ヒロノリ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年4月号
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1. SFマガジン 1985年4月号

うになったな、と、ヒロノリ・ガムは思いながら、狭い・ハンクの安 「フェリス もう一度呼ぶと、ハジムは両腕で、フェリスのやわらかい肩を引全シ , ーツをはいで、壁際にとりつけた支柱をつかんだ。 こんなにひんばんに鳴るようになっても、 ″非常″チャイムと呼 ンムの背中に回る。 き寄せた。細く白い腕が、 / 、、 べるのだろうか。 ハジムは、フェリスの髪の甘い香りをかぎながら、自分の胸で、 ヒロノリがコントロールの隔壁を飛び抜けると、他の者は既に全 女の胸の二つのふくらみがつぶれるのを感じた。 員そろっていた。 フェリスの手から、絶縁工具がゆるゆると漂い出た。 申しあわせたように、みんなあんぐり口をあけて、船首スクリー あとは、言葉はなかった。 唇と唇をあわせる、かすかなぬれた音が、静かな。フロセス・べイ ンに見入っている。 ただし、例によってリー ・チャンだけは別だ。両手をリラックス にいた。 させて、通信パネルに置き、画像を調整する必要が生じたら、すぐ サラサラという、布地のすれる音がして、フェリスの腕に、カが にとりかかれるようにかまえている。 こもった。 ( ットどよ 船首スクリーンは、倍率百二十五で、軌道前方の様子をうっし出 奇跡的に再会した男女の体は、冷たいマジック・カーへ している。 なれ、静かに宙に浮かんた。 その筈なのだ。 見張りは、再び、かすかな波動をキャッチした。事態は、容易な「誰か教えてくれんかね」 らざる方向に推移している。実体映像システムが、崩壊しはじめて新参者の遠慮深い口調で、ヒロノリは空しく問いかけた。 「わしらは一体、どこを飛んでいるのかな ? 」 いるのだ。 「フォルスタッフ上空、二百七十キロ、だと思いますが、少将」 質量移動ーーーそのせいに違いない。実体映像のひとつが、本来の 重大な局面をむかえると、空軍の伝統を思い出し、陸軍大佐を一 位置から遠くひきはなされたために、システム全体の焦点が乱れて キャ・フテン レンジ・ チャンが答えた。船長はただひとり 階級昇進させる癖のあるリー・ いる。すぐに、システムの到達距離均衡は目茶苦茶になるたろう。 キャ・フテ / でなければならない。他に大佐と呼ばれるべき士官がいれば、彼は 見張りは、飛び続けた。 船上にいる間だけ、一つ上の官級名で呼ばれる。 彼の危機意識は、まだ不充分だった。 「そうは見えん」 最大の危険は、見張りの思いもよらないところにあった。 と、ヒロノリ・ガム軍医少将は抗議した。 チャイムが鳴っこ。 「まったく、そんなふうには見えん」 どうもこのところ、わしらは非常チャイムを待ちかまえているよ液晶スクリーンは、″前方監視″にセットされたままだ。 ウォッチャー 8 8

2. SFマガジン 1985年4月号

こちらコントロール。ガムだ」 子チャイムが知らせてくれる。それより重要なのは、三つの禁止事「ハロー ー、シャルルだ」 項、すなわち、″居眠りをしないこと、座席をはなれないこと、気「ハロ 「どうした、まだ〇一だそ。定時はーーこ 密服を脱がないこと / だ。ブラスティックのヘルメットは、左側の ″ダッシュポード″の上、一秒で手にとり、 かぶることができる位「わかっている」 置にかけてある。 送信スイッチのザッという音を聞きながら、ヒロノリは、シャル ルが人の言葉をさえ切るなんて、めずらしいことたと思った。 気密服はきゅうくつだった。おまけに、マジックテー・フと十字ペ 「何か見つけたのか ? 」 ルトで、椅子にがっちり固定されている。 ヒロノリは欠伸をした。このペイバ ー・ハックは失敗たった。五人「″ポックス″に着いた」 シャルルの声は冷静だったが、パッ クに、スタンとフェリスの興 の登場人物は、何だかわけのわからない理由で、何だかわけのわか らない物を恐がってばかりいて、ちっとも面白くない。連中のやる奮した話し声がかすかに聞こえる。それが、ヒロノリにも伝染し ことと言えば、逃げ回ることだけた。大佐は鼻を鳴らして、ペイバ ックが右手から漂い出るにまかせ、頭上の発光時計をながめ「″求ックス〃 ? あったのか、やはり」 た。青い数字は体感時間、緑色の数字は相対時間で、現在は、同し「あった」 ガムは左手で、船内呼び出しボタンに触れた。リーとソリアに ペ , ースで時をきざんでいる。地球時間は一四三〇ズールー ニッヂ天文台が、今でももとのところに存在しているとすれば、だも、これを聞く権利がある。 が。今度、無線で地球に聞いてみよう、と、ヒロノリは思った。計「で、何なんだ ? 何かわかったか、え ? やはり、異星人の遣跡 画通りに行けば、あとしばらくで、地球の連中は″ゲート ″を再設か何かか ? 」 定することになる。うまくすれば、″ゲート〃はフォルスクッフ付「その、″か何か″のほうだ」 近まで延長され、リアルタイムで交信できる。 シャルルの淡々とした口調は、まるでじらしているようだ。 チャンが。ー 青い数字は、〇一〇七時を示していた。当直交替まで、また二時眠そうな顔をしたソリアと、腕を組んだリー・ 間近く残っている。 時に、コントロールに漂って来た。 ヒロノリ・ガムは、もう一度、欠伸をした。 「言ってくれ」 ソリアとリー・ チャンは、ガムのシートこ新則、 やわらかな音色で、チャイムが鳴った。 ! ーイカらとびついて 0 の和音のアルベジオーー上陸部隊からの連絡だ。 体を支えた。 大佐は、あわてて坐り直した。鈍重な気密手袋で、送、ロ イキイをお「″ポックス″はーーこ ま」、見る。 シャルルは、騒いでいる二人に、静かにしていろと怒鳴ってか 6 5

3. SFマガジン 1985年4月号

ヒロノリ・ガムは首を横に振った。 ちょうど、″ポックス〃のモデル ′ュニコーン″のコビーを 「わしにもわからん、 ったように 大佐の目の奇妙な輝きに、気づいたものは - なかった。ヒロノリ 副遺伝子のメカ = ズムを起動したら、おまえはドロドロと溶けく は、ロに出さずに答えた。 ずれ、人類と似ても似つかぬものに変身するんじゃないか おまえさんが人間じゃないからさ。 さか怪奇映画じみるが、わしはそんな予感がするんだ。 をれは、科学的に導かれた結論ではなかった。とぼしいデータか 「幻覚だったんでしようか ? 」 ら、ガムが直感的に抱いた確信ーー信念に近いものだ。なぜ、自分と、リー ・チャンが小さな声で言った。 がそんな信念を抱くことができたのか、ヒロノリ自身にもわからな 「われわれが見たものは、″もじゃもじゃ″に作り出された、幻た ったんですか ? 」 まるで、彼の脳が、彼の意志に関係なく、自動的に作動し、より「考えられんな」 高度な次元で、データの関連づけを完了したかのようだった。 ノノが、宙をにらんで反論する。 しかし、ヒ。ノリ自身は、その不自然さに、全く気づいていなか「 " ディオゲネス。の機器はすべて、あれの存在を記録している」 「それも、幻覚たとしたらーーーう そう、おまえさんが人間じゃないからさ。 フ = リスのやわらかな声を聞いて、一同は冷たいものが背筋を伝 おまえさんの細胞は、どこか人間と違う。おまえさんの細胞に い下りるのを感じた。幻覚たという可能性を認めたら、すべてが崩 は、ごく小さな核がある。人間の細胞に、存在する筈のないものれ落ちるーー何よりも自分自身が、信じられなくな「てしまう。 だ。その核の中に、おまえさんは妙な巨大分子をかかえこんでい 「そのことは、考えるべきではないと思う」 る。ウイルスに似た″鍵形〃の核酸ーーどんな復製情報を、おまえ ンヤレレ : 、 ノノカ自分の言葉をかみしめるように、言った。 さんの細胞は持っているんだ ? 「問題は、これからどうするか、た」 おまえさんは何者なんた ? その他の点では、おまえさんは完全 フェリスが、夢見るような声で、答えた。 ( ジム・スファラダの遣伝情報と一致する。おまえさんの全身「これからーー - 。軌道修正をしなくては」 は、その遣伝子が予定した通りに機能するが、しかし、おまえは、 「軌道修正 ? 」 違う。違っている。おまえさんはただ、新奇なウイルスに冒されて スタンが、いぶかしげにフ = リスを見た。ソリアの次は、この娘 いるたけなのか ? それともーーそう、おまえはまるで、誰かが、 か ? フリスはいかにも、様子がおかしい。ェア・コンディショ 別の材量を、人間の細胞の鋳型に流し込んで、人類の「ビーをつくナーがきいているのに、唇の上に汗の粒をうかべ、眉間に浅いしわ ったように見える。 を刻んでいる。 8

4. SFマガジン 1985年4月号

なかった。重さは、全体でわすか五百グラム。前世紀の折りたたみ ら、先を続けた。 ガサぐらいの大きさにまでたたみこめる。 「直立した立方体で、砂になかば埋もれている。一辺がほぼ ″ハシゴノを組 いや、前々世紀だ、と、ガムは自分で訂正した。 トルぐらいだ。でかい。かなりでかく見える」 うたな、五十メー いや、小さすぎるぐらいだ、と、ヒノリは思「た。無人探査機みたてたことのあるヒノリは、スタンが指に切り傷をつく「て悪 が見つけ出したことを思うと。今までに、フォルスタ〉フの砂嵐に態をついているに違いないと想像できた。桁のかわりをする細いワ 埋められもせず、百年の間に風化して崩れ落ちもしなかったことをイアで、誰でも最初は手をやられる。 「今、スタンが ( シゴを立てかけている。よし。かかったそ 考えると。 ートに似ている。色はうすわかった、おれが支える。ディオゲネス ? ヒロ、聞いてるか ? 「材質は、砂岩か、べタうちのコンクリ ディオゲネス い茶色ーーーちょっと待てーーー」 「聞いてるよ。手に汗握って聞いてるところた。シャルル ヒロノリは、気密服のジツ。 ( ーをドろした。″当直べからず集″ 「カメラを持ってかせれば、よかったのよ」 などくそ喰らえ。ここは暑すぎる。 ソリアが後ろで、座席の背もたれをたたいた。でなければ、 一分間の沈黙ののち、再びシャルルの声が回線に入って来た。や 地団駄をふんでいるところだろう。ヒロノリも同感だった。映像が や緊張している。 「今、フ = リスが、入口のようなものを見つけた。地上から三メー送られて来ないのは痛い。おかげで、船長の棒読み実況中継で我慢 する他はない。 ハシゴを組み立てる」 トルほどの高さにある。今から、 ・カメラは、一台たつぶり五ャ ・チャンと顔を見合わ しかし、送信器つきのショルダー ヒロノリは、まずソリアと、それからリー ロの質量がある。たとえかつぐのがスタンだとしても、押し潰すの せた。ソリアは、黒く高い額の下で、もともと大きな茶色の目を、 は気の毒だ。 二割増しぐらいで見開いている。中国人とアメリカ・インディアン 「今から、フ = リスが上に登る。スタンーー・そっち持ってろ。いい の血を合わせて、八十。 ( ーセントを占めると言われているリー か、よし、無線機を置くそ」 ャンは、いつものように、深く落ちく・ほんだ両眼に、超然とした光 ッという音を最後に、再び、じりじりするような沈黙が続 をたたえていた。ガムはふと、最近自分の腹が出つばって来たこと を意識した。インディアンというよりもインドの行者のような、や 「カメラを持ってかせれば、よかったのよ」 ・チャンを見ていると、 せ細っていながらしなやかな体つきのリー と、ソリアがしつこくくり返した。 どうも落ち着かない気分にさせられてしまう。 「この方がスリルがあります」 「 ( シゴが組みあがった。これなら届くだろう」 ・チャンが、骨ばった黄色い指で、両眼の間をかいた , シゴ〃は、二メートル半ばかりの長さで、幅は二十センチしか 7 5

5. SFマガジン 1985年4月号

ノリはイライラしながら思った。船長にならなかったら、シャルル 「ここは、太陽系ではない。太陽から、五万光年近く離れたところ だ。にもかかわらす、ここに、 は十五分ものの連続ドラマの脚本家になっていたに違いない。 ュニコーンがあるのだ」 「ーーー今、スタンが上って行った。中に入っている。何かわかった「次には、フォルスタッフが実は月だったと言い出すんじゃあるま ら、ころげ落ちて来るだろう」 いな」 「シャルル どうなってるんだ ? 」 「わたしを怒鳴りつけても仕方があるまい、大佐。無論、そんなこ 「わからん。あんたも自分の目で見てみればいいんだ」 とを言い出すつもりはない。少くとも百年前は、″ュニコーン〃は 「見たいよ ! 」 月面に墜落していなかったし、あんな墓石みたいなかっこうだった ガム大佐はわめいた。 事もない。第一、その頃から″ポックス″は存在していたんだ」 「まあ、見ても信じないかも知れん。しかし、あれはどう見ても、 「じゃあ、何でそこに、コントロールがあるんだ」 ュニコーン・コントロ 1 ルだ」 「わめくのはやめてくれ。耳が痛くなる。なんでここにこんなもの 「いいか、シャルル」 があるのか、こっちだって知らん。見つけなきやよかったと思って ヒロノリ・ガムは、不信感をおさえながら、腹の底から声を出しるくらいだ」 た。上陸班は、一人残らず、頭がどうかしちまったんだろうか。 「大佐 ? 「少しばかり、地理の講議をしてやろう。おれの知っている限り、 「ん ? 」 ュ = コーン・コントロールは、月軌道上の、宇宙機発射管制センタ右手のリ ・チャンにうなずいて見せて、大佐は発言を許した。 「今の船長のお言葉と同じ論拠で、それが本物の″ュニコーン・コ 視界の十みで、 ・チャン・ケイオムが、楽しそうにうなずきントロール〃である可能性は低いと思われます」 を返した。ソリア・スヴェンソンは、ぼんやりと中空をにらんでい 「しかしーーー」 る。 丿ー・チャンが送信キイを押してしゃべっていたので、シャルル 「わしの知るかぎり、 ″月″というのは地球という星の衛星で、 が話にわりこんで来た。 ″地球〃というのは、太陽系と呼ばれる銀河のはずれの恒星系の、 「現にここにあるんだ ! 」 内側から数えて三番目のーー」 「たぶん、本物そっくりに作った、模型のようなものではないかと 「腰を折ってすまん、ヒロ。すまんが、そんなことは、もちろん全思われます。われわれが出発したあとで、そこに置かれたのではな 部知っている」 いでしようか」 シャルルの声にも、ヒロノリが感じているのと同じいらだちがこ ・チャン、君は少くとも、話を一歩前進させたそ」 もっていた。 特に喜んでいる様子もなく、シャルルが口をはさんだ。 っ 4 6

6. SFマガジン 1985年4月号

ーカーかかえした。 そこには、ヒロノリならずとも、とうてい信じ難いような光景が辛辣な口調で、スタン・ 「しかし、今は、そんなことは問題じゃない。あれが何というビル うつっていた。 かってことも、そもそもどうして、地球のビルディングがフォルス アルミニウムとプラストグラス、カーポンセラミックでできた、 巨大な立方体。殺風景で機能的な、窓の化け物。まぎれもなく知的タッフ衛星軌道に浮かんでいるのかってことも。問題なのは、この 生命体 , ーーいや、まず間違いなく、人類の手になる、社会的建造まま行くと、秒速八キ卩であれと正面衝突するってことだよ」 ソリア・スヴェンソンがひとしきりキイボードを操作して、ほっ 物。アリ塚と墓石の中間的存在。 スカイ・スクレー・ハ とした顔を上げた。 そう、百数十階の超高層ビルディングが一つ、ゆっくりと回転し「手動は生きてる。回避できるわ」 「運がよければ、ね」 ながら、宙にうかんでいるのだ。 ジム・スファラダが、もの憂げな口調でつぶやいた。 窓ガラスの半数近くが破損しているようだったが、中に誰かいる 「どういうことっ ; 」 かのように、明りのついている窓もある。それ以外の窓は、″フォ ソリアは、大きな茶色の目をつり上げた。 ルスタッフんからの青白い光と、彼方の太陽の発するギラギラした ・チャンが答えた。 ジムのかわりに、彼女の右横から、リー 光条を反射して、角度を変えるたびに、宝石の切り子面のように輝 「われわれは、目抜き通りに迷いこんだようですよ、ほら」 ・チャンは、液品パネルの右上のほうを指さした。そこに 船ではない。決して船の類ではない。 その形だけを見れば、異文明の巨大宇宙船か何かだと思えないこは、白っぽい光の点が見えた。光点は、だんだん大きくなってく ともない。 る。見守るうちに、それははっきりとした五角形を形づくった。 もう一つのビルディングだ。そして、その後ろにも、一つ、二つ しかし、そのビルには、見覚えがあった。 ほ・ほ完全な立方体で、砂漠の風紋状の、特徴的な張り出しをそな いや三つの光点が見える。 えた、アルミ蒸着処理の壁面。黒いコーナー・タイルで仕上げられ画面の左上方にも、何かが形をとりはじめていた。 ートだ。キャンべラの、か ? 」 た正面と、まるで斜めに窓を並べたように見える、風変わりな側面「なるほど。メインストリ 「そうじゃないわ」 と、フェリスが言って、左のほうの物体を指さした。 「わしは、あのビルを知っている」 と、ヒロノリはつぶやいた。 「あれは、北京総合図書館よ」 「あれは、キャンべラ証券取引所だ」 ソリアは、図書館などに目を配っている余裕はなかった。ャヤン 9 「そのようですな」 ・チャンが倍率をおとしているにも べラ証券取引センターは、リー

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それはたまたま、無人探査機が、″ゲート〃ごしに送って来たデー なおさらだ。スタンは一年の航宙の間に、彼女をどうしてもモノに タとも一致する。まったく不公平な話だと、船長はひとりごちた。 できなかったことを残念に思った。 電波は、数ヶ月でここから地球まで届く。減速の必要がないからだ。 まあいいさ、あとまだ百年あるんだ。 船長は肩をすくめ、彼らは歩き続けた。 スタンはもともと、楽天的な男だった。 「もっと近くに、接地できなかったのかな」 ヒロノリ・ガムは、ビールを飲んでいるわけではなかった。足に 「おまえが、着陸船を操縦してたんだそ、スタン」 前を歩いていたシャルルが、不機嫌な顔でふり返ると、指摘ししたところで、のびのびと伸ばしているとは言いがたし オーピダー ″ディオゲネス″就道船の操縦は狭い。たぶんそのせいで、乗組 た。もっとも、不機嫌な顔は、船長のトレードマークだ。 プリッジ 員は誰も、そこを船橋とは呼ばないのだろう。宇宙船各部の名称は、 「そうでした」 はなはだいいかげんなものだ。船と航空機と地上車の用語が入りま この暑いのに、スタンは舌を出した。 じっている。星図室兼観測室はチャ 1 トルームと呼ばれる。ここま 「ランダーは、操縦性が悪すぎますよ」 では、船舶用語だ。しかし、操縦室はコントロール、またはコクビ 「飛行機じゃないんだそ」 ットと呼ばれる。それが船首にあるというのに、である。一方、操 その通りだった。小型化と軽量化を重点に設計された着陸船は、 スティック 舵装置は、誰も舵輪とは呼ばない。操縦桿やコラムという呼び名も ェア・・フレーキと安定翼の他には、旧式の固型燃料・フースタ 1 と、 カムが言い出した″ ( ンドル″という呼称が定着 ヒート。 ( イルしか搭載していない。大気圏内の飛行も可能だが、失すたれ、今では、・ コントロ 1 ル・・ハネル 速しやすく、垂直離陸はできても、接地には長い滑走路ないし水面してしま「た。フ = リスに至「ては、管制板を、 " ダッシ = ポ 1 ドと言いかえる始末である。 がいる。垂直接地モードは、馬鹿馬鹿しいほど燃料を食うので、め ワッチ それでもかろうじて、″当直″という言葉は残っていた。 ったに使われないのだ。 三名のクルーを、着陸船で送り出したあとの″ディオゲネス″は 従って、シャルルが目標を視認して、接地態勢をとったあと、ス タンが降下角を低く見積りすぎたと気づいた時には旋回してやり直現在、五直制をしいていゑ本日の夜半直は、次席指揮官、医学博 す余裕は残っていなかった。スタンはそのまま降下手順を進め、ラ士のガム軍医大佐というわけだ。 ヒロノリ・ガムは、ヘ ッドセットをつけ、無線機と感知器のモニ ンダーは二キロ近く、″ポックス〃を飛びすぎてしまった。 シャルルは、ジャイロコンパスにちらりと目をやり、 " ディオゲタースクリーンを前に、緩衝座席に腰を下ろしていた。右手で、二 ー・ハックを広げてい ネス。の走査線が、は 0 きりしない影像をとらえた方角と、さきほ日前にタイ。ファウトさせた、百年前の・〈イバ る。モニタ 1 スクリーンには、時おりちらりと視線を走らせるだけ 5 ど発見した″四角いもの″の方角が一致していることを確認したげ だ。常時監視している必要はない。どうせ、何か異常があれば、電 彼らは、まっすぐそちらに向かっている。 ラン

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・チャンは、身を固くして、死の瞬間にそなえる。 それに答えて、スタンがコーヒ 12 ( ル・フを一つ、ほうり投げて 9 今こそ、あの縞模様は、冷厳な真実、確固たる実体となって静止やった。ヒロノリは、うさん臭げに一霄してから、餓えたように飲 し、すべてを打ち砕くだろう。 んだ。 巨大で、馬鹿馬鹿しい、彼ら全員の墓碑となり、壮厳な疑問符を「どうだね ? 」 刻むのだ。 全員を代表して、首から上が繃帯でお面をかぶったようになって いるシャルルが質問した。 ・チャンは、その一瞬を是が非でも見逃すまいと、じっと混「どうもこうもない」 に目をすえた。 ヒロノリは、じろりとシャルルをにらみつけた。 来い。止まれ ! 「 ( ジムを除いて、全員やられている」 丿ー・チャンの眼の前で、天色の壁が消え失せた。 大佐は、右手にかかえた五枚の脳透視フィルムをたたいた。一時 ・チャンは、穏やかに瞬きをした。正面には暗黒があるだけ 間ほど前に、撮影したばかりのものだ。 だ。目が慣れるにつれて、一つ、また一つと、星々の光が灯ってい 大佐は、右上に、 ( カム″という白抜き文字の入った一枚をとり 上げて、頭蓋骨を表す緑色の楕円形の環の中央を指さした。 ・チャンは、電磁レーダーに目をやった。ない。なにもな 黒っぽい ぼんやりしたしみのようなものが映っている。しみ 。あれだけのビル群が、まるで始めからなか「たように、消えては、きれいな球状暗黒星雲の形をしている。無害な露出オー しまった。 ようにも、手のほどこしようのない脳腫瘍のようにも見える。 ・チャンはもう一度、瞬きをした。 「もじゃもじゃ、か ? 」 それから、彼は、ぐったりしているソリアを、シートベルトで厳気味悪そうに、スタンが訊いた。 重にしばり上げ、負傷者の手あてにかかった。 「そうだ。寄生している」 今は、これが先だ。 「どうやって ? 」 状況を分析するのはあとのことだ。 「わからん」 ガム大佐は、両手で顔をこすり、コーヒー ・パル・フをしっと見つ 二時間後、それそれ、発泡。フラスティ〉クの繃帯で体裁も何もなめた。 くくるみこまれた乗員たちは、食堂に集合していた。 「しかし、反射係数から見て、リー・チャンの分析した″もじゃも 遅れて入「て来たヒノリ・ガムが、不機嫌なうなり声を上げじゃ。の金属成分と一致しそうだ」 カオ

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か、あるいは、その危機に瀕していた可能性があります」 合いを象徴してます」 暢気なものだ、と、ソリア・スヴ = ンソンは思った。巨大な鉄と 「それなら、たいていの建物がそうだよ。 ミックとコンクリートの塊が、次々にこの船におそい ガラス、セラ そっけなく、スタンが言い放つ。 かか「て来るというのに、みんな博物館の話などしている。 「いや、選択の意図のようなものが感しられます」 ソリアは、右舷スラスターの一列をふかし、 " フィンランディア 「それにしてもーーー」 総合商品流通管理センター″をやりすごした。 賛成とも反対ともっかぬ表情で、シャルルが言った。 「あんなものを軌道に浮かべて、何の意図が , ーー意味があると言う「とにかく、そこには誰かの意思の存在が感じられる、そうだな」 と、船長が断定的に言った。 んだね。あるいは、そんな幻覚をわれわれに見せてーーー」 にたいしたことではないのだというふうにう チャンよ、」 ーーかも知れません。しかし、今のところ、現実のように見 「幻覚ー なずいた。 えるものを疑っても、たいして意味はないでしよう。機器は、ビル 「しかし、誰の の存在を記録しています」 1 ・カーが割って入った。 と、スタン・ 「それはそうだ」 「 ( ジムが見たというものーー・・奇妙な異星人の、かい」 「だとしたらーー」 ( ジム・スファラダは、自分の体験を茶化されたような気がして 1 こ、 ジム・スファラダが一一一口った 「軌道に浮いた建物には、何らかの意味がある、ということになり横を向いた 「かも知れません」 ますね」 し J リー・ チャンがかわりに答える。 「少くとも、そう考えたほうが、建設的と言えるだろうね」 ソリアは、胸の奥底から、むずがゆいようないらだたしさと、は 「博物館、かしら」 「きり正体をつかむことのできない、異常なほど強い怒りがわき上 フェリスが自信なさそうに言った。 がって来るのを覚えた。 「博物館 ? 」 全く、男たちときたらー 「ほら、あるしゃない。古い建物を保存する協会とか 「何のために 「誰かが保存しているというのか、あれを ? 」 ヒロノリ・ガムは、疑わしげに肩をすくめた。 ヒロノリの言葉に、フ = リスは肩をすくめて口をつぐんだ。 「何のために、そいつはそんなことをするのだろう」 「あり得ないことではありませんね」 「人類の減亡を記念するために、というのはどうですかね」 ・チャンが助け舟を出した。 1 カーが皮肉な口調で言い、自分でもそれを信じてい スタン・ 「あの建物は、五十年乃至百年前に、既に失われてしまっている 9-

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彼は言葉を発した。 こいつのせいだ。ナヴコムの入力部にも 「″かろうじて〃なのは、 「驚いたな ぐりこんでいやがった」 「こっちも同じだ」 「しかしーーー・・しかし、僕はなぜ、こんなところにいるんですか ? 」 ンヤレル・オッフェノくツ、・、、 / カちっとも驚いていない声で返事シャルルはやれやれというふうに首を振った。 をして、・ハケットシートから立ち上がった。 「そいつを、君の口から聞けると思ったんだが、ねー パンクにも、それが生えてるわ。どこもかしこも。まるでい 患者に対する時は、世話焼きのひいおばあさんのようになるヒロ ノリ・ガム軍医大佐カ ( 、 ・、、、・ノムに駆けよった。カーベットに足をとやらしいったみた どうしたの、みんな ? 」 られてつんのめりそうになりながら、右手を胸ポケットにあててい コントロールの床にある点検ハッチから、金髪の頭がひょいとの ぞいた。小さく、白い顔は、だぶだぶのグレイの作業服につながっ るが、聴診器は診療室に置いて来てある。 ている。 「目が覚めたのか ? 」 ハジムは、軍医大佐の腕をはらいのけた。 「どうかな。たぶん、夢をみてるんだ」 「フェリス 「ハジムね ? 」 「ハジム、気がついたの ? 」 頭に。フラスティック包帯を巻いたソリアが首だけ後ろに回したか フェリスの顔に、輝くような微笑が広がった。 っこうで、一一 = ロった。 「フェリスーーーまさか。なぜ君はーーー」 「スファラダです。ディオゲネス 1 号 ? 」 「悪いんだけどね」 ・チャン・ケイオムが、穏やかにうなずいて見せる。 ーセントほどジェラシーのまじった声で、スタンリー 「馬鹿な」 カーが口をはさんだ。 ヒロノリに腕をとられたまま、ハジムは呆然とした声を上げる。 「ここは、 ″ディオゲネス″なんだ。フェリスがいるのはあたり ・チャンが、もう一度うなずいた。 前、居所を間違えているのは、君のほうなんだよ。早いとこ、愁歎 「″ディオゲネス″はーー・どうして僕は、ディオゲネスに乗ってい るんです ? 」 場は切り上げてもらって、情報交換といこうじゃないか」 船長は頭をかいた。 ウォッチャー 「ディオゲネスは出発した。″ゲート ″をくぐり抜けて、今、ここ見張り九一六は、かすかな波動をキャッチして、とまどい、超重 ウォッチャー にいる。つまり、″フォルスタッフ″戦道上だ」 加速を凍結した。それは、見張りにとって、″立ちどまる″に相当 「かろうじて、ね」 する動作だった。 ウォッチャー スタンは、左手につかんだものを上下に振った。 見張り九一六の頭脳は、超時波動を分析した。波動は、三一四五 9 7