入れなかった。 それよりも、長安が、肝を潰し、眼をみはったのは太閤 或いは性格は秀頼とは正反対なのかも知れない。 しかの遺していった黄金「分銅ーー・」の正体を知らされたとき し、どちらも安心しきって、その好むところを行い得るとであった : いう点では二人は同じであった。 五 秀頼が亡父の威光で日本一のこの大坂城にいる限り、何 をして過そうと絶対に安全なように、輝もまた家康とい 太閤は黄金が出すぎて困るというので、多田銀山の発掘 う父のある限り、誰も指一本触れ得るものはないに違いなをとりやめ、わざわざ必要のある日まではと坑口を塞ぎ、 黄金は「分銅」にして城に納めてあるという評判だった。 ( そうした絶対安全な場所にいる人物の執政に納まったら そのことは鉱山の開発に興味を持ち、何れ佐渡も伊豆も 岩見もすべて自分の手で掘り返してみてやろうと思ってい そうした空想から、やがて長安は、この不落といわれるる長安にとって、まことに興味深いことであった。 大坂城を陥落させるには何うすべきかという妄想にまで飛 ( いったい太閤は、日本国内へ流通する通貨の量は、どれ 躍してみるのだった。 ほどあればよいと計算していたのであろうか : 仮りに、彼が家康の六男松平忠輝の執政としてある時 それを知るには、彼が秘蔵して逝ったこの「分銅」の量 秀頼と忠輝が合戦しなければならなくなったら、 によって推測し付られるのだ たい彼はどうしてこの城を救うべきであろうか : しかし今度大坂城へやって来たときには、この事はきれ 「ーーー長安めに算盤は持てても城は落せぬ : : : 」 いに忘れていた。 武将どもはロを揃えてそういうに違いないそこをあっ莫大な黄金が、この城のうちに : : : そうはったが、ま さりと落してみせて鼻をあかすには : さか間題の「分銅ー、ー , ・」にお目にかかれるものとは思って しかしこの妄想からは直ぐに長安は解放された。そんな 時があろうとは思われなかったし、あったとしても彼の才ところが全く偶然のことからそれを見得る機会に恵まれ 覚の吸ふところではないからだった。 たのだ 166
母公さまのご内意ながら、それは却って上様のお心に叶うる」 まいと、清楚な玉砂利を嗷詰めてござりました」 「ふーむ。女子どもめがのう」 「よいよいそれもよい しかし、そのように言われた淀家康は、久五郎の話で、勝気な姉妹の対面の様子が見え るような気がした。 どのならば、玄関までは出迎えて呉れたであろうな ? 」 どちらも竸い心さえ取りのけたら、抱き合って泣きたか : いや、玄関には、片桐市正が、威儀を正して : ったであろうに、到頭打ちとけ合えなかったものと見え る。 久五郎はなぜか語尾を濁して平伏した。 「かくべっ両人で言い合いなどは致すまいなあ」 「十 5 、 0 、、 こ挨拶のあとでは、打ちとけて戯れ言など取交し て、こギ、り・寺 ( した」 「そうか、淀どのは、玄関にはお顔を見せなんだか」 たんそく 「何と言ったぞ淀どのは」 家康は、ちょっとがっかりしたように頷きながら嘆息し 「はい、何の心配も無う大納言に愛されておわすと見え 「はい、若君さまの御台所のお輿入れながら、妹君のお子て、阿江与さまはまあ、まるまると肥えたこと : 「ふーむ、すると阿江与どのは何と答えた」 ゆえ、お出迎えは順序にもとるとご遠慮遊ばされた由にご ギ、りまする」 「お姉上さまは又、殿下がお亡くなりなされたというの 「なるほどの、久しく対面せぬ妹とその娘じゃ、わしはま に、何という若々しい装い方かと」 た、なっかしさに走り出て来たかと思うたのじゃが、そう家康は、またがっかりした顔になって話題を転じた。 ではなかったか」 「お千はどうしていた、その間も、二人の側にいたのであ 「その代りご対面のおりには、なっかしそうに・ ろ、つ」 「よ、 「手でも取りあったか、阿江与どのと」 いえ、双方眼のふちを赤くしながら、し か「淀どのは、お千に言葉をかけなんだか」 し、郎重 こ、礼儀正しくご挨拶をかわされてござります「、、 し、えかけました。姫は母上よりもきりようがよいと : 158
「ふ ] む」 「いいえ。妻にはなれませぬが、難儀なご奉公には参りま 「茶屋の嫁 : : : では、ご奉公の途中で、わらわに不都合の かどがあれば、この家にご迷惑がかかりまする。この家に 一瞬又四郎の眼ははげしく瞬いた。 ご迷惑をかけるようなことを仕出かしましては、亡くなっ ( この女はいったい、どこまで意地わるくわしをからかう たお祖父さまに笑われまする」 気なのか : そう言うと、於みつは、もう一度、又四郎の分別の若さ 「そうか。では、わしは嫌しオカ 、大坂へは行って呉れる を、揶揄う眼つきになってフフッと笑う と申すのだな」 その瞬間だった。又四郎の全身の血潮が気の遠くなりそ 「しいえ、それもまだ違います」 うず 「よにツ、亠よた、、つと・ うなあやしい疼きを示して奔騰したしたのは : これで完全に又四郎も、於みつが好きになってしまっ 於みつはまた艶然と笑って、 : こ ; 、大又へは行ってくれる 「又四郎さまは、わしは嫌し 十四 かと 4 わっしやっこ 「そうではないと、こなたは答えたそ」 ( 於みつの言い方は、深い思慮をかくしていた : 「はい。そうではございませぬ。私は又四郎さまが好きに いや、それよりもやはり、又四郎が好きになったという なった : : : それゆえ大坂へ参るのでござりまする」 告白の方が、遙かに強く又四郎の心身を捕えていったのか 「なに、わしが好きになった : も知れない 「はい。好きになりました」 又四郎はいきなり於みつに躍りかかって、柔かそうなそ 「では、妻にはならぬと言ったは嘘か」 の四肢を思うまま揺ぶり立てて見たい衝動にかられた。 「いいえ、真実でござりまする。妻にはならぬが好きにな 於みつはそれも敏感に感じとったらしい。急に今度はき った。それゆえ、他人のままで大坂城〈ご奉公に参りまびしいほどの表情になって、居すまいを正しながらひと膝 さがった。 123
「それは又、思いがけぬこと : : : 」 土におわすお方 : : : そのように単純に考えて居りました いったん決心してゆくと局も決して後へは引かない勝気が、考えてみますると、庶政ご一新の、今が何度目かの大 かどて さを持っている 切な御門出 : : : そう気付いたのでござりまする」 「それ承っては、、 しよいよ茶阿のお願いを、申し上げすに 家康は、チカリと又局を一したが黙っていた。言い出 は居られませぬ。何とそお聞き届け賜りまするよう」 すと、あらゆる理屈で、自分の意志を固めなして来るのも 「なに、それを承ってはいよいよじゃと : この女の癖であった。 し」 「ところが茶阿はどうでござりましよ、フ。若君さまのお側 「よし、手短かに申してみよ。何ぞこたびの移封に不満で にあり、産みの娘にもかしずかれ、この年で何不足ない楽 もあるとい、フのか」 隠居 : : : これでは仏罰のほども恐ろしいと、浅草御殿を拝 「もったいない ! 何でそのようなことがござりましょ 見致しました刹那に心付いてござりまする。上様 ! いま う。上様のお心を想うて、日夜ご恩に感泣致して居りますまでの茶阿が不心得 : : : 何とぞお許しなされて下さりま 家康は、こんどはポカンと口を開けて局を見返った。 と、家康はわきを向いた。勝気な女の口上には、つねに お願い・ : とい、つ時には、きっと何かねたられる。こん 感情の誇張がっきまとうた。自分の言葉に人一倍説得力をども身内の者の登用でも : : : そう田」っていたのだが、どう 持たせようとするからだった。 やらそれとも違うらしい 「上様、茶阿はふつつかな育ちにて、近ごろまで、上様の 「ははあ、すると、そなたは、もう一度家康の側へ戻ろう 深いご苦心に気もっかなんだのでござりまする」 というのだな」 「そうか。気付かすば気付かぬでよい。女子と男は違うの「仰せの通りにござりまする。このまま手をつかねて老い 朽ちましてはそれこそ神仏の : : : 」 「いいえ、気付きますればそうは参りませぬ。茶阿は、上「待て、そう思うたら、髪をおろしてな、一筋に神仏に仕 様はもう、何も彼も成遂げられて、この世ながらの極楽浄えても、この家康に苦情はないぞ」 217
いうまでもなくそれは於こうが、次々に盃をみたして休そんな思案はとうに実行に移されていたし、今日の茶屋 みなく飲ませたからであろう。 清次から受け取るものは、ことごとく長安を腐らせるもの いや、於こうがどんなにすすめたところで、長安が止すばかりであった。 気ならば止せたろう。ところが今日の長安には、酔いすぎ 若さや明るさにも気押されたし、智識でも、頭脳の働き るとわかっていながら、盃を離せない妙なこだわりが胸に でも圧倒された。 残っていた。 いや、それだけならば、何もこだわることはない。 久しぶりに都の土を踏み、光悦の家にやって来るまで さすがは茶屋の後とり、これで先代も地下で喜んで は、弾みすぎるほど弾んだこころの長安だった。佐渡も石 いるであろう」 見も仕事は上々。おそらく家康は、、 しよいよ長安の手腕を そう褒めるだけで済んだ筈なのに、コツンと肚にしこり 認めて喜んで呉れるであろうし、それはそのまま次の出世が残った。 につながってゆくだろう。 ここずっと、大久保長安の胸に秘めている「夢、・ーーー」の そうした自負と自信が長安ほどの人物を子供のようには 前に、大きな邪魘ものの影が立ちはたかったような気がす しやがせてしまっていた。 るのだ。 ( そうだ。光悦にも一つよい智恵を土産がわりに進呈して そういえば茶屋清次も、そして日本に永住しそうな気配 やるか ) の三浦安針も、到頭長安の敵にまわったような気がする。 ただちか 本多正信父子や大久保忠隣などの重臣側は別にして、本 ( このままではわしは一生、ただの山掘りで終わらなけれ 阿弥光悦は家康の最も信用しているお伽衆側その光悦と ばならなくなるかも知れぬそ : : : ) 親しくしておくことは、家康が何を考え、何をやろうとし彼の夢は、大坂城であの巨大な黄金の塊を見たときか ているかを、つねに的確に打診出来る大切な通風口にあたら、それを駆使し、華々しく世界と交易してみたいという っている。 ことたった。 そこで光悦に、豊国祭の智恵をつけておいてやろうと思 むろん家康を説き伏せて、日本の運命を賭けるはどの大 って立ち寄ったのが逆になった。 仕事を : : : ところが、その資本になる黄金発掘に成功のめ 317
接ご母公さまの許へ掛合いに参るのか」 「そちの器なりだと : : 器なりに察するとどうなるの 「御意の通りにござりまする」 「それはいったい、誰が参るそ」 「お叱りを覚悟のうえで申上げまする。ご母公さまは、、 「むろん所司代さま、あなた様でござりまする」 ま、江戸の大納言さまに若君のご誕生なされたことを知 光悦がそこまで言うと、 り、胸のつぶれそうな失望をお感じなされておわそうかと 「差出るなツ光悦 ! 」 存じまする」 家康の口からは、はげしい叱声が洩れていった。 「わかって居るのか、その方にも」 ーいたふんご母公さまは、若君とお千姫さまの間に和 十四 子さまがご誕生遊ばされ、それがお世継になられたらと 家康に叱りつけられても光脱はけろりとしていた。どう : そのような夢をご覧なされておわしたのではないかと やらこの日蓮大聖人の信仰者は、はじめからその位のこと存じまする。ところが、その反対に江戸には若君さまがご は覚悟して来ているのかも知れない。 誕生、そして、わが家の若君は、ご自分の知らぬ間にとん 「お叱りで恐れ人りまする。しかし光悦は、上様に申上げだ過ち : : : 」 たのではござりませぬ。所司代さまのお訊ねに、お答え申「申すなツ。 、も、つよい」 「キ十ッ さねばご誠意にもとると存じて、思うままを申上げまし た。お耳を汚した段は深く : : : 」 「そちは、それゆえ、ここでハッキリと、過ちの方から認 「ふーも」 めさせよと申すのじゃな」 家康は、苦りきった表情で、 「はい。不始末の責任はご母公さまが負うべきもの : : : そ 「そちは今、大坂のご母公がどのような苦しみを舐めておの筋道を正さねば、第二、第三の過ちが続々と豊家の内に わすかわかるのか」 起ろうかと、それを案するのでござりまする」 「それは、光悦の器なりに、お察し致しているつもりでご 「いや、そちは大した豊家の大忠臣じゃ , が光悦、それ ざりまする」 はチト厳しすぎよう」 8 2
「そうか。光悦のロをとおしての。して、その太閤に去り 家康は眼を丸くして息をのんだ。 ( 狂っているどころか、こ奴、本音を吐いているのじゃ ) 状つけたほどのそちが、何でわしの許へ仕える気になった 「ほう、では、あの光悦が、こなたに訓えたというのじゃのじゃ」 言葉は柔かったが、これが家康の心を決める問いらしか っこ 0 いいえ、日蓮大聖人が光悦のロを借りて仰せられました ・ : なるほどいわれてみるとその通り : : : 眼の覚めた心地 が致しました。富ある者は富のために身を破り、地位ある 一座はシーンとなった。 者は地位のために身を破る。数寄者は茶道具一つのために 瘠せねばならぬ苦を背負い、武に誇る者は武のために敗れ本多正信も大久保忠隣も、これがどのような意味を持っ の因を招いてゆく : : 私が仮りに豊家の富をふやしまして問答になるかがよくわかるからであった。 も、それは太閤殿下の夢想や見栄に費されて、それぞれ破十兵衛長安はいよいよ落ち付きはらって来た。見ように 滅へ通じこそすれ、黄金本来の万民を生かす道には通じま よればそれは一種の凄味をおびた捨身の構えとも見てとれ 家康はようやく事情がわかって来た。 「太閤殿下ではお仕え申す気のない私が、何故上様にご奉 本阿弥光が、父祖代々熱心な日蓮信者であることはよ公を願い出たか、その理由を申上げまする」 く知っていた。 「切口上に相成ったの」 彼は正義を立てようとする立正の志のない者には、一顧家康は、わざと砕けた口調になって、 も与えぬ硬信者たと、茶屋四郎次郎が、時には嘆息まじり 「あまり、わしを驚かさぬように頼むそ」 に話していた。 これも日蓮大聖人のお告げにござりまする」 ところが、大久保家もまた代々の日蓮信者なのだ。恐ら 「そうか。また光悦のロを大聖人はお借りなされたのじゃ くこの十兵衛長安と忠隣の接近もまた、そうした信仰の上な」 「いいえ、こんどは光悦どのばかりではござりませぬ」 からの近づきに違いあるまいと :
ませぬ。そのおりに片桐様は何を玩具に差上げまするおっそれにしても、天下の大大名を戦争より他に能のない小人 どもが、やがて不善をなすであろうという冗談は耳にも、い 到頭長安は片桐且元を完全に毒舌で翻弄したした。ここ にも痛かった。 まで問いかけられると、 こ温厚な人物でも気がっかな むろんその退屈まぎれの不善は、不善な行為として爆発 い筈はなかった。 する前に、不平として豊家の周囲に集るであろう。そのお 「貴公であったら何とするかの」 り、豊家を預る且元としてはどのような覚悟でそれに臨む 且元は不快を押えて訊き返した。すると又待っていたとつもりか ? 不思議な論理でそれを追究し、その覚悟を促 ばかりに、長安はやり出した。 されたような気がする 「やはり太閤さまのなされた通りに致すより他にござりま いや、それ以上のことまでいわれた すまい。城造りだの大仏造りだの濠造りだの : : : それで適 ( 退屈させぬためには城普請だの大仏造りだの濠造りだの 当に腹を立てさせておいて、これがもし、大きな腫物にな うみ りました節は順に潰して膿を出す : : : まさかに朝鮮出兵も それならば、すでに諸侯が、それとなくそろそろ警戒 なりませぬので。片桐さまとて、同じことをお考えになりし、私語しだしていることであった。 士しよ、フて」 征夷大将軍となった家康は、千姫を大坂の人質に残し 且元は、きびしい顔で膳を膝からおし離した。 て、やがて江戸へ引きあげる。そうなれば次に来るのは、 当然江戸城の大改築であった。 十四 今迄は徳川家個人の居城であったが、武将全体の統領で 片桐且元は、暗澹とした気持で大奥を辞し去った。 ある将軍の居館となれば、当然これは私有物ではなく、公 ( あれは果たして大久保長安自身の考えによる脱線だった共的な意味を持ってみなが工事の課役を受け持たねばなら のだろうか : ぬものに変って来る。 それとも本多正信とか、板倉勝重とかい う智恵者ども戦はもうないのだ。したがって、百姓たちに四公六民の 長安に入智恵していわせたのでは無かったか : 税をかけていながら、領主はその領地の安全を保証して呉 144
だの老衰と診立てている医師たちの責任が : : : お才は凝然泣きたくなった。 として考え続けた : ( 誰も、伝通院さまのご本心を知らずにいる : : : ) それがいかに安らかな寝顔のような温容に見えたとして 十五 も、それは少しもお才の心を軽くするものではなかった。 於大が七十五歳の生涯を閉じたのは、慶長七年八月二十 闘って闘って、闘い続けて逝ったのだ。いや、眼を閉じ 八日だった。 てしまった今も、たぶん伝通院は例のねばり強さで、泰平 呼吸のみだれが尋常ではないと感じさせたのは正午前 への願望を捨ててはいまい で、その時はじめて於大は、 生涯泰平を祈り続けておわしなが ( あのように熱、いに、 「上様を : : : 上様を : ・ : ・」 ら、ご自分だけはその中に安住しては済まぬと考えさせら と、お才に向って二言いった。しかし家康がやって米たれたあの律儀さ : : : ) 時にはもう意識はなかった。 こもわからぬのだと思うと、哀れさは数倍し それが誰冫 さる 申の刻 ( 午後四時 ) 少しすぎに息をひきとるまで、家康 ちんとう は枕頭を離れなかった。 もうお才に、 「、こ臨終で、こざりまする」 「ーー・伝通院さまは、わざわざお生命を断たせられたので ふで癶、き 玄朔がそういうと、家康はゆっくりと筆尖でわずかに唇ござりまする」 生命とい そういって真実を告げる気はなくなっていた。 をぬらしてやり、それから薄く眼を閉じた。合掌も念仏も うものは自からの意志如何にかかわらす、必ず一度は断た なカたが、全身に別離の悲哀はしっとりと滲んでいた。 「まるで眠っておわすような : れてゆく : 「これこそまことの大往生 : : : 」 ( 伝通院さまはそれをよく知っておわして、ほんとうにあ 「ほんに何一つお苦しみのご様子もなければ、ご不満をもの世に往って生きるお気になられたのだ : 仰せられず : : : 」 今ごろは、肉親に一々会うのを憚かられ、江戸の伝通院 そんな侍女たちの囁きが耳に人ると、お才は声をあげてへ、急いで旅をなされている。そして、そこで、睦じいー
そんたく ったいそのような噂があるなどと : : : 故意に江戸と大坂の替えなさるのならば、将軍家のご意志など些かも忖度には 間を割こうとする悪意のあることを、ご母公さまのお耳に及びませぬ。将軍家がどのようにお怒りなされて、たとえ 人れたは何者にござりましようや ? 」 ばご母公さまを八ッ ( きになさり - ましよ、フとも、、こ母公さ 柔い言葉で逆襲されて、一瞬淀の君はあわてた瞬きをく まは天帝がお救い下さるとご満足 : : : そのように信ずるの 物 4 﨤した。 がまことの信仰ゆえ、信仰には何人も干渉は出来ないもの かと心相付まする」 「そうか。では、それは、根も葉もないことか」 「さあ : : : 根があれば、それはご母公さまのお耳にそのよ 聞いているうちに、淀の君の視線は落ち付きなく空を泳 うなことをお入れ申した者の心にあるかと存じまする」 いだ。そんなことを訊ねたいのではない。目的は別なのだ。 「よい。それならばわらわも安堵 : : : 申した者は取るに足「そう言われたのでは言葉の継穂もあるまい。わらわはそ らぬ亠名じやほどに」 れほど切支丹を信じたいと思うているのではない。でも : 「さようでござりましよ、フとも。さて、次にその切支丹冫 ・ : 若し切支丹の神に頼うだら、将軍家と若君と、末々まで ・・と ご宗旨替えの儀でござりまするが、これはご自由になさる仲よう出来る : : : というようなご利益はないものか : べきものかと心得まする」 問うてみたのじゃ」 「なに、自由にとは、わらわの思うままにせよとかそれ淀の君は、巧みに話をそらして笑った。 でも将軍家はお叱りないと保証出来るか ! 」 「これはしたい - ! 」 宗薫は、待ち構えていたように膝を正した。 宗薫もここで淀の君に譲ってすます気はなかった。 「総じて信仰というは、わが信する神仏を布れこそすれ、 「お人のわるい。私めは又事が信仰ではみじんも嘘は申上 世故のことなど間わぬものでござりまする」 げられぬと、肌に汁してござりまする」 「とい、つと : 「というと、切支丹にも、そのような功徳、利益はないと 「将軍家が叱る叱らぬなどは間題ではござりませぬ。それ申すか」 よりも怖ろしいは神仏のお怒り : : : よって切支丹にご宗旨 「はい。功徳や利益を考えての信仰などは信仰ではござり 244