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検索対象: 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻
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1. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

藤田能登守の上杉家からの退散には、、 しくぶんの疑念は そこでちょっと葉言を切って、いよいよ真剣に身を乗り 持っていた家康だっこ。 出している永井直勝と板倉勝重へ視線を移した。 家康もかって、石川数正を、秘密のうちに秀吉のふとこ 「むろんわたしは、東西双方に敵を受けたおりには、まず はたん ろに送り込んで、それとなく両家の間の破綻を取りつくろ総力をあげて景勝をたたき、あとを伊達と蒲生に任せて西 わせたことがある。 へ向うつもりであった : : ところが、いま、叩いて呉れる な、叩くに及ばぬと能登はいう : : いうからには能登に何 ( すると、能登も数正に似た思惑で、主家を離れて来てい るのではなかろうか : ぞ思案があろうと思うが、どうじゃな両人、これは能登ど とにかく彼の言葉が事実ならば、直江兼続と石田三成とのに聞いておいたがよいと思うが、聞くと却って邪魔にな いう当代屈指の策謀家の間には、心底からの提携はあり得ると思うか。その方たちにも思案があろう。ゅうて見よ」 ないとい、フことになる : 藤田能登守はこの一言でギクリとなった。恐らくそれが 何れも相手を利用する気で、互いの賭け目に張っている家康の本心であろうと思えるからであった。 ・ : そんな気がしたので、わざと直勝、勝重の両人の前 ( 近ごろの内府は、磐石の自信のうえに胡坐している ) へ、藤田能登守を呼び出してみたのだが、どうやらそれは この自信を身につけると、恐怖も小策弄策もあとを絶っ 全くの的外れでは無さそうであった。 てゆく : : : むろんこれは、身につけようとして容易に身に そ、フなると家康は大胆だっこ。 つくものではなかった。 「そうか。お許は、その気で上杉家を出て来ているのか。 ( 秀吉亡き後の天下は、自分が治めるより他にない : そうなれば、家康も、少しは景勝の見方を変えねばなるま それは透徹した使命観の自覚の上に下された神仏の至上 命令であった。 「というと、内府は、景勝の意志によって、直江山城が動したがって、家康はもう小さな事に必要以上に拘泥した いているとご覧なされておわしましたので」 り、秘密を楽しんだりする筈はない : : : そう見ている藤田 「そうとばかりは思わぬ。が、主従の間は五分と五分、直 能登守にとって、彼の嘆願を聞くがよいか、聞くと却って 江兼続の方が、景勝を操っているとも見ておらなんだ」 邪魔になるかというのたから、全身が硬直するのも無理は

2. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

「ありがたく頂戴致しまする」 でも割巧さがごギ、りましたら、たとえお手討ちになろう 続いてこんどは左から長寿院盛淳が、 と、殿を、このような詰らぬ戦場へは立たせなんだでござ りましよう。豊久が愚かなばかりに、殿を石田ずれのロ車「そのお旗頂戴致しとう」 に乗せさせてしもうた : : : その償いにも、羽織たけは頂戴「旗もか」 「はい。おついでに、軍扇も頂けますればなお幸い」 致さねばなりませぬ ! ま、もう暫くお聞き下され。殿は その軍扇は三成が大垣城内で諸将に配った軍扇だった。 討死なさると仰せられる。しかし、われ等の立場は違いま 義弘はもう何も言わなかった。乞わるるままに背の放と する」 軍扇をぬいて盛淳に渡すと、 「どう違うと申すのじゃッ 「よしつ、 ~ 行く一て」 「殿のお覚悟がどうあろうと、豊久や盛淳は、殿を助けて 是が非でも敵中突破を致さねばなりませぬ。もしそれをせ腰に帯していた太刀をすらりと抜いて高くかざした。 一同それにならった。雨あしは次第にまた太くなり、抜 ず、殿を討死させてしもうたら、若殿忠恒公にとって、内 きかざした白刃の林の上へ蕭々と降りそそぐ。 府は不倶戴天の仇 : : : それがもとで後日和議は不調とな ええ ! おう ! 「 4 わ、つー り、御家滅亡なさらぬと誰が保証出来ましようや。ここで 高麗以来の鬨であった。と、同時に、島津勢は三人の 殿を討死させるか、敵中突破を成功させるか、それがその 」を先頭にして、いきなり家康の本陣の先列め まま島津家興亡のわかれみち : : : それゆえその羽織、頂戴「義弘 ざして殺到した。 致さねば、豊久、忠恒公に合わせる顔がござりませぬ」 西軍はもはや殆んど北国街道の北から、伊吹山方面へ追 島津義弘は、はり裂けそうな眼をしてじっと豊久を睨ん い込んだと思っていた東軍の先鋒は思いがけない南へ向け でいたが、 ての逆流に、いきなり二つにわれて道を開いた。 「そうか。そこまで考え居ったか」 びん 小雨の粒を鬢の毛にとまらせて喰い入るように自分を見行手をさえぎっていたのは旗本の酒井、筒井勢だった が、彼等はまたそれが敵か味方かよくわからぬ様子たっ 上げている豊久の前へ、はじめて羽織を脱いで突きつけ 」 0 しよう′ ( 、、 260

3. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

屋さまが、役人と一緒にこの岩屋へも : : : 」 : 自身で自身に引導を渡そうとしているのじゃ」 「さ、それならば伴うたがよい。伴えば褒美となり、捨て相手は、じっと闇の底で動かなくなっていった。三成の おけば発見されて、こなたの一家ばかりか、村中の難儀に 言葉と心が通じかけたものらしい なるぞ」 褒美か それとも村中の難儀か ? 「それゆえ舟でと申上げたのでござりまする ! 」 「それは成らぬ ! 」 三成は急に全身が軽くなった。 三成はもう一度低く叱った。 ( もう生も死もない筈ーー ) 「その方は戦を知らぬ。田中兵部大輔が井ノロまで参って しかし目的はいささかも変える要はなかった。戦場を脱 いるということは、浜手にいつばい舟の用意があるという出して、ここまで来たのは、ただ大坂に近づくため : : : そ ことじゃ。仮りにこなたがその眼をかすめて漕ぎ出すこと して、いまは、その大坂行きを、捕われて行くと決定すれ に成功したとせよ。竹生島をめぐらぬうちに、それ等の兵ばそれでよかったのだ。 船に囲まれて、わしもこなたも捕えられよう。わしはよ それでも充分に死までの観察は続け得られる。それに人 ) ) うもん い。が、こなたはそのため、拷問にかけられようぞ」 目を忍ぶ旅路の経験は、もうこのあたりで充分だった。 「でも : : : そ : : : そ : : : それは、いや、そうなればわしと「最後にこなたに出会うた。三成の人眼を避けての旅は、 て覚悟を決めまする」 豊かな花をつけたそ」 「そして、若しも舅のこと、庄屋のこと、方丈のことなど しかし、その述懐は相手には通じなかった。 みな嗅ぎつけられたら何とするのじゃ。よいか、三成を、 不意に相手は顔を蔽って泣きだした。 こなたの真心に応えさせて呉れ。このように手厳しい警戒「かたじけない。三成のために流して呉れる涙と見た。い が、ここまで及んでいようとは思わず、やって来たのが三よいよ迷いの雲は晴れて、大空を仰いだような清々しさ 成の不覚であった じゃ。こなたが庄屋を呼んで来てもよい。そして、ここで でんべい 庄屋に引渡してもよい。わしは急に田兵に会いたくなった 「では、このようにお願い申しても : : : 」 「褒美にせよ。村の難儀にはして呉れるな。三成は喜んでわ : : : 田兵とゆうても、そなたにはわからぬか。田中兵部 3 つ 4

4. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

こみあげた。もう立てなかったのだ。 して淋しさも味わうまい 「よくぞ先駈けて参った。いかにもその方にこの汽進じよ そう思うと、そのためにだけに意地を張って生きて来た いたすら う。さ、討ち取って高名致せ」 じらしい悪戯ッ児のような気さえし 自分がたまらなく、い それは決して負け惜しみでも芝居気でもなかった。 しようよ・つ 討たれると決ったおりには従容と相手に手柄させてやる : やったものよのう」 自分で自分にいったとき、堤を破った濁流のような勢いのが、武将の心得でもあり儀礼でもあった。 相手は又一歩うしろへさがった。元忠があまり落着きは で敵が本丸へなだれ込んで来たのがわかった。 らっているので、いよいよ気遅れしたものらしい 「ほう、耳も鳴っていくさるわ。つんば爺め」 ハラバラと生き残った人々が入口の廊下へ走った。 十 と、いきなり反対の入側からおどりあがって、元忠に槍 「なぜ討たぬぞ。この首おぬしに進上しようとゆうている をつけた者がある。 のが聞えぬのか」 「鳥居彦右衛門元忠どのとお見受け申す」 しった 元忠はもう一度叱咤した。 「何者だ、おぬしは」 相手のひるんでいるのが、歯痒くもありいじらしくもあ 元忠は躰をひらいて一喝した。 ったのだ。 「あわてくさるな。名を名乗ってからかかるものじゃ」 「まっ先に駈け入ったはたしかにこなたじゃ。早く致さぬ 「はツ。雑賀孫一郎重朝でござる」 と他人に手柄を奪われようぞ」 「誰の家来じゃ。主人の名から先にいえ」 その声を聞くと、相手は、何を思ったのかいきなり元忠 相手はその問いに気勢をそがれてたじろいだ。 の足許に両手を突いた。 「申遅れてござる。野村肥後守の手の者でござる」 「そうか。わかった。いかにもわしは当城の大将鳥居彦右「そのお言葉もったいなし ! 」 「何と【」 衛門元忠に相違ない」 カほどまで勇猛な : いいながら長刀を杖にして立とうとして、又おかしさが 「雑賀孫一、、 つ」 0 : かほどまでに潔い御大 104

5. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

ラスをおいた。 十八万石に過ぎなかった。 むろん本多正信は、忠吉に皮肉をいったのではない。人「私がご用を承りましようか」 物では決して福島や池田に劣らぬはどの人々がどうして譜 本多正信はロをはさんだ。 代なるがゆえに、三万石、五万石の小禄に甘んじているの「夜中、何ごとでござりましよう ? 」 秀忠はちょっと暫く考えてから、 こと それに忠吉が果して気付いているかどうかと田 5 って口に 「いや、わしが会おう。お許先す、鄭重に客間へご案内申 してみたのだが、まだ忠吉は、そこまで考え及んでいる様しておいて呉れ」 子はなかった。 そういってから、忠吉に向き直って、 実は、そういった本多正信自身、家康父子二代にわたっ 「お千がことであろう、会うて参る」 て執事の重責を果していながら、その所領は上州の八繙で と・さ / 、した ようやく二万二千石にすぎなかった。 家康が、どうしてそれほど味方の忠臣たちに酬いること が少ないのか ? 秀忠は、忠吉にしばらく待っていて呉れるように告げ、 何うしてそれで正信以下の人々が納得してせっせと忠勤相手に、土井利勝を呼んでおいて居間を出た。 を励んでいるのか : そしてきちんと衣服を改めて客間へ出てみると、客間で ( その辺のことに思い至るようになったら、下野さまも一はもう本多佐渡守正信の前に、大蔵の局が、美しい御所人 人前になられるのだが : 形を並べて、何か楽しそうに談笑しているところであっ そう考えていい出してみたのだが、それ以上の説明に入た。 る前に、又新しい訪客のあることが取次がれた。 「これはこれは中納言さま、わざわざお目通りには及びま 「本丸のご母公さまのもとから、大蔵の局がお見えになりせぬと、ただいま佐渡どのまでご辞退を申入れていたとこ き ( した」 ろでござりまする」 小姓にそう取次がれると、秀忠と忠吉は顔を見合せてグ 大蔵の局は、恐縮しながら、しかし晴ればれとした表情 388

6. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

主力で、三成自身もそれに同行しなければなるまい もう一手、伊勢路への大将は毛利秀元 : : : 秀元は、輝元 に実子の秀就が出来るまで世継ぎにあげられていた輝元の 従弟だった。彼は毛利家の世子として二度目の高麗攻めに は、若手ながら総帥として渡韓した経験を持っている。 伊勢路はこの毛利秀元に、吉川広家、安国寺恵瓊、長東 正家、毛利勝永、山崎定勝、中江直澄、松浦久信等をつけ て進ませ、美濃路を行く主力が岐阜城に進出した頃に、こ の秀元に尾張を衝かせる気であった。 「決戦場は、美濃と清洲の間 : : : 」 かって、秀吉と家康が小牧山をはさんで雌雄を争ったそ の近くで、こんどこそ天下わけ目の決戦を : : : そう思う うず と、三成の胸は軽く疼いた。その会戦の総大将は、毛利輝 元と徳川家康。しかし、歴史の主軸を握っているのはどこ までも石田三成自身なのだ : 三成はまたそっと扇の先を清洲で止めて、眼を閉じて静 かに息を吐きだした。 3

7. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

「浮世が意のままになるものか、ならぬものかは互いに知「それが : : : 何となされたのじゃ」 「その、傅役の人選をなされましても : : : ご母公さまが : り尽して来ているわれ等とお身じゃ。ここでは腹蔵なく話 : ご母公さまが、お任せはなさるまいかと存じまする」 合おうぞ : : : 」 家康は次の言葉を呑み込んで、しばらく息をひそめてい し」 「われらも嫡男の三郎信康を、信長公に詰腹切らせられた : と、幾家康にもまるきり想像出来ないことではなかった。嫡男 しっそここで堪忍袋の緒を切ろうか : の信康が、信長に詰腹切らせられなければならなくなった 度も思った。しかしこらえた。何のためにこらえたか : わしが信長公の日本統一を助けなんだら、同じ悲聞が日本原因の中には、その母の築山御前の影響が大半 : : : 平岩親 中〈無限に続くと思うたからじゃ。応仁以来の乱世がのう吉が、どう厳格に育てようとしてみても、母のロ出しで思 : 若君のこととてその例外ではあり得まい。その事は正うままには育て得なかったのだ : 「そうか。淀のお方がロ出しなさるか」 気におわした頃の太閤が、わし以上によくご存知であった 7 「ロ出しの程度 : : : ならばよろしゅうござりまするが、ま 3 筈 : : : したがって、ここでは太閤の正念に従うがわれ等の だ、打物のお稽古も」 っとめじゃ」 「無理もない。母一人、子一人になられたものゆえなあ」 「由・上げ・士しよ、つ」 ようせつ 「はい。鶴松君のご夭折で、いっそう気弱うご心配なされ 片桐且元は、もう真情を吐露して家康の翼の下へ秀頼を おくより他にないと思った。 片桐且元はそこまでいって、自分の頬の濡れているのに 「不肖の眼には、若君さまは、鷹とも鶴とも映りませぬ。 はじめて気附いた。 、、、、ただそのあたりの雀であろう筈もござりませぬ : : : 」 「なるほどの。では、傅役の人選如何によ 0 ては、鷹に育彼の憂えているのは実は、その一点にあ 0 たのだ : 秀頼は格別俊鷹とも見えなかったが、さりとて愚昧な生 つまいものでもあるまい」 「それが : : 」と言いかけて、且元はいきなりその場に両れつきでもなかった。いわば可もなく不可もない十人並み ところが生れたおりの条件と環境が悪かっ の器量らしい。 手を突いた。 っこ 0

8. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

になりさがる : : : そう囁いたといわっしやるのじゃ殿は」 こまめ 「その通りじゃ彦右衛門、このままわしが手を拱いて死ん でみよ。半歳を出ですして、日本国は四分五裂の乱世にな 家康は何となく、ゾーツと背筋が寒くなった。 ( 元忠め、これが今生の別れと 、ハッキリ感じとっているろう。したが、わしは博奕とは思わぬ」 「十分に勝算はあるといわっしやる : : : ? 」 「むろんのことじゃ」 そう思うと、わかっていながらとばけて、問い返さずに 居られなかった。 「それならば、なおさら、この城は、わし一人で沢山でご 「そち一人で、この城の守備ができるというのか。その躰ざりまする。内藤弥次右衛門と主殿助はお連れなされま せ。ここにおいては、わしと一緒に死ぬばかりじゃ。この 「殿 ! 」 大事なおりに、それでは惜しい ! 」 「なんじゃ。思い詰めた顔つきで」 心の底から滲み出るようにいわれて、さすがの家康もぐ 「よさか、それは、。 こ本、いではござりますまいなあ」 っと胸が切なくなった。 「本心でないとは 「彦右衛門 ! 」 し」 元忠は語気が凄みすぎたと思ったのであろう軽く笑っ 「そちは、わしが出てゆけば、この城はいずれ大軍で囲ま て、 れると見るのじゃな」 「殿のご生涯で、二度目のこれは大博奕じゃ。一度は三方「殿じゃとて、それはよう知ってのうえじゃ。眼の中に書 いて′」ギ、る」 ヶ原のおり : : : あの折には若さが打たせた大博奕、こんど 「そこまで見抜かれてあるのでは隠すまい。いかにも、こ は天下を治め切れるかどうかのすべてを賭けた大博奕 : ・ の城はまっ先に囲まれよう」 筋が通っているゆえ、決してお止めは致しませぬ」 「フーム。大博奕と見るか彦右衛門は」 「そのあとはいわっしやるな。この彦右衛門元忠、三河武 「神仏が、やって見よ。そなたがやらねば、ふたたび戦国士とはかかる者ぞと、死んで敵を震えあがらせずにおくも

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倉勝重は、ずっと彼を保護して来ていたものらしい 「ふーむ。相変らず思うことをずばずばと申すわ。ところ 永井直勝が、全身に冷汗を覚えたのはそのためだった。 で、こなたはなぜ景勝が許を離れても、家康に仕えたいと やがて板倉勝重は藤田能登守を伴って家康の前へ戻って思うたのじゃ」 来た。ご城内にとめおく筈はないのだからたぶん勝重が、 直勝も勝重も、じっと能登守の無造作な発言に全神経を 家康に会わせるつもりで連れて来ていたのに違いない。 あつめている。 意外なことに家康は、能登守を見ると、おだやかにさし 「これは恐れ入ったお間いかレ ナ : : : 刀商の店へ太刀を買い 刀ロ、つ」 0 上イ・し学 / に参って、名刀と不出来な刀とを見せられたのでは、誰で 「能登どのか、近う来られよ」 も名刀が欲しくなるもので」 能登もまた、わるびれた様子もなく、骨太な丸顔に明る 「すると、こなたは、わしを名刀じゃと申すのか。そのい い笑みをたたえて、 われを申してみよ」 「いよいよ、お手先は会津へ向いまするご様子で」 真正面からたずねられて、能登の丸い顔は一瞬ポーツと いいながら家康の指さすところまで、ゆったりと出て来赤くなった。らっているらしい。 て座をしめた。 「それがしは : 「どうじゃな能登どの、こなたはいまでも、この家康を信と、ロごもってから、 じられるかな」 「内府さまほど、大きな賭を、いさぎよくなさるお方を見 「はい。われ等は越後育ちの武骨者、いったん信じると、 たことがござりませぬ」 疑うことは不快でなりませぬゆえ致しませぬ」 「ほう、贐とは意外な。贐ならばわしより三成や、山城の 「お許は、上杉家を誤るものは直江山城たと申していた方が賭師ではないか」 「、つんにや 「仰せの通り、山城は上杉家にとって器量過ぎたる者。山 能登守は、はげしく首を振ってさえぎった。 城が主人で、景勝が家老ならば宜しか 0 たように存じます「賭の大きさが違いまする。山城はせいぜい景勝の意地に 賭け、三成は豊家とおのが野心に賭ける。しかし内府さま 2 5

10. 徳川家康 12 続軍荼利の巻関ケ原の巻

死生は超えた境地で、たしかに自分を賭けているのだ。 「わかって呉れたか」 「いいや、殿とはわかりようが違うかも知れませぬ。殿は秀吉の死後半歳で乱れた天下を、彼の手で再びがっしり と固め得るか ? 勝っ : : : 勝てばこんどは一つになった日本国をご支配なさ それとも五十余年、隠忍の苦を積んだ貴重な生涯を、松 る。その折に、この元忠を、はじめから見殺しにする気で 伏見へ置き去った冷たいお方 : : : と、天下の人々に思わせ永久秀や明智光秀と同列の空しい徒労になり終らせるか ては、元忠の意地が通らぬ。宜しゅうござりまする。それ ( なるほど、これは大きな博奕には違いない : ではお言葉に従いましよう」 時々二人は、手を執り合っては泣き笑った。 「彦右衛門 : : こなた子供のころに、わしが百舌鳥を飼い 馴らして、鷹の真似をさせたとゆうて、きつく叱ったこと 十 があったな」 鳥居元忠は、夜明け近くなって、家康に手を執られて寝 「ハハ : : : あの事では元忠の方が怒られました。縁側から 所へ戻った。 蹴落されて、びつくりしたのを覚えておりまする」 これで、も、つこの世に思い残すことはさらにない 「そのお蔭であろう。今では家康は立派な鷹を、十分に持「 っ身になったそ」 時々そういっては、あわてて、その言葉を取り消した。 「よく心得て居りまする。手持ちの鷹だけではなりませ いや、殿が必らず天下を固め直して下さると思うか ぬ。この戦で、日本中の鷹どもをならして下され」 「どうじゃ。今宵は二人で一盞汲もうか元忠」 そして、天下を治めるという事が、どのように難しいも 「下されば、よろこんで頂きまする」 その夜二人は深更まで別れを惜しんだ。どちらも酒量はのか、腑に落ちた時には六十を越えてしまっていたとも述 懐した。 超えて、五十年にわたる過去の追想に酔い合った。 「ー太閤さまでさえ、自分の死後、一年持つだけの手も 鳥居元忠はもうきびしく死を見詰めている。 打てなんだ。いや、ご本人は打ったつもりでいながら、子 口には出さなかったが、家康もまた同じであった。 さんく