ペイリーはまわした手の力をゆるめない。 「この・ハラのようにきれいですばらしいものとして、あんたをあつあ、すごく強い」 冫いかんのかね ? あんたが本当にわしの気持がわか かいたいのこ、 ドロシーはペイリー家に顔を出さなかった。三日目の るんなら、あんたは心で思っていることを体で語りたいはずだ。花二日間、 が太陽に向かって開くみてえに」 朝、勇気をあおるために、ドロシーは朝食前に・ 0 をダ・フルで二 ドロシーはくびを横に振った。「い℃ 、え。無理だわ。お願いよ。杯、飲んだ。ゴミ捨て場まで車を走らせると、ふたりの女にぐあい わたし、イエスと言えないから、こわいの。でも、できない。わた がよくなかったのだと言った。しかし、研究もほとんど終わりにさ し、あなたと、とってもちがうーーー」 しかかり、上司が報告を望んでいるので、完成させるために来たの 「そう、わしとあんたはちがう。ちがう道を歩いていて、角を曲が ったらーーーどん ! わしらはぶつかった。そして、どちらも倒れな べィリーとつつあんはドロシーを見ても笑顔も見せず、ことばも いよう、たがいの体に腕をまわして支えあったんだ」 ドロシーが自分を見ていると思ったときに かけなかった。だが、 ペイリー が引き寄せたので、ドロシーの顔は男の胸に押しつけらは、目のすみでドロシーをみつめていた。そして、鳥かごに入れた れるかたちになった。 例の帽子を傍に置いているくせに、大通りを渡るときは、以前と同 「ほら ! 」ペイリーはがらがら声で叫んだ。「こんなふうにな。さじように冷汗をかき、震えていた。ドロシーはまっすぐ前を向いた あ、大きく息をついて。顔をそむけちゃなんねえ。においをかぐんまま、ペイリーがロ数少なく話しかけても、返事をしなかった。や だ。わしにびったりくつつくんだ。にかわでくつついて、なにもの がて。ヘイリーはぶつぶっと悪態をつきながら、いつもの仕事をとう にも引き離せないというように。深く息を吸うんだ。木々が花を囲とう放棄し、秘密の庭の方にトラックを走らせた。 うように、わしの腕があんたを囲っている。あんたを傷つけたりは 「ほら、着いた」とペイリーは言った。「エデンの園にアダムとイ せん。わしはあんたに生命を与え、あんたを守る。 いいかね ? 深・フのお帰りだ」 く息を吸うんだよ」 突き出た眉の骨の下から、空をのぞき見る。「急いだ方がいい 9 「お願いだから」ドロシーは泣きそうな声で言った。「痛くしない な。天空の長老はペッドのまちがった側から起きなすったようだ。 5 で。やさしく : : : 」 嵐になるそ」
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残り惜しげな残留思念がのろのろとおちてゆく。 「たぶんあれはあの谷から出られぬらしいな。あの谷をのぼるにつ グインはほっと息をつき、がむしやらによじのぼった。まだ、体れて下へおちていった。考えてみれば、あれらもあわれな生物かも 4 2 じゅうに、見えぬ指でさぐられたぶきみな感触がのこっていたが、 しれん」 いまはそれにかまってはいられなかった。 「あんたはそう云うけどな、グイン、あわやどんな目に会うところ 「おお、グイン」 だったかと思うと、とてもー・ーー」 ほっとしたようにイシュトヴァーンとマリウスが彼を迎えた。 イシュトヴァーンは首を振った。 「くそ、重いのなんのってーーー腕がぬけおちるんじゃねえかと思っ そういうあいだにも、三人はどんどん大股に走って、ヨッンヘイ たぜ。このマリ公ひとりじゃ、自分もひつばられて二人とも谷底ヘムの方向へもどりつつあった。すでにかれらの耳には、戦いの物音 もういっぺんおちるのが関の山だったろうよ」 やときの声がひびきはじめていた。 「何だって いや、そんなこと云ってる場合じゃない。グイン、 「グイン、あそこ ! 」 大丈夫 ? 」 マリウスが叫んで指さす。 「大丈夫だ。すぐ、ヨッンヘイムへもどろう。やつらはヨッンヘイ「煙が ! 」 ムを目指していた。ョッンヘイムが気がかりだ」 「クロウラ 1 の穴のあたりだな」 「クリームヒレド・、、 / カクロウラーのかわりの怪物を地の底からよび 三人は必死に足をはやめた。ようやく見お・ほえのあるクロウラー 出すのに、間にあっていればいいんだけど」 の穴の周囲が見えてきたときだった。 三人は走った。 「わツ」 走りながらイシュトヴァーンがそっとささやく。 叫んで、先頭を走っていたイシュトヴァーンがとびすさり、マリ 「よう、グイン、あの白いのつべら・ほうは一体ーーー何だったんだよウスにぶつかって二人とも雪の上にころんでしまった。 「出た 1 ッ そこに 「わからん。わからんが、しかしおそらく一種の怨霊ではないかと 思う。あれらは、あのようなすがたであることを、恨んでいた、と ローキがぬうとそびえ立っていたー 「グーーグインツ」 てもーーー俺の目やロや手をうらやんでいた。欲しがっていた」 そしてまるで、子供が珍しいおもちやをいじりまわすように、グ イシュトヴァーンとマリウスはグインのうしろに逃げこんだ。黙 インを内側からいじりまわしたのだった。グインはそっとする感覚って、こちらを見おろしている巨人は、赤くもえる細い目をじっと を忘れようと身をふるわせた。マリウスのように感じやすいものだグインにそそいだきり身じろぎもしない。さながら巨大な黒い岩の ったら、あれだけで発狂していたかもしれぬ。 ようだ。