カール - みる会図書館


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1. SFマガジン 1985年6月号

ゲームの終わりちかく、カールはいくつかの質問をしようとした。 カールは足元の砂が流砂と化してしまったような気がした。 「みなさん、パレーポールがお上手ですね。毎日、ゲームをやって「気にしないでください。ただ、みなさんが理解できないだけのこ いるんですか ? 」 とですから。太陽のせいで、みなさんの頭が茹だってしまったのか 「ジディはうまいよ」アキラが彼の隣の女性にうなずいてみせもしれませんね」 身長は二メートレ弓・こっこ・、、 た。「わしは年寄りだ」 ノ弓ナナカカールは決して跳躍がうまくはな 「昨晩は年寄りどころか : : : 」ジュディが言った。 かった。だが、自分のおかれた状況のばかばかしさに対する怒り 「年寄りみたいな。フレーをしているのは、・ほくのほうですよ」カー が、彼を変えた。彼は両手をネットの上にだして、ヴィックのスパ イクを・フロックした。 ルが言った。「ハレーポールはあんまりやったことがないもので。 みなさんはどれくらいここにいらっしやるんです ? 」 「ナイス・。フレイだ、自然児くん」アキラが彼の尻を叩いた。 「朝食を食べてからだよ」 カールは次も同じ作戦でいこうとした。だが、ヴィックのほうに アキラが腰をおとして、サーヴを受けようとした。だが、ポールも心構えができていた。ヴィックはカールの両腕のあいだを狙って はネットにかすってから人った。 ポールをスマッシュした。ポールはカールの鼻梁にあたり、彼は大 「ネットよ」ジュディが言った。「この方がおっしやっているのの字に倒れた。 は、フリーダム・ビーチにどれくらい滞在しているのかってことで 「だいじようぶか ? 」ヴィックがネットの下をくぐって、彼を助け すよ。ねえ、カール、そうでしょ ? ねえ、カール、その質問があ起こした。 なたにとって大事なものに違いないってことは、よくわかります「これで何か思い出したでしよう」 マーナが言い、みんなが笑った。 よ。でも、ここに二、三日いれば判るけれど、大事なのは食事時間 だけになるんですよ。さあ、わたしのサーヴだから、どいてちょう 昼食時になると、どこからともなくごみ箱のようなものが出てき ジュディのサーヴのせいで、たちまち試合は終わってしまった。 ノレー求ールをやっていた人々は共同食堂にはいると、樫でで 彼らはさらに試合を続行することに決めた。 きた羽目板が折りたたまれ、カートリッジ型のサーボ機構が十数個 「判らないのは、文字を書いてはいけないってことですね」カールあらわれたのだ。磨かれた金属ででき、高さ一メートルほどのそれ が一「ロった。 ゴムのベルトに載って部屋を移動し、無言の指示を受けては、 アキラが頑固な子供を見るような眼でカールを見つめた。 輝く頭部にあいたロから食物を吐きだした。アルコールをのぞけ 「いま、この瞬間が小説じゃないか。きみの心のなかに噴きあげてば、ごみ箱はどんなものでも客の注文に応じた。もっとも、共同食 くる小説じゃないかね ? 」 堂を見おろすように立っているロダン作の恰幅のいい。ハルザック像

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「ほかの客に危害をくわえてはならない」ポセイドンが言った。 していた。 腹をたてて、カールは噴水のなかにとびこんだ。水中から死体を 7 カールはうめき声をあげた。アキラたちがニ、ースを口にする前 引きあげ、板石の上に横たえた。それから彼は彫像を攻撃した。三 にここから逃げだしたかった。 叉の矛を引っ張り、何センチか曲げることに成功した。血のまざっ 「何人かは」 た水が彼の服に染みてきた。 彼はささやき声で言った。 「彼女は誰にも危害をくわえなかった」彼はあえぎ声で言った。 「ただ詩を書いただけだ」 ポセイドンから噴きだす水はビンクだった。中庭を横ぎって、コ ポセイドンは何も答えなかった。客のなかには、聖餐をうけるた コアのようなねばねばするものが点々と散っていた。マ 1 ナはカー ルの部屋から出てきたのだ。その裸体はカララ大理石のような色をめに食堂へと駆け戻っている者もいた。カールはマーナのそばにひ していた。海神の足元に叩きつけられた死体は、噴水の中央飾りのざをつき、冷たい頬にキスをした。 「すまない」彼は言った。 ように見えた。水がマーナの手首の傷を洗っていた。こ カールは泣いた。 それから枕カ・ハーを取りあげると、まわりに集まっていた者を押 「これがある」 しのけて通った。 誰かがたたまれた枕カバーをカールに押しつけ、まるでそれが病「どこに行くんだ ? 」ポセイドンが背後から呼びかけた 1 原菌におかされているかのようにすばやくあとにさがった。カール カールは枕カ・ハーをもって丘をおりた。砂利道の横にある聖母と は枕カ・ハーをひらいた。血糊がついていて、解読するのは難しかっ子供が彼に呼びかけた。 「どこに行くの、カール ? 」 彼は浜辺に着いた。手と膝をついて、彼は砂を掘りはじめた。乙 キラとヴィックが彼のあとをついてきていた。ふたりは黙って見つ めている。スフィンクスの大きな声もしたし、食堂からは・ハルザッ クが彼に呼びかけた。 「どこにも何もないぞ、カール」 カールは枕カ・ハーを埋め、それから拳で砂の上に書いた・・ーーマー ナ、と。 彼は向きをかえ、振り返らずに波のなかへと入っていった。 溺れるのは怖いけれど、死ぬのは怖くない ( 解読不能 ) の島で会いましよう アキラが慰めようというかのように、カールの腕にさわった。カ 1 ルはしつかり握った枕カ・ハーを高く掲げた。アキラを殴らないた めに、ようやくそれだけをした。客たちはあとずさった。 「これが彼女の望んでいたことなんだ」ヴィックも泣いていた。 カールは彼のほうに進み出た。 こ 0

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が教えてくれたところだと、カールは一日二千九百カロリーに制限「きみの得意分野は ? 」 プイックは靴を脱ぎすてた。 されているのだそうだ。 カールは彫像の隣でひとりで食事をすることにした。彼はほうれ「境界線です」 んそうのパイと冷たいポルシチ、チ = リイ・コーラを注文して、調「どんな ? 」 彼は溜め息をついた。 理場の腕を試した。ごみ箱は待機位置に戻り、数分で戻ってきた。 料理はもうしぶんなかた。食べながら、カールはパルザックに質「いまはそんな話をする時じゃないが , ーー」彼はシャツを脱ぎ、ゾ ールの縁にしやがんで、身体に水をかけた。「たとえば、泳ぎたい 間をした。彫像は礼儀正しい口調ですべての質問に答えたが、カー フリーダム・ビーチの起源や目場合、泳げるのはここだけです。海には鮫がいるし、大きな軍艦鳥 ルがいちばん聞きたかったこと 的、カールをはじめとする三十二人の客の履歴については何も答えもいます。遠くの珊瑚礁で泳いだら、身体が血だらけになります。 それに潮流もある」 ていないも同然だった。 、・イックとマーナが泳ぎにいこうと彼を「どうしてそんなことを ? 」 食後の散歩に出る途中ウ さそった。。フールは驚嘆すべきものだった。五十メートルで、塩水ヴィックは水にとびこんだ。 が満たされており、明るい色のタイルで線が引かれている。一方の「彼は自分の身体で体験したのよ」「ーナは水平線に見える島影を 端には透明な壁があって、。フールとのあいだを仕切られたなかに巨見つめた。 カールの頭痛はおさまっていた。彼らのことを怒りつづけるのが 大な黄金像が水中から突きだしていた。まわりを怪物や海神に囲ま れたアポロが、四匹の立派な馬に引かせた戦車の上に立っていた。難しくなっているのに気づいた。彼らは美しく、生き生きとして陽 この彫像は顔を西にむけて、水のなかからあらわれたように見え気で、それが伝染してくるようだった。彼らはカールを遠ざけよう こ 0 とはしなかった。カールが彼らのルールを学びとるのをただ待って いるだけだった。カールが即興で催された水泳竸技会に参加する 「あれは純金 ? 」 「メッキよ」マーナが答えた。「ヴルサイ = にあるのと同しよ」と、みんなは大きな声で歓声をあげた。疑問はあとまわしにしよう 「どうしてそんなことを知っているんだ ? 」カールは、マーナがロとカールは決めた。彼は裸で日光浴さえした。フリーダム・・ヒーチ には自発的に来たのだ、と碑文は言っていた。理由は判らないが、 をすべらせたのだと確信した。 なぜそうなのかは理解できた。 「ぼくらはあなたが考えているほど浅薄じゃありませんよ」ヴィッ クが言った。彼はビーチチェアに座って、スニーカーの紐をほどい 夕食後、ごみ箱が客のあいだを動きまわって、聖餐式をおこなっ ていた。「誰でもちょっとした得意分野をもっているものです。マ ースを受けとった。カールは食べる た。みんなは白い一枚のウェハ 1 ナは彫刻が好きなんです」 6

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・こ。われわれは誰も追い出したりはし しないかぎり、もう聖餐はおこなわないと言っている。誰に対して「わかった。きみはヒーローナ ない。だが、きみが彼女を破減させたように、きみにはわれわれを も、だ ! わかったかね ? 」 ふたりは数秒間、暴動と狂気の暗い夜がおとずれる可能性を推し破減させる権利がある」 量った。 カールはこわばった身体でソフアから立ちあがり、マーナの冷蔵「きみは彼女の中立性を打ち砕いた。きみはなにも感じとることが 庫から半分ほど入ったグレー。フフルーツ・ジースの瓶を取りだしできなかった」 こ 0 ひとりまたひとりと、捜索者が食堂によろめきながら戻ってき 「じゃあ、きみは彼女を助けるな、と言いに来たんだな」カールは 瓶からひと息に飲みほし、手の甲でロをぬぐった。「きみは自分でた。カールにいちばん遠いテー・フルから埋まっていった。彼らを憎 むことはできなかった。彼らに対する同情が消えるわけでもなかっ」 立候補したのか、それともみんなに選ばれたのか ? 」 た。カールは彼らに心配させておくことにした。 ヴィックは顔をしかめた。 ヴィックは最後に戻って来た。カールの横をこそこそと歩いたり 「彼女にとっては、どちらでも同じだ。彼女は知っている。今朝、 はしなかったが、虚勢をはって近づいてきた。 前のように朝食にやって来たからね。彼女は、われわれが耳にした 「だめだよ。彼女は隠れ場所を知っているんだ」 ことを聞いた。彼女は食堂を出て : : : ここに来たと思ったんだが」 「きたないそ」カールは瓶を床に叩きつけた。あんまり勢いが強か「失せろ ! 」 ヴィックは椅子を引き、カールのテー・フルに座った。 ったので、瓶は割れてしまった。「おまえもきたない ! 」 「食事にしよう」彼は大きな声で言った。「腹がへってはなんとや 「きみは責任者になりたがっている、と彼女はいつも言っていた」 ヴィックは鋭くとがったガラスの破片を拾いあげ、それを手のほうらだ」 ごみ箱が羽目板のあいだから出てきた。だが、・ハルザックの声が に向け、突き刺した。「これはきみの仕事だ。きみの選択にケチを ごみ箱たちを押しとどめた。 つけることは決してない」 「なんの選択だ ? 」カールはつらそうに頭を振った。「彼女は心も「カール、今夜は聖餐をおこなうのか ? 」 勇気もないきみたち大勢よりずっと価値があるんだ」彼は両手で顔まったく何の物音もしなかった。 を覆った。「彼女を見つけよう。それを今日のゲームにしよう、ヴ「それはおまえが決めることだ」カールがつぶやいた。「おまえの ゲームだ。おまえの商品だー ィック。かくれん・ほだ」 ヴィックは顔を紅潮させた。部屋を出ていきかけたが、立ちどま「聖餐はあるのか ? 」 アキラとジハンが食堂にとびこんできた。ふたりの顔は恐怖に輝 り、また歩きだした。とうとう戸口で彼は振り返った。 7 7

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「なぜ、そんなことをする ? 」スフィンクスが言った。「わたしの 「それはどこだ ? 」 観察では、一般的にいって、人は他人の問題に興味をもたない」 カールはさもおかしそうに笑った。 「それは間違っている ! ここではそうかもしれない。薬と無意味「わかったよ。あそこの島に移住することにしよう」 なゲームをつかえば、そうなるかもしれない。だが、 ほかの場所と「島などない」 いうものがある」 カールは立ちどまり、島影を見つめた。優勢になった彼は四点目 「きみが来た場所では、 いろいろなことが違っているというのたをいれた。島はどれも山がちで、いちばん大きな島は海岸線にそっ て砂丘か白亜の崖があるかのように、卩 身の殻のような班点があっ カールは自分が得点したことを悟った。これは彫像がほかの場所た。 から来たことをしめす最初の徴候だった。 「島などないだって ! 真正面を見ろーー、おまえは見ているじゃな 「ぼくは覚えていないー おまえが記憶を・ほくから奪ったのだ」 いか」 「きみがすすんで引き渡した記憶のほかは、なにも奪っていない」 「蜃気楼のことか ? 」 「それが、どうして・ほくにわかる ? 」 「何だって ? 」 「わたしが嘘をつく理由があるか ? 」 「遠くの物体にあたった光が密度の違う空気層のなかを通過すると 「くそったれめ」 き、屈折して起こる幻影だ」 カールは石を拾って、センサーめがけて投げた。石はどこにも傷「信じられん」 をつけずにはねかえされた。 静寂。 「くそをする機能はそなわっていない」 「じゃあ、ジャングルは」カールが言った。「ジャングルの向こう 「それでも、くそったれだ . には何がある ? 」 「きみの反応には内容がない」 「向こうというものはない。。 シャングルは果てがない」 カールはもう一度石を投げたくなるのを抑えた。そのかわりに、 そのときには、カールは彫像の園にかなり近づいており、彫像が 彼は厳めしい顔でうなずいた。 十二体あることがわかった。いつものセンサーやマイクをもってい 「あんたが攻撃する番だ」 る彫像はひとっとしてなかった。どれも死の苦しみにとらえられて 彼は彫像のうしろにまわり、マーナがお仲間と呼んだ彫像のほう いた。蒼ざめながら、カールは苦悶の顔をひとつひとつ見ていっ に向かった。 た。ヴェスヴィウス火山の熱い灰に埋もれたポンペイ人の死体の跡 「どこに行きたいのだ ? 」 に石膏を流しこんで作った像をかって見たことがある。ここにある 9 「ここに来る前にぼくがいた所に送り返してくれ」 のは、デティルにおいてそれより遙かに恐ろしかった。グロテスク

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た。彼女は腹だたしげな金切り声をあげて地面にすべりおりた。ふを入れないようにする聖ペテロも門のところにいなかったわ」 たりは笑った。 「きみの言う主はどうなんだ ? ここの責任者は ? 」カールがにや 6 「さて、われわれはこれで失礼しよう。来るかね ? 」 っと笑った。「神はどこにいるんだ ? 」 アキラはジハンを助け起こし、ふたりは腕を組んで去っていっ 「神は研究室に戻ったよ」チッ・フが言った。「またべつの妾想を抱 いてね」 「じゃあ、・ほくたちは死んでいると本当に思っているの ? 」カール 「ねえ、チッ。フ」マーナが応じた。「さっさと行っちまいな」 は急にマーナを抱きしめた。「死体のはずなのにまだ暖かいそ」 彼女は身体をひねってカールの腕のなかからのがれると、共用食 「死んでるもんですか ! 死んだら判るはずでしょ わたしは判堂から走り去った。 るわ」彼女はもはやふざけてはいなか「た。その荒々しいまでの誠チップは彼女が出ていくのを見まもり、やがて挨拶をすると、夜 実さが、カールの脳の化学物質でできた霧をつらぬいた。「天国に の闇に消えた。カールはヴィックが隣に座るまで、またマ 1 ナに追 ついて言われてきたことは、みんな嘘よ。天国にいくためには、 いつくだろうかと考えていた。 死ななきゃならないわ。人生をあきらめ、生きる価値のあることを「ちょ「と待てよ。きみはからかっていたんだろう」 みんなあきらめなければならないわ。天国を楽しみ、五感を満足さ「わからない。彼女は本気だ 0 たと思う」 せるために生きていてこそ、天国に意味があるのよ。それは人生の ヴィックは彼を冷静な眼で見つめた。 終わりじゃなく、人生の強化でもないわ。わたしたちがかかってい 「そうだ」 る記憶喪失は、主のせいなのよ。わたしたちを純化させ、それで天カールはなにも見ていなかった。 国を受けいれる心がまえをさせるためにね。さもなか 0 たら、わた「ここが天国かどうかなんて話は、忘れてしまうがいい 。それは大 したちはこの場所を楽しむようになる前に、その嘘と戦わなければ事なことじゃないんだ。大事なのは、われわれがこの場所を理解し いけないわ。それですべてを台無しにできるでしよう」 ようとしているということだ。われわれが生活をつづけていく助け チッ。フがカールの袖を引き、すました顔をした。 になるなにか信じられるものーーーたとえ、それが嘘であっても 「そんなこと、いっ決めたんだい、マーナ ? 」ヴィックは不思議そそれが必要なんだ。それをめちやめちゃにしないでほしい。これか うだった。「きみはここをいろんな名前で呼んでいたーー天国とは らずっとだ。チッ。フはただ冗談を言っていただけだ。だが、彼女は 決して呼ばなかった」 本気たった。われわれはこのことを論じあわないんだ」 「わからないわーー・今日かもしれない。昨日かもしれない。たった「それはきみの生活体験にどれくらい基づいているんだ ? 」カール 今かもしれないわね」カールは彼女の身体が震えるのを感じた。 は当惑を隠そうとした。 「昔はだまされていたのよ。だって、天使なんていないし、愚か者「きみは馬鹿かもしれん」ヴィックが肩をすくめた。「好きなこと

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フリーダム・ビーチに来たのはあなたの自発的意志である。記けよー マーナが退屈そうだったので、結局、カールもゲームに参加し 憶が再編される前に、あなたはここにまる条件を理解し、そ れに同意した。規則はふたつある。どうか規則を守ってほした。ふたりは敵味方に分かれた。カールのチームメイトはそれそれ ・・ハックを割り振った。 自己紹介をし、彼にセンター 「ヴィックのサーヴのときは身体を低くして」 ほかの客に危害をくわえてはならない。 文字を書くのは禁じられている。 とアキラが言った。髪は灰色で、長距離走者のような痩せた身体 をしていた。 マーナのチームのプロンドのサーヴァーは、ポールをてのひらに 「でも、どうやってここに来たんだ ? おれは何も覚えていない」 乗せ、高くトスをあげると、まっすぐに腕を伸ばしてポールを打っ 「誰だって覚えていないわ。それが大事なんじゃなくって」 そう言った女の名はマーナ。赤毛で、褐色に焼けた肌は芸術作品た。ポールはネットを越えてカールのほうに飛んできた。彼は膝を おとし、なんとかポールの下に手首をもっていった。だが、ポール だった。彼女を見ていると、服を着ているのが照れくさくなった。 は斜めに曲がって、手からそれていった。 「ナイス。ジハン、ナイス・。フレーよ ! 」 彼らはちょっとだけ試合を中断してカールに挨拶した。マーナは「十対七」ヴィックが言った。 ゲームをやめて、カールの相手をしてくれた。ふたりはサイドライ次のサーヴもまっすぐカールにむかってきた。今度は彼もポ 1 ル を返した。だが、リターンは強すぎ、ポールはネットを越えてマ ンにならんだ折りたたみ椅子に座った。彼女はカクテルのマルガリ ータらしき飲み物を瓶から自分のグラスに注いだ。カールの質問はナのほうに飛んでいった。彼女はスパイクしやすいよう、ネット際 にトスをあげた。 底のない井戸に放りこまれた石みたいなものだった。 「彼女の。フレイを見たかね ! 」アキラが言った。「きみもあんな。フ 「つまり、責任者はいないって言うの ? 」 レーがしたいことだろうな」 「あなたがなりたいのでないかぎり 、、ないわね」 「ええ、わかってますよ」 「あなたはここにどれくらい ? 」 「覚えていないわ」 カールはスニーカーとソックスとシャツを脱いだ。一 文字の書いてないポールはカールがこれまでに見たことのあるど 「呑気なもんですね」 の・ホールよりも白く、固く見えた。この人たちが何者であれ、とに 彼女は徴笑して、かぶりを振った : カ 1 ルのスニ 1 カーのなかに砂が入った。 かく素睛らしいスポーツマンそろいだった。彼らはゲームに神経を 集中し、点がはいるごとに冗談を言いあい、旧友のようにアドヴァ 9 「ほくも一杯もらっていいかな ? 」 「どうそ」マーナが言った。「でも、ここにあるのはレモネードだイスを与え、激励しあった。延々とつづいているらしい試合の第三

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った。ときおり、秘密に心がはちきれそうな気がした。だが、彼のっぷっと噴き出していた。 「間違いなのよ。間違いなのよ」 眼を見つめる眼はなかった。 ヴィックとカ 1 ルが食堂の両側から彼女に駆けよった。ヴィック とうとうタ食のときにマーナをつかまえた。食事のあいだじゅ う、彼はマーナの注意を引こうとした。彼女はツンとして彼を無視が先に着き、彼女のそばにひざをついた。 しつづけた。カールは、自分の彼女に対する態度は間違「ていたと「よしよし、マーナ。だいじようぶだよ」彼は腕を肩にまわし、彼 考えはじめた。そのとき、聖餐をとりおこなう係のごみ箱が音もな女を立ちあがらせた。 「家に帰って、シャワーを浴びよう。ここにいてできることは何も く彼女のよこを通りすぎた。 ないからね」 ゾリキ野郎 ! 」 「それをちょうだいー 「彼女から離れろ」カールはヴィックをおしやった。ヴィックは身 彼女が叫んだ。グラスをつかみ、ごみ箱に投げつけた。 構えながら、とぶように立ちあがった。 「よこしなさい ! 」 「何をしようとしていたんだ ? 」カールが言った。「彼女を連れ出 客たちの恐怖の声に食堂は騒然とした。カールのほかはウェハ し、彼女が苦しむのをぼくたちに見せないようにするつもりだった スを受けとるやいなや、すぐにむさぼり喰った。 「わたしが何をしたっていうの ? 」マ 1 ナがテー・フルからテー・フルのか」 ースをみんなに見えるように高くかかげ カールは自分のウェハ へとよろめきながら、助けを求めて歩きまわった。彼女の友人たち た。ヴィックの拳がだらんと下がった。マ 1 ナはぎらぎらした眼で は身を縮めるようにして、彼女から逃れた。 ースを見つめ、攻撃をしかけようとしている蛇のように身体 「なにかの間違いよ」恐怖に彼女の顔はゆがんでいた。「そんなばウ = ( 1 スを二つに折り、彼女に与えようとし かなこと。ねえ、聞いてる ? ねえ、わたしの言うことを聞いてをまげた。カールはウ = ( た。その瞬間、彼女がとびかかった。驚いて彼はあとずさった。マ ースを受けと「たチッゾをじ「とみつめ、彼ーナの分を取り落とすと、彼女はそれにとびついた。 彼女は最後のウェハ 「それじゃあ、足りないそ、カール」ヴィックが言った。「きみた にとびかかった。 「それをわたしによこしなさい、チッ。フ、それはわたしのよ。さちのどちらにも足りないそ」 カールはマーナを荒々しく引き起こした。 あ、チッ・フ。あなたには別のをくれるわ。チッ・フ ! 」 / カウ工、 】スを口に押しこむと、マーナは突進した。チッ。フは「行きなさい」彼は言い、彼女をドアのほうに押しやった。 椅子から押しだされ、腕をあげて彼女をふせいだ。マーナはうめ き、テー・フルの上に大の字になった。テー・フルは傾いて、マーナを「ごめんなさい」 床に放りだした。彼女は食器や割れた皿のあいだに倒れた。血がぶ マーナは拷問にあってすべてを自白したような様子をしていた。 5 7

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えなかったのだ。カールは彼女に微笑みかえし、手を引っぱって彼 のをためらった。彼と同じテー・フルについていたジハン、チッゾ、 ースを見つめた。女を隣の椅子に座らせた。そのまま手を離さなかった。彼女が手を アキラそれにマーナは貪欲そうな眼で彼のウェハ 「欲しくないなら、わしがいただこうかね」チッ。フがどうでもよさ引こうとしなかった。そこにヴィックがぶらぶらとふたりのテー・フ ルに近づいてきた。 そうな声で言った。 「わたしたちにはリーダーが必要だとカールは考えているわ、ヴィ 「四つに分けましようよ」マーナが断固たる口調で応じた。 ック」マーナが人前をつくろった。「彼は指揮をとりたいのよ」 カールはウェハ ースをひょいと口に放りこんだ。蜜の味がした。 「それはきみの得意分野しゃなかったかね、ヴィック」 「喧嘩はごめんですからね」 チッ。フが言った。彼は二日分の不精髭をはやした小柄な男だった。 それからの数分間、沈黙がつづいた。一同はそれそれの法悦境に 「・ほくが指揮をとっても」ヴィックが言った。「誰もついてこない ひたっていたのだ。カールは薬が効果をあらわすのを待ったが、 だろう」 駄だった。夕食は彼に心地よい満腹感をもたらしていた。磯にくだ ける波のかそけき音や潮をふくんだ微風の冷たさを感じ取ることが「きみの得意分野についてもっと聞かせてくれ」カールが言ったご できた。腕をもったごみ箱が共同食堂の外の広場にオイル・ランプ「ほくにできることは何かな ? 」 を並べていく。炎が揺らめき輝いた。眼をとじると、目蓋の裏にさ「得意分野」ヴィックが言った。「たとえばアキラはわれわれのセ まざまな色が踊っていた。これまで知らなかった筋肉がゆったりと ックス相手だ。だから髪が白くなったんだよ。ジハンは歴史家だ。 弛緩した。身体が椅子のなかに溶けこんでいくような気がした。感一四九二年、コロン・フスが青い大洋を渡り : : : とかね。語り部もい じたのは悦楽ではないーー広大にして測りしれない満足感だった。 るし、歌手もいる。マッサージ師も植物学者も料理の通もいる。 ーそして、もちろん、あらゆるスポーツのチャンビオンもいる。 ここにきた理由を考える必 もはや疑問に答えてもらう必要もない。 要もない。暖かな広漠たる今を漂っていればよかった : ・ それから、チッ。フは」とヴィックはつづけた。「彼の得意分野は どこかよその惑星にいる誰かが言った。 何と言えばいいのかな ? なぜわれわれがここにいるかを心配 「さあ、新米さん、起きなさい」 すること」 「カール」マーナが笑いながら、彼を揺すぶった。「カール ! 」 「私は帰納による理論家なんだ」チッ。フが堅苦しい口調で言った。 彼は眼をあけ、彼女の顔にゆれる赤い髪に恋をした。頬のそばか彼はみんなの微笑に気づき、顔をしかめた。「うむ、少なくともメ すに恋をした。夜気が冷たいので彼女はスウェット・スーツを着てロンにあうチーズはどれかなどということよりずっと重要なことを いたが、カールは裸で浜辺にいた彼女を思い描くことができた。彼考えることができる」 女は男どもの言う肉感的な女性ではなかった。コンパクトで硬かっ 「それは素晴らしい」カールはチッゾが馬鹿ではないことを確かめ た。顔だちにはしつかりした知性があり、それで彼女は笑わざるをようとした。「じゃあ、教えてくださしー 、。・まくらはな・せ文章を書い

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奇妙な夢だった。空を泳いでいる夢。冷え冷えした液体空気が彼点がないかどうか調べてきたらいかがです ? 」 の周囲で渦をまき、はるか下では、人々が悲鳴をあげながら、歩道カールは噴水に足を踏みいれた。彫像は筋肉質で、人間より大き かった。流れた緑青が血管のように見える。ポセイドンの薄ら笑い のひびに身を投げていた。 をうかべたロにマイクが埋めこまれ、眠に複眼式のセンサーがつい カールは陽光を浴びて目覚めた。あまりの明るさに痛みを感じ、 眠をしばたたいた。鍛冶屋が腹だちまぎれに、おれの頭のなかに釘ているのが見えた。 「ここはどこだ ? なぜおれはここにいる ? 」 を打ちこんでいるんじゃないか、そんな気がした。だが、二日酔い になるほど酒を飲んだ覚えはない。水しぶきが顔にかかり、水の落「フリーダム・ビ—チにようこそ」 声は深みがあり、男らしく、ちょっと笑いがうかがえた。 ちる音に気づいた。 昨夜のことはま「たく覚えていなか「た。先週のことも、過去十「ここの責任者は誰だ ? 責任者と話がしたい。あんたはどこにい る ? 」 年間のことも記憶になかった。父の名前を思い出せなかった。思い 「あなたの八十七センチ北北東です。これは間違えようのないとこ 出そうとしただけで、頭痛はさらにひどくなった。 彼はゆ 0 くりと起きあがった。陽光が燦々と降りそそぐ中庭の中ろですね、カール」 カールは何度か水をすくって、彫像の顔にかけた。ショートした 央に噴水があった。その噴水をまたぐようにして青銅のポセイドン ら、誰かが修理に出てくるだろう。 が立っている。水はポセイドンの三叉の矛から出ているのだった。 「あなたの相客はいま出かけています」ポセイドンが言った。「で 中庭を囲んだ壁には、暗い色ガラスをつかった窓がある。テラコッ タの屋根が壁に影を作っていた。ガラスに自分の姿が映っているのも、昼食までには戻ってくるでしよう。あなたの部屋を見たくあり にカールは気づいた。見慣れぬ場所に放りだされたひとりの男。当ませんか ? 」 惑した表情のほか、なにも身につけていない。父の名前を思い出す歴史だ、とカールは閃いた。ワシントン、アダムズ、ジ = ファー ソン、マディスン・ : レーガン。カンサス・シティのセント・エリ ことすらできぬ男にふさわしい様子をしていた。 「フリーダム・ビーチにようこそ」ポセイドンが言った。「この別ザベス小学校の六年生のとき、この老俳優についてレ。ホートを書い ・ : なにも覚えていない。 た覚えがある。レ】ガンのあとは : 荘で、ほかに三人のお客と一緒に暮らしていただきます」 カールは水をはねかしながら噴水を出て、中庭を横ぎり、青い カールは星条旗という言葉を思い出すことができた。″慣習″と ″習慣″という言葉の相違も判ったし、テニスのルールを説明するアに向かった。部屋は大きく機能的で、驚くほどおだやかな趣味だ こともできた。だが、自分がどこにいるのかさつばり判らなかっ った。巨大なウォーター・べッドとシャワーのついた浴室を見つけ こ。 たーー浴槽はない。衣装簟笥のドアには鏡がはめこんである。簟笥 「あなたは北側の青い部屋です。ちょっと部屋を見て、気にいらぬのなかには、小さなスポーツ用具店にある程度の物はそろってい