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検索対象: 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻
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1. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

わざるや。御遺言を何と心得られる。ご思案を変えられ せぬ」 て、少しも早くご上坂、申開きあって然るべきと存ずる」 「ふーむ。まだまだ領内の整備ができて居らぬからの」 「これが十年か十五年も居すわ 0 た領地ならば、治部を使景勝は眼を細めて楽しむように聞いていた。 うて、天下も取れるところでござりまするが : : : 」 九 「治部を使うて : ・・ : とは ? 」 「いや、使いませぬ。ただ話でござりまする。治部が、も上杉の家中にも、直江兼続のような強硬論者ばかりでは う少し才覚者か、それとも、もう少し愚かであったら面白なかった。大坂留守居の千坂景親も、殊更家康にさからう いことになろ、つ : : と、こう想うてみたまでで、ここで行為は不利を招くであろうゆえ、城普請も浪人の雇入れ : と申し寄せてあったし、こ も、呉々も眼立たぬように : は、殿のなさるべきことは一つでござりまする」 兼続はそういうと、また笑いながら例の手紙を巻いたりの年年賀のため、大坂城へ出ていった老臣の藤田能登守信 吉などは、強硬論は上杉家を潰すことにもなり兼ねないと 解いたりしだしている。 この男にとっては、家康もさして恐ろしい存在ではな諫一言して、そのまま会津へ帰らなかった。 しかし、いまの景勝は兼続を信することが厚く、ほとん く、三成や長盛などは情報蒐集のための水脈ではあって ど彼の意のままに動いている。 も、問題にするに足りない人物らしかった。 その夜主従は、しばらく談笑を交して別れ、使者を引見使者の口上がとぎれてゆくと、景勝は、 「それだけかの」 したのは翌十四日の巳の刻だった。 と、笑いながらきき返した。 伊奈図書は河村長門守を伴って、本丸の大広間で景勝に 対面すると、これもまた眼中に景勝などはないといった気「何と仰せらるる。少しも早くご上坂するよう、その返答 を承りたい ! 」 迫で口上をのべ立てた。 伊奈図書が畳みかけて詰め寄ると、 貴殿はもつばら合戦、籠城のお支度をなされてある 由、世上の取沙汰しきりなるが、これは何たること ! 太「ではご返答申そうかの。わしから内府へかくべつ手紙を 閤さまのご恩を蒙りたる御身として、もったい無しとは思書くほどの事でもない。よって返答は口上だけに致そうほ 3 3

2. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

来、罪業のほどが恐ろしいのでござりましよう。でも、こ 利家は、血走った曝を見開いて、しばらく阿松を睨みつ こにこれ : : : 」 づける。 阿松は、良人のために縫いあげてあった経帷子を取り出何かいおうとして舌が動かぬ風にも見えたし、いおうと して、利家の眼先で振ってみせた。 することが頭の中でまとまらぬようにも見えた。 「これ、この帷子をお着せ申して棺へお納め申せば、きっ 「さ、気を落ち着けて、何なりと仰せられませ」 と極楽浄土へ赴けましよう。お心静かに唱名なされて下さ 阿松はもう一度耳許でささやいて、そっとその手から脇 . り・きせ」 差を取ろうとした。 それを聞くと、利家は裂けそうな眼をして阿松を睨み返瀕死の重病人に刃物は不要だった。もし誤って鞘走りで もしては阿松自身も怪我する。ところが、利家は阿松の手 咳は止んでいた。しかし、両の唇尻からドス黒い吐血がが脇差にふれると同時に、電撃に打たれたような激しさで 糸をひき、絶え絶えに息する肩の動きが、ゾーツと全身をその手をふり払った。 し 総毛立たせた。 「さわるなツ , し : : : 新藤五国光に」 ( 夢を見ているのではない : 「まあ、この期に及んで刀など : : : 何となさるのでござり 阿松がそれを悟ったのは、その一瞬の凝視のあとであっ まする」 : し : : : 新藤五は、こ : ( 最後に、何かいおうとしているのだ ! ) 「それならば、どこどこまでも持たせてやりましようほど 「もし、何となされたのでござりまする。何をおっしやり に、ひとまず離して、お休みなされては」 たいのでござりまする」 「む : : : む・ : : ・ ~ 念じゃ」 阿松はあわてて唇辺の吐血を拭いてやり、それか、い頬ず「え何と、何とおっしやりました」 りするように耳ヘロをつけて呼びかけた。 「無念じゃ ! む・ : ・ : む : : : むねん : : : 」 阿松はギョッとして、思わず一膝あとすさった。 こんどは吐血ではなかった。わずかに残っている前歯が 五 きよ、つかたびら : この利家の、魂だった ! 」 232

3. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

れましたか」 「お袖さまは : ・・ : そ・・・・ : そ・・・・ : それでも、高台院さまは敵 作左衛門はドキリとした。 ではないとお思いで : : : ? 」 ( これは言葉に気をつけねば : : : ) 「安宅さま、こなた様は、何か迷うておいでのようす 「お袖さま、殿のお考えより先に、この作左の考えを申上じゃ」 げまするが、お許し下されましようか」 「その方が、よいとお考えならば : : : 」 「思うことを別につつんで、思わぬことを口にする。それ 「この作左の見たところ、高台院さまは、すでに殿の敵にではご自分もお疲れなさろうが、私も困るばかりです」 「な : お廻りなされたと思いまする」 : なるほど」 「その理由は ? 」 「あれこれと思い迷わず、思うことをゆうて下され。私も 「加賀のご後室まで動かして、前田さまご兄弟に殿のお味気楽にお答え致しますゆえ」 方をせぬようにお取計らいなされた、その証拠を見たから ( もう完全に手の内を見られている : : : ) でござりまする」 そう思うと、安宅作左衛門も居直るよりほかになかっ 3 お袖は格別それにさからわなかった。こくりと静かに頷た。 「これは心外なお言葉、私よ、、 をしまあなた様に、高台院を いて、つぎの作左の言葉を待っ姿勢であった。 敵と思うか、味方と思うか、それをお訊ね申しているので 十三 ござりまする」 作左衛門は腋の下からタラタラと汗が滴りだした。高台「それならばこうお答え申しましよう。私は高台院さまは 院は殿の敵 : : : そういえば、当然相手はその言葉につられ知りませぬ。が、殿のことならば存じています。もう少し て何かいい出すものと予期していた。 殿のお役に立とうと思うて、高台院さまのお側へと、申出 たのでござりまする」 ところが、その通り : : という意味であろう、軽く頷い ただけで何もいわない。そうなると、作左の思考も口を塞「といわっしやると、お側にあって、いろいろ殿のために 情報を取ろうといわっしやる」 がれ、何をいってよいのかわからなくなって来る。

4. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

しかし、一口すすってしまっても話しかけなけれに、楫手「ば : : : ? 」 「そうとも。ただ芽出度いなどとは女子供の口癖じゃ 0 よ の孤独を傍観している冷い妻になってゆく。 阿松の方は、そうした手ごころを、もう知り尽しているい年をした者の申すことか」 すると、わらわはもう女子ではござりませぬか」 妻であった。 「若君さまのご機嫌は ? およろこびなされておわしたこ「余計なことを申すな。もはや大体高麗の陣払いは終った ゆえ、元日に移ってはと申したところ、内府が、その決定 とであろう」 ~ 、冫部が戻ってからにといわっしやる。それゆえ、わしは 「そのことよ。今日も加賀の祖父は、なぜ五日も来なんだ 怒って決めて来たのじゃ。治部はいったい何者ぞと : のかとおむすかりであった」 「亠ま ~ めー・」 「おいたわしゃ。そのようにお慕い遊ばすとは : 「そうであろう。もともと治部を好かぬ内府 : : : その内府 「たわけめ ! 」 か何彼といえば冾部をはばかるよ、つな ~ 事をいわっしやる。 「は : ・・ : 何と 4 わっしや、りふ工した」 「たわけだと申したのじゃ。子供が慕うはわしだけではな治部も治部で、毎日のようにわしの許へ博多から、わしの耳 だけには入れおくなどと使者を寄こしておきながら : : : 」 家康も同じように慕うて居るわ。子供というはな、遊 そこまでいって、利家は思い出したように舌打した。 び相手になって呉れる者をよろこんで慕うものじゃ」 「治部めはなあ、汕断のならぬ痴れ者じゃぞ」 「やれやれ、又叱られた」 「ほ、つ、何、つしてでござりまする」 阿松の方はさりげなく、 「太閤殿下が、お亡くなりなされた朝、世間へは内証なが 「それで、大坂にお移りなさる日取りはお決りでごぎりま するか」 ら、わしだけにはお知らせ申すと、暗いうちにやって来た 「決った。正月一日 : : これは、わしの方から決めて来た 「それが、お心に添いませぬか」 のだ」 「お元日に : : : それはそれはお芽出度うござりまする」 「たわけめ ! わしだけといったその足で、家康のもとへ 「芽出度いことはない ! 」 も、同じことをいって参っているのじゃ、内府と話し合う 115

5. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

ったことゆえ、ご存分にご処分なされてもよし、かくべっ いて家康と七将の掛合いになりかねない。 そうなったら、果して家康が激昻している七将を説き伏上様にご異存はござるまいかと存じまする」 口カカってくる 三成はぐっと詰った。いや詰る以前にすでに怒っては負 せ得るや否や、その一事に三成の運命よ、、 : とハッキリわかっていながら、どうする術もなかっ 若し七将の主張に押されて、家康が三成を彼らの手に引 渡したら、それは猛獣に小児を投げ与えるようなものであたのだ。 「では、七将が参られましたら、これへご案内申しますれ 「治部どの、これはどこまでもわれらの老婆心でござりま ば、ここでご談判下さりまするよ、つ」 するが、この期に及んで島津どのの事など上様には申さぬ ( しまった ! ) 方が宜しゅうござりましようて : : : それよりも、窮鳥ふと 三成は、前後を忘れた。カーツと全身が熱くなり、それ ころに入れば猟師もこれを討たすとか、ここではとにかく から総身に水を浴びたような海恨に襲われた。 上様に嘆願なされて、ご助勢を仰がれるが第一と存じます「待てツ、待たれよ佐渡どの」 るがなあ : : : 」 「はい。何でござりましよ、つ」 ・ : 黙られよ ! 」 「三成の言葉も足らなんだ。ここで、七将と会う気はない」 「は、何と、仰せなさりました」 「それでは、上様に縋られまするか。いや、お縋りなされ 「佐渡どの ! 窮鳥とは、誰に向って申されたそ」 たとて、それで無事にこの危機を切りぬけ得るや否や、そ ぞくり 「ほう、これは誰もが知っている俗俚、それがそのように こまではこの老骨にもわかり兼ねまする : : : それほどこれ お気にさわりまするか」 は、ご貴殿自身で引起こされた、困ったご難儀で : : : 」 「ぶ : : : 無礼であろう ! 三成は、七将の狼藉を、内府と 計ってどう罰するか : : : それを相談に参ったのじゃ」 「それは、ご念の入りましたことで」 一瞬三成は唇をかんで眼を閉じた。 本多佐渡はいぜん淡々とした表情で、 本多佐渡にそのまま掴みかかって引裂いてやりたかった 「それならばわざわざお出で下さらずとも、大坂表で起こが、ここではもはや佐渡は太刀も鉄砲もはねかえす巨岩に 254

6. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

( 何か悩んでおわすのだ : 「ご来客は、どなた様でござりまする」 そして、その相手が「兵法者ーー」とあれば、それは、 顔見知り : : : というよりも、互いに、いを許しあっている 板倉勝重に訊ねてみると、勝重は微かに首を振って答えいずれ戦にかかわりある悩みか惑いに違いない。 ( すると、光悦が申したように、石田どのの動きについ 「わからぬ。兵法の達人とか申す、大和の柳生の里の年寄て、上様ももはや気付いておわすかも知れない ) 小半刻ほどして、わざわざ本多正信が、茶屋を迎えに奥 . り・とお山・じゃ」 の控えにやって来た。 「柳生の里 : 以前には、茶屋は正信を余り好きではなかった。光悦を 「そうじゃ。相当のすねものらしく、石舟斎などと名乗っ ている。石の舟ゆえ、今の世に浮ぶおりはないという意想わすような才気で、しかもその才気は何か策謀の匂いが むわ上し じゃそうな。たしか本名は柳生宗厳とか申した。ムネは大濃く、不純な肚黒さが感じられるからであった。 ところが、その陰気なかげを正信は次第に身辺から消し 宗の宗、よしはきびしいと書く」 ていった。それを茶屋は年齢による円熟ばかりで無く、家 「柳生宗厳 : : : そのお方は、どんな手蔓で上様と ? 」 「上様の方から、兵法の真義を教わるのだと申しての、わ康の人柄の感化によるものと思っている。 ざわざお招きなされ、例の天海との折のように、師礼をと「茶屋どの、さ、お通り下され、大事な問答は済んだよう での、こなたに、上様から引き合わせたいご仁があるそう られておわす。まるで嬰児のような純真さでの」 「では、時々また、叱られておわしまするか」 「そのご仁とは、上様が改めてお持ちなされた兵法の師で 「その事よ。全く何そ教えを乞うとなると、素直な赤子に おなりなさる。われ等にとっては魂のすくむほど怖い上様ござりまするか」 はか 「その事よ。この佐渡もっくづく上様に頭が下がった。あ がの : : : 様はどのお方になると、われ等には量られぬ妙 のお年で、あのご身分で。よいかの茶屋どの、一芸に秀で なところがおわすものじゃ」 茶屋四郎次郎には、そうした折の、家康の心境が幾分はた者と見ると、七日間にわたって、まるで手習子のような 敬虔さでお教えを乞うてゆかれた」 わかる気がした。 こ 0 271

7. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

を、清正と清正の前の膳に吸い寄せるには充分だった。 お袖は清正の激した感情が、たまりかねて膳にうごいた と、清正は、泣いているような声で笑った。 ものと察した。 「お身は国に居って、何ごともわかるまい」 清正もその小さな高音にはおどろいたらしい。きちんと「何と」 膝に両手を据え直してから、 「いや、いや : : : お身は諸公を招いて、どのように盛大な 「治部どの」 茶席を設くることも出来るであろう。が、われ等は外征す と、低い声で呼びかけた。さすがに声は震えてはいなかること七年間じゃ」 つつ ) 0 「それゆえ、礼を尽そうと申したそ」 「どうかなされてか主計頭」 「将兵も領民も全く疲れ果てての、茶もなければ酒もない 「前田大納言が、若君のおもり役と承って安堵は致したも : それゆえ、わしは、粟粥でも炊いてお身たちをご馳走 のの、われ等は仮りに来秋お許に招かれたとて、そのお返するより他にはないということじゃ」 しは出来申さぬそ」 そういうと、清正はそのまま膳の上の椀を取って、ゆっ 1 くりと蓋をはねた。 「 4 わ一﨤し : : : とは ? 」 「お身は先刻、都で大茶会を開いて、われ等を歓待すると ( どうやらこれで、この人の感情は納まったらしい ) いわれた : と、袖は田いった。 お袖は危く勝茂へ差出す膳をとり落としそうになった。 が、今度は、おさまらないのは三成の表情だった。三成 は刺すような眼をして、じっと清正を睨みつけている。 三成よりも一つ若いはずの清正ながら、その声も言葉も次 かって伏見の地震のおりに「あの、わんさん者かッ ! 」 第に息子を叱りつけている父親のような激しさを加えてく る。 と、吐き捨てるように三成を罵った清正の憎悪は、秀吉没 後の今もなお胸の奥ではげしくくすぶり続けているらし 「しかにも申したが : : : それがどうかされてか」 三成も負けてはいなかった。小さな体を立て直すように して鋭い声で問い返した。 秀吉の執政を気取っている三成にとっては、今日の挨拶

8. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

らであろう。 憂 いやいや、これは場所柄をわきまえぬことを申しま 「お笑いなさるところを見ると、やはりご存知なかったよした。お聞き捨て願わしゅう」 、つで」 そういってから三成はうやうやしく一礼しこ。 淀の君はまた笑った。何か楽しそうでさえあった。 「それがしも、まだ式場に用がござりますれば」 : としてならとにかく、ほん気でそのようなこ十分に相手の心の動いたのを察しておいて立ちあがっ 「戯れ言 : と、殿下がお考えなさるはすはない」 「それがござりましたので」 「お待ちなされ治部どの」 三成は探るような微笑を見せて、 「いや、いまの事ならばお聞き捨てを」 三成はそのまま袴をおさえて客殿を出てゆきながら、改 : このお二人のうちいずれかにご遺一言 「大納言か内府か : で決めておこうとなされた事がござりまする。さすれば若めて自分の変化に舌を捲く想いであった。 ( これで、わが身もひとかどの悪党ぞ : : : ) 君はそのお方の養子となる : : : そうなればご生母さまは、 以前は真ッ正直に思い詰め、まっ正直に近づく者を叱り 内側から必ず良人を動かして、約東を履行させずにはおか ないお方 : : : そうお考えなされたのに違いござりませぬ」 つけた。それゆえ思わぬ敵も作り、傲岸な男と必要以上に 「ホホ : : もう止して下され治部どの。いくら殿下でも、反感を持たれてきたのだが、目的を一つに凝集してみる と、すべてが嘘のように気楽であった。 そのように死後のことまでわらわに指図はならぬはず」 「それゆえ、苦しんでおわしたと申し上げました。こよな ( ははあ、家康めがこれなのだな : くご生母を愛しておわしましたゆえ。いや、現に、そのご 小走りに本堂への廊下を渡ってゆきながら三成は、膝を 心配も的中しかけて居る : : : とは、お思いになりませぬたたいてうなすいた。 力」 家康の目的はいまや全く「天下の奪取・・・・・ーー」にある。そ 「何といわれまする。では誰そ若君を : : : 」 れゆえ悪を悪と思わず、策謀を策謀と思わぬ冷静な一匹の 「と、ハッキリは申せませぬが、大納言はあのとおりご病鬼になりきっている。 身ゆえ別として、大名どもはみなみな内府の気色に一喜一 ( その家康の闘う資格が、ようやく三成の身についたそ ! ) こ 0 209

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「私めも、ご信用はごギ、りませぬか」 い何時国の政務を取ればよいのか。政務を取れば逆心と 「無いのう、かかる連中は、堀秀治のいうことなどを信じ は、いったい誰が申す事か。まことに不思議千万のことと 。、つこ、彼らは徳Ⅱ家の忠臣 て、主君を誤る徒輩であるしオし一 書いてある」 か ? 佞臣か ? この一点ご一考ありたいと書いてある。 「なるほど。たしかにその通りで」 どうじゃな佐渡、そちは佞臣か、忠臣か ? 」 本多正信も神妙な表情で合槌を打った。 いわれて本多佐渡は小鬢を掻いて苦笑した。 「すると、これは上様の方がご無理を申しているわけで」 「やれやれ、ご器量人の上様に仕えていると、家来どもは 「その通りじゃ」家康は軽くうなずいて、 きしようもん 「第三には、景勝は起請文は書き飽いたとある。何枚差上浮ばれませぬもので」 そして、家康が笑いながら投げてやる手紙を、こんどは げても信じて貰えぬ起請文など差出す気は毛頭ない。つぎ に、景勝は太閤さま以来律義な男で、今に至っても律義で正信が受取って、うやうやしく頂いてから読みだした。 ある。その辺の男共とは違うと書いてあるそ」 十二 「ははあ、その辺の男共 : : : と申しますると、それは上様 のことでござりましよ、つなあ」 伊奈図書の前へ、 「その方も後学のために読んでおくがよい」 「そうであろうな。そのつぎには景勝に逆心があるなど と、讒者の言葉だけを信じて、讒者を糾明しない内府は不兼続の手紙がまわってきたのは、本多正信が、おかしい ほどうやうやしい様子で読み終わってからであった。 公平きわまるものだと書いてある」 「フーム。、こもっともで」 手紙を手にして、図書は全身が引きしまった。これはど 「そのつぎじゃよ佐渡、思い切ったことを申して居るぞ。放胆な、しかし、これほど文辞を飾らぬ内容の手紙を見た 加賀の肥前どのの事が無事に落着致したとは、内府のご威事がなかった。 自分の主君を「若輩ーーー」と呼ぶ兼続は、家康もまた眼 光は大したものじゃとわしを冷かして居る。そして、増田 や大谷は政務にあすかる者ゆえ用があれば連絡も致そう中にないといった書きぶりだった。 上洛延引の理由は、武備のためだといい切り、上方武士 が、原や本多佐渡には用はないと書いてある」 ねいしん 357

10. 徳川家康 11 日蝕月蝕の巻軍荼利の巻

「よ、。韭日り・のよすがに、、 こだ、皮女は、狭い量見で三成のいうがままになってい 、こギトります・る」 るのではないと、その事を高台院に訴えたかったのに違い 「ふーむ。それも風流な 光悦は大きく呻いて、ちらりとまた高台院を見やった。 高台院の方でもどうやらそれは吾った様子であった。ロ 高台院は果してお袖の願いの裏に気付いたのかどうか ? ではきびしく、差出口を戒めながら、眸は反対に、一 悪戯す お袖はもう戦は避けられないと踏んでいる。そして、そきの少女のような光をおびだしている。 の戦を小さく納めるには、毛利一族の動きを、この戦の圏「金吾どのへの差出口など思いも寄らぬ。それゆえ、この 外に立たせるより他にないと見ているらしい。 茶碗を継いだとて、これはお袖には遣わさぬ。その事だけ したがって、茶碗に事よせて、自分の意志がどこにあるははっきりとしたようじゃ。なあお袖 : 」 し」 かを訴えようと苦心しているのに違いない : : : そう思った 寺に、高台院はあっさりといってのけた。 「それゆえ、茶碗はやつばりわらわの手許へ置きましょ 「こなた、金吾どのに会うて、治部には味方するなと話すう」 気じゃの。でも、それはこなたに任されぬ。わらわでさえ 高台院は唇辺に微笑をうかべたままで、 も慎んでロには出さずにいる事じゃ。毛利家には輝元どの 「のう光悦、これは、このまま暫く継がすにおきましょ そ・つしゅ という立派な一族の宗主がおわす : : : そのご一族の足並をう」 みだすような差出口など思いも寄らぬ」 光は解しかねて首を傾げた。 光悦は息をのんでじっと二人を見詰めている。 「継がず・におくが、宜しゅ、つ 1 」ギ、りまするか ? ・」 お袖の唇へしだいに血のいろがよみがえった。 「そうじゃ、誰が袖・ : と、こなたが命名してくれたら、 わらわの眼には、急にこの茶碗が、お袖のような気がして 十二 きました。似ている名からのことであろう」 「なるほど、茶碗がそのままお袖どの」 お袖はかくべっ秀秋訪間にこだわる気はないのだ : と、光悦は見てとった。 「どうやらお杣の心も、今はあれこ、れ思い迷うて割れてい しま一度お訪ね申して見とう 378