よ、つこ 0 「待って下さい又四郎さま、於みつは、又四郎さまのお一言 坂田新左衛門は蕉庵に媒的人を頼まれながらそれを果さ葉についてゆけませぬ」 すに死んでしまっている 「納屋と茶屋はご懇意の間柄ながら赤の他人、私はまた茶「聞き洩しては一大事 : : : 何と仰っしやりました、やがて 屋の嫁になった覚えは毛頭ない。ホホ : : : それを又四郎さ妻にする気であったと、おっしやりましたか : 「そ : : : そうじゃ。やがて妻にする気での」 まは妻だという。又四郎さま、何か夢をご覧なされている のではござりませぬか」 「して、それを、誰が承諾したのでござります。私はまた、そ 又四郎がひるんだと見てとって、於みつは意地わるく追の事でくわしいお話を承ったことがござりませぬが : : : 」 討ちをかけて来た。 そこまで言われると又四郎も気がついた からか 或いはこれが、この間のしつべい返しのつもりなのかも ( この女子め、わしを揶揄う気でいるらしい ) 知れない。 そうなると又四郎とて、素直に羞らってばかり居られる 「そ : : : それは確かにそうじゃ」 男ではなかった。 「そ、それとは ? 」 「ふーん、すると、こなたは、わしの妻にはならぬという 「いや、たしかにまだ妻ではない : のか」 「では、妻と思えばこそ、難儀なご奉公をすすめる気にな 「又四郎さまは、この於みつをゼヒとも妻にしたいと思召 : というお言葉はお取消しなされまするなあ」 してか ? 」 「そうだ。それは取消そう」 ・いや、わしは、、 カくべっ六、よ、つなことは : 又四郎がいよいよあわてて、 「それなら於みつもハッキリと申上げまする。私もかくべ 「また妻ではないが、やがて妻にする気であった。それゆっ又四郎さまに嫁ぎたいと思いませぬ」 え、う : : : 、つつ力い・・と どもりながら言い出すと、於みつはまたクスリと笑って 又四郎の眉はみるみるあがった。相手はロ嘩喧を仕かけ さらんぎった。 ているとはわかっていながら、若者らしい誇りが敗退を許 120
を伴って又伏見へやって来たおり、又四郎は於大と会って で、七十五歳という長寿を恵まれ、日々感謝の日を送る : すぐさま長崎へ発っていたのだ。 : それたけに、何時でも笑って瞑目し得る筈であったが、 「おお、こなたもたっしやで何よりでした。さ、ずっとこ そこでも於大は苦笑した。 れへ」 ( もっと生きたい こ免蒙りまする」 それが人間のどん慾とは万々承知していながら、まだま た何か家康のために、してやれそうな気がしてならないの十八歳ながら、体格も、もの腰も、二十五、六歳には見 よ ) 0 える又四郎だった。 今日も於大は、茶屋の二男又四郎を呼びにやった。又四「又四郎どの、私はの、こなたに二つお願いしたり、お訊 ねしたりしたいことがござりましての」 郎清次が、長崎から帰って来たと聞いたからであった。 「はいは、、何事でござりましよう。この又四郎に出来る 「又四郎は、まだ見えぬかの」 ことならば、なんなりとも : 於大は、開け放された居間の縁近くにしとねを移させ、 於大はニコニコと頷きながら、 五月の光りに眼を細めていた。 「こなたならではならぬことでござりまするそえ」 そう言ってから身辺に侍すいている四人の腰元に座をは 茶屋の二男、又四郎清次がやって来たのは四半刻 ( 三十ずさせた。 分 ) ほどしてからだった。 若い又四郎は、人払いと知ってさすがに顔をこわばらせ 「何時に変らぬおすこやかさ、何よりに存じまする」 この年老いた伝通院が、どのような種類の母親かは、又 又四郎は兄の茶屋清忠とはとし子で、今年十八歳なが ら、病弱な兄よりも健康に恵まれて、茶屋が例の御朱印船四郎もよく知っているからだった。 制定 ( 文禄元年 ) のおりの「九絏船」の許可の中に加えら家康が、江戸からこの母を伴う時、 - : っえき 「ーーー・道中は、おごりませぬように」 れた時から交易に目をつけて、よく長崎へ行っている。 それとなく家康に注意したので、家康はせいぜい三十人 家康が昨年の十一月いったん江戸へ帰って、二月、於大 6
「ふ ] む」 「いいえ。妻にはなれませぬが、難儀なご奉公には参りま 「茶屋の嫁 : : : では、ご奉公の途中で、わらわに不都合の かどがあれば、この家にご迷惑がかかりまする。この家に 一瞬又四郎の眼ははげしく瞬いた。 ご迷惑をかけるようなことを仕出かしましては、亡くなっ ( この女はいったい、どこまで意地わるくわしをからかう たお祖父さまに笑われまする」 気なのか : そう言うと、於みつは、もう一度、又四郎の分別の若さ 「そうか。では、わしは嫌しオカ 、大坂へは行って呉れる を、揶揄う眼つきになってフフッと笑う と申すのだな」 その瞬間だった。又四郎の全身の血潮が気の遠くなりそ 「しいえ、それもまだ違います」 うず 「よにツ、亠よた、、つと・ うなあやしい疼きを示して奔騰したしたのは : これで完全に又四郎も、於みつが好きになってしまっ 於みつはまた艶然と笑って、 : こ ; 、大又へは行ってくれる 「又四郎さまは、わしは嫌し 十四 かと 4 わっしやっこ 「そうではないと、こなたは答えたそ」 ( 於みつの言い方は、深い思慮をかくしていた : 「はい。そうではございませぬ。私は又四郎さまが好きに いや、それよりもやはり、又四郎が好きになったという なった : : : それゆえ大坂へ参るのでござりまする」 告白の方が、遙かに強く又四郎の心身を捕えていったのか 「なに、わしが好きになった : も知れない 「はい。好きになりました」 又四郎はいきなり於みつに躍りかかって、柔かそうなそ 「では、妻にはならぬと言ったは嘘か」 の四肢を思うまま揺ぶり立てて見たい衝動にかられた。 「いいえ、真実でござりまする。妻にはならぬが好きにな 於みつはそれも敏感に感じとったらしい。急に今度はき った。それゆえ、他人のままで大坂城〈ご奉公に参りまびしいほどの表情になって、居すまいを正しながらひと膝 さがった。 123
まいと言われている。年齢は、自分では忘れたとうそぶい途中の変化が心配だった。 ているのだが、八十は超えているかも知れない 「ああ提灯は出て居なし「冫 、。田こあったぞ」 それだけに待たしてあった船で堺へ下る茶屋又四郎の心 又四郎が供の手代にそう一「ロうと、手代はホトホトと門の は名心い宀に くぐりを叩いた。 わざわざ訪ねていっても、もう意識が無いなどと言うの 「茶屋の者でござりまする。京から急いで参りました。お ではがっかりだった。意識さえあれば、格別病らしい病は 開け願いとう存じまする」 ないのだからこの亡父の親友は、きっと何か大切な思案の すると、中から意外に若い女性の声で、 「又四郎さまでござりまするかいま開けます」 種を残して逝って呉れるに違いない。 「急いで漕いで下されや。相手はお年寄、会わすに亡くな どうやら門番小屋で待ちかねていたかのような返事であ つ ) 0 られては何とも心残りだからの」 又四郎は、今日も家康の行列が、どのように古風床しい 又四郎はびつくりして、 ものであったか、それを瞼に改めて思い描きながら、矢の 「どうして私が、今ごろ着くとわかったのでござります ように淀川を下っていった。 内からくぐりの開くのを待ちかねて訊いていた。 「はい。お祖父さまが、急いた顔で又四郎どのが船に乗っ ちもり 又四郎清次が、乳守の宮に近い蕉庵の隠宅に着いたのはている : : : こう申すのでござりまする」 夜もだいふ更けてからであった。 「え、蕉庵さまがそのようなことを」 むろん辻の木戸は閉っていたが、これは茶屋の顔で開か 「はい。死にかけたら、神通力が出た いえ神通力が せて、門の前へ着くまで又四郎は気が気ではなかった。 出たと田 5 うたら、もう直ぐ死なねばならぬなどと戯れ言を 死んだとなれば隠宅の門には高張提灯が出ているに違いおっしやって、お待ちかねでござりまする」 まだ相手の顔は見えなかったが、 声の凉しさで、それが 彼が京を出発する時はまた訃報は届いていなかったが、 世にも美しく賢しげな娘のような気がして、又四郎はあわ
於みつの顔も姿も、この前よりも数倍あでやかな明るさ 縁側へ出て来て声をかけたのは兄の四郎次郎清忠だっ に眼に映り、それが、無言で又四郎を非難しているように 感じとれた。 「なに、所司代がお見え : ・・ : 」 「いや、それは : : : 兄上にお話しようと思いながら、つい 又四郎は振り返って急ぎ足に縁に近づき、田 5 わず沓ぬぎにしさに取りまぎれ : : : それに、兄上は、すぐ堺に行かれ 石に片足をかけて赤くなった。 ましたので : : : 」 奥座嗷の客は所司代の板倉勝重だけではなくて、その傍「それはよい」 に納屋の娘の於みつが、並んで坐っていたからだった。 と、兄の清忠はさえぎった。 した 「これは、よ、ついらせられました」 「こなたの決めたことならば兄に異存は少しもない。 又四郎が伏目になって勝重に挨拶すると、勝重は白扇をがこなた、その於みつどのを姫君の侍女にと、板倉さまに 開閉しながら明るく笑った。 ご推挙したというではないか」 「又四郎どの、於みつどのは、お手前の婚約者だというで 清忠のあとから、勝重がまたロをはさんオ 「於みつどのは、その約東があるゆえ、お手前の口からそ : はしそれは・ れを聞かねば諾否の返事はならぬといわれる : : : これは当 「しかし、ご当主はまだご存知ないという : : : 若いからと然のことじゃ。それで今日はわれ等が同道して参った : は申せ、ちと手ぬかりに思われるが如何じゃな ? 」 若しご奉公ご承知とあれば、姫にも親しんで頂く必要から 勝重はそういうと、好もしそうに眼を細めて又四郎と於早いがよいと思うての」 みつを見比べた。 又四郎はカーツと頭が熱くなった。 他の話ならば、決して応対にまごっくような又四郎では なかった。しかし、自分の縁談となるとおかしいほどに血 又四郎はちらっと於みつを見やって、いよいよまっ赤にが驎ぐ なっていった。 それに、改めて勝重や兄にいわれてみると、事の運びが だくひ 118
さなかった。 「さ、おっしやりませ。日本中に於みつの他に妻にする女 「そうか。妻ではない。又、妻になろうとも思わぬ。それ子はないと : : さすれば、わらわも大坂へ参りましよう」 又四郎の頭の中では、はげしい計算の火花が散った。忌 ) え、難儀な奉公などは引受けぬ : : : と、こう申すの 己 5 しかった。、、、、 板倉勝重にああして頼まれている以上、 「これはしたり、誰がそのようなことを申しました」 ここでは於みつの言うとおりにする他になさそうであっ 「今、そなた、そう申したではないか」 いえ、私はこう申しているのです。又四郎さまが、日 「念のためにもう一度訊ねる」 本中で妻にする女子は於みつひとり : : : そうおっしやるの 「幾度なりと」 ならば、難儀なご奉公ながら引受けてもよいと : 「わしがそう言わねば、こ : そう言うと於みつは勝誇った牝難のようにまたク、ク、 ぬというのだな」 グと咽喉を鳴らして低く笑った。 「おっしやるとおりでございます」 又四郎は忌々しげに舌打した。 「仕方がない。では : ( いったいこれは、何という人を喰った女子であろう 又四郎はぐっと一膝のり出して、 「日本中に、於みつどのの他には、この又四郎の妻にする 女子はない」 すると、於みつはツンと取り澄して、 「それゆえ、どうせよと仰っしやりまする」 「可哀そうな人質は、千姫さまだけではないような : なって呉れ」 於みつはまた笑いながら言った。 「妻に : : : 妻に、な : 「なに、では、こなたも人質だと申すのか」 「お断り申し上げまする」 「、いえ、又四郎さまも人質・・・・ : ホホ・ : ・ : そう思うたので : なんだと」 、こ、い、ます」 「妻にはなりませぬ」 「こなた : 「ふ ] む」 : この又四郎を侮る気かツ」 : こなた、承知は出来 122
「於みつどの」 あまりに自分の独合点に過ぎている。と、いって、こうし し」 て眼の前に連れ出されてしまったのでは、もう後へは退け よ、つこし : こなた、承知して、しばらく姫のお側にご : / 、れ寺い力」 奉公して、 実は : : : 」 すると於みつは返事の代りにグスリと笑った。笑われる 又四郎はそこであわてて額の汗を拭って、 と又四郎は一層何かに追い立てられた。 「五月十五日という期日の切迫に気をとられ、まだ私から 「笑いごとではないー 姫君は、表向きはお輿人れなが 於みつどのには何の話も : ら、内実はお人質、よほどしつかりした者がお側について 「それゆえ同道して参ったのじゃ」 「では、この場で私から : : : お話し致してみることに致しあらねば : 「又四郎さま。あなた様は、何うしたわけで、於みつにそ まする」 「そうじゃ。そうしてみて貰いたい。ではご主人とわれ等のような難儀なご奉公をおすすめなさるのでござります は暫くこの場をはすしましようかの」 「それはむろん、つ : : っ : : : 妻と思えばこそじゃが : 勝重は、又四郎の狼狽などとうから予期していたらし い、世慣れた口調で助け舟を出して呉れた。 「そ : ・・ : そ : : : そう願えれば幸せでござりまする」 又四郎がいいかけるのと、於みつがさえぎるのとが一緒 であった。 「では清忠どの、われ等は別間で」 「これはしたり、私はあなたさまの妻などではござりませ 「、い得ました」 二人が去ってゆくと、又四郎はぐっと肩をあげるようにぬ ! 」 して於みつの方へ向き直った。 向き直りはしたものの、最籾に何というべきか、言葉は 重く咽喉につかえて、意地わるくググーツと腹が鳴り出し 又四郎は出鼻を叩かれてグッと詰った。 : そう言われてみれば確かにそれは嘘では 妻ではない : 119
にうなだれた。 えとでも命じてあったのだとしたら何うであろう ? ) そうした事の出来る人間があるとすれば、それは蕉俺か 彼女にすれば、坂田屋からの使いではしなくも洩れてし 新左衛門の他にはな、。 まった自分の縁談冫 こ、又四郎がどんな反応を示すかが知り 彼等は、町人の座にこそあれ、胆の太さでは黒田如水やたかったのであろう。 福島正則にいささかも劣らぬ戦国育ちの乱暴さも持ってい それも敏感な又四郎には感じ取れないことはなかった。 しかし、それよりも、若し老人どもが、 「もし、又四郎さま、何を考え込んで、おいでなさります「ーー豊家のために大仏殿を焼いてしまえ ! 」 そんな命を下したのであり、その放火した者が、万一所 到頭於みつの方から声をかけた。 司代の手に捕えられるというようなことがあったら : : : そ 「於みつどの : : : 又四郎は、夜が明けたら失礼します」 うした空想の方が、遙かに大きく心の比重を占めだしてい 「まあ : : : それは、何故でござりましよう」 「都のことで、急に胸さわぎがして来ました」 「於みつどのは気になりませぬか。又四郎は、ほんとう 言ってしまって又四郎はハッとなった。頭の中で、メラ ~ いま、大仏殿が焼けているような気がするのだが : メラと焔を夜空にのばして焼けてゆく大仏殿が消えていな 「大仏殿が焼けている : : : 」 かったのだ。 於みつは、びつくりしたように顔をあげた。その動作だ 「都のことで胸さわぎ : けで、彼女がそうした連想とは全く別のことを考えていた 「いや : : : ご葬礼には、私では筋違い : : : 急いで帰って、 のがよくわかった。 兄に告げねばなりませぬ」 「又四郎・さま」 そう言い直したあとで、 「何でごギ、りまする」 「それにしても気にかかる。坂田とこちらのご老人が二人「私には、急いで帰らねばならぬという、あなた様のお心 とも同じ幻を見て息を引き取られたということは」 がわかりまる」 「えそれは : 於みつは、あわてて何か言おうとして、考え直したよう 702
それだけの思案をめぐらす伝通院ならば、当然あとの指又四郎は生まじめにそれを押し戴いて賞味した。笑うわ それは実は、又四郎が兄の名で家 冫し ( し力なかったが、 図も考慮のうちにあるのであろう : : : そう田 5 って訊ねるナこよ、 康に献上したものであった。 と、伝通院は、又済まして合掌した。 又四郎が帰っていったのは世間話の末に家康が、高台院 「あとの事など何があろうそえ。女子は女子同志、わらわ の乞いを容れて一寺建立のことを承諾したと話し、高台院 が、そのため生命をささげて祈っていると告げて下され」 も淋しかろうゆえ時折りは訪ねてあげて呉れるように : 又四郎は思わす「あっ ! 」と声をあげるところであっ た。これは老耄どころか、又四郎などより余程冷静な、ゾそんな話の出たあとだった。 又四郎が、まだ若々しい昻ぶりを顔に残して去ってゆく ーツとするほど深い思慮を秘めた謎であったと気付いたの と、於大は、腰元を呼んで廊下口まで見送らせ、それから しかし、禁裏の周囲日課にしている念仏の浄書にとりかかった 父の四郎次郎はもうこの世にない 「伝通院さま、少しお腰をさすりましよ、つか」 にある公卿殿上人で、茶屋の富力に無関係な者は、実は一 気に入りのお才が声をかけたが、於大はかすかに首を振 人もないと言ってよい。 っただけであった。 伝通院はそれをきっちりと押さえておいて、又四郎の母 家康の異母弟勝俊が、家臣の中から選んで付けて呉れた に大きな希いをかけているのだ。 しかし大きなお才は、それなり黙 0 て於大のうしろ〈廻 0 て扇で風を送 女は女同志 : : : とは何というさりげない、 ってゆく 母の執念であろうか : 彼女には於大が何を考えているのが、分る気がした。 五 於大はいま誰にもいわぬ一つの闘いを自分自身に課して いる。それは二十二のお才にとっては、半ばは腑に落ち、 於大は、その後もう又四郎に堅苦しい話はしなかった。 自分の手で茶を点てて、家康から届けられたという純白半ばは腑におちかねることであった。 ( これを、迷信というのではあるまいか ? の砂糖を懐紙にのせ、このように美味なものははじめて口 時にお才はそう田 5 って考え込むことがあったが、とにか にしたと、眼を細めてすすめていった。 、よ」 0 ねが
当の千姫をよく見せて似合うような柄や刺繍を考案させな出来ますように存じまする」 ければならない 「せいぜい心して作ってたもれ。お祖父さまも殊のほかに 「さ、又四郎、よう姫を見てたもれ。そしてこの幼い花嫁お心を人れさせられておわすほどに」 「かしこまってごギ、りまする。五月十五日 : : と仰せられ 御寮に似合う呉服を調達してたもれ」 そう言って、そっと千姫を見やった眼のふちが赤くなっ ますると、これから昼夜兼行ながら、きっとお喜び頂ける ように仕りたいと存じまする」 ているのを又四郎は見おとさなかった。 「よい。では姫はこの座を : : : 」 無理もないと、又四郎は田 5 った。 乳母であろう、阿江与の方は姫をその場から連れ去らせ 従兄妹の間柄 : : : とは言っても、世間ではまだ豊家と徳 川家の間柄が、しつくり行っているとばかりは噂してなかると、声をおとして又四郎に訊ねた。 「又四郎は、近ごろ秀頼君にお目通りなされてか」 ったし、当時の世間の常識からすれば、これは花嫁と名づ 「いいえ、私は参りませぬ。しかし、本阿弥光の話で けられた人質であることにまぎれもなかった。 は、若君は十一歳ながら近ごろぐんぐんお躰が大きゅうな 1 「おお、これはご立派な、お可愛らしい 又四郎は、熱すぎる茶をふくませられた想いで、しかしらせられた。世のつねの十三歳位のことはあるとか : 「その事じやわらわが案するのは : : : 実はの、もはや若君 千姫は仔細に見ていった。 背はのびのびと仲びそうだった。色はただ白いというのは女子をお側へおくことを覚えたとか : : : それはまことで あろうかの又四郎 : で無くて、どこかに透けてみえるようなところがある。 又四郎は、阿江与の方の心配が何であるかに思い当っ 切れ長の一重瞼で、眸と鼻筋と唇許までの調和の中に、 て、思わず顔を伏せていった。 織田の血筋の賢しい自我が活き活きと受けつがれている。 男に生まれていたら、これも他人の一一一一口うことなどあまり 四 聞く方ではあるまいと思われた。 「も、つ , よいかや又四駕・」 「わらわはそれが気がかりなのじゃ。秀頼君も似合いの子 「十、 0 ( しこの姫君さまの娘ざかりのお年齢ごろが、ご想像供 : : : そうなれば、飯事しながら次第に仲ようゆくてあろ まま ) 一と