賊 - みる会図書館


検索対象: 三国志(一) (吉川英治)
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1. 三国志(一) (吉川英治)

玄徳は彼に諫めた。 戦に疲れさせた。 けんりよ 巻城内の賊の中に、厳政という男があった。これは方針を更え『将軍、賢慮し給え。昔、漢の高祖の天下を統べたまいしは、 のる時だと覚ったので、密かに朱雋に内通して置き、賊将張梁のよく降人を容れてそれを用いた為めといわれています』 あざわら 朱雋は、嘲笑って、 園首を斬って、 『願わくば、悔悟の兵等に、王威の恩浴を垂れたまえ』と、軍『ばかを云い給え。それは時代に依る。あの頃は、秦の世が乱 - 一うう れて項羽のようながさつ者の私議暴論が横行して、天下に定ま 門に降って来た。 あだ れる君主もなかった時勢だろ、故に高祖は、讐ある者でも、降 陽城を墜した勢いで、 参すれば、手なずけて用う事に腐心したのである。又、秦の乱 『更に、与党を狩り尽せ』 えんじようかなんしようけいしゅう と、朱雋の軍六万は、宛城 ( 河南省・荊州 ) へ迫って行った。世のそれと、今日の黄賊とは、その質がちがう。生きる利な そんちゅうかんちゅうちょうこう 、窮地に墜ちたが故に、降を乞うて来た賊を、愍れみをかけ そこには、黄巾の残党、孫仲・韓忠・趙弘の三賊将がたて籠っ たす あだ ていた て、救けなどしたら、それはかえって寇を長じさせ、世道人心 、悪業を奨励するようなものではないか。この際、断じて、 賊の根を絶たねばいかん』 『賊には援もないし、城内の兵糧も徒らに敗戦の兵を多く容れ『いや、伺ってみると、たいへん御もっともです』 玄徳は、彼の説に伏した。 たから、またたく間に尺、きるであろう』 うらな 『では、攻めて城内の賊を、殲滅するとしてもです。こう四 朱雋は、陣頭に立って、賊の宛城の運命を、かくトった。 のが 朱雋軍六万は、宛城の周囲をとりまいて、水も漏らさぬ布陣方、一門も遁れる隙間なく囲んで攻めては、城兵は、死の一図 を詰めた。 に結束し、恐ろしい最期の力を奮い出すに極っています。味方 賊軍は、 の損害も夥しい事になりましよう。一方の門だけは、逃口を与 『ゃぶれかぶれ』の策を選んだか、連日、城門をひらいて、戦えておいて、三方から之を攻めるべきではありますまいか』 『なる程、その説はよろしい』 を挑み、官兵賊兵、相互に夥しい死傷を毎日積んだ。 然しいかんせん、城内の兵糧はもう乏しくて、賊は飢渇に瀕朱雋は、直ちに、命令を変更して、急激に攻めたてた。 して来た。そこで賊将韓忠は遂に、降使を立てて、 東南の一門だけ開いて、三方から鼓をならし、火を放った。 『仁慈を垂れ給え』と、降伏を申し出た。 果して、城内の賊は、乱れ立って一方へくずれた。 朱雋は、怒って、 朱雋は、騎を飛ばして、乱軍の中に、賊将の韓忠を見かけ、 等 - ゅう あわれみ 『窮すれば、憐を乞い、勢いを得れば、暴魔の威をふるう、鉄弓で射とめた。 韓忠の首を、槍に突き刺させて、従者に高く振り上げさせ、 今日に至っては、仁慈もなにもない』 と、降参の使者を斬って、猶も苛烈に攻撃を加えた。 『征賊大将軍朱雋、賊徒の将、韓忠をかく葬ったり。われと名 たすけ かいご げんせい おうい たつみ あわ しん

2. 三国志(一) (吉川英治)

賊軍の襲来をうけても自分の抱えている部下は善良な土民な とりで 巻ので彼等のように武器もない。そこで常に砦のうちに礫を蓄え つぶて のておき、賊が襲せて来ると礫を投げて防ぐ。 自慢ではない 星が、私の投げる礫は百発百中なので賊も近ごろは怖れをなし、 余り襲って来なくなりました。 群 又、或る時は 砦の内に米が無くなってしまい何とかして米を手に入れたい がと思うと、幸、二頭の牛があったので、賊へ交易を申しこみ ました。すると賊のほうでは、すぐ承知して米を送って来まし いな 1 ) 出稼ぎの遠征軍は、風のままにうごく。蝗のように移動して たから、即座に牛を渡しましたが、賊の手下が牛を曳いて帰ろ うとしても牛はなかなか進まず、中途まで行くと暴れて私たちゅく。 そうそう りよふ えんしゅう 近頃、風のたよりに聞くと、曹操の古巣の州には、呂布の の砦へ帰って来てしまいます。 せつらんりほう おおうし そこで私は、二頭の巨牛の尻尾を両手につかまえ、暴れる牛配下の薛蘭と李封という二将がたて籠っているが、軍紀はすこ たむろ ぶる紊れ兵隊は城下で掠奪や悪事ばかり働いているし、城中の を後歩きにさせて賊の屯の近所まで持って行ってやりました。 おごふけ たまげ 将は、苛税をしばって、自己の享楽にばかり驕り耽っていると すると賊はひどく魂消て、この牛を受取りもせず、翌日は 麓の屯まで引払ってどこかへ立ち退いてしまいました。 『今なら討てる』 『あはははは、すこし自慢ばなしでしたが、まアそんなわけ 曹操は、直感して、軍の方向を一転するや、剣をもって、 で、今日まで、一村の者の生命を、どうやら無事に守って来ま ! つ : フ ーをヒ日しこ けれど貴軍のカで、賊を掃蕩してくれれば、もはや でんばた 私という番人を失っても、村の老幼は、田畠へ帰って鍬を持て『われわれの郷土へ帰れ ! 』 ましよう。思い遺すことはありません。将軍、どうか首を刎ね飃兵は、またたくまに、目的の交州へ押寄せた。 李封、薛蘭の二将は、『よもや ? 』と、疑っていた曹軍を、 て下さい』 わる、、 その目に見て、驚きあわてながら、駒を揃えて、討って出た。 許楮は、悪びれもせず、始終、笑顔で語っていた。曹操は、 死を与える代りに、恩を与えた。勿論許楮はよろこんで、その新参の許楮は、曹操のまえに出て、 『お目見得の初陣に、あの二将を手捕りにして、君前へ献じま 日から彼の臣下になった。 しよう』と云って、駆け出した。 きょちょ せつらんりほう 見ているまに、許楮は、薛蘭、李封の両人へ闘いを挑んで行 った。面倒と思ったか、許楮は、李封を一気に斬ってしまっ ひょうへい 愚兄と賢弟 276

3. 三国志(一) (吉川英治)

にじしろ きな星がまたたいていた。その星の光をよく見ていると虹色の昼のように大地は明るい かさ ほこやりてつじよう 暈がばっとさしていた。 見れば、夜叉のような人影が、矛や槍や鉄杖をふるって、逃 きようちょう み - つり′、 世の中がいよいよ乱れる凶兆だ。 げ散る旅人や村の者等を見あたり次第にそこここで殺戮してい こわ えが と、近頃しきりと、世間の者が怖がっている星である。 眼を掩うような地獄が描かれているではないか。 『ありがと、つ・こ六、いました』 昼ならば眼にも見えよう。それ等の悪鬼は皆、結髪のうしろ りゅうび すずこつぼ りようて 劉備青年は、錫の小壺を、両掌に持って、やがて岸を離れてに、黄色の巾を掛けているのだ。黄巾賊の名は、それから起っ まぶた ゆく船の影を拝んでいた。もう臉に、母のよろこぶ顔がちらちたものである。本来は支那のーー此国の最も尊い色であるはず こうど ・一くしよく らする。 の黄土の国色も、今は、善良な民の眼をふるえ上らせる、悪鬼 こきようたくけんろうそうそん しるし しかし、ここから故郷の深県楼桑村までは、百里の余もあつの象徴になっていた。 た。幾夜の泊りを重ねなければ帰れないのである。 五 『今夜は寝てーー』と、考えた。 かなた すいそんひ さんび 彼方を見ると、水村の灯が二つ三つまたたいている。彼は村『ああ、酸鼻なーー』 きちん つぶや の木賃へ眠った。 劉備は、呟いて、 すると夜半頃。 『ここへ自分が泊り合せたのは、天が、天に代って、この憐れ ていしゅ おも おばしめし 木賃の亭主が、あわただしく起しに来た。眼をさますと、戸な民を救えとの、思召かも知れぬ。 ・ : おのれ、鬼畜どもめ』 む 外は真っ赤だった。むうっと蒸されるような熱さの中にどこか と、剣に手をかけながら、家の扉を蹴って、躍り出そうとし でパチパチと、火の燃える物音もする。 たか、いや待てーーーと思い直した。 『あっ、火事ですか』 母がある。 自分には自分を頼みに生きているただ一人の 『黄巾賊が襲って来たのですよ旦那、洛陽船と交易した仲買人母がある。 ねら たちが、今夜ここに泊ったのを狙ってーー』 黄巾の乱賊はこの地方にだけいるわけではない。蝗のように 『えつ。 : : : 賊 ? 』 天下いたるところに群をなして跳梁しているのだ。 『旦那も、交易した一人でしよう。奴等が、まっ先に狙うの 一剣の勇では、百人の賊を斬ることもむずかしい。百人の賊 は、今夜泊った仲買たちです。次にはわし等の番だが、はやくを斬っても、天下は救われはしないのだ。 いのち 裏口からお逃げなさい』 母を悲しませ、百人の賊の生命を自分の一命と取換えたとて りゅうび けんは 劉備はすぐ剣を佩いた 何になろう。 巾 うめ ほとーり 『そうだ。 裏口へ出てみるともう近所は焼けていた。家畜は、異様な唸 ・ : わしは今日も黄河の畔で天に誓ったではない カ』 黄きを放ち、女子どもは、焔の下に悲鳴をあげて逃げまどってい 劉備は、眼を掩って、裏口からのがれた。 て こうきんぞくや の お らくようぶね ねら やしゃ きれ おお おお ち・上う・よう いな′一 あわ

4. 三国志(一) (吉川英治)

でも、必死になって、七人の賊を相手に、やや暫くは、一命 を支えていたが、そのうちに、槍を打落され、蹌めいて倒れた あくび たど どういう悪日と凶い方位を辿って来たものだろうか。 ところを、李朱氾に馬のりに組み敷かれて、李の大剣は、遂 ほとり 黄河の畔から、ここ迄の間というものは、劉備は、幾たび死に、彼の胸いたに突きつけられた。 おおういつ。 線を彷徨した事か知れない。 これでもかこれでもかと、彼を試 すると、 さんとする百難が、次々に形を変えて待ち構えているようだっ いや先刻からその声は遠くでしたのだが、剣戟 のひびきで、誰の耳にも入らなかったのである。 あなた 『も、つこれ』 遙か彼方の野末から、 劉備も遂に観念した。避けようもない賊の包囲だ。斬死せん 1 ・ー、おおういつ。待ってくれい』 ものと覚悟を定めた。 呼ばわる声が近づいて来る。 けれど身には寸鉄も帯びていない。少年時代から片時も離さ 野彦のように凄い声は、思わす賊の頭を振向かせた。 だてん ず持っていた父の遺物の剣も、先に賊将の馬元義に奪られてし両手を振りながら韋駄天と、此方へ馳けて来る人影が見え る。その迅いことは、まるで疾風に一葉の木の葉が舞って来る ようだった。 劉備は、併し、 またた 『ただは死なぬ』と思い、石ころを撫むが早いか、近づく者の だが瞬く間に近づいて来たのを見ると、木の葉どころか身の おおおとこ たけ 顔へ投げつけた。 丈七尺もある巨漢だった。 ちょうそっ 見くびっていた賊の一名は、不意を喰って、 『やっ、張卒じゃないか』 ちょうひ 『呀ッ』と鼻ばしらを抑えた。 『そうだ。近頃、卒の中に入った下ッ端の張飛だ』 劉備は、飛びついて、その槍を奪った。そして大音に、 賊は、不審そうに、顔見合せて云い合った。自分等の部下の たくけん げん 『四民を悩ます害虫ども。もはや免しは置かぬ。冴県の劉備玄中にいる張飛という一卒だからである。他の大勢の歩卒は、騎 徳が腕のほどを見よや』 馬に追いつけず皆、途中で遅れてしまったのに、張卒だけが、 と云って、捨身になった。 たとえ一足遅れたにせよ、この位の差で追いついて来たのだか おどろ 賊の小方、李朱氾は笑って、 ら、その脚力にも、賊将たちょ咢、ここ 。↑しオ。違いなかった。 『この百姓めが』と半月槍を揮って来た。 『なんだ、張卒』 ろうそうそん 元より劉備はさして武術の達人ではない。田舎の楼桑村で、 李朱氾は、膝の下に、劉備の体を抑えつけ、右手に大剣を持 多少の武技の稽古はしたこともあるが、それとて程の知れたも って、その胸いたに擬しながら振向いて云った。 むしろ 張のだ。武技を磨いて身を立てることよりも、蓆を織って母を養『小方。小方。殺してはいけません。その人間は、わしに渡し万 う事のはうが常に彼の急務であった。 て下さい』 かたみ わる ゆる 、つキ一 よろ

5. 三国志(一) (吉川英治)

: 誰の命令で貴様はそんなことをいうのか』 『何 ? ちょうひ 巻『卒の張飛の命令です』 の『ばかつ。張飛は、貴様自身じゃないか。卒の分際で』 ののし 園と、云う言葉も終らぬ間に、そう罵っていた李朱氾の体は、 二丈もうえの空へ飛んで行った。 張飛は、さながら岩壁のような胸いたを反らして、 『まだ来るか。むだな生命を捨てるより、おとなしく逃げ帰っ跖 りゅうび て、鴻の姫と劉備の身は、先頃、県城を焼かれて鴻家の亡び た時、降参と体つて、黄巾賊の卒に這入っていた張飛という者 ありてい の手に渡しましたと、有態に報告しておけ』 『あっ , : では汝は、鴻家の旧臣だな』 なんもんえいしようとく 『今気が付いたか。此方は県城の南門衛少督を勤めていた鴻家 ちょうひあざなよくとく 卒の張飛が、いきなり李朱氾を抓み上げて、宙へ投げ飛ばしの武士で名は張飛、字は翼徳と申すものだが無念や此方が他県 へ公用で留守の間に、黄巾賊の輩のために、県城は焼かれ、主 たので、 君は殺され、領民は苦しめられ、一夜に城地は焦土と化してし 『やっ、こいつが』と、賊の小方たちは、劉備もそっちのけに まった。 その無念さ、いかにもして怨みをはらしてくれん して、彼へ総掛りになった。 ものと、身を偽り、敗走の兵と化けて、一時、共方共の賊の中 『ゃい張卒、なんで貴様は、味方の李小方を投げおったか。 、卒となって隠れていたのだ。ーー大方馬元義にも、又、総 又、おれ達のすることを邪魔だてするかっ』 大将の兇賊張角にも、よく申しておけ。いずれ何時かはきっ 『ゆるさんぞ。ふざけた真似すると』 と、張飛翼徳が思い知らしてくるるそと』 『党の軍律に照らして、成敗してくれる。それへ直れ』 いかすち ひしめ 雷のような声だった。 犇き寄ると、張は、 ひょうとうかんがん 豹頭環眼、張飛がそう云って刮っと睨めつけると、賊の小方 『わははははは。吠えろ吠えろ。胆をつぶした野良大めらが』 すく しが、まだ衆をんで、『さて 等は、足も竦んでしまったらし、 『ょに、野良大だと』 は、鴻家の残兵だったか。そう聞けば猶の事、生かしてはおけ 『そうだ。その中に一匹でも、人間らしいのが居るつもりか』 しんまい ぬ』と、一度に打ってかかった。 『うぬ。新米の卒の分際で』 うちわ おめ 張飛は、腰の剣も抜かず、寄りつく者を把っては投げた。投 喚いた一人が、槍もろ共、躍りかかると、張飛は、団扇のよ またた がんか のうこっ げられた者は皆、脳骨を砕き、眼窩は飛び出し、瞬くうちに碧 うな大きな手で、その横顔を援りつけるや否や、槍を引ッ奪く よろ 血の大地、惨として、二度と起き上る者はなかった。 って、蹌めく尻を強かに打ちのめした。 えんびりゅうびん 劉備は、茫然と、張飛の働きをながめていた。燕飛臠、蹴 槍の柄は折れ、打たれた賊は、腰骨が砕けたように、ぎやっ れば雲を生じ、吠ゆれば風が起るようだった。 ともんどり打った。 オカ日頃から図抜けた巨『なんという豪傑だろう ? 』 思わぬ裏切者が出て、賊は狼員し ' ミ、 残る二、三人は、驢に飛びついて逃げ失せたが、張飛は笑っ 漢の鈍物と、小馬鹿にしていた卒なので、その怪力を眼に見て きびすめぐ て追いもしなかった。そして踵を回らすと、劉備のほうへ大股 も、まだ張飛の真価を信じられなかった。 おと - 一 つま おお やから たの へ ,

6. 三国志(一) (吉川英治)

ひそか て、董卓と義父養子の約東をしてしまったことだ。それさえな いずれ又、密にお目にかかって相談しましよう』 またが 赤兎に跨「て、呂布は帰 0 て行「た。王允は、その後姿を ければ、今すぐにでも、事を挙げるのだが、かりそめにも、義 理の養父と名のついているために、おれはこの憤りを抑えて見送って、 おるのだ』 思うつばに一打った。 ほくそえ 『一まは , っ . ・。将軍はそんな非難を怖れていたんですか。世間 と独り北叟笑んでいた。 こうえんぼくしやしそん は、ちっとも知らない事ですのに』 その夜、王允はただちに、日頃の同志、校尉黄瑰、僕射士孫 瑞の二人を呼んで、自分の考えをうちあけ、 と、つ 『でも、でも、将車の姓は呂、老賊の姓は董でしよう。聞け 『呂布の手を以て、董卓を討たせる計略だが、それを実現する ほうぎて、 ば、鳳儀亭で老賊は、あなたの戟を奪って投げつけたという 何かよい方法があるまいか』 と、十ーっこ。 じゃありませんか。父子の恩愛がないことは、それでも分りま 『いい事があります』と、孫瑞が云った。 す。殊に、未だに、老賊が自分の姓を、あなたに名乗らせない のは、養父養子という名にあなたの武勇を縛っておくだけの考『天子には、先頃から御不予でしたが、漸く、この頃御病気も みことのり えしかないからです』 癒えました。就いては、詔と称し、偽の勅使を塢へ遣わし 『ああ、そうか。おれはなんたる智恵の浅い男だろう』 て、こう云わせたらよいでしよう』 ギ一ちよく 『いや、老賊のため、義理に縛られていたからです。今、天下『え。偽勅の使を ? 』 かんしったす 『されば、それも天子の御為ならば、お咎めもありますまい』 の憎む老賊を斬って、漢室を扶け、万民へ善政を布いたら、将 、かキ、ゆ、フ 軍の名は青史のうえに不朽の臣として遺りましよう』 『そしてどう云うのか』 ちんびようじゃく 『よしつ、おれはやる。必ず、老賊を馘ってみせる』 『天子のおことばとしてーー・朕病弱のため帝位を董太師に譲 いんり つわりみことのり 呂布は、剣を抜いて、自分の肘を刺し、淋漓たる血を示しるべしと、偽の詔を下して彼を召されるのです。董卓はよろ こんで、すぐ参内するでしよう』 て、王允へ誓った。 『それは、餓虎に生餌を見せるようなものだ。すぐ跳びついて くるだろう』 『禁門に力ある武士を大勢伏せておいて、彼が、参内する車を 呂布の帰りを門まで送って出ながら、王允は、そっと囁い ちゅうりく 呂布にそれ 囲み、有無をいわせず誅戮してしまうのです。 『将軍、きようの事は、ふたりだけの秘密ですそ。誰にも洩らをやらせれば、万に一つも遁す気遣いはありません』 『偽勅使には誰をやるか』 して下さるな』 『李粛が適任でしよう。私とは同国の人間で、気性も分「てい 天『元よりのことだ。だが大事は、二人だけでは出来ないが』 ますから、大事を打明けても、心配はありません』 『腹、いの亠には明かしてもいいでしょ , つ。しかし、この・後は、 りよ 、きどお りしゆく 、きえ そんずい

7. 三国志(一) (吉川英治)

そこへ遠方から使が来て、新しい情報を齎した。それも併し 朱雋の機嫌をよくさせるものではなかった。 曲陽の方面には、朱雋と共に、討伐大将軍の任を負って下っ ・ : つほすう ていた董卓・皇甫嵩の両軍が、賊の大方張角の大兵と戦ってい た。使はその方面の事を知らせに来たものだった。 いわゆる 董卓と皇甫嵩のほうは、朱雋の云う所謂武運がよかったの 伝令の生ロげるには、 か、七度戦って七度勝っといった按配であった。ところへ又、 ちょ・つ・よ、つ 『先に戦没した賊将張宝の兄弟張梁という者、天公将軍の名黄賊の総帥張角が、陣中で病没した為、総攻撃に出て、一挙に を称し、久しくこの曠野の陣後にあって、督軍しておりました賊軍を潰滅させ、降人を収めること十五万、辻に梟くるところ が、張宝すでに討たれぬと聞いて、にわかに大兵をひきまとの賊首何千、更に、張角を埋けた墳を発掘いてその首級を洛陽 め、陽城へたて籠って、城壁を高くし、この冬を守って越えんへ上せ、 とする策を取るかに見うけられます』 ( 戦果かくの如し ) と、報告した。 しゆかい との事だった。 大賢良師張角と称していた首魁こそ、天下に満つる乱賊の首 しゅしゅん 朱雋は、聞くと、 体である。張宝は先に討たれたりといっても、その弟に過ぎ 『冬にかかっては、雪に凍え、食糧の運輸にも、困難になる。 ず、張梁猶有りといっても、これもその一肢体でしかない。 みや - 一き - 一 殊に都聞えもおもしろくない。今のうちに攻め墜せ』 朝廷の御感は斜めならず、 総攻撃の令を下した。 ( 征賊第一勲 ) こうほすうしやきし上うぐん えきしゅう ! く 大軍は陽城を囲み、攻めること急であった。併し、賊城は要として、皇甫嵩を車騎将軍に任じ、益州のに封ぜられ、そ 害堅固を極め、城内には多年積んだ食物が豊富なので、一月余の他恩賞の令を受けた者がたくさんある。わけても、陣中常に ぶきこういそうそう さいなん も費やしたが、城壁の一角も奪れなかった。 赤い甲胄を着て通った武騎校尉曹操も、功に依って、済南 ( 山 しよう 『困った。困った』 東省黄河南岸 ) の相に封じられたとの事であった。 朱雋は本営で時折ため息をもらしたが、玄徳は聞えぬ顔をし 自分が逆境の中に、他人の栄達を聞いて、共に欣びを感じる ていた。 ほど、朱雋は寛度でない。彼は猶、焦心り出して、 よせま、 、こ、そんな時、張飛が朱雋へ云った。 『一刻もはやく、この城を攻め陥し、汝等も、朝廷の恩賞にあ 『将車。野戦では、押せば退くしで、戦い難いでしようが、こずかり、封土へ帰って、栄達の日を楽しまずや』と、幕僚をは 風 げました。 んどは、敵も城の中ですから、袋の鼠を捕るようなものでしょ , 人、つ』 勿論、玄徳等も、協力を惜しまなかった。攻撃に次ぐ攻撃を 朱雋は、まずい顔をした。 以て、城壁に当り、さしも頑強な賊軍をして、眠るまもない防 「 ) もっともです』 それにも、玄徳は唯、笑って見せたのみであった。 然るところ、弦に、先陣から伝令が来て、一つの異変を告げ ひ きよくよ、つ とうたく つかあば もたら

8. 三国志(一) (吉川英治)

つかった。物見の兵の注進に過りなく、成程、四、五十頭ものお疑いとみえますな。いやごもっともです。けれど手前は、第 たいじん 巻匹を曳いて、一隊の者が此方へ下って来る。近づいて見ると一にまず大人が悪人でない事を認めました。第二に、御計画の はなしあい の皆、商人ていの男なので、これならなんとか、話合がつくと、 義兵を挙げることは、頗る時宜を得ておると存じます。第三 は、貴郎方のお力をもって、自分等の恨みをはらしていただき 園関羽は得意の雄弁をふるうつもりで待構えていた。 かしら ちゅうざん たいと思ったからです』 ここへ来た馬商人の一隊の頭は、中山の豪商でひとりは蘇 村そう 『恨みとは』 双、ひとりは張世平という者だった。 『黄巾賊の大将張角一門の暴政に対する恨みでございます。手 関羽は、それに着くと、自分等三人が義軍を興すに至った、 はよう 愛国の衷情を以て、切々訴えた。今にして、誰か、この覇業を前も以前は中山で一といって二と下らない豪商といわれた者で じゅうりん 建て、人天の正明をたださなければ、この世は永遠の闇黒であすが、彼の地方も御承知の通り黄匪の蹂躙に会って秩序は破壊 かえんことり こほくぶみん され、財産は掠奪され、町に少女の影を見ず、家苑の小禽すら ろうと云った。支那大陸は、ついに、 胡北の武民に征服され終 啼かなくなってしまいました。 るであろうと嘆い 手前の店なども一物もなく キ、ら やが 張世平と蘇双の両人は、なにか小声で相談していたが、軈没収され、あげくの果に、妻も娘も、暴兵に攫われてしまった て、 のです』 『むむ。成程』 『よく分りました。この五十頭の馬が、そういう事でお役に立 『で、甥の蘇双と二人して、馬商人に身を落し、市から馬匹を てば満足です。差上げますからどうぞ曳いて行って下さい』 と、意外にも、潔く云った。 購入して、北国へ売りに行こうとしたのですが、途中まで参る と、北辺の山岳にも、黄賊が道を塞いで、旅人の持物を奪い ほしいまま むな 虐殺を恣にしておるとのことに、空しく又、この群馬を曳い おもむ いずれ易々とは承知しまい。最悪な場合までを関羽は考えてて立帰って来たわけです。南へ行くも賊国、北へ赴くも賊国、 こうして馬と共に漂泊しているうちには、遂に賊に生命まで共 いたのである。それが案外な返辞に かたじ に奪われてしまうのは知れきっています。恨みのある賊の手に いや忝けない。早速の快諾に、申しては失礼だが、 武力となる馬匹を与えるよりも、貴下の如きお志を抱く人に 利に敏い商人たるお身等が、どうしてそう一言の下に、多くの 進上申したほうが、遙かに意味のあることなんです。欣んで手 馬匹を無料でそれがしへ引渡すと云われたか』 前がお渡しする気持というのは、そんなわけでございます』 掛合いに来た目的は達しているのに、こう先方へ要らざる念 『ゃあ、そうか』 を押すのも妙なはなしだと思ったが、余り不審なので、関羽は 関羽の疑問も氷解して、 こう訊ねてみた。 『では、楼桑村まで、馬を曳いて一緒に来てくれないか。われ すると、張世平は云った。 りゅうげんとく ひきあわ 『はははは。余りさつばりお渡しすると云ったので、かえってわれの盟主と仰ぐ劉玄徳と仰しやる人に紹介せよう』 ーひっ うまあきんど ちょうせいへい そ

9. 三国志(一) (吉川英治)

『ゃあ、おのれよくも』 軍馬のやすむ遑もなく、青州の城下 ( 山東省済南の東・黄河口 ) 賊の副将鄧茂は、乱れ立っ兵を励ましながら、逃げる玄徳をから早馬が来て、 目がけて追いかけると、関羽が早くも騎馬をよせて、 『大変です。すぐ援軍の御出馬を乞う』と、ある。 じゅし りゅうえん もたら ちょうぶん 『何事か』と、劉焉が、使の齎した牒文をひらいてみると、 『豎子つ、なんぞ死を急ぐ』 ン「ウコ トウチホウ・ ゾ . クトラケングンホウキ えんげつとう 当地方ノ黄巾ノ賊徒等県郡ニ蜂起シテ雲集シ青州ノ城囲 虚空に鳴る偃月刀の一揮、血けむり呼んで、人馬共に、関羽 一フィエン . ほうむ の葬るところとなった。 レ終ンス落焼ノ運命已ニ急ナリタダ友軍ノ来援ヲ待ッ タインユキョウケイ 青州太守景 賊の二将が打たれたので、残余の鼠兵は、あわて乱れて、山 と、あった。 谷のうちへ逃げこんでゆく。それを、追って打ち、包んでは殲 減して賊の首を挙げること一万余。降人は容れて、部隊にゆる玄徳は、又進んで、 ゅ たす 『願わくば行いて援けん』 し、首級は村里の辻に梟けならべて、 ・一・ついす・つせし てんちゅうかく と申し出たので、太守劉焉はよろこんで、校尉鄒靖の五千余 天誅は斯の如し。 騎に加えて、玄徳の義軍にその先鋒を依嘱した。 と、武威を示した。 『十早ル兀はいい必 , 、』 四 , 、、をま、刈こ云った。 『なあ兄貴、この分なら、五十州や百州の賊車ぐらいは、半歳 胸はすでに夏だった。 青州の野についてみると、賊数万の軍は、すべて黄の旗と、 のまに片づいてしまうだろう。天下はまたたく間に、 俺たちの あなど はつけ ぶんしるし 八卦の文を証とした幡をかざして、その勢、天日をも侮ってい 旗幟によって、日月照々だ。安民楽土の世となるに極まってい る。諭快だな。 然し、戦争がそう早く無くなるのがさびし 『ょにほどの事があろう』と、玄も、先頃の初陣で、難なく しカ』 勝った手ごころから、五百余騎の先鋒で、当ってみたが、結果 『ばかをいえ』 関羽は、首をふった。 は大失敗だっこ。 『世の中は、そう簡単でないよ。いつも戦はこんな調子だと思 一敗地にまみれて、あやうく全滅をまぬがれ、三十里も退い うと、大まちがいだそ』 『これはだいぶ強い』 大興山を後にして、一同はやがて幽州へ凱旋の轡をならべ 玄恵は、関羽へ計った。 りゅうえん 太守劉焉は、五百人の楽人に勝利の譜を吹奏させ、城門に旗関羽は、 『寡を以て、衆を破るには、兵法によるしかありません』と一 転の列を植えて、自身、凱旋軍を出迎えた。 ところへ 策を献じた。 0 ラクンゴウ 、とま はん スデ さいなん

10. 三国志(一) (吉川英治)

低い土坡の蜿りを躍り越えた。遠くに帯のように流れが見え やがて礦い野に出た。 巻野に出ても、二人の身を猶、箭うなりがかすめた。今度のはて来た。しめたと、劉備は勇気をもり返したが、河畔まで来て やじり もそこには何物の影もなかった。宵に屯していたという県軍 の本の葉のそれではなく、鋭い鏃を持った鉄弓の矢であった。 も、賊の勢力に怖れをなしたか、陣を払って何処かへ去ってし 園『オ。あれへ行くぞ』 まったらしいのである。 『女を騎せてーーー』 『待てッ』 『では違うのか』 せいかん 驢に騎った精悍な影は、その時もう五騎六騎と、彼の前後を 『いや、やはり劉備だ』 包囲して来た。い うまでもなく黄巾賊の小方 ( 小頭目 ) 等である。 『どっちでもいい。逃がすな。女も逃がすな』 驢を持たない徒歩の卒共は、駒の足に続ききれないで、途中 賊兵の声々であった。 りしゅはん 疎林の陰を出た途端に、黄巾賊の一隊は早くも見つけてしまで喘いでしまったらしいが、李朱氾を始めとして、騎馬の小方 たち七、八騎は忽ち追いついて、 ったのである。 と、 - 『止れッ』 獣群の声が、鬨を作って、白馬の影を追いつめて来た。 『射るぞ』と呶鳴った。 劉備は、振向いて、 かんい つる 鉄弓の弦を離れた一矢は、白馬の環囲に突刺った。 『しまったー・』 せいいなな さおだ 思わず呟いたので、彼と白馬の脚とを唯一の頼みにしがみつ喉に矢を立てた白馬は、棹立ちに躍り上って、一声嘶くと、 どうと横ざまに仆れた。芙蓉の身も、劉備の体も、共に大地へ いた芙蓉は、 抛り捨てられていた。 『ああ、もう : おのの そのまま芙蓉は身動きもしなかったが、劉備は起ち上って、 消え入るように顫しオ 万が一つも、助からぬものとは観念しながらも、劉備は励ま『何かっ ! 』と、さけんだ。彼は今日まで、自分にそんな大き して、 な声量があろうとは知らなかった。百獣も為に法み、曠野を野 びこ だいかっ 『大丈夫、大丈夫。唯、振り落されないように、駒の鬣と、彦して渡るような大喝が、唇から無意識に出ていたのである。 おどろ むち いって、鞭打賊は、恟っとし、劉備の大きな眼の光に愕き、驢は彼の大喝 私の帯に、必死でつかまっておいでなさい』と、 ひづめ に、蹄をすくめて止った。 だが、それは一瞬、 芙蓉はもう返事もしない。ぐったりと鬣に顔を俯伏せてい かんばせ おののびやくふよう 『何を、青一一才』 る。その容貌の白さは戦く白芙蓉の花そのままだった。 てむか 『手抗う気か』 『河まで行けば。県軍のいる河まで行けば , 劉備の打ちつづけていた生本の鞭は、皮が剥げて白木になっ驢を跳びおりた賊は、鉄弓を捨てて大剣を抜くもあり、槍を ていた。 舞わして、劉備へいきなり突っかけて来るもあった。 の なまき うつぶ たてがみ うね たむろ ひる