関中の大軍は、いちどに溢れ出て、欝憤をはらした。 あわてふためく西涼軍を追い捲って、 四 の 『思い知ったか』と、四角八面に分れ討った。 そうこう しょ・つよ、つ どうかん て出たが、 徐晃の手勢も、ぜひなく後から続い 蜀滝関に着いた曹洪と徐晃は、一万の新手をもって鍾絲に代り、 堅く守って、 『長追いすな、長追いすな』と、大声で止めてばかりいた。 望 とっこっ つつみ つづみこえどら 『われわれが参ったからには、これから先、尺地も敵に踏みこ すると、長い堤の蔭から、突忽として鼓の声、銅鑼のひび ませることではない』 き、天地を震わせ、 せいりようばたい びよう と、曹操の来着を待っていた。 『西涼の馬岱これにあり』と、一彪の軍馬が衝いてくる。 や 西涼の軍勢は、力攻めを熄めてしまった。毎日、壕の彼方に いささかたじろいで、陣容をかため直そうとする間もなく、 おおあくび い , っ伝ム F2 。 立ち現れて、大欠伸をしてみせる。手洟をかむ。尻を叩く、大『たいへんだ、敵の靡徳が、退路を断った』と、 『ますい 引揚げろ』 声たて悪たれをいう。 あげく 踵を巡らしたときは機すでに遅しである。どう迂回して出た 挙句の果には、草の上に寝ころんだり、頬杖ついて、 じよこうそう ばちょう かんすい 敵はどこかね か、西涼の馬超と韓遂が関門を攻めたてている。いや徐晃、曹 どうかんかんちゅう 滝関の関中だそうだ 洪が出払ったあとなので、守りは手薄だし、油断のあった所だ からす せいかん し、精悍西涼兵は、芋虫のように、ぞろそろ城壁へよじ登って 櫓にいたのは鴉じゃないのか そ - っ - 一う じよ・ : っ いるではないか なあに曹洪と徐晃さ そんなら大して変りはない 留守の鍾絲はもう逃げ出している始末、罵り合ってみたもの の追いっかない。曹洪、徐晃も支え得ず、関の守りを捨てて走 腰抜相手の戦争は退屈だ 、まに曹操が来るだろう ばちょ・つ かみすい 岱、万余の大軍は関中を突破すると、 昼寝でもして待っとするか どうかん みみくそ 潼関の占領などは目もくれず、ひたすら潰走する敵を急追し 乞う戦友、耳垢でも取ってくれ せんめつ て、『殲減を加えん』と、夜も日も、息をつかせす、後から追 などと悪罵にふしを付けて唄っている。 っ一 ) 0 『待っていろ。目にもの見せてやるから』 を、つ・ : っ のが 曹洪も徐晃も、途中多くの味方を失い、わずかに身ひとっ遁 歯噛みをした曹洪が、城門から押し出そうとするのを見て、 れ得た有様である。 が、許 都へさして落ちる途中まで来る 徐晃がいさめた。 辛くもその中 と、許都をつて来た本亜曹操の先鋒に出会い、 『丞相のおことばを忘れたか。十日の間は固く子れ。手出しは に助けられた すなと仰せられた』 そう - 一う 曹操は、聞くと、 然し、若い曹洪は振り切って、駈け出した。 る。 ・一しめけ てばな ほおづえ せきち きびす まく うつぶん ののし 472
甘寧は、説い 日暮れに迫って、甘寧の軍勢は、残らず城内へなだれ入り、 いりよ・つしろ 巻『南郡と埼角の形勢を作って、一方、夷陵の城も戦備をかため凱歌をあげて、誇っていたが、なんそ測らん、曹純、牛金の後 そ・つ - 一う づめ のています。そしてそこには、曹仁と呼応して、曹洪がたて籠っ詰が、諸門を包囲し、また曹洪も引っ返して来て、勝手を知っ た間道から糧道まで、すべて外部から遮断してしまったので、 蜀ていますから、迂濶に南郡だけを目がけていると、いっ如何な る変を起して、側面を衝いて来るかもしれません』 寄手の甘寧は曹純とまったく位置を更えて、孤城の中に封じこ 望 まれてしまった。 どうしたがいいか』 『それがしが三千騎を拝借して、夷陵の城を攻め破りましょ この報せが、呉軍に聞えたので、周瑜は重ね重ね眉をしか め、 『よし。そのまに、南郡の城は、わが手に片づける』 『程普。何か策はないか』と、評議に集った面々を見まわし 手配は成った。 廿寧は、江を渡って、夷陵城へ攻めかかった。 程普は云う。 南郡の城の櫓から、それを眺めた曹仁は驚いた。 『甘寧は、呉の忠臣、見殺しはできません。然りといえど、 そ・つ - 一う 『これはいかん。寄手の一部が夷陵へ迫った。夷陵の曹洪は困今、兵力を分けて、夷陵へかかれば、敵は南郡の城を出て、わ ちんきよう るだろう。何しろまだ防備が完全でないから』と、陳矯に、急が軍を挾撃して来ましよう』 場の処置を諮ったところ、 呂蒙がそれにつづいて、こう意見を吐いた。 S ・ようと、フ そうじゅん 『御舎弟の曹純どのに、牛金を副将とし、直ちに急援をおっか 『ここの抑えは、凌統に命じて行けば、充分に頑張りましょ わしになったらよいでしよう。夷陵の城が陥ちたら、この南郡う。やはり甘寧を救うのが焦眉の急です。てまえに先鋒をお命 城も瀕死になります』と、彼もあわて出した。 じあって、都督がお続きくださるなら、必ず十日以内に、目的 そこで曹純と牛金は、にわかに夷陵の救いに馳せつけた。曹は達せられるかと思われるが : そ - っ・ 1 う 純は外部から城内の曹洪と聯絡をとって、 周瑜はうなずいて、更に、 ー′トでつン : っ・ あむ 『カに依らず、謀略を主として、敵を欺こうではないか』と、 『凌統。大丈夫か』と、念を押した。 一計を約東した。 凌統は、ひきうけたが、 甘寧は、それとも知らず、前進また前進をつづけ、敗走する 『ーー・・但し、十日間がせいぜいです。十日は必ず頑張って御覧 に入れますが、それ以上日数がかかると、それがしはここで討 城兵を追いこんで、 もろ 『意外に脆いそ』 死のはかなきに至るかもしれません』と、云った。 と、一挙、占領にかカた 『そんなに日の費るほどな敵でもあるまい』 りよ - っとう しゅうゆ 曹洪も出て奮戦したが、実は、策なので、忽ち支え難しと見と、周瑜は、兵一万に凌統をあとに残して、そのほかの主力 せかけて、城を捨てて逃げた。 をことごとく夷陵方面へうごかした。 よせて
後に、語り草として、世の人はみなこう云った。 『曹洪、曹洪。あれは誰だ。まるで無人の境を行くように、わ ちょう - 一う 巻 ( ーー其の折、坑のうちから紅の光が発し、張部の眼が晦んが陣地を駆け破 0 て通る不敵者は ? 』 ちょううん のだ刹那に趙雲は彼を仆した。これみな趙雲のふところに幼主阿と、早口に訊ねた。 と しよく 壁斗の抱かれていた為である。やがて後に蜀の天子となるべき洪曹洪を始め、その他群将もみな手を眉に翳して、誰か彼か あしもと 福と天性の瑞兆であったことは、趙雲の翔ける馬の脚下から紫と、口々に云い囃していたが、曹操は焦れッたがって、 赤 の霧が流れたということを見てもわかる ) 『早く見届けて来い』と、ふたたび云った。 然し、事実は、紫の霧も、紅の光も、青釭の剣があげた噴曹洪は馬をとばして、山を降ると、道の先へ駆けまわって、 血であったにちがいない。 。ナれど又、彼の超人的な武勇と精神彼の近づくのを見るや、 力のすばらしさは、それに蹴ちらされた諸兵の眼から見ると、 『ゃあ、敵方の戦将。ねがわくば、尊名を聞かせ給え』と、呼 ばわった。 やはり人間業とは思えなかったのも事実であろう。紅の光ー それ 声に応じて、 それは忠烈の光輝だといってもいい。紫の霧 ! ちょうしりゅう は武神の剣が修羅の中に曳いて見せた愛の虹だと考えてもい 『それがしは、常山の趙子竜。ーー見事、わが行く道を、立ち 塞がんとせられるか』 ともあれ、青釭の剣のよく斬れることには、趙雲も驚いた と、青釭の剣を持ち直しながら趙雲は答えた。 この天佑と、この名剣に、阿斗はよく護られて、ふたたび千軍曹洪は、急いで後へ引っ返した。そして曹操へその由を復命 万馬の中を、星の飛ぶように、父玄徳のいる方へ、またたくうすると、曹操は膝を打って、 ちょうしりゅう ちに翔け去った。 『さては、かねて聞く趙子竜であったか。敵ながら目ざましい 者だ。まさに一世の虎将といえる。もし彼を獲て予の陣に置く ことができたら、たとえ天下を掌に握らないでも、愁いとする ちょううん には足らん。 早々、馬をとばして、陣々に触れ、趙雲が通 キ、ト、つ せきど るとも、矢を放つな、石弩を射るな、ただ一騎の敵、狩猟する 長坂橋 ど ように追い包み、生け擒ってこれへ連れて来いと伝えろ ! 』 鶴の一声である。諸大将は、はっと答えて、部下を呼び立て 忽ち見る、十数騎の伝令は、山の中腹から逆落しに駆 け降ると、すぐ八方の野へ散って馬けむりをあげて行く。 真の勇士、真の良将を見れば、敵たることも忘れて、それを 幕下に加えようとするのは、由来、曹操の病どいっていいほど な持前である。 けいん この日、曹操は景山の上から、軍の情勢をながめていたが、 ふいに化細六、して、 ↓つよ、つ しるし くれない くれない く、 くら あ そう - 一う て まゆかざ じ やま、 え 284
南郡の城に入った曹洪、曹純などは、兄の曹仁を囲んで、暗兵を率い、後陣を程普に命じて、城中へ突撃した。 巻瞻たる顔つきを揃えていた。今にして、この一族が悔いおうて すると一騎、むらがる城兵の中から躍り出て、 よ、つゆう、、つ - : フ のいることは、 『来れるは周瑜か。湖北の驍勇曹洪とは我なり。、・、 しさ出で会 蜀『やはり丞相のおことばを守って、絶対に城を出ずに、最初かえ』と、名乗りかけて来た。 らただ城門を閉じて守備第一にしておればよかった』という及周瑜は、一笑を与えたのみで、 望 いりよう ばぬ愚痴だった。 『夷陵を落ちのびた逃げ上手の曹洪よな。さる恥知らずの敗将 ぼくさっ 『そうだー 忘れていた』 と矛を交えるが如き周瑜ではない。誰か、あの野良犬を撲殺せ 曹仁は、その愚痴からふと思い出したように、膝を打った。 い』と、鞭をもって部下をさしまねいた。 それは曹操が都へ帰る時、いよいよの危急となったら封を開い 『心得て候う』と、陣線を越えて、彼方へ馬を向けて行ったの かんと、つ てみよ、と云って遺して行った一巻の書である。その中にどんは呉の韓当であった。 ひとま な秘策が認めてあるかの希望であった。 人交ぜもせず、二人は戦った。交戟三十余合、曹洪はかなわ しりぞ じとばかり引き日込く。 五 するとすぐ、それに代って、曹仁が馬を駈け出し、大音をあ 鉉、周瑜の得意は思うべしであった。まさに常勝将軍の概がげて、 しり、っ かんねい きおく ある。夷陵を占領し、無事に甘寧を救い出し、更に、勢いを数『気怯れたか周瑜、こころよく出て、一戦を交えよ』と、呼ば なんぐん わっ・た。 倍して、南郡の城を取り囲んだ。 しゅうたい しりぞ : はてな ? 敵の兵はみな逃げ支度だそ。腰に兵糧をつけ 呉の周泰がそれに向って、又復曹仁を追い退けてしまった。 ておる』 ここに至って、城兵は全面的に崩れ立ち、呉軍は勢いに乗っ レをつレつ せいろう 城外に高い井楼を組ませて、その上から城内の敵の防禦ぶりて、々と殺到した。 しゅうゆ かんこ を望見していた周瑜は、こうつぶやきながら猶、眉に手をかざ 喊鼓、天をつつみ、奔煙、地を捲いて、 していた。 『今なるぞ。この期を外すな』 見るに、城中の敵兵は大体三手にわかれている。そして悉く と、周瑜の猛声は、味方の潮を率いてまっ先に突き進んでゆ 外矢倉や外門に出て、その本丸や主要の堰の陰には、頗る士気 そうじんそうこう のない紙旗や幟ばかり沢山に立っていて、実は人もいない気配 息もっかせぬ呉兵の急追に、度を失ったか曹仁、曹洪をはじ であった。 め、城門〈も逃げ込み損ねた守兵は、みな城外の耙〈向「て * 、と そうじん 『さては、敵将の曹仁も、ここを守り難しと覚って、外に頑強雪崩れ打って行った。 に防戦を示し、、いには早くも逃げ支度をしておると見える。 すでに周瑜は城門の下まで来ていた。見まわすところ、ここ ろ・つば、 しかに敵が狼狽して よし、さもあらば唯一撃に』と、周瑜は、みずから先手ののみか城の四門はまるで開け放しだ。 そとやぐら かみはた せきかげ 0 またまた - 一うげき 2
『すぐ連れて来い』と、中軍へ二人を呼び、そして軍法に 曹軍は、三軍団にわかれ、曹操はその中央にあった。 きゅうもん そうじん て、敗戦の原因を糺問した。 彼が馬をすすめると、右翼の夏侯淵、左翼の曹仁は、共に早 『十日の間は、かならず守備して、うかつに戦うなと命じてお鉦を打ち鼓を鳴らして、その威風に更に気勢を加えた。 ちょうい えびす いこに、なぜ軽忽な動きをして、敵に乗ぜられたか。曹洪は若『胡夷の子、朝威を怖れず、どこへ赴こうとするか。あらば出 手だからぜひもないが、徐晃もおりながら、何たる不覚か』 でよ。人間の道を説いてやろう』 叱られて、徐晃は、ついこう自己弁護してしまった。 曹操の言が、風に送られて、彼方の陣へ届いたかと思うと、 ばちょうあギ、なもうき 『おことばの如く、切にお止めしたのですが、洪将軍には、血『おう、騰の子、馬超字は孟起。親の讐をいま見るうれし 気にまかせて、頑として肯かないのでした』 さ。曹操、そこをうごくなよ』 しろまだら 曹操は、怒って、 とどろく答えと共に、陣鼓一声、白斑な厚馬に乗って、身に そ・つこう せんこう さいようせいめん 『軍法を正さん』と、自身、剣を抜いて、甥の曹洪に、剣を加銀甲をいただき詳紅のを着、細腰青面の弱冠な人が、颯と、 , んよ , っとした。 野を斜めに駈け出して来た。 いや、それがしも同罪ですから、罪せられるなら手前も 『若大将を討たすな』と案じてか、それにつづく左右の将には しようしよう 共に剣をいただきます』 靡徳、馬岱。また八旗の旗本、鏘々とくつわを並べて駈け進 徐晃も、身をすすめて、神妙にそういうし、諸人も皆、曹洪んでくる。 のために命乞いしたので、曹操もわずかに気色を直し、 『あれか。馬超とは』 ゆる 『功を立てたら宥してやろう』 近づかぬうちから、曹操は内心一驚を喫した様子である。文 ざんざい ほくへんえびすぜい と、暫く斬罪を猶予した。 化に遠い北辺の胡夷勢と侮っていたが 、決して、彼は未開の夷 蛮ではない。 『やよ。馬超』 『おうつ。曹操か』 『汝は、国あって、国々のうえに、漢の天子あるを知らぬな』 おか 『だまれ、天子あるは知るが、天子を冒して、事々に、朝廷を かさに着、暴威を振う賊あることも知る』 で 『中央の兵馬は、即ち、朝廷の兵馬。求めて、乱賊の名を受け ん 挾 / . し諸々』 かみおか を 『盗人猛々しいとは、其方のこと。上を犯すの罪。天人倶にゆ 胃曹操の本軍と、西涼の大兵とは、次の日、滝関の東方で、堂るさざる所。あまっさえ、罪もなきわが父を害す。誰か、馬超 堂対戦した。 の旗を不義の乱といおうそ』 渭水を挾んで は、 どうかん がね ん かこうえん ゅ さっ 473
: ばうううつ : : : と何を呼ぶのか、大擂の音しまった。 こだま まちてい 巻は長い尾を曳いて、陰々と四山に谺してゆく。 『どうだ、この街の態は。これで敵の手のうちは見えたろう』 の『はてな ? 』 曹仁は、自分の達見を誇った。城下にも街にも敵影は見あた 壁怪しんでなおよく見ると、峰の頂上に、やや平らな所があらない。のみならず百姓も商家もすべての家はガラ空である。 あか′一 り、そこに一群の旌旗を立て、傘蓋を開いて対坐している人影老幼男女は元より嬰児の声一つしない死の街だった。 赤 げんとく - 一うめし がある。漸く月ののばるに従って、その姿はいよいよ明らかに 『しかさま、百計尽きて、玄徳と孔明は将士や領民を引きつれ さてさて 見ることができた。一方は大将玄徳、一方は軍師孔明、相対して、逸早く逃げのびてしまったものと思われる。 きょちょ て、月を賞し、酒を酌んでいるのであった。 逃げ足のきれいさよ』と曹洪や許褶も笑った。 ひとも 『ゃあ、憎ッくき敵の応対かな。おのれ一揉みに』 『追いかけて、殲滅戦にかかろう』という者もあったが、人馬 きょちょ こよいは 許褶は愚弄されたと感じてひどく怒った。彼の烈しい下知にもっかれているし、宵の兵糧もまだっかっていない。 励まされて、兵は狼群の吠えかかるが如く、山の絶壁へ取りす一宿して、早暁、追撃にかかっても遅くはあるまいと、 がったが、たちまちその上へ、巨岩大木の雨が幕を切って落す『やすめ』の令を、全軍にったえた。 なだ つの み、じん ように雪崩れて来た。 その頃から風が募り出して、暗黒の街中は沙塵がひどく舞っ た。曹仁、曹洪等の首脳は城に入って、帷幕のうちで酒など酌 四 んでいた。 すると、番の軍卒が、 一塊の大石や、一箇の木材で、幾十か知れない人馬が傷つけ られた。 『火事、火事』 ひ 許褶も、これは堪らないと、あわてて兵を退いた。そして、 と、外で騒ぎ立てて来た。部将たちが、杯をおいて、憎てか ほかの攻め口を尋ねた。 けるのを、曹仁は押し止めて、 めしかし だいらいねきんこ 彼方の峰、こなたの山、大擂の音や金鼓のひびきが答え合っ『兵卒共が、飯を炊ぐ間に、誤って火を出したのだろう。帷 さわ て聞えるのである。 で慌てなどすると、すぐ全軍に影響する。躁ぐに及ばん』と、 うしろ 『背後を断たれては』と、許褶はいたずらに、敵の所在を考え余裕を示していた。 や 迷った。 ところが、外の騒ぎは、、 しつ迄も熄まない。西、北、南の三 そうじん そのうちに曹仁、曹洪などの本軍もこれへ来た。曹仁は叱咤門はすでにことごとく火の海だという。追々、炎の音、人馬の ただ して、 跫音など、凡ならぬものが身近に迫って来た。 『児戯に類する敵の作戦だ。麻酔にかけられては成らん。前進『あっ敵だっ』 『敵の火攻めだっ』 ただ前進あるのみ』 と、遮二無二、猛進をつづけ、ついに新野の街まで押入って部将のさけびに曹洪、曹仁も胆を冷やして、すわとばかり出 た せいき ますい み : 九がい だいらい おもて そうこう あ 丿儿わ
に告げて、 云うことも、確乎している。これは口先でもいかんと思った 巻か、曹操は馬を退いて、 『髯の長いのを目あてに捜してもだめです。曹操は髯を切って わっぱ の『あの童を生捕れ』と、左右の将にまかせた。 逃げました』と、教えた。 ・つキ - ーれ 蜀于禁と張部が、同時に、馬超へおどりかかった。馬超は、左そのとき、曹操は、乱軍の中に交って、すぐそばを駈けてい たので、そのことばを小耳に挾むと、 右の雄敵を、あざやかに交しながら、一転、馬の腹を高く覗か 望 りつう 『これはいかん』と、あわてたものとみえ、旗を取って面を包 せて、うしろへ廻った敵の李通を槍で突き落した。 そして、悠々、槍をあけて、 み、無二、無三、鞭を打った。 『おおういっ・ : 』と一声さしまねくと、雲霞のように凝とし『首を包んだものが曹操だそ』 ていた西涼の大軍が、いちどに、野を掃いて押し襲せて来た。 又、四方で声がする。曹操はいよいよ魂をとばして林間へ駈 きよと ねば その重厚な陣、粘り強い戦闘力、到底、許都の軍勢の比では けこんだ。すると誰か、槍を伸ばして突いた者がある。運よく 槍は樹本の肌を突いて、容易に抜けない。曹操はその間髪に辛 くも遠く逃げのびた。 たちまち駈け押されて、曹軍は散乱した。馬岱、靡徳は、 ひ 『この手に、曹操の襟がみを、引っ掴んでみせる』 と、乱軍を潜り、敵の中軍へ割りこみ、血まなこになって、 『きようの乱軍に、絶えず予の後を守って、よく馬超の追撃を その姿を捜し求めた。 喰い止めていたのは誰だ』 そのとき、西涼の兵が、口々に、 くれない ひたたれ 『紅の戦袍を着ているのが、敵の大将曹操だそ』 曹操は、味方の内へ帰ると、すぐこう訊ねた。 と、呼ばわり合っているのを聞いて、当の曹操は逃げ奔りな夏侯淵が答えて、 から、 『曹洪です』 と云うと、曹操はさもありなんという顔して、うれし気に、 『これは目印になる』と、あわてて戦袍を脱ぎ捨ててしまっ 『そうか。多分彼だろうとは思ったが : : : 。先日の罪は、今日 するとなお執拗こ追、 をしかけて来る西涼兵が、 の功を以て宥し措くそ』 『髯の長いのが曹操だ。曹操の髯には特長がある』と、叫んで やがてその曹洪は夏侯淵に伴われて恩を謝しに出た。曹操 は、今日の危急を思い出して、幾度か死を覚悟した事など語り 出し、 曹操は、自分の剣で、自分の髯を切って捨てた。 今日こそはーー・と期して、味方の馬岱、靡徳よりも先んじて『自分も幾度となく、戦場にのそみ、また惨敗を蒙ったことも 曹操を捜していたのはもちろん馬超で、父の讐たる彼の首を見あるが、凡そ今日のような烈しい戦いに出合ったことはない。 ひ ぬうちは退かじと馬を駈け廻していたが、ひとりの部下が、彼馬超という者は敵ながら存外見上げたものだ。決して汝等も軽 ひげ しつよ - っ しつかり えり ばたい ばたい かこうえん ゆる
とうして来たかと、驚いて迎え入 櫓からそれを見た甘寧は : 四 れた。周泰は云った。 りよもう けん ) く 『もう大丈夫。安心しろ。周都督が御自身で救いに来られた。 途中で、呂蒙が献策した。 せまけわ 『これから攻めに参る夷陵の南には、狭く嶮しい道がありまそして作戦はこう : しめ しばたき ここに完全な聯絡をとった。 と、一切を諜し合い す。附近の谷へ五百はどの兵を伏せ、柴薪を積んで道をさえぎ きのう、おかしな男が、ただ一騎、城中へ入ったというし、 り置けば、きっと後でものを云うと思いますが』 あが それから俄然城兵の士気が昻っているのを眺めて、寄手の曹 周瑜は、容れて、 『その計もよからん』と、手筈をいいつけ、更に、前進して夷洪、曹純は、 『これはいかん』と、顔見あわせた。 陵へ近づいた てっとう 夷陵の城は櫛の如く敵勢に囲まれている。誰かその鉄桶の中『周瑜の援軍が近づいた証拠だ。ぐずぐずしておれば挾撃を喰 、つ。と , っしょ , っ ? ・』 と周瑜が へ入って、城中の甘寧と聯絡をとる勇士はないか 『どうしようと云っても急には城も陥ちまい。甘寧をわざと城 一ム、つと、 しゅうたい 『それがしが参らん』と、周泰がすすんでこの難役を買って出へ誘いこんで袋叩きにするという策は、名案に似て、実は下の 下策だったな、こうなってみると』 くり′一と 『今さらそんな繰言を云ってみても仕方はない。南郡へも使が 一鞭を加え 彼は、陣中第一の駿足を選んでそれに跨がり、 出してあるから、兄の曹仁から加勢に来るのを待っとするか』 て、敵の包囲圏へ駈けこんで行った。 ただ一騎、弾丸のように駈けて来た人間を、曹洪、曹純の部『ともかくも一両日、頑張ってみよう』 何そ無策なると心ある者なら痒く思ったにちがいない。す 下はまさか敵とも思えなかった。ただ近づくや否、 そうこうそうじゅん しゅうゆ ぐ次の日にはもう周瑜の大軍がここへ殺到した。曹洪、曹純、 『何者だっ』 ぎゅうきん 牛金などあわてふためいて戦ったものの、元より敵ではなかっ 『待てつ待てつ』と、遮った。 しゅうたい た。陣を萠して忽ち敗走の醜態を見せてしまう。 周泰は、刀を抜いて剣舞するようにこれを馬上で旋しなが ら、 のみならず、周瑜の急追をよけて、山越えに出たま、 たき ! 『遠く都から来た急使だ。曹丞相の命を帯ぶる早馬なり、貴様途中のけわしい細道までかかると、道に積んである柴や薪に足 城たちの知「たことじゃない 0 。近づいて蹴殺されるな』と、喚をとられ、馬から谷へ落ちる者や、自ら馬をすてて逃げ出すと ころを討たれるやらで、散々な態になってしまった。 三き喚き、疾走して行った。 搬その勢いで、一一段三段と敵陣を駈け抜けてしまい、遂に、夷呉の軍勢は、勝に乗 0 て、途中、敵の馬を鹵獲すること三百 余頭、更に進撃をつづけて、遂に南郡城外十里まで迫「て来 一陵の城下へ来て、 『甘寧、城門を開けてくれ』と、どなった。 さえ また まわ わめ お ろかく
ほうあん その上、大将彭安が討たれたので、辛評を使として、降伏をもれた曹軍の陣所を猛襲したのである。そして民家を焼き、柵 申し出た。 門を焼き立て、あらゆる手段で、曹軍を掻きみだした。 ひづめどきゅう てっせん 曹操は、降使へ云った。 飛雪を浴びて、駆けちがう万騎の蹄、弩弓の唸り、鉄箭のさ しんび しよ、つしよう かっかっ 『其方は、早くから予に仕えておる辛毘の兄ではないか。予のけび、戞々と鳴る較、鏘々火を降らしあう剣また剣、槍は砕 おめ 陣中に留まって、弟と共に勲しを立て、将来、大いに家名を揚 、旗は裂け、人畜一つ喚きの中に、屍は山をなし、血は雪を げたらど、つだ』 割って河となした。 ンユタット 力いらん そう - : っ がくしん 『古語に日う。ーー主貴ケレ・ハ臣栄工、主憂ウル時 ( 臣辱カシ 一時、曹軍はまったく潰乱に墜ちたが、曹洪、楽進などがよ メラルト。弟には弟の主君あり、私には私の主君がありますか く戦って喰い止め、ついに大勢をもり返して、城兵をひた押し ら』 に濠際まで追いつめた。 えん 辛評は空しく帰った。降をゆるすとも許さぬとも、曹操はそ曹洪は、雑兵には目もくれず、乱軍を疾駆して、ひたすら袁 れに触れないのだ。云う迄もなく、曹操はすでに冀州を奪った譚の姿をさがしていたが、とうとう目的の一騎を見つけ、名乗 えんたん ので、袁譚を生かしておくことは好まないのである。 りかけて、馬上のまま、重ね打ちに斬り下げた。 『和議。 ま望めません。所詮、決戦のほかございますまい』 『袁譚の首を挙げたぞ。曹洪、袁譚の首を打ったり』 ひょうひょうふぶき 有の儘を、辛評が告げると、袁譚は彼の使に不満を示して、 という声が、颶々、吹雪のように駆けめぐると、城兵はわ 『ああそうか。そちの弟は、すでに曹操の身内だからな。その っと戦意を失って、城門の橋を逃げ争って駆けこんだ。 兄を講和の使にやったのはわしの過りだったよ』 その中に、郭図の姿があった。曹軍の楽進は、 と、ひがみッばく云った。 『あれをこそ ! 』 『こは、、い外なおことばを ! 』 と、目をつけ、近々、追いかけて呼びとめたが、雪崩れ打っ * 、え 一声、気を激して、恨めしげに叫ぶと、辛評は、地に仆れて敵味方の兵に遮ぎられて寄りつけないので、腰の鉄弓を解い 昏絶したまま、息が絶えてしまった。 て、やにわに一矢を番え、人波の上からびゆっと弦を切った。 つらめ 袁譚はひどく後悔して、郭図に善後策を讙った。郭図は強気矢は、郭図の首すじを貫き、鞍の上からもんどり打って、五 で、 体は、濠の中へ落ち込んで行った。楽進は首を取って、槍先に ほうあんう 『なんの、彭安が討たれても、なお名を惜しむ大将は数名いま なんひ かくとな えんたん す。それと南皮の百姓をすべて徴兵し、死物狂いとなって、防『郭図亡し、袁譚なし、城兵共、何をあてに戦うか』と声かぎ あ 人ぎ戦えば、敵は極寒の天地に曝されている遠征の窮兵、勝てぬりに叫んだ。 じよう なんひ こく早 - ん 1 一うとうちょうえん 真という事があるものですか』と、励まして、大決戦の用意にか 南皮一城もここに滅ぶと、やがて附近にある黒山の強盗張燕 キ、しゅ・つ しようしよくちょ、つなん やから つ ) 0 野カオ だとか、冀州の旧臣の焦触、張南などという輩も、それそ 突如、城の全兵力は、四方を開いて攻勢に出て来た。雪に埋れ五千、一万と手下を連れて、続々、降伏を誓いに出て来る者 こんぜっ カくと いみ、 4 れ * 一ら しんひょう きしゅう うず たん かくと つる
かんたん 者を大将として、邯鄲の野に大布陣を展いた。 と、攻めあぐみながらも曹操は敵の防戦ぶりに感嘆したほど 、、こっ・ ) 0 巻一方、袁尚自身は、あとに審配をのこして本軍の精鋭をひき とう S ・よ - っ の い、急に平原の袁譚へ攻めかけた。 平時の名臣で、乱世の棟梁でもある雄才とは、彼の如きをい 明袁譚から急援を乞うとの早打をうけると曹操は、許攸に向っ うのかも知れない。彼はまた、前線遠く敗れて、帰路を遮断さ て、 れていた袁尚とその軍隊を、怪我なく城中へ迎え入れようとい 『これからだと、いっか申したのは、こういう便りの来る日をう難問題にぶつかって、その成功に苦心していた。 待っていたのだ』 その袁尚の軍隊はもう陽平という地点まで来て、通路のひら と、会心の笑みをもらした。 くのを待っていた。その通路は城内から切り開いてやらなけれ そう - 一う ばならなかった。 『曹洪は、郞城へ出よ』 もうじよう りふ しゅば と、一軍を急派しておき、彼自身は毛城を攻めて、大将尹楷主簿の李孚は、審配へ向って、こういう一案を呈した。 を討ち取った。 『この上、外にある味方の大兵が城内に入ると、忽ち兵糧が尽 『降る者は助けん。いかなる敵であろうと、今日降を乞うものきます。けれども、城内には、何の役にも立たない百姓の老弱 は、昨日の罪は問わない』 男女が、何万と籠っています。それを外へ追い出して、曹操へ そせい ほんしゆっ 曹操一流の令は、敗走の兵に蘇生の思いを与えて、ここでも降らせ、そのあとからすぐ、城兵も奔出します。兵馬が出きっ 大量な捕虜を獲た。 た途端に、城中の柴や薪を山と積んで、火の柱をあげ、陽平に 大河の軍勢は戦う毎に、一水又一水を加えて幅を拡げて行っある袁尚様へ合図をなし、内外呼応して血路を開かれんには、 難なくお迎えすることができましよう』 そ・一う そして、邯鄲の敵とまみえて、大激戦は展開されたが、沮鵠『そうだ、その一策し、よ、 力いらん の大布陣も、ついに潰乱のほかはなかった。 審配は直ちに用意にかかった。そして準備が成ると、城内数 『郞城へ。鄰城へ』 万の女子どもや老人を追い立て、城門を開いて一度に追い出し 逆捲く大軍の奔流は、さきにここを囲んでいた味方の曹洪軍 と合して、勢いいやが上にも振った。 白いばろ布れ、白い旗など、手に手に持った百姓の老幼は、 つなみ ばんこせんかん 総がかりに、城壁を朱に染め、焔を投げ、万鼓千喊、攻め立海嘯のように外へ溢れ出した。 てること昼夜七日に及んだが、陥ちなかった。 そして、曹丞相、曹丞相と、降をさけんで、彼の陣地へ雪崩 地の下を掘りすすんで、一門を突破しようとしたが、それもれこんで来た。 敵の知るところとなって、軍兵千八百、地底で生き埋めにされ曹操は、後陣を開かせて、 てしまった。 『予の立つ大地には、一人の餓死もさせぬそ』と、すべてを容 れた。 『ああ、審配は名将かな』 かんたん よ・つじよう あけ し いんかい しんはい まを - ようへい ゅ - つ、い ノ 62