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検索対象: 宮本武蔵(三) (吉川英治)
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1. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

しよくもく 支度しておるそうな。山家とて、ろくなおかまいも成りませぬ かと、嘱目されておられるだけに 1 一ゆる かむろ が、まだ陽は高いし、学文路へお泊りとすれば御悠りでよい 『おやめ下さい。そう聞くほど身が縮みまする』 筈。まず、暫時は』 『では、誤聞かな ? 』 のり そこへ大助が、 『願わくは法の御山のふもとに余生の骨を埋め、風流は身にな しんそ いことながら、せめては田でも殖やし、子の孫を見、秋は新蕎『父上。どうぞお越しを』 麦、春は若菜のひたし物を膳にのせ、血ぐさい修羅ばなしや戦『できたのか』 のことは松吹く風と聞いて長命をしとう存じまする』 『座敷も』 『はて。御本心で』 しつら 『近ごろ、老荘の書物など、暇にあかして読みかじるにつけて『あちらへ設えておきました』 も、この世は、楽しんでこそ人生。楽しますして何の人生ぞ『そうか。では : み - げす 、先へ立った。 と、客を促して、幸村は、縁づたいに や、などと悟りめかしておりまする。 : お蔑みではあろうな れど』 せつかくの好意、佐渡もこころよく後について行ったが、そ . 工まほ , っ』 の時ふと、不審な物音を、裏の竹林の彼方に聞いた。 真にはうけないが、佐渡は真にうけた顔して、わざと呆れ顔 をつくって見せる。 その音は、機を織る音かとも思えたが、機よりも大きな音 カかる、っちも、つ半却 主客の間には、幾たびか茶がつぎ代えられ、そのたび大助ので、調子もちがう。 嫁らしい女性が見えて、何くれとはなく気をくばって退がって竹林を前にした裏座敷に、主人と客に供える蕎麦が出てい むらくがん 酒の瓶子も添えてある。 佐渡は、菓子台の麦落雁をひとっ摘んで、 『不出来でございまするが』 『だいぶ、いらざるお喋べりをして、おもてなしにあずかっ ぶ 大助がいって、箸をすすめる。まだ人馴れない嫁が、 た。・ : ・ : 縫殿介、ばつばつお暇しようか』 帯 『おひとっ』 板縁を顧みていうと、 を と、瓶子を向ける。 雨『あいや、もう暫らく』 『酒は』 と、幸村はひきとめた。 春 と、佐渡は杯を伏せて、 『ーー・嫁とせがれ共が、あちらで今、蕎麦など打って、何やら はた 303

2. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

一箇あった。だいぶ早目に島へ着いた巌流は、相手の来る時刻向けていた。 とばり 巻が遅いので、さ「き、水桶の水をのんでいた。そして幕の陰で磯まで、一町の余はあろう。波打際の白いしぶきが、眼に沁 の休していたが、今は、そこに見当らなかった。 むほどだったが、人影といっては、小さくしか見えないのであ 明その幕を挾んで、少し先の土壥の向側には、長岡佐渡の床几る。試合とな 0 ても、実際の動作、呼吸などを、つぶさに目撃 するわけにはゆかない 然し、佐渡がよく見よと訓えたの 場があった。 円 ひとかたまりの警固の士と、彼の下役と、彼の従者として伊は、そういう技の末の事ではあるまい。人と天地との微妙な一 瞬の作用を見よといったのだろう。又、こういう場所に臨むも 織がわきに控えていた という声を触れながら、磯のほののふの心構えというものを、後学の為、遠くからでもよく見 今ーー武蔵どのが見えたー うから一人が駈けて、警備の中にはいり込むと、伊織の顔いろ届けておけといったのであろう。 草の波が寝ては起きる。青い虫がときおりとぶ。まだひょわ は、唇まで白くなった。 正視したまま、動かずにいた佐渡の陣笠が、自分の袂を見るい蝶が、草を離れ、草にすがっては、処ともなく去ってゆ ように、ふと横を見 『ーーア。彼れへ』 『 . 伊織』 磯の先へ、徐々と、近づいて来た小舟が、伊織の眼にも、今 と、低声でよんだ。 : よっ 見えた。時刻はちょうど、規定の刻限よりも遅れる事約一刻 巳の下刻 ( 十一時 ) ごろと思われた。 伊織は、指をついて、佐渡の陣笠の裡を見上げた。 しいんと、島の内は、真昼の陽だけにひそまり返っていた。 足もとから顫えてくるような全身のおののきを、どうしよう その時、床几場のあるすぐ後の丘から、誰やら降りて来た。 もなかった。 佐々木巌流であった。待ちしびれていた巌流は、小高い山に上 って、独り腰かけていたものとみえる。 もいちど、その眼へ、凝といって、佐渡は訓えた。 たちあいやく 左右の立会役の床几へ礼をして巌流は、磯のほうへ向い、静 『よう、見ておれよ。うつろになって、見のがすまいぞ。 かに、草を踏んで歩み出していた。 武蔵どのが、一命を曝して、そちへ伝授して下さるものと思う て今日は見ておるのだよ』 五 陽は、中天に近かった。 伊織は、うなすいた 小舟が、島の磯近くへ入ってくると、幾ぶん入江になってい そしていわれた通り、眼を炬のようにみはって、磯のはうへ ふる み、ら じっ うち たもと とき わざ ひと

3. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

八重垣紅葉 あ は 、梅梅と 同梅と藤たそる淙大小ま も ~ 軒軒 々 だ じ軒 、次 き 足 月リ り眠身を は疑 低の低亠 の た 、わ ど眠 歹曵霧 な り の 谷 尸尸 尸え だ 苦 いを辻 し でで に つ ・つ : 事 の 笑し、 どて も深 橋 、あ呼 だま典寺 し眼 群る ぶ し馬僧たを っ の た た の と し 中 。野の弟見 だ 々 た ら か 猪 E 黄馴 と ら TEiJ が平れ が く 藤 て 山 次 しし 萩て る が つ の て 答 っ は み か の る ま ら え 叢ば 意 る 、外 と 風れす く る を 起 か を ら の 行 た し いで ま たなあ く ほ早ろ 水 ど イ士う て で り返 し て し梅よ お何 の法と火 そ 橋来猿 つ人か谷 ま ん あ っ谷た軒 に川奥是 し名互 名 ' 殺衣も、繩 っ れは と を を はれて が 0 0 よ でだ 、は伐 一橋之ョ た川 を 、か躁ゎ っ と いを 駈 し、 醇し 。橋 銘し ど地な う濡 の院リ に すけ け 崖 ま ら ぎる 力、 醇し かれ侍群只ら注ら の奥だと れ断 : 道 っ む ま 力、 。頭 十 のげ意す 、て崖こ ら を わ し はて や 上の 数 見 、中たをな か院た そ る の 黙行 町 筋 に山梅 を て な のそ際 ら ま ら交法軒 道っ動 橋 、で 間 も の に 、す じ師が 、後あ のてす の 小 み 辺頷る 軽者 っそす 裏 石 無 潜はる い手 捷の のる んた道 り へ を数 て つ をた筈 に 徒 いま でだ し か 誰 馴でるま く が 見 し、 も が れあ れ し しか た冫夫にヘ の石 たろ 込 も て む 蔓る 、そし の 水の が 雲 ぐ 猿 音文 しち て で服 手 ど も のて の あ装 に群 や風力 る へ 縋ーだ は を へで 。雑 持 っ白 、はで 分 っ 、た 樹 行銘こ 多 掻 た を ぶ し、 道 々 。残 々ご 加 き の 月 消 ま が と に 人 ば で ん て 出 か繰 足 を も て 八重垣紅葉 もみじ

4. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

の 円 明 が返 直 ど頃 げ な消お し もすけ お 会の んそおあ たい雨 父 で ぜ の 閉 。そ れ 通カ ん い 事の う通り た っ と ひ んいで え め 0 まく り 城 が遽れ 、ど と えす かはたま丹 な が ア ら ま オ 0 ま 、と し 太 、で 、いで左 に オ来 六 に し 、悩て 良に る 答 い 市恵う 、な蓑て雨 、も 敷 よ 燈 と 亦 ーナ ん話よ むし、は う風 が よ ヤな く話 そ外そ私 年 ら ? い は も 田、と が つ ノい し知 し 来 配れ し ら は、 にか も と え に つい にる うな い た いああ っ オこ てす って て な 目う いれ ふ たいてみ く と と よ ら し つ手こ城と がばた と いる か 考 ば何 、は なま 太 き でと と て 振 秋姫 いな ば郎を く え ど し で 顧 か を っ も の路 と たお て た ク ) 申 父 。通 度 雨ま か い 洩し た 手て き と ら ぐで て し ん 拙 姫 。鞠ろ ら得 ら歩 て に 破 い イ可 の 者 路 の も した し、 よ 紅て か 事 れ ま へ た の ク ) の 廂ー す 知は う城 る ま から よ 屋 ら らな七 て す り 、受 い郎 が寺 取た の 。姿 を 自オ を 身 ちオ り 見 上 な た い眠寝お の城 ポ城ち い山風雨 と お お て通 、通も太 。村 寝 り ト ょ通 もは は っ郎 の強蕭 、良に つお 六 っ は 三枕ん を け 、は ポ も と か と な々当 、女立 、ななま を 、そ ト 取 顔いいだ よ い寝ん で っと ク ) と起 い 香て あ ま ら つな た つ る 。破 し、 き き事 で し て よ が と の う籠雨 、間がを 引 く けて れ そ 、な 窓に ど に 冫悪 ( . 甲 っ る 尸 被象後し をし の 、気を れ 、ら虫 か そ い に 打 り 下 寝 が引 つろそ か つ つ 。雨 し寄 冫 こ眠 つ 秋 ち た向 にて こ 、下たせ の お の ク ) の入夜 ま 日 壁、 ま づ ラ届 っ 目 だ ま さ け へし、 の帯 、ん聞 向 る て て い中も 朝 日 し、 太ま て者 で解 む が る ま る て 郎だ い 横は す し 暑 は眠オ る も ず に そ な ず坐 霽象 ら の く 雨 うな も っ る たま そ ずて の か し し も つの てた し て か ぶ て き お れ 観音 370

5. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

かるた - 一ども 今も、大部屋の真ん中では、壺か加留多か、半瓦の留守をよ 『なる程、ばあさんの手蹟だ。児童にも読めるように、仮名ま 巻いことにして、賭け事にかたまっている連中の額から、その殺で振ってあら』 てめえ 気がもうもうと立ち昇っている。 『じゃあ、汝にも、読めるか』 の 『読めなくってよ、こんな物』 四 『ひとつ、節をつけて、い声で誦んで聞かせてくれ』 空 菰は、その態を見て、 『じようだんいうな。小唄じゃあるめえし』 うた 『よく飽きもせず、やってやがるなあ』 『なあにおめえ、遠い昔にゃあ、 . お経文をそのまま、歌謡にう ごろんと仰向けに寝て、脚を組んだまま、天井を見ていた たったものだあな。 和讃だってその一つだろうじゃねえ が、わいわい連の勝った負けたに、昼寝もならない。 カ』 そうかといって、三下の仲間にはいって彼等のふところを搾『この文句は、和讃の節じゃあやれねえよ』 ってみた所ではじまらないので、眼をつむっていると、 『何の節でもいいから聞かせろッていうに。聞かせねえと、取 『ちえつ、きようは、よくよく芽が出ねえ』 っちめるぞ』 たま と、矢も弾も尺、き果てたのが、惨澹たる顔をして菰のそばへ 『やれやれ』 来ては共に、。 ころんと枕を並べる。一人殖え、ふたり殖え、こ じゃあ』 こへ来て寝ころぶのは皆、時利あらずの惨敗組だった。 と、そこで男は、余儀なく仰向けのまま、写経を顔の上に披 ひとりがひょいと、 あにキ、 ふもおんじゅうよう 『菰の兄哥これやあ何だい』 仏説父母恩重経 ふところ 彼の懐中から落ちていた 一部の経文へ、手をのばして、 かくの如くわれ聞けり ある時、ほとけ 『お経じゃねえかこれやあ。がらにもねえ物を持ってるぜ。禁 しやくっ 厭か』 王舎城の耆闍崛山中に しようもん と、めずらしがる。 菩薩、声聞の衆といましければ うまそく やっと少し眠くなりかけていた菰は、しぶい眼をあいて、 比丘、比丘尼、憂變塞、憂婆 『ム : : : それか。そいつあ、本位田のばあさんが、悲願を立て 一切諸天の人民 て、生涯に千部写すとかいってる写経だよ』 童神鬼神など 『どれ』 法を聴かんとして来り集まり 、ーよう 少し文字の見えるのが、手へ奪って、 一心に宝座を囲繞し ひたい て ひら

6. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

『これが、静かにできるものか。お武家が刀を土足でふまれた ーしい足して、 と、大工たちは、職方目付の不審こ ひと 巻ら、何となさいますえ』 『この井一尸掘め、他人の仕事場へ、きのうも今日もうろっきにル の『わかった。 じゃが、将軍様には今し方作事場を一巡遊ば来やがって、あげくの果て、大事な曲尺を泥足で踏ンづけたり しようぎ 天して、あれなるお休み所の止に、只今床几をおすえ遊ばしておなどしやがったから、いきなり頬げたを一つくらわしてやった めざわ られるところだ。お目障りだ、ひかえろ』 んです。すると、小生意気な口答えをしやがったので、仲間の 者が、叩きのめせと、騒ぎ出したんで』 一度はをしすめたが、 『そんな事はどうでもよいが : これ、井戸掘、何の用があ む - 一う 『じゃあ、この野郎を、彼方へしょツー 卩ノいて ~ 打 , : つ。 , いつに って、そちは用もない西丸裏御門のお作事場などをうろいてお みずごり まがりがね 水垢離とらせて、踏まれた曲尺に手をつかせて謝まらせなくっ ったのか』 ちゃならねえ』 職方目付は、井戸掘のまっ蒼な顔を見つめた。井戸掘にして せいま、 かおだち ほりゆノ 『成は、此方等がする。おまえ達は、持場へ行って仕事にカ は男ぶりのよい又八の容貌や、総じて蒲柳な体つきも、そう気 かれ』 をつけて見られると、彼に不審を抱かせた。 『ひとの曲尺を踏みつけておきながら、気をつけろといえば、 謝りもせず、ロ答えをしやがったんです。このままじゃ、仕事 にかかれません』 侍側の士や閣臣たちゃ、僧侶や茶道衆や、秀忠の床几のまわ 『分った、分った。きっと処分いたしてくれる』 りには勿論多くの警固がついているが、更にその小高い場所を かなめかなめ と職方目付は、俯っ伏している井戸掘人足の襟がみを掴ん中心にして、遠巻に要々には、見張りの警戒が二重にそこを で、 隔てている。 『顔をあげい』 その見張役の者は、作事場の中の些細な事故にも、すぐ眼を ひからせているので、何事かと、又八がふくろ叩きになった現 『ゃ。そちは、井戸掘の者じゃよ、 場へ駈けて米た。 : へ。そうです』 そして職方目付の者から説明を訊きとると、 ぎわ 『紅葉山下の作事場では、お書物蔵の工事と、西裏御門の壁塗『上様のお目障りになるから、お目に触れぬ方へ立ち去られた りとで、左官、植木職、土工、大工などは這入っておるが、井がよかろう』 戸掘は一名もいないはずだそ』 と、注意した。 『そ、つでさ』 尤もな一言葉であるから、職方目付は、大工頭梁の侍に計って び

7. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

空の巻 骨節ことごとく痛み苦しむ おそ 父も心身おののき腿れ 母と子とを憂念し ナんぞく 諸親族みな苦悩す すでに生れて草上に堕つれば 父母、欣び限りなく なおひんによ によいじゅ 猶、貧女の如意珠を得たるが如し 初めはふざけていた彼等も、次第に意味が酌めて来ると、聞 くともなく聞き惚れていた。 その子、声を発すれば 母も此の世に生れ出たるに似たり 爾来 ふところねどこ 母の懐を寝処とし 母の膝を遊び場とし しよくもっ 母の乳を食物となし なさけいのち 母の情を生命となす 母にあらざれば、着す脱がず うえあた 母飢に中る時も 哺めるを吐きて子に啗わしめ 母にあらざれば養われす らんしゃ その闌車を離るるに及べば 十指の爪の中に 子の不浄を食う : 計るに人々 母の乳をのむこと 一日八十斛 それより くら くら ちちはは 父母の恩重きこと 天の極まり無きがごとし 『どうしたんだい、おい』 『今、誦むよ』 『オヤ、泣いてるのか。ペソを掻きながら誦んでやがら』 『ふざけんない』 と、虚勢を出して又続けた。 やと 母、東西の隣里に傭われ 或は水汲み、或は火焼き うすっ うす 或は碓き、或は磨ひく 家に還るの時 未だ至らざるに わが児家に啼き哭して 我を恋い慕わんと思い起せば おどろ 胸六、わぎ、いき あた 乳ながれ出でて堪うる能わず すなわ 乃ち、走り家に還る 児、遙かに母の来るを見 なずきろう 脳を弄し、頭をうごかし そらなき 嗚咽して母に向う 母は身を曲げて、両手を舒べ っ わが口を子のロに吻く あまね 両情一致、恩愛の洽きこと ま 復たこれに過ぐるものなし。 ふと - 一ろ 二歳、懐を離れて始めて行く の

8. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

すた て、その近畿や東国に於ける世評のよい事を伝えると、 は廃れ、ただ売名に長けた、小賢しき者のみが、横行する時代 巻 ( ああ、武蔵か ) である事を、証拠だてておるのではなかろうかな。ーー人は知 のと、巌流の語気はたちまち冷ややかなる狭小人の陰口に似たらず、この巌流の眼から見れば、彼がかって、京都で虚名を売 明ものとなり、 吉岡一門との試合、わけて、十二、三歳の一子までを、 ( あれも、近頃は、小賢しく世にも知られ、二刀流とか自称し一乗寺村で斬り捨てたごときは、その残忍、その卑劣ーー卑劣 円 ておるそうな。元来、器用な力のある男で、京大坂あたりでといったのみでは分るまいが、あの時、彼は一人、吉岡方は大 むか は、ちょっと立ち対える者もあるまいからな ) 勢だったに違いないが、何そ知らん、彼は逸早く逃げていたの ひばう おいたち などと、誹謗するともっかず、賞めるともっかず、その顔色だ。 ーーその他、彼の生立を見、彼の野望する所を見ても、 にも何か出すまいとするものを抑えていうのが常であった。 棄すべき人物と、それがしは見ておるが : ははは、兵法世 渡りが達人というなら賛同できるが、剣そのものの達人とは、 それがしには思えぬ事だ。世間は甘いものでなあ』 時には又、巌流の萩之小路の屋敷をたずねる遍歴の武芸者猶。 議論する者が、それ以上にも、突っ込んで、武蔵を枷めれ ( まだ一度も、会ってみた事はないが、武蔵どのの名は、名ば ば、巌流は、それ自体が、自身を嘲蔑する言葉かの如く、面を かみいずみ かりでなく、上泉塚原以後、柳生家の中興石舟斎をのぞいて朱にしてまでも、 は、まず当今の名人ーー名人といっては過賞なら、達人といっ ( 武蔵は、残忍にして、しかもたたかうに卑屈。兵法者の風上 じん てもさしつかえあるまいと、もつばら称揚する仁が多いようで にもおけぬ人物 ) ごギ、るが ) と、相手の者をして、是認させてしまわないうちは、歇まな と、彼と武蔵との、宿年の感情をわきまえずに、図に乗って いほどな、反感を示した。 しいでもすると、 これには、彼を、 ( そうかな。ははは ) ( 一箇の人格者 ) 月次郎の巌流は、その面の色をかくすによしなく、苦々しく とまで、尊敬を払っている家中の人々も、ひそかに、意外と 冷笑して、 していたが、やがて、 『世間は肓千人と申すからなあ。彼を、名人という者もあろ ( 武蔵と、佐々木殿とは、何か積年の怨みのある間だそうだ ) : だが、それほどこ、 う。達人と称す人もなくはあるまい と、伝える者のはなしや、又ほどなく、 実は世上の兵法というものが、質において低下し、風において ( 近く、君命で、二人の間に、試合が決行される ) 396

9. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

空の巻 斬眼 くとおう なし、 れを桐すの剣杉半少辻かて小 て向林るはのば瓦し斬つみ次 散けのと愚あばの戻だたた郎 りる道、でいが家るろ りは な間の あだ居へとう るにな戻火ひか 材い がもわ と相いろ除喜 ? 木捨 らなき 考見でう地ち 七、かか のて そっら えるはとの 陰て たこ意考桐 を のた 検 : 又 か・と味えの 迅。ふ めた し、頭し、 らはがて木 光のに で、ない畑 てそ あ避いたが は上刃 み るけ すのら たら 。る又出る で桐し りを ほ、鼻 彼葉光 のそ たけ つ がう不 のがが が廻 賢乱首を 頭四う 明れ尾通 どた 臨五い でたでつ 、気はて ん枚た 当持あ でば つでる彼 て武しは 当を ゆ蔵、も ら覗 。とと え討も兵るま四 つな む次ーとにはと ら詰尺討討おば武つよあう衛だ ろの折 っ誘きめたてお、士たうっ腹景ま 眼太の ん瞬ちれ小とう来、寄いるっ佐のなも 、に憲れ を刀太 、間りて次 。い右っ又でか、々慣 わ小 刀は刀 が つ手て二か 討木い が幡た一人 刃こにん、郎そ のもま はば を来寸 ! 肱のの 師のえ弟違 鋩粤うで 鞘彼の体誘 腰る を弟た子い 子し、交お い次討 をの弦言がい で郎た 恥子で、な のの 脱刀をに 大を お、れ かかあ北ど 燃己れ しろ条い 刀見寸 く逃て しの切 やのた つい相 鍔宿 めう新た し戦男 かげロ 、法の そは たや手 移め が蔵そ 日 し か腰の しな じの影 て彼とか北 重 り非は てが れけ はか 鞘の見ら条 すれ ね わ 鞘え上新 し平 り知は るば て 返へたの蔵 侍 が河 同 迫っや っ戻が上が りて肩 次 こ天 でい 、半 と神 直、で てっ はつ の 身戒 友 。境 し中息 なで は いも こ内 を て段を し 来 けを のた が持 い住 で か るす あ ん つむ のえい る た小お た でたた びせ ら幡第 胸 が っ ん 、勘 を あま 62 『 -- ー卑怯ッ』 と、小次郎はいった。 『卑怯でない』 と二の太刀は、ふたたび、彼の退いた影を追し 青桐の木陰から、闇を破って、跳ね出した。 三転して、小次郎は、七尺も跳び退き、 『武蔵ともあろう者が、なぜ尋常に と、いいかけたが、そのことばを途中から驚きの声に変え て、 『やツ、誰だっ ? 。おのれは何者だ。人ちがいするな』 と、 っ一 ) 0 ばさっと

10. 宮本武蔵(三) (吉川英治)

その者たちから見ると、頼みがいある面だましいを持った博『拙者もすこし耳が遠いほうだから、大きな声でいえ。どこの なにがしだ』 巻労の熊五郎は、腹帯を締め直して、 『関東の博労なかまで、秩父の熊五郎といやあ、泣く子もだま 『へい、御免なすって』 の 、相手を見ながら、膝で這る暴れ者だが』 と、間の襖をあけ、上眼づかいに : ははあ。馬仲買か』 しずりこんだ。 空 『侍あいての商売で、生き馬を扱ってる人間だから、そのつも 武蔵と、伊織のあいだに、誂えておいた蕎麦がもう来てし た。大きな塗の蕎麦箱の中に、蕎麦の玉が六ッ並んでいて、そりで挨拶しろい』 まぐ 『なんの挨拶 ? 』 の一山を、箸で解しかけていた所である。 やか 『たった今、その豆蔵をよこしやがって、うるせえとか、喧ま 『 : : : あ、来たよ先生』 びつくり 伊織は吃驚して、そこを退いた。熊五郎は、その後へ、大あしいとか、きいたふうな御託を並べやがったが、うるせえな博 ひじ ぐらを掻いて坐りこみ、両手の肱を膝へついて、獰猛な面がま労の地がねだ。ここは殿様旅籠じゃねえぞ、博労の多い博労宿 えを頬杖に乗せながら、 『、い得ておる』 『おい牢人。喰うなあ後にしちゃあどうだ。胸につかえている 『心得ていながら、おれっちが遊び事をしている場所へ、何で くせに、何も落着きぶって、無理に喰うにゃあ当らねえだろう ケチをつけやがるんだ。みんな腐って、あの通り、壺を蹴とば 聞えているのか居ないのか、武蔵は笑いながら、次の箸して、てめえの挨拶を待っているんだ』 すす 『ーーー挨拶とは ? 』 に又蕎麦をほぐして、美味そうに啜りこんだ。 わび 『どうもこうもねえ、博労の熊五郎様、他一統様へ宛て、詫証 文を書くか、さもなけれや、てめえを裏口へしょッびいて、馬 の小便で面を洗わしてくれるんだ』 『おもしろいな』 『な、なにを』 『いや、おまえ達の仲間でいうことは、なかなかおもしろいと 申すのだ』 『たわ言を聞きに来たんじゃねえ。どっち共、はやく返答しろ し』 はかん筋を立てて、 『止せつ』 と、ふいに呶鳴った。 武蔵は、箸と、蕎麦汁の茶わんを持ったまま、 『そちは、誰だ ? 』 『知らねえのか。博労町へ来ておれの名を知らねえ奴あ、もぐ りか、つんばぐれえなものだぞ』 あつら