於こうは、とっさに不安な顔になり、 声をおとしてさぐりを入れた。 「それでは : : 私との約東も、お忘れであろうか。あのよ 於こうははじめてニッとした。自分との約東は忘れてい うに、何度もおっしやっておいでなされたのだけれど : : : 」ないといわれてホッとしたものらしい 「そなたとの約東 : ・・ : ? 」 「いろいろと、おっしやりました。ほんに酔いすぎていた 「十、 0 こんど、山へお連れ下さる。いいえ、私だけではような」 なく、山にはたくさん女子衆が入用ゆえ、それを集めに来「誰そ : : : 誰そ、人のわるロでも申したか」 られたのだと 「はい。たんとおっしやりましたそえ」 そういわれると、長安は、急に新たな不安を覚え、あわ「たんと というと、先ず誰の、じゃ」 「亠よ、、 てて大きく手を振った。 この家の伯母さまと、アダムスさまとかい、つ夷人 「いやいや、それは忘れるものか。忘れてよいことではあさんと、それから本多正信さまと、江戸の大納言さまと る士い」 9 つ。したが、実のところ記應はおばろで、不安はい 歌うようにいわれて、長安は平家蟹のように顔をしかめ 3 っそう募って来る。 とにかく酔いすぎていた。酔いすぎると長安は、衝動に 任せてあることないこと喋舌るのが癖た。 ( さて、わしは何をいったのか ? ) 「いうもいったり、江戸の大納言さま、秀忠さまの悪口ま 今はそれを確かめて、事によってはほんとうに於こうをで申したのか」 らっ こびん 山へ拉し去らねばならなくなるかも知れなかった。 長安が小鬢を掻いてしおれてみせると、於こうは急にや さしくなった。 「そ : : : そなたのことは、わ、忘れるものか」 長安は、もう一度その場を糊塗しておいて、 「でも罪のないこと : : : それに私と伯母さまと、義兄さん 「於こうどの、他にわしは、何そさしさわりのあるようなの他には誰もそばには居りませなんだ」 ことはいわなんたか ? 」 長安は、もう一度大きくため息して、冷えた盃を、顔を
その瞬間に長安は顔をクシャグシャにして、いきなりム金山事情の報告を済ましたころを見計って、わが家を出た。 ズと於こうの襟がみをんでいた 光悦は、昨夜わが家の離れで何があったかを苦々しく知 掴んでしまってハッとなったしどうもこうなりそうな気 っている。しかし、その事にはロ出しはしないつもりであ っ一」 0 がして、さっきから内心ひそかに警戒はしていたのだが もともと於こうは本家の家族。正直なところこのまま本 「ロの減らぬ女子め、それだけわしに立ち向うて来るから家にあっても哀れで厄介な存在だったのだ。それが大久保 は、成敗は覚悟の上のことであろう。いや、覚悟で無うて長安に連れられて金山に行く気になった。従来の鉱山は男 ももう許せぬ。大久保長安ほどの者を、よくもよくも、そばかりの荒んだ稼ぎの場所であったが、長安はそれではな のようにからかい居った。もう許さぬ。山へ連れていんらぬと家康の許しを得て、現場へそれぞれ村落を作り、そ で、八つ裂きにして呉れるわ」 こだけで充分男女とも住まうことの出来るように設備する 於こうはこんどは笑わなかった。 のだと一言っている まんまるく眸を見開いて、半ば怖れているような、半ば そうなれば恐らく奉行の仮宅は、佐渡にも、石見にも、 たかをくくっているような様子で、長安の腕の中へすくん伊豆にも、それぞれ相当立派なものが建ってゆくに違いな でいく い。いや、建物だけでは無くて、それぞれ主婦代わりの妾 長安は「小癪な女め」と、また言った。 が一人ずつ配置されてゆくだろう。 そんなことはむろん於こうは計算している。或いは巧く 長安をあやつって、どこその鉱山で女将軍になりすまして 世界の風 ゆくかも知れない とにかく光悦が、自分の好みを離れて見れば、於こうと 長安は気の合いそうなところがある。喧嘩となれば相当す さまじい喧嘩もするであろうが、睦むところもありそうだ。 そこでわざわざ光悦は、長安が所司代屋嗷から伏見城へ 翌日本阿弥光悦は、大久保長安が、伏見へ赴いて、家康に 3 3
と、長安は自分で自分を褒めた。 限り、感心こそすれ軽蔑はしない男だ。 「それを、光悦どのも聞いて居られてか」 若し軽蔑されればそれは長安の酔態だけであろう。 「はい。その通りと : もう一人、光悦の母の妙秀は、絶対安全だといってよ 「宜しい。さて、於こ、つ」 いどんな場合にも、自分の信念は曲げない代わりに、人 し」 の生き方に好悪はあっても同情も持てるという、真正の苦 「これでこなたの身分も決まった。酔っていたとは申せ、 労人だった。それを知って居ればこそ、長安も甘えて悪罵 わしがそれだけのことをい、つは、よくよく : : そなたを信を浴びせたのだし、向こうもまたその位のことは万々承知 じてのこと : : いや、酔うた眼にも、こなたは信じられるで甘えさせている筈だった。 女子と映った証拠なのじゃ。わかったの、こなたは今日か ( とすれば、間題は於こうだけ : ・・ : ) ひょうたん らわしの側女じゃ」 瓢簟から駒が出たという例えの通り、これはひと思 高飛車にびたりといって眼を細めた。 に、鉱山の現場へ攫っていって、文字どおり「山妻・ーー」 でロを封じていくのが最上の策であった。 四 「異存はいわせぬ。こなたも山へ連れて行けとせがんだ筈 人生の裏も表も見尽して来ている長安にとって、これは 又たまらなく面映ゆい狂言だった。 といって、大きな夢を抱く身が、酒の上とは、 しし学 / 、刀 於こうは、一瞬息をのむ : : : といった形で長安を見返し ら、口外してはならないことを口走った : : となれば、そこ。 れを耳にした人々のロだけは、是が非でも封じておかねば 長安は、その於こうの姿躰と理性の格闘など手にとるよ ならなかった。 、フにわかるつもりだ。 光悦は心配あるまい 山へ連れて行ってとはせがんだが、長安の妾になるなど 彼はあの気性で、誰の前でも、ズバズバと人物批評をやという意味であったろうか : そんな自問自答がこの ってのける男なのだ。それたけに長安の見方こ王、 し、刀・イ / し 女の胸であやしく波立っているのがわかった。 さら 321
「・すると : ・ : ・すると : : これを小判に鋳直しますると : しかし、一」 黄金はそのままではたたの物質にすぎない。 れを人間が、 人間の生活と結びつけたとき、そこにはふし 何時もだったら、そんな暗算は得意中の得意であった ぎな信仰に似た魔力が芽生えてしまっていた が、この時ばかりは長安の頭脳も滑りを停めてしまってい むろんその魔力の影響外に超然としてある人々も少くな しかし、大久保長安はそうではなかった。 「さよう、これを小判に鋳直すと、一万三千六百両あまり彼の前半生は、黄金を白眼視しながら、実はそれを欲す とかききましたが」 るがゆえに、時に呪い、時に魅されたあげく、ついに地下 : 如何にも、さよう、千両箱に致しまして十の黄金にまで近づこうという、常人よりは遙かにはげしい 四個に少々足りませぬなあ。全体ではこれは莫大な金高で執心をもっている男であった。 彼は詰所へ戻って再び且元と向い合ってからも、黄金の そこまで言ってあわてて長安はロをつぐんだ。それまで気にあてられて、暫くはポー ッとしていた。 訊くと礼を失するばかりか怪しまれそうな気おくれを感じ あのおびただしい黄金が、平凡な秀頼という思春期の少 たのだ。 年と、その母親である寡婦の所有にかかるものたというこ 且元は、すぐまた黄金をコモに包んで人夫を呼んた。 とが、何かあり得べからざることに設えてならなかった。 「よし、運んでよい」 ( いったいあれが、この長安のものであったら、長安は何 そして、お蔵の人口に立っている貞隆を手招いて、何かをするであろうか : 二言三言囁くと、そのまま長安を伴って以前の詰所に引っ ひどく実際家の癖に、あふれるような空想力も持ってい 返した。 る長安が、そう考えてみるのは至極当然のことらしい 詰所へ帰るまで、長安の頭も胸も、トロリとした純金の ( わしならば : : : あの黄金を、死蔵などはしておくものか 肌とその光りでいつま、だっこ。 恐らく全体では何千万両という : いや、億を超える金 かも知れない。その金を現在国内で小判大判に鋳直してし ノ 69
いうまでもなくそれは於こうが、次々に盃をみたして休そんな思案はとうに実行に移されていたし、今日の茶屋 みなく飲ませたからであろう。 清次から受け取るものは、ことごとく長安を腐らせるもの いや、於こうがどんなにすすめたところで、長安が止すばかりであった。 気ならば止せたろう。ところが今日の長安には、酔いすぎ 若さや明るさにも気押されたし、智識でも、頭脳の働き るとわかっていながら、盃を離せない妙なこだわりが胸に でも圧倒された。 残っていた。 いや、それだけならば、何もこだわることはない。 久しぶりに都の土を踏み、光悦の家にやって来るまで さすがは茶屋の後とり、これで先代も地下で喜んで は、弾みすぎるほど弾んだこころの長安だった。佐渡も石 いるであろう」 見も仕事は上々。おそらく家康は、、 しよいよ長安の手腕を そう褒めるだけで済んだ筈なのに、コツンと肚にしこり 認めて喜んで呉れるであろうし、それはそのまま次の出世が残った。 につながってゆくだろう。 ここずっと、大久保長安の胸に秘めている「夢、・ーーー」の そうした自負と自信が長安ほどの人物を子供のようには 前に、大きな邪魘ものの影が立ちはたかったような気がす しやがせてしまっていた。 るのだ。 ( そうだ。光悦にも一つよい智恵を土産がわりに進呈して そういえば茶屋清次も、そして日本に永住しそうな気配 やるか ) の三浦安針も、到頭長安の敵にまわったような気がする。 ただちか 本多正信父子や大久保忠隣などの重臣側は別にして、本 ( このままではわしは一生、ただの山掘りで終わらなけれ 阿弥光悦は家康の最も信用しているお伽衆側その光悦と ばならなくなるかも知れぬそ : : : ) 親しくしておくことは、家康が何を考え、何をやろうとし彼の夢は、大坂城であの巨大な黄金の塊を見たときか ているかを、つねに的確に打診出来る大切な通風口にあたら、それを駆使し、華々しく世界と交易してみたいという っている。 ことたった。 そこで光悦に、豊国祭の智恵をつけておいてやろうと思 むろん家康を説き伏せて、日本の運命を賭けるはどの大 って立ち寄ったのが逆になった。 仕事を : : : ところが、その資本になる黄金発掘に成功のめ 317
いちど口を開くと、於こうは攻勢をゆるめなかった。 「姉妹て、義兄さまを争うてはと、伯母御が私を嫌うてい : ムよ . るとおっしやった。それが真実ならば、私は : どこへ行けばよいのやら」 長安の方にも手管はあったが、。 とうやら於こうの方に 「於こうどの、それはわしの戯れじゃ」 も、きびしい言算があったらしい 「いいえ、真実を見破られておっしやったのに違いない。 手もなく自分の罠にかかると思っていた於こうが、きれ私とて、それのわからぬほど世間知らすではござりませ いに長安の手のうちを読んでいる。そうなると、長安と於ぬ。現に、伯母御は私を嫌うて居りますもの」 こうの立ち場は逆になった。 大久保長安は、渋い顔で舌打ちし、それからあわてて盃 「大久保さまはおそろしいお人です。私のロを封ずるためをのみ乾した。 に山へお誘いなさるばかりでなく、この家の、私の秘密ま 「さ、わしからこなたに盃をやろう。もうそのことはロに 4 2 で見破られて口外なされた : するな」 「何とい、フ : : この家の、そなたの秘密 ? 」 すると又一歩、すーっと於こうは身を退いた。燃え狂っ 「はい。私が義兄さんを、人知れず慕うているという、羞て身を任せるどころか、於こうの方が計算は確からしい かしい内証ごとまで」 さすがの長安も、酔った頭脳に爪を立てられ、体勢を立 長安は「あーーー・」といって、とっさに二の句がっげなかて直そうと必死なのだが、もどかしいほど気の働きがにぶ つつ ) 0 っていた。 彼はそれほど深い考えがあって、於こうが光悦を恋慕し何よりもこの女に、いってはならない秀忠の悪口を、 ているなどといったのではない。そんなこともあろうかと ッキリ聞かれてしまっている、それがたまらない負担にな いう仮定の冗談ならば、誰も傷つくことはあるまいと、世っこ。 なれた座興のつもりだったのだ。 ( 事もあろうに、秀忠を阿呆だなどと : : : ) 「大久保さまは : いや、それよりも山に誘って口を封じようとしているの は、山で殺されます」 長安の顔から、サッといちどに血の気がひいた。
を、殺す気だと感じ取っているのだから始末がわるい 「於こうどの、わしの盃を受けぬというのか」 ズキンと頭が痛んで来た。 しかし於こうは、ひと膝退いたまままたまじまじと長安 ( すると、わしはもうこの女子に手をつけてしまっていた を見返しだしている。たしかに怖えている。その証拠に、 のだろうか : 半ば開いた小さな唇が、わなわなと震えだしている。 そんな覚えがあるような気もしたし、無かったようにも や、その唇からのぞく小粒の歯の白さまでがふしぎと長安思えて来る。とにかく酔いすぎて、記應は千切れた紐のよ の心をそそった。 、フこパ一フパ一フだった。 「於こう ! 」と長安は語気を強めた。 於こうは、長安が茫然としたのを見ると、つと立ちあが 「わしの申すことは聞けぬというのかツ」 って、附木に火打石の火を点じた。 「お許し下さりませ」 カチッ、カチッというその音が遠い別の世界の出来事の ノとあたりが明るくなった。 於こうは、とっぜんその前に両手を突くと、又しても大ように鼓膜をたたき、ポ 5 きな鉄砲を長安の胸元深く打ちこんオ 附木の火が燭台ではなくて、水いろの薄絹を張った丸灯 3 「お山へお連れなさることだけはお許し下さりませ。その台に移されていった。 代わり、於こうも、今日のお晴けは、無かったものと忘れ その瞬間に、そのそばの於こうが、濡れているように艶 めかしく取り登ました女になった。 まする」 ( これは事実らしいそ : : : ) 「なに、わ : : : わしの、お情けじゃと」 : はい。たった一度愛されたお殿さまのお情け : 根が蕩児の長安には、これですっかりわかった気がし 於こうは決して口外は致しませぬ」 とんだ計算違いであった。いまにも燃え狂うであろうと 思った眼の前の女体は、すでに一度燃えたあとの、冷静さ きぬぎカ を取り戻した後朝の女であったとは : 長安は、そうっとうしろに敷かれた夜具を見やった。い われてみると、たしかにそれは一度休んだ形跡を残してい ( これは、飛んだお目がね違いのお笑い草だ : : : ) よ ) 0 る。
於こうは、それでもまだひとしきり泣きつづけた。泣き左肩にもたせて来た。 続けながら、たしかにどこかで媚態たけは深めて行く ( 到頭来たそ ! ) と、長安は思った。上半身のもたせ方までツボにはまっ 長安はそっと盃をおいて、首をのばすと、女の耳朶に、 ている。右手でぐっと抱え直せば、それですべては整うの ちょっと唇をふれていった。 「よいよい、そのように悲しいのなら取り消そう。わしは と、その時はじめて於こうはロを開いた。 こなたを不幸にしようとは思わぬのた」 「大久保さまは、恐ろしいお方でございます」 もうこうなると長安は、獲物をなぶる猫であった。あら 「なに、わしが恐ろしい : : : それはとんだことじゃ。わし ゆる手管を知り尽して、次第に相手を燃え立たせる蕩児の は女子の涙にもろい : 昔にかえっている。 こまどわされるほど、於こ、つはおば 「いいえ、そんな口説 於こうは、長安の言葉を聞くと、ゆっくりと涙を拭っ こではありません」 大抵の女が、ここで踏みとどまろうと、一度は情熱を押「ほう、では、女の手管など、悉皆身につけた姥桜たと申 えにかかる。しかしそれは結局よりはげしく燃え狂う次のすのか」 火勢を添えるだけの事にしかならないものオ 「大久保さまは、私を山で殺す気でございます」 「なにコロす : 長安は、眼を細めて又盃をとりあげた。長いえり脚から いや、そうかも知れぬ。わし 丸く細いうなじの肌が吸いっきそうな白さに見え、全身でもそこでは立派な山男じゃ。愛して愛して愛しぬいて、殺 男を求めている上々吉の女体に見える。 してゆくかも知れぬそ於こう」 ( これは、ひょっとすると素晴らしい掘り出しものかも知 於こうはっと身を起こした。そして、こんどは真正面か れぬそ ) らまじまじと長安を見返しだした。 と、すれば、秀忠の悪口も案外わるくない黄金脈であっ 「ムよ、聞いてはならないことを聞いてしも、った」 たということになりかねないが : : : そう田 5 ったとき、於こ : なんだと」 うは、膝をそろえて坐ったまま、 パタッと上半身を長安の 「私は、江戸の大納言さまの悪口を聞いてしもうた : つ」 0 ) 0 3 2
光悦は、何となく長安の顔を見るのが気の毒になって来「それはそれは、いや、私は慾張りでござりまするゆえ、 一石五鳥の思案から、これはやらねば済まぬことと気がっ いたのでございます」 「ほう、一石五鳥・・・・ : 」 当代まれな器量人、大久保長安の考えていたことは、茶その言葉までが、長安と同じだったので、長安の眼はい 屋清次もまた、この年齢でちゃんと考えていたものらし よいよ大きく見開かれた 「その五鳥 : : さ、承ろう。その第一は」 しかも清次は、その事でもう家康の許可を得て来てい 「第一は、都の人々の安堵でござりまする。と、申します る。あっさり許可する家康のカンもさることながら、光悦るのは、まだ世間にあらぬ噂がとんで居ります。関東と大 は、茶屋清次の器量を、もう一度改めて見直さずにいられ坂、実は不仲なのではあるまいかと」 よ、つこ 0 / 、刀学 / 長安は、ニャリと頬を崩して光悦を見やり、 「そうか。では、もう将軍家のお許しを得てござったか」 「なるほど、その噂を吹き飛ばす : : : よい思案じゃ。し 3 先を越されてテレはすまいかと案じていた大久保長安て、第二鳥は ? 」 が、いきなりポンと膝をたたいて身をのり出した。 「これは私の仕事にかかわりがござりまする。つまり、こ きりん すみのくら 「あつばれじゃ , さすがに上様のお眼がねに叶うた麒麟の祭礼を盛大にやることで、角倉どの、亀屋どの、末吉、 児、それで無うては相成らん。して、茶屋どのが、その豊尼ヶ崎屋、木屋どのなど、京、大坂から堺へかけての大商 国祭をやらねばならぬと考えた原因は : 大久保長人の主たちと懇ろになれまする」 安、それが聞きたい」 「ウーム。これは見事だ ! そうなると、それらの巨商た 清次は、びつくりしたように長安と光悦を見くらべた。 ちに船造りをさせ易いか」 : 」光悦は明るく笑って、 「それゆえ、慾張って居ると私は申しましたので」 「実はの、いま大久保さまと話していたのもその事だった 「して、第三鳥は ? 」 のじゃ」 「これで日本国へは動かぬ泰平が根をおろしたそと : : : 」 ねんご
うず 思った時に、長安は何か、やりきれないほどの肉体の疼き を覚えた。 小判一枚 大久保長安は、咽喉が大きく鳴りそうだった。四人で担 たたそれなけで、人間が人間を殺したり生かしたりして ぐ足どりから察して、軽くみても四十貫は超えている いるというのに、ここには又、何という大それた量の黄金 ( いったいこれは分銅幾つ宛を組合せてあるのであろうが死蔵されているのであろうか 曾って太閤が、伏見城の天守の瓦を金箔で飾ったおり、 且元に手招かれて人夫は、ゆっくりと呼吸を合せてそのたたの手猿楽に過ぎなかった長安は、 一つを長安の前におろして汗を拭いた あのパチ当りめが、黄金を何と思うていくさるのか」 気がつくと、この黄金の通路には人ッ子一人近づけてい 市井人の中で、その思い上った豪奢ふりに、悪罵を投げ よ、つこ 0 たものであった。 「よし、向うをむいて休んで居れ」 ところが、それはどうやら貧乏人のケチ臭い考え方であ ったらし 且元は人夫に言って、小腰をかがめて、自分でコモを開 い。これほど沢山にある黄金ならば、一匁で何坪 いていった。 にものばせる箔などにはせすとも、黄金のコパで葺いても よかったよ、つに田える 長安はもう一度片唾をのんた。サッとあたりが明るくな った。眼を射るような山吹いろの鈍金の肌がむき出された ( 案外太閤もケチなお人だったのかも知れない : のだ : 「ご覧なされたか。もう、包ませまするそ」 幾つも組合せてあるのではない。四人で運ぶ重量の、そ「は : れが分銅一個なのではなかったか : 言ってから、あわてて長安はたすねた。 ・一個、どれほどの、こロ重目で、こギ、り 長安はあわてて眼をあげて、黙々と運んでいる列を見「これは、い た。四組や十組ではない、すっと列をなして運んでいるのましよう」 が、みな眼の前に剥き出された黄金と、同じ黄金なのだと 「四十一貫匁すっと承ってござる」 その人夫の一組を且元は手招いた : 168