政宗 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 14
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1. 徳川家康 14

な、立派な築城の出来るよう : : : お許はさっき大鷲だと申家康が、何のために忠輝の妻を伊達家から迎えたか ? したではないか。大鷲がついていて、小細工したとあってそもそもそれが政宗の警戒されている証拠ではなかったか は聞こえがわるいそ」 「フーム」 政宗が、 大ぜいの子供の中で、正室の産んだ長女のいろ 長安は、思わずコトリと盃をおき、それからきっと肩をは姫を、どのように溺愛しているかは家康がいちばんよく そびやかした。 知っていた。 「一々仰せられることが逆になりましたなあ」 その愛姫を、忠輝の嫁にといったのは、千姫を大坂城へ 「そうかの。わしは、一向に変わらぬつもりじゃが。つま人質にやる代わりに、それと同じほどの価値をもった人質 り、越後から佐渡の鉱山が鉱脈をそれて来る : : : そのようを、伊達家からも取っておこうと計算したのに違いなかっ な時には、一入慎しみが第一じゃ。天の意に叶わぬ時 : と、田 5 うての用心がのう」 しかも、そのためには、忠輝のもとへ政宗の智謀と匹敵 大久保長安は、その一言で、ようやく政宗の肚が読め出来る : ・ : ・いや、政宗が、何を企んでも、企みの見破られ るほどの者を附けておかねば安心ならぬとして、わざわざ 政宗は、どうやら長安を警戒しだしている。家康に行列執政に選ばれたのが、この大久保長安ではなかったか : が派手だといわれたことから、長安が、自身のために不正 その間に長安もたしかに政宗に魅されていった。しか を働いているのでは そう疑いだしているのかも知し、それはどこまでも政宗が長安を重んじてくれるからで れない あった。 しかし、それだったら以ってのほかであった。 、少こ自分を警戒しだして、一々 ところが、その政宗が女冫 意見がましいことをいいだすとは、何という奇妙な錯覚で 五 あろ、つか。 「陸奥守さま」 長安の眼から見ると、家康に警戒されているのはつねに 「さ、もっと過すがよい」 イ達政宗の方で、信用されているのは自分の方であった。 317

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んとうに怖れたこともなければ心服した覚えもなかった。 ところがそうでは無かったらしい。大久保長安は途方も なく大きな夢を抱いて生きている。 ( 隙がないから討たないだけのことよ ) ヨーロツ。、 / へ流布されている黄金島の伝説を利用して、 今でも隙さえあれば、やって見ようという気もあったし、 世界の貿易をいっぺんに支配しようなどと : : : そんな夢を それが不善たとも悪だとも思っていない 伊達政宗の眼に隙を見せるような相手なら、何れ誰かに描いたものは、おそらく誰も無かったろう。 してやられるに違いない。誰かにしてやられる者を、伊達家康にしても政宗にしても、大きく考えて、その対象は 「天下ーー匸という日本国の支配の域を出ていなかった。 政宗が、してやってはならないという理山はない。 したがって、まだ天下を掌に握っていないだけのこと ( それなのに長安めは : : : ) いや、その長安の器量も思案も、悉皆知りぬいて使って で、自分が天下人より器量が劣るなどとは考えたこともな い政宗たった。 いるのが家康だとすれば、自分と家康の器量の差は大人と 豊太閤にせよ家康にせよ五十歩百歩。 子供のそれになる : : : それが一つ眼の龍、伊達政宗の胴震 いになる原因たった。 ( 人間の大きさなどは知れたものよ : : : ) 「フーム。なるほどの、フ」 何時もそう思っていたし、心を許した近臣にはロにも出 政宗は、もう一度同じ唸りをくり返した。 していっている政宗たったが、今日大久保長安に聞かされ た話の規模は完全に彼を圧倒した。 始めの頃には、彼は長安の器量などさほど認めてはいな そ 「なるほど、それで、そなたの夢はわかった。したが、 家康がドンドン彼を登用してゆくのを見て、家康も追従の話、地道なことの好きな将軍家が、果たして片棒かつぐ 者を近づけるようになったのかと、心の中ではその老いをかどうかじゃ」 政宗が、気をとり直して探りを入れると、長安は全身で 嘲笑っていたものだった。 ( 老巧な武辺者は、気に入るようなことばかりはいうまい笑った。 まさに得意の絶頂といった、無邪気そのものの表情たっ からの : : : ) 3

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「何もない : 「さよう、わしは夢とうつつのけじめがっかない、い地だ。 それでは完全に政宗の負けではないか。 たとえばさっきの話が、政宗の全然知らない話であってただわしはお許にもう意見などはすまいと思う」 、もよい ソテロが、政宗の肚はこうだと語っていた : : : そ「と仰せられると、この長安を見限りましたので : : : 」 「そうではない。お許の思案は、わしなどよりすっと大き う告げるだけで、家康はとにかく、将軍秀忠などはウロウ 、すっと鋭い。大鷲はこなたであってわしは雀じゃ。竹 ロするに違いない。 この律気な二代目は、それでなくとも、大坂の動きに神藪の中で、チウチウ騒ぐばかりのうつけ雀じゃ」 「ふーむ。さすがに見事な役者でござりまするなあ。その 経を尖らせたり、忠輝の評判に気を配ったりしているのだ ままで済ますおつもりで」 「そうじゃ。済んでしもうた。こなたが緑の小箱を持参し とばけていても政宗は、そんな計算の出来ない人物では た。その小箱の中から、五色の煙がスーツと虚空へ立ちの ない。おそらく内心では、 ばった : : : そして、それの消えたところへは、むさい片眼 3 ソテロめ、ロの軽い奴だ : : : 」 : どうだ石見守 そんな悔いを噛みしめて、その対策を考えているのに違の爺がひとりポカンとして坐っていた : このあたりが、夢のさめたあとの、まことの姿ではあるま いかの。わしは淋しゅうなって来たそ」 そう思うとうたた寝を装う政宗が、次に眼を開いて何と 政宗はそういうと、又自分の盃をぐっとあけて長安に差 いうかが、長安にとっては加虐者じみた楽しみだった。 していった。 政宗は、とっぜん眼を開いた。 「おお、これは失礼いたしたの」 九 「長安の言うことなど、何もお耳に入らなかったようで」 長安は、勝ちほこった気持ちの底へ、妙にやり切れない 「そうだ。それがよい。何も耳に入らなんだ」 こだわりが残った。 「で、改めて長安に下さるお言葉は ? 」 いいすぎとは思っていない。政宗の肚の底には、何・ー 「何もない。さ、盃を重ねて参れ」

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し、胸をさすって生涯を終わらねばならぬかとのう」 、。胥どのは、よい執政を持たれたものじゃ」 もあるまし女 役者は政宗の方がやはり一枚うわ手らしい。政宗の声は そういうと、政宗はすっと立って、自分で銚子をとって 森沈としたものを含んで長安の胸を刺して来るようだっ 長安に近、ついた。 長安は「フフフ : : : 」とまた笑った。 こなた、一つの玉を恵んで呉れたそ」 「そのわしに、 彼の神経は、こうした見え透いたおだてを見のがすほど 「それを : : : それを、ご本心から仰せられまするか」 曇ってはいなかった。 「いや、どう受け取ろうとそれはお許の勝手よ。ただわし と、政宗の方では又、そのくらいの人の心の動きのわか わしの の喜びだけを述べればよいのだ。わしは嬉し、 らぬ鈍物ではなかった。 「長安、おぬしはわしが、見え透いた機嫌とりをすると思生き方が : : : 退屈せずにすみそうな生き方が、こなたの言 葉で掴めた気がする」 : とんだことで、ご直々のお的、大久保長安一期の長安は、眼を丸くして政宗を見返した。 政宗ほどの人物が、こうしみじみとした述懐をしようと 思い出に相成りまする」 は思いもよらなかったのだ。 長安がしらじらしく盃を押しいただくと、 「わしはいま不思議な気がしているのだ。五郎八姫はの、 「退っていよ」 わしにとっては眼の中へ人れても痛くない愛児じゃ。それ 政宗は、小声で侍女たちをしりそけながら、 : この話の出たおりには哀 を将軍家のお子に嫁がせよと : 「長安、わしは救われたのだ」 れさと無念さでいつばいであった。やれやれ政宗もまた愛 「そちはよう見抜いている。わしは少し遅く生まれすぎた児を人質にして生きのびねばならぬほど、微力で生涯を終 : ところが、それが、こなたの今日の言葉 わるのかとな : と、確かに先刻までは思うていたのだ」 ・・さもなくば、太閤や総見公と天下を争い得たもで、くるりと位置を一転したのだ。時勢はもう戦って領上 を奪り合うような時ではない。そなたの言うとおり、世界 のをと : 「その通りじゃ。それが将軍家の下風に立って、腕を撫〈大きく眼を向けて、国富を積んでゆくべき時だ : : : その まなご

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がらも微妙な変化を示さずにおかないことになって来る。 り、何を売り、何を将来持参して商売を続けてゆこうと企 家康は、安針の見透しの正確だったことを思い この上んでいるかについて逐一政宗に報告していった。 はイギリスも平戸へ来るように扱うべきだと考え、ソテロ 「はい。平戸におかれましたオランダの商館長は、ジャグ から、しきりにオランダ、イギリスの海賊ぶりを聞かされス・スペクスという嫌な男でございます」 ている政宗は、 宗兵衛は、宗教的な憎しみを顔いつばいに見せて、大き これは、長安の尻馬に乗って、あまり軽率なことは なさい槌頭をふり立てた。 いえぬそ ) 五 という警戒、いを持つに至った。 当然のこととして、彼は、長安の世界雄飛の夢物語には だいたい大御所さまは欲が深すぎる : : : と、長崎表の司 署名を拒むことになった。 教さまなど、ひどく腹を立てておいでなされます : : : は そうしたある日、とっぜん又政宗の首を傾げる知らせが い、この分では、何れ天帝のお罰を免れまいと申してでご 届いた。 ざりまする」 ソテロが平戸へ密行させてあった切支丹信者の宗兵衛と 政宗は例の、聞いているようないないような表情で相対 いう男がやって来たのだ。 していたのだが、相手が家康の悪口をいい出すと、さすが この男にも南蛮風の洗礼名がついていたが、政宗は、そに顔をしかめてたしなめた。 んなことは忘れていたし、覚えておこうとも田 5 っていなか 「司教の話などはよい。して、その商館というはどの位の つ ) 0 ひろさの建物じゃ」 「はい。館員は五名、それに通辞が一人だけでござります 長門生まれのこの男は、何度か政宗の許へソテロの使い としてやって米ていたので、顔だけはよく覚えている。 るので、火に燃えぬ土蔵附の、八十坪あまりの建物でござ 宗兵衛は日比谷御門の伊達屋嗷にやって来ると、ビルコりまする。むろんこれも将米はどんどん大きく改造されま ( 胡椒 ) を差し上げたいからといって、政宗のⅱ冫 ) こ通さしよう。なにしろ彼等は盗んで来た商品を売るので、もと れ、そこで、オランダ船が、どのように不都合なものてあで要らすでございます」 348

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政宗の顔ははじめて真剣に秘密を打ち明ける者の顔にな道中最も人眼の多いところで、わざとひっくり返して見せ っている。 てやる。そうすれば、人間の好奇心も羨望心も方向を変え てゆく 「その事でござりましたか」 「これは充分に、いせねばならぬことであろうが、噂という 「ーー鉱山には山姥というがござりましてな。それらはみ はな、いちど他人の興味をそそると、それから各自の夢に な山に棲みついて裕福に暮らしている。その話を撒きちら つながり、さまざまな大きさにふくれあがってゆくものして歩くと、物好きどもは、金掘り人足よりも、山姥掘り はやり じゃ。それ、さっきお許が申したソテロの話のようにな」 を志して山に分け入るが流行ものになるかも知れませぬ」 長安は笑いだしこ。 そんなことをいって笑っていた。ただ連判状だけは政宗 , ノノ : : : それならばお案じ下さりまするな。打ち消すの忠告どおり小箱に納めて、充分誤解を招かぬように、注 手だては幾らもござります。、、 : そのような噂をお信意するといって帰った。 じなされて、それで疎遠にして呉れと : : : 泰山鳴動して鼠長安を帰したあとで政宗は、何となくため息した。 一匹、よく腑におちてござりまする。 政宗の眼から見ると、長安は、まだ眼の離せない悪戯者 のような気がする。決して悪人ではないし、信じられた相 十 手を裏切るような不信の男でもない。 政宗は、相変わらず不得要領のまま酒をすすめて長安を ( 人間としては豊太閤によく似た性格 : : : ) それだけに、政宗は、おもしろくも感じ、警戒もしてい ) 0 帰る時には長安は、例の調子でかなり楽天的になってい 今日長安は、到頭政宗の本、いには気付かずに帰って 女たちの荷台の中からこばれ落ちた黄金など、幾らでも た。政宗が、わざわざ彼の気色を損うようなことをいった のは、まことに簡単な理山からだった。 申し開きの仕様はあるといっていた。 女たちの中には、事実、鉱山町で笑いを売って、莫大な 他でもない、例の連判状に署名するのがいやだからだっ た。といって、今日あたり彼に執拗にそれを迫られると拒 金銀を蓄めて戻る女が多い。こんどそうした女の荷台を、 324

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つまり秀忠は、思いあがった今川氏真や、武田勝頼、織 ( 切支丹信者の群が、オランダ船の渡来を喜ばず、寄々不 穏の空気あり。その一人がわが許へ立ち寄ったゆえ、たし田信雄などになってはならないという自戒が、何時か父を と、政宗は解してい なめて帰したものの、或いはこの者、洛中やら大坂城内の絶対と思い込ませることになった 信徒やらを訪間するやも知れず、恐るるには足らねど適当る。 にご戒、いあるよ、つに・ したがって家康にもし万一、 「ーーー伊達政宗を よの、わしたから使いきれたのだが、われ そう言い送ってあれば、たとえ話の中へ政宗の名が出た 亡き後は警戒せよ」 としても聞き流すに違いない。 ( それにもう一つ・ そんなことを言い残されると、取り返しがっかなくなる やはり年賀言上として、駿府の家康の許を訪ねておくべということだった。 きだ : : とも隸った。 秀忠はその一語を、日毎夜毎頭の中でくり返し、ついに は落度を探すようになるに違いない。その反対に、 「用、いに如くはないからの」 3 政宗が、いま特に注意しているのは、実は家康の死であ「ーー政宗はわが家のためにはよう尽してくれた。お許の 3 った。家康は、それが毒であっても、実力ありと見れば必代になっても疎略に思うな」 ずこれを活用しようと考える。そうしなければ神仏に済ま そう言い残させたら、これは鉄壁の強味になろう。そこ ぬという、妙な律気さに似た好みを持っている。 で気の早い連中は、しきりに秀忠の機嫌をとりだしている のだが、政宗はそれを巧みに使いわけた。家康六分の秀忠 ところが将軍秀忠はそうではなかった。家康の場合の神 四分 : : : 先ず家康を年頭に訪ねておいて、さて、家康の意 仏が、秀忠になると「家康」に変わっている。 自分の器量は父に劣ったものと決めてかかって、家康絶見はこうだがと秀忠に告げてゆく。すると如何にも好意に みちた助言者の形を整え得る。 対のおかしな信仰を固めてしまっている。信長の子たちが 信長に及ばず、信玄の子たちが信玄に及ばず、義元の子た ( そうだ。あのヨーロッパの両者の不仲、これはやはり、 ちが義元に及ばなかった実例を、つふさに見て来ている結わしの口からも家康の耳に入れておかねばなるまい ) 果かも知れなかった。 政宗はそこでゆっくりと起ちあがった。

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「大久保長安は、陸奥守さまという、大きな鷲が背後にあ椿の方というのは、ノテロが世話した南蛮女性のことで る : : : そう思うて、ささやかな百舌鳥ながら、あちこちとあった。 飛びまわったのでござりまする」 この女性に、伊達政宗はいまだに日本語は教えていない という。彼の方が、ポルトガル語の片言で用を足す : : : と 「それを急にひどくご警戒なさる。いや、はじめから、そいうのは、この女性から機密の洩れるのを案じた政宗一流 のお気であったのかも知れませぬ : : : が、何れに致せ、がの用心深さからであろう : : : と長安は睨んでいる。 つかり致してござりまする」 今日その女性を呼ぶのは人払いの代わりに違いない。 「石見守」 侍女が椿の方を伴って来て出てゆくと、大久保長安は、 「何ぞあったに違いない : : と、考えるのは長安の早合点フフンと大きく鼻を鳴らした。 で、こギトり・亠よしよ、フか」 それは或る意味では政宗への挑戦であった。 「ふーび」 「なるほど、椿のお方も、こうして日本の着物を召される と、見事なものでござりまするな」 政宗は、低く唸って、それから大きく頷いた。 「全く、何も無かった : : というわけでもない」 伝説の金毛九尾の孤によく似ているといおうとして、さ 「何があったか、お聞かせ願わしゅう」 すがにそれは慎んだ。いや、慎ませたのは、うちかけ姿の 「しかし : : これはゆうても無駄なことであろう。お許は南蛮女性がふしぎな艶冶さで、長安の官能に針を立てて来 カンの鋭い仁じゃ : たからかも知れない。 そこへ侍女たちが膳を運んで来たので、二人の話はしば 「この女は言葉を解さぬ。遠慮なく話せるのでな」 らくとぎれた。 政宗は、肩から腰いつばいに撫子の縫い取りをしたうち 侍女の一人が、政宗から長安の盃を満してまわると、 かけ姿の椿の方を見やり、長安の方に盃を持てと手真似で 「そうであった、椿の方を呼べ。石見守がしばらくぶりで命じた。 顔が見たいと申して居った : : : そうじゃ。椿が参ったらそ ちたちは退って休め。それがよい」 四 315

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政宗の眼から見ると大久保長安もまたひと癖もふた癖もり、心配致したりしているわけでござりまする」 ある性悪ないたすら龍に見えた。 「これはおどろいた。、い配もする : : : とは何のことじゃ」 この龍は、戦国争乱の時代には力が不足であばれ得なか 「先刻申し上げました。玉を持たせておきませぬと、この つつ】 0 音は、柳営に黒い雲を呼びかねませぬので」 彼が天から授けられて来ていたものは「武力」ではなく 「長安、わしはおぬしを叱りはせぬ」 て、異質の才能だったらしい 「そう信じて居るゆえ申し上げられることでござります それが泰平の世になって俄然わが世の春に遭遇したのだる」 と見てよかろう。 「叱りはせぬが、その言葉、決して他所で酒興には致すな ただ汕断のならないことは、このいたすら龍め、どうやよ」 ら伊達政宗の性根など、底の底まで見透しているらしいこ長安は、わざわざ首をのばして、そのつけ根をポンと手 とであった。 刀で叩いてみせた。 いや、その眼力だけならばさして問題にすることはある 「大切な主人の舅御、長安にもきびしい性根はござります まい。ところが、こ奴、平気で政宗が家康に心服などするる」 男ではないと言い切った。このような言葉の平気で吐ける 「そ、フか。 : いや、そうであろう。そうなくてはわしも 人物は、政宗の知っている限りでは黒田如水ぐらいのもの姫はつかわされぬ。ところで長安、そちが、若しわしに玉 で、その後にはますあるまい をませる : : : としたら、どのような玉を選ぶかの」 ふてき、 ( 不逞々々しい肝ッ玉を持って居るぞ ) 長安は、もう四杯目の盃に唇をつけていた。 そう思うと、政宗は小癪な気もしたし、一層頼母しくも呑めば酔う : : : 酔えば乱れる。そんなことは百も承知で 感じていった。 呑んでいる。 「長安、わしはの、こなたと姫の縁でつきあいの持てるよ と言うのは、どこかで一度長安は、政宗と真剣勝負をす うになったのを喜んで居る」 る気たからであった。 ・ : そうおっしやって頂けるゆえ、私もよろこんだ長安の真剣勝負は太刀でするのではない神酒を加えて

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む理山が全くない。政宗目身がすすめて作らせた連判状な のだから : 長安もまるきりそれを忘れてはいないので、ひどく感情 : 、、舌よ途中でわきへそれた。いや、そら は生ロしたらししカⅱ ( 、 すように政宗が仕向けたのだ : 政宗が、長安を利用しながら警戒している理由はもう一 於こうという女性は、恐らく計算しがたい人生の無常と つあった。 それは、本阿弥光悦とゆかりの者が、長安の妻妾の一人執念の中で、もだえていることであろう。 どうせ先に死ぬほどなら、自分が光悦の嫁になればよか の中に居るということだった。 った : : : そうした女の執念の火は、男の野心とおなじよう 政宗の眼から見れば、本阿弥光悦は、父の光二の代から に、そう容易く消えるものではない。 徳川家の間謀といってよかった。本人がそう気付いている しかもそうなってみると、長安に身を任せ、長安の許に か否かは別にして、父も子も、日本中の大名たちの許に出 あるわが身が呪わしくなる筈であった。 入りしながら、家康だけには特別な尊敬を払っている。 ( そこに危機が芽生えてくる : : : ) そこで政宗は、問題の「於こう」という女性をそれとな と、政宗は、判断している。 く探らせてみたのである。すると、於こうというその女 は、ちょ 0 と類のない変わり者であり強か者 : : : というよ長安は、あの通りあけ 0 びろげの性格だ 0 た。その上平 。卆うと、自分で考えてもいな 気で酒量をすごす癖がある酉 りも、強い個性の女といった方がよいかも知れない。 いことまで放言し、放言の底で楽しむという、武将とは全 この女性は、物心ついた時から従兄の光悦にひそかな慕 ところが両親は、光悦に於こうのく違った場所に身をおく男だ。 情を燃していたらしい。 武将の生命を賭けるところは戦場だったが、戦場で生命 姉を娶合わせた。 その時から於こうは常規では計りがたい歩みを人生に印を賭けることを知らない長安は、酒席に生命を賭けている のかと危ぶむほど、酒盃のかげで、はげしく斬り結ぶ癖を しだしている つまり光悦の妻女が亡 ところで、最近その於こうの姉 くなってしまったのだ : それで今、於こうの心中へは、はげしい混乱が捲き起こ っている筈であった。 325