言う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年7月号
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1. SFマガジン 1985年7月号

ーを伸助にゾレゼントしていて、伸助はぶかぶかの・フルゾンの上か大食漢の六郎はそう言って、コーデュロイのズボンに両手をつつ らよくそのマフラーをしていた。グレーの毛糸の房がいつばい付いこむと先に立って歩きだした。 たマフラーであった。 「で、どうだい、仕事の方は : : : 」 何人来ることになるんだっけ : : : と思いながら、浩はビルディン 六郎は長身の浩を見上げるようにして言うと、まん丸い顔の中央 グの薄暗い階段を降りたが、その時にふいにあの壁にぼっかりあい にある脂の浮いた鼻をちょっと指で擦った。 た暗黒の穴を思い出した。 「うん、フィルム・ライ・フラリーに行ってフィルム置いてきたよ」 くらくらと、眩量がした。 「そうか。何の写真だい、今度は」 はてしのない宇宙のぶきみな空間に、自分の肉体があっけなく吸「孔雀だよ」 「孔雀か : 。あれはやたらに華麗な鳥だな。なんだか空しくなる いこまれ、消えてゆく : : : ふいに、激しくそんな思いに促われた。 穴は広大なその闇の小さな入口であり、そうしてその闇には出口はような美しさっていうのかな。あんな鳥、なんで神様は作ったんだ よ、つこ 0 ろうな。おまえ、三島由紀夫の『孔雀』って読んだことあるだろ」 「いや、ない : 浩は階段の冷たい手すりに思わずつかまって、よろめきそうにな る体を支えた。 「そうか。まア、そういうふうなことが書いてあるけどサ : 「ふーん : : : 」 やっとの思いで階段を降りると、白っぱい光の満ちた道路に出、 ゆっくりと、・フルゾンの両ポケットに手をつつこんで歩く。正午近「何だ、浩、何だか元気ないじゃないか」 「別に : かったので、この近くの事務所に勤めている六郎に電話をして、 、さ、今日は俺がおごってやるから。ライ・フラリーの っしょに昼食でも食べようと思った。小野六郎は、子供向けの科学「そうか、いし 及川さん元気だったかい」 雑誌を作る会社に勤めている。 「うん」 「やあ、六ちゃんか、俺、浩だけど : : : 」 「ア、浩かあ : : : うん、久しぶりだなあ、いっしょに昼メシでもど「あの子もパーティ来たいって言ってたぜ、 うだ ? 」 「もちろんー 「俺ビ 1 ル持っていくからな」 と、六郎は言った。 待ち合わせをした本屋の新刊書コーナーで立ち読みしていると、 焼肉屋で六郎はビールの小瓶をひとりであけたが、浩は飲まなか 六郎が太った体を揺らせるようにしてやってきて、「よっ」と、浩 の肩を叩き、 「どうした、浩、何か相談ごとでもあるんだったら言えよ。陽子が 「焼き肉でも食おうや」 妊娠でもしたのか ? 」 いいだろ」 230

2. SFマガジン 1985年7月号

困ってたの。こんな部屋でパーティなんて、そんな雰囲気とはちが 「ケーキは ? 」 うもんね。部屋代払ってなくて大家に言いにくかったのよ。壁に穴 っム 陽子が言った。 があいた、なんて」 「誰か持ってきたんじゃなかった ? 」 「そうか 。まあな、皆遠いもんな。俺なんかあざみ野だし、六 「あそこだよ」 郎は三鷹だし : : : ここだと皆の仕事場も近いし、集まりやすいし : 浩が一一一口った。 : 壁の穴ぐらい何だよ。・フラック・ホールだろうが何だろうが、そ 「美加があそこへ投げちゃったのよ」 んなこと何でもないよ。気にすんな」 「ひどい」 伸助が言って、眼を細めて両手でカメラをかまえる仕草をして壁 「ひどい」 の方を向き、「撮っておいても、 しいな、これ。おまえもう撮ったか 陽子とめぐみがムキになって言うと、皆は急に静かになってしま い」と、浩に尋ねた。 「いや。こんなの撮ってどうするんだ」 「あんなもの、どうしてあるのさ、気持ちわるい」 と浩が答えると、伸助も、 めぐみが頬をふくらませてぼつんと言うと、美加も、 「まあな。真っ暗な空間撮るより蝶とか花とか女を撮った方がい 「そうよ。どうして何とかしておかなかったの、皆が来るってわか 。それはもっともだ」 ってて何とかしてないなんて。浩がわるいんじゃない ? 」 言って、両膝を手で抱え、体を蝦のように縮めた。 そう言ってちらっと浩を見た。 「アーア、なんかしらけちゃった」 「あたしね、こんなのがあるからついケーキ投げたくなったわけ。 と、美加が欠伸をもらしながら言って、体を反らせ、豊満な胸を なんかこう、自分もあの中へ投げたくなっちゃった」 つきだした。 「身投げはやめろよな。俺は浩に金借してここをちゃんと修理して皆はしんとな「て、一瞬、静寂が部屋を支配したかにみえ、テー おくよう言ったんだ」 ・フルの上のグラスも皿の上のスモーク・サーモンもレタスもパセリ と、六郎が憮然として言った。 の葉も色彩を失い、黒々としたえたいのしれぬ何かに覆われてしま 「え、浩くん、六ちゃんに借金までして、この部屋修理してくれよ いそうにみえた。まるでこちら側にまであの壁の向うの宇宙空間が うとしたの。壁の穴ふさいでくれようとしたの」 重量をもって押しよせてこようとしているかにもみえた。 陽子が言った。 「いやあね。みんな、しんとしちゃって。アーア。つまんない。こ 「認めなきや。皆な浩の誠意を認めてあげてよね。何も浩がパ ーテれじゃまるでプラック・ホール・。、 ーティじゃん」 イやろうって言いだしたんじゃないのよ。、、 しし ? このひとすごく美加が ( アパンドの位置を直しながら、つまらなそうに言って、

3. SFマガジン 1985年7月号

いうやつらなんだ。うるしの木やガラガラへビみたいなの。それにおりた。あっさり白状すれば、・ほく自身かなりびくびくしていた。 あいつらはそれが好きなんだと思うよ。そういう自分たちが気にい 一三口径ライフルは象撃ち用の銃ではない。それでも、二フィー っているんだ」 トの近さから撃てば、かなりの殺傷力を発揮するはずだ。と思った うるしの木やガラガラ〈ビはわざと悪いことをしているわけじやけど、そうではなかった。弾丸は卵の表面からはね返っただけだっ よい、とぼくは自分に説明した。自分からそうなろうとしたんじゃ た。弾丸がほら穴の壁にビシッとぶつかる音が聞こえた。挿弾子を ない。もともと毒があるだけなんだ。もしドニーの考えるとおり、 三個使ったところで、ぼくはあきらめた。 卵の中のものたちが代謝作用の一環として、人間の生命に悪影響を残るは灯油だ。卵は・ほくに絵のような光景を見せようとしたり、 およ・ほす・ハイ・フレーションを出しているとしたら : : : アル・ハ ートおぼくを説得させようとしたりはもうしなかった。激しい敵意のよう じさんはダイナマイトで自爆することによって自殺している。 な静けさの中で、ぼくは卵全体に灯油をふりかけた。たっぷり使っ 「ぼくたちは卵を処分したほうがいいな、あひるくん」 た。それからうしろにさがって、マッチを投げた。 「うん、エディ」 熱気が噴きあがった。ものすごく熱くなったので、さっきドニー ぼくはド = ーがほら穴の入口につづく縦穴をの・ほるのを手伝っが落ちていたところまであとずさ「た。ところが、熱気が衰えたの た。ド = ーは足首をくじいていたんだ。途中ぼくはたずねた。「卵で引き返してみると、卵は新品同様無傷でそこに鎮座していた。す の中のものはどんなものなんだい、エディ ? ・」見当はついていたす一つついていなかった。 が、一応彼の意見を聞いておきたかった。これに関してはドニーの ぼくは愕然とした。これ以上どうすればいいのか何も思いっかな 幼い心と感覚のほうが・ほくのそれより鋭くて、信頼できそうな気が かった。からつぼの灯油罐と銃を持って梯子をの・ほった。ドニーは した。 ほくが失敗したのを知っているようだった。彼のところへ出ていっ 「無線みたいなの。でなきや、電気かな」 たとき、ドニーは泣いていた。「ママには言うな」と言うと、従順 「彼らはどこからきたんだ ? 」 にうなずいた。 「別のーーーぼくたちが住んでるようなところじゃなくてさ。何もか 卵はもう過ぎたことだ、なんていう具合におとなしくしているだ もちがうんだ。ここみたいじゃないんだ。こことは隣りあわせみたろうか ? ぼくはそうは思わなか 0 た。夕食後ぼくは「「に言 0 いなところにあって、そいでうんと遠いんだ」 た。「あのさ、ときどき思うんだけど、しばらく都会へ戻るのも悪 ・ほくはうなずいた。ド = ーに手を貸して梯子をの・ほらせ、丘の中くないだろうね」 腹に坐らせておいてから、二十二口径ライフルと灯油一罐を取りに ママは自分の耳が信じられないというように・ほくを見た。「気で 家へ戻った。 も狂ったの、エディっ・ わたしたち今までこんなに快適な思いをし ド = ーが心配そうに見守るなかで、・ほくはその二つを持 0 て下にたことはなか 0 たのよ」「「の目が細くな 0 て、心配がはじま「 8

4. SFマガジン 1985年7月号

りの様子をすばやく頭に刻みつけていった。ライス・フルーツの倉たのかはわかっているーー長もその息子も部族の儀式にかまけす 庫があゑ野良仕事にそろそろ出かけていく奴隷がいる。立ち並ぶぎ、新種のライス・フルーツの栽培に遅れをとってしまった。昔な 5 家はしつかりした造りで住み心地がよさそうだが、村内はビンと空がらのやり方にしがみついていたために、村人たちに追いこされて 気が張りつめているのが感じられる。コナン・ラングは村人のひとしまったのである。 りに近づいて呼びとめた。 「手を借してやろう、兄弟よ」コナン・ラングはやさしく言った。 「兄弟」と彼は言った。「おまえたちの長に会いたい。どこにいる「まだ遅くはない」 のか ? 」 レンは無言だ。 男は油断のない目で見つめた。「オリペシュに長はいない」と男「おまえの畑を作ってあげよう」コナン・ラングは言った。「わた しに手伝わせてくれるかね ? 」 は言った。「われわれの王は会議中だ」 レンは彼を見た。その目にはなきだしの憎悪が光っていた。「友 コナン・ラングはうなずいたが、心は重く沈んだ。「それはけっ だちだと言ったのに」と彼は言った。それつきりなにも言わずに背 こう」と彼は言った。「レンにーーー会いたいが」 男は蔑すむように親指をぐいとっきだして村の奥のほうを示しをむけて立ち去った。振りむこうともしなかった。 コナン・ラングは額の汗を拭い、仕事を続行した。彼の心の感じ た。「あそこにいる」と彼は言った。「外だ」 コナン・ラングはその村を通りぬけながら、なにひとつ見逃がさやすい部分は暗い、ひっそりした隅にひっこんでしまった。そのあ ぬようあたりに目を配る。昔ながらの掘立て小屋が、照りつける太とは訓練で鍛えたカに委せた。彼は歩きつづける、問いかけ、観察 陽にあぶられ、みすぼらしく並んでいる。丸太の塀はないが、堀にし頭に書きとめる。 はかこまれている。・フタが一頭、小屋のあいだでゴミをあさってい とるにたりないことだしと彼は考える。 る。 新種の惑星。 「スラムだな」コナン・ラングは思った。 村人の恐怖と疑いにみちたまなざしを無視して小屋のあいだを歩 一週間でコナン・ラングはチェックを終了した。夕食の炊事の焚 きまわった。畑に出かけようとしているレンを見つけた。長の息子火のそばにジ、リオといっしょに腰をおろし、パイプをくゆらしな は痩せこけていた。くたびれた顔をして、目はうつろだった。コナ がらタ闇に包まれた畑を眺めた。 ンを見てもなにも言わない。 「まあ、よくやったよ」と彼は言った。「恐しいことだ」 「こんにちわ、レン」コナン・ラングは声をかけた。 「・ほくらがいなくてもいずれはそうなるんです」ジュリオが指摘す レンは見つめかえしているだけだ。 る。「くよくよ考えてもしかたないですよ。ときには辛くもなるけ コナン・ラングは言うべき言葉を考えた。彼の身になにが起こつど、生き残るために払う儀牲としちや小さなもんです」

5. SFマガジン 1985年7月号

た。「どうしたの、 ニー ? 具合でも悪いの ? 」 「それじゃ 」ママの顔が明るくなった。「こうしたらどう」マ ママには言えなかった。話せば信じてくれるのはわかっていた。 マは喜んでいるようだった。「無線機に何がはいるか試してみる 8 問題はそこだった。ばくの身体が治るチャンスがあると知ったら、 の。コードの長さはたつぶりあるから、横のペランダに持ちだし ママがそうあってほしいと望んでいるような健康で、逞しい身体にて、新鮮な空気の中で操作できるわ。無線機を働かそうとしてから なれるチャンスがあると知ったら、どんなことがあってもママは卵ずいぶんたってるでしよう。前によくキャッチしてた局のいくつか の中のものたちと交渉するだろう。彼らがぼくを助けられると思っ がとびこんでくるかもしれないわよ」 たら、彼らがよくても悪くても、ママにはどうでもいいんだ。ママ無線のことを思いついたのがうれしくてたまらないようだったの はそういう人なんだ。 で、・ほくは口論する勇気をなくした。ママの手を借りて、テー・フル 「ううん、元気だよ」・ほくはなるべく快活に言った。「ちょっとそと機械を外に移動し、・ほくは腰をおろして無線機をいじりはじめ う思っただけさ。ちょっとこのいちごのショートケーキ食べてみた た。ペランダは気持がよくて涼しかった。 ら ? いつもよりずっとおいしいよ、ママ」 もちろん、なんの信号もキャッチできなかった。すぐにドニーが ママの顔がほっとしたようになごんだ。でもぼくはその晩眠れな足をひきずって出てきた。彼は居間のカウチにじっとしていること になっていたが、子供にとってじっとしていているのは楽じゃな 翌朝ママが作った朝食はひどかった。空腹ではなかったが、それ には気づかずにいられなかった。トーストは黒焦げだったし、卵は「どうした、ドニー ? 」ぼくは彼を見た。ドニーは眉を八の字にし さめて革みたいに固く、コーヒーは紅茶の色をしていた。オレンジていた。しかめた顔は深刻そうだった。「足が痛むのか ? 」 ・ジュースを入れた水差しの中には、ハエすら浮かんでいた。ママ 「うん、ちょっとね : : : だけどエディ : あの卵のことなんだけ はきっとドニーのことが心配なんだと・ほくは思った。救急処置の手ど」 引き書の絵のとおりに、・ほくがドニ 1 の足に包帯を巻いてやってい ・ほくはヘッドホンを取りあげて、少しそれをたわめた。「ふむ」 たのだが、足首が風船みたいに腫れあがっていて、見るからに痛そ「あのさ、卵に火をつけちゃいけなかったと思うんだ。あれはいけ うで、経過は思わしくないようだった。 ないことだったんだよ」 朝食のあとママが言った。「エディ、あなたくたびれているよう ぼくはヘッドホンを下に置いた。口を閉じて邪魔をするなと言っ ね。遠くからドニーを運んできたのがいけなかったんだわ。今日はてやりたかった。ドニーの言っていることが気にくわないから、そ 何も仕事はしてもらいたくないのよ。何もしないで休んでらっしゃんな気分になったんだ。「どうしていけなかったんだ ? 」・ほくは訊 「休んでいたい気分じゃないよ」ぼくは反対した。 「だって、火が卵のなかのものたちを刺激したからだよ。そんな気

6. SFマガジン 1985年7月号

くのパ 1 ティなのにそんなふうだと、気分が集中しないしなあ」 「馬鹿言え」 「うん : : : 。俺の責任で何とかしておく」 浩はあまり食欲がなくて、六郎が牛肉のレ・ハーだのビーマンだの を次々に焼いて食べているのを圧倒される思いで見ていた。衝立で浩は言って、重苦しい気分になった。 「わるいけど、金ーー・借りられないかな」 仕切られた席には背広姿のサラリーマンが多かった。六郎は白いマ こんなことを六郎に言うつもりではなかったのにと思った。じっ シュマロのような手を伸ばして、浩の小皿に牛肉のレ・ハーを入れて よこした。 さいそういうつもりで六郎に会ったのではないのだ。単にちょっと 「ほらよ。食いなよ、どんどん」 久しぶりに顔を見て昼メシでも、と思っただけなのだ。 「そうならそうと早くいえよな。みずくさい : : : 今の話も悪い冗談 「ふむ : : : 。実はね : : : 」 浩はまっ白に漂白されて糊のきいたナゾキンで唇を乱暴に拭ってかなにかだろうな、そうだろう」 「ん、いや、ちがう。本当の話、壁に穴があいちまったてさ。大家 言った。 に言わなきゃいけないんだがなにしろ部屋代たまってるだろ : : : 」 「部屋の壁に穴があいちゃってさ」 「わかった、わかった、おまえも大変だな、ちょうどポーナスでた 六郎が顔の面積のわりには小さすぎる眼をいつばいに見開き、ポばかりだしな。じゃ、ちょっといっしょに銀行いってくれ。キャッ シュカードでおろすから」 ケッとした表情をして言った。 「わるいな」 「何だって」 「いいよ、気にすんなよ」 「壁の向うは暗黒の宇宙空間なんだ。俺の部屋の壁に穴があいて : ・ けれどもやはり浩は気まづい思いだった。他人に借金しなければ ならない時、誰でもが感じるあの苦々しい思いを味わった。 その時、ヒュッと、浩はしやっくりをした。一 ・ : 船みたいだな。もっとも船なら板底一枚のその下は地獄 で : : : 底しれぬ大海であるわけだけど : : : お前の部屋は壁一枚のそ の向うは暗黒の宇宙か : : : 」 「地震で崩れてね、壁が : : : 今もぼろぼろ周囲が剥がれ落ちている キリスト教国でもないのに、な・せ皆クリスマスだというとこんな んだ」 馬鹿騒ぎをするのであろうか、と浩は思いながら、駅前商店街にあ 六郎は小さな硝子瓶に入った爪楊枝を一本ひょいと取って、上唇るおもちゃ屋の大きなツリ 1 に。ヒカビカと赤や緑の電球が飾られ、 をめくるように上げ、歯と歯の間をほじりながら視線を落した。 まがいものの雪がツリーの枝に点々と置かれてあるのを眺めた。ケ 「しかし、そいつはヤ・ハイな、おい。何とかしておけよな。せつか 1 キ屋はどこも店頭にとくべつに売場を設けて店員が大声はりあげ

7. SFマガジン 1985年7月号

「えーと、教えてくれなかった」ドニーの口調は敵愾心に満ちてい みはただ : ・ : ・」 た。「絶対言わなかった。ねえ、ここから出ようよ。助けてよ、こ うまでもなく彼らに見せられたも ぼくは一歩前に踏みだした。い こはいやだ」 のがほしかったんだ。喉から手が出るほどほしかった。それに、卵 ぼくは答えなかった。動かなかった。動けなかったんだ。卵が : ・ に閉しこめられているそれらの無害なものが気の毒だった。罠にか : ・ほくにいろいろなものを見せていた。 けられた無力な気持がどういうものか・ほくにはわかった。 どんなものかって ? ぼくが一番望んでいたものだ、ちょうどお ドニーはげんこつで・ほくの腿をたたきながら叫んでいた。もう一 もちややお菓子がドニ ーにとってのそれだったように。熱望するあつの声の話のつづきを聞くために、・ほくはドニーを払いのけようと まり、それらを望んでいることを認めようともしないもの。・ほくはした。ドニーはしがみついて、つづけざまに・ほくを叩き、とうとう 健康で正常で強くて、まっすぐ伸びた背中と力強い脚を持った自分死に物狂いでぼくの手をつかむと、小さなとがった歯でがぶりとか ・イ ! しつかりしてよ、お願い を見た。・ほくはカレッジに行くところで、フットボール・チームのみついた。「エディ、エディ、エテ キャブテンだった。・ほくはタッチダウンをして、その大試合に勝っ だからしつかりして ! 」 こ。ばくは優等で卒業し、ママとガールフレンドーーーすごい美人で それで気がついた。・ほくはぼうっとしたまま、いまいましげにド 陽気な女の子ーーは誇らしげに顔を輝かせていた。ぼくは無線関係ニーを見た。話を聞いて卵の中のかわいそうな連中を助けようとす の重要な調査の仕事に就いた。などなど ばかげた野望、実現不るのを、どうしてドニーは邪魔するのだろう ? 「黙ってろ、あひ 可能な希望。気ちがいじみた夢だ。 るくん」・ほくは低い声で言いつけた。 だが卵がそれをぼくに見せているあいだは、それは夢ではなかっ 「聞いてくれなきやだめだよ、エディ , やつらにつかまっちゃだ た。それは現実で、もう隠さなくてはならないものでも、嘲笑の的めなんだったら ! アル・ ( ートおじさんがどうなったかお・ほえてる になるものでもなかった。そしてその間ずっと一つの声がぼくの頭だろ ? 最初に農場へきたとき、・ほくたちがどんな気がしたかお・ほ の中でこう言っていた。「きみはこれをつかむことができる。全部えてるだろ ? 」 自分のものにできる。 その言葉が頭に滲み通った。正常な警戒心が頭をもたげだした。 われわれを助けてくれないか、どうか助けてくれないか ? われ「だけどぼくたちに危害を加える気はないと言ってるぜ」ぼくはカ われは無害だ、われわれは罠にかけられ、傷つけられている。われなく言い返した。ドニーが大人であるかのように話しかけていた。 われは植民地建設のため、故郷からここへきたが、外に出ること「あいつらはすごい嘘つきなんだ。ぼくたちをいやな目に会わせず も、帰ることもできない。 にいられないんだ。あのいやな感じは、あいつらがただ生きている われわれを助けるぐらいきみには簡単だろう。助けてくれれば心ことによって、空中に吐きだすものなんだよ。一生懸命やれば、あ 9 から感謝する。きみの見たものを全部あげよう。もっとあげる。きいつらはちょっとのあいだそれをとめられる。だけど、本当はそう

8. SFマガジン 1985年7月号

ェアロック下部から、タラツ。フがぎくしやくと伸び出す。 たまらなくもどかしい気分だった。 「四人ーーーいや、一人乗りだった。それがどうした ? 」 作業を終え、ていねいに端末機に鍵をかけた男は、もはや大統領 「食料は何人分ある ? 空気は ? 水は ? それに ではなかった。 「エアロックを閉めろ、テンバ 憲法五十九条関連執務規則 8 ーによって、適法に、そして即座 と、モートが叫んだ。 に、大統領職を放棄したのだ。そこにいるのは、長く、孤独な任期 から解放された、一人の男だった。 しかし、遅すぎた。今からエアロックを閉じるには、数秒かか 元大統領は、デスクの一番上の抽出をあけ、そこから、鈍い銀色 る。それだけの時間があれば、充分だ。 に輝く、紋章入りの軍用ビストルをとり出した。 どうして気がっかなかったんだろう、と思いながら、おれは 「わたしに、あなたを逮捕する権限があることは、わかっておられ おれたちは、地表に伏せた五つの白っぽい人影を見つめていた。 食料も空気も、余分な貯えはない。」 牙の人間が、何百日間も密航ますね ? 特殊郵政室長は、おだやかに言った。 する余裕などないのだ。 おれはーーーおれたちは、一人しか乗っていなかった。、 「わたしは、もう大統領ではない」 ス。フランガは、分裂人格を装ったスパイを送り込んだのではな と、元大統領はつぶやき、シノモン最高位の椅子から立ち上がっ ス。ハイの人格が、分裂人格の一つとして生成されるように、細た。 工したのだ。スパイはおれ ( たち ) 自身だった。 「息子を失った、ただの男だ」 「わたしは、あなたを逮捕しなければならない、 と思います」 今となっては、スパイが誰だろうと問題ではない。室長は何と言 っていたろう。 「君の職務だ」 元大統領はそう言ったが、室長の言葉を気にかけたふうもなかっ 「″代表″は、船外へ出た瞬間、射殺される。拘留して、脱走させ こ 0 る危険を冒すわけには行かない」 おれは、催眠術にかかったように、一歩前に出た。 彼は無雑作に右手にビストルをぶら下げたまま、ドアをあけた。 五本の光条が、一度におれを貫いた。 室長は、一歩も動けず、ただ立ちつくしていた。 「五分待ってくれ」 ( ロルド・・ ( ウエル特殊郵政室長は、、やな予感がした。何か悪 トイレにでも立つように、シノモン大統領は言い、肩をすくめて 夢を見ているような気分で、大統領が専用端末機に、最後の取消不部屋を出た。 能コードを打鍵するのを見守っていた。とりかえしのつかない事態 が起こるのがわかっているのに、・ とうすることもできないような、 ス。フランガ最高会議議長は、銀色の銃口に気がつくと、すつばい

9. SFマガジン 1985年7月号

平然として陽子が言った。 「こんばんわ。遅くなってごめん」 と、小野六郎がやってきて、そのすぐあとからカメラマン志望の 大学生と、アル・ハイトでヌードモデルをやっている美加がやってき た。美加は銀色のリポンの付いたヘア・ハンドをして、チェックのミ = スカートを穿き自慢の脚を見せていたが、美加を初めて見る六郎浩はシャンペンをぬいた。 はしばしその脚に見とれていた。 「メリークリスマス」 さっそく六郎が壁の穴をみつけて、 と、美加が片手をびんと天井に向ってあげて言った。ペッドの向 「これか。すげえな」 うの南側のカーテンはあけてあって、そこから硝子窓をとおして超 腕を組んで、名画でも観賞するようなぐあいに眺め、「大家はま高層ビルの照明がなんだかさびしげに見えているのを、浩はふと眺 だ直してくれないのか」言って、困ったような顔をした。 めた。 クリスマス・ケーキを持ってきた大学生と美加は、茫然と漆黒の 「めぐみちゃん。ちょっとそこのスモーク・サ 1 モンとって」 闇を見つめたままでいたが、大学生は眼鏡をはずして、 「きゃあ。六郎君があたしのことさわったよう : : : やめてエ」 「これは・フラック・ホールじゃないですか」 「おい、近頃の大学生っていうのはおまえみたいにおとなしいのが と言って、ざっくりした手編みふうのセーターを青白い静脈の浮多いなあ。俺たちの頃はよ、ゲ・ハ棒持ってあばれてるやつばかりで き出た手でひつばった。 「ねえ、美加ちゃん、どう思う」 「ロックですね、やつば、ロック聞いてるときがいちばん : : : 聖子 大学生が尋ねると、美加は興奮したおももちで、 ちゃんもいいですけどね」 「うん。美加もそう思う」 「ねえ、美加ちゃん、こんどまた俺の仕事しないかい」 「オジンていったのよ。もう : : : 三十以上はみんなオジンよう」 言って眠を細め、歯の間からしーっ、と息を吐いた。浩は美加の ヌードを撮ったことはなかったが、伸助は二、三度雑誌のモデルに テー・フルの上の酒やらアーモンドやらビーフ・シチュ 1 やらスモ 美加を使ったことがあった。めぐみはちらちらと、嫉妬のまじった 1 ク・サーモンやらは、そろそろなくなりかけていた。 眼で美加を見ていたが、 「さあて。ケーキね。デザートの」 「うん。ケーキ、ケーキ。サンタのついたケーキ。これがなくちゃ 「さあ、みんなてきとうに坐ってさ、はじめましようよ」 言った。浩もこの部屋のあるじであるから、皆の混乱を制するよクリスマスじゃない」 と、陽子とめぐみがワインのせいか眼の端と頬を赤くして言っ 「さあ、シャンペンをあけるよ」 と言って、そうしてやっと。ハ 1 ティは始まったのだった。 235

10. SFマガジン 1985年7月号

がする。局にもっと電気を送れば、うんと遠くまで電波が出せるで「ちょっと ! 」・ほくはびつくりして叫んだ。「やめてよ ! 」そう言 ったときはもう手遅れだった。パチパチと音がしてパッと火花が散 しよ。それみたいなことだよ。火があいつらにもっと電気を与えた り、チェー・フが一本残らず焼き切れた。・ほくの局は完全に不通にな んだ」 っこ 0 ・ほくはなんと言ったらいいかわからなかった。ドニーが正しいよ うに思えて、こわくなった。少し間を置いてから、・ほくは無理に笑ママは額をこすって、・ほくを見た。「どうしてこんなことしちゃ った。「なんにも心配することはないよ、あひるくん。卵ぐらいやったのかわからないわ、エディ」ママはすまなそうに言った。「何 かがわたしの手を動かしたみたいだったのよ ! 本当に悪いことし つつけられるさ」 こわばっていたドニーの顔がちょっぴり和らいだ。「・ほくもそうたわ」 思うよ」ドニーはべランダの・フランコに腰かけた。 「いいんだよ。心配しないで。どうせこの局は役に立たなかったん ママがドアを少しあけて頭を突きだした。「無線に何かはいっ た、エディ 「ええ、でも : : : 今朝からずっと頭が妙な感じなのよ。きっとお天 気のせいね。空気が重くて、押さえつけられるように感じない ? 」 「だめ」ぼくはいささかそっけなく答えた。 「残念ね」ママは台所に戻ってエプロンを釘に掛けてから、ペラン たしかに空気は厚ぼったく、人の気をくじくような雰囲気を漂わ せていたが、ぼくはママが無線のチュー・フを焼き切ってしまうま ダに出てきた。頭痛がするかのように、手の甲で額をこすってい こ 0 で、それに気づかなかった。何か言おうと口を開いたが、それを言 ママを喜ばせようと、・ほくはヘッドホンをつけてダイヤルをくるわないうちに、ド = ーが叫んだ。「フラフィーを見て ! 空中を歩 、てるよ ! 」 くる回した。むろん、無駄だった。ママは眉をひそめた。ママはテし ー・フルの反対側へ回って、立ったまま配線をじっと見た。そんな様ママも・ほくもばっとふり返った。フラフィーは地上から十フィ トほどの空中で歩こうとするように前足を動かしながら、怯えたよ 子のママはこれまで見たことがなかった。「これをここからここへ ィートの高さまで 動かしたらどうなるの ? 」とママは言った。その声は少し甲高かつうにニャーニャー鳴いていた。ときどき三、四フ するするとおりてきては、またもとの高さにの・ほっていった。目に ぼくは身を乗りだして、「の指さしている箇所を見た。「チ見えない手がフラフィーをつかんでいるみたいだ 0 た。全身の毛が 逆立って、尻尾はいつもの三倍の大きさになっていた。とうとう彼 ー・フが焼き切れるだろうね」 「そう」ママはしばらくそこに突っ立っていた。次の瞬間ママの片女は二十フィートほど上昇してから、長いカーヴを描いておりてき 手がさ 0 と伸び、ぼくがとめることもできず、何をする気なのかもて、どさりと地面に着地した。そしてそれがすべての特異現象のは 8 じまりだった。 わからないでいるうちに、話していた配線を動かした。