淀の君は身をかがめて千姫の手を執った。 の君を通していって、その前へ真四角に恐れ人ってゆくの 「よいかの姫、姫は今ではわらわのお子じゃ、このようなではなかったか : ところまで出迎えてはならぬのじゃ。なぜ双六をお続けな 「さ、申し開きと申したの、してみるがよい」 さらぬ」 「恐れ人りました。実は私めも、本日まで、まさかにあの 机けてもよろしゅ、つごギ、りまするか」 栄の局が、懐妊致して居るなどとは、思いも寄らなかった 「おおよいともー さ、おちよばもあれへお供なされ」 のでござりまする」 幼い二人はチラリと顔を見合わして頷きあい、以前の場 十六 所へ戻ってゆく。しかし、目交ぜの中には意外だという様 子がありありと見てとれた。 「な、なんとおいやる岬それはいったい何のことじゃ」 「こなた達は姫に何を言いきかせたのじゃ。わらわを怖い 淀の君は、急き込んできき返した。 者じゃと教えたのか」 「こなた、栄の局が : : : 何と申したのじゃ」 淀の君が思うことをすぐにもその場でロにするのは太閤老女は怨めしそうに淀の君を見上げて、すぐには答えよ 、つともしなかった。 の生前から身についた癖であったが、この一言で老女は一 っ 層恐れ入った。 当然そのことで来ていながら、こんな皮肉をいう。、 いえ、決してそのような : たい何を企んで居られるのか : : : そう思い込んた用心深い 「では、なぜ姫はあのように、おどおどしていたのじゃ。 老女の眼であった。 すぐさっきまで、とろりとして無邪気に遊んであったもの 「なぜ黙っているのじゃ。栄の局が、何としたのじゃ」 : 懐妊致したのでござりまする」 「さあ : : : その儀ならば、あちらで申し開き致しましよう 「というと、誰そと、この御殿のうちで不義を働いたと申 ほどに、とにかくあれへお通りなされて下さりましよう」すのか」 その頃から淀の君はすっかり機嫌を損じていった。今度老女はチラリと顔をゆがめて首を振った。 も又陽のあたる千姫の双六盤とは方角違いの上段の間に淀「 いいえ、この御殿のうちではござりませぬ」 258
「すると : ・ : 相手は、本丸詰めの若侍 : : : 」 のであろう」 いえ、ご本丸にはおいでなさりまするが、詰の間の侍「ご母公さま ! ちとお謎が大きすぎは致しますまいか 衆ではござりませぬ」 栄の局の気性気質はよう存じて居りまする。根も葉もない 老女は、皮肉な落ち着きを見せだした。或いは彼女は、 相手を作ってご成敗では、局が可愛そうにござりまする」 淀の君が、若侍との不義として、事を片付ける考えなので 「なに、根も葉もない相手を作れと : はあるまいか : : : そ、つ思って、ぐっと反感を昻めたのかも 「はい。そのようなお謎はちとむごすぎはすまいかと : 知れない とにかく、最初局は、お居間へ召されて、手籠めにおうた 「詰の間の者ではない : : と申せば、出人りの商人衆か、 : それに相違ござりませぬ」 それとも庭廻りの : ・・ : 」 「お居間に召されて : : : 」 老女は、きびしい顔で、他の侍女たちに退がれと合図を 「はい、若君さまは、その後も度々お召しなさる : : : しか し、お若くおわしまするゆえ、このようなご用であったと さすがにみんなの前で、淀の君への直言ははばかられた は、当の局以外、誰も気付かなんだのでござりまする」 のであろう。 淀の君は、ポカンと唇を半開きにしたまま、放心したよ みなが退ってゆくと、 、つに默 ~ ってしまった。 「ご処置はもうご母公さまのお胸のうちで決っておわすと老女はその時になってはじめて、淀の君がまた秀頼に何 存じまする。栄の局を何と致しましようや。仰せ聞け下さも聞かされてなかったのだと気がついた。そうであれば、 りよするよ、つ」 そのように考え方もあったものを。栄の局にはもう告げて 淀の君はじれ切った様子で舌打ちした。 あるといったそうな : 「決めようほどに不義の相手の名を申せ。女主人とあなど 「借りが出来た。阿江与どのに って : : : 事によっては二人並べて成敗しようそ」 しばらくしてポツリと呟いた淀の君の眼はまっ赤であっ 「二人並べてご成敗 : : : 」 「そうじゃ。そなたはもはや、その相手の名を聞いている こうして、この問題を江一尸へ何と告げようかと、みんな つぶや 259
打ち克ち得るのだ たら、それこそあとは何うにもならぬ不信の鬼が育ちます 「わらわものう、自分から出掛けていって、淀どのと話そる」 、つかと田 5 、ったのじゃ」 「なるほど」 「それが宜しゅうござりまする。それが勇気でござります と、宗薫は、光悦をおさえるようにして口をはさんだ。 る」 「そうなると、内府さまと淀のお方の間たけではなく、高 光悦は急き込んで言った。 台院さまと淀のお方の間にも : 「まだほんとうにお育て申上げるご苦心をなされておわさ 「いいえ、わらわの許へ出人する人々と、淀どののお側の ぬ : : : 内府さまの方からそう言われて、高台院さまが手を衆の間へも救いようのない疑惑の鬼がわだかまる : : : それ こまめ 拱いておわすというのは逆のように存じまする」 を想うと、うかつに強いてはならぬこと : 「光悦どのの一一一口、つことは何時も正しい」 「高台院さまのお言葉ながら、淀のお方さまとて、信長公 「いいえ、思うままを申上げねば、それこそご無礼に当りの姪御さまにござりまする。よく心の紐を解き合うてお話 まするので」 申せば、きっとご納得下さるのでござりますまいか」 「しかし光悦どの、若しわらわが淀どのを押えつけ、無理 まだ光悦は、自説をまげようとしなかった。 に内府の許へ送り込んだのち、若し万一秀頼どのが、患い 彼に言わせると、人間同志の誤解というのは、何時も臆 でもなされたら何と致しまする ? 」 病な遠慮から生れてくる。たとえはじめは衝突し合うて 「それはしかし も、それを恐れす話合うところに、はじめて理解の光りは ほ、つみ、、フ 「いいえ、まだ疱瘡も済んでは居らぬ秀頼どの : : : 若しお射しかけるというのであった。 患いなされて、ころりとお亡くなりなされるようなことで 」を知って居ればこ むろんそうした光悦の「勇気 もあったら、何うなりましよ、フ」 そ、高台院もわざわざ彼を呼んでいるのたったが : 「ふーむ。それは、生きておわす限り、全くない事とは申「光悦どの、まあわらわの思案を聞いて下され」 せませぬが : これは又しても出過ぎましたようで : : : 一 「そのおりに、毒司、 食しされたというような噂でも若し立っ 「いいえ、そうではない。わらわがこなたに頼みたいのは 3
りを、どうして衝突させまいかというのが、つねに最大のせた人が、何時かその事への感謝は忘れて、それは太閤と 議題であった。 の約東ゆえ当然そうあるべきことであったように思い馴れ むろん根気よく説いてゆくので、近頃では淀の君も且元ている。 の申出は、よく聞くようにはなっている 咽侯もと過ぐれば熱さを忘れるのは人情だっこ ; 、 現に、寺社の修復でも、今年は五カ所も寄進の予定であでは決してその好意に馴れてはならない時に思えた。とに っ一」 0 かく今の世の中で、武力では対抗出来ないという弱味は決 河内の誉田八幡宮、摂津の勝尾寺、それに安上の総見寺定的な意味を持っている を終ると、又々河内の叡福寺と観心寺をやることになって それだけに徳川家から一の好意を寄せられたら、二にも いる 三にもしてそれに酬いる用心が大切だと思った。 しかしその目的は、且元とはハッキリと違っていた ところが、淀の君は、次第にそれを忘れて、近ごろでは七 且元は、徳川家の眼をそらしながら、淀の君にほんとう手組の人々などに、豊家は主筋にあたるのだ。何でこちら の信仰を得させたいと希っているのだが、淀の君は首をすから膝を屈する必要があろうか。女と幼君だけたと思うて 侮りを受けぬよ、つに・ : などと口外することさえあった。 くめて、こんな冗談も言うのであった。 且元にはそれがたまらなく不安であった。事情を知るは 「ホホ : : : 家康調伏の寄進ならば、何程しても惜しくはな いそえ」 どの者ならば、家康が決して秀吉の家臣でもなければ、こ れに降伏したのでもない事はよく知っている。むしろ秀吉 の方から実の母まで人質に差し出して、義弟としての家康 片桐且元は決して淀の君を愚かな女性だとは思っていなを大坂へ呼び寄せたものであった。 したがって親類でこそあれ、主筋などではなく、その武 かった。しかし、その賢さ、勝気さが次第に重荷に感じら へだた れだしている 力に至ってはもはや比較すべくもない距りだった。 関ヶ原の大敗を聞き、家康が、秀頼や淀の君の責任は問わ しかも家康は、征夷大将軍の宣下を受け、これから江戸 ぬと言って寄こした時には、別人のように謙虚な喜びを見 に帰って幕府を開くのだ。そうなれば、曾っての秀吉が、 129
忠の次は秀頼と空想してのことに違いなかった。 「只今お出迎え致させますれば : そしてその空想は久しく忘れていた千姫の存在をはっき 「よいのじゃ。ただお千どのの笑顔を見とうて来たのじゃ りと思い出させたのだ。 ほどに」 秀頼を三代将軍と空想すると、秀忠、秀頼の間をつなぐ そこへ老女があわてて駈けて来て、その場へびたりと平 大切な鎖は他ならぬ千姫だった。 伏し、汗ばんだ切口上で迎えの挨拶をしていった。しか その千姫はいま、江戸から連れて来たお気に入りの童女し、その時にはまだ淀の君は、かくべっ何も感じなかっ おちよばと二人で、すごろくの盤に向い合っていた。 ( わが身のためによう気を使うてあるものじゃ ) 十五 そう思っただけで、通っていった。 が、通ってみると以前の場所に、千姫もおちよばもいな 長い廊下を明るい表情で渡り終って、千姫の御殿口にか っ ) 0 かってゆくと、千姫の侍女たちはひどく慌てた。 何の前ぶれもなく突然淀の君が渡って来たのだから無理「はて、姫は何としたのじゃ」 「十、 0 しそれにお出迎えを : : : 」 もない。あわてて一人はその前に両手を仕え、もう一人は 奥へ走った。 言われて淀の君はギョッとなった。襖の外の足計に千姫 「よいのじゃ。見よ・ : ここからお千どののお顔がよう見が、おちよばと並んで小さく坐らせられて手を仕えてい える。ほんにあの器量はどうであろう。とろりとして、何る。 の邪心も怖れも知らぬあの気品、喰べたいほどの愛くるし 「おお、お千どの : ・・ : 」 淀の君の眉が曇った、このようにまで他人行儀にせずと しかし、それは、この御殿の侍女たちには、言葉どおり もよいものを : : : そ、つ思、フとすぐさまそれは逆にカツンと には通じなかった。 感清にこたえて来た。 淀の君の気むずかしさも、言葉の上の手きびしい皮肉癖 こちらで懐しさを感じていても、この召使いどもは、冷 も知れわたっている。 たい警戒心を捨ててはいない 257
も、わが身を犠牲にしても子を愛す : : : そんな没我的な愛「ーーー・母上じゃとてお覚えがあろう : : : 何じゃ、わざわざ 情とは、栄の局にはどうしても受け取れなかった。 都から傾き者など呼び寄せて、ご寵愛なされたではない ( いったい秀頼さまのはんとうのお味方はあるのであろう か。母上のしてよいことを、秀頼はしてならぬといわれる たとえば、その愛情のためには身を裂き、骨を砕かれて その時の淀の君の狼狽と憤怒とは、局がこの世で見た女 も悔いないというような、灼けつくような真実の愛情が 性の姿の、いちばんみじめな凄まじいものであった。局は つくづくあとで考えた。 そう考えて来ると、栄の局は静かに頭を振るよりない。 淀の君の躰内には、情慾の車が一つ火を点けられたまま そして、振ってみるたびに、秀頼への愛情はあやしい形でで残っている。火を点けたのはいうまでもなく太閤なのだ 募っていった。 が、太閤はそれを燃え尽くさすことも、消すこともせずに : いや、そのす逝ってしまった。 情人なのか ? それとも姉か母なのか : べてを併せ持った奴隷であっても悔いはない : : : そんな気 したがってその車が燃えながら廻ってゆくのは、淀の君 さえしだしている の罪ではない。彼女自身にも、何うにもならない哀れな宿 事実、はじめの局は、たしかに手ごめにあったといって業なのだと : しかし後には局の方から燃えた場合がなかったとは その宿業の火の車を躰内に持った淀の君が、その後どう 日寸よ、つこ。 してここへ彼女を預ける気になったのか : 局が、いまも苦しいのは、そうした秀頼への愛情ばかり そこまでは局に解ききれる世界ではなかった。 ではなかった。二人の交渉に気がついて、はげしく秀頼を 「申し上げます。これへわが君と、本阿弥光どのが、お なじった母の淀の君のあり方にも同情出来ることであっ 二人でお越しなされまする」 ほの暗い入口に両手を突いて、はばかるように少女がい 母と子は局を目の前にして、いちどはげしくいい つ」 0 つ ) 0 285
しかし、若君のお腰のもの : : : と、なると、必ず淀のおました。御前で刀身をお納め申したいと存じまする」 方が口を出したし、光悦は或る意味ではお伽衆のようにも 「ご苦労たった ( ) 先すわらわにお見せあれ」 扱われているからの事だった。 そう言われて、起って来たのが間題の大野治長であるの 四半刻近く待たせられて、 に気付いたのは、二人の視線が、 載せて来た根来塗の台の 「ど、フそお通りなさるよ、フ」 上でビタリと出逢ったときだった。 お広敷の役人に言われたとき、光悦はまたカーツと体が ( やはり干飯は、お腰についていたわい・ 汗ばんだ。 「おお見事じゃ。よう出来た」 それがただの若君のご生母ではなく、阿菊のように誘い と干飯が言った。 を待っている生きた女子衆なのだ : : : そう思うと、自分ま 「これには故殿下ご愛用の尺八寸の正宗を納めることにな でが狙われそうな、ひどくとまどった狼狽を感じるのだ。 っている。すぐに取出せようほどに待ってお居やれ」 ( なるほどわしは堅ぶつで、女子のことだけは、まだまだ 治長はその拵えを淀の君の前に据えながら心易げに言い 知らなすぎたのかも知れない ) 添えた。その言い方の裏に、なれすぎた感じがあり、 淀の君の居間に来てみると、酒はのんではいなかった ( やはり、噂だけではない : らんじゃ が、座敷い 0 ばいに籠った蘭麝の香りの中に、息詰るよう光悦は、自分の精魂こめた拵えも、これから仕込まれる な女の匂いの混じっているのがたまらなかった。 正宗も可哀そうな気がして来た。 「光悦か、ようお出でやった。近う : 十三 光悦はささげた太刀のかげからチラリと見やった淀のお 方が、阿菊や女房などより数倍餞えを深めている色道の塊 淀の君は、治長に取次がれた拵えを、自分と並んで坐っ のように見えた。 ている秀頼の方へちょっと押しやるようにしてから取上げ えんや 熟れきって、今にも溶けそうな艶冶な果実を連想させた る。 秀頼も珍らしそうに母の手許を見あげている。 「ご下命の、お太刀のこしらえが出来ましたので持参致し 「目 ) 只きは ? 」
ではなく、一方の高台院をなっかしむ人々へ、ふしぎな反のだった。 感を醸成させる結果になりそうで気がかりだった。 つねの淀の君ではなく、それは彼女が、よく大野修理だ えんや 「ーー大きな声では申されませぬがカ庁ネ 、、、リ奈、鬲島、黒田 けに見せる、艶冶さを躰いつばいにたたえていたからたっ 細川など、みなわが身可愛さに江戸の方へなびいてゆくよた うで。もっとも北の政所さまが、すでにそのお心かも知れ「どう思うと仰せられますると ? 」 ませぬゆえ」 「内府 : : : ではない、今は将軍家じゃ。将軍家と、北の政 そんな話をよくしてゆく。且元にすれば、万一江戸と大所とは、。 とれはどのお仲であろうな」 坂の間に面白からぬ問題の起こった場合には、何をおいて 且元は、その言葉をどう受取ってよいのかわからず、眼 も、高台院と、そしてそこに出人りしている子飼いの諸将 をしばたたいて淀の君を見上げていった。 に取りなしを頼むつもりでいるのに、それが、二派に分裂 「こだ将軍に縋ってあるがわが身のため、そう思うて近づ しては救いようがなくなるのだ。 いておわすのか、それとも、もっと深いお仲であろうか : キリと しかも、最近になって、淀の君の言動に。は、、ツ そうした影響が現われだしたような気がする。 「と、仰せられると、あの高台院さまが : 且元は、決して女性心理のこまかい感情のひたまで読み「ホホ : : : そのようにおどろく事はない。北のお方とて女 とれる方ではなかったが、その日、和久宗友がやって来性ではないか。まだ枯れきったというわけでもあるまい」 て、京の高台院の許へは、所司代の板倉勝重が時々ご機嫌「そのようなたわけたこと : : いや、そのようなことが、 伺いに出人りしているようだと話して帰ったあと、且元に 、こざり・まするものか」 思いがけないことを言った。 「と言うがな、女子というは殿御から誘いかけられると弱 その時も、淀の君はたしかに酔ってはいたのだが、 いものじゃ。このわらわとて、一度は将軍にな : いちのかみ 「市正、お許はどう思われまする ? 」 言いかけて、淀の君はあわてて又且元に盃をおしつ わざわざ人を遠ざけ、盃を且元に呉れたあとで、声をおけた。 どして囁かれた時、且元はひどく狼狽してどぎまぎしたも且元は、キョトンとしていた。そんな噂も全然なくはな 2 2
しがねであったそうな」 「いったいその噂、何者がお耳に人れたのでござります 「ホホ : : : そのようなことは、誰でもよい」 「まさか先頃呼び寄せられた傾き者、名古屋三左とか申す 者の : : : 」 淀の方は、またこばれるように、笑っていった。それは 「まあよいと申すに。世間にはそうした噂もあると聞き流 取りようによれば、且元を作り話で揶揄しているようでもせばそれでよいのじゃ。とにかくそのため将軍家はお気が あり、テレ隠しに笑ってみせているようでもあった。 変った。そこでわらわへの詫び心もあって関ヶ原の合戦の 「近ごろ、わらわは気になる噂を耳にしたのじゃ」 のち、すぐさま修理を、わが身の許へ帰して寄こしたと : : どのようなお噂でござりまする」 : ホホ・・・・ : そう言えば、そう考えられる節もなくはない。 「実は将軍家は、秀頼どのの父として、わらわと一緒に住男女のことは妙なものよ」 「ご母公さま、あの男はそうした作り話で酒間を取りもっ む気であったのじゃそうな」 「そのようなことは : 傾き者、それは座興でござりましよう」 「と言うと、お許は、北の政所には決してそのような事は 「まあ聞くがよい。聞いたうえで笑うて忘れてしもうがよ ないと信じているのじゃな」 し」 「申すまでも : と、言いかけて、且元はあわてて口を噤んでいった。た 「それがそうでは無くなった : : : わらわはそれを、あの若 い、お亀どのやら於まんやらの故じゃと思うて、将軍を笑だの戯れ言ではない。淀の方の表情が、急に引きつるよう うていたのじゃ。ところがそうでは無かったそうな」 に歪んでいったのだ ( このお方は事実と信じて話している : : : ) 「まあお重ねなさるがよい : : : それは実は、北の政所のさ家康と北の政所の間にまで、そうした情事があったと臆 家康がこの城の二の丸にあったとき、訪ねていった淀の お方と二人だけでしばらく同室してあったとは : ( しかし、それを淀のお方の口から聞こうとは : っ一 ) 0 225
そこの事じゃ。わらわはもう疲れた。秀頼どのの事にロ出っこ、、、 オが逢うて貰えなんだこと : しも出来ぬ。それゆえ寺へ身を引きたい・ : と、その事を 「そして、それで高台院さまは、寺を建てて全くの世捨人 こなたの口から淀どのに告げて欲しいのじゃ」 のお暮しに人ろうとなされておわすこと : 光悦はギョッとしたように姿勢を正した。 「その通りじゃ」 高台院は、そこでふと声を落として、 「よいかの、その寺にかくれたということに、ほんの少し ( 何かある : : : ) ばかり、わらわの最後の願いが秘んでいるのじゃ」 と、光悦は田」 0 ていた。しかし、それは、家康に寺を建光悦は思わす身をのり出して、 てて欲しいという話だけなのかと、ちょっとがっかりしか 「そうなくては、叶わぬところと存じました」 けていた。 「よいかの光悦どの」 ところが、やはり高台院は、もっと深い配慮があっての 高台院はひたと視線を光悦の額に据えると、 ことらし、 「わらわが寺にかくれるのは、もはや世間の人には会わ 「私に、淀のお方の御前へ出よとおっしやりまするので : ず、太閤の霊だけをただひたすらにご供養申したいばかり のこと : : と、申して呉りやれ」 「こなたならば、秀頼さまのお腰のものにかこつけて、不「太閤殿下のご供養がしたいばかり = 自然なくお目にかかれる筈」 「そうじゃ。淀どのも秀頼どのも、この嬪らわしい世に生 「それはもう : : 仰せとあれば」 きてあれば、あれこれと雑事が多く、ご供養までは手が届 「そして、今日ここで話したことを、そのまま淀どのに告くまい。それゆえ、太閤が地下で淋しがらぬよう、わらわ げて貰えばそれでよいのじゃ」 だけは一切俗事と手を切って、明けくれおもりをするの 「なるほど : じゃと」 「わらわが、秀頼さまのことで、内府と話合うたこと。内「あの : ・・・・そのように申しても宜しいのでござりまする 府にたしなめられたこと。そして浅野と孝蔵主を使いにやか」 2