「よいかの、利家どのが病驅をおかして訪間なされたの 「内府に、何を頼むのでござりまする」 に、内府がこれに答礼しない : : : そうなっては利家どのが 「内府と利家どのとは、いわば伏見と大坂の両巨頭」 内府に屈したと世間で見よう。これは後々、豊家のために 「仰せの通り」 「その一方が訪間すれば、一方からも答訪あるが至当のこも由々しいことじゃ」 とではあるまいか。いいえ、これは互いに感情の尖り合う 五 ている今すぐにというのではない。何れ、内府も答礼に大 坂へやって来る : : : となれば、利家どのに対してわらわの清正は姿勢を正して眼を閉じた。 豊家のための由々しい大事 : : : そういわれるとひとりで 心もむのじゃが」 に身内のひき緊ってくる清正だった。 「さあ、それは、しかし : 「なるほど : : : 大納言がわざわざ伏見を訪れなさるのに、 「徳川家の家臣どもが承知すまいというのであろう」 内府がそのまま聞きおくでは、大納言は、内府に屈したこ 「はい。何分にも世間の騒ぎが : 「それゆえ頼むのじゃ。太閤のお志は、どこまでも天下のとになる : : : 」 「そのことじゃ」 安泰にあった筈。それゆえ、二人が心の底から打ち解け合 うたと世間に証拠を見せてやりたい : : : わらわが、そう願寧々はまたひと膝すすめて、 うていたと頼んでみてはたもらぬか」 「誠実律義な利家どのは、世評など何とあろうとただまこ とを尽すのみじゃと仰せられよう。しかし、世間ではそう 清正は答えなかった。 寧々の気持ちはよくわかる。しかし、それは却って騒動は見まい。利家どのもついに内府に屈したと見てゆこう。 なだれ を誘発しそうな気がするのだ。三成一派が若し伏見を離れそうなれば、人心は雪崩をうって内府に傾き、豊家の影は た家康に、刺客をさしむけたらそれがロ火になり、口実と見るまに薄れる : : : 」 なって却って戦にもなりかねまい。 「ふーむ」 「治部どのは、それ見たことかというであろうし、若君の 清正が黙っているのを見ると、寧々はまた言葉を続け お側衆の中からも、内府への反感は昻まろう : : : そして、 6 ) 0 171
いま家康 ~ よ、向島の邸を引払っ一・・「伝見城に移っている。 追いかけてきた七将と、家無が、はげしい口論をしたとい その伏見城移転の経緯については、さまざまな噂が世上う。そのため七将がこそって家康に反感を抱きだしたと聞 し流布されて、さすがの茶屋四郎次郎も、いずれが真実なかされたからであった。 のか判じかねているところであった。 しかも家康は、その三成に、道中の危険を思いやって、 事の起りが、例の、この眷閨三月四日の、石田三成の徳わざわざ中老の堀尾吉晴と、今は結城家を継いでいる秀忠 川邸遁人にあったことはいうまでもない。世間の人々は三 の兄で秀吉の養子になっている三河守秀康に手勢をつけて 成が向島の徳川邸に逃げ込んだと聞いたときあっといつ大津まで送らせた : こうなると世間の人々が首を傾げるのも当然であった。 とまどった鼠が、所もあろうに猫のふところへ飛び込ん事実、大津まで送られた三成は、家康の友情に涙を流して でしまったと思ったのだ。 感謝し、途中の警護に任じて呉れた結城秀康には、わざわ 「ーー・ー何のこと , これで治部さまの一生もきれいさつばざ家宝の正宗の銘刀を贈って微意をあらわした。 「ーー・その情景をわしは見ていました。これで、内府さま ところが、その三成が、家康に助けられて、無事に居城と治部さまのお仲はたしかに直った : の、近江の佐和山城に人ったと聞かされたときには、首を結城家の家中のもので、わざわざ茶屋にその場の光景を 傾げ、顔を見合せて黙ってしまった : こまかく語り聞かせた者さえある。 何のことやら、市井の人には、皆目見当がっかなくなっ 家康が、向島の域を出て、伏見城へ移ったのは、三成が てしまったのだ : 無事に佐和山城へ人った閨三月七日から数えて六日目の、 十二日であった。 これはおどろいた ! 内府が治部を助けたのは、こ 茶屋四郎次郎もその時には、ひどく面喰っていうべき言の取引のせいだったのか」 葉を知らなかった。 つまり三成は、家康の伏見人城を黙認することで、命を たた三成を助けてやったというだけではなくて、三成を助けられたという解釈である。 ・つる、つ 269
・、、考えようによれば、それは豊家にとっても遺臣たちにおわす人じゃな」 とっても、ひどく冷淡に受取られそうな言葉であった。 「と、仰せられますると : ( 若君は高台院のお子ではない。それゆえ、世間では高台「それは誤解ではありませぬ。世間でそう見るは、世間の 院が、淀の君との感情のもつれから、家康に味方し、家康眼の正しさじゃ」 の便宜を計って城を捨てたと思い込んでゆくかも知れな 「え、な : : : 何と仰せられまする ? 」 「わらわは、相手が家康どのでなければ、西の丸は渡しま そう思うと義弟に当る長政としては、やはり黙っていらすまい。仮りに、それが、毛利どのであろうと、上杉ど れなかった。長政は思い詰めた表情でまた高台院に向き直の、宇喜多どのであろうとな」 長政は息をのんで高台院を見めてゆく 「ホホ : : : むろん治部などには渡すはずもない。それにな あ長政どの、わが身が、淀どのを憎んでいるというのもま 「高台院さま、お言葉の意味は腑に落ちました。わが家やことのことじゃ。いや、羨んでいるのかも知れず、嫉んでい るのかも知れない : 伜どもへおかけ下さるお情のほども身にしみました。しか : とにかくわらわも心の狭い女子のこ し、それでは、高台院さまが、世間から、あらぬ誤解を受と、その憎しみは確にある : : : あればこそ、こうして御仏 け・亠ま亠 9 きいか : の袖にすがって詫びていると思うてよい」 長政ー 力いいかけると、高台院はまた眼を閉じて、微笑し ながら珠数を繰りだした。 「それゆえ、そうした噂が立ったとて、何の心外なことが あろうぞ」 「わらわが、家康どののために西の丸を空けてやったとい わるることか」 「しかし、それでは、高台院さまが手引きして、わざわざ 「はい。それが、淀どのへの憎しみから : : などと噂され豊家を滅したとも : 学 ( しては、、いタで、一」ぎ、り・ましよ、つ」 「ホホ : : : それならばいらぬ斟酌じや長政どの」 「長政どの、お前さまも、またまだ言葉の端にとらわれて 高台院は声を立てて笑っていった。 つつ ) 0
たら、何と致されまする」 「では、こうしよう大蔵どの : : : こなたのご配慮はかたじ 「治部が反対 : : : そのおりには取りやめても差支えないと けない。家康、いにきざんでおく。が、さりとて世間の噂ど 田い、つ、が・ おりに、われから治部を遠ざけるようなことは慎みたい。 「それがしはそう思いませぬ」 それゆえ、お許から増田右衛門に相談してみて下され。そ 正家はすこし焦れた口調で、 れで、右衛門大夫も同意とあらば、早速普請にとりかかろ 「そうなると、治部の故障で内府がお譲りなされた : : : 内う。そう盲の多い世の中では安心ならぬということじゃ」 二人の対談はこれで終わった。 府は事を好まぬ大腹のお方 : : : そう見る者もござりましょ 、つが、その一反対の亠須もざりましよ、つ」 長東正家は、あっさり家康にかわされてしまったのだ。 「なるほど」 増田長盛に相談せよとは、何という手きびしい皮肉であろ 「内府より、やはり治部の勢力が立優っている : : : そう考うか。 こなた一人では話にならぬ。淀の君がいい出して、それ えると、無思慮なやからはいよいよ内府をくみし易しと見 てとって、よからぬ企てをせぬものでもござりますまい」 こなたと増田長盛と、つまり、二人の奉行が同意した 「ほう、すると、そのような空気が、世間にあるといわっ ら考えよう : : というのだから、真実は子供扱いにされた のだといってよい。 しやるか」 「世間は盲千人 : : : まことの眼あきは至って少のうござり しかし正家はそうはわなかった。 まする」 ( 内府がこれほど治部を恐れているとは知らなんだ : 「フーム」 と、いって、二人の間に若し大きな争いが起こった場 「これは、困った噂でござりまするが、世間では、治部と合、その武力は比較にならぬ : : : と、すればここで家康 内府は衝突せすには済むまいなどと : : いや、それで何れに、お許の親切は心にきざんだ : : : そういわせたのは、立 に味方すべきゃなどと : : : 先走ったことを申すやからもあ派な今日の収穫だった : : と、ほくそ笑んだ。 るやに聞きます」 ( これは、増田長盛を語らって、ぜひとも普請に取りかか 家康は手をあげてさえぎった。 らせておかねばなるまい ) 5 7
し」 前の星らしい。 「少くとも世間の誤解を受けるようなことは島津家のため「こなたの思うまま、宗湛はきき入れたか」 「いい , え」 にお慎みありたいと、きびしくご意見なさるがよい」 「かしこまってごギ、る。では、これにてご免を」 「掛合い負けか。下手な女だ」 「百姓逃散の儀は、よろしゅうござるな」 治部は笑いもせずに茶碗をおいて、 三成はいいながら立上って、二人を廊下まで見送った。 「掛合いの尻を、わしに拭わせる気か」 大きな声で叱っていたわりに機嫌はわるく無いらしい 「お察しのよい ! 」 すぐに戻って来て、三成は、そり返った姿勢で小女郎の持 小女郎は心からびつくりして、溶けるよ、フにしなを作っ 参した茶碗を取りあげた。 こ。全く三成の頭脳の回転は、おどろくべき速度であっ 「そなた何れへ参っていたのだ」 た。うつかりしていると、こっちの肚などあっという間に 「はい。神屋まで往んで参りました」 見抜いてしまって、さっさと次のことに移っている。その 「ことわりなしに外出するな : : : 何の用で参ったぞ」 癖、いちど停滞してこだわり出すと、うんざりするほどく 「小女郎 : : : では、お側に仕えにくうござりまする。本名どかったが、 のお袖と呼んで頂けるよう、その掛合いに参りました」 「ムは、も、つここらでお袖にかえりと、つござりまする」 「なに、お由・ : こなたの本名かそれは」 「案するな。もうかえっておるわ」 「はい。両親のつけて呉れた名でござりまする」 「えな、なんと仰せられました」 「こなたの生国は薩摩だと申したな」 「先刻、柳町から伏見屋藤兵衛と恵比須屋を呼んで、黄金 「はい出水でござりまする」 を取らせたというのだ。女子のことで、神屋の世話になっ 「出水か : : : するとすぐ先年まで、この治部が公領としてては、御用が申付けにくいからの」 管理してあった義弘の領地じゃ」 十三 そういってから小女郎の言葉を思い出したらしく、 そしやく 「掛合い : : と、申したな」 小女郎は、三成の言葉の意味を、咀嚼するまでに、しば 6
「宿所はいずれになさるか。この事はご存知か」 由、申し越されてござりまする」 「いや、それこそご貴殿にお伺い申したい」 一瞬、増田長盛は小さく口を開いて、あわてて二、三度 そこまでいったときに、詰所の人口に人影がさしたの瞬いた。 で、二人はあわてて口を噤んだ。 「誰じゃ、何用じゃ」 もし家康 こ、このまま今夜わが家へ泊まり込まれてしま 振り返って、長盛はまたハッとした。彼の供をして来て ったら、世間ではいったい何というであろうか。 いた河村長門守が顔いろ変えて両手を突いている。 かって伏見城へ入るおり、堀尾吉晴が導き人れたとうわ 「おお長門か。いま、大切な用談中じゃが」 「恐れ入りました。。、、 カちょっと火急にわが君へ申し上げさされ、それ以来、堀尾は家康の懐刀と、うわさで、決定 されてしまった。 たい儀が出来まして」 こんどはそれと比較にならぬ、豊家の本城大坂人り : ・ 「なに火急 : : : では、失礼ながらしばらく中座を」 その案内役が増田長盛だったといわれたら、三成やその一 長盛は正家に会釈して、急いで廊下へ出ていった。 類は何と思、フか 「何事じや長門」 いや、それよりも、いオし っこ、家康にそういわれて、断わ 「はい。ご城内の空気、ただ事ではござりませぬ」 る口実があるであろうか 「、やは、り・、挈、、フか」 「王方河内どのなど激昻なされて、もし内府が本丸へ参ら ( ありようが無い ! ) それは、全くどう避けようもない思いがけない不意討ち ば、家来衆は、断じて玄関より内へは通すな。両刀を預か といってよかった。 れなど、あちこちの番士に命じてまわって居りまする」 「そのくらいのことはあろう。覚はしていた」 大坂城内の大奥がみだれすぎているゆえ、いずれ監督に 「それだけではござりませぬ。内府さまの許からお屋嗷へお移り下されば幸せ : : : などとあらぬ世辞をいってしまっ ご使者として、井伊直政どのが見えられ、内府は、。 こ当家 たのは自分たちなのだ。それを信じて、いろいろ相談した いといって来られて、今さらどうして断われよう。 へ殿をお訪ねなされたうえ、そのままご宿泊なされたい ひじかた 280
父の正信も、家康の智恵袋などと今では世間でいわれて いったん心を決して起っと、家康と彼らとでは、まるぎ いる。が、その子の正純もまた眼から鼻へ抜けるような才 り大人と子供の差であった。 子であった。 「笑ったの正純、わかったのか」 「はい。わが身大事の前には、人を讒してはばからぬ。頼 長盛と正家が帰ってゆくと、家康は、ほんの四、五分、 きびしい表情にかえって沈思をつづけた。恐らく二人のカりになる人々ではないというお心かと存じまする」 「正純、賢しらに申すな」 量評価を、改めて心のうちで検討し直していたのに違いな 「キツ ? ・ 案内していった本多正純が戻ってきて、小首を傾げて家「世間に、わ身大事と思わぬ者が一人でもあると思うか」 「はツ、しかし、それは : : いいえ、それはない、かも知 康の前に坐ると、 「とばけた亠須ど、もよ」 れませぬ」 「そうじゃ。そのような者は一人もない。また、あっては 家康は吐き出すように舌打ちした。 ならぬことじゃ。この身はそれぞれ神仏が、われらにお預 「正純、よう覚えておけ、あれが讒者というものじゃ」 「と、仰せられますると、前田、浅野のご両所のことな けなされたもの、わが身大切は宇宙の心、何の恥するとこ : と、おっしやりまするか」 ろがあろうそ」 ど、根も禾もないこと : 家康は不機嫌にこくりとした。 「前田も浅野も、彼らが考えているようなたわけではな 「そちとても、いちばん大切はわが身のはず、それでなけ い。あれは、長盛と正家の夢なのじゃ。彼らならばこうすれば嘘じゃそ正純」 正純はパチパチッと瞬きながら返事を控えた。平素の、 ると、自分の量見の狭さ貧しさを、そのまま白状して見せ われを忘れて君に仕える心掛けとは、およそ違ったいい方 居った」 だったからであろう。 正純は、じっと家康を見つめていって、やがてニコリと まだまたじゃの。よいか、この世で一番可愛い 笑っていった。 290
「はい。それほど治部どのに、ご遠慮すべき事ではござるえが必要だった。 よいかと・ 「お許の言葉はもっともじゃ。有難いご配慮じゃ。した 「お許がそういわれるならば考えて見ねばなるまい」 が、これはやはり治部が戻ってからの事に致そう。その方 家康はさりげなくいって、また正家の出方を待った。思 がよきこて、つに田 5 、つ」 いがけない事だけに、 思慮や駈けひきでは、正家と家康は小児と大人ほどの開 きがあった。 ( 何が彼にそういわせたのか ? ) それだけは突きとめておかねばならぬと思った。 「それがしは別段、治部どのが内府を憎んだり怨んだりし ているとは思いません」 家康は人を怒らせることも知っていたし、叱ることもし 「なるほど」 っていた。ただそれが、相手を揶揄するだけに終わる場合 「しかし、内府に何となく楯つく気性 : : : これは内府もごや、大した意味ももたぬおりには黙っている。それが他人 存知、世間でもみとめています」 の眼には、何も気付かぬ鈍重な木偶に見えたり、何事も知 「それは、そうであろうな」 り尽していて、とばけている狡猾な狸に見えたりするらし 「そうなりますると、世間には思慮の足りない追従者も出い。 て来るもので : ・・ : 」 石田三成は、家康を後者だと決めてかかって、しきりに 「治部に忠義 : : : と、思うて、わしの首でも狙うといわっ反感を燃やしているが、正家にはどうやら前者に近く見え しやるか」 たらしい。正家はちょっと舌打ちしてひと膝すすめた。 ( この人は、三成のはげしい反感を知らぬのではあるまい 「いいえ、ただ、そのような者がもし現われては治部どの か ? ) も至極迷惑、それゆえご用心にしくはないと存じまする」 そこまで聞くと家康はおかしくなった。正家は話につら そう田 5 うと、もう少し注意しておくことが、騒ぎを避け れて口をすべらし、すべらしたあとで、あわてて三成を弁るに役立っこと : : と、考えた。 護している : : : その程度の人物ならば、そのような受け答「内府はもし治部どのが帰られてこのご移転に反対なされ
、こまころび けるになっていたのだ。しかし、家康はその不審な言葉家康に間い返されて、三成の唇はまた微力を のかざりを責める気にはなれなかった。 「大往生とうけたまわって、せめて、心が軽うなる。し 「いかにも。そこで奉行どもは相談のうえ、洛東阿弥陀ケ て、死後のことは、あれこれお指図があったであろうな」峰の密葬場へは、木食応基と前田玄以の両人だけでお供す むろん指図などあろうとは思われず、あったといえば、 ることになりました」 それは三成の意志と、知っていながら訊ねていった。 「ほう、世間はそれで怪しむまいかの」 三成はさすがにホッと吐自 5 した。 「むろんそれへの用意も致す所存 : : : 世間へは、大仏の修 「いかにもござりました」 築とふれさせて、ささやかな社殿と墳墓を作らせておきま する」 「それを承ろうかの」 「申し上げましよう。喪は、全軍が、高麗から本国へ引き 「なるほど、それで淀川の大鯉となったわけか」 あげ終了まで秘めること」 「仰せの通り、浅野長政、その申合せに従うて、内府のも 「、こもっともじゃ」 とへも大鯉を持参致しますれば、密葬の相済みまするま もくじきしようにん 「遺骸の儀は、高野山の木食上人を導師として、洛東阿弥で、何事もご存知なかった態にしてご賞味おき願いたい」 家康の眼は再びギロリと大きく光った。 陀ケ峰に密葬のこと」 ( 何という小細工 : ・・ : ) 三成はそこまでいって又声を低めた。 「但しこの儀は、五奉行以外には洩すなとのご遺言にござ その非難はしかし口にすると、少々の間答では収拾っか 、り・寺した」 なくなりそうだった。相手はこれを意識の無かった瀕死の 家康の眼がはじめてギロリと光っていった。 人の遺言 : : : と言い出しているのだから : 「すると、お許たちもご城内で、みなみなその鯉を食膳に 四 のばすわけか」 「治部どの、するとお許はご遺言にそむいて、この家康「大事の前でござれば」 「詒部どの、それはよいとして、するとお許は、ますご遺 に岬刻薨去を知らせにられたといわれるのか」 っ ) 0
「私がお伺いしたいのは、私という人間は生きている限 「そのくせ、刺すと約東して、お側へ参ったのでござりま り、人を裏切り、人を呪い、人を悲しませ、人を不幸にお する」 とし入れる女子なのではあるまいか とし、つことらしゅ 光悦は笑う代わりに嘆息して、 リこよ、島屋と神屋をうござりまする」 「するとこなたはまた裏切りか。以前を 「これは手、 : そしてこんどは治部さまを」 ジし ! そういわれると、この光などもそう 「いいえ、その前から数えきれぬほどの、男の心を裏切っ かも知れぬ。しかしお袖どの、その業因を焼き切る気迫は てきて居りまする」 持たねばなりますまい。さもなければ、狂い死にに死ぬよ 「それは稼業柄、そうでもあろうな」 り他はなくなろう」 「でも、そのまた前には、私の方が、堪忍ならぬほど世間「光悦さま、お袖は、狂い死にをしとうござりまする ! 」 から裏切られた : : 世間から裏切られ過ぎた人間というも今度もまた何のためらいも無くいい切られて、光悦はゾ のは、結局、その仇討しかできないものでござりましよう ーツと総身が寒くなった。 力」 「私はもう何も隠しは致しませぬ。治部さまに内府と戦う こちゅう またしても光悦は、お袖の ~ 亞中に捕えこめられてしまっ ようにすすめたのは、このお袖でござりまする。それもお ている。しかし、こんどはあわててその外へ遁れ出ようと 袖は、治部さまが勝つなどとはみじんも思わずに : はしなかった。 光悦は、黙って相手を見詰め続けた。 「するとこなた、治部さまは裏切りたくはないし、高台院「戦って死ねばよい : : : それより他にないお方、そう思っ さまも刺したくない : : : それで悩んでいるといわっしやるて戦の覚悟を決めさせました。戦わずとも、いずれは内府 のか」 の膝で押しつぶされる。それよりは意地だけなりと通させ 「いいえ、高台院さまなどはじめから刺す気はござりませたい : : : お袖の愛情はゆがんでいったのでござりまする」 ぬ」 そこまでいうと不意にお袖は顔を蔽って泣きだした。 お袖はまた間髪をいれずに答えて、かなしげに首を傾げ 五