: っ士玉り、日木・国に 、禁裏の藩塀として公家衆の棟梁 : ・ 徳川家は他人ではない。殿下と将軍家とが力を協せて泰平 天朝の続くかぎり、滅亡するおそれのない家格に据え直さを築いたばかりの縁でなく、秀頼さまは淀の方のお子、竹 れるわけでござりまする」 千代さまは、その妹のお子であって、秀頼さまの義弟で従 淀の方は、大きく眼を見開いて、しばらくは信じられな兄弟。その一方が関白でもう一方は武家の棟梁 : : : その両 翼で禁裏を補佐し奉れば、微動もしない日本国が出来あが いと言った様子であった。 る。それが実は、将軍家国造りの構想なのだと、ことこま 「まあ、禁裏のある限り、わが家も滅びることはない・ かに説かれまして、且元は、穴もあらば人りたい気が致し 十した」 「仰せの通りにござりまする」 ・ : それな 「では、わらわの血筋と阿江与どのの血筋で、この日本国 ・柴田家もいまは無い 「浅井家もいまは無い のに、その血筋に生まれたわらわの子は、禁裏とともに滅をしつかりと : 「それが、将軍家の亡き殿下に果たさせ給う、新しい形で ぶることのない : しささか腹を立てまの約束のご履行と、板倉勝重、涙ぐんでそれがしに打ち明 「ムは、始めてそれを聞いたおりこ、、 き証人は本阿弥光悦 : : : あの頑固な光悦め した。と申しまするのは、余りに話がうますぎる。そこでけました。ー が、声をあげて泣きました。わしは始めて、生きた神に出 勝重に、かよう申してみたのでござりまする : : : 勝重ど : 将軍家は、生き神じゃ、生きた仏じゃと声をあ の、すると将軍家は、豊臣家をせいぜい二千石どまりの近会うた : げて : : : 」 衛家、官位ばかりの五摂家並みに封じこめて下さるお気か と : 気がつくと、且元も泣いていたし、淀の方の眼も、大野 治長の眼も、まっ赤になってうるんでいた。 「あ、それもあるの且元どの」 「ところが、そうではござりませなんだ。何でそのような 五 ことをするものか。大名のままやがては摂政関白にものば れる家格の者が一人あり、それが禁裏の守護に任じてあれ「そうか、そうであったか : ば、幕府も安んじて行政の衝にあたられる。しかも豊家と淀の方は、視線を宙に据えたまま、自分のおどろきを可
それが朝廷の名で許されたということは、いわば関ヶ原「若君には、それがしから、後刻宜しく申し上げておくと の役後、政体そのものに大変革があったということで、豊しよう。とにかくこれで事なく豊国祭は取り行なわれる。 臣家は武士でなくて摂関家と同格の公家に棚上げされてい芽出度いことじゃ」 坐っ 有楽はそういうと、遠慮なく淀の方と正成の間に るのだ : そうしなければ、有楽のいういまだ野心を捨てざる戦国て、 「ご母公、お盃を」 の狼共は押えきれす、同時に豊臣家の安泰もまた期しがた 自分から催促して、正成に盃を渡させた。 仮りに再び日本が戦国になったとしても、今度矢面に立「呉々も宜しゅうのう正成、大儀でありました」 「はツ、ありがたき仕合わせ。では、お流れ頂戴仕ります つのは徳川家であって豊臣家ではない。豊臣家は日本に公 家のある限り、戦の外に立って禁裏とともに存続し得る道る」 感情のもやを吹っきるように盃をとった時であった。 の配慮がなされている。 廊下にあわただしい足音がして、 正成は、それが、家康と秀吉の間に交された、 「母上 ! 」 「ーー・分相応に身の立つよう」 という、両雄の約東に、家康のささげた誠意なのだと信鋭い声が、正成の背中越しにひびきわたった。 じている 「有楽もじゃ、伏見からの使者に、なぜ予を会わせようと ( そうだ。両家の家臣どもは、よほど心してこの誠意の通しないのじゃ」 じ合うように努めなければ : : : ) 秀頼に相違ない。正成は向き直らねばと思ったのだが、 侍女はまだ銚子のロを離さない。と、有楽が半ばおどけた その時いったん秀頼を呼びに行った有楽が、 口調でたしなめた。 「若君はいま、ご調馬の最中じゃ」 「これはしたり、ご調馬中とうかがいましたゆえ、ご遠慮 盃盤を運ぶ侍女たちと共に戻って来た。何故か、いつも お側を去らぬ大蔵の局や饗庭の局は姿を見せず、侍女たち申したものを」 : だれが、そのような嘘をいったそ」 はみな正成の見知らぬ顔ばかりであった。
こちらで淀の方の機嫌など取る気で来ているので、思案「フーム」 「将軍家が惚れておわして、万一事が荒立ち、淀どのの身 はびたりと出口を閉じてしまったのだが、いっそ真実を打 ち明けてぶつかる気になれば、全く異った場面が開けて来辺に累が及んでは一大事と案じられ、それで秘かにそれが しを遣わしました。徳川家の家臣どもは将軍家が強くおさ るかも知れなかったのだ。 「お許の心配のタネを、きれいにさつばりと無くすることえるゆえ、大坂の方はご母公さまがお押え下され : : : フッ フッフツ、考えると、思案というものはあるものじゃのう の出来るお方は二人ある : : : 」 奉行どの : : : 」 「一人は淀のお方 : : : そしてもう一人は将軍家ご自身正成は半ば呆れ、半ばは感心して有楽を見直した。 「どうじゃな。さすがにわしも総見公の弟だけのことはあ ろう。ちゃんと智恵が出たではないか」 「と、仰せられても、それがしには、そのような嘘は器用 「嘘も方便、わしならば将軍家の密使だとゆうて淀の方に につけませぬ」 面会するの」 「すると、智恵を貸した、わしにそれをいわせようという 「嘘も方便 : ・・ : 」 「そうじゃ。今どき上手な嘘ひとっ吐けないようでは、世のかおぬしは」 「それがしは、同道されて、いかにも、そのような顔をし 渡りはならぬものぞ」 て坐って居りまするゆえ」 「すると、ご母公さまにお目にかかって」 「これはとんだ狂言役者じゃ。では、わしの方も条件を一 いや、もう一つ小さな 「将軍家直々にこういわれたと : つ出そう」 嘘をおまけにつけるのじゃ。女子供の喜ぶ嘘をの」 「条件がござりまするか」 「それは : : どのような嘘で」 「そうじゃ。この智恵を貸したおかげで、織田有楽斎は、 「つまり、将軍家はご母公に惚れている : : : というように にお 貴公の前でぐんと男を下げている」 匂わすのじゃよ。女子などというものは、惚れているとい 「、こもっともで」 わるれば、猫に惚れられても喜ぶものじゃ」
しゃれ。が : : : それにしても、この前の将軍上洛のおりと ( これで、どうやら、豊家安泰の道も開けよう : : : ) は、ちと空気が違いすぎるの。あのおりには、われ等や高 しかし、ここではまだ本心は見せられなかった。例の皮 台院が、あのようにすすめたのに、伏見城までもやらなん肉な笑いに口をゆがめて、 だ。それがこんどは大切な恩人とはのう : : まあ眉に唾を 「すると、秀忠どのはどうなるのじゃ。大御所は若君のお つけて、とっくり思案を重ねたうえでお答え申すがよかろ味方だが、将軍家は家老共同様眼のはなせぬ鷹だといわっ 、って」 しやるか」 「有楽どの ! 」 「誰がそのようなことをゆうたぞ。ただ大御所はどには、 「ああ、びつくりした。叱り初めでござりますかなご母公若君のことを案じていてくれぬであろうという意味じゃ」 ・ : 市正、聞いたか今のご母公の判断を : : : わし 「戯れも時による。あのおりにはな、わらわは、まわりの は、娘の婿ゆえ、将軍家の方が心強い味方であろうと思う 者に騒がれて、つい思うままにはゆかなんだのじゃ。こんが、お許はどう思わるる ? 」 どは違うぞえ」 「待ちゃれ有楽どの」 : こんどはご本心で、あのおりは、不本意ながら淀の方は、また癇高くさえぎった。 お拒みなされたか : 「内心はどうあれ、大御所と将軍家とでは、家中の重味が 「その通り、よう考えてみるがよし彳丿 、。恵家の内部でな、大違いと申すのじゃ」 「なるほど : 大御所以外に、誰が若君のゆく末を案じていてくれよう ぞ。家老どもなど、折あらば : : と、鷹のように狙ってあ「たとえ将軍家はどう思われようと、大御所のお側衆が、 ろう。その大御所が患うてあるというのじゃ」 大御所の亡くなられたあとで、これがご遺言であった : そういうと淀の方はそっと指で眼頭をおさえていった。 などと、押しつけられたら、将軍家は拒みとおせるお人で は、こギ、り・ますい」 「あ、それは仰せらるる通り : : : なるほど、そこまでご田 5 有楽は内、い、うれしさでいつばいだった。 案なされてのお言葉か」 394
いろを動かしもしなかった。 「わしがお父上に劣るからか」 この話は、はじめから秀頼にはまだ無理らしかった。 : 徳川家と御家とは切 「そのような事はお慎しみのはど : いや秀頼だけではなく、こうした話がそのまま理解出来 っても切れぬご親類 : : : それゆえ、手も力も揃うて居るご 親類が、戦の方は引き受けよう。その代わり、豊家は、おる大名は、当時の日本に、おそらく数えるほどしかいなか 父上さまご在世中のごとく新しき摂関家として公卿衆の上ったのではなかろうか。 武力を持って政権の座にあらわれたものは、その持っ武 : ここが大切なとこ に起って禁裏のご守護に任ずるよう : ろでござりまする。よろしゅうござりまするか。従来の例力のゆえに歴史の上から消え去って、権力の座から離れた を見ましても武家の天下が長持ち致したためしはござりま皇室とその周囲の公卿公家だけは残っている : きん、か ( いったいそれは何を意味するのか : せぬ。平家の槿花一朝の夢、そのあと源氏はわずか二代で この謎が簡単に解けるほどならば、人間はとうから空し 滅び、北条氏もまた追われ、続いて足利氏が出てはみたも い闘争などは捨てていたに違いないのだ : のの、これとて戦のあけくれで : : : 将軍自身が十度近くも 「おわかりでござりまするなあ若君。将軍家は亡き太閤殿 都落ち : : : その末路はまことに哀れでござりました」 下と堅くお約東をなされておわす : : : 太閤殿下は、若君の 「それから織田家、そして豊家 : : : 力の均衡が崩れるたびことを呉々も頼む : : : 頼む : : : と仰せられてお亡くなりな に世の表面から姿を消す : : : それに引きかえて、とにかくされた。何とそ秀頼の身の立つようにと : : : それで、将軍 公卿衆は残 0 ています。禁裏の続くかぎり滅びなんだのが家がお考え下された、これが若君のための最上最善の道で ござりまする」 何よりの証拠 : ・・ : つまり若君はまだお若い : ・・ : それゆえ、 : と、これが将 秀頼には且元の話の内容よりも、その長さの方が間題ら 最安全なところにおいてご無事を計ろう : しかった。彼は途中で、ビグ。ヒク唇をふるわしだした。そ 軍家のご思案でござりました」 して且元の言葉が終わるや否や、母の方に向き直った。 「市正の話と、母上の苦清は同じものでござりまするか」 秀頼は、片桐且元の説明を聞いていながら、かくべっ顔「何といわれる ? 市正の申されること、お心に落ちまし ちょう 5
告げて来た。 おそらく大野治長との話がこのように滅人ったものにな っていなかったら、淀の方は、且元を避けていたかも知れ「ハハ . なしが、ひどく会話がちぐはぐになりかけていたので、 取りなそうとする気持もあって、冶長は笑っていった。 「そうか、会いましよう。これへ」 「ご覧なさりませ。市正も、それがしと同じ意見でござり 救われたように声をかけてしまった。 まする。ご当家に敵意など抱いての上洛ではござりませ 平素淀の方は、治長と且元の同席はあまり好まなかっ 「それならば、何のための上洛なのじゃ」 ともすれば治長が且元の前で、言葉遣いをみだし勝ちだ 「仰せまでもなく、将軍家の威光を世間に示そうため、す ったからかも知れない。 べて頼朝公ご上洛の先例にならったとござりまする」 「市正どの、市中の様子は静まってか」 「さてさて、秀頼さまは、よいご家来を持たれたもの はい」と、且元は、鄭重すぎる一礼をしてから、 「戦などになるわけはみじんもない。ご当家はこのたび、 淀の方は、ひきつるようにこれも笑った。 「徳川家のご威光を、修理も市正もありがたく拝して居 将軍家のお心添えで右大臣にのばらせられている。どのよ うな大人数で来ようと、それは戦などのためではない。第る。天下さまがご覧なされたら、天晴れな忠臣とお褒めな 一将軍家が、なんでわざわざ嬰児の手をねじるようなことさることであろう」 「これはしたり : : : 」 を致す必要があるものかと、懇々と説かせておるところに 且元がこれも笑顔で手を振った。 ござりまする」 」こ、徳川家も豊臣家も、二にして一つ ここでもまた嬰児がといわれて、淀の方は、眉根を寄せ 「天下さまがご生前 て顔をそらした。唇辺の肉がピクビグと険しい線を描いて : の妙手を打たれてござりまする。今更これを、他人、 他家とお考えなさるは不自然でござりまする」 震えている。 「ほう、どう不自然か、それをひとっ伺いましよ、つか」 ) 0 109
正成の眼は爛々とかがやき出していた。 い、とにかく何カ国か所領出来るところまで、営々として 「つまり、将軍家と後家の間には、天下大乱を望む狼共が 人生を賭けて来た。ところが、将軍家がその前に立ちふさ がって、もうこれ以上は大きくなれぬそと、野心と願望を介在する。よって、将軍家は後家に対して怒ることはない 封じてしまった。ハハ・ などと、後家の方で甘く考えるとそれこそ一大事じゃ」 : 東には伊達、上杉、西には毛 利、黒田、島津など : : : 仕方がないから頭は下げてはいる じろりと有楽は、淀の方を睨んでいった。 ものの、心の中で希うことは天下大乱、戦国大繁昌じゃ。 それは正成がハッとするはど鋭い語気であったが、淀の そこで、江戸と大坂 : : : などと言うより将軍と後家と言っ方は、眸を伏せて何もいおうとしなかった。 た方がよいが、この間は微妙なものになってくる。日本人 ( このお方も、しんけんに聞いている : : : ) をそっくりそのまま聖賢にしようというお方が、女子供の そう思うと、正成は、思わず胸が熱くなった。 手をひねりあげて殺したとあっては、末代までの物笑い 「よいかの成瀬どの : : : 後家の方ではそれに気付いて、甘 : そうであろうが成瀬どの」 : と、しても、将軍家のご苦心 く亠丐一んることは冊かっこ : と、後家の苦労ではよう出会わん。一方は大きな夢、一方 はささやかな身辺の雑事 : : : このあたりに万一ご側近や旗 成瀬正成は、グーツと一本、胸に匕首を突き込まれたよ本衆の誤解が人りこむと、その隙間にすぐさま飛びついて うな気がした。 来るのは、前に言した狼共じゃ。それゆえ、わしはこうし て貰いたい。何かあったらすぐさま将軍家と後家どのが、 まさに有楽のいうとおりであった。 儒教をもって国民教育の筋金を通そうとしている家康直接会うて話の出来るように計ろうて貰いたい : : : そう取 り計ろうて貰うたら、将軍家ももともと後家が好きなり : が、婦女子の城を襲ってこれを虐殺したなどとなったら、 ・ : そこはそれ、決して大きな破滅の傷には相成らぬ」 家康は、前二者の功績をふみにじる暴将であったと歴史に 言録されるであろう 有楽は、そこまでいうと、又ガラリと口調を変えて、 ( それゆえ、どうせよと、この拗ねた苦労人はいおうとし : と、いうようなわけでの。今度の豊国祭には、さま ているのか : ざまな夢も思惑も混っていようが、将軍家がご母公を喜ば あいくち 2
守っておいでなされたか、ご存知でござりまするか」 たカ」 「おう落ちた。わしに諸侯を押えてゆく力はないゆえ、千「知らいでか。わが身の勝手ばかり致して参ったのじゃ。 いや、それが世間じゃとみなも申すそ」 姫の父に将軍職を譲るというのだ。江戸の爺まで寄ってた 「若君さま ! 」 かって、秀頼を笑いものにしている : : : と、いうだけの話 たまりかねて且元の声は大きくなった。 なのだろう」 「そのようなことを仰せられるのならば、且元も申し上げ こんどは且元が顔いろを変えていった。 ねばなりませぬ。いったい将軍家が、どのような不都合 : 「若君 ! 」 : どのような身勝手を働きました。さ、それを承りましょ 「なんじゃ。わしはおとなしく、そちの申すことを聞いて う。さもないと、これは豊家の一大事になりまする」 やったそ」 「何ということを仰せられまする。この且元は、ただおと 九 : と、い、フのでは、こギ、り なしく話をお聞き下さるよ、つに・ 且元の声が大きくなると、秀頼の反抗の姿勢も当然大き ませぬ。話の意味をとくとご理解下さるように念じながら くなっていった。 申し上げているのでござりまする」 「市正は、豊家の家来か、それとも江戸の家来なのか」 「フン、そちは、それを秀頼が理解しないと思うのか」 「情ないことを仰せられる。われ等は故太閤さまの子飼い 「では、将軍家の並々ならぬご好意、おわかり下されたと の家臣、それなればこそ立身出世の夢も捨て、こうしてず 仰せられまするか」 っと兄弟父子、共にお側へ仕えてあるものを : : : 」 「おお、わからいでか。秀頼ももう頑是ない童ではない。 「それならば、江戸のお爺の味方のような口は利くな」 江戸のお爺が何を考えているかは、そこな明石掃部など 「これはしたり、江戸のお爺の味方 : : : といわっしやる に、よう聞かされて知っているわ」 且元は、びつくりして掃部を見や 0 た。掃部は、あわてと、若君は、将軍家を敵と思うておいでなさるのか」 「そうじゃ敵じゃ。秀頼の周囲にあるもの、みな秀頼の敵 て面を伏せて堅く坐っている。 「若君は、将軍家が、どのように厳しくお父上との約東をではないか」
るため、征夷大将軍を秀忠公に譲るおり、若君さまを、内 想像の及ばぬところにござりました」 大臣から右大臣にご推挙下さる肚のよしにござりまする」 「すると、天下さまとのお約東を、そのまま実行する : 片桐且元は考え考え、ゆっくりと言葉をつづけた。 と、いうのではないのじゃな」 「はい : : : あの約東はもはや、治部少輔の軽挙によってホ 四 ゴ同然、禁裏からも秀頼さまからも労をねぎらわれながら 会津征伐にお立ちなされた将軍家の留守をねらって、すす「なに、将軍を秀忠どのに譲る代わり、内大臣の秀頼を右 んで伏見攻めを開始したのは石田治部少輔と大谷刑部少輔大臣に推す : : : それよ、 。したいどのような意味を持っと い、つのじゃ ? ・」 に、こさり・まする」 淀君は、ほんとうに且元の言葉の意味がわからなかっ 「よい、わかって居るのじゃ」 淀の方は、そのあとを聞くのが切なかった。 「あのおり、将軍家に敵意があれば、わざわざ修理を大津 ( 大野修理も喜んでいる。悪いことではないらしい からわらわの許へ寄こしはせぬ。わらわや若君は知らぬこ そうはにつても、直接それが、豊家にとって、どのよう とと、許して呉れた日から事情はがらりと変わっている。 な利益になると一「ロうのか : 片桐且元は微笑でうなす のう、修理もそういいたいのであろう」 大野治長は「は 」と、短くいって一礼し、 「まことに将軍家のご思慮は卓抜 : : : われ等の及ぶところ 「ます、片桐どののお言葉、ご冷静にお聞きとり願わしゆではござりませぬ。右大臣は、信長公が最後の官位、十三 、フ存じまする」 歳でその右大臣に任ぜられるということは、やがて関白に と、つけ加わえた。 も太政大臣にも通する道、そうなりますれば、若君さまは 「聞きましようとも。二人が笑顔を見せているのじゃ。き 立派に故殿下のあとを継げますわけで : : : 」 っとよいことに一逞いない」 「ほんになあ」 「仰せの通り、われ等も心の底から安堵してござります「しかも、今後一切戦にかかわる責はのがれる。と、申し る。と、申しますのは、将軍家は、豊臣家を永代存続させますのは、征夷大将軍の支配下たる武将どもとは関わりな
りかねないのだが、そうした脱線をおさえさせたのは大久 なかったし、長安とどうして連絡をとる気かともたださな , 刀 / 保長安の存在らしかった。 於こうは、改めて考えてみるまでもなく、光悦の次に大 そんな事はぬけ目なくやっていよう : : : そう安堵してい るからでもあろうが、自分の欲しい情報のことだけは繰り久保長安が好きになっている。 むろん長安を好きになった原因の中には、男とし、女と 返して念を押した。 日蓮宗と天下のこと、この二つになると光悦の眼のいろしての二人の生活の積みかさねがそうさせたのだと : : : そ は変わってくる。いや、これは二つではなくて、立正安国れもよく知っている。 それにしても、その好きな男の一人から、もう一人の好 という線で一つになり、その一線を離れたところに本阿弥 : とい、フことは、何とい、つ新経「 きな男の監視を頼まれる : 光悦は無いらしい ( 太閤さまよりも、将軍家よりも、ほんとうは熱心な国想な当面の刺戟であったろう : 於こうは、光悦の家を出ると辻を隔てて向かいにあるわノ いなのではあるまいか : とにかくある一事に情熱を傾け尽している人間は素晴らが家にもどった。 しい。わけても男の場合、それが野心であろうと、技芸で光悦が本家と呼んでいる、妙秀の弟の家であり、於こう にとっては父母の店なのだ。 あろうと、兵法であろうと、わき目もふらす一つのものを 「あ、於こうさん、ご家来衆が戻って来てお待ちかねです 追いかけて止まない姿に、於こうはたまらない魅力を感じ るのだ。 嫂が於こうの顔をみるとすぐにいった。 光悦の追いかけているものは大きい。口先では、わざと それにさからってみたりするのだが、それはいわば讃美の この嫂は光悦の実妹なのだから両本阿弥家は、これもま た二つであって一つのようなものであった。 声の裏返しにほかならない。 ( 義兄さんはやつばり偉い ! ) 「挈、、つ、 ~ の、り・がと、フ」 今度も於こうは、しみじみと感嘆していた。その感嘆於こうは、もううわの空であった。 は、それが姉の良人でなければそのまますぐに恋にも変わ これから大久保長安の前へあらわれて、まず彼を「あ