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検索対象: SFマガジン 1985年7月号
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1. SFマガジン 1985年7月号

いやっ 側に来ないでつ あんたも ナメワジの 仲間なんでしょ ああ あそましい あなた 人間じゃ ないわっ ! やだーーっ ゃんやん 信じられ ないわーーーっ こんな 不気味悪い モノと しかし乙女 言わせて 下さらない んだから : うしろに 池ガ あるって あ手を どうぞ

2. SFマガジン 1985年7月号

ラーマは減亡するだろう だが人類は減びないのだ。 るために銀河系を改造するという大事業にとりかかったのである。 コナン・ラングは赤い部屋にひとり座してマシンに話しかけてい そして常に、それらの情景のうしろに、大見出しの下に古きラー た。いったん事実を知ってしまえばすべてが明らかに、判然としマがいた。巧みに導き、暗示し、助力した。世界に比類なき無私無 た。銀河系には文明の進歩した種族はいなかった、これは地球に異欲の、成熟の頂点に達した人類のこれら使節たちは、地球にリーダ 文明との接触記録がないことの理由になってきたーーーさもなければ ーシッ。フをとらせるための準備をしたーーーそして自らは銀河系の果 地球にひそかに異文明と接触していた、そして地球自身がのちに後てで死に絶える準備をした。彼らは地球を一つに結東させ、存続へ 進世界に対して用いたような方法でコントロールされていた。 の道をたどるべく励まし続けてきたのである。 彼は歴史を振りかえってみた。新石器時代の食糧革命や蒸気工ン ラーマが、地球を退き、自分たちのための余暇が得られるように ジンのようなめざましい変化は地球自身がもたらしたものであり、一 なるとしたらーー平和を愛好するこれらの人々はーー人類の次の可 そのために地球は、ラーマを除けば、銀河系でもっとも進歩した惑能性のために闘うことにするだろう。 星となったのである。地球は工学技術の才能を伝統的に具えてお り、そして地球は若く柔軟だった。ラーマがやってきて いわゆ顔をあげたコナン・ラングは、フリツツ・ゴッライ・フの黒い姿が る世界大戦が何度かおこった。なぜ ? 辱しめられた王国の名誉をかたわらに立っているのに気づいて愕然とした。血のように赤い光 とりもどすためでもない、狂人のせいでもない、相入れない主義のりの中で見る彼はひどく老けて見えた。コナン・ラングは新たな認 せいでもないーー文字通りの意味で世界を救うためだった。世界戦識のもとに彼を眺めた。ゴッライ・フの他人に対する性急さ、あの奇 争は原子力を生みだすために闘われたのである。 妙な目ににじむ底知れぬ空虚な孤独ーーーいまやそれらすべてが意味 一九〇〇年以降、地球は加速度的な驚くべき進歩をとげた。原子をもった。この地球でなんという生活をしていたのだろう、コナン 力が解きはなたれ、人間は太陽系の他の惑星へたちまち飛びだして ・ラングは驚嘆の念を禁じえない。たったひとりで、友情と理解に いった。コナン・ラング自身が、オリペシの祖先神を通じて、シ飢えながらーーーそして親密な個人的な接触を拒み、殺伐とした小部 リウス・テンに大改革をもたらしたように、ラーマは地球人の神々屋でひとり孤独な闘いをつづけねばならなかった、己が命を捧げて のひとつを通して働きかけたーーっまりマシンである。 救おうとしている当の人間たちが背後で嘲笑し、自分を猛禽に見た サイネティックス。 てているのを知りながら。 地球人は星々に広がっていき、巨大な思考機械は当然、一年一年「わたしは愚かでした」コナン・ラングは立ちあがって言った。 とせまってくる宇宙のかなたからの脅威を地球人に突きつけた。若「われわれはみんな愚かでした」 9 くして誇り高き地球人はこのもっとも驚くべき挑戦すら受け入れた フリツツ・ゴッライ・フはふたたびデスクの前に腰をおろし、マシ そしてわが子、そのまた子たちに生き伸びるチャンスをあたえ ンのスイッチを切った。赤い輝きが消え、二人は薄闇の中にとりの

3. SFマガジン 1985年7月号

り、自らの責任でマシンをいつでも廃棄することができるのだかる。しかし自分がやったことのために、支配者から奴隷に転落した ら。 人間の目とまともに向きあうとき、そんな慰めは通用しない。 彼らが直面している脅威が目に見えないということが問題を難し 少くとも地球の論者たちはそう言っている。 くしている。脅成はたしかに存在する・ーーその危険に比べたら、人 月日が重な「て数年が流れ、 = ナン・ラングは動きまわることこ類間の争いなどはま 0 たくとるにたらぬ。しかしいつの時代にも人 間は、脅威に直面する寸前まで、怠りなく用意をするということが そできなかったが、上手に暇をつぶしていた。のんびりくつろい で、いろいろな事柄をつきつめて考えるチャンスをあたえてもらつなかなかできなかった、むしろ安穏と座して楽観してきた。その人 たのは幸いだった。人間が人生の半ばで立ちどまり、在庫しらべを間が、外宇宙の目に見えぬ脅威に備えて、自らの存続を守るため 、ことだ。だいたいにおいて、事柄の意味を判じることに、これまで決してやらなかったことをやっているという事実、こ するのはいし は可能だった。そしてやり場のない気ちがいじみた感情の発作もだれは人類がようやく到達しえた成熟のたまものである。たしかに安 穏と快適な生活を送るのは、易しく愉しいことだろうーーーしかしそ いぶおさまったのだった。 コナン・ラングはつめたく笑った。彼にとってはなにもかもけつれは人類の終焉を意味するのだ。 一つだけコナン・ラングが確信していることがあるーーー人間が試 こうずくめだが、生活を変えられてしまった原住民たちはどうなの だ ? むろん彼らも人類である、長い年月のあいだにはだれでもがみることをやめ、働くことを夢みることを、到達しがたい高みへと だが彼らはこのことを理解してい昇りつづけることを止めたとき、そのとき人間は萎縮した無意味な 失うだけのものは失うだろう ない、理解することができない。率直に言えば、彼らは利用されて存在と化してしまうだろうということだ。 いるにすぎない・ーー・他の世界の人々のために、ひいては自分たちの ためでもあるのだが、それでも利用されているという事実に変りは シリウス・テンは、一つの文化が惑星全体を支配しているので、 よ、つこ 0 比較的仕事のやりやすい相手だった。シリウス・テンには大きな大 原始的な生活が、快適な環境でないことは事実だーーー地球の人間陸と大きな海が一つあるだけだった。住民はすべて基本的には同じ が蛇のように牧歌的なエデンの園にずるずるとすべりこむという感生活様式をもち、陸性のライス・フルーツ栽培を生業としていたの じでないことはたしかだとコナン・ラングは思う。彼らがしているで、多くの場合一度におびただしい問題に直面しなければならない ことは、あたえられた惑星の変化の正常速度を早めることだ。だがプロセス促進隊の隊員も、ここではただ一つの問題に対処すればよ これは、本来の文化の形態に広範囲に変化をおよ・ほすことになるー かった。海べりに住む人々、またたった一つある島に住んでいる人 ーある人間を切りすて、他の人間を指導者の地位に押しあげる。こ人は漁を生業として、内陸の人々とは異なった文化をもっていたけ ういうことは人生に間々あることだし、またそれなりの理由もあれども、数の上では微々たるものなので、本来の目的から見ても無 246

4. SFマガジン 1985年7月号

明らかに、タクの話は、他の二人に、ある程度の感銘を与えたよ「船酔いか ? 」 うだった。おれがおどすように銃口を動かしても、背中を向けよう「いや、何かすごく大事なことを忘れてるような気がするんだよ」 「料理当番の件なら、心配いらんそ」 とする者はいない。 「そうじゃないんだ」 おれたちは、そのままの姿勢で、しばらくにらみ合っていた。 アジャは言い張った。 、ことを思いついたそ」 「もっと、大事なことだ。すごく大事なことなんだよ」 と、おれは言った。 おれは、溜息をついた。 「おれは、自分がス。ハイじゃないことを知っている。君たち三人と も射殺しちまえば、問題はなくなるんじゃないかな」 「思い出したら、言ってくれ、アジャン。タク、そこに絶縁コード 「あんまりいい考えじゃないと思うな」 があるだろう。そいつで、モートをしばれ」 と、タクが答えた。 「何を ? 」 「レーザーで撃たれるのは、おれの健康によくないような気がす「モートをしばりつけるんだ。まず、両手を後ろに、それから、両 る」 足首だ」 にらみ合いは続いた。 「そんなことーーー」 しいことを思いついたぞ」 「おれも、 おれは、タクの抗議をさえ切った。 と、モートが言い出した。 「おれは、スパイじゃない。信頼してもらうしかないな。それに、 「みんなでいっせいに、ティ ( にとびかかるってのはどうだ ? テ銃を持ってるのはおれだ。室長から、追加調査結果が届くまで、全 ンバが自分で言ってるように、スパイじゃないんだとしたら、まさ員おとなしくしてもらう。誰だか知らんが、スパイに後ろから刺さ か三人とも射ち殺したりできないだろう。そいつをやろうとしたれたり、″スインギイ・ベル″を乗っとられたりしたくない」 ら、みんなでテイハをやつつけるんだ」 タクは、おれをにらみつけた。コン。フレッサーの音が、やけに耳 「あんまりいい考えじゃないと思うな」 ざわりに響く。 と、おれは答えた。 「わかったよ」 「おれは本能的にやり返すかも知れんそ。それに、誰がス。ハイだか タクはしぶしぶ、コードを拾い上げた。 わからないぜ」 「うらむなよ」 「あのなあ」 と言って、モートの手首をつかむ。 悪夢が始まったのは、その時だった。視界が・ほやけて、タクの手口 アジャンがおずおずと発言した。 の動きが見えないのだ。レク・キャビンに敷かれたまがい物のカー 「どうもおれはさっきから、おかしな気持なんだがーーー」

5. SFマガジン 1985年7月号

すっかり憔悴しきったモートが、何百回目かの台詞を吐いた。 が片付くまでは」 「このまま、カリニュイに降りるのか ? 」 「卑劣なやり方です」 「それまでには、分裂剤も切れるさ」 室長は、大統領をなぐさめるつもりで、言った : 「″スインギイ・ベル〃に乗っているのが閣下のーーー」 モートが首を横に振った。 「そして、スパイはまんまと逃げ出す」 「君も知っているとおり」 「カリニュイの官憲に依頼してーーー」 大統領はびしやりと言った。 と、おれは言いかけた。 「政治に、卑劣という言葉はない。それにあの船に乗っているのが 「″代表″が、おとなしく無線を使わせてくれると思うか ? おれ 誰か、連中は先刻承知だよ。われわれのミスだ」 「しかしーー」 たちの十倍のス。ヒードで動けるんだそ」 「君が心配する必要はない。わたしは、すでに辞職の書類を用意し「それに、親書の内容がもれたとわかれば、カリニイ政府は、公 ている。カリニュイに親書が届き次第、入力するつもりだ。この作式に、そのような協定案があったことを否定するだろう。いずれに 戦を指揮しているのが誰か、言うまでもあるまい。そいっとの片しても、今度の話は御破算だし、おれたちはーー、」 「カリニュイにとっても、好ましからざる人物になる」 は、わたしが自分でつける」 室長は、無表情な仮面の下で息をのんだ。 「八方ふさがりだな。どっちへころんでも、スプランガの目論見ど 大統領は本気だろうか。職を辞して、ス。フランガ最高会議議長におりだ」 復讐すると言うのか。 「ちくしよう。一体誰がスパイなんだ ! 」 そんなことが、できるものだろうか。 時間は、無駄に過ぎて行った。″スインギイ・ベル″は、刻一刻 とカリニュイの進入軌道に近づいて行く。 「とにかく、″事故〃を起こすのは、もっと先のことです。今は、 様子を見ることにします。あるいは、″スインギイ〃の方で、うま分裂剤の効き目は薄れない。 モートが、コンソールに両手を置いて、カリニュイ第二管制塔を く解決してくれるかも知れません」 呼び出す時刻を一秒のばしにしている時 ( まったく無意味なことだ 室長の言葉は、気休めにすぎなかった。 った。宇宙船の動力には限りがあり、到着時刻を遅らせることはで 二人とも、そのことはよくわかっていた。 きない。乗っとりを防止するための措置だ ) 背時通信機が呼び出し カリニュイまで、体感時間で半日足らずの行程に来ても、分裂剤音を鳴らした。 おれは、通信機の出力セレクターを、″音声〃に回した。誰が の効果は消えず、 ハリーからの連絡もなかったド 「どうする ? 」 ″代表″かわからない以上、情報は一度に全員の耳に入れておかな

6. SFマガジン 1985年7月号

入選作 いたものですから」 墓参の人々の中に、夏子は父母の姿を見出した。 母はやはり覚えていたのだ。この上もない嬉しさが心に湧い 年老いてひときわ小柄になった体をかがめて父母は合掌して た。それが表情にあらわれるのを、夏子は懸命に抑えた。会っ いた。線香の煙が二人の皺深い横顔に漂っている。丸めた喪服 ていられる時間は今日一日しかない。自分が夏子であると知れ の背に陽射しを受け、目を閉じていた。 二人にそっと近寄る間、夏子は人にぶつからないよう気をつば、父母の苦しみはきっと増すに違いないと思ったからだっ けなければならなかった。墓地の狭い路は入れ代わり立ち代わた。 り墓参りに訪れる人達であふれていたのである。だがそこには「娘さんのお墓参りなんですか」夏子は、何気ない風に尋ね 無論ざわめきなどはなく、むしろ一層静かな、沈んだ雰囲気だた。今の自分と母とが見知らぬ者同士である以上、こんなこと けがあった。重なり合って鳴き出した油殫の声だけが、耳障りでしか言葉を交わすことはできなかった。 なほどにかしましかった。 「ええ。あなたもお墓参り ? 」 : どこで ? 」 母が突然激しく咳き込んだ。喘息の発作であった。周囲の人「は、はい。あの、娘さんは : が驚いて振り返った。母の背後に来ていた夏子は、一瞬ためら「学校ですよ。校庭でまともに光を浴びたらしくて : : : 運が悪イ ったが、素速く手をのばした。二度と会えない両親のために何かったんでしようね」 かしてやりたいという気持ちがためらいに先立った。 「ちょうどあなたぐらいの年頃でしたな。同じ学級で無事だっ 正中線の右寄りを、掌の下の方に力をこめる感じで摩る。こた女生徒さんは一人たけだったそうです」父が傍で立ち上がっト ス の要領でやれば母の発作はすぐに鎮まるのだった。父が、そのた。 手つきにぎよっとしたように自分の手をひっこめた。 「そうーーですか」 「ーーー有難うございます。おかげさまで」 「三十何人かの友達が一緒にあの世へ行ってくれたんですからス 呼吸の楽になった母が向き直り、礼を言った。訝しそうに夏なあ、娘も淋しくはないでしよう」 子の顔を見上げた。 父はかすかに笑った。笑いとは言えない笑いだった。昔から 「何か ? 」 父は涙を流さない。悲しさや淋しさを、笑いでごまかす人だっ 「いえ、そのーーーあなたの摩り方が、あんまり死んだ娘に似てた。年を取って、それが涙をこ・ほすよりもさらに痛ましい印象 譱 ^. ~ 立月ソ仞し 野波寛 99

7. SFマガジン 1985年7月号

ていた。と同時に人々は、皆既日食の直前、月の影が突然に視界に 「死のかげの谷をわがゆくともなやみを恐れじーーこ 現れ、恐ろしいスビードで侵食が進んでゆく時の、あのまったくい 7 そしてずっと穏やかに、 われのない原初的な恐怖にとらえられた。 「主ともにます。みめぐみあふるる宴ひらき 男も女も、あるいはしつかりと抱きあい、あるいはこの場から逃 アーノルドのすぐ後ろから、刺すように鋭い女の悲鳴があがっ た。それは絶望に満ちた悲鳴だった。何かがひどくまちがっているれることで、逃れようのない運命を振りきろうとするかのようにわ といいたげな悲鳴だった。彼女の周囲も口々に叫び、悲鳴をあげなけもわからず走り回っていた。 がら東ロの大ア 1 チの上を指さしている。 ストッダードとアーノルドは身をよせあって座り、手探りで進ん 日暮れからずっと街の上にたれこめていた霧が一瞬はれて、昇りでゆく人影がしだいにかすかになるのを、光線の最後のひとすじが つつある月が姿を現した。だがその月は、だれも見たことのない月深い真の闇の中に消減するまで見つめていた。そして何時間かの だった。円筒形のレンズを通して見ているような、膨れあがり、ひち、彼らは、あたりの声や、手や身体の触れ具合から、まだ何千も き伸ばされた、悪夢の中の月だ。しかし、その形よりももっと異様の人が座席にうずくまったまま、これまではいつも戻ってきてくれ た光を期待をこめて待ち続けていることを知ったのだ。 なのは、その色であったーー深い透明な青。 ストッダードの肩にもたれてうとうとしていたアーノルドは、フ アーノルドは月に気をとられるあまり、照明が戻ったのにも気づ リードマンの最後の言葉をくり返している自分に気づいたーーー「望 かなかった。徐々に彼は、コロシアム自体の光景もどこかおかしい ことに気がついたーーあたり一面に、やわらかな波が拡がって景色みはないーーー・望みはないーー」 の一部がゆがみ、ほかはそのままで、まるでゼラチンが感光板の上 を溶けて流れていくようだ。コロシアムの反対側の壁沿いに並んで いる人々に焦点をあわせることができない。座席の列がかすんだ り、ちらついたりするばかりで、まるで光が遙か彼方から熱い空気 の層をとおってやってきているようだ。 吐きけとともに、彼は時空のゆがみがすぐ身のまわりのものにま で影響をおよぼし始めたのだと悟った。人々の顔にも微妙な変化が 現れ、目鼻やロの位置がずれ、顎と額がもりあがってたわみ、以前 見たことのある、骨炎による長期間の骨の軟化から骨格に変形をき たした患者を思わせた。 夜は急速に深まり、今やその長大な紫のカーテンを閉じようとし

8. SFマガジン 1985年7月号

ェアロック下部から、タラツ。フがぎくしやくと伸び出す。 たまらなくもどかしい気分だった。 「四人ーーーいや、一人乗りだった。それがどうした ? 」 作業を終え、ていねいに端末機に鍵をかけた男は、もはや大統領 「食料は何人分ある ? 空気は ? 水は ? それに ではなかった。 「エアロックを閉めろ、テンバ 憲法五十九条関連執務規則 8 ーによって、適法に、そして即座 と、モートが叫んだ。 に、大統領職を放棄したのだ。そこにいるのは、長く、孤独な任期 から解放された、一人の男だった。 しかし、遅すぎた。今からエアロックを閉じるには、数秒かか 元大統領は、デスクの一番上の抽出をあけ、そこから、鈍い銀色 る。それだけの時間があれば、充分だ。 に輝く、紋章入りの軍用ビストルをとり出した。 どうして気がっかなかったんだろう、と思いながら、おれは 「わたしに、あなたを逮捕する権限があることは、わかっておられ おれたちは、地表に伏せた五つの白っぽい人影を見つめていた。 食料も空気も、余分な貯えはない。」 牙の人間が、何百日間も密航ますね ? 特殊郵政室長は、おだやかに言った。 する余裕などないのだ。 おれはーーーおれたちは、一人しか乗っていなかった。、 「わたしは、もう大統領ではない」 ス。フランガは、分裂人格を装ったスパイを送り込んだのではな と、元大統領はつぶやき、シノモン最高位の椅子から立ち上がっ ス。ハイの人格が、分裂人格の一つとして生成されるように、細た。 工したのだ。スパイはおれ ( たち ) 自身だった。 「息子を失った、ただの男だ」 「わたしは、あなたを逮捕しなければならない、 と思います」 今となっては、スパイが誰だろうと問題ではない。室長は何と言 っていたろう。 「君の職務だ」 元大統領はそう言ったが、室長の言葉を気にかけたふうもなかっ 「″代表″は、船外へ出た瞬間、射殺される。拘留して、脱走させ こ 0 る危険を冒すわけには行かない」 おれは、催眠術にかかったように、一歩前に出た。 彼は無雑作に右手にビストルをぶら下げたまま、ドアをあけた。 五本の光条が、一度におれを貫いた。 室長は、一歩も動けず、ただ立ちつくしていた。 「五分待ってくれ」 ( ロルド・・ ( ウエル特殊郵政室長は、、やな予感がした。何か悪 トイレにでも立つように、シノモン大統領は言い、肩をすくめて 夢を見ているような気分で、大統領が専用端末機に、最後の取消不部屋を出た。 能コードを打鍵するのを見守っていた。とりかえしのつかない事態 が起こるのがわかっているのに、・ とうすることもできないような、 ス。フランガ最高会議議長は、銀色の銃口に気がつくと、すつばい

9. SFマガジン 1985年7月号

「そんな筈はないぞ」 二人は手を握り合い、甘いキスを交わした。ある窿男は女を自分 おれは、肩をすくめた。 のキャビンに招待した。食事と甘い囁きのあと、キャビンの灯が消 7 「みんな、たがいに顔を知ってるじゃないか」 えた : ・ 。翌朝、そのキャビンで、男がひとり首の骨を折って死ん 「そんな気がするだけさ。忘れたのか ? 」 でいるのが発見された」 アジャンがうなずいてみせた。おたがいの″顔″も幻覚のひとっ誰も笑わなかった。 だ。人格生成は、航宙の度に再調整される。だから、おれたちはー 「あまり面白い話じゃないな」 ーおれは、いつも違うメン・ハーで飛んでいることになる。顔見知り と、アジャンがつぶやく。 だという印象は、与えられた暗示のせいにすぎない。暗示は、とに「話し方が悪いんだ。モート、その話はこういうふうにやらなきや かく表出された人格のすべてに及ぶように仕掛けられる。従って、 いいか、ある長期航行船がーーー」 誰か別の人間が、分裂人格の一人を装っていたとしても、区別はっ タクの指導を無視して、モートは話の主旨を説明した。 かないのだ。 「問題はだな、テン・ハ、 この場合、死体を発見したのは誰か、とい ぞっとするような考えだった。 うことなんだ。分裂人格しか乗っていなければ、誰も、死体を発見 実在の人間が、おれの心の中の幻想を装っているのだ 。おれできる筈はない」 は、一人ずつ順に、顔を見つめた。どれが、″実物なのか。タ つまり、モートは、奴一流の遠まわしな表現で、おれがやたらに ク、モート、アジャン どの顔も、急に生気を失い、ぼやけてい ビストルを振り回したりすれば、″代表ひとりが生き残って、お るように見える。 れのーーおれたちの死体を発見することになゑと言っているの ミ」 0 おれはもう一度、ビストルを抜き出した : 「とにかく、撃ってみようか 「それにな、テイハ」 ″代表″だけにあたると思うんだがーー」 アジャンが、深みのある声ーーーこれまた、おれの幻想の一部か ? アジャンが、頭をかいた。 で、ロをはさむ。 「やめたほうがいいと思うよ」 「時分割のことを忘れちゃ駄目だ。 " 代表から見れば、おれたち 「テン・ハ こんなジョークを知ってるか」 は無意味に歩き回って時間をつぶしていることになる。あんたが銃 おれたちの誰ひとり ( おそらく、″代表″も含めて ) 、ジョークをかまえて、発射するまでの間に、奴は、その。ヒストルを取り上げ を聞くような心境じゃなかったが、モートは勝手に話し始めた。 て、カートリッジを抜き、銃口にパラの花東を差してから、返して、 「分裂剤が出はじめた頃の話だ。その宇宙船の乗組員は、若い男とよこすことだってできるだろうよ」 女だった。何週間も二人きりで飛んでいるうちに、恋がめばえた。 もっともな話だった。 。自分で自分を撃てない以上、 あ。

10. SFマガジン 1985年7月号

ストッダードは周囲から網がせばまってくるのを感じた。このろ学を鑑賞する気分ではなかった。世界中の天文台の手動操作ドーム くでもない相棒がひとたびひとつの考えにとりつかれたが最後、あの例にもれず、西部工大の十インチを覆うドームも並大抵のことで 6 きらめさせる道はないのだ。「まあ、われわれはもっと見こみ薄のは開いてくれない。ストッダード が超人的努力の末に、やっとのこ こともやってきたわけだしな。あいにくと何だったかは思いだせそとでシャッターをあけると、白鳥座が子午線をまたいで翼を広げて うにないがね」 いるのが見えた。大儀そうに息をつきながら、木星が開口部の中央 「なあ」アーノルドの目は輝いている。「今夜、十インチで授業はにくるまで、彼はドームを回転させた。まるで水瓶座の暗い星々の あったかな ? 」 間にかすかに輝く黄色い停止灯のようだ。それから望遠鏡を、支柱 ストッダードは考えた。「今日は水曜日か ? だったらないと思を軸に高射砲のようにまわし、鏡筒をのそいて、木星を視野にとら う」 えた。 「それなら、すぐーーー今夜にでも観測ができるじゃないか」 「シーイングはどうだい ? 」机のそばの・ほんやりとした黒い影の 「まあ、そういうことだ。濃い霧でもでないかぎりはね」彼はあき主、アーノルドが尋ねた。彼は電灯のかさを傾けて、明りがクロノ らめの溜息をもらした。「なあ、天文暦表を見てみようじゃない メーターと手元のメモ用紙だけを照らし、望遠鏡の端にはあたらな か。今夜は食はないかもしれないぞ」 よ、つにしこ。 しかし『アメリカ天文暦表』のご託宣はちがっていた。木星—の ストッダードはもう一度、焦点ねじをまわした。「あまりよくな 掩蔽がグリニッジ標準時十月五日木曜日四時八分十秒に予定されて いな」彼はそうつぶやくと望遠鏡の端の接眼レンズをはずし、わき いるのだ。 に置いた箱からやや長めのものをとりだしてつけ直した。「うんー ーこのほうがいい」 アーノルドは喜んだ。「今夜七時十五分に十インチで会おう。 「衛星のようすはどうだい ? 」 「ああ」 「ああ、天文暦表の予報どおりだ。カリストとガニメデが西の上の や 方。エウロ・ハはほ・ほ木星の直径分くらい東にある。イオはどこにも 「終わったら家で一杯飲れるから」 「きっと飲みたくもなるだろうさ」ストッダードはむつつりと答え見えていないようだな」 た。「宇宙がどれだけ収縮しているのか確かめたあとじゃあな」 彼はもう少し楽に背すじを伸ばして望遠鏡をのそけるように、観 測台のいすを数目盛低くした。「ちょっと待ったーーー今、縁のとこ 机の上の明りが丸い部屋の周囲にグロテスクな影を投げかけ、天ろにちらりと見えたぞ」 体望遠鏡や支柱がドームの湾曲した壁にへばりついた巨大な昆虫の アーノルドはクロノメーターに視線を走らせた。「まさか ! も ように見える。しかし、ストッダ 1 ドはとてもその影絵の射影幾何う食が始まっているわけじゃないだろうな」