女子 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻
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1. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

示貳日石田氏、前田氏、丹羽氏、大友氏 ( ーは直系或は直系・編入の別の明らかでないもの。 = は同族・異族よりの編入 ) 田 菅 氏 原 よ り 隆 利 石 祐前氏 成澄快蔵 人 女女重 子子家 入言 石熊 道、 貞直 心陸 清盛 室室 女子 ー利長 ー女子 ー女子 ー女子 ( 秀吉の猶子となり宇喜多秀家に嫁す ) ー女子 ー利政ー直之 ー知好 ー利常 ( 利長の養子となる ) ー利孝 利貞 奥了正継 ( 利久 ー利玄 ー安勝 ー利家 ( 大千代 ) ー女子 ー良元 ー女子 藤左衛門 或佐吾右衛門 丹羽氏 長忠 ) ュ長政 ( 藤原道隆流 ) ーー長秀ー 秀重 光重長次。長之 ー女子長之 女子 義鎮 大友氏 ー義長 氏泰 ( 源為義より ) : ・ ( 十代略 ) ・ : 義長ーー - ー義鑑ーー某 ー義国ー女子 ( 一条房基室 ) 女子ー女子 ー女子 ー女子 義統 ( 吉統 ) 義乗。ーー義政 ー親家 ー女子ー義親 ー親盛 ー女子ー女子 ー女子 ( 筑紫広門室 ) ー正照女子 ー女子 ー女子 ー女子 ( 一条兼定室 ) ー女子 ー女子 ー女子 ー女子 ( 小早川秀包室 ) ー女子 長重 ー長正 ー高吉 ( 藤堂高虎の養子となる ) ー直政 長俊 長次

2. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

らば、さしたることもない。が、そのため、博多の町の緊 昌に水をさされるような事になっては相済まぬ。こなたは と、宗湛は、宗室の方を見やって、 「おぬしに心当たりはないのか。何しろわしは治部さま侠気で鳴らした女子、みなを助ける気になってくれぬかえ」 「ホホ : ・だが、それ : 旦那さまの口説き上手なこと : に、これが博多第一の女子じゃとゆうてしもうたのでな」 は、おっしやる程に無駄でござりまするぞえ。というのは 「時おり、年齢甲斐もない軽口を叩かっしやるからこれは なあ、たかが女子のことで、そのようにこだわるお方と聞 訓じゃ」 けばいよいよ嫌じゃ」 と、宗室はきまじめに応じた。 「小 , ズ郎・ー・」 「何も女子など、こっちから差し出すことはない。欲しい 「まあ、こんどは怖いお顔になった。その顔の方が、すっ と仰せられたとき黙って出せばよいものを」 「ほう、するとおぬしも小女郎の味方かい。それでは小女と男らしゅうなって見える」 「・も、つ頼むまい」 郎にかけ合おう。なあ小女郎、博多第一の女子 : : : という 「あきらめて下さりまするか。ありがたや : : : 」 こなたが振って帰ってくる。するとわしはこんどはおぬし の代わりを何とゆうて差し出すのじゃ。これは第二の女子聞いている島屋の方がフフッと笑った。 でござりまするとい、つのか : 「島屋、何がおかしい」 「それは、旦那さまのご思案なさること、私は知りませぬ 「いや、おかしいから笑うのではござりませぬ。こなたが そえ」 気の毒になってつい笑うたのじゃ」 「おかっしゃれ ! わしは真剣じゃぞ。よし、では頼むま 小女郎はそういったあとでニッと笑った。 「私は旦那さまのような男が好きじゃ。な、お願いでござ い。その代わり、何でそのように治部さまが嫌になったの か、そのわけだけは聞かせてくれ。これは宗湛後学のため りまする。この家の方で使うて下され」 や、聞いておかねば代わりの者を選 「こ奴、わしをからこうて居る。正直にゆうてな、治部少に知っておきたい。い 輔というお方は、いちど気拙いことが起こるとこだわりのぶめどもっかぬ。これも嫌たとはいうまい。なあ小女郎」 いわれて相手は急に表情を引き緊めた。表情を引きしめ 深いお方じゃ。何の宗湛ひとりがしくじったで済むことな 2

3. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

とうなずいた れぬ」 「よろしい。その事ならば、実はお袖どのからも頼まれて「そのようなことまで、あのおさまい : : : 」 : これはおどのの言葉ではない。淀屋のあて勘 いたところじゃ」 宀疋じゃ 0 ; 、 力とにかくお仙どのは、冶部さまが大切な高台 十 院の存在を無視してござらっしやるが、それを正面からご 注意申上げてもお聞き人れはあるまいゆえ、私を高台院さ 「なに、お袖さまが、淀屋どのに」 : と、」、フい まのお側へご奉公に出しては下さるまいか : 作左衛門はびつくりしてききかえした。 われているのじゃ」 「それは、まことのことでござりまするか」 「ほ、フ、これはおどろきました ! 」 「これはしたり、淀屋常安がなんでこなたを担いだりする 「いや、わしもびつくりした。どうやらお袖どのは、治部 ものか。お袖どのはな、以前から治部さまに足りないもの さまに抱かれているうちに、母の、いになったような」 があるとゆうて案じて居られた」 「母の、いに・ 「なるほど」 「そうじゃ、はじめは小児とうてあしろうていたのであ 「事にあたって鋭すぎるほど鋭い癖に、どうも人情の一占 で見落しが多すぎる。女子は感情に強い厄介なものと決めろう。それが、あれこれと足りぬところを見出すと、じっ として居れぬようになって来る。色恋と見える男女の交り てかかって、その力がどのように大きく働いているものか のうちにはのう、こうした母の心というがだいぶんにある を考えてみようとしない」 ものじゃ。この母の心は、相手の男が足りないと思えば思 「お袖さまが、そのように殿をご批判なされましたので」 うほど愛おしさを増してゆく。神仏は女子をそのように作 淀屋は笑いながら頷いた。 「女子でも、とりわけ愚かでは話にならぬがの、まずまずってあるのじゃな」 普通の女子ならば、 かき抱かれて、内側から見てゆくと男淀屋は話好きの老人にあり勝ちな話そのものを楽しむ様 の値打ちはすっかりわかるものらしい。少し賢い女子な子で、ゆっくりと語り続ける。 、日しこ見えるかも知「そこで、わしはその事を、治部さま直々にではなく、ご ら、男などというものは他愛のない、ノ冫 334

4. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

いきなりお袖のことをいい出されて、こんどは三成が眠淀川筋の諸権益やら米穀売買のことまで、何彼と眼をかげ をみはった。 てきていた淀屋常安に預けるのがいちばんと考えての労り であった。 そのお袖のことを唐突にいい出されてさすがの三成も心 が痛んだ。 「お袖を政所さまのお許へ : 「任せぬものでもないが : : : あの女子を高台院さまのもと 三成のきき返すのを左近は軽くおさえて、 「殿のご決意を知ったうえは、この左近の思案も変わったへ住込ませて何とする気そ」 島左近は微笑したままかぶりを振った。 : 殿は、上杉、毛利の線のお固めにかかられる。それが 「それは、お耳になさらぬ方が : しは、大義名分はひとます措いて、勝利のために全力を傾 けまする。あの女房どののこと、それがしにお一任下され「フーム。しかし、あの女子、他人の意見などでは、たや すく動く女子ではない」 き ( しよ、フ、や」 「その儀は、われらも、い得てござりまする」 三成は、突嗟に即答ができなかった。 「腑に落つればとにかく、納得ならぬとなったら、何程説 大坂屋敷を引払うおりに、お袖はそっと淀屋に預けてき ている。淀屋橋の本宅にあるか、それとも、中之島の土蔵いても無駄であろう。人生の先に死のある事を、はっきり 群か、あるいは川口、堺の支店別邸に運び去られてあるか見つめて自分を通している女子ゆえ」 「そこが、われらの心をそそる所でござりまする。とにか わからなかったが、とにかく、一応事の決着するまで外へ く高台院さまのお側へご奉公あるように、なお細かい言 は出さぬように監視を頼んで托してあるのだ。 お袖の出方しだいで、あるいは座嗷牢ぐらいには入れらこれなる安宅作左衛門の口上で、と、一筆願わしゅう存じ まする」 れているかも知れない。 三成はしばらく考えて、 三成はそのお袖のことは、忘れようとっとめてきた。殺 してはならぬ。もしあのまま放してやったら、家中の者「よかろう」 と、いって、腰から矢立を取りはずした。 が、きっと暗殺するに違いない。そこで、太閤の生前から 318

5. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

こなたも女子じゃなあ」 また小女郎はガリガリと頭の中を引っ掻きまわされたよ 彼女が意地になって、宗湛の申出を断わって来た身代金 うな気がして小首を傾げた。 は、もう三成の手で居稼ぎ屋の手に支払われているという : この回転の早さには ) : それも、女子の贈物など受けたのでは、役儀にさわる ( ついてゆけない : むつ 1 一と という考慮で いったい今の言葉は皮肉か揶揄か睦言か , ーー・・戻らぬもの それがわかった瞬間に、小女郎はぶるぶると全身へ震えと思うていたのに戻って呉れてホッとした : : : そうも取れ るし、その反対にも受取れる。 が走った。他のことが恐ろしかったのではない。 戻らぬと思ったゆえ、身代金を払ってやって、さつばり ( この男は、もしや私を愛しているのでは : : : ) したのに戻って来た。煩らわしいが仕方がない。こなたも そう思うと、憎まねばならぬと思いつめて戻っているだ 女子 : : : 手をつけられると忘れられまい : : : そんな意味で ふしぎな戦慄が身内を走った。 「わしはこなたに手を付けた。治部はどの者が手をつけたあったとしたら、何と腹立たしく憎態な言葉であろう。 : とは、何の意味か ) 女子を、遊女のままではさし置けまい」 ( いい気になるな : たしかに小女郎は、昨夜一度身を任せた。それも、病気 「まあ : : : 」 「おどろくな。わしは遊女と色恋の楽しめるほど暇のあるがあるか無いかと念を押され、そのあとで、うんざりする ほど几帳面な長談義を聞かされて : カプキ者ではないわ」 カくべっ後に思いの残るものでは むろんその交わりは、、 「ほんに : : : 殿は太閤さまのご代官さま」 なかった。横柄な、いかにも御用を仰せつけられたという 「お袖か : ・ : 妙な名じゃな」 「はい。でも小女郎と呼ばれるのはいやでござりまする」感じの、他人同志の挨拶だった。 その相手が、今日はまた何というテキパキと冴えきった 「お袖でよかろう。お袖」 迫力を見せて来るのであろう : ・ し」 そこまで考えて小女郎はいちどに体が熱くなった。呼名 「いい気になるなよ。わしはこなたが、もう戻らぬものと お袖に変わっても、性根を変えてはならないのだ。 思うて伏見屋を呼んだのだ。それをこなたは戻って来た。 9

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: その他は、上方河内どの、大野修理どのなどの由なれ「はい。何かご不審があったら、どのようにでもお間いた だし一され」 ば、これは、あるいは事実やも知れませぬ。が前田さ ま、浅野さまなどが、そう易々と内府謀殺などの事をお考「お許のお話が、ことごとく真実だったとして、その内府 えなさるはすはない : : と、すれば、これは何者かが、内と前田、浅野のご両家の間を裂こうとしている陰謀人は誰 府の身辺に疑惑の雲を湧き立たせ、両者を引離すばかりででござろうな」 なく何か騒動を誘発させようと企んでいるもの・ : これ「それはいわすと知れた石田治部少輔で」 は、決して光悦の架空に描いた想像ではござりませぬ。そ光悦はキッパリといってのけた。 「その証拠が、他にも一つでござりまする。というのは、 う無ければそうした噂が奉行衆から淀屋、淀屋からわれら の耳などに伝わって来る道理はない : : : それで、光悦、あ博多の柳町から同道され、厳重に監禁されていた遊女があ がりの側女が、つい最近、いずれかへ連れ去られて行方が わててお願いに出たのでござりまする」 「フーム。お許のお話を伺うと、なるほどそのようなとこ知れませぬ」 ろかも知れぬ。して、われらに願いとは : 四 「この事、早速内府のお耳に人れさせられ、もし前田さま 、ハッキリと物事を割切って、断定 にご疑念が残るとあれば、この光悦を、内々で肥前守さま何のような場合にも の許までお遣わし下さるよう、茶屋どのからお願い申してしてゆくのが光悦のであった。それだけに、年長の茶屋 四郎次郎は、一層用心ぶかくなっている。 頂きたいので : : : 」 「ほう、博多から連れ戻られた女子がのう」 茶屋四郎次郎は、始めて光悦の昻奮しきっているわけを 「いかにも。あの女子は、島屋と神屋で旨をふくめて寄こ 探りあててホッとした。 したもの : : : その女子をいずれかへ連れ去ったということ 光悦はこの噂によって前田家が内府からあらぬ疑いを招 は、役宅明渡しの必要からやむを得ぬ処置 : : : と、考えれ くことを恐れているのだ。 「ようわかりました。なるほどこれはお耳に入れねばならば考えられぬこともござりませぬ。が、そのおりにも行先 けは必すこの光悦に知らせる約東 : : : その約東を女子の ぬ : : : したが光悦どの」 266

7. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

また、間髪をいれずに答えた。 生きの恐怖を解脱した女 「はい。それが、高台院にお仕え申す私の目的の一つでご それなればこそ博多の神谷と島屋が眼をつけた女子であ つ」 0 ざりまするゆえ」 オところが、三成に伴われて上洛してから、この女か そうたん 「なに、目的の一つ : らの情報はとだえたという神谷宗湛の話であった。 「はい。それがすべてではござりませぬ。まだ他にも一、 「 , ーー・やはり女じゃの。小女郎も、治部さまに惚れてしも 二ござりまする」 、フたらしい」 「といわっしやると、こなたは、もしや高台院さまを宗湛が苦笑しながら洩らしていたと、九州へ磨ぎに廻っ て帰った弟子の山陽がいっていた。 はい。刺せとのご内命も受けて参ってござりまする」 もし宗湛たちの眼がねに狂いが無ければ、この女は、高 お袖は悪びれずにいって眼を細めた。 台院を刺す代りに、三成を刺さねばならぬ女子のはすだっ たのに・ : 「そうか、そんな命も受けていたのか」 光悦は、相手の気力の凄まじさに気をのまれて、一瞬呼「光悦さま、お袖は妙な女子でござりまするなあ」 吸をつめて戦慄した。 「妙ではない : : と 7 も、いい切、れ、まいの、つ」 ( この女が、刺客として高台院のお側に入り込んでいる 「はじめお袖は、戦を呪うて治部さまを刺す気でいました」 「それがのう : まさかと思って、半ばはなぶる気持で問いかけていった 「惚れたのではござりませぬ」 のに、相手は平然としてそれを白状した。 「惚れなかった : : : のでもあるまいて」 おび もともと人生に怖えたり媚びたりして生きようとしてい : これも、惚れたうちかも知れませぬなあ」 ほんろう る女ではないと見抜いていた。過去の生き方の惨烈さが、 光はいよいよ自分がお袖の心気の働くままに翻弄され この女を無限の虚無に引入れている。 そうな危機を感じて、あわてて話題を変えていった。 何を仕出かすかわからぬ女。 「人の心は微妙なものでの。相手の発する、眼に見えない けだっ のろ 366

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「はい。石田治部さまに伴なわれて参ったお袖でござりま家康は上杉景勝が上坂しないばかりでなく、着々軍備を ととのえ、浪人を雇入れているというので、出兵を決意し する」 女はそういうと、もう一度なっかしさをあらわに見せてている。ところが、増田長盛、長束正家、中村一氏、堀尾 吉晴、生駒親正の五人は、今はその時機ではないとして、 笑っていた。 連署で思いとどまらせようと運動中 : 「あの節は、いろいろとご厄介をおかけ申しました」 しかし家康はきき入れまいというのが噂の中心であっ 「そうだ ! やつばり小女郎 : : : ではない、お袖どのじゃ。 したが、こなたがなぜ今は : と、いいかけてあわてて光悦は言葉を切り、あわただし そうした時に、家康側と世間で見ている高台院に、三成 く眼の前の茶碗とお袖を見比べた。 の伽をしていた女子が仕えている : : : というのがすでに二 おおぐろ 茶碗は長次郎の特徴のヘラ跡のくつきりと出ている大黒重にも三重にもいぶかしい。 「これはただ事ではない ! 」 で、大した難点もない代わりに、さして珍らしいというほ どのできばえとも見えなかった。 そう思って問いかける言葉のつぎ穂をさがし求めている 光に、お袖はさりげなくいった。 「この茶碗を、この女に持たして寄こす : : : 」 「光悦さま、高台院さまは、この今焼茶碗より、持参して 光悦はギクリと、そこで一つの事に思い当った。 この茶碗を持たしてやるほどに、 この女子をよう見ゆく、女子の心をさぐれというのでござりましよう」 てたもれ」 高台院の声が耳朶を打って聞えて来るような気がしたの 光悦はそっと茶碗を膝許においた。 「これはおどろきました ! 」 女の方ではすでに自分のこころの動きを察している : 光悦ははじめて肱をおとして茶碗は取ったが、お袖からそう思うと、光悦の気性もまた、はげしい闘志を呼びさま 眼は離さなかった。 されずにいられなかった。 世間はいま上杉征伐の噂でごった返している。 「これはようおわかりのようで。そう、茶碗よりも、こな 364

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お袖はちょっと冷たい眼になって、 三成の顔色は再び硬く白くなった。 「それは、殿がようご存知のはずでござりまする」 ( この女は、何も彼も見抜いているのではあるまいか : : : ) むろん、城内の諸侯の詰所へは、それぞれ人を配してお「こなたは、国許へ参れと申したな」 「はい。その他にもう一カ所、御城内の淀の君さまのお手 いた。恐らく、どの詰所で、どのような事が語られたか ッⅱ・ は、下城の時刻までにはことごとく報告が来るであろう。 「待て ! 待てお袖、なるほど淀の君さまのお手許ならば 問題はその空気しだいで決する : : : と、秘かに思いめぐら したが、国許へはどうして参るぞ。伏見ま している三成だった。 手は届くまい しかも、その後の動きは文字どおり「天機洩らすべからでは辛うじて引揚げ得ても、それから先はすべて敵 : : : 近 ず : : : 」で、増田長盛どころか、家の子たちはむろんのこ江への路は固く塞がれてゆくであろうが」 三成が探るようにそこまでいうと、お袖はこんどは、蓬 と、小西行長にも宇喜多秀家にもさとられないように苦心 葉な声で笑い出した。 し、秘匿してきているところであった。 「お袖、そなたは恐ろしい女子じゃ」 四 「え何と仰せられました」 : それからあとは仰せられまするな」 「わしの周囲に、こなたほど底深く、人生の奥を覗いて居「もうよい : お袖は軽くさ一えぎって、 るものは居らぬとい、つことじゃ」 「それゆえ、まだ私にはお暇は下さりませぬ」 「では、やつばりお服は下されませぬなあ」 あっさりと割り切られると、三成は急き込まずにいられ 「いや、も、つやってもよい : : こなたはわしの不為めには よ、つこ 0 ならぬ女子 こなた、わしの心も覗いたな」 「お袖 ! と、いって三成は微笑と吐息を一緒に洩らした。 「十 5 、 0 ~ しこれは、近ごろの殿の落ち着きぶりから読み取れ 「こなた、わしに難を避けよとゆうたが、若し主計頭以下 がこの邸を襲うて来るものとして : : : いったいわしが難をること。ご心配ならばお斬りなされませ」 「ふーむ。怖ろしい女子じゃ」 避ける場所がどこにあると申すのじゃ」 240

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一気に押し返しながら、 ばしば理非を越えた怒りになってハネ返って来るものだっ ( これが、この人を孤独にしてゆく原因らしい ) と、秘かに思った。 気づまりな沈黙がしばらく続いた。恐らく三成は、お袖 「殿は昨夜、ご自分で、何と寝言を仰せられたかご存知での思案の何れにあるかということから、その成敗や処分ま ござりまするか」 でを用心深く考えめぐらしているのに違いない。 「なに、わしが、寝一一一口を洩らしたと」 とっぜん三成は笑いだした。低い自嘲に似た笑いで、笑 「あい。必死で助けを求めて居られた : : : 誰に追いかけら いと一緒に右手がお袖の肩にかかった。 れていたのでござりまする」 「なるほどそなたは、面白い女子よのう」 えぐ お袖の間いは三成の肺腑を深く剔ったらしい。一瞬、三 「面白くはござりませぬ。こうしてこの地までお供をして 成の唇は紙のように蒼ざめた。 いるうちに、殿が、哀れなお方に想えてならなくなったの 「私には、殿のお心はのそけませぬ。が、五体のお疲れは でごギ、りまする」 わかりまする。今のままでは遠からず : : : 」 それはお袖の本心だった : お袖はいいながら三成の膝ににじり寄り、 「殿ほどのお方が、私のような、無力な女子ひとりを抱き とれませぬか。いいえ、若し大事を洩らしたとて、あとで 三成はもう一度低く笑った。 斬り捨てても済む女子を : : : 今のように張りつめた心のま 「そうか、わしは哀れな男か」 「キ、 0 まではいましよう」 。しこの世のことが思うままにならぬとゆうて、それ しかし三成は答えようとしなかった。警戒と狼狽のいりは誰がわるいのでもござりませぬ」 でび まじった感情を、どうして押えようかとあせっているのが 「みな、身から出た錆とでも申すのか」 よくわかる。 いいえ、あせらぬこと : : : あせると、わが身ばかりか周 お袖ももう黙っていた。こうした場合、これ以上詰め寄囲の者まできびしく責める。それが地獄になりまする」 っては危険であった。人を許さぬ性根の男の弱点は、し お袖の声にはもう三分の廿えが交っている。大抵の客は 153