正純 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻
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1. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

一方でそうは納得しながらも、時々ギュウギュウやつつ であった。 けられると、呼吸が出来なくなりそうだった。 「ーーーーあれが、やはり老いられたということでござろう そんな場合に、ぬけぬけと息抜き窓をあけて呉れるの な。あのようにえぐられては大抵の者が、教えられたと思 うよりも、いじめられたと取るおそれがある。以前にはあは、何時もお勝の方であった。 他の側室では、とても口出しなど思いも寄らない時に のようなことはなかった」 正純が、所司代の板倉勝重の前でそう洩らすと、年長のも、お勝の方は平気でロをはさんで来た。 すると、家康も又、大してそれを気にかけている様子は 勝重は、もってのほか、という表情でこれを否定した。 なく、苦笑してお勝の方に花をもたせた。 とんだことでござる。上様のご思案がいよいよ深く 今日も、実のところ正純はハッとした。聞きようによれ なられた証拠 : ・ : ・このような受け取り方をなさると、ご貴 : とも受け取れるロのはさみ方た ま、たしかに出過ぎた・ 殿は大きなご損をなさるそ」 勝重にいわせると、家康のえぐり方のくどくなったのった。 「ト斎、その儀ならばどうするのじゃ。お勝は正純がやり は、家康の人間観のひろがりであり、深まりなのだとい 込められると、何時もムキになって口を出す : : : そなたそ 、つは思わぬか」 「 , 、、、ー・それに上様は、すでにご自身の寿命について深く思 : これは、もってのほかな : いをひそめさせられておわす。それゆえ、一つ一つを遺言 しよいよあわてた。そういえば、お勝の方に助 正純は、、 のつもり、贈り物のつもりで仰せられるのじゃ。そもそも 人間は、二面や三面位で見きわめられるほど単純なものでけ船を出される数は正純がいちばん多い。それをあらわに 指摘されたのだから、狼狽する筈であった。 はござらぬ。謹しんでおきき置きなさるがよかろう」 「殊によると、お勝は、正純に惚れているのかも知れぬ。 いわれてみると、正純にもよくわかった。 ( なるほど、人間はそれほど単純なものではない : : : そのト斎そうは思わぬか」 「いいえ、そのような : : 私は一向に」 複雑きわまる人間が織りなすさまざまな出来事ゆえ、えぐ 「そうかのう。これはお勝にたすねた方がよいかも知れぬ りすぎる : : : などということはないのかも知れない ) 373

2. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

「本多は、よく上様のお心を呑み込んでござりまする」 そうだという感心とが半々だった。 「ところが、一つ大きな心得違いがあったそ」 「正純、そちは何故、自分の父に申し送らず、土井利勝に 申し送ろうと考えたそ」 と、正純の方があわててひと膝乗りだしている。 ( そら来た ! ) と、正純は思った。この教育方法に、決し 「どこが・ : どこが、お、いに添いませぬか」 て彼は反感を持っているわけではないが、こう同じこと 「文言はよい。文句はそれでよいのだが、宛名に配慮が足 二度三度とえぐりながら喰いさがられると、やりきれ ぬよ、つじゃ」 ない気がするのも又事実であった。 「あ : : : その儀ならば」 ( 何という意地のわるい執念深さであろうか : : : ) 「気がついたか。土井利勝では、まだその意をはき違える 「ハハア、わかって居らぬのだな。では申し聞かそう。そ おそれがある。彼は若くてまだ色気があるわ。それゆえ、 なたはもう一つ、大きな考えおちをしているのだ」 ソテロを面白い奴と思い込んでゆくかも知れぬそ」 「さよ、フで : ・・ : 、こさり - 、よしよ、つか」 「なるほど」 「そうとも。それに気がつくまいここらが思案の浅いと 「ところが、こなたの父の正信ならば、そうは思わぬ。あ深いのわかれるところじゃ」 れはもう女子などに興味はない。それゆえ、同じ文言でも 「は : : : お教え願いとう存じまする」 受け取る感じはまるで違うぞ。これは油断のならぬしれ者「よいか正成も肝にきざんでおくがよい この事は、実 だと受け取ろう。どうじゃ。同じ文言が、人により、年齢は正信に申し送るのでもなければ利勝に申し送るのでもな により、境遇によって、みなひびきの違うのを存じて居る 、。実は、秀に申し送るのじゃ」 「それは、たしかに、さようでございます」 「ならば、もう一つ、どちらの口から秀忠に告げさせた方 が、秀忠の思案の中でよりよく生かされるか、それが第一 本多正純と成瀬正成は、顔を見合ってため息した。 に考慮の中になければならぬ」 どんなところにも文句はつくものだという感慨と、成程「あ : : : そのことで」 37 ノ

3. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

たことになる。それでは信教は人それそれの自由でよいとでなければならぬかと存じまする」 する、わしの主張に反するからの」 家康は、笑いながら又視線を正成の上に移し、正純の上 に移した。 「では、正純に命じようかの正成」 成瀬正成は、愕然とした面持で家康を見直した。 ひどく羞すかしかった。 「そちの意見も悪くはないが、それでは細工がこまかすぎ 「正純、よいか、ではソテロの江戸行きはわしが許した。 るそ」 そこでこなたは江戸の大納言にソテロのことを申し送らね ば相成らぬ。さて、何とゆうて申し送るかの」 正純は、あわてて正成と顔を見合わした。 「切支丹の宣教師に、切支丹の教にそむいたゆえ退去を命 ずる : : : 一応は筋が通っているようで、実は毒をもって毒 すでに本多正純は側近にあって、そうした任務をおびて を制するという子供の手じゃ」 いるのだ。これに確答出来なければ落度にもなりかねな 3 正成は、小鬢をかいて恐縮した。 「おそれいりました。たしかにそれでは小細工に相成りま 「されば、こう附言して、土井利勝どのに申し送ります する」 る。ソテロは、わが君に : 「と、わかったようなことを申すが、真実腑におちたので 「ソテロはわが丑須に : : : 」 「眸の蒼い美人を献上しようとした者である。その旨充分 あろうかの : : : どうじゃ正純、そなたはわかったか」 夜の集いは、こうして、何時自分の上に話が飛んで来る に心得あって、病院の創立を許可し、これが業績成果をお かわからないので、正純はすでに自分で自分の答えを探し見まもりこれあるように : 出していた。 「フーン。なるほど、文言は要を得てるの正成」 「よ、よ、ツ 「は、。上様がいつも仰せられるように、自分の意志をま げることなく、相手も又、思うがままに泳がせる : : : それ成瀬正成は、堅くなって答えた。

4. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

き上がった。 みせた。 「似合う ! そちたちは、よう似合う年頃じゃ」 「そうじゃ。それでよい。が、まだまだ仲睦じい夫婦には それもまた家康が予期していない言葉であった。二十に見えぬ。それでは、姫の方で慕うているのに秀頼はまた避 みたぬ娘と六十二歳の老人よりも、正純と並べた方が似合けている。正純は、女子の情のわからぬ奴かの」 うことなど知れきっている そこまでいって、何故か家康は顔いろを変えた。こんど 若しこんな戯れのために、阿梅の方が、はんとうに正純 は、息の止りそうなはげしい胸の疼きであった : に心を動かすようなことがあったら何うするのた : いや、これもまた太閤の晩年の焦慮そのものなのかも知 れない。仮り : どんなに家康が阿梅の方を愛していた どんなに人生を悟りきったつもりでいても、やはり人間 としても、やがて彼女に先立っ老いの死の手は、手加減なは未知の叢林を旅しているのに過ぎなかった。 ど加える筈はなかったのだ : 家康ほどの者が、太閤のよくやった気まぐれ遊びに似た 「これはよう似合う。二人で顔を見合って見よ」 脱線で、阿梅の方と正純をいじめ続けている間に、そうし 「上様 ! 」 た残忍さの原因とはじめて真正面から顔を合わすことにな ったのだ。 「なんじゃその顔は : : : わしはのう、成長したおりの秀頼 とお千を想像して眺めているのじゃ。さ、顔を見合って」 家康は、阿梅の方と正純をなぶっているつもりでいて、 「しかし、それは : その実、自分自身を意地わるくいじめ続けていたのであっ 「笑えぬと申すのか正純は」 いいえ、ても : それに気付いた瞬間に、ゾーツと全身が総毛立った。 「もう少し寄り添うて、それでは互いに相手を警戒し合っ 家康をこうした妙な脱線に追いやっているものは、千姫 ているとしか見えぬぞ」 の生涯の仕合わせを保証してやる力は自分にない : いよいよ憑かれた口調で急き立てると、阿梅のじとった意識の裏の自虐であった。 方は自分の方から正純に寄り添って、ニコリと幼く笑って ( 自分の幸福を分けてやれない・ 752

5. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

な。お勝どうじゃ、こなた正純に惚れては居らぬか」 上げとう存じます」 一座には明らかに異様な空気がみなぎった。 「フーム」 「正純どのは、上様のお言葉ならば、無理にも感心せねば 十五 ならぬと、律義に思い詰められる。そしてそのようなご気 少なくともお勝の方は愛妾中の愛妾なのだ。その愛妾性に、時おり自分で腹を立てられる」 が、これも側を離れぬ本多正純に偬れている : : : そんなこ 「なるほどの、つ」 とを口にされては、誰もギョッとするわけだった。 「上様は意地わるゆえ、腹の立った瞬間にいきなり又一太 年寄りの嫉妬ほどおそろしいものはないし、その意味で刀あびせなせる。すると、正純どのは、自分に腹を立てた は、かっての家康も、決して妬心深くない方ではない。そのか、上様のお言葉に腹を立てたのか、一瞬糸がもつれな れだけにちょっと無気味な一瞬の静まりだった。 き、る」 しゃあ / 、 ところが、お勝の方は洒々として家康に向き直った。 「聞いたか正成、ト斎、この女子は、黙っていわせておく 「上様ともあろうお方が、そのようにものを一面からばかと何をいい出すかわからぬ女子だ。あれで、わしの思案の りご覧なされてはなりませぬ」 糸まで、もつれさせてしもうた気なのじゃ カそうは参 「なんだと、この女め、おどろいたしつべい返しで参った らぬ。どうじゃお勝、わしももう老いさらばえて、どう考 な。では、どのような面から見ればよいのじゃ」 、んても、水いことは無、。、 しっそこなたを正純に遣わそうと 「十、 0 禺か . な「于ほど一円 ) 災いいとい、フ親、こころも、こざり・、ま田、つがど、フじゃ」 する」 正純は、半ばはあきれ、半ばはホッとした。 こんどは家康が、びつくりして正純を見やった。人によ どうやら鉾尖は、お勝の方に廻ったらしい ってはこの比喩を、最大の恥辱と受け取りかねない武辺者お勝の方は、もう一度声をたてて笑った。 もなくはない。 「老いさらばえたなど、もってのほか。そのお気の働きは 「ホホ : : : 」と、お勝の方は明るく笑った。 まだ二十代の若者にも劣りませぬ。さりながら : 「と、まず度胆をぬいておいて、第三、第四の見方を申し 「さ . り・ながら : : : 」 ほこ、・、き 374

6. 徳川家康 13 泰平胎動の巻江戸・大阪の巻

いや、もっと切実な、自分の方が千姫よりも仕合わせでじゃ。そう : : : その太閤も、今日は喜んでおわそう。とに かく太閤の一つの夢は実現したのだ」 あるのに済まなさを覚えての、とまどった脱線 : 「それはもう : : : 地下で、例のお声を張りあげて、狂言で が付いたのだ。 も遊ばされておわすかも知れませぬ」 当然そうした心理は、そのまま、千姫や秀頼の将来に、 「そうじゃ。わしは、五郎太丸でも見て来よう。正純、来 家康はどの者が、まだまた大きな不安を覚えていると言う し」 こと以外の何ものでもなかった。 立上りながら、家康は心の中では全くべつのことを考え 「もうよい。見たいものが見えたぞ」 。こしてした 家康は手を振って、正純に笑ってみせた。笑ってみせた つもりでいて、その実ゆがんだ泣顔を見せていたのかも知 ( 阿梅は、あれは正純につかわそう : : : ) れない。 一度正純と並べて、自分と似合いの若さを持っ異性の存 在を知らせてしまった。それは家康にとって一つの大きな 正純はホッとして阿梅の方のそばを離れると、 「どうなされたのでござりまする ? 」 過失 : : : そのあとでまで執拗に阿梅の方を愛そうとする心 「どうなされたとは、何うしたのじゃ」 は、他人の槍に倒れてある者の首を拾おうとする未練に通 ずる 「お顔のいろが、すぐれさせませぬ」 ( わしは太閤ほど、自分の過失に気のつかぬ者であってよ 「たわけたことを ! 」 家康は、吐き出すように言って、 い筈はない ) 「太閤は、あわれなお方よ」 そう考えたあとで、 「は ? 何と仰せられました」 ( それも実は、お千への言いわけかな ? ) と、ふっと田 5 った。 「太閤はどん慾な人であった。生命までも、若さまでも私 しようとなされたお方じゃ」 ( それほど心配ならば嫁がさなければよいのに ) そこまで言って、 もう家康はその間題からぬけ出していた。彼のもっとも 「また正純はわからぬでよい。何れはいやでもわかること嫌う無意味な妄想 : : : であったと気付いていた 753

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ほうらん せ もう一度急き立てて、 「そうか。あれはたしか鳳鷺であったの」 「はい、あのような鳥がまことに居るか ? 居るならば飼 ( これは、何かに憑かれている : : : ) いたいと : と、家康は思った ( ) 「そうか。見つけてやりたい , 居るものならばのう」 ( これではまるで、わしではなくて、太閤ではないか : そう言ってから不意に家康は真顔になって、 と、、いに、しびれるよ 思った瞬間に、家康はズキンー 「正純ここへ来て、こなた阿梅と並んでみよ」 と、とっぜん言った。 うな痛みを感じた。 他でもない。遠からず世を去ると知ったおりの秀吉が、 正純はびつくりして、家康を見返し、 秀頼に抱いた物狂おしい愛情こそこれであったと気付いた 「は、何と仰せられました ? 」 のだ : 「いや、こなた、ここで阿梅と並んで見よと申したのだ。 」こよ、阿梅の方と正純 こなたと阿梅を並べてみたら、秀頼とお千の並んだ姿に見気付いた時には、もう彼の目の前冫ー とが、きちんと並んで見せていた。 えるやも知れぬ : : : 並んでみよ ! 」 いや、きちんと並んでいるのは表面のことで、二人の表 今日の家康は、どうやら常の家康ではなかった。 には全然違った心の動きが読みとれる。 五 阿梅の方は、これは上様のご命令ですること : : : そうし 家康自身もふしぎな形をとって昻ぶりだしている自分のた甘えきった安堵があり、正純には、迷惑そうな警戒のい 感清には気付いていた。気付いていながら脱線してゆくのろが読みとれた。 或いは平素の自分の行為の中に、こうして阿梅の方と並 は何故であろうか : 自分の若い側室と、若い寵臣を並べてみる : : : そんなこ ばせられなければならないような落度があったのではある とは、少なくとも平素の家康には考えられることではなか 士ましカ・ : ? そんな反省と狼狽もあったのかも知れな っこ 0 とにかく並んだ二人を見た瞬間に、 ふっと嫉、よしさ、も〔湧 「何を躊躇して居るそ。並んでみよ」 757

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といって、このことをハッキリ光悦に指摘されると、そ れが始めから家康の思案てあったような誤解を生みかねな ( 光悦も、だんだん利休居士に似て来るようだ : どちらも人間の美醜を見わけるカンは鋭く、見わけたあ とでは、それをそのまま好悪の感情に移しかねない 家康は、光悦が退出してゆくと、しばらくじっと襖を睨家康は苦笑して次の間に人って来ている本多正純を呼ん んで考え込んだ。 でいった。 光悦はつねに鋭い。鋭いが今度の彼の思案は、ちょっと 「正純、もう安針に来てもよいと申してやれ」 家康には怖い気がした。 「かしこ、ま . り・士从した」 というのは、彼の見透しが、あまりに家康の不安と合い そして正純が立ってゆくと、こんどはト斎を呼んで手控 すぎているからでもあった。 えの用意を命じた。 秀吉は秀頼を、家康の眼鏡次第で、 「安針と私の話のな、安針の返事のくだりを書きとめてお 分相応 こ立ててやって呉れるように」 くよ、つに」 と、繰り返し頼んでいった。 「、い得て、こざりまする」 頼まれなくとも、それは当然そうあるべきで、人間に器「ト斎」 量以上のことなど出来るものではなく、してやれるもので し」 もなかった。 「ここではわしが一番、ぐんと若返ってみせねばならぬこ 仮りに一時は無理が通るかに見えても、それはほんのわとになったそ」 すかのことで、やがて器なりの環境が、不自然なくその人 ト斎はその意味を解しかねて、キョトンとした表情で家 物を包み込む。 康とお勝の方を見比べる。家康はニャリとした。 ( これを天の配剤というのたが : : : ) 「いや、女どもの事ではない。 ここのことじゃ」 はこれで退出させて頂きまする」 家康は止めなかった。 「そうか。では、こん後のことも、よう、いを配って見てい て呉れよ」 343

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としているところではなかったか。 その秀頼のそばへ眼の青い美女など近づけて、それがも 家康は、われを忘れて笑いだした。 しも気に入ってしまったらどうなるのか 「そちはまた、そのような大切なことを何で今まで予にい なまぐさ 「フーム。それは危い生臭じゃ。して、秀頼どのは何とい わなんだそ」 「これは恐れ人りました。もしさようなことを申しましてわれたのか聞かなんだか」 はこの正純、江戸の御台所さまの御前に出られなく相成り家康が身を乗り出してたすねると、本多正純は又ニャニ まする。いや、その後よく調べてみましたところ、ソテロヤと笑いだした。 は大坂城でもそのようなことを申したそうで。つまり、南「笑いごとではない。いったいその美女とは何歳位の女性 蛮人の売り込みは、彼の癖のようでござりました」 なのじゃ」 「なに、秀頼どのにも売り込んだとか」 : それが、大坂表で売り込もうと致しましたのは 話が大坂城へ飛火したので、成瀬正成も身をのりだし美女ではござりませぬ」 : なんだと。美女ではなくて、醜女なのか」 しいえ、女性ではなくて男 : : : つまり稚児なのでござり 十 まする」 江戸の秀忠に南蛮美女の献上というのならば笑い話です そこで、又正純は、はばかるようにお勝の方を見やっ んでゆく キリと申してみよ。稚児と あの律義な秀忠は、御台所の阿江与の方をはばかってい 「お勝などに遠慮はない。ハッ まだに一人の側室もおいてないのだから、想像するだけで いうと、小姓として南蛮人を秀頼どのにすすめたのだな」 おかし味がこみあげる。 「いいえ、それがご見当違い : : : 秀頼さまでは無うて、ご が、年端もゆかない秀頼となれば笑っては済まされな生母さまにすすめたのでござりまする。そのおりに、南蛮 い。少年というものは変わった玩具が好きなものだ。それのみずみすしいブドウを一房お千切り下さるまいかと申し たそうで」 でなくとも今、栄の局の於みつの事件が、やっと片付こう こ 0 しこめ 367

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「ようやくわかったようだの。利勝がゆうたのでは秀忠は 「お勝はロが過ぎるそ。他の女子なら許さぬところじゃ」 軽く聞く。しかし、わしから附けられている、年取った正「と、仰せられながら、実は面白がっておわします。その 信からいわれたことは重く聞くのだ」 位のことは、お勝も心得て」 「相わかりました ! おそれ入ってござりまする」 「フン、どうじやト斎、この女子を抛っておいてよいと思 正純は、ハッとしたように両手を突いて頭を下げた。すうか : ると家康は、ニャニヤしながら、又つけ加えるのである。 ト斎は、あわててどもった。 「よ : 「嘘をつけ正純 : : はい。そ : : : そ : : : その儀ならば : 家康は、眼を細めて楽しそうに笑った。これが家康の夜 「その方が、 それほどわしの意見に感心しているものか」 の教育の仕方であり楽しみでもあった。 「とんでもござりません。確かにそこまで考えてゆくべき 十四 もの : : : と、心の底から恐れ人ったのでござりまする」 「嘘じゃ。こうまで執拗にいわぬでもよいものであろうが 若い人たちに対する時の家康は、たしかに意地わるいほ この爺め、いよいよくどくなりおったそ : : : しかし、そのど物事をえぐってみせた。 ような顔を見せるとますます妙な理窟をつける。ここらで 「ーー物事には、つねに表裏の二面がある。表ばかりを見 如何にも神妙にわかった体にして身をかわすが勝ちたと思て判断しては、間違いではなくとも、完全ではない」 うている。どうじゃ図星であろうが」 以前。 」こよそうした二面論の教育たったが、近ごろそれが すると、お勝の方がわきから答えた。 三面論四面論に変わって来ている。 「図星でござりまする。その通りに違いござりません : 本多正純にしても成瀬正成、安藤直次等にしても、時々 と、お答えなされたがよい。もうこのあたりになると、上それが、 様は、人の悪いことを仰せられるのが、ご自身のお楽しみ「ーー意地のわるいお方だ」 なのじゃ。折角楽しませて、あげたがよい」 と、腹立たしく感じられる場合がある。すると、家康 家康は、渋い顔をして舌打ちした は、おどろくほど的確にその腹立ちまでを指摘してくるの 372