そして数分の後には、刑事の身体は都市中心を覆う大きさになっ 体が支配する世界があるのだった。制御体はヴォズリーフを消すこ とができるだろうかと森日刑事は考え、しかしこうなっては、制御た。 体にとっては自分Ⅱ森 " 刑事もヴォズリーフと同じく敵として認識 e 9 9 2 は眠下に森が出現したことをマーターに伝え されているだろうと思い、身を震わせた。 た。それはどこから見ても森そのものだった。 森は嵐になった。少年は突然の嵐に身をすくめ、水扱みの仕事を しかしマーターにとっては、それは刑事だった。都市中心部の一 忘れて家にとんで帰った。 〇キロメートルのどの部分にも等しく刑事が存在する、そういう状 態に近かった。マーターは 9 9 2 以外のすべての追跡ュ 浮遊制御体 M1014 は下に広がる都市が自身のカではない未知ニットを作動させて、それを確認しようとした。センサ群の目標追 跡の位置情報が少しづっ誤差を生じて、光学レンズ系のピントが甘 の作用によって変容してゆくのを捉えた。 この異変は小さな、しかし重大な出来事から始まった。情報センくなるように、ぶれているのではないかとマーターは疑ったが、セ ター内に一つの動きを 1014 の目標追跡ュニットは捉え、それンサ群は正確に作動していた。 を中枢部マータ】は伝えた。マーターはその動きは熱による自然現〈どこにも存在しているわけではない〉マーターは悟った。〈あの 象だと判断したが、目標追跡ュニット 9 9 2 はそうでは森に見えるすべてがファイル 4 4 2 6 9 1014 ー 817 に記された者なのだ〉 ないと中枢部に反論した。 屍体が自律して動くこと、その屍体が生き返り、森の姿になるこ 〈自律運動です、マーター〉 〈しかし生体反応はない。それともおまえの熱帯域センサが故障しと、それらは 1014 マーターにとっては重大な出来事ではなか った。それは確率的に起こり得ることだった。問題なのは、その森 ているというのか ? 〉 、え、マーター。わたしの機能は正常です。あれは屍体です。が広がりつつあり、他の都市をも呑み込もうとしている、その動き であり、その刑事の、森の、意志だった。その意志を制御できない しかし自律運動です〉 事態は、 M1014 や他の制御体にとっては敗北であり、自らの存 〈自ら動く屍体は、屍体ではない〉 中枢部マーターはの主張を認め、自律運動をす在意義を揺るがせることだった。 その意志は、不明体と無関係ではないと 1014 マーターは推 る屍体があることを認めて、屍体の動きを精密追跡するように 9929DA に命じ、高速で自己ファイルを検索した。屍体は制御論した。 警察の情報課刑事だった。 〈消してしまわなければならない〉 その刑事はたしかに屍体だったが、ファイルを検索しおわった直不明体は森の中央にいた。だが森が広がるにつれて、森のノイズ 後、それは、生き返った。 に邪魔されて捉えにくくなっていた。 8 4
じつつ、それに疑問は抱かなかった。激痛はこの世のものとはとう「おまえはすでに死んでいる」女は言った。「死者に安らぎはな てい思われず、このような痛みは生きていては絶対に感じられない い。二度は死ぬことはできない」 だろうから、自分は死んでいるにちがいないと刑事は思った。 刑事は屍体の自分の身を動かし、倒れ、這いながら、センターを 「そのとおり」 出た。廊下は暗く、永遠に続くほど長かったが、半開きになった非 常口にたどりつくと刑事は力をこめて痛みと闘いながら身を起こ 刑事の思いを読みとったヴォズリーフがうなずいた。ヴォズリー フは剣を抜き、それをディスプレイ画面に向かって投げた。剣はデし、そして階段を転がり落ちた。再び腕の肉がそげおち、赤い肉と イス。フレイ画面に刺さった。そこで剣は消減したが、ディス・フレイ白い骨があらわになり、新たな激痛が走った。 は、割れて破壊された状態のまま、光をとりもどした。室内の非常刑事はうめき声をあげることもできず、もはや立っこともなら 灯が点灯し、焦げて機能を失った制御卓が、作動しはじめた。す・ヘず、階段の踊り場に転がった。気を失うことも、もう一度死ぬこと ては焼け、焦げているにもかかわらず、制御コンビュータが動きは もできなかった。 じめた。 〈なぜおれをこんな目にあわせるんだ ? 〉 刑事は黒焦けの身を起こし、焼けた制御卓につかまりそこに突っ 「おまえは制御体に殺された」 伏した。 〈そうだ : : : おまえの言ったとおりだったわけだ。制御体をコント 黒衣の女が倒れた椅子を刑事の腰にあてがった。スチール部分をロールすることはできなかった〉 残して燃えっきた椅子に刑事は腰をおろした。焼けた腕の肉がはが「おまえは制御体に殺されることを知り、殺された。しかし殺され れ、制御コンソールにおちた。 たこと自体を経験したわけではないだろう。だから、いま、経験さ せているわけだ。わかったか ? おまえは死んでいるのだ」 「死者の踊りだ」 刑事の五官は正常だった。見えたし、聞こえたし、焼ける舌の味〈こんなことがーーどうしてだ、この痛みは幻ではない〉 もしたし、臭いもあり、そして痛みがあった。 「もともとこの世界は幻だ」 〈殺してくれ〉 〈頼むから、もう一度殺してくれ : : : この痛みを消してくれ〉 切実に刑事は黒衣の女に訴えようとした。・ : カ声にはならなかっ 「しいだろう」 非常ロの上から刑事の屍体を見下ろしてヴォズリーフが言った。 〈頼むから殺してくれ。おれはこのような目にあわされるほどのこ 「一つだけ望みをかなえてやろう。注意深く望むことた。おまえは とをしたのか ? 〉 すでに死んでいる。死はいまおまえが経験している以外のものでは 黒衣の女は冷く美しく、残酷だった。 ない」 刑事は自分が死んでいるのだということを受け入れた。死んでも 〈頼む〉刑事はくり返した。〈殺してくれ、もう一度〉 6 4
刑事は煙草をくわえ、火を着けようとし、警官の言葉に手をとめ ろう」 女性オペレータはうなずき、ディス。フレイ画面へ目をやった。上て、顔をあげた。 空を映し出しているメインディス。フレイの、拡大されている浮遊制「心中だ ? 飛びおりだって ? このビルからか」 「窓は一つも開いていないので、屋上か、ヘリかなにかからでしょ 御体が、ディス。フレイを真っ白にする閃光を発して爆発した。 センター内の職員は皆息を呑んだ。ディス。フレイ画面が通常視界う」 「ホトケは ? 」 をとりもどしたとき、そこには夜空以外のなにも映っていなかっ こ 0 「収容しました。女のほうは妊娠していたようです。男のほうは、 これが、おかしいのですが、焼身してとびおりたようなのですが : 「被害状況を出せ」 ・ : 熱くはありませんでした。女が焼き殺したあと、その死体と一緒 刑事は叫んだ。センター内は騒がしくなり、それから静まりかえ にとびおりたのかもしれません」 1014 は爆発してはいま「油臭かったか」 「なに。なにも生じてはいません。 「は ? 」 せん」 「なに事も、なしか。いや、そんなはずはない : : : すべて幻なのか「焼身なら油をかぶったろう」 「そういえば、そんな臭いはありませんでした」 しかし一基の浮遊制御体が消減していることをディス・フレイに出「蒸し焼きだよ」 力されたデータが示していた。消減したのは 1013 制御体だっ 「ではやはり女のほうが殺したんでしようか」 た。センター内はこの出来事をめぐって再び騒がしくなった。 「だろうな。男は呪んでいるだろうよ」 刑事はそこを一人はなれて廊下に出た。 「じきに身元がわかると思いますが」 非常ロのほうを見た刑事は腕をさすり、顔をしかめて、エレベー 「だといいが」 タに向かった。 心底、刑事はそう願った。黒焦げの男の死体が自分なら、、 夢だったのだと刑事は思った。 る自分はだれなのかと刑事は疑った。 一階ホ】ルから外に出た刑事は、その周囲に人が集まり、救急車「しかし」と刑事は火の着いていない煙草を捨ててつぶやいた。「ど とパトカーの赤い旋回灯が好奇心を露わにした人間たちを照らし出ちらにせよ、あれはもうここにはいないんだ」 している駁ぎに出くわした。 〈もう一度死ぬがいい〉 「なにがあったんだ」 ヴォズリーフの言葉がよみがえった。森の姿で死ぬよりはましだ 制服の警察官が刑事に気づいて敬礼し、そして言った。 ろうと刑事は思い、夜の気を吸った。 8 5
ヴォズリーフはペズを呼びもどした。青い気の中でペズが身を震 リーフの前で立ち、死の息を吹きかけた。 わせた。 黒衣の女の姿をとっているヴォズリーフは人間と同じ感覚で、そ 5 〈ヴォズリーフさま、あれはエスクリトールの創言術とは別のものの死臭と冷い死の気配を感じとった。 のようです〉 〈ヴォズリーフさま〉ペズはおびえていた。 〈この気は、闇の王ア 〈なんだ ? 〉 モラタードさまのものと似ています〉 〈わかりません。たぶん、刑事の創ったものでしよう〉 〈いいや、ペズよ、それはちがう〉 〈制御体かもしれん〉 黒衣の女は一歩二歩あとずさり、屍体との間をとった。 〈制御体は破壊したでしよう〉 屍体が腕を差し出してとびかかってきた。 〈制御体は一基だけではないが : : : フムン、あの刑事だろうな。い ヴォズリーフは剣でその腕を斬りおとしざまに屍体の頭上をとび い度胸だ。相手になってやろうではないか〉 越え、制御卓の上におり、振り向いた。宙にとんだ屍体の右腕が・フ ヴォズリーフは森日刑事をもとの姿にもどした。 ーメランのように回転しながら黒衣の女の首筋めがけて旋回した。 森は一瞬に消えて、廃墟の都市が広がった。 右腕のない屍体は制御卓に立っヴォズリーフに突進し、その足を つかもうとした。ヴォズリーフはとっさに、その屍体の肩へととび 黒衣の女は焼けただれた制御警察本部ビルの最上階に注意深く足乗り、飛んできた右腕を剣でたたきおとし、床へとび降りて剣を屍 を踏み入れた。 体の胴へたたき込んだ。屍体は胴体を斬られて、腹の空気と汚れた 血を吐いて床に倒れた。 焼けたディス・フレイ群を、壊れたまま作動状態にしたヴォズリー フは、都市上空に、破壊された M1014 とは別の制御体が接近しその倒れた屍体はしばらく動かなかった。が、ヴォズリーフが、 てくるのをそのディス・フレイ画面から読みとった。 黒衣の女が息を鎮めるより早く、再び身を起こした。 「制御体はわたしを消そうとするのをあきらめていないようだ」 屍体は血の気がもどり、炭化した肌が健康な色になり、着衣も焼 ける前のスーツになった。 そして制御体は、この自分以外に、いまここで生じようとしてい る出来事も理解できまいとヴォズリーフは思った。理解できないだ ヴォズリーフの前に生前の刑事が立っていた。だが刑事には右腕 ろうし、この自分を消せないと同様に、これらも制御体には消すこ がなく、胴体は着衣ごと深く斬られ、見るまに血が流れ、床に血だ とができないだろう、と。 まりをつくった。 ヴォズリーフは青く輝く剣を手にして、それに対して身構えた。 「痛い、痛い」と刑事は低くうめいた。「殺してやる」 床に転がる屍体の一つが身を起こした。 「おまえは死んでいるんだ」 刑事の屍体だった。それは完全に死んでいた。だがそれはヴォズ 「わかっているさ」
「原囚はなんだ , 「わかりません」 「あの女はどうした。黒衣の、正体不明の、妊娠している女は」 刑事は制御警察本部ビルに、その最上階の情報センクーに立って女性オペレータは刑事に顔を向け、首をかしげて、無言だった。 いる自分に気づいた。 「いや」と刑事は言った。「なんでもないんだ 1014 から調査 「上空の制御体が過熱しています」 命令が出ていた件なんだが、暴走した 1014 の幻覚だったんだ わきの、制御卓についている女性オペレータが言った。 刑事は自分の手を見、頭をなでて、焼けていない髪に触れ、そし て女性オペレータにうながされてディス。フレイ画面を見た。 「 1013 か ? 」 しいえ、 1014 です」 「 M1014 はーーー」 巨大。ハンに撃突されて爆散したのではなかったか、と刑事は思 、それから大きく息を吐き、自分の経験はすべて幻なのだと自分 に一一一口い聞かせた。 「過熱ではない。最大出力でセンサを冷却しているんだ。あの周囲 は冷えていて、熱層が地上に向かって広がる」 そうつぶやき、刑事は壁のディス。フレイに出力されたデータがそ のような事態ではなく本当に過熱していることを表わしているのを 見てとった。 「上昇移動させろ」 「やっていますが、反応がありません」 「爆発するそ。全都に緊急避難命令を出せ」 「その権限は本部長か知事でないと出せません」 「本部長には知らせたか」 まもなく避難命令が出されると思いますが」 マーターは上昇してくる一羽の大きな鷲を見ることはできなかっ た。御体 M1013 はその、魚をくわえた大鷲とともに消減した。 書泉ブックマートブックフェアのお知らせ 「文庫によるファンタジーの世界ー 私たちをファンタジーの世界へといざなってくれる作 品たち。そうしたファンタジー作品の傑作がこのところ 相次いで映画化されたり、また評判の映画のノヴェライ ズが出たりしています。 そこで当店では早川文庫を中心に、多くのファンタジ ー作品を選び、「文庫によるファンタジーの世界」と銘 うち、。フックフェアを開催します。 期間昭和六十年六月一日 ~ 六月三十日 場所書泉・フックマー 住所東京都千代田区神田神保町一ー二一 ( スルガ台下角 ) 7 5
この激痛から逃がれられないとすれば、望むことといえば一つしか「そうだ」少女は刑事の声で言った。「しかしあれに殺されるのは よ、つこ 0 もうごめんだな」 「つけあがるなよ」ヴォズリーフは言った。「人間が創ったものな 〈生を、望む〉 黒衣の女は微笑した。「それでいいのか ? もう一度死ぬことにど、この世にはなに一つないのだ。コンビ = ータも制御体も、人間 でなくとも猿にでも、造ることができる。偶然できることだってあ なるのだ」 り得るのだ。たまたまエスクリトールがおまえたちに言葉を与えた 〈制御体に殺されないように気をつけるさ〉 から、それら機械を効率よく造る手段があったというだけのこと 「よかろう」 だ。おまえたちが真に創造したものなど、この世には一つもない。 ヴォズリーフは刑事の望みをかなえた。 刑事の屍体から青い芽がふいた。うつぶせの背から出た芽はすぐそれらはもともとこの世にあったにすぎない。言葉が予言したもの に大きな幹となり、腹から出た根はビルの床を突きやぶり下へと伸が実現したにすぎないのだ。すべては = スクリトールがここに来た ときからあったものだ。おまえたちが造るものは、一つの物体が別 びた。 巨大な制御警察ビルは一本の樹の成長とともに崩壊した。灰になの形に変わ 0 ただけのものだ。それは創造ではない。制御しただけ のことだ。おまえたちはわたしには勝てぬ」 った都市に緑が広がり、都市は森となった。 「消えろ」 森の中に村ができ、平和な楽園が出現した。 黒衣の女は泉のほとりに立ち、水を汲みにやってきた少年にたず刑事は言った。それから、その刑事の声を出した少女は再び少年 となり、目をしばたたいて、あらためて黒衣の女を見た。 ねた。 「だれなの ? 」 「おまえはなにを生んだ ? 」 少年は幼い顔を上げて、黒衣の女を見て首を傾げた。 〈ヴォズリーフ。青の将魔〉 「なにをつて ? ・ほくは男だもの」 黒衣の女はすっと泉の水面へと移動し、そこで水の炎に姿を変え 「なるほど」ヴォズリーフは少年の頭の上に手をかざして少年を少た。泉が一瞬青く輝き、それから泉はなに事もなく静まりかえっ こ 0 女に変え、再びたずねた。「おまえはなにを生むか」 「もちろん、子供を」と少女はこたえた。 少年はいまのは幻だったのだと思った。だが森や村人やこの生命 「そうか ? 」 相のすべてを合わせた存在、一個の刑事は、ヴォズリーフは幻では 「他になにがあるっていうの ? 」 ないことを意識していた。 「都市は。武器は ? 制御体やコンビュータは ? 言葉があれば、 森は、ヴォズリーフには逆えないだろうと意識しつつ、それで それを造ることができる」 も、なにか手段があるにちがいないと感じていた。森の外には制御
や、この世界を消すには、わたし青の能力を使うまでもなく、エス 。へズには見えた。 クリトールの術を真似た″一言〃で消せる。わすれるな宙魚ペズ。 〈自らの言葉に殺された者たちを。制御体は人間の言葉で組み立て わたしには言葉など敵ではない。幻など敵ではない〉 られた機械だ。矛盾を消すために造り上げた。その結果がこれだ。 自らが消えることで美事に矛盾は解決されたわけだ〉 〈わすれるなど、めっそうもございません〉 荒れはてたセンター内を歩み、ヴォズリーフは一人の男の死体の 宙魚ペズは身を縮ませて沈黙した。 〈しかし〉とヴォズ リーフはいった。〈油断はならない。創言能力前で立ち止まった。 は強力な武器だからな。創言能力はどんなことでも可能だ。本物と ヴォズリーフを解剖しろと言った刑事が床の上に仰けに倒れてい 偽物の区別をこちらがつけられなくなったら危い〉 た。衣服は焼け、肉はただれ、腹部はまだ熱のために腸が膨み、異 〈そのとおりですが : : : 危いのですか ? 〉 様な姿だった。 〈心配なのか ? 〉 ヴォズリーフは手を前に差し出した。空中に剣が出現した。黒衣 の女はその剣を手にすると足元の刑事の、膨んだ腹部に剣を突き立 〈創言世界は鏡に映された世界と言ってもよい。本質世界はこちらてた。刑 - 事の腹は空気を抜く風船のようにし・ほんだ。 にあり、鏡の世界では偽物が動く。本質世界では不可能なことも可「見るがいい」ヴォズリーフは屍体に言った。「その眼で自分の姿 能になる、ようするに幻術空間だ。このリンボウでは、その鏡面、 を見るがいい」 本物と偽物の区別をつけている境界は、時間だ。だが制御体はその 境界面を・ほかしてくるだろう。そうでなければわたしと対等に戦う 刑事は腹部に走る激痛で目覚めた。 ことはできない〉 乾ききった身体の感覚があった。ざらざらしていて砂のようだっ 〈早いところ帰りましよう〉 た。全身がまだ火にあぶられているかのように痛んだが、腹部の痛 〈あわてることはない。勝負は最初からついているのだから。制御みはそれとは別の冷く鋭い、刺すような痛みだった。 体がどんなに利口になろうと、わたしの敵ではない。わたしは、ペ 「起きるがいい」 ズ、制御体に利口になって欲しいのだ。でなければ、とうに消して 黒衣の女の声だというのがわかった。刑事は目を開こうとした いる。あれは利用価値がある〉 が、動かなかった。視界が黒から乳白色に変がり、自分のまぶたは 青の将魔ヴォズリーフは黒衣のドレスの裾をひるがえして宙をと焼けてなくなっているらしいというのに気づいた。視野が澄むと、 び、空中で霧になると、警察ビル最上階の制御情報センターに入り わきに倒れている女性オペレータの黒焦げの死体がわかった。異臭 込み、再び黒衣の女の姿をとりもどした。 が感じられ、強くなった。その臭いは自分自身が発しているものも 5 〈見るがいい、宙魚ペズ〉 混じっているにちがいないと、刑事は、自分が死体であることを感
〈制御体に制御させたんだ。あいつの、未知のものを消そうとするはわたしをわずらわせることなどできぬ。もう一度死を経験させて 力を集中させて脱出したんだ。わたしはそんな手間をかける必要なやろう。もう一度死ぬがいい」 ヴォズ どない。 一気に出ることができる。そのときは、だが、こいつも一 リーフは リーフは飛んだ。翼を広げ、鷲となったヴォズ 緒だ〉 御体に向かって上昇した。 〈痛い〉と刑事の気がいった。 〈エスクリトールのやっ、とんでもない置き土産をしたものだ〉 制御体 M1013 マーターは熱管理システムの異常を察知した。 〈罠でしようか〉 本来冷却されているはずの目標追跡ュニット群が過熱しはじめて 〈あいつにそんな頭があるものか〉 〈痛い〉と刑事の気がいった。 〈マータ 1 、機能を維持できません〉 御体を消してしまうのは惜しい。あれ 〈すさまじい創言世界だ。』 ュニット群は火花を散らして機能を停止しはじめたが、中枢部は を一基でも持っていきたい。あれと一緒になるとそう簡単にはいか原因を突きとめることができなかった。 ないが〉 その原因が不明体の存在にあることを中枢マ】クーは感じていた 〈早く出ましよう、ヴォズリーフさま。寒気がしてきました : : : 工 が、抵抗することができなかった。 スクリトールの言葉には、鎮魂とか除霊とかもありますよ〉 その制御体は自らを他の制御体のネットワークから切り放した。 廃墟の都市にヴォズリーフの怒りの水の炎が渦巻き、都市は水のそれは一種の自殺行為だったが、自らを切り棄てることは全体が敗 炎に焼かれて青く凍りついて、結品化した。 北するのを防ぐ手段だった。 その結晶化した一角、警察ビルから、制御体には感知不能の情念 センサ群を中枢部からソフトウェア上で切り放して、中枢マータ が制御体目がけて飛び立った。 ーは自らの意識を最後まで保つことにした。中枢部も過熱しはしめ ヴォズリーフは黒衣の女の姿をとり、青く輝く警察ビルの上に立ていた。 っこ 0 、 〈わたしはここにいる〉マ 1 クーは自己を自身で高速に確認しつづ 「ニスクリトールは思ったほど間抜けではないのかもしれん。死者けた。〈わたしは存在する。これは矛盾ではない〉 たちに制御体を消すような自減機能を残したらしい。そうはさせる 熱のために能率が低下してゆくのがわかった。その効率の低下の ものか。それを逆利用してやる」 直接原因は感知不能だったが、低下の速度は自身の計算と一致して いた。それでマーターは自身が消減するまでの時間を知ることがで 黒衣の女のわきに刑事の屍体が立っていた。刑事にヴォズリーフ は一一一口った。 きた。その最後の一瞬まで計算を誤らなければ、自分の機能は狂っ 「遊びはもう終わりだ。おまえは幻以上の幻た。驕るなよ、おまえてはおらず、それはそれ自身を満足させるものだった。 6 5
い。おまえにはつものように管制システムの点検をやったが、その日はいつもとは 〈おまえが望むなら、それを経験させてやっても、 異なっていた。 通用するだろう、制御体の攻撃は〉 〈制御体にタイムコントロールの能力があるなど、信じられないが受信コードを確認しろと少佐は大尉に言った。 「確認しました」 〈時間を制御するのではない。あくまでも創言力だ。エネルギーを「コード変更があったんじゃないか ? 」 制御するのではないんだ〉 「そんな重大なことを忘れるはずがありません」 〈理解できない〉 二人は直ちにそれそれの制御卓につき、キーを差し込み、発射制 〈確率を制御すると言うのが一番近いだろう。理解の必要はない。 御回路を開いた。各自に与えられた発射用コードを打ち込み、スタ 死ねば、わかる。わかるようにしてやろう〉 ン・ハイになったところで少佐は発射ボタンを押そうとし、もう一度 〈いや、それは辞退する〉 確かめた。 森 " 刑事はいった。青の将魔ヴォズリーフは身を女の姿に変え 「間違いないのか、大尉 ? 」 た。森におりていたミッドナイト・フルーの色が消え、宙魚ペズは森「こんなもの時代遅れですよ。役に立っとは思いませんが、命令に の泉に落ち、危うく溺れそうになるのを、裸身の女の姿のヴォズリ誤りはありません」 「これは演習ではない。確実に飛んでいく」 ーフにすくい上げられて息をついた。 「こいつが狙っている目標がなんなのか、都市なのか軍事基地なの 〈魚のくせに溺れるとは〉 か、われわれに知らされていないのは救いですね。発射して下さ 森日刑事はヴォズリーフと出会って初めて笑った。 い、少佐」 〈ペズは〉ヴォズリーフはいった。〈魚などという言葉にはあては まらない。 これは魚ではない。この形そのものも、おまえには幻に 「もう一度司令部に確認しろ」 すぎない。おまえにはペズやわたしの真の姿など理解できない〉 「通信回線は自動閉鎖されました。少佐、早く。こうしている間に 〈その必要もない、か〉 も敵ミサイルが接近しているかもしれない」 森 " 刑事はいった。そのとおり、とヴォズリーフがこたえた。 「しかし・ーー」 〈わたしに対抗できると思っているのか〉水浴びをする女がいつ、 「少佐」大尉は腰の拳銃に手をやって言った。「責任はわれわれに た。〈無駄なことだ。勝てるものか〉 はありません。たとえ何十万人殺そうと。命令に従わなければ、そ れこそ責任を問われます」 「こんな事態はおかしい、絶対に、おかしいよ。こんなことが起こ そのの地下発射管制室にいつものとおりにやって来た二 るはずがないんだ」 人の管制員は、いつものように厳重に任務交代の引継ぎをやり、 0 5
ヴォズリーフは唇をかすかに曲げて笑った。 。それがおまえが創り出した状況なの 「永遠に苦しみもがくがいし 〈ヴォズリーフさま、笑っている場合じゃありません。これは幻で だから」 はありませんよ〉 ヴォズリーフは警察ビル屋上へ身を移した。空を仰ぐと新たな浮 〈いいや、幻だ〉 遊制御体が上空に小さく輝いているのが見えた。 〈どうしてです、これは創言能力ではありませんでしよう〉 〈エスクリトールの創言力から超えるものではない。こいつは、幽その言葉と同時に、ヴォズリーフの姿は刑事の屍体とともに二〇 霊だ〉 〇メートルを越えるビル屋上から、落下した。 〈幽霊 ? 〉 地上にたたきつけられた二体は首はとび、骨は砕けた。 〈おかしいか ? エスクリトールの言葉にわたしは慣れていないか〈エスクリトールめ〉 らな。幽霊でおかしければ、死霊だ。情念だ。制御体にはこいつを青い気となったヴォズリーフは怒り、そのため地上が真昼にもか かわらず暗くなった。 消すことはできないだろう。そう、人間が創り出した唯一のものだ ろう。こいつは物体ではない。エネルギーではない、情念だ〉 〈魂、ですか ? 〉 青い気にまとわりつく、刑事の情念がいった。 〈ちがう。一種の記憶作用だ。物体ではないものヘ刻んだ記憶だろ〈ヴォズリーフさま〉 う。どこにも記されない言葉というべきものだ。そんなものはどこ女の屍体から腹をやぶって宙魚ペズが空中を頼りなく泳ぎ上がっ にもない。だからあれは幻以上に幻だ。しかし作用力はあるんだ。 てきた。 こいつには制御体も消せるかもしれん。時間はかかるだろうが、こ 〈消してしまうほかに方法はないでしよう〉 いつの情念が子孫に伝われば、確かな力をもつだろう〉 〈エスクリトールめ〉ヴォズリーフは叫んだ。周囲が一段と暗くな 「痛い」と刑事が言った。「おまえを殺してやる」 った。〈やつを探し出し、その屍体を奴王ヴェルデュラスにたたき 「おまえにはわたしは殺せない」ヴォズリーフはこたえた。「どうつけてくれる〉 いう痛みだ。わたしに斬られた痛みか」 〈エスクリトールはここにはいません。この中間界を抜けて下へ出 「焼ける痛みだ」 たんですよ〉 「それは制御体のせいだ。わたしを呪むのは筋がちがう」 〈創言能力を使ってか。やつの創言能力は制御体を生み出した。制 「おまえを殺す」 御体を利用してこの中間界を脱出したのはまちがいない〉 「まったく、言葉は不便だな。わからせることが出来ない」 〈でも、どうやって、ですか。このリンボウ世界は入るは易く出る 5 ヴォズリーフは剣を消した。 に難いところです、ヴォズリ 1 フさま〉