兵 - みる会図書館


検索対象: 三国志(一) (吉川英治)
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1. 三国志(一) (吉川英治)

せめ もーー実にいつも肝腎なもう一攻という時に限って意地わるく 『彼に地の利あれば、われにも地の利を取らねばなるまい』 巻曹操も亦、一方の山に添うて陣をした。そして、その行動が来るーー都の急変が報じられてきた。 えんしよう の日没から夜にわたっていたのを幸に、夜どおしで、道も無さそ河北の袁紹、都の空虚をうかがし 大動員を発令。 莽うな山に一すじの通りを坑り、全軍の八割まで山陰の盆地へ、 いうのであった。 かくしてしまった。 えんしよう ーー袁紹が ! 』 夜が明けて、朝霧も霽れかけて来ると、小手をかざして彼方『 これにはよはど愕いたとみえて、曹操は何ものも顧みず、許 の陣地から見ていた劉表、張繍の兵は、 都へさして昼夜をわかたす急いだ。 『なんだ、あんな小勢か』と、呟いている様子だった。 張繍、劉表は彼のあわて方を見て、こんどは逆に追おうとし 『あんなものだろう』と、頷く者は云った。 『このあいだは五万から戦死しているし、それに、難行苦行、 敗け軍のひきあげだ。途中、逃亡兵も続出する。病人もすてて『追ったら必ず手痛い目にあいますそ』 賈は譿めたが、二将は追撃した。案の定、途中、屈強な伏 来る。 あれだけでもよく還って来たくらいなものだろう』 軍の幹部たちも、その程度の見解を下したものか、やがて要兵にぶつかって、惨敗の上塗りをしてしまった。 賈は、二将が懲りた顔をしているのを見て、 害を出て、野を真っ黒に襲撃して来た。 あなど 卩ーー何をしているんです ! 今こそ追撃する機会です。きっ 充分、侮らせて。 たいしよう と大捷を博しましよ、つ』 又、近よせておいて。 と励ました。 曹操は、突然山の一角に立ち現れて、 めぐ ふち 二の足ふんだが、賈が余り自信をもって励ますので、再び 『盆地の襲兵ども、今だぞ、淵を出て雲と化れ ! 野を繞って 曹操の軍に追いついて、戦を挑むと、こんどは存分に勝って、 敵を抱きこみ、みなごろしにして、血の雨を見せよ』 凱歌をあげて帰った。 と、号令を下した。 そ - 一もと こま、ど、つしてそのよ、つ 眼に見えていた兵数の八倍もある大兵が、地から湧いて、退『実に妙だな。賈認、いったい共許し。 おお りゅうひょうちょう 、戦いの勝負が、戦わぬ前にわかるのか』 路をふさぎ、側面前面から掩いつつんで来たので、劉表、張 しゅう 後で、二将が訊くと、賈は笑って答えた。 繍の兵はまったく度を失った。 りようらん 曠野の秋草は繚乱と、みな血ぶるいした。所々に、死骸の丘『こんな程度は、兵学では初歩の初歩です。ーー第一回の追撃 ができた。逃げ争って行った兵は、要害に居たたまらず、山向は敵も追撃されるのを予想していますから、策を授け、兵も強 うしろ あんしよう いのを残して、後に備えるのが常識の退却法です。が、 うの安象の町へ逃げこんだ。 『県城も焼きつぶせ』 度目となると、もう追い来る敵もあるまいと、強兵は前に立 きよお ゆる 曹操の兵は、鬱憤ばらしに追撃を加えて行ったが、その時又ち、弱兵は後となって、自然気も弛みますから、その虚を追え やまかげ の じよう イ 08

2. 三国志(一) (吉川英治)

しゅうゆていふ が、孫軍のうちから周瑜、程普の二将が、いつのまにか後ろへ 孫策は、叔父の説をいれた。その夜、陣所陣所にたくさんな おびただ 巻まわ「て退路をふさぐ形をと「たので、会檮城の兵は全軍にわ篝を焚かせ、夥しい旗を立てつらね、さも今にも会檮城へ攻 のたって乱れ出した。 めかかりそうな擬兵の計をして置いて、その実、査漬へ向っ 莽王朗は、命からがら城へひきあげたが、その損害は相当手痛て、疾風の如く兵を転じていた。 さざえ いものだったので、以来、栄螺のように城門をかたく閉めて、 五 『うかつに出るな』と、専ら防禦に兵力を集中してうごかなか 力がりび つ、 ) 0 擬兵の計を知らず、寄手のさかんな篝火に城兵は、『ぬかる 城内には、東呉から逃げて来た厳白虎もひそんでいた。厳白な ! 襲って来るそ』と、眠らずに、防備の部署についたが、 夜が白んで城下の篝火が消えてみると、城下の敵は一兵も見え 『寄手は、長途の兵、このまま一カ月もたてば兵糧に困って来なかった。 ます。ーー・長期戦こそ、彼等の苦手ですから、守備さえかため 『査濆が襲われている ! 』 ていれば、自然、孫策は窮してくるに極っている』 こう聞いた王朗は、仰天して城を出た。そして査漬へ駆けっ と、一方の守備をうけ持って、いよいよ築上を高くし、あらける途中、又も孫策の伏兵にかか「て、ついに王朗の兵は完膚 せんめつ ゆる防禦を講じていた なきまでに殲滅された。 力いぐ、っせつこうしようなんぐう 果して、孫策のほうは、それには弱っていたし 、くら挑 ( 妝し 王朗は、漸く身をもって死地をのがれ、海隅 ( 浙江省・南隅 ) げんまく - 一 よ - : っせつ - : フしようこうしゅう ても、城兵は出て来ない。 へ逃げ落ちて行ったが、厳虎は余杭 ( 浙江省・杭州 ) へさして げんたい 『まだ、麦は熟さず、運輸には道が遠い。良民の蓄えを奪い上奔ってゆく途中、元代という男に酒を飲まされて、熟睡してい げて、兵糧にあててもたちまち尽きるであろうし、第一われ等るところを、首を斬られてしまった。 の大義が立たなくなる。 如何いたしたものだろう』 元代は、その首を孫策へ献じて、恩賞にあすかった。 『孫策よ。わしに思案があるが』 こうして、会槽の城も、孫策の手に落ち、南方の地方はほと 『おお、叔父上ですか。あなたの御思案と仰「しやるのは ? 』んど彼の統治下になびいたので、叔父、孫静を会稽の城主に 孫策の叔父孫静は、彼の いに答えて、 腹心の君理を、吾郡の太守に任じた。 『会檮の金銀兵糧は、会稽の城にはないことを御身は知ってい すると、その頃、宣城から早馬が来て、彼の家庭に、、 月さな るか』 一騒動があったことを報らせて来た。 『存じませんでした』 「或る夜、近郷の山中に住む山賊と、諸州の敗残兵とが、一つ よ そんけん 『ここから数十里先の査漬にかくしてあるんじゃよ。だから急 になって、ふいに宣城へ襲せてきました。弟様の孫権、大将 おうろう しゅうたい 、査漬を攻めれば、王朗はだまって見ておられまい』 周泰のおふた方で、防ぎに努めましたが、その折、賊のなかへ 『御尤もです』 斬って出られた御舎弟孫権様をたすけるため、周泰どのには、 くんり そんせい 358

3. 三国志(一) (吉川英治)

も、耳を貸さなかった。 『とにかく、役所へ引ッ立てろ』 兵は鉄桶の如く、曹操を取り囲んで、吟味所へ拉してしまっ どういちんきゅう 関門兵の隊長、道尉陳宮は、部下が引っ立てて来る者を見る 『あっ、曹操だ ! 吟味にも及ばん』と、一見して云い断っ ねぎ そして部下の兵を犒らって彼が云うには、 『自分は先年まで、洛陽に吏事をして居ったから、曹操の顔も 見覚えている。・ーー幸にも生擒ったこの者を都へ差立てれば、 自分は万一尸侯という大身に出世しよう。お前たちにも恩賞を頒 ってくれるそ。前祝しに、今夜は大いに飲め』 かんしゃ そこで、曹操の身は忽ち、かねて備えてある鉄の檻車に抛り そうそうから 曹操を搦めよ。 こまれ、明日にも洛陽へ護送して行くばかりとなし、守備の兵 ふれ 布令は、州郡諸地方へ飛んだ。 や吏事たちは、大いに酒を飲んで祝った。 その迅速を競って。 日暮になると、酒宴もやみ、吏事も兵も関門を閉じて何処へ か散ってしまった。曹操は最早、観念の眼を閉じているものの 洛陽の都をあとに、黄馬に鞭をつづけ、日夜をわかたず、南ように、檻車の中に倚りかかって、真暗な山谷の声や夜空の風 ちゅうばうけん へ南へと風の如く逃げて来た曹操は、早くも中牟県 ( 河南省中を黙然と聴いていた。 ばうかいほうていしゅう 牟・開封ー鄭州の中間 ) の附近までかかっていた。 すると、夜半に近い頃、 『待てつ』 『曹操、曹操』 『馬を降りろ』 言か、檻車に近づいて来て、低声に呼ぶ者があった。 関門へかかるや否、彼は関門の守備兵に引きずり降ろされ 眼をひらいて見ると、昼間、自分を一目で観破った関門兵の 隊長なので、曹操は、 忠『先に中央から、曹操という者を見かけ次第召捕れと、指令が『何用か』 嘯く如く答えると、 偽あった。その方の風采と、容貌とは人相書に甚だ似ておる』 関の吏事は、そう云って曹操が何と云いのがれようとして 『おん身は都に在って、董相国にも愛され、重く用いられて ちゅうろう しん 偽忠狼、い ちゅう と、 てっとう やくにん とうしよう・一く わか ノ 49

4. 三国志(一) (吉川英治)

さえあれば、何時だって、味方の雪辱はできるんですから、私 その後、張繍の軍勢も、ここへ殺到した。しかし于禁の陣だ 巻などに目をくれずに逃げのびて下さい』と、叫んだ。 け・は一糸みだれず戦ったので、よくそれを防ぎ、遂に撃退して しまった。 の曹操は、自分の拳で自分の頭を打って悔いた。 『こういう長子を持ちながら、おれは何たる煩脳な親だろう。 その後で、于禁は、自身で曹操をたずねた。そして青州の兵 けいえんあだばな 遠征の途にありながら、陣務を怠って、荊園の仇花に、、いが訴え出た件は、まったく事実とあべこべで、彼等が、混乱に を奪われたりなどして、思えば面目ない。 しかもその天罰を父乗じて、掠奪をし始めたので、味方ながらそれを討ち懲したの そう - 一う に代って子がうけるとは。 噫、ゆるせよ曹昻』 を恨みに思い、虚言を構えて、自分を陥さんとしたものである 彼は、わが子の死体を、鞍のかきに抱え乗せて、夜どおし逃と、明瞭に云い開きを立てた。 げ ~ 疋った。 『それならばなぜ、予が向けた兵に、反抗したか』と、曹操が 寺や詰問すると、 二日ほど経っと、漸く、彼の無事を知って、離散した諸 残兵も集まって来た。 されば、身の罪を弁疏するのは、身ひとつを守る私事で 折も折、そこへ又、 す。そんな一身の安危になど気を奪られていたら、敵の張繍に せいしゅう 『于禁が謀叛を起して、青州の軍馬を殺した』といって、青州 対する備えはどうなりますか。仲間の誤解などは後から解けば の兵等が訴えて来た。 よいと思ったからです』 かこうじゅん めいせき 青州は味方の股肱、夏侯惇の所領であり、于禁も味方の一将 と、于禁は明晰に答えた。 である。 五 『わが足もとの混乱を見て、乱を企むとは、憎んでも余りある そうそう 奴』 曹操はその間、じっと于禁の面を正視していたが、于禁の明 と、曹操は激怒して、直ちに于禁陣へ、急兵をさし向けた。 快な申し立を聞き終ると、 于禁も、先頃から張繍攻めの一翼として、陣地を備えていた 『いや、よく分った。予が君に抱いていた疑いは一掃した』 が、曹操が自分へ兵をさし向けたと聞くと、慌てもせず、 と、于禁へ手をさしのべ、力をこめて云った。 『塹壕を掘って、いよいよ備えを固めろ』と、命令した。 『よく君は、公私を分別して、混乱に惑わず、自己一身の誹謗 彼の臣は日頃の于禁にも似あわぬ事と、彼を諫めた。 を度外視して、味方の防塁を守り、しかも敵の急迫を退けてく じようしょ・つざんげん 『これはまったく青州の兵が、丞相に讒言したからです。それた。 , ーー真に、君のごとき者こそ、名将というのだろう』 えきじゅていこう れに対して、抵抗しては、ほんとの叛逆行為になりましよう。 と、ロを極めて賞讃し、特にその功として、益寿亭侯に址 ひとそえ 使を立てて明かに事情を陳弁なされてはいかがですか』 じ、当座の賞としては、黄金の器物一副をさずけた。 「いや、そんな間はない』 又。 うきんそし 于禁は陣を動かさなかった。 于禁を誹って訴えた青州の兵はそれそれ処罰し、その主将た

5. 三国志(一) (吉川英治)

呂布もついに意を決した。 と、一一 = ロ、独り語を空へ吐いたまま前後不覚に眠っていたの 力いこうたいけん 巻赤兎は、久しぶりに、鎧甲大剣の主人を乗せて、月下の四であ「た。 の十五里を、尾を曳いて発った。 だから幾ら望楼の上だの、彼の牀のある閣などを兵が探しま 莽呂布につづいて、呂布が手飼の兵およそ、八、九百人、馬やわっても、姿が見えないはずだった。 かち ら徒歩やら、押っとる獲物も思い思いに我れおくれじと徐州城そのうちに、 草 へ向って馳けた。 レ一キ、 喊の声に、眼がさめた。 突っ立ち上った。 『開門 ! 開門っ』 呂布は、城門の下に立っと、大声でどなった。 猛然と、彼は、城内の方へ馳け出して行った。 りゅうしくん 『戦場の劉使君より火急の事あって、それがしへ使を馳せ給 が、時すでに遅し う。その議に就いて、張将軍に計ることあり。ここを開けられ城内は、上を下への混乱に陥っている。足につますく死骸を よ』と、打ち叩いた。 見れば、みな城中の兵だった。 りよふ 城門の兵は、楼から覗いたが、なにやら様子がおかしいの 『うぬ、呂布だなっ』 じよう で、 気がついて、駒にとび乗り、丈八の大矛をひッ提げて広場へ 『一応、張大将に伺ってみた上でお開け申す、しばらくそれに出てみると、そこには曹豹に従う裏切者が呂布の軍勢と協力し てお控えあれ』 て、魔風の如く働いていた。 と、答えておいて、五、六人の兵が、奥へ告げに行ったが、 『目にもの見せむ』と、張飛は、血しおをかぶって、薙ぎまわ 張飛の姿が見あたらない。 たがいかんせん、まだ酒が醒めきっていない。大地の兵 とき その間に、城中の一部から、思いもよらぬ喊の声が起った。 が、天空に見えたり、天空の月が、三ツにも四ツにも見えたり 曹豹が、裏切りを始めたのである。 する。 まとま しりめつれつ 城門は内部から開かれた。 況んや、総軍の纏りはつかない。城兵は支離滅裂となった。 『ーー・それつ』と、ばかり呂布の勢は、潮のごとく入って来討たれる者より、討たれぬ前に手をあげて敵へ降服してしまう 者の方が多かった。 張飛は、あれからもだいぶ飲んだとみえて、城郭の西園へ行『逃げ給え』 って酔いつぶれ、折ふし夕方から宵月もすばらしく冴えていた 『ともあれ一時ここを遁れてーー・』と、張飛を取り囲んだ味方 ので、 の部将十八騎が、無理やりに彼を混乱の中から退かせ、東門の ああいい月た , 一カ所をぶち破って、城外へ逃げ走って来た。 ろう えもの のが 剣の音、戟のひびきに、愕然と しよう おおほこ 326

6. 三国志(一) (吉川英治)

女 て、おれに和睹をすすめに来たな。天子の御都合はよいか知ら賈は、ほくそ笑んだ。そして又、或時、帝に近づいて献策 まわしもの ぬが、おれには都合が悪い。誰かこの諜者をくれてやるから、 り だいしば 『この際、李催の官職を大司馬に昆せ、恩賞の沙汰をお降し下 試し斬に用いたい者はいないか』 きと ト - ら・ほら . すると、騎都尉の楊奉が、 目をおつぶり遊ばして』 * 、しむけ 『それがしにお下げください。内密のお差向とは申せ、将軍が やくさっ 勅使を虐殺したと聞えたら、天下の諸侯は、敵方の郭汜へみな はんもん 李催は、煩悶していた。夜が明けるたび営中の兵が減って行 味方しましよう。将軍は世の同情を失います』 『勝手にしろ』 し 4 よノほス′ 『なにが原因か ? 』 『では』と、楊奉は、皇甫を、外へ連れ出して放してやっ 考えても、分らなかった。 皇甫は、まったく、帝のお頼みをうけて、和睦の勧告に来不機嫌なところへ、反対に、思いがけない恩賞が帝から降っ た。彼は有頂天になって、例のごとく巫女を集め、 たのだったが、失敗に終ったのでそこから西涼へ落ちてしまっ えいしやくたま 『今日、大司馬の栄爵を賜わった。近いうちに、何か、吉事が きとう しるし みちみち たいぎやくむどう だが、途々、『大逆無道の李催は、今に天子をも殺しかねなあると、おまえ達が予言したとおりだった。祈疇の験はまこと あらた い人非人だ。あんな天理に反いた畜生は、必ずよい死に方はしに顕かなもんだ。おまえ達にも、恩賞を頒けてつかわすぞ』 と、それぞれの巫女へ、莫大な褒美を与えて、愈く妖邪の祭 ないだろう』 りを奨励した。 と、云い触らした。 ひそかに、帝に近づいていた賈も、暗に、世間の悪評を裏それにひきかえ将士には、なんの恩賞もなかった。むしろ此 書するようなことを、兵の間にささやいて、李催の兵力を、内頃、脱走者が多いので叱られてばかりいた ト - ス′ほ・つ 『おい楊奉』 部から切り崩していた。 そうか 「やあ、宋果か。どこへゆく』 『謀士賈さえ、ああ云う位だから、見込はない』 。ちょっと、貴公に内密で話したいと思って』 脱走して、他国や郷土へ落ちてゆく兵がばつばっ殖え出し ふさ 『なんだ ? ここなら誰もいないが、君らしくもなく、欝いで そういう兵には、 いるじゃないか』 『おまえたちの忠節は、天子もお知りになっておる。時節を待『楽しまないのは、この宋果ばかりではない。おれの部下も、 これというのも、われわ 営内の兵は皆、あんなに元気がない。 て。そのうちに、触が廻るであろうから』と、云いふくめた。 巫一隊、一隊と、目に見えて、李催の兵は、夜の明けるたび減れの大将が将士を愛する道を知らないからだーー・悪いことはみ って行った。 な兵のせいにし、吉いことがあれば、巫女の霊験と思ってい にんびにん ふれ - 一うほれき 0 ほうび ようじゃ くだ

7. 三国志(一) (吉川英治)

ている。 五百騎ほど守護の兵をつけて、 けいようじようたいしゅじよえい 追いかけて来たのは、榮陽城太守の徐栄の新手であった。徐 『早く、早く』と促した。 かえり 顧みれば、一万の兵は、打ちひしがれて、三千を出なかっ栄は、逃げる一騎を曹操と見て、 『しめたツ 曳きしばった鉄弓の一矢を、ぶんー 曹操は、麓へ走った。 然し、道々幾たびも、伏兵又伏兵の奇襲に脅やかされた。従矢は、曹操の肩に立った。 う兵も散々に打ち減らされ、彼のまわりにはもう十騎余りの兵 しか見えなかった。 ふかで しまったツ それも、馬は傷き、身は深傷を負い、共に歩けぬ者さえ加え てである。 曹操は叫びながら、駒のたてがみへ俯っ伏した。 じよえい かす 又も、徐栄の放った二の矢が、びゅんと耳のわきを掠めてゆ みじめなる落武者の境遇を、曹操は死線のうちに味わってい 人心地もなく、迷いあるいて、たた麓へ麓へと、うつろに道肩に突っ立った矢を抜いている遑もなかったのである。 ひた かんがらす やきす その矢傷から流れ出る血しおに駒のたてがみも鞍も濡れ浸っ を搜していたが、気がつくと、いっか陽も暮れて、寒鴉の群れ そりん 。駒は血を浴びてなお狂奔をつづけていた 啼く疏林のあたりに、宵月の気はいが仄かにさしかけている。 ひとむら すると、一叢の本蔭に、・ さわざわと人影がうごいた 『ああ、故郷の山に似ている』 『あっ、曹操だっ』と、 いう声がした。 ふと、曹操の胸には父母のすがたが泛んできた。大きな月の それは徐栄の兵だった。徒歩立ちで隠れていたのである。一 さしのばるのを見ながら、 人がいきなり槍をもって、曹操の馬の太腹を突いた 『親不孝ばかりした』 さおだ もろ 等 - ようまんじ 馬は高く嘶いて、竿立ちに狂い、曹操は大地へ刎ね落され 驕慢児の眼にも、真実の涙が光った。脆い一個の人間に返っ かっ た彼は、急に五体のつかれを思い、喉の渇に責められた。 しみず 徒歩兵四、五人が、わっと寄って、 『清水が湧いている : : : 』 馬を降りて、彼は清水へ顔を寄せた。そして、がぶと一口飲『生擒れつ』とばかり折り重なった。 み干したと思うと、又すぐ近くの森林から執念ぶかい敵の鬨の仰向けに仆れたまま、剣を抜き払って、曹操は二人を斬った だけで、カ尽きてしまった。 一声が聞えた。 ひづめあばら 落馬した刹那に、馬の蹄で肋骨をしたたかに踏まれていたか 死『 : : : やっ ? 』 上恟ッとして、駒の背へ飛び移るまに、もう残るわずかな郎党らだ 0 た。 こときれて了っ も矢に斃れたり、逃げる力もなく、草むらに、 ぎよ へ よいづき ほの おび あらて と放った。 787

8. 三国志(一) (吉川英治)

おちぶ すいりよう 『そうです。呉景どのは今、丹陽の地も失って、落餽れている 『然し、孫策様。てまえが推量いたすに、袁術は、決して兵を そ とか伺いましたが : : : その逆境の叔父御を救うためと称して、貸しませんそ。なんと頼んでも、兵だけは貸しません。 いとま 袁術に暇を乞い、同時に兵をお借りなさい』 の儀はどうなさいますか』 『なる程 ! 』 『心配するな。覚悟さえ決めたからには、この孫策に考えがあ 孫策は、大きな眼をして、タ空を渡る鳥の群を見あげながらる』 凝っと考えこんでいた 弱冠、早くも孫策は、この一語のっちに、未来の大器たるの すると、さっきから木陰に佇んで、二人の話を熱心に立ち聞片鱗を示していた。 きしていたものがある。 二人の声が途切れると、ずかずかとそれへ出て来て、 きりんじ えんじゅっ 『やよ、江東の麒麟児、なにをためらう事があろう。父業を継『どうして袁術から兵をお借りになりますか』 くんり いで起ち給え。不肖ながらまず第一にわが部下の兵百余人をつ 子衡、君理のふたりは、孫策の胸をりかねて、そう質し そ れて、真っ先に力を副え申そう』と、唐突に云った。 た。すると孫策は、 驚いて、二人が、 『袁術が日頃から欲しがっている物を、抵当として渡せば、必 『何者 ? 』 ず兵を借りうけられよう』 と、その人を見れば、これは袁術の配下で、この辺の群吏を と、自一言ありげに徴笑した。 勤めている呂範字を子衡という男であった。 袁術の欲しがっている物 ? ( 子衡は一かどの謀士である ) と家中でもその才能は一部から 二人は小首をかしげたが分らなかった。更に、それはなにか 認められていた。孫策は、この知己を得て、非常な歓びを覚えと訊くと、孫策は自分の肌を抱きしめるようにして、 よくじ でんこく ながら、 『伝国の玉璽 ! 』 『そちも亦、わが心根をひそかに憐れむ者か』と、云った。 と、強く云った。 子衡は、誓言を立てて、 コんっ ? ・ ・ : 玉璽ですって』 たいこう そんさく 『君、大江を渡るなれば』と、孫策を見つめた。 二人は疑わしげな顔をした。 ひとみ よくじ いんしよう 孫策は、火の如き眸に答えながら、 玉璽といえば、天子の印章である。国土を伝え、大統を継ぐ 魚『渡らん、渡らん、大江の水、らん、溯らん、千里の江水。 には無くてはならない朝廷の宝器である。ところがその玉璽は、 もつば の 青春何ぞ、客園の小池に飼われて蛙魚泥見の徒と共に、洛陽の大乱のみぎりに、紛失したという沙汰が専らであった。 江眠をむさばらんや』 『ああでは : 。伝国の玉璽は、今ではあなたのお手に有った のですか』 大と叫ぶと、忽然と起って、片手の拳を天に振った。 子衡は、その意気を抑えて、 子衡は唸るように訊ねた。ーー洛陽大乱の折、孫策の父孫堅 みん じ りよはんあざなしこう あよでいまい と ぐんり たいとうつ ただ 335

9. 三国志(一) (吉川英治)

すうし 一人の兵が、介抱しながら、親切に体を扶けてくれる。見る 曹操はこよいも、鄒氏と共に酒を酌みかわしていた 巻ときのう手紙を持って使に来た兵である。 ふと、杯を措いて、 の『おや、おまえか』 『なんだ、あの馬蹄の音は』と、怪しんで、すぐ侍臣を見せに やった。 『ずいぶん御機嫌ですな』 『何しろ一斗は飲んだからな。。 とうだ、この腹は。あははは、 侍臣は、帰って来て、 腹中みな酒だよ』 『張繍の隊が、逃亡兵を防ぐため、見廻りしているのでした』 『もっと飲めますか』 と、告げた。 おおおとこ 『もう飲めん。 : おや、おれは随分、大漢のほうだが、貴様 『ああそうか』 も大きいな。背が殆ど同じぐらいだ』 曹操は、疑わなかった。 とっかん 『あぶのうございます。そんなに私の首に捲きつくと、私も歩けれど又、二更の頃、ふいに中軍の外で、吶喊の声がした。 けません』 「見て来い ! 何事だ ? 』 『貴様の顔は、凌いな。髯も髪の毛も、赤いじゃよ、 ふたたび侍臣は馳けて行った。そして帳外からこう復命し 『そう顔を撫でてはいけません』 『なんだ、鬼みたいな面をしながら』 『何事でもありません。兵の粗相から馬糧を積んだ車に火がっ 『もうそこが閣ですよ』 いたので、一同で消し止めている所です』 『可、も , っ山・重・か』 『失火か。 ・ : 何の事だ』 さすがに、曹操の室の近くまで来ると、典韋は、びたとして すると、それから間もなく、窓の隙門 ・ , 日に、よっといい・火 . 平 ~ が しまったが、まだ交代の時刻まで間があったので、自分の部屋映じた。宵から泰然とかまえていた曹操も、恟ッとして、窓を ただごと へはいり込むなり前後不覚に眠ってしまった。 押し開いてみると、陣中いちめん黒煙りである。それに凡事な かんせい 『お風邪をひくといけませんよ。 : ではこれでお暇いたしまらぬ喊声と人影のうごきに、 すよ』 『典韋つ、典韋 ! 』と呼びたてた いびきごえ 送ってきだ兵は、典韋の体をゆり動かしたが、典韋の鼾声は いつになく、典韋も来ない よろいかぶと 高くなるばかりであった。 さては』と、彼はあわてて鎧甲を身に着けた。 『 : ・・ : 左様なら』 一方の典韋は、宵から大鼾で眠っていたが、鼻をつく煙りの 赤毛赤髯の兵卒は、後ずさりに、出て行った。その手には、異臭に、がばと刎ね起きてみると、時すでに遅し、 ! ・ーー寨の四 典韋の戟を、いつのまにか奪りあげて持っていた。 方には火の手が上っている。 かんさっ すさまじい喊殺の声、打鳴らす鼓の響き。張繍の寝返りと はすぐ分った。 あかひげ すご おおいびき ちょうしゅう 382

10. 三国志(一) (吉川英治)

かんばく 兵たちは、馬に水を飼った。 ある族具の中から、翰墨と筆を取出して、母へ便りを書きはじ めた。 巻玄徳は、黄いろい大河に眼をやると、憶いを深くして、 ゅうきゅう かな せんよう の『ああ、悠久なる哉』 駒に水を飼って、休んでいた兵たちも、玄徳が箋葉に筆をと 園と、つぶやいた。 っているのを見ると、 四、五年前に見た黄河もこの通りだった。怖らく百年、千年『おれも』 の後も、黄河の水は、この通りに在るだろう。 『五ロも』 天地の悠久を思うと、人間の一瞬が儚く感じられた。小功は と、何か書きはじめた。 思わないが、頻りと、生きている間の生甲斐と、意義ある仕事誰にも、故郷がある。姉妹兄弟がある。玄徳は思いやって、 を残さんとする誓願が念じられてくる。 『故郷へ手紙をやりたい者は、わしの手許へ持って来い。親の ほとり 『この畔で、半日も凝と若い空想に耽っていた事がある。 ある者は、親へ無事の消息をしたがよいぞ』と、云った。 あがな もくひ 洛陽船から茶を購おうと思って』 兵たちは、それぞれ紙片や本皮へ、何か書いて持って来た。 のう 茶を思えば、同時に、母が憶われてくる。 玄徳はそれを一嚢に納めて、実直な兵を一人撰抜し、 ふくろ この秋、いかに在わすか。足の冷えや、・持病が出ては来ぬだ 『おまえは、この手紙の嚢を携えて、それぞれの郷里の家へ ろうか。御不自由はどうあろうか。 郵送する役目に当れ』 いやいや母は、そんな事すら忘れて、ひたすら、子が大業を と、路費を与えて、直ぐ立たせた。 こ公心月よ 為す日を待っておられるであろう。それと共こ、、、 ィー - > 、カーをⅡ・日十 / そして落日に染まった黄河を、騎と兵と荷駄とは、黒いかた としょ・つ 母でも、実際の戦場の事情やら、又実地に当る軍人同志のあい まりになって、浅瀬は徒渉し、深い所は筏に棹して、対岸へ渡 だにも、常の社会と変らない難しい感情やら争いやらあって、 って行った。 なかなか武力と正義の信条一点張りで、世に出られないことな どは、お察しもっくまい。御想像にも及ぶまい むな だから以来、なんのよい便りもなく、月日を空しく送ってい 先頃から河南の地方に、何十万とむらがっている賊の大軍と しゅしゅん る子をお考えになると、 戦っていた大将軍朱雋は、思いのほか賊軍が手ごわいし、味方 ( 阿は、何をしているやら ) の死傷は夥しいので、 ふ と、さだめし腑がいない者と、焦れッたく思ってお居でにな いかがはせん』と、内心煩悶して、苦戦の憂いを顔に刻んで るに相違ない。 ~ 町だっこ。 そこへ、 『そうだ。せめて、体だけは無事な事でも、お便りして置こう 『潁川から広宗へ向った玄徳の隊が、形勢の変化に、途中から 玄徳は、思いつめて、騎の鞍を下ろし、その鞍に結びつけてリ ーっ返して来て、ただ今、着陣いたしましたが』と、幕僚から おも