あれから時々招かれたり、自分の方からやって来たりすじゃ」 る天海と家康の間では、絶えず「天下のこと」が語られ続「は : けている。 「他人の没落を願う心 : : : そのような心を、神仏が嘉納な 仏法の深奥をきわめ、神道にまで深い造詣を持っているされると思うてか」 らしい天海は、絶えず家康に「天下人 , ーー」としての心得 「では : : : では : : : ご反対でも、心から関白にお仕え申す を説いている。 : と、こう仰せられまするので」 家康もまたそうした立場で、もろもろの間いを発してい 「また用語の心が違うた ! それでは家康の執政はっとま るのだから、天海の前では何を言ってもよいものと察してらぬぞ」 「又違いましたので : : : ? 」 それが、天海も聞いているのに、恥を知れと叱られたの 「とくと心に刻んでおけ。家康の仕えるのは、関白でも秀 だから心外であり腑に落ちなかったのだ。 吉でもない。その向うに輝いておわす阿弥陀仏じゃ。それ 「そうじゃ恥を知れ」 ゆえ、弥陀に仕える心であって、関白にお仕え申す、いでは 家康はまた荒い語気で言葉をつづけた。 ないわ」 「そちはいつもわれ等と同席していながら、天海どのの一「〕本多佐渡はもう一度神妙に首をかしげて、救いを求める 葉をいったいどこに聞いて居るぞ」 ように天海を見やった。 天海はフフッと笑った。 「と、仰せられますると、軍事はこの席に禁物と仰せられ まするか」 この笑いが時々佐渡はたまらなかった。彼の説く高遠な 「たわけめ。天海どのはさっきも何と言われた。阿弥陀仏理想や教義が、 この笑いの中ではカキ消されて、そこには の御心で民に接しなされ : : : と言わしやった。そこにこそ事毎に挑みかかって来る勝気で高慢な人間臭が、プンプン しんずい 天下人の念仏がある。仏教の真髄があると : とただよって来る気がする。 「それは確かに : 伺って、こギ、り・まするが」 「佐渡どの」 「それならば、なぜ、関白の敗れる時を狙うなどと申すの と、天海は相変らず意地わるい微笑をうかべたまま正信 2
代りに家康が京へ呼ばれるであろうこと。 「さよう、中旬に下向とあるゆえ、正月早々軍兵の移動は もう一つは、 いよいよ朝鮮王から明国へ使者が出され、始まるであろうな」 明国でも、秀吉の野心をハッキリと知ったらしいというこ 「いったい上様はこれを何とお考えなされておわすので」 との三つであった。 「何と考えるとは ? 」 出所はいずれも確実な公卿や、巨商や、大坂城内、淀城家康は、ちらりと天海と顔を見合って苦笑した。 内などなのだからこの情報に狂いはあるまい。 「佐渡らしくないことを訊くではないか。のう天海どの」 まつら そう言えば肥前の東松浦郡にある名護屋には、加藤清正 天海はフフフッと笑っただけで答えなかった。 の手で九月から築城が開始され、すでに来年二月には竣功「でも上様は、この挙には始めから反対なのでござりま するであろうという伊賀者からの知らせもとどいた。 しよ、つが」 そうなれば二月までには秀吉は、内大臣になっている秀「反対だから、どうせよというのじゃ。関白のお決めなさ 次に関白職を譲って、自身は名護屋城に出向いていって遠れた事なら止むを得まい」 征軍の指揮を取る気に違いない。 「すると、関白が敗退されるまで、じっと頭をお下げなさ 「今月半ごろには中将さまお帰りとござりまするな」 れて、時期をうかがう : : とこう仰せられまするので」 まだ、あちこちと、山を切り崩したり、掘割を作ったり 正信がそこまで言、つと、家康の眉はキッとあがった。 している江戸の街は、霜溶けのぬかるみで泥田のようにご「佐渡、天海どのも聞いてござる。恥を知れツ」 った返している。雪は一度も見なかったが、師走の風は白 きびしく叱りつけられて佐渡はあわてて、家康から天海 すす い材木と黒い煤けた古材との入り混った江戸城の本丸内へ へ視線をそらした。天海は知らぬ顔で天井を眺めている。 も、荒々しい新開地の匂いを吹き送っていた。 燭台一個に、火桶一つ、机一脚といった家康の居間に は、今日は川越から機嫌伺いにやって来た天海と本多佐渡「恥を知れ : : : と、お叱りでござりまするか」 守正信の三人が、おのおの白い呼吸を見せながら向いあっ 本多佐渡は、家康が天海をはばかる筈はないが : て坐っている。 う顔つきで首を傾げた。 2
「親父に劣る。暴れ鷹にはこりごりじゃ」 「家康は鷹ではない」 「これは手きびしい。すると、鳶か ? 」 「細川与一郎」 「五十歩百歩」 「いいや、これは、わが朝には珍らしい大鷲 : 「前田の伜、利長というは ? 」 前に利休居士がわしに話したことがある」 「居士の眼もあてにはならぬの」 「思慮は深いが、幅が足りぬ」 「伊達政宗かの」 「本阿弥光悦がやって来て、太閤の綻びを縫うは大納言 「暗い ! 」 : と、言うていた。のう木の実」 し」 「というと、石田治部か ? 」 「大納言さま、もう一人、大事な人の名が落ちてあるよう「縫う前にー針に糸を通しておかねばならぬ。わしに一 度大納言にお目通りせよと、すすめたも、あの若者じゃ」 「浮田や増田ではあるまいし、毛利かの」 「光悦がの」 「いいや、徳川家康というお人じゃ。家康はまだそれほど 「もう一人ござる。それは随風と申した雲水のころから、 老いては居られまい」 わしとは肝胆相照らした、いまは武蔵の川越にすむ天海と い、つ価旧じゃ」 「、つ 1 ・、も」 「ほう、家康がまだ使えるかの : : : 」 天海の名が出ると家康は、眩しそうに瞬いオ まるで他人ごとのように呟いて家康は、茶屋を見やり、 今度も江戸で会って来ている。天海の話は、いつも家康 木の実を見やった。 を次の天下人と決めた物言いで、いうならば、そのつもり 木の実はクスリと笑った。 で飼い慣らそうとしている鷹匠を想わすものがあった。 「まあ、よかろう、その話は。茶屋、酒と湯づけの用意を 蕉庵はまだ、じっと家康から眼をそらさない。 「わしはまた、家康も太閤ともども傷ついて時勢から見放命じて来い」 「かし一」亠工りこました」 された鷹であろうと思うて居たが」 ・ : と、死ぬ 189
「わかればわしも安心して出陣出来る。留守はそちたちでたら、その後の家康の行き方は大きく変っていたかも知れ 充分守れよう。さて、そうなるとわしも躰を鍛え直しておない。 かねばのう」 ところが人生の妙機は、危いところで天海と家康を先に 「その上お鍛えなされまするか」 会わせた。 「そうじゃ。折角弥陀の光を受けて生きてある身じゃ。こ 天海の意見によれば、この出兵こそ、神仏が家康の器量 の上ともに大切にして、戦旅で患うようなことがあってはを試みる「第三の機会ーーー」なのだと言うのであった。 ならぬ。佐渡、明日は荏原に鷹狩りしようぞ。むろん馬「ーー関白と名護屋の城で軍議が出来る : : : その深い意味 じゃ。馬を駆って汗を流して、いらざる肥満の肉をそいでをお考えなされましたかな」 おかねばのう」 天海にそう言われた時、家康はまだその言葉を理解しき れなかった。 十一 「ーー関白は、小牧の役で上様の軍勢の強さを思い知らさ 人間の完成してゆく道程には、必ず大きな幾つかの機縁れた。これが上様にとっては第一の機会 : : : そして次には 朝日姫との婚姻と小田原の役の前後を通じて、上様の思慮 がある。家康が若し四十九歳にして江戸に移されなかった ら、そして、更にこの地で天海に出会わなかったら彼の生が並々ならぬことを知らされた。これが第二の機会 : : : そ してこんどはいよいよその第一、第二の収穫を生かすか殺 涯は、すでに頭打ちの形になっていたに違いない。 とうあん ところが江戸への移封は、無理にも彼にそうした价安をすかの第三の機会でござりまするぞ」 真剣な表情でそう言われた時、家康はわれにもなく狼狽 許さなかった。新天地の開拓と 、北日本の押えという大き したのを覚えている。 な責任が肩にかかった。 「ーー第三の機会と言わっしやるか ? 」 しかも五十歳にして、彼は、天海とめぐり合ったのであ る。天海は彼に、天海自身の生涯を賭けて学びとったもの まだハッキリとのみ込みかねて訊き返すと、天海は叱る の精髄を伝えようと思い定めて接している。若しここでような口調で言った。 も、秀吉の出兵が先になり、天海との邂逅が後になってい 「ーーー戦は強い。田 5 慮はあるーーーしかし、それだけでは警 力し - 一・つ 9 3
に一一一一口った 0 分自分の力量を認めた上での叱声なのだから、こんなとこ 「お身は、い ま、この天海に腹を立てましたな」 ろで反抗しては、益々自分が小さくなる。 「いや、さよ、つな儀は : 「恐れ人りました。仰せのように間い直しまする」 「立てなんだら、お身は木偶じゃ。木石じゃ。天海が腹を佐渡はむつつりと天海に答えて家康に向き直った。 「それでは、上様は、関白を心底から助け申す心でござり 立てさせようとして嘲笑している。上様にはこのようなこ とはせぬ。お身にはする。天海はヘつらい者と思うた筈まするか」 じゃが違うていたかの」 家康は笑わなかった。相変らずきびしい表情のまま、 しゅじよう 「それが、いまの上様のお言葉と、何のかかわりがあると「阿弥陀はな、どんな場合にも衆生をお助けなさろうとす 申される」 る大きな心を持たれておわすそ。しかと胸に刻んでおけ」 いかなる場合にも : やはり木偶ではなかった。怒って居られる。お 身は、それでは、関白にお仕えする気かと言わすにの、関「そうじゃ。悪人をさえ救おうとなさる。わしが関白に、 白を心底からお助け申すお気かと聞くべきだった。さすれそちの言うような心で近づいては弥陀の光はわしには射さ ば叱られすに済んだのじゃ。嘘たと思うたら問うてみなさぬそ」 れ」 「恐れ入りました」 天海は、また、佐渡を全然子供扱いにしてゆくのだっ 「この事は、大陸出兵に、賛成とか不賛成とか言う事とは かかわりない。出兵と決ったうえは虚心にその成吩を希う ばかり : : : 今後もあること。よく心して物を一一一一口え」 「かしこ、まりました」 本多佐渡は唇をかみかけて、あやうくそれを押えていっ 佐渡は神妙に頭を下げながら、心の中ではまだ家康とは 程遠いことを考えていた。 ここで反感を見せていったら又、天海は嘲笑しよう。い ( なるほどこれは、わしがうかつであった : や、それよりも、佐渡にはやはり家康の眼が怖かった。充家康はどこまでも用心ふかく秀吉を助けていって、秀吉 8 2
の後継者になろうと目論んでいる。なるほどその方が得か は、もはや家中の者にも洩らすな」 も知れぬ : : : と。 「では、関白の命令によりましては、上様もまた彼地へお 天海はもう、そうした佐渡を無視して家康に話しかけ渡りなさるお心でござりまするなあ」 「言わいでものことじゃ。ご舎弟の大和大納言が亡いいま 「人心というものは、まことに摩訶不思議なものでござり じゃ。命令とあれば先陣もしよう。それゆえ、士気にかか ましてな。上様が関白に、好意を持たれてお近づきなされわることは、一切そちの胸に納めて申すなと言うのじゃ」 たか、それとも考えあってお近づきなされたかを、すぐ感「、い得ました。よく用心致しまする」 じわける力を持って居りまする」 佐渡と家康の心境にはいぜん大きな隔たりはあったが、 「そうであろうな。誰の心にも神仏は住うてござろうゆとにかくこうして、家康は、秀忠が京から帰るのを待って、 え」 手勢を連れて上洛する手筈を決めた。 「仰せの通り、その各人の胸にある神仏が嗅ぎわけるので 四 ござりまする。それゆえ、上様が神仏に恥じぬお心でお近 づきなされば、徳川どのは信頼出来るまことのお人と、必秀忠が京から戻って来たのは十二月十七日だった。これ ず関白の周囲のお方も上様になっきましよう。又、なっか によってその後の京の事情も、家康に対する秀吉の意向も せてこそ、自然と天下は上様の手にめぐって来る道理。明はっきりとわかって来た。 智どのではいけませぬ。あの無理な取り方では神仏の助け秀吉は、自身の名護屋城への進発を今度もまた明春三月 がござりませぬ」 一日に決めているという。この三月一日の出陣は秀吉にと って縁起のよい吉例であった。 「、いしよう。つねに念仏しながらの」 家康は、子供のような素直さでうなずいて、 九州征伐が同十五年の三月一日、小田原征伐が同十八年 「佐渡よ」 の三月一日。こんどもまた前二回の大勝をしのんでそう決 と、こんどはやさしかった。 めたのに違いない。 「よいか。決ったそ。わしが不賛成であったということ しかもその出兵の規模は、家康が想像していたよりも遙 つ」 0
戒される種になっても、まことの実りにはなりませぬ。こしい身体の鍛えにかかった。 そして、関東以北の軍勢の先頭に立って、京へ入ってい んど関白の帷幕のうちにあって、関白に劣らぬ人柄を、関 白の重臣たちにハッキリと印象させてこそ、関白の後を継ったのは二月十六日であった。 ぐ者は、いや応なしに上様となりましよう。神仏が求めて おわす後継は、必ずしも関白のお子や養い児ではない。神 仏はつねにより良い後継ぎを、広い視野で探しておわすと 思召せ」 家康は膝をたたいて、しばらくじっと天海の顔を見詰め ( 天海こそ、弥陀の化身ではあるまいか : 秀吉は家康の顔を見ると相好を崩して喜んだ。結膜炎の そんな気がして来て、不意に動がはげしくなった。 ために、右眼を白布で蔽っていたが、それをむしり取るよ そう言えば、こんどの出陣は、家康が全国の大大名たち うにしてすぐさま居間いつばいに、こんどの出陣の関係書 に、じかに接しうる無二の好機といってよかった。しかも類をひろげさせた。 秀吉の大老として、軍、政両面を通して指揮者の立場から「名護屋の城はの、これ、この通り立派に出来あがって、 交り得るのだ。 われ等の到着を待っている。海上から仰ぐとこれは大坂の 征戦の過程ではさまざまな不平や不備や不満が露呈され城以上に見える筈じゃ」 るに違いない。そのおりに誠心秀吉を補佐していったら、 まっ先に城の外観図をひろげていって、それから話を秀 当然諸大名は家康に心服して来る筈であった。 市 3 のことに移した。 ( そうか : : : それを神仏の試みというのか ) 「そうそう、中将どのも、明けて十七歳じゃの」 そうわかると、この試みには、是が非でも及第せねばな 「はい。在京中はいろいろと」 らなかった。 「いや、よい若者になられた。中将どののことでの、心に かかっていることがあるのじゃ」 家康は冬から初春にかけて、近臣が眼をみはるはどはげ つ」 0 出陣
そう思っていながら、時折り家康はカーツと頭が熱くな 家康はゆっくりと笑った。 「そう急がっしやるな。太閤の側近には、まだ、傷つかぬ すぐれた若鷹も多いことじゃ」 茶屋四郎次郎から、この男の傲岸さはよく聞かされてい 「事沼一一「ロ六こよー・」 た。あの激流のような信長さえ、少年時代からこの蕉庵に は一目おいていたというのだが、これは一目にも二目に 「ます、このあたりで一献汲もう。のう茶屋、それがよか ろ、つ」 も、類例のない無礼さを持った男であった。 話題を変えようとする家康に、またく蕉庵は喰い下っ しかし、その一一一口うところはつねに的を射抜いていま 茶屋はその言ったあとで、若い日の天海もまた、よく蕉「泥をお吐きなされ。往生ぎわのわるいお方じゃ」 「それは、何の話じゃの」 庵のもとに掛錫したものだと聞かされていた。 「太閤のそばに居る若鷹 : : : その中に、ほんとうに大納言 = ⅱカたいぶ飛んだようじゃが、すると、そこ許は、太閤 のお眼に叶うた鷹がおありか」 という俊鷹も鷲のために傷ついたというのじゃな」 「いかにも。そして、傷ついた鷹がふたたび鷲に立向って「ある : : : と中したら、何とするな ? 」 「太閤でしくじったとて、尾を捲いて引きさがってよい事 いかねばならぬ仕儀になろうと予言しているのじゃ。この 予一一一一口、大地を打っ槌ははすれても、はすれることは先すあではない。その次なる俊鷹に、堺衆は惜しみなく力を貸さ ねばなりませぬ」 る工い」 家康は、ゆっくりと頷いた。 「さ、その名を挙げさせられませ」 「そこ許の予一言、、いにきざんで成行きを見まもろう。それ 家康はチラリと茶屋を見やってから、こんどは真剣に首 より他に手はあるまいでの」 「何を仰せられる。手を東ねていて、そうなったおりの責を傾げた。 「如水が伜は ? 」 めが果せると仰せられるか」 蕉庵は首を振った。 っ ) 0 188
、になれ ものは、次第に国内の結東が固まり、物産が豊カ 「文字は、たしかにそう出来ているがの」 「世界の動きなどには盲目で、ただ山賊、野盗の真似をすば、招かずして向うから利を求めにやって来るもの : : : 」 そこまで言ってさすがに蕉庵は首を振った。 る。寸地尺土を奪ったり盗られたり、焼いたり、殺したり むみよう 「いや、そう訓えたいところを、訓えそこねた形が、堺衆 の無明の明け暮れが百余年も続いて来た。その無知さを救 になくはなかった : : : 堺衆は、自分たちで苦心して育てた おうとして、わずかに世界へ窓の通じた堺衆が起ったのだ 鷹に、大空の広さを教え込むのを急ぎすぎたのじゃ。この とは田 5 されませぬか」 鷹は、類いない俊鷹ながら、わが翼の力を忘れて羽搏く性 「そう言う所も、あったであろうがの : : : 」 「それにお気づきならば、その後のことはわかる筈 : : : 堺癖をもっている。いや、もう一つ、あまりに、過去におい 衆は力を協わせて太閤を助け、武将を武将本来の姿に返そて、小鳥どもをつかませすぎた : : : その過去がわざわいし て、ついに鷹はわれこそ空の王者とうぬばれ、鷲をめざし うとして、苦心に苦心を重ねて来ました」 て挑みかかった : : : その馴らし方の誤りは、堺衆にあった 7 「なるほど」 「太閤を富ますために、鉱山発掘のことから吹きわけの新かも知れぬが : : : すべてが堺衆の非のごとく考えられては 知識をさぐり、交易の道を訓え、穀市をひらき、世界のひ心外この上ない。問題の根本は、武を忘れて、山賊、野盗 にひとしい行為を続けて来た武将の無知さにあったこと いや、その他に、風雅の道へ眼を向 ろさを示して来た : けさせようとしたり、検地や刀狩りを献策したり : : : そし ていよいよこれで国内統一の基盤は出来たと、ホッとひと家康は、いっかまたひっそりと眼を閉じて聞いている : 息しているときに、あの大陸出兵のことを決められてしま ったのじゃ」 蕉庵はもう、例の癖で、家康など眼中にないと言った尊 家康が、もしこの傲岸な蕉庵に出会う前に、天海に会っ 大な話しぶりであった。 「真正面から勘合などと言わすとも、高麗とも明とも、適ていなかったら、激怒して蕉庵をしりぞけていたであろう。 ( 怒るまい。すべては天の声なのだ : 当に交易船を出会わせる方図は別にある。交易などという
で平家は亡んで居る。頼朝を見よ。頼家も実朝も、いった 秀吉は眼を細めて遠くを見やる顔になり、 「鶴松が死んだとき、実はの、わしも死んだ気になろうとん天下を渡されながらあの不幸な始末じゃ。いや、遠い昔 思うた。この上生きていて、憂いこと辛いことに出会うののことはべつにして、故右府さまの後がよい例じゃ。信忠 のぶかっ はたまらぬ : : : したがって、その後のわしは死んだ者のつどのは一緒に果てられたゆえやむないとして、信雄、信孝 もりで陣中にあったのじゃ。以前の秀吉ではのうて、仕事はその器ではなかった。天下を渡そうにも、器でないもの の鬼 : : : そんな気持での」 には渡せぬ道理じゃ」 「ご心境、お察し出来るように存じまする」 三成は、チカリと秀吉を見上げただけで黙っていた。 「ところが、思いがけなくその鶴松が、又わしの手に返さ 「それゆえ、天下は天下のもの、器量次第で誰でも取るが れた。と、なると、鶴松は暫く黄泉へ行っていた間に、豊よいと、つねづねわしは口外していた。そのわしが、ふ : と、思ったのだからおかし 家のあと取りではなくなっていたということじゃ。考えてと、鶴松に渡してやれたら : みるとふびんな : くなったのじゃ。太閤ほどの人物が、何というケチなこと : と、ケチな慾をおもい催した」 「なるほど、鶴松君が、しばらく黄泉に現し身をかくされを考えたものかとのう。ハハ・ ている間に : : : 」 「仰せ、肝に刻んでおきまする」 したが、これはどこまでも出してはならぬケチな欲望「肝にきざんで、そちも一つ天下を狙うか」 「これはしたり : : : われ等は、上様のご因 5 こよって世に出 じゃ。わが子に天下を渡したい : : 子のいとおしくない親 ましたもの。豊家のために生死するが勤めにござります はないからの、みな一度はそう思おう」 「ご尤な人情と存じまする」 : そうムキに顔いろを変えるな。冗談じゃ。冗談 「ところで、そのような事は出来ることではあるまいが : じゃ。とにかく拾いが生れたのじゃ。器量の有無によって の、そちたちは、みなで、これを助けていって呉れねばな 「 : : : で、、こギ、り - ましよ、つ・か ? ・」 「そうとも。そこから人間は救いがたい迷いの淵に落込むらぬ」 そう言ってから、ふとまた秀吉は黙り込んだ。 のじゃ。清盛入道を見よ。小松どのは人道よりも先に死ん 148