シリウス - みる会図書館


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1. SFマガジン 1985年6月号

で見れば、彼らのためでもあるのかもしれないが。 コナンはデスクに戻り、インタコムのスイッチを入れる。「外線 をたのむ」と彼は言った。「政府図書館の地球外生物系人類学課。 べィリと話をしたい」 三十秒待った。 「べィリです」インタコムが言った。 「ラングだ。シリウス十番惑星に関する資料がなにかあるかい ? 」 「お安いご用だ。ちょっと待って」 短かい沈黙があった。コナン・ラングはゆっくりと。ハイ。フをふか しながら、べィリが、宇宙船隊を指揮できるくらいたくさんのボタ ンを。ハンチしているさまを思いえがく。 「ではと」べィリの声がスビーカーから聞こえる。「だいぶある ね。マカリスターの『シリウス十番惑星の親族構造』、ジェンキン ズの・・ジェンキンズ、ホールデンと共同で研究していた ーサイムの『シリウス・テ 『シリウス・テンの社会構造』、 。ハターソンの『シリウス・グループの ンの経済生活』、ロ ソナリティ ペイシック ・タイ。フ』、『人種学に関する銀河系 先遣隊の予備調査録』ーーー・論文集 , コナン・ラングはためいきをつく。「オーケー。そいつをみんな 家まで送ってくれないか ? 」 「合点た 帰る前に届いてるよ。ついでだが、コナン 「うん ? 」 「二十世紀のすばらしい歴史小説八巻、読んでいるんだがね。傑作 だよ。読むものが種切れになるといけないから、こいつも送ってお いてやろうか ? 」 「気色が悪いね。いずれまたー チャド・オリヴァー CI ミ 0 = (. ご・ 創刊まもない頃の本誌に載った「吹きわたる風」や「雷鳴と陽の もとに」などの短篇、ハヤカワ・・シリーズで出た『時の風』『太 陽の影』などの長篇で、オールド・ファンには懐かしい作家。アメ リカの良心とでもいいたいような、ヒュ ーマニズム溢れる爽や かな作風で、当時の日本のファンのあいだでは、ハインライン、ア シモフ、クラークの御三家につぐ人気があったように思う。人類学 テーマの先駆者だったが、それもそのはず、本職は人類学者。 。フレーンズ・インディアンと東アフリカの民族学が専門で、テキサ ス大学オースティン校の教授をつとめている。しばらく新作がとだ えていたが、八三年にアナログ誌に発表した短篇 "Ghost Town" ドカ は、ネビュラ賞の候補に挙がった。去年あたりから旧作がハー , ーで復刻されて、再評価もはしまっている。 この中篇は、デビュー作から二年後のアスタウンディング誌一九 ト・ウォ 五二年五月号に掲載されたもの。この作者独特のハ ングで感動的なタッチと、ひさびさに再会できる。 なお、原題名は、 << ・・ ハウスマンの詩「シュロツ。フシアの若 者 , 「のつぎのような一節からとったもの 土は動かず血はさまよう 息は長持ちしないものだ 起きょ若者よ、旅が終れば 眠る時間は十分ある。 ( 星谷剛一氏訳による ) ( 浅倉久志 ) 人と作品 9 っ 4

2. SFマガジン 1985年6月号

「・ほくがやるべきでした」 した。アンディが横に付きそっている。コナン・ラングは歯をくい コナン・ラングは目を閉じた。もうなにもかもどうでもよくなっ しばり、しつかりした足どりで歩きつづけた。助けを求めてはなら た。そして闇があるだけだった。 オし村の外に出るまでは。さもないと村人たちは疑うだろう 彼は歩きつづける。大きな黄色い月が中天高くの・ほっている、そ 一週間後、コナン・ラングは、シリウス・テンの夜明けの大地に して髪に星をちりばめたロウの顔。月が・フル・フルッと震えたかと思 うとばっと燃えあがった、笑っている自分の声が聞こえる。唇を噛立ち、巨大な二重太陽が地平線に昇って、荒野を切りひらいて作っ むと血がにしんで、暗闇に虚無にしたたりおちた。痛みが体をかきた緑の畑が投げる影を追っていくのを眺めていた。まだ重病人だけ れども、アンディができるかぎりの手当てをしてくれ、なんとか危 やっと村を通りぬけることができた。コナンの体の中でなにかが機をのりこえて、いまこうして星間巡航船が迎えに、そして交替要 よじ亠丿こ 悪夢の中を歩みつづけさせてくれていた鋼鉄の締め金員を置きにやってくるのを待っている。 青々としげるライス・フルーツの木は肩ほどの丈になり、灌漑用 が。 ( チンと割れた。空虚な無。コナン・ラングはその場にくずおれ の堀割を流れる水はちょろちょろ音をたて、灼けつく日光を待ちわ た。アンディの腕が抱きかかえてくれるのがわかった。 「もう歩けなびている。あるかなきかの微風が動かない大気をおすおずかきわけ 「運んでいってくれ、若いの , 彼は小声で言った。 ていく。 コナン・ラングは緑の木を無言で見つめている。シャーマン、死 アンディ・アーヴィンは両手で彼を抱きあげると夜の闇を歩きだ んだバラスーツイの言葉が頭の中で一」だまする。あいつらはご先祖 ではない、 とあの男は絶叫した。われらに災いをなすためにやって 「ぼくがやるべきでした」と彼は自責の念にかられながら言った。 イヌとネコかやってきた寰〉トの行動学〕 ・ペイリング見馴れたイヌの・ " お手ネコの " 爪とぎ。にも、動物 イ第とネかや・た 増井久代訳学者の目で見るとこんなに意外な意味がある ! 写真、 括画多数の、〈べットを科学する本〉定価一六 00 円 早川書房のホビュラョ・サイエンス 257

3. SFマガジン 1985年6月号

ぬこともいくらでも起りうる きたー あの若者の身になにかが起ってもらいたくないのだ。 われらに災いをなすためにやってきた : 「さようなら、コーン」アンディの声はとても静かだった。「それ どうして彼にはわかったのだろうーー・フタと石刀だけで ? 気の からーーーありがとう。あなたがなさったことは忘れません」 触れたシャーマンが、あやしげな占いをやったーーそしてその占い コナン・ラングはアンディの腕によりかかって船に向った。コ昃 はあたっていた。偶然の一致 ? ああ、もちろん。それよりほかに 考えようはない、論理的には。 = ナン・ラングはよわよわしい笑いってくるよ、アンディ」体の重みが足にかからないように気をつけ をうかべた。その昔地球で、ホビ族のスネーク・ダンスに関する本ながら彼はそう言「た。「砦を守れーーきみらにまかせれば安心 を読んだのを思いだしたのである。スネーク・ダンスは雨乞いの儀だ」 コナン・ラングはジュリオと握手をし、ジュリオとアンディに助 式で、大昔の人類学者がこのダンスを見物したあと帰りは必ず雨で ずぶぬれになったという。なろん単なる偶然の一致とタイミングのけられてリフトに乗りこんだ。立ちどまって、軽く手を振り、酷熱 よさが重なったのだろうが、じっさい雨が降りだすとなかなかそうの太陽に照らされた緑の畑を最後に一瞥し、そしてパトロール艇の 中に入った。彼のために簡易べッドが狭苦しい艇内にしつらえてあ は考えられないのだった。 、彼は感謝しながらそこに倒れこんだのだった。 「来ましたよ」アンディ・アーヴィンが言った。 「さあ、行こう」と彼は小声で言い、脚を癒してもらえなかったら ひゅーんという烈しい音がして、やがてかすかなうなりとともに どうなるかということは考えないようにした。 小型パトロール艇が、反重力装置を使って畑にむかっておりてく コナン・ラングは目を閉じて身じろぎもせず横たわっている、自 る。暁の空にうかんた艇は、巨大なグラサイトの水槽にいる銀色の 小さな魚のようだ。そしてコナン・ラングは目には見えないものを分をふたたび暗い海へと運んでいく船の脈動と波動とを感じなが 感じとることができた・ーー宇宙空間に待機する星間巡航船の巨大なら。 ( 次号完結 ) なめらかな船体を。 ( トロール艇が降下してきて地上から数フィ】トのところに浮か ぶ。リフトから一人の男がとびおりて手を振った。ジュリオ・メデ イナだ、シリウス・テンの別のセクターからアンディのもとに交替 要員としてやってきたのである。ライス・フル】ツは畑でみずみす しく育っている。仕事半ばで立ち去らねばならないと思うとコナン の胸は痛む。むろん最終チェックまですることはもうあまりない が、そうはいってもまだまだ手違いはいくらもありうるし、予期せ 258

4. SFマガジン 1985年6月号

夜は、無辺のかなたから舞いおちるはかなく黒い雪片のようにシ ティに降りかかってきた。純白の柱さながらに林立するビル街の、 並木に縁どられた谷間を吹きぬけ、あたたかな光のあふれる窓に黒 黒とはりつく。コナン・ラングは、オフィスの照明が窓外の深まっ ていく闇に応じて少し明るくなるのを眺め、そしてまた手の中の指 ネルソン 令書を見やった。 文面はどうやら見まちがいではなかった。 コナン・ラングは机の上に指令書を置いて立ちあがった。窓辺に 「やれやれ、毎度、新しい世界か」彼は声に出して言った。言って から言葉を言いかえた。「相手にする世界が多すぎるーー - ー」 歩みより、シティにちりばめられた光りを眺める。そうたくさんは コナン・ラングはパイ。フに火を点じ、うまく火がまわっていくよ よ、。大方の人間はとうに、郊外の自宅に帰って居間でくつろいで うに用心深く吸った。それから雲のような煙りの輪を一心に吐きだ子供と遊んでいる時間だ。彼はゆっくりとパイ。フをくゆらした。 す。煙りはふわふわと部屋を横切り立体写真の大統領の鼻にとま またメダルをどっさりか。ネルソンは人をからかう男ではないー コナンの気持がわかっ る。別にオースチン大統領に反感をもっているのではない。単にオ ーからかうなんて気をおこしたこともない。 ースチンが、あの曖昧模糊としたもの、つまり権威を代表している ているのだ、彼も同じ気持を味わってきているのだから。遅かれ早 からであり、当面、それはコナン・ラングのオフィスではとりわけかれだれでもが味わうのだ。はじめは魅せられてしまう、愉しいと 歓迎されざるものだったからだ。 さえ思う、よその世界の人間の生活に干渉するというこの仕事は。 彼は指令書に視線をもどした。文章はくだけたものだが、意味すだがもの珍らしさもたちまち色あせてーー無数の憎悪の目、朝の三 るところは明らかである。 時の己が魂とのおびただしい対話、粉々にくだかれた無数の生活、 そうしたものの前で、酸を浴びた皮膚のように心がちちんでしま う。いや、これは必要不可欠な仕事なのだ。と、いつも自分にいい 銀河系管理本部。フロセス計画局 。それは呪文、魔法の言葉で、それがすべてをすっ きかせてもいし 総司令官ネルソン・ホワイト きり、さつばりさせてくれるはずだった。必要不可欠・ーー・だがそれ 3 二七〇一年四月十五日 はおまえたちのためであって、彼らのためではない。いや長目 。フロセス促進隊・ < ・第七小隊 極秘・ コナン 昨日コンドルより新指令があった。当局は、シリウス十番惑 毖の変化が望ましいと決定した模様ーー四から五への転換。貴 君は第一人者だ。予備調査を行ない、しかるべく報告された 元気を出したまえ・ーー - ・またメダルをどっさりもらえるだろ コナン・ラング隊員宛

5. SFマガジン 1985年6月号

思いがけずきつい口調でなじる。 レモラはジルを見て元気に呼ぶ。 キサの表情は彫刻のように動かない。ただ大理石の手がドアをあ「見ろ見ろ見ろ ! すげえ迫力だろ ! シリウスだってよ ! 」 け、差し示した。 暗黒の宇宙の海の深いところで、銀いろの船がなかば崩れた形で 「わたしのルームメイトは女よ」 難破していた。解体したうすい金属の切片が、遠い太陽の光を受け ジルの胸はひき裂かれた。貧しい外世界からたった一人で都市へてギラ、ギラ、と白く反射した。 やって来て、清らかな外見とは裏腹に、心は相当傷ついてしまって「外世界のうす汚ねえ・ハカども ! たぶんロビ助のインポーだな」 いるにちがいない。 こんな人間は毒まみれのウソを吐き散らす。足その明るい言い方にジルは思わず頬をゆがめるーー教養がなくて をひっかけ、裏切り、再起不能になるまで相手をたたきのめすのだも、粗野でも、食べ方が下品でも、徹底した差別主義者でも、 : ジルは自分のただれた過去を思い出してゾッとした。またあれャッというのはいるものだ。見えすいたウソをつき、だましたつも をくり返すのかと思うと寒気がする。 りでだまされ、それでもいつもタフだ。レモラは愚かな男なのかも 「わかった。出てくさ」 しれないが、人間はそれそれに愚かなのだ。 心地よい子宮のような空間を出たとき、少女が呼びとめた。 半身をもぎとられた宇宙船が所在なげにただよっているのは妙に 「まって : : : あなた : : : 名まえは ? 」 ェロティックだった。 ジルはふり返って言葉を探した。こんどは″ああ″だけですむ質部屋が暗いのでまるで自分自身も宇宙の中にとり残されたような 問ではない。彼は少しためらってから、しかしきっちりと答えた。気がする。 「あんた、外世界人どもの最新流行のセックス、知ってるか ? 」 少女の表情から、記憶の糸が結ばれたのがわかった。 ふわりと脇に腰をおろしたジルの足に手 ( 右手の方だ ) を置きな がら、レモラがたずねた。教えたくてうずうずしているらしい。こ 家に戻ったのは夜明け近かったが、同居人のレモラはまだ起きての男はとにかくこの手の情報にはやたらくわしいのだ。 いて、壁一面のスクリーンでニュースを見ていた。 「知らないな」 レモラとは女のような名だが、コ・ハンザメというふうな意味のニ ジルが答えると、レモラは顔じゅうで笑い、ゴリラのような体を ックネームで、遣伝学的にもジェンダー・アイデンティテイもれつふるわせた。 きとした男性だ。その証拠に彼の左手の指 ( 六本ある ) はぜんぶ男「宇宙遊泳しながら魚みたいに精子をぶつかけるんだと ! 」 性器に改造されている。どうして左手なのかと以前たずねたら、左 ジルはその言葉使いのあまりの下品さに身ぶるいしたが、一方で 手じやチョッ。フスティックスが持てないからな、と答えた。 その下品さにたまらない快感を覚えていた。 「見ろよ、見ろよ ! 宇宙船のあて逃げ事故だとよ ! 」 「一種の排泄快感だね」 出 6

6. SFマガジン 1985年6月号

適応者や、情緒不安定な人間とわかったら冗談ごとではすまされなで殺されたはずだーー , われわれにはかかわりのないことなのさ」 「それにしてもーーー」 「わかるよ。しかしあの赤ん坊もけつきよくは幸せだったのかもし 「・ほくがちゃんと理解しているかどうか聞いてください」アンディ はコナンに借りたパイ。フを吸っている。「原住民はわれわれを怖れれない」 ていゑしかもわれわれは先祖神であって自分たちの生活を支配す「おっしやることがわかりません」 すぐにわかるさ」 るお方だから、捧げ物をしなければならないと考えている。そこで「まあいい われわれの血縁関係をさぐるために仲介役を送るという通常の手段「今晩、かわりになにを置いてくるんですか ? 」 「まだちょ・つとわからないな」コナン・ラングは言った。「彼らの をとらず、沈黙交易システムを採用する」 「そこまではオーケーだ」「ナン・ラングは言 0 た。「古代の地球価値体系をよくのみこまないとね。ゴザは何枚か持 0 てきた。上等 のスチール・ナイフも不都合はなかろう。まあ、それはもっとあと ー・システムについては勉強したと思う で行なわれたダム・ いい。さあ、農夫さんーー仕事に戻ろう」 が。あれが使われるのは、アフリカの。ヒグミーとヨーロッパの交易で心配すれば 船というように、カがいちじるしく異なるグルー。フのあいだで交易アンディ・アーヴィンはくわをかつぎ、 0 ナン・ラングのあとに ついて畑へ行った。澄んだ水がさらさらと音をたてながら堀割を流 を行なう場合だ。恐怖のファクターが介在する」 れていく。生長の早い苗木はぐんぐんと地中に根を張っていき、緑 「イエス・サ 1 」 「〈サ】〉はやめたまえ。講義じゃないんだから。それともきみをの新芽は、シリウス・テンの湿気をふくんだ大気の中に触肢のよう に伸びあがる。 ジュニアと呼・ほうか」 「すみません。樹皮のゴザは互恵貿易システムの一単位。。フタは聖 なる獣。ーーここ、まではわかります。しかし赤ん坊はーーあれはひどその晩、星々のあいだに遠くさびしく浮かぶ黄色い大きな月を仰 いですよ、コナン。詮じつめればあの死をもたらしたのはわれわれぎながら彼らはあの台の上にお返しの贈り物を置いてきた。翌朝、 姿の見えぬ交易人たちは、ゴザを四枚と屠った・フタを一頭、かわり 「心配はいらない」コナン・ラングは言った。「あの連中には嬰児に置いていった。 殺しの習慣があるんだ。彼らの宗教の一部さ。予備調査報告が正し「赤ん坊はなしで、よかった」アンディ・アーヴィンはコナンのパ ければ ここまで調べているとしてだがーーあの連中は一カ月おイプをせっせとふかしている。紙巻き煙草という文化的慣習に原住 きの、月の最後の三日間に生まれた女の赤ん坊はみんな殺してしま民は親しんでいないので、やめたのである。いまやアンディが。 ( イ 。フによる契煙に異常な熱意を示しているので、コナン・ラングはパ 5 うんだよ。経済的な理由もあるーー・充分にいきわたる食糧がない、 これは産児制限のかなり効果的な方法だね。あの赤ん坊だって平気イプ・タ・ ( コの不足という事態に脅かされていた。若者の。 ( イプか

7. SFマガジン 1985年6月号

彼は畑を横切って、原住民の小屋に外見はよく似ているけれども「あそこにいるよ」 中はまったく違う建物の中に入った。疲れがひどいので服を脱ぐ気「あのう : : : 面倒なことになるんでしようか ? 」 にもなれず、そのままべッドに倒れこみ、暗闇の中で静かに体を休「まだだね、この取り引きがうまくいっているとして。われわれが めた。 彼らを怖れている以上に、彼らはわれわれを怖れているから」 異境の世界の奇妙な物音、どこかに聞きお・ほえのあるような、不「うまくいっていないとしたら ? 」 コナン・ラングは徴笑した。「はて、どうなるかな」と彼は言っ 安をかきたてる物音が、ゆったりと流れている川のほうから湿気を ふくんだ風にのってやってきて、小屋のまわりでざわめいている。 遠くの灌木の繁みで獣が咆哮する。コナン・ラングは目を閉じ、な若者は苦笑した。よくわかっているんだ、とラングは思った。は にも考えまいとしたけれども、頭は言うことをきかなかった。正常じめてああいう気持になったときのことを思いだす。あのときがく に回転し、問、 るまでは思いもっかない、それからとつじよがんとくらわせられ しを投げ、答を出し、なっかしい思い出や、忘れてい たほうがいい思い出をまざまざとよみがえらせた。 る。それは不意に、教科書やビュウワーやアカデミーのクラスで教 「キット 」彼はそっとつぶやいた。 わったものとはまったく別のものになってしまう。ひとりだそ、た 疲れがひどいので「今晩はもう眠れないだろう、と彼は思った。 ったひとりだそ、異境の風が耳もとでそうささやく。名もない十地 でたったひとり、森を吹きわたる風がつぶやく。わたしたちの目が おまえを見張っている、わたしたちの世界は根気よくおまえを押し インフェル / かえしてやる。わたしたちのなにを知っているのだ ? おまえの知 日の出は壮観たった。シリウスのブルー ・ホワイトの焦熱地獄は 畑のむこうの森の上に頭を出し、やがて夜明けの空にのぼってい識がなんの役に立っフ く、白い小ぶりの仲間、小さい太陽を引き連れて。低くうかんだ積「次はどうするんです ? 」アンディが訊いた。 緋色、うすい青、つめたい緑の炎に縁どられている。朝風「畑をたがやすのさ、若いの。そして亡霊のように振舞うんだ。繁 がさわやかな空気を畑に運んでくる。芽がもう土から顔をだし、陽みのなこうでわれわれを見張っている連中の、きみはご先祖さまな の光りをむさ・ほっている。堀割をちょろちょろ流れる水が陽光をあんだから。われわれのやり方がまちがっているとしたらーーあの調 びてきらめいている。 査報告書が不十分だったとしたら、あるいはこの土地に属していな 夜明けとともに原住民がやってきた。 い人間はだめだとなったらーーー少くともなにか警告があるはずだ よ。吹き矢のたぐいは使わないからねーーー槍だよ、斧のほうがお好 「ぐるりととりまいているそ」コナン・ラングは静かに言った。 「・ほくには見えませんが」アンディ ・アーヴィンは、繁みのほうをみかもしれないな。まあ万が一面倒なことになったら、大急ぎで小 ・な眺めてささやいた。 屋に逃げかえって、。フロジェクターをセットする。それだけだ こ 0 248

8. SFマガジン 1985年6月号

な。 ( トロール艇が空中に静止し、新しく切りひらいた畑のまわり 間に初歩の人類学など、あっと驚くほどのことでもなかろう」 に、防護スクリーンをはりめぐらしている。コナン・ラングは額の 「まあーーこ 「いいんだよ」コナン・ラングは感慨深げに相手を見つめた。この汗を拭い、足もとの堀割をごぼごぼ流れていくきれいな川の水で手 若者を眺めていると、ある人間をどうしても思いだしてしまうのだを洗った。 んじゃないか、アンディ」彼は疲れた声で言った。 「だいたいいい 昔々、大冒険にのりだしたコナン・ラングという名の若者を。 「シグナル 4 を送れ」 「ぼノ、は : : うーん : ・・ : その、きみはもう知っていると思うが、テ ンで・ほくといっしょに仕事をすることになっている」 アンディ・アーヴィンは小さな制御盤のレオスタットを 4 にまわ アンディは、コナンからハーレムをのせた銀の皿をさしだされたし、スイッチを入れた。二人は川を吹きわたる夜風のささやきに耳 目に見えるものもない ような顔をした。「ノウ・サー」と彼は言った。「知りませんでしをすませながら待った。なんの変化もない、 た。サンキュ】 力。 ( トロール艇から強力な放射線が畑に注がれ、大地に浸透し、 . 「名前はコナンだ」 種の中の生長因子の働きを何千倍も加速させている。フロセスを、彼 「イエス・サー」 らはほとんど感じられるような気がした。 「まいったね」とコナン・ラングは言った。こうやってまた目をき「うまくいったな」コナン・ラングは言った。 らきら輝かせているやつがそばにいてくれて幸せなんだというこの 「レリース・シグナルを送れ」 気持をどう伝えればいいのだろう ? 阿呆らしく聞こえないように アンディはパトロール艇にシグナルを送り、制御盤のスイッチを 伝えるには ? 答えは簡単・ーー・伝えないことだ。 切った。小さな船はふらふらと揺れているように見えた。かすかな 「待ち遠しいですよ」アンディは言った。「遂になにかをやるって 辷航船は うなりがして空に白熱の光点が見えた。それだけだった。巛 いうのは , ーーすばらしい気分です。うまくやれるといいですが」 飛び上り、彼ら二人がとりのこされた。 「もうそろそろだよ、アンディ。、 しまから二十四時間後にはきみも 「長い夜だったな、若いの」コナン・ラングはあくびをした。「ち ・ほくも仕事にとりかかる。乳母車の旅ももうじきおわりだ」 よっとひと眠りしたほうがいし 夜が明けないうちに眠っておく 二人はふっとだまりこみ、積みあげられた茶色のきれいな袋の山必要がありそうだ」 「ぼ を見つめた。星間宇宙船が、巨大な原子 = ンジンの轟音とともにか「どうぞやすんでください」アンディ・アーヴィンは言った。 すかに震動するのを足の下に感じながら。 くは眠くありませんから。ここの日の出はきっとすばらしいにちが いないです」 「日の出はすばらしいにちがい シリウス・テンは夜だったーーー・蒸し暑い夜、月がひとつ、暗い空「ああ」コナン・ラングは言った。 に凍りついた火のようにかかっている。巡航船から飛びたった小さない」 247

9. SFマガジン 1985年6月号

ゴッライゾは意見を述べなかった。ただ黒い目がまたたきもせず のだ。だからときにはそれが邪魔になることもあるが、それは彼と に彼を見つめている。肉の切れつばしでも見ているようだ、とコナ いう人間の一部である以上いたしかたない。 コナン・ラングは係官や警備員の一群をかきわけて、ようやくン・ラングは思う。 「ええと」彼はもう一度話しかけた。「なんのためにここにうかが 〈巣〉にたどりついた。ドアをあけて暗い小部屋に踏みこむ。その ったかおわかりでしよう」 部屋のデスクのむこうにいつもながらコンドルが腰をすえていた。 「言葉をむだにしている」フリツツ・ゴッライ・フはしやがれ声で言 「こんにちわ、ゴッライ・フ博士」コナン・ラングは言った。 デスクのむこうの男は無言で彼を眺める。男の名は、フリツツ・ 「言葉が品薄だとは存じませんでした」コナン・ラングは微笑す ゴッライ・フだが、ずっと昔から〈コンドル〉の異名を奉られてい る。彼の面前でその名を言うものはいないし、その名が彼をよろこる。〈「ンドル〉はいらだっているが、彼も〈「ンドル〉の言い分 はもっともだと思う。常に言葉が浪費されているのは不思議なくら ばせるのかどうかも皆目わからない。彼はめったに口を開かない。 、・こーー単に意志の伝達という意味あいなら、とにかくむだであ 容貌は、見なれた目にも異様な感じがする。フリツツ・ゴッライプしナ る。ゴッライ・フがーー・・けつきよく彼の計画書をコンビュータでチェ はずんぐりと小づくりで、頭はつるつるに禿げている。いつも黒い ックしてくれた人間がーー・彼の用向きがなんであるか知らないとい 服を着て、太い眉は白い顔に真一文字にインクをはねかけたよう だ。コンドルに似ているというのは十分うなずける、とコナン・ラうのはまったくありえないことだから。 ングは思う。まったくそうとしか言いようがない。彼の砦、制御装「オーケー」とラングは言う。「で、ご裁断は ? 」 フリツツ・ゴッライ・フは異様に長い指で四角いカ 1 ドをひねりま 置の〈巣〉に高々とすわり、おそらく彼にしか完全には理解できな いマシンのことを考えている。ひとりで。まわりにいくら人がいてわしている、まるで猛禽のようにそれをいたぶっている。 も、いつもひとりぼっちという感じがする。まったく別個の生活で「必要条件は満している」彼はかすれた声で言ったけれども、低く あって、その活力は、巨大なマシンのめまぐるしくライトが点減すて聞きとりにくかった。「きみの計画に従えばシリウス・テンにし かるべき転換がもたらされるだろう。そしてその転換は本計画と明 るチュー・フの中で脈動している。 らかに整合する」 「ラング博士」身じろぎもせず答えたその声はしやがれ声に近い コナン・ラングはパイゾをふかしながら、ゴッライ・フの向かい側「ほかには ? ほかに知っておくことは ? 」 「だれしも、知っておかねばならぬことはまだまだたくさんあるの の椅子に腰をおろした。コンドルとこの前話しあったときのショッ クはほとんど消えている。なんにでも慣れるものだな、と彼は考えだ、ラング博士」 3 る。人間とはまことに順応性のある動物だ。 「うーむ。で、わたしが提出した作戦計画についてマシンが言った ことはそれだけですか ? 」 「煙草のけむりがおいやじゃありませんか ? 」

10. SFマガジン 1985年6月号

ている。二人はどうやら、苦しいほどの恋をしているーーー恋はオリ 食であるライス・フルーツをことさらしつくり味わってみた。 食いもののあとは酒、酒のあとは踊りたった。オリペシ = は音楽好ペシ、文化の一部である。この事実はどうも実感しがたい、こと 5 ーマノイドの人々の世界で、ロマンチックな恋 きの部族ではなく、太鼓もない。男も女もはなればなれで踊る、各に、基本的にはヒ 自の踊りを。ーー地球の人間が物的財産を所有しているように、各人という概念が存在しないという事実を見聞したあとでは。コナン・ が自分の踊りを所有しているーーー各自のリズム・パターンに従ってラングは徴笑した。ロウは、どちらかというと、少々きれいすぎて 踊るのである。コナン・ラングとアンディは、まっとうな踊りを即彼の好みではない。黄色い月光に染まった髪、パチパチはぜるたき 興で踊れるはずもないので、見ているだけで満足した。自分たちの火の火明りを浴び、影法師といっしょに優美に踊るその姿は、 振舞が、土俗の民間伝承に出てくる先祖神につきものの神がかり的しえの女人の絵のような玄妙な美しさ、幻であった。 「長に贈り物をささげよう」コナン・ラングは遂に言った。「あな な挙動にふさわしくないことは承知していたが、ともあれこれは一 たいそう美しい」 か八かの賭けだった。コナンは、年寄りの長がさっきから、細くしたのロウは た眼で彼をじっと眺めているのが気になってしかたがなかった。 だが素知らぬふりをして踊りを愉しんでいた。オリペシ = は、物レンはうれしそうに微笑し、長を呼び集めた。コナン・ラングは 質的な富は不足しているが幸せそうに見えた。コナン・ラングは、立ちあがって彼らを迎え、アンディに、箱のふたを開けるように合 踊っている彼らを見ているうちに、うらやましくさえなったーーー素図した。長たちは一心に見守る。コナン・ラングは無言である。ア 朴な生活がうらやましい、それを愉しむ能力がうらやましい、文明ンディが箱を開けて彼らのほうに向けるまで待っている。 人が梯子をの・ほるあいだに脇に押しのけてしまった能力。の・ほって「これはおまえたちのものだ、兄弟よ」彼は言った。 いるのかーーそれとも下っているのか ? コナン・ラングはときど村人たちは前に詰めよった。長のひとりが箱の中のものをとりあ きわからなくなる。 げ、信じられないという目つきでそれを凝視した。黒い影が不気味 にゆれ、夜風が吐息をはいて村を吹きぬける。とりだしたそれを火 レンがやってきた。踊りの昻奮で顔を上気させて。大がかりなた き火が燃えており、いつのまにか夜になっているのに気づいてコナ明りのほうにさしだすと、驚きのあえぎが聞こえた。 ンは驚いた。 それはライス・フルーツだっこ シリウス・テンではぜったい 「あれはロウです」と彼は指さす。「わたしのアム 1 レン、わたしに見られないようなライス・フルーツだった。丸々として、さしわ のいいなずけ」その声は誇らしげだった。 たしがたつぶり一フ ィートはあり、ほどよく熟していた。オリペシ 指さすほうを見ると、少女がいた。原語で〈子鹿〉というような ュのじゃがいもくらいの大きさのライス・フルーツもこれにくらべ 意味の、いい名前だった。ロウははにかみ屋で、ほっそりした目のればちっ・ほけなものだ。 さめるような美少女だ。レンの目を見つめながら、おずおずと踊っ コナン・ラングが爆弾発言をしたのはそのときである。