「はい。何ぞまだ ましよう。何しろ、それが、右府さま、太閤さまと、二代 にわたってご苦心なされた、お志の本筋でござりまするゆ 「こなたは、わしのやり方に危気があると見ているのだ え」 な。わが家を潰しそうな危気が : 「いいえ、無くてもうるさく申すゆえ、先刻のように叱ら声はおだやかだったが、刺すような眼つきであった。 れまする」 「そうではない。叱ったのではない。時にはこなたはわし より深い人生の読みを持っている : : : 」 「なるほど、日本国の泰平か : 利家はこんどは真ッ正直に、 利家は素直に妻の言葉を噛みしめる顔になって、 「こなたは、さっき、無理をして笑われるな : 「日本国が安泰ならば、わが家も安泰、若君もご安泰とい 、つことじゃ」 「はい。それは申し上げました」 「はい。わかって居るようで、まぎらわしいのがその辺の 「そなたのいう無理 : : : とは何のことじゃ。わしの思案の ことかと存じまする。あれが憎い、これはけしからぬ等と 中に子たちを殺す無理があると申すのか」 ゅうて、狭い量見でいきり立ち、もしどこかへ火をつけて 「いいえ、あってはならぬゆえ、いつも先走って申し上げ しもうたら、焼かれるのは双方一緒 : : : 前田の家に傷がっ まする。したが殿、ここで殿がいちばんよくご思案遊ばさ くほどならば、豊家もご安泰ではあり得ますまい」 ねばならぬことは何で、こざりましよ、つ」 「、フーむ」 「それをこなたに訊いているのじゃ。こなたは何と思うて「それゆえ殿はじっとしておいでなされませ。若し、治部 居るそ」 どのと徳川どのの間に気拙いことでもござりましたら、そ やはり二人は、長い歳月をかけて、互いに互いを知り合の折り乗り出して仲直りをさせればよいのでござります った夫婦であった。利家が真ッ正直にたずねると、夫人はる。それだけの力を持ったわが家 : : : 無理をして、そのカ ホッと愁眉をひらいて、 を弱めさせられまするな。どの子一人を殺してもそれたけ いちばん大切なは、やはり日本国の泰平でござりわが家の力は弱まり、わが家が弱まれば、天下は乱れて、 : と、申し 120
家康はこれもあっさりと決めた形で、 があったと思っている。 「さて次は北政所さま、大坂帰城のおりのことじゃ ; 、、 人間ほど暗示に弱、 し生きものはない。 かがなものであろうな大蔵どの」 あの冗談を聞いてから、家康はぐっと語調に重みをつけ と、長東正家に視線を向けた。 た。というのは、それだけ彼がこの一言に、いを掻きみたさ 「政所さまは男まさりのお方ゆえ、お心次第に任してよいれている証拠と見てよかった。 と思うが、これはお許からご内意を伺うて見て呉れぬか」 正直にいって、三成は決して淀のお方を買ってはいな 政所の話が出ると 浅野が又チラリと三成を見やった。北 い。賢くて賢足らず、気が強くて強たらぬ。所詮。 よ名門出 何時も妙に昻ぶって来る三成の癖をよく知っているからだ 生のほこりを我ままに身につけた、所謂牛売り損ねるおそ つ ) 0 れをもった才女にすぎぬと見抜いている。 それだけに、彼女が若し家康に接近することがあった ら、それこそ一大事だと思っていた。 「かしこまりました。政所さまお留守中の大坂のこと、あ家康は、まだまだ孤閨の女性の一人や二人、あやつり満 れこれとご報告もござりますれば、それがしご内意を承っ たす精力などには事欠かない。それが、豊家の将来、遺児 て参りまする」 の保証 : : : そうしたものを餌にして、もし万一淀の君を抱 長東正家はいんぎんに答えて、これも又チラリと三成のきとってしまったら、それはもはや三成には何う手の施し 方を見やった。 ようもない破綻であった。 しかし今日の三成は意外なほどに明るい表情で、この事世間に策師は多いが、まだそこまで気の付いている者は には何の異存もなさそうであった。 なかった。しかし万一、それに気付いて策動する者があっ いや、異存どころか、三成は今日の勝負では充分、自分たとしたら、淀の君は子の愛にひかされて、コロリと参る が勝ったと思っている。 おそれがある : 引きあげの手順については、すっかり彼の思う壺であっ それだけに、今日、思いついていい出して、見事に一本 たし、冗談めかした淀の君の話も、予期した以上の手応え大きな杭を打ち込んだことに、三成は内心ひどく満足して
ひどく恐縮したと : : : 内府は故太閤のご遺託で、当分天下 うしておきたかったのだが、まだまだわらわの悟りも浅 し」 を見らるるお方、そのお方を、木工頭すれと同じ邸に住ま わせては、わらわが太閤に顔も合わされぬ。即刻西の丸を そっと袖ロで涙をおさえて、高台院はまた強いて笑っ 明けまする。早々にお移りあって、太閤のご遺託を果たさ 「こうなっては隠しもなるまい。のう長政どの、わらわが れたいと : : : 長政どの、これですべては終わりであろうが 「でも : : : それを知りましたら淀のお方が」 城を出ようというには、三つの執念があってのことじゃ」 「ご執念が : 「淀どのが何をいい得ようぞ。また、淀どのや若君のお側 「その一つはいずれ、空けよといい出す家康どのに先手を の者が、それでは成らぬと止めて来るなら、わらわも城は 打って、義理を売るため : : : どうそここで、良人の遺託を 出ぬぞとゆうたはす : : : のう長政どの、これは、わらわが 果たして下され : : : そうゆうたら、家康どのとて、豊家も 恐ろしゅうて来ないのではない。内府が恐ろしゅうていい 秀頼も憎めぬ道理じゃ」 得ぬのじゃ。おわかりなされてか」 いわれて長政はハッとした。今まで微笑を含んで見えた 「あ・ : ・ : まことに、これはお道理で ! 」 高台院の眼からどっと一度に噴出すように涙がこばれだし 「そのつぎは、わらわの女の意地。さすがに太閤が妻はど ている。 あって、天下のことまでよう見たと : ( そうか。内府が入るとさえいえば、制止できる者はない 長政はポーツと全身が熱くなった。これをしも執念とい : と、いう意味だったのか : うのであろうか。高台院の心の奥では、まだまだ太閤へ 「笑うて下され長政どの、到頭取り乱したさまを見せてしの、誇り高い愛情が埋れ火のように生きている : 、も、った : 「第三の執念は、ここでわらわが内府を城へ入れてしもう 「何の、これですっかり腑に落ちました。なるほど、もは たら、治部が、反抗心を捨てはせぬかという希いじゃ。治部 や内府に楯つく者は : : : 」 の心がわからぬわけではない。が、治部が執念を捨てぬ限 「それだけはいわずに済まそうと思うたのじゃ。ただ一心 り、太閤子飼いの者たちが、二派にわかれて殺し合う : に菩提をとむらう : : : その希いだけで城を出たもの : : : そわらわはそれが悲しいのじゃ : こ 0 30 /
「これは心外なことを承る」 この一言には、佐竹義宣も少なからず呆れたようだっ っ ) 0 三成は昻然と景勝にひらき直った。 「斬取り勝手の戦国ならばいざしらず、太閤のご威業成っ 「お話中ながら、それならばそれで宜しゅうござろう。と た今の世に、法をみだし、徒党を組んで狼藉する乱暴者 にかく伏見へ赴かせられよ。そして、内府の向島の邸に難 に、何でわれらが遠慮致さねばならぬ理由があろう」 を避けられる。今までとて、大納言のお邸があったればこ 「それゆえ、理屈はそうじゃと申し上げた筈。しかし、そそ、彼らも強談はなり兼ねたのでござろう」 の狼藉者を相手にして、万一お怪我でもなされたらお身の「佐竹どの、お言葉にお気をつけられよ。それがしは、狼 ご損じゃ。それゆえひとまず伏見へ落ちさせられよ」 藉者を恐れて大納言の邸に身を寄せていたのではない。大 みとり 「さ、その落ちよと仰せられるが、この三成には承服なり納一一一一〕のご病気を豊家のために案じたればこその看護、それ かねる。仮りにも三成は奉行でござるそ」 をそのように仰せられては迷惑仕る」 相手の肚も心もわかり切っていながら、ここでは三成は 「これは失言でござった ! 」 一歩も屈して見せてはならなかった。 義宣は面倒をおそれてあっさりとあやまった。 ここで三成まで、うろうろと家康に救いを求めてゆくよ 「では、参られまするな。すでに船の用意は命じてござる らくいん うでは、最後まで拭えぬ侮りを烙印される。 ゆえ : : : 」 「ではどうあっても、大坂表を離れられぬと仰せられる 「まあ待たれよ」 かたく 力」 三成はもう一度頑なに首を振って景勝の方に向き直っ 「離れられぬとは申さぬ。必要とあらば狼藉者の凶刃はか わしもしようが、どこまでも筋は通して行動せねば、後々 「上杉どのもご同意とあれば、われらは内府の許へ参ろ 天下に示しがっかぬとゆうて居るのじゃ」 う。むろん難を避くるの、救いを求めるのというのではご 「では、お身のご思案ではなんとなさる気ぞ」 ざらぬ。どこまでも、内府を狼藉者の煽動者と見て、これ 「されば、三成の所領は近江の内、それゆえ、近江へ赴くを結間に参る : : : それでご異議はござらぬか」 途次に、伏見を通行するは苦しからす : : : 」 景勝はしぶい表情で、すぐには答えようとはしなかっ ごうだん 248
しゆり と、いろいろご苦心なされておわしたことなので」 の、それに修理もお側にあるはずゆえ」 「どのようなことを仰せられたといわれるのじゃ」 淀の君は、自分ももう長い読経に飽ききった表情で、 「ご生母さまを、大納言に遣わそうか、内府に下されよう 「若君は、今日のうちに御座船でお帰りなされまする。大 かと、一ト相秋が、こギトり亠ました」 納言もご病身におわすゆえ」 三成はいよいよ軽い口調になって、 三成は軽くうなずいて、 「三成はそれを聞いたおり、殿下も少しお乱れなされた 「ご生母さまは、ご存知でござりまするか」 : そう思って笑ったものでござりまする。ところがそう さりげない様子で話題を変えた。 「お亡くなりなさるおり、殿下は、若君やご生母さまのこでは無かった。いまになって見ると、これは涙の出そうな お苦しみであられたことがわかりまする」 とをどう仰せられておわしたか」 そういい終ると淀の君の眼はかがやき、それから甲高い 「どう仰せられておわしたかとは : 。し、刀 . し / 「これは、みなまでいわずにおこうと存じましたが、今日笑 : 、続、 このごろの諸大名の動きを見ていると、やはり殿下のご心 「・ : ホ : : : 何かと思えば、またそのようなことを治部どの 2 配は当っていたようでござりまする」 「それは、何のことじや治部どの」 「若君が、ご成年に達したおり、果して、天下が若君の手 に一民るかど、つかで、こギ、りまする」 以前の三成だったら、淀の君のこの笑いを黙って聞き流 すことは成し得なかったに違いない。この甲高い笑いの中 三成はことさらに軽くいって床の間へ視線をそらした。 に、豊家を背負って立つべき者の理性はさらに感じられな 「ほう。これは牧谿でござりまするな、寒山拾得の双幅、 中々すぐれたできばえじゃ」 かった。薄氷を踏むような、危く儚ない女性の虚飾と、媚 「治部どの、それを殿下がお案じなされておわしたことなびが匂っている。 ど、お側の者で、誰一人知らぬ者はござりますまい」 しかし、今日の三成は意外なほど冷静に聞き流せた。自 「いいえ、その事ではござりませぬ。後事を誰に托そうか分の目的以外のものは冷淡に捨て得る境地に坐り直したか かん
一緒に来ていた利政と、徳山五丘 ( 衛が唖然としてを見自己分裂なの加も知れない。 合わせた。 「お言葉を返しまする。では大納言には、こんどの私婚の ( これは正気の沙汰ではない。いったい利家はこうした異ことを誓書で済ませさえすれば、そのあとは、きっと内府 常な三成をどう裁くか : の野心を封じて見せるという方策、自信が確かになるので 固唾をのんで見合った視線を父に移すと、利家は刺すよござりまするなあ」 うな眼をしてじっと三成を見据えていた。 利家は呆れたように三成を見返して、 「治部どの、その心意気は見上げたものじゃ」 「そのような自信が、確かにあったら、太閤はあのように 「と、仰せられると大納言のご本心も : お苦しみなされぬ筈とは思われぬか」 「が、お身は当分、わが屋敷を出ぬがよい。それではわざ 「では、自信がないゆえ、内府に屈服 : : いや、内府の我 わざ白刃の前に身を投げ出すも同然じゃ」 儘に眼をつむられると仰せられまするか」 そういってから利家はゆっくりと噛んでふくめるよう「治部どの ! 言葉が過ぎはせぬかの」 「いいえ、ここではわれ等は、腑に落ちぬことにはいっせ っ同意なりませぬ。これはそのまま豊家の浮沈、若君さま 「よいかの、こんどのことは誓書で済ますこととなる : のご生涯にかかわることでござりまする」 これはこの利家の裁決じゃ」 と、重くいった。 「そうか。そこまでお許はいい張るのか : 「いい張らねば三成の意地が立ちませぬ。太閤殿下のご遺 十 託を受けた身が、見す見す窮地に落ちてゆく主家の姿を、 三成の理性は、もう一人の熱気に憑かれている自分の発手を拱いて見ていたとあっては三成の一分が立ちませぬ。 言にひどくあわてている。 たとえ日本中の大名どもが、ことごとく内府に拝跪致しま 利家の言葉はもう三成一人に反対は許さないぞといってしようとも、三成だけは孤忠を貫く覚悟にござりまする」 いるのだ。それがよくわかっている癖に、もう一人の三成あまりに人もなげな三成の放言に、」 不政は、思わず太刀 はいよいよ居丈高になるのであった。手の下しようのないを取りよせ、すいッと三成に近づいた。 163
く子を蒔いているのだったらどうであろうか : や、博多へ赴くま って会心のでき事は一つもなかった。い 正直にいって、三成がいま、こうして、中の島のおびた ではそれでも大きな自信にささえられていたのだが、それ たしい淀屋の土蔵と隣合った前田邸に日参しているのには が清正と行長の現地での争いを聞かされたころから、ぐっ 二つの大きな意味があった。 と鋭い下降線を描きだした。 その一つはいうまでもなく、利家と武将派の接近をさえ 清正ばかりか、浅野幸長や黒田長政までが、彼の想像し ぎるためであった。ここで利家に折れられては、三成の立 ていたよりも遙かに露骨な反感を示して引き揚げて来てい たし、福島、細川、池田、加藤嘉明などの面々も、従来のつ瀬は全くない。が、間題はそれだけではなくて、もう一 つ、すでに三成は、自分の屋敷にあると身辺の危険がひし 友情からして一層三成に背を向けだしている。 そうした空気の中で前田利家だけは手離すまいと必死にひしと感じられるからでもあ 0 た。 なり、利家と二人きりで対談するおりなど、第三者には見武将派は三成と利家を遠ざけようとしつつある。彼らの 考えからすれば、三成が利家をかついで、豊家の執権たろ せられないほど惨めに低い姿勢をとった。 、つと画策しているということになるのであろう。 そんな苦しいおりに、お袖は彼の星がいま、彼に凶運の 光を投げているときなのだと冷厳に指摘して来たのではな ( 来年の八月まで、じ 0 と成り行きを見ておれと、あの女 めが : それはできない ! そのようなことをしていたら、その ふしぎな放胆さで三成の前へ身命を しかもそのお袖は、 投げ出していっている。身命を投げ出している女の言葉た間に家康は、抜きさしならない地歩を諸大名の間に築きあ げ・てし ( っていよ、フ。 けに一層無気味な真実感を持ってくるのだ : たしかに人間の生涯には運不運のめぐりもあろう。それ舟で前田屋敷の裏の水門を入 0 てゆき、荷揚げの石畳に ・ : しかも今三おり立っと三成はもう一度肩衣の襟を正して深呼吸をし はあたかも一年に四季の移りがあるように : 成はきびしく霜立っ運命の冬季を迎えているのではないと 表面はきようも利家の病気見舞い : : : そして看護のため ど、フしてハッキリいい得よ、つ。 にと称してそのまま泊り込んでゆくつもりなのた。 ( もしその厳冬の大地に、陽春の芽生えを期待して、空し っ ) 0 758
家康は大きくうなずいて自分でわざわざ席を立って廊下 じて居りまする」 まで見送った。 「若君ののう・・ : : 」 。し。かようのおりに、若君のため、内府と大納言など 争わせてよいものではござりませぬ。たぶん : : : 」 清正が帰ってゆくと家康は外出の支度にかかった。 といって清正はちょっと姿勢を正し、 よしあキ一 「大納言の許へも、政所さまから内々に申入れがござりま有馬法印の屋嗷には、今日、伊達政宗、最上義光、京極 あわ しよう。それに、われ等は心を協せて内府のご身辺を守護高次と高知父子、それに富田信高、堀秀治、蒲生秀行、田 中吉政などが招かれて来ている筈であった。 致しますれば、なにとぞ事を荒立て給わぬよう」 そこで家康は、有馬法印と藤堂高虎の計らいで、彼等と 「わかってござる。お手をあげられよ主計頭、お身や北政 所に、家康とて何の隠し立ての要があろう。家康はこんど猿楽を見ながら歓談し、彼等の考え方や思惑を見定めて来 の事が、加賀どのの本心から出たことではないのをよう見る気であった。 しかし清正の申し出で、それ等の人々のうち、すでに大 抜いている」 「では、これ以上に事は : : : 」 半はその向背がわかって来た。 ( 世間には目あきも多い : : : ) 「何の荒立ててよいものか。それゆえ、今日の使者には、 わざと相手にならなんだ。もとより戦う意志もない。家中 その事では、、いは明るく晴れる筈だったが、清正や北政 の者どもとてただ万一のおりに備えて居るだけのこと」 所の心事を想うと、妙な切なさがなかなか胸を離れなかっ こ 0 家康が声を秘めてそこまでいうと、清正はもう一度きび しく家康を見返して、 譜代の家臣を持たない豊家の悲劇 : : : しかも晩年に至っ 「それ承って安堵 : : : では、今タより、福島、黒田、藤て、秀吉は、昔の朋輩だった大名たちを苦しめ通して死ん うらくさ、 堂、森、有馬、それに織田有楽斎、新荘駿河守どのなどにでしまった。 その意味ではいちど飼い慣らした猛獣どもの檻を、わざ て、当お屋嗷を固めおきまする。ご他出の途中と承わりま したるゆえ、これにてひとますお暇を」 わざしかけて死んだにひとしい。 ユ 45
0 りしぼ 「されば、蜂須賀家では、家政どのでなく、当の至鎮どの 三成は思いつめた表情で押し返した。 が、われ等若年にて、ただ内府より仰せ聞けられたるによ 十二 : と、こギ、り・寺 ( した。このよ、つに、 り、カなく承引仕った : 問い詰めれば弁疏はまちまち、更に要領は得られませぬ。 「この三成も、決して子飼いの諸将の忠誠心が、われ等に劣 : これをこのまま捨てお るなどと思うては居りませぬ。ただそれ以上に内府の打つむろんこれ等は内府の入れ智恵 : - っ , フかー かば、豊家の掟は無意味なものと相成りまする。いや、内 手は老獪きわまるものと申上げて居るのでござりまする」 一度口を開くと、三成は逡巡しなかった。ここでは自信府はこれを前例に致そうと狡猾に考えぬいてはりめぐらし と説得力の竸いなのだ。三成の自信が勝っか、利家の円熟た網の手でござりまする。その網の手にすでに真ッ正直な 諸将は罹りかけている。それゆえ、ここで改めて事情を訊 が立ちまさるか : 「伊達政宗は、こううそぶいて居りました。さて、そのよくは手遅れと申し上げました」 利家は太息ついて、 うな話を堺の今井宗薫が、お取り持ち下さるとか下さらぬ とか話して居られたが、その後どうなったやら、とんとわ「お許はそこまで手をつけられてか」 しは存ぜぬがと」 「つけずにこれを、前例にされてもよいと仰せられまする 「すると、すでにお許は、相手を詰られたのか」 か。大納言 ! お願いにござりまする。この三成にも重々 「むろん内々にではござりまする。相手の出方も探らず至らぬ節はござりましよう。しかし、内府に、この我儘を に、大納言のお耳に入れてはわれ等の手落ちと存じました許しましては、後の仕置きが立ちませぬ。ここではまげて なれば」 三成をお助け下さるよう : : : 」 「ふーび」 「ふーむ」 「お案じなされておわす、武将たちの折合いは、誓って後 「福島正則は、縁組のこと、内府から申して参ったのでは ござらぬ。われ等から、秀頼様の御為にも宜しかろうと存日三成が : : : 」 三成はほとばしるようにいって、又畳に両手を突いた。 : と」 じて、取り計らい申した : 「いいえ、すぐさま大納言に直接内府を詰間なさるように 「蜂須賀どのは何といわれたな ? 」 130
ぎ、たとえ殴下ご他界のことがあろうと、立派に若君さまさまのお躰にお気をつけ下さりまするよう」 を擁して諸侯の衆望をになわれる。その点みじんも不安は鄭重に一礼して座を立ちながら、三成はひどくみちたり : 三成は五奉行どもにそう断言してご挨拶に罷り出た気持であった。 生前秀吉が、自分の智恵に匹敵する者は治部一人 : : : よ ました」 くそう洩らしていたのを知っている。その治部が、今こそ 三の者が北政所に豊家の柱石として、八方へ働きかける時なのだ。 「仮りに帰還して来る武将のうち、二、 ( 上様の御霊もとくとご照覧あれ。三成は、やはり上様の 近づき、何かと策動致そうと企てましても、若君にそむく ほどの意志はござりますまい。三成は博多において諸将を えしやく しかし、淀の君はその三成に、会釈を返そうともしなか 迎え、懇々と殿下のご恩を説き聞かせおく所存 : : : 」 三成はもう相手の反応にさして気は使っていなかった。 ここではただ、我儘な夢想家の妄動をおさえるよう、ビグ饗庭の局が長廊下のはずれまで見送って戻って来ても、 まだじっと宙を見据えて身を硬くしている。 リと、いにひびく暗示の杭を打ち込んでおけばよいのだ。 そして、この杭はもう充分淀の君の胸にささった。 「ご生母さま : ( 警戒すべきは家康と北政所 : : : それに対抗できる者は前 「何を考えこんでおわしまする」 田利家 : ・ : ・ ) その間に、太閤への女性らしい追慕の情は無くとも、秀なじるようにいいかけて、局はハッと居住居を正した。 : ご遺骸に火のかかる時 「あ、もう六ッ半 ( 午後七時 ) 頼への愛情はてんめんとしてからみ合っているはずであっ っ】 0 刻でござりました。お許し下さりませ」 あわてて立って、誓書棚におかれてあった珠数を取り、 ( これでよい : あまりくどく説明すると、却って反感を掻き立てる。淀淀の君の手首にかけてやって、自分でも両手を合わせて瞑 目した。 の君とはそうした勝気さをてらう女子なのだ。 もうすっかり外は暗くなっている。あたりは肌寒いほど 「これよりは季節も寒さに向かいますれば、呉々も、若君 っこ 0