兵庫 - みる会図書館


検索対象: 宮本武蔵(三) (吉川英治)
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1. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

そして、彼の足からも、後の羽目板でも蹴ったような響を発『土民の分際で、狎れるにまかせて、不届きな仕方。ーー直 巻し、どんと、兵庫の肩を跳び越えた。 れ。それへ坐れ』 の兵庫は、身を沈めながら、左の手で、その足を軽く掬った。 丑之助は、坐った。 はやわざ まわ 明 丑之助は自己の迅業と自己のカで、竹とんみたいに旋「 そして、何か理は分らないが、謝まろうと手をつかえかける たまま、兵庫の後へもんどりを打った。 と、その眼の前へ、兵庫はカラリと木剣を捨て、腰の刀を抜い 円 カラカラーーと、手から離れた木剣が、氷の上を辷るようて丑之助の顔へ、突き出していた。 さわ 、彼方へ飛んでしまった。跳ね起きた丑之助は、なお屈せ『手討ちにする。噪ぐと、これを浴びせるぞ』 ず、木剣を追いかけて、拾い取ろうとした。 『あっ。おらを』 『・も、つト ( しー・』 『首を伸べろ』 兵庫が、此方からいうと、丑之助は振向いて、 わっぱ 『兵法者が、第一に重んじるのは礼儀作法である。土百姓の童 とはいえ、今の仕方は堪忍ならぬ』 そして持ち直した木剣を振りかぶって、今度は鷲の子のよう : じゃあ、おらを、無礼討ちにし召さるというのけい』 な勢いで兵庫へ対って来たが、兵庫が、ひたツと木剣の先を向『そうだ』 けると、丑之助は、その姿勢のまま、途中で立ち竦んでしまっ 丑之助は、兵庫の顔を、しばらく見つめていたが、観念の体 をあらわして、 『 : : : おっ母。おらあお城の土になるそうな。後で嘆かっしゃ くやし涙を眼に溜めているのである。兵庫はじっとその様子る事だろうが、不孝者を持ったと思って堪忍してくんなされ』 をながめ、心のうちで、 と、兵庫へつく手を、荒木村の方へついて、偖、静かに、斬 ( これは、武魂がある ) られる首をさし伸べた。 と、見込んだ。 だが、わざと眼を怒らせて、 わっぱ 『童っ』 『ま、つ しし』 ふらら 『不埒な奴だ。この兵庫の肩を躍り越えたな』 ) 0 つ、 ) 0 わし 兵庫はニコと笑んだ。そしてすぐ刀を鞘におさめ、丑之助の 背を叩いて、 『よし。よし』 といって宥めた。 なだ わけ さて 266

2. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

『お。又それへ』 巻『御用ですか』 『兵庫どのが、お見えにならぬが、胤舜が参ったこと、お伝え の『兵庫さまが、ちょっと、来て欲しいと申されまする』 くだされたかの』 今日しも、書院の客座に、二人の法弟を従えて、先刻から話 ごんのりつし 縁づたいし 、又、橋廊下を越えたりして、そこから遠い兵庫している者がーーーその宝蔵院の二世権律師胤舜で、その応接 円 の部屋へ訪ねてゆく。 兵庫は縁に腰かけていたが、 、下座にあるのが、柳生四高弟の一人、木村助九郎なのであ る。 『オオ。お通どの、来てくれたか、わしの代りになって、ちょ っと挨拶に出てもらいたいが』 故人との関係から、よくここへは訪れるのである。それも、 『どなたか : : : お客間に ? 』 忌日や法事などでなく、、、 とうも兵庫をつかまえて、兵法を談じ めあて 『先刻から通って、木村助九郎が挨拶に出ておるが、あの長談たいのが目的らしいのだ。そしてあわよくば、故人石舟斎が、 義には閉ロなのだ。殊に、坊主と兵法の議論などは参るから ( 叔父の但馬も及ばず、祖父のわれにも優れたるやっ ) しようあ、 と、眼の中へ入れても痛くないほど鍾愛して、上泉伊勢守か しんかげ 『ではいつもの、宝蔵院様でいらっしゃいますか』 ら自身が受けた新陰の相伝、三巻の奥旨、一巻の絵目録など、 総てこれを生前に授けたと聴く、故人の孫の柳生兵庫に対し胤 舜が自ら奉じるところの槍をもって、一手の試合を望んでいる 奈良の宝蔵院と柳生ノ庄の柳生家とは、地理的な関係かららしい気ぶりも仄見えるのである。 も、遠くないし、槍法と刀法の上からも、因縁が浅くなかっ それを悟ったか、 兵庫は、彼の訪れにもここ二、三回、 ( 風邪ごこちにて ) いんえい 故石舟斎と、宝蔵院の初代胤栄とは、生前親しい間がらであ レ」か さしつかえ ( やむなき差閊で ) 石舟斎の壮年時代に、真に悟道の眼をひらかせてくれた恩人とかいって、避けている。 は、上泉伊勢守であったが、その伊勢守を、初めて柳生ノ庄へ きようも胤舜は、なかなか帰る気ぶりもなく、やがて兵庫 ひきあ 連れて来て紹介わせた者は、胤栄であったのである。 が、席に見えるのを、何となく期待しているらしい いんしゅん だがその胤栄も、今は故人になって、二代胤舜が、師法木村助九郎は、察して、 をうけ、宝蔵院流の槍なるものは、その後愈、ズ武道興隆の時『はい、最前、お伝えしておきました故、お気分さえよろしけ だいえんそう 潮に乗って、時代の一角に、一つの大淵叢をなしているのだつれば、御挨拶に見えましようが : っ , ) 0 、つき かみいずみ ほの

3. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

目レし、冫カて、丑之助は一筋の黒樫を選んだ。 おっ母、ということばを洩らすたびに、丑之助の艮こよ戻、、、 兵庫も取る。 見える。 兵庫はそれを、垂直に下げて、床の真ん中へ出た。 兵庫も、何がなし、ひしと胸にこたえ、率然と、いった ・・、よしカ』 『来 - い』 丑之助は、持った木剣を、腕と平行に上げて、 『道場へ通れ。兵法家として一人前になれる質か、なれない質『はいっ』 と、した か、見てつかわす』 コんっ ? 』 五 丑之助は、夢かと、疑うような顔をした。このお城にある道 あこがれ 場の古い大屋根は、彼の幼いたましいが、生涯の憧憬をもって兵庫は木剣を上げなかった。右の片手に提げたまま、少し体 を斜めに開いたのみである。 常に仰いでいる希望の殿堂なのだ。 そこへ通れ、という。しかも柳生家の門下でも家臣でも それに対し、丑之助は木剣を中段に向け、体じゅうを、針鼠 ない一族の人から。 ふく のように膨らました。そして、 冫オオ胸が膨らんでロもきけなかった。 丑之助は、欣しさこ、こ。こ ( 何を ! ) 兵庫はもう先に立っている。丑之助はちょこちょこ追いかナ ときかない顔に、眉を昻げ、少年の血を漲らした。 行くそー 『足を洗え』 と声ではない、瞳でくわっと、兵庫が気を示すと、丑之助は 冫し』 ぎゅっと肩を緊めて、 雨水の溜めてある池で、丑之助は足を洗った。爪についてい そして生れて初めて踏『うむつ』 る土まで気をつけてこすり落した。 と、聆心った。 む、道場というものの床に立った。 とたんに、兵庫の足が、だだだッと床を鳴らして、丑之助を 子床は鏡のようだ 0 た。自分の姿が映るかと思われる。 追いつめ、片手の木剣は、丑之助の腰のあたりを、横撲りに払 胚面の逞しい板張、頑健な棟木。彼は威圧をうけて辣んだ。 っ一 ) 0 の『木剣を持て』 麻兵庫の声までが、ここに這入ると違うような気がした。正面『まだッ』 、むらいだまめ・ 丑之助は、呶鳴った。 脇の侍溜に、木剣のかかっている壁が見える。そこへ行っ むな たち すく くろがし 265

4. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

天才肌とも多分に違っていた。 事が剣の発足であり、又最後までの目標である以上、御流 巻大御所家康から柳生家に、 儀だから個人試合においては弱くてもよいという建前は成り立 ( 誰ぞひとり、秀忠の師たるべき者を江一尸へさし出すように ) の と、いう下命があった時、石舟斎が、子や孫や甥や門人や、 いや、むしろ、他の諸流の誰よりも、柳生家はその威厳のた 多くの一門からすぐ選んで、 めにも、絶対に、優越していなければならなかった。 空 むねのり ( 宗矩、参るように ) そこに、絶えず、宗矩の苦悶があった。ーーー彼は、名誉を負 、つナたのも、宗矩の聡明と温和な性格が、適してい って江戸へ上ってから一門のうちで一ばん恵まれた幸運児のよ ると見たからであった。 うに見えているが、事実は、最も辛い試練に立たされていたの いわゆる御流儀といわれる柳生家の大本とするところは、 ーーー天下を治むる兵法 『甥は ~ 次ましい』 であった。 と、宗矩はいつも、兵庫の姿を見ては、心の裡でつぶやいた。 それが石舟斎の晩年の信条であったから、将軍家の師範たる 『ああなりたいが』 ものは、宗矩のほかにないと推挙したのであった。 と思っても、彼には、その立場と性格から、兵庫のような自 又、家康が、子の秀に、剣道のよい師をさがして、それに由にはなれないのだった。 かなた 就かせたのも、剣技に長じさせる為ではなかった。 その兵庫は今、彼方の橋廊下を越えて、宗矩の部屋のはうへ 家康は、自分も奥山某に師事して、剣を学んでいたが、その渡って来た。 目的は、 ここの邸は、豪壮を尊んで建築させたので、京大工は使わな ( 見国の機を悟るーーー ) かった。鎌倉造りに倣わせて、わざと田舎大工に普請させたも にあると常にいっていた。 のである。この辺は樹も浅く山も低いので、宗矩はそうした建 1 一うとうふるみ - と だから御流儀なるものは、従って、個人力の強い弱いの問題築の中に住んで、せめて、柳生谷の豪宕な故郷の家を偲んでい よりも、まず大則として、 ーーー天下統治の剣 『叔父上』 である事。又、 と、兵庫がそこをさし覗いて、縁に膝まずいた 見国の機徴に悟入する 宗矩は、知っていたので、 のが、その眼目でなければならなかった。 『兵庫か』 だが、勝つ、勝ちきる、飽まで何事にも打ち勝って生き通す 中庭の坪へ眼をやったままで答えた。 たいほん

5. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

わっぱ 『かあいそうに、この童は、狐に憑かれているらしい』 五 『 : : : ま、そういえば、あの恐い眼は 『さながら狐だ』 兵庫とお通のすがたを見ると、 『助けてやれないものでしようか』 なお きちがい 『狂人と馬鹿は癒らないが、こんなものはすぐ癒る』 何思ったか、伊織は、やにわに跳ね起きて、 兵庫は、伊織の前へ廻って、彼の顔をじいっと、睨めつけ 『↓っノ、 , しょ , っッ』 と、斬りつけて来た。 くわっと、眼をつりあげた伊織は又、刀を持ち直して、 『あれつ』 『ち、畜生、まだ居たかっ』 お通がさけぶと、お通へも、 起ち上ろうとする出鼻を、兵庫の大喝が、彼の耳をつきぬい 『狐め。この狐め』 、侮り難いのは、その血相でた。 子供の小腕だし、刀も小さいが ある。なにか、憑り移っているように蒐って来る向う見ずな切『ええーいッ』 兵庫はいきなり、伊織の体を、横抱きにして駈け出した。そ 先には、兵庫も、一歩退かなければならなかった。 して坂を下ると、さっき渡った街道の橋がある。そこで、伊織 『狐め。狐め』 伊織の声は、老婆みたいにシャ嗄れていた。兵庫は不審に思の両脚を持って、橋の上から欄干の外へ吊り下げた。 『おっ母さあん ! 』 って、彼の鋭鋒を、そのなすがままに避けて、暫く眺めている かなきり 1 一え 金切声で、伊織はさけんだ。 と、やがて、 とっ 『お父さん ! 』 、ど、つにツ ふる 兵庫はまだ、離さすに、吊り下げていた。すると三声目は、 伊織は、その刀を揮って、ひょろ長い一本の灌木をズ・ハリと へ泣き声で、 斬り、木の半身がばさっと草むらへ仆れると、自分も共 ' 『先生つ。たすけて下さいっ』 なへなと坐って、 本『どうだ ! 狐』 うしろ お通は後から駈けて来て、兵庫の酷い仕方に、自分の身が苦 と、肩で息をついているのであった。 しむよ、つに、 その容子が、いかにも、敵を斬って血ぶるいでもしているよ 『いけません、いけません、兵庫さま ! よその子を、そんな 飛うな体なので、兵庫は初めて頷きながら、お通を顧みて微笑し 酷い事をしては あなどがた

6. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

里心地描図 らも弓しオが、南光坊は、 『人は人、拙僧は拙僧。ーー拙僧が槍は、いたずらに、諸人に 勝たんためではお座らぬ。槍の中に法身を鍛錬しているこれは 一つの仏行でござる。余人との試合は、好むところでおざら ん』 : はは亠め ? ・』 山伏は苦笑した。 何かまだ物いいたげであったが、人中でいう事を好まないふ うで、然らばぜひもない事と、溜場の法師に木剣を返し、素直 に何処へか立ち去ってしまった。 それを機に、南光坊も退場した。彼の逃げ口上を、溜の法師約束だ。ふたりだけで出合う約束だ。 たちも見物も、卑怯だとささやいたが、南光坊は気にもかけ連れの大人たちが皆、野試合に気をとられている隙に、丑之 ず、二、三の法弟をつれて、凱旋の勇将のように、帰ってしま助から、 っ ) 0 と、眼合図をすると、一方の伊織は、連れの権之助にも黙っ 『どうだ、助九郎』 て、人ごみから抜け出した。 『御明察の通りでしたな』 同時に、丑之助も亦、兵庫や助九郎に悟られぬように、そこ 『その筈だ』 から駈け出して、興福寺の塔の下まで行った。 と、兵庫はいっこ。 ときんびやくえよろい 『あの山伏は、おそらく九度山の一類だろう。兜巾や白衣を鎧 ふるつわもの かぶと 『なんだ』 甲に着かえれば、何の某と、相当な名のある古強者にちがい 高い五重の塔の下に、 小さい二人の兵法者が、睨み合った。 ・オし』 試合が終りを『生命がなくなっても、後で恨むな』 群衆は思い思いに、散らかりかけていた。 伊織がいうと、丑之助は、 告げたからであろう。ーー助九郎は周りを見まわして、 『生アいうな』 『おや、何処へ行ったか ? 』 と棒を拾った。 と、つぶやいた。 刀を持たないからである。 『何だ、助九郎』 しお くどやま ほっしん 『丑之助の姿が見当りませんのでー・ー』 童心地描図 ちびようず 275

7. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

けなかった。彼の考えや行動のすべては、武士道の鉄則に拠っ が経ってからの騒ぎなのである そのお通が、城内に見えないと気がついたきっかけも、江戸て為されている事なのである。恋をするにも、武士道を離れて 表から一通の飛脚状が兵庫の手に届いて、兵庫がそれをお通にはできなかった。 まだ相見た事はないが、お通が選んだ男性というだけでも、 見せようと姿を探し出した事からであった。 そして何日 兵庫は、武蔵の人物を、想像できる気がした。 『月ケ瀬の方へは、誰と誰が見に行ったか』 かは、お通を無事に、彼の手に渡してやることが、祖父の遺志 兵庫の問い。 ほの でもあったろうし、自分の武士・ーー・武士の仄かな恋の遣り場と 『大丈夫です。七、八名駈けて行きましたから』 独り考えていたところである と、側にいる家来たちが、等しく口をそろえて答えた。 ところで。 『助九郎は』 きよう彼の手に届いた飛脚状は、江戸表の沢庵から出た手紙 『御城下へ出ております』 で、日付は去年の十月末に出ているが、どうして遅れたのか、 『探しにか』 『はい。般若野から、奈良まで見て来るといって出られました年を越えて、今日のたった今、彼の手に届いたばかりなのだっ カ』 それを見ると、 『ど、つしたろ、つ ? ・』 武蔵事、叔父御の但馬どの、矢来の北条どのなどの推挙に 少し間を措くと、兵庫は大きな息をしていう。 より、愈、将軍家御師範座の一人に御登用と相極まり候 、こ。寺こ、清廉 彼は、お通に対して、清廉なる恋を抱いてしオ牛し て : : : 云々。 なるーーーーと自覚しているのは、お通が、誰を愛しているか、お の辞句が見える。 通の胸をよく知っているからである。 それのみか、武蔵も就任すれば、さっそく屋敷を持ち、身の 彼女の胸には、武蔵という者が住んでいる。しかも兵庫は、 。お通一名だけでも、先へ早 彼女がすきだった。江戸の日ケ窪から柳生までの間の長い旅路周りの者もなくてはかなわぬ いまわ 又、祖父の石舟斎が臨終のきわまで枕辺について世話し早と、江戸表へ下向あるよう、諸事又次便ドー・・・というような 子 事が、書きつらねてあるのだった。 てくれた間にもーーー兵庫はお通の性質を見とどけていた。 胚 ( かほどな女性に想われている男は、男の幸福の一つを持った ( どんなに欣ぶか ! ) と、兵庫が、わが事のように、その手紙を持って彼女の部屋 の者だ ) と、武蔵を羨ましくさえ思っているのである。 へ訪れたところが、お通の姿が、何処にも見えなかったという跖 麻 ひそか だが、兵庫は、他人の幸福を密に奪おうなどという野心は抱次第なのであった。

8. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

の 空 こぞ 家臣たちは、門をひらき、挙ってその両側に並行して見送っ 『山賊が』 彼女が、ちょっと、眼をみはると、兵庫は笑って、 『昔の事だ。和田義盛の一族の道玄太郎とかいう者が、山賊に 『おさらば』 ほらあな なって、この近くの洞穴に住んでいたとかいう』 と、兵庫は一同へあっさり挨拶を残して出て行く。 めり 『そんな怖い話はよしましよう』 お通は腰帯を裾短かにくくり、塗の市女笠に、杖を持ってい その肩に藤の花を担わせたら、大津絵の藤娘になりそ『さびしくないというから』 うなーーーと人々はその優婉かな姿が、あしたからここに見られ『ま、お意地のわるい』 『十 6 + 6 よ ないのを惜しんだ。 あたり うまやじ 兵庫の笑い声が、四辺の闇に木魂する。 乗物は、駅路の行く先々で、雇うことにして、夜のうちに、 なぜか兵庫は、心が少し浮いていた。祖父の危篤に国許へい 三軒家あたり迄は行けようと兵庫とお通は、日ケ窪を立った。 ひそ わたし まず大山街道へ出て、玉川の渡船を経、東海道へ出ようと兵そぐ旅路をーー済まないと責めながらも、密かに、楽しかっ た。思いがけなく、お通とこんな旅をすることのできた機会 庫はいう。お通の塗笠には、もう夜の露が濡れ初めていた。草 たにあいがわ 架い谷間川に沿って歩くと、やがてかなり道幅のひろい坂へかを、欣ばずにいられなかった。 っ , ) 0 『ーー・ - ・あらっ』 何を見たか、お通は、ぎくと脚をもどした。 『道玄坂』 と、兵庫が独り言のように教える。 かば ここは鎌倉時代から、衝要な関東の往来なので、道は拓けて兵庫の手は無意識に、その背を庇う。 『 : ・・ : 何かいます』 いるが、鬱蒼とした樹木が左右の小高い山をつつみ、夜となる と、通る人影は稀れだった。 みちばた 『おや、子供のようです。そこの道傍に坐って。 : : : 何でしょ 『さびしいかね』 う、気味のわるい、何か、独り一言をいって、喚いているではご 兵庫は、大股なので、時々足を止めて待つ。 ざいませんか』 ししえ』 にことして、お通は、そのたびに幾分か脚を早めた。 兵庫が近づいて見ると、それは今日の暮れ方、お通と邸へも 自分を連れている為に、柳生城の御病人の枕元へ着く日が、 どる途中、草むらの中にかくれていた見覚えのある童子であっ 少しでも遅れてはすまないと心のうちに思う。 『ここは、よく山賊の出たところだ』 こ 0 すそ たおや 学 ) 0

9. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

飛 を緘んでいたが、 『かまいませぬか』 『若い女子を、いつまで邸に止めおくのも、何かにつけ、気が 『用事か』 かりなものだ。助九郎にもいっているが、よい折に、暇を取っ 『べつに用でもございませぬが : て、どこそへ身を移すようにすすめたがよいな』 『よいるがよし』 『 : : : ですが』 『では』 くちぶり 兵庫は、やや異議を抱くような口吻で、 と、兵庫は初めて室へ坐った。 ふびん 『身寄もなにもない、不愍な身上と聞きました。ここを出て 礼儀の実にやかましいことは、ここの家風であった。兵庫な ほか どから見ると、祖父の石舟斎などには、ずいぶん廿えられる所は、他に行く所もないのではございますまいか』 もあったが、この叔父には寄りつく術がなかった。いつも端然『そう思い遣りを懸けたひには限りがない』 おじいさま 祖父様も仰せられて居たそうで』 と、真四角に坐っていた。時には、気の毒のような気持さえす『心だての好いものと 『気だてが悪いとは申さぬがーー・・何せい若い男ばかりが多いこ るほどだった。 の邸に、美しい女がひとり立ち交ると、出入の者のロもうるさ いし、侍どもの気もみだれる』 宗矩は、ことば数も尠いたちであったが、 暗に自分へ意見しているのだ、とは兵庫は思わなかった。な 田 5 い出したらしく、 ぜなら、自分はまだ妻帯していないし、又お通に対しても、そ 『お通は』 う人に訊かれて恥じるような不純な気持は持っていないと信じ と、訊ねた。 ているからだった。 『戻りました』 むしろ、兵庫は、今の叔父のことばを、叔父自身が、自身へ と、兵庫は答えて、 やしろ いっているように思われた。宗矩には格式のある権門から輿入 『いつもの、氷川の社へ参詣に行って、その帰り道、彼方此 方、駒にまかせて歩いて来たので、遅くな 0 たのだと申しておしている妻室があ 0 た。その妻室は、表方とはかけ離れていて、 きんしつ 宗矩と琴瑟が和しているか居ないかも分らないほど奥まった所 りました』 に生活しているがーーまだ若いし、そうした深窓にいる女性だ 『そちが迎えに行ったのか』 けにーー良人の身辺にお通のような女性が現れたことは、決し 『そうです』 て、よい眼で見ていないことは想像に難くないことであった。 こん夜も、浮いた顔いろでないがーー時々、宗矩が、表の部 宗矩は、それから又、短檠に横顔を照らされたまま、暫く口 へや すくな たんけい : ただお話に伺いましたが』 兵庫の来た機に しお あちこ つぐ おなご - 一しいれ

10. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

埃 お通が、柳生を去ってから、はや二十日の余も過ぎた。 いや、路傍に芽ぐみ出した春の色はうららかだし、彼の姿も てんめん のどかには見えたがーー・彼のみが知る胸には又、纒綿たる後髪去る者は、日々にうとく、萌える春は、日々に濃くなる。 『だいぶ、人出だな』 を引くものが無いではなかった。 ひょり 『されば、今日あたりは、奈良にも稀れな日和ですから』 ( もう一目でも ) その未練があるからこそ、彼自身、駒をとばしてお通のあと『遊山半分か』 『ま。左様なもので』 を追ったのではなかったか。 柳生兵庫と、木村助九郎とであった。 そう問う者があれば、 兵庫は編笠をかぶり、助九郎は法師頭巾に似た物を顔に巻い しのび ている。一兀より微行である。 と兵庫は潔く顔を横にふることはできなかったに違いな、。 さあれ兵庫の胸は、彼女の多幸を祈る気もちでいつばいなの遊山半分かーーといったのは、自分たちの事をさしたのか、 だがそれは、道行く人々のことをいったのか、どっちにも聞えるが、二人の 。武士にも未練はあり、又、愚痴がある。 武士道的に諦観しきってしまうまでのあいだの瞬間にすぎな顔にはかるい苦笑がながれ去った。 ひとみ お供は荒木村の丑之助。ーー近ごろ丑之助は、兵庫に愛され い。煩悩の境を、一歩転じれば身は春風に軽く、柳の緑は眸を 恋のみが青春を燃やすものて、前よりも屡 4 鹹へ見えるが、きようは二人の供について、 醒まし、又べつな天地がある。 わかものばら 時代は今、偉きな潮の手を挙げて、世の若者輩を背に弁当の包みを負い、兵庫の換え草履一そく腰に挾んで、な 日を惜しめ、そりの小さい草履取ーー、という恰好して後から歩いてゆく。 呼んでいるのだ。路傍の花に眼をくれるなー この主従も、往来の人々も、いい合せたように皆、やがて町 してこの潮に乗りおくれるなー がらん 中のひろい野原に流れこんだ。野のそばに興福寺の伽藍があり そび 森が囲み、塔が聳えてみえる。 又、野から彼方の高畠には、坊舎や神官の住居がみえ、奈良 の町屋は、その先の低地に昼間も霞んでいた。 草埃 『もう済んだのかな ? 』 『いや、食休みでございましよう』 法師も飯を 『なるはど、法師輩も、弁当をつこうておる。 喰うものとみえる』 兵庫がいったので、助九郎はおかしくなって笑い出した。 ばアい・ おお うしお 269