於こ - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 14
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1. 徳川家康 14

( この女、所司代の板倉勝重を知っているのかも知れない 織田有楽はご母公の叔父なのだ。これなら度々風流にこ とよせて堺へもやって来ている。この人にお祭りの智恵を そうなると、これ以上に雑談を交わしてゆくと、名前を借りに来ました : : : そういえば、ついでの事にご母公のご 明さなければならなくなるおそれがある。 機嫌も奉伺して、 ( この辺にしておこう。何れ、堺で顔を合わせるのだ : ご母公さまにも、何そよいお智恵が」 と切り出して、少しも不自然なことはない。そうだ有楽 眼を閉じると、すぐさま彼の思案はこれから行こうとし斎をたずねて行こう : ている大坂城へ飛んでいた。 船の中ではまだ雑談が賑かに続いている。が、 , 行き先の 堅苦しく、片桐兄弟に面会を求めてゆくまでのこともあ思案がつくと、正成は、いっかウトウトとまどろみたした るまい。いっそ関ヶ原の陣中でよく知り合っている大野治 長を訪ねて、そのままご母公にご挨拶の取り次を頼んでゆ 五 船が八軒家に着くと、成瀬正成は於こうに軽い会釈をの いや、これも少しはばかられる。というのは、近ごろご こしてさっさとあがった。 母公と治長をめぐる艶聞が、あまりあらわになりすぎてい るからだった。 於こうの方でも、かくべっ正成に関心などは示していな こっちにその気はなくとも、治長かご母公の方に、成瀬 しきりに供の女中を急きたてている。 正成め、二人の間の噂の真偽をたしかめにやって来た : 「よし、乗り物を頼も、つか」 そんな目で見られると、それこそ却って角が立っ : 正成は、若党にいいつけて、まだ正午にならぬ陽のあり といって、お千姫の側近からでは尚ますかろうし、秀頼かを確かめて駕籠におさまった。 のご機嫌伺いにといったのでは肩肘を張りすぎる 織田有楽斎はいま西の丸の一角に住居を貰って、茶道人 ( そうだ。有楽斎どのがよい。このお方を通じてゆくのがさながらの気楽勤め。秀頼の許へも淀の方の許へも、呼ば いちばんお祭り向きというものだ : れると出ていったが、呼ばれなければ滅多に側近には顔を 2

2. 徳川家康 14

で、やがて小間使いは、様子を見てくるといって出ていっ たまま帰らなかった。そうなると於こうも小萩も不安にな それ以来「戦争ーーー」というと、於こうの頭にうかぶの って、やがて小萩の方が、またそっと様子を見にいった。 はその日の小萩の死にざまたった。 それが小萩と於こうのこの世での別離であった。 「兄様、もう止して・・・・ : 」 やがてどこかで火の手があがったと見え、低い煙りが、 於こうは、はげしく身を震わすと、 、、ツ斗ィリ . ヒ日 於こうの忍んでいる土蔵の人口からするすると這い込みだ 「も、つわかったほどに、於こ、フ、ど、っせよと 図して下され。戦の起こらぬようにというのなら、於こう 於こうは煙りにむせて、夢中でそこを飛び出した。 は何でもしよ、つほどに」 今でも疲れきったときにはよくそのおりの夢を見る。 「そうか。わかって呉れたか」 於こうが見た「戦争、、、ーー」は、大砲の打ち合いでもな光悦も、あまりに於こうの反応が大きかったので、却っ く、はげしい剣戟でもなかった。 てびつくりしたらしい ぐるりと周囲に大樽のならんだ間に、無数に殺されて抛「ではよう覚えておいてくれ。伊達さまと大久保どのの間 1 り出されている女たちのみじめな屍体であった。 に、もしも戦につながりそうな話が出たおりには、くわし 戦魔は酒をむさばり、彼女たちを犯すだけでは納得せ くわしに知らせて欲しいのだ」 いくさめつけ ず、さんざん弄んだ末に、監軍か軍目付の眼をおそれたの 於こうは何の逡巡もみせすにうなずいた。 であろう、ことごとく殺してしまって、そのあとに火を放「そんなら兄様、於こうは、すぐに殿を探しに行くぞえ。 ってしまっていたのだ。 しえ、本心は、わらわも殿が何しているかを知りたいの 逃げながら於こうは、 小萩の屍体を見た。小萩は、先にじゃ」 迎えに行った小間使いと抱き合うようにして、下半身に猪 つき 突槍を立てられて血の中にあおのいていた。 光が於こうの行動に意見をさしはさむ筈はなかった。 於こうはその時、「ゲーツ」「ゲーツ」とせつかく馳走に なった廿酒を吐きながら、夢中で煙りの下を逃げたもの佐渡から、どのような道筋を経て都へ出て来たかも訊か

3. 徳川家康 14

「兄様のおっしやることが、わかりかけたような気がす光悦との間の大切な話がまだ済んではいない。話によっ ちもり ては於こうは、堺の乳守の宮あたりで遊んでいると思われ 「わしはな於こう、第三のまだ地上に見えぬこの芽を育てる、大久保長安の許へゆかねばならなくなるかも知れな ていってしまうと、第一、第二の原因は、すぐさまこれに からんで、取り返しのつかないものになりそうな気がする 「おやおや、話はやはりもつれ話だったのかい」 のだ」 妙秀は、苦笑して姿を消してしまった。 そこへ撒水を終わった妙秀が手桶をさげてやって来た。 「兄様、すると兄様は、於こうに、殿を監視せよというの じゃなあ」 臣第はスー : というと角が立つ。が、日本国が再び戦乱の底 「今日はまた何としたことじゃ。ロいさかいもせず、何やに埋められてしもうては、みんなの暮らしが滅茶滅茶にな ってゆくのじゃ」 ら話がはずんでいるようではないか」 「それはいわれるまでもない。戦は男衆より女子衆の敵 妙秀は、それでも嬉しそうであった。 : でも殿に限って、伊達さまなどに利用されるようなお 光悦とウマは合わないといっても、於こうは妙秀にとっ 方では : ては肉親の妊なのだ。 不用さ 「どうやら佐渡ヶ島とやらの風は、於こうの気性に向くと光悦は、それもよく知っている。大久保長安は、ー 也れるよりも、つねに利用してゆく型の人物なのだ。その意 見える。久しぶりに見えたのじゃ。好物の蒸しものでも丐 味では、彼も決して伊達政宗に劣る人物ではない。 七儿しよしよ、つかの」 が、間題はそこにある。こうした強烈な性格をもった二 いいながら井戸端へ行きかけて、又二、三歩戻って来 人が、互いに利用し利用されるのが、二人の利益の合致点 どんな形をとるであろうか ・と田 5 、フた時こよ、、 「於こうは今夜、本家へ泊まるかの、それともわが家へ泊 「於こう、わしがおそれるのはな、大久保どのは、伊達ど まるかの」 のと結ふが利益、伊達どのも又大久保どのを利用したがわ しかし於こうは答えなかった。 ノ 48

4. 徳川家康 14

何時かしつかりと於こうの乳房のうえに抱きこまれ、ま うに、いを覗かれそうだ。 だめんめんと何か訴えつづけている於こうの子守唄を聞き 「わしは、よい子になるそ於こう。こなたの忠言で眼がさ ながら、長安は、息をつめて、自分に言った。 めた : : : わしは、わしは、日本国のために、もっともっ ( わしは、わしの人生も、先が見えたと早合点をしてがっ と、真剣に生きてゆく。なあ於こう : かりしてしまっていたらしい ) 言いながら乱暴に於こうの背に手をまわすと、於こうは それで酒の量もふえたし、遊蕩もだらだらと長くなっ シグシクと泣きだした。 ところがそうではないらしい。彼にはまだ一つ、彼自身 も気付かぬうちに展開していた新しい、 賭けのタネが恵ま 於こうは、長安が、ようやく自分を認めて、愛撫の中に れてあったのだ。いや、それによって、世界を騒がそう戻って来たと思ったらしい の、日本に戦乱をまき起こそうのというのではない。 ところが長安は全く別の希望に燃えてあらあらしく於こ その反対に、茶屋四郎次郎も、長谷川左兵衛も、家康うに挑みかかっている。 も、安針も、秀頼も、忠輝も、彼の存在を無視出来ない、 それで双方とも「生ける証ーーーー」にぶつかったつもりに あかし 生きの証を立てる場が開けて来てあったのだ : ・ なれるのだから、人間はまた罪のない道化ものでもあっ 他でもない。それは伊達政宗や、ソテロを巧みに操っ て、彼等とともにスリルを味わいながら、彼等の野心を、 「もう、於こうを忘れはせぬかえ」 日本のために封じてゆく道であった。 と、於 ( こ、フは一一「ロった。 ( そうだ。伊達もソテロも、そう考えると、楽しい玩具に「何で忘れてよいものか。わしはそなたで甦ったのだ」 なって来よう ) 長安は言いながら、忠輝の顔を思い出し、それから五郎 「ごめん於こう」 八姫の顔を想い並べていた。 男女の口説にも潮どきがあった。 どちらも、将軍家とその御台所であっても、少しもおか もうこのあたりで、於こうを愛撫してやらないと、於こしくない人品だった。 175

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ぼうだい - 一 - つほ・つ 汞法で、水で洗って鉱粉をとり、アマルガムを残して蒸留そんな夢を抱いているのを、実は於こうはよく知ってい する方法だった。 る。よく知っているとい、つよりも、酔って口にする、おり これが成功すると日本一の金銀持ちになるのは、実は将おりの長安の放言で、いやでも知らされて来てしまったの 軍家康ではなくて、大久保長安ということになるかも知れ 於こうが並みの女であったら、この夢は全く理解されな いままで終わるか、それともびつくりして離れてゆくかの 幕府に納めた金銀は、それで国用を賄わなければならな いのに引きかえて、向後産出量の総額は誰にも計算出来などちらかだったが、於こうは逆であった。 くなり、その量の二割から二割五分は自由に使用出来るこ長安の夢の上に、於こうは於こうで大きな夢をかぶせて つ ) 0 とになる。 仮に千両分の産出額を十倍の一万両にふやし、八百両の つまり長安を可愛い働き蜂にして、佐渡ヶ島に君臨し、 上納分を三千両にふやしてやったら、家康自身は二千二百そのかみの推古帝か、三浦安針がよく口にするエリザベス 両の増収となり、大久保長安の収入は七千両にふえてゆ女王のように、荒くれた男たちを頤使してやろうというの だから、この夢も決して小さくはない。 長安は、決して悪人ではない。 したがって、このような ( 女王蜂は働き蜂に惚れてはならない : ル大な率で私腹をこやそうなどと考えたことはないが、も惚れてはならないが、同時に突きはなしてもならない。 しそうなれば、その宝の山を持っ佐渡ヶ島を、そっくり金つまり貝合わせの一方の貝であることを、よく相手の心身 にしみ込ませておいてやらねばならないというのだから、 銀で飾り立てる位のことは易々たることだ。 何よりも佐渡が地続きでなく、荒海の向こうに離れ島で於こうの添寝も、その心理は単純ではなかった。 あるのが楽しい。 万一長安の夢がわからず、誰かがはげしく彼の非を鳴ら すようなことがあったら、長安はさっさとこの島に立て籠 って、金に任せて自衛軍を持てばよいのだ : 大久保長安の夢と、於こうの夢は、夜がそろそろ白みか ける頃になって壮厳な抱擁に入っていった。 ヾ、 ) 0

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まだ相手に思い出されないとわかってゆくと急に不安と 「殿は何も、ご存知ないのじゃ」 心細さが大きくなった。 於こうは、もう必死であった。女の自衛本能なのかも知 ( 自分の方ではすっかり相手を掌中のものにしたつもりだれない。 ったのに、長安は、自分のことなど念頭にもなかったの 「殿はいま、日本中から狙われているとも知らす、よい気 になって遊びほうけておわすのじゃ」 もしそうだったら、 いったい於こうはどうすればよいの であろう。ほんとうに、二分や一両で買われる女と同一視「殿はソテロがどのような夢を描いて江戸に下ってかご存 されていたのであったら : 知か。いや : : : 伊達さまが、何を思うて、わが愛姫を、上 「わらわは殿が心配でならなかったのじゃ。殿の前には大総さま ( 忠輝 ) にご縁組なされたか、その野心の網にお気 きな罠がかけられている。それを知らすに殿は : : : それづきなされてか」 で、わざわざあとを追うて来たものを」 長安は、もはやそれが誰であるかを考えてみる必要はな と、長安は、こころで叫んだ。 ( やつばり於こうだった : わざわざあとを追うて来た : : : その一語が、はじめて露 それにしても於こうが、何でこのようなことを言い出し たのか ? を吹き払った。吹き払うと同時に長安は、すぐさま心の駒 を立て直した。 「殿は : ・ : いま日本国中で、南蛮人や紅毛人が切支丹の教 「わからいでかこのわしが。こなたは於こうと、わかってえをめぐり、しのぎを削って争いだしているのをご存知な いるゆえ : : : 」 一方はな、わざわざ三浦安針を大御所さまの側におく 揶揄したのだとは流石こ、、、 ~ ししカね、そっとまた眼の前のりこんで、南蛮人を、この日本国から追い払おうと思案を 影と線との反応をうかがった めぐらし、一方はその手を封じて、南蛮人の天下にしよう と、必死に計略をめぐらしている : : : 大坂のご城内を見る 四 がよい。新規に召し抱えられてゆく者はみな南蛮系の切支 171

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ぬものでもない。とにかく仰せられたがよい」 っと深くな。細々とした髪師りのものなど納めるような世 「また怒っているのか。了見の狭い女だ」 にも美しい箱を二つ造って欲しいのじゃ。よいか、むろん そこ〈あらかじめ命じられてあ 0 たと見えて、三人 0 若そ 0 一 0 はこなたに遣わすそして、もう一 0 はわしが大 い女が酒盤と銚子をささげて入って来た。 切に所持してゆく。そうだ。こなたの形見 : : : この長安へ 於こうは、それを無視している。女たちのうち二人はたの遺品わけ、そう思って拵えさせてくれてもよい」 しかに長安の手のついている娘で、それも、ほんのおロよ 「まあ、その箱、殿は何にお使いなされまするので」 ごし : : : その点では遊里もわが家の内もない手のつけられ「ある大切なものを容れておくのだ。そうじゃ、金銀を思 らでん ぬ長安だからであった。 うままに使ってよい。螺鈿、青貝もよし、渡来ものの鉛も 「先す一献飲め、今夜の話はちとこみ入った話なのだ」 配してもよい。そして、この緑の玉をその中央に一つ、ピ カリと星のように塗りこめるのだ : 四 そういうと、長安は内ふところをまさぐって、畳の上へ 長安は、於こうが再び手を動かしだしているのを見るキラリときらめく、二粒の緑の玉をおとしていった。 と、乱暴にその布地を払いのけて酒盤ごと於こうに突きっ 於こうは、まだ手を出そうとしなかった。 長安の話が、あまりに唐突で、何を考えているのかわか 「その方たちは退っていよ。そうだ。わしは今宵はここでらなかったからだ。 「これはまた見事な翡翠でござりまするな」 寝よう。寝具の用意をして退れ」 「翡翠ではない。これは、ソテロが呉れた玉でな、エメラ それから於こうの鼻尖に盃を差し出して、 ルドとか申すものじゃ」 「於こう、こなたにの、美しい箱を二つ作って貰いたいの 「あのソテロがこれを : : : ? だ。こなたは光悦の身内たけあって、絵図も描けば塗師の 「そうだ。この玉はな、この世でいちばん愛しい者と分け 仕事にも細工師の仕事にもくわしい女だ」 合って持つがよいのだそうな。これで箱を作って、こなた 「まあ箱を : : : ? : ど、フじゃ、まだ機 とわしで一つ宛わけてゆく : 「そうた。文箱はどの大きさでよいいや文箱よりもちょ 332

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いるのだろうか。 ( たぶん、自分に都合のよいことたけは聞き覚えておくた めなのだろう : ・・ : ) 長安が、於こうを佐渡へ連れ出そうとしていることのな もしそうだったら、ここからも於こうの存在を、相手の かには、長安ならではの夢がある。 長安は、彼でなければ取り出せない、あの島の金銀を掘 躰のすみずみにまで吹きこんでおく方がよいかも知れな り出して、島全体をこの世に二つとはない極楽島に仕上 於こうは、躰を起こして長安の耳に口を寄せた。そしてげ、世界の人々を「あっ ! 」とおどろかしてやりたいの 熱い息をそこから思いきり強くプーツと中へ吹きこんだ 当時の鉱山は請負制になっていた。たとえば、千両採掘 「ウ、ウ、ウ : : : 」 長安は、躰をよじらせて、ちょいと耳の穴を掻き、それしたうち、八百両は上納して、あとの二百両を経費とす るか七百五十両を上納して、二百五十両を経費にすると から小声で、 「於こ、つか、わかっている」 むろん金銀の含有量やら、それまでの産出額やらを基礎 寝言のようにささやきながら、足をからんで又寝込ん にしてこの歩合は決められているのだが、その基準になる のは過去の実績であった。 於こうは、ひとりでグ、グ、クと笑いだした。 したがって、発掘方法や精錬技術に革新的な進歩があれ 長安の方では於こうを手ごろの玩具と思っているのだろ ば、長安自身の自由に使える金銀の幅もまた画期的にふえ う。ところが於こうにとっても長安は、弄んでも弄んでも てくる。 飽きないさまざまな肉体のひだを備えた玩具であった。 いままで銀の吹きわけは鉛を利用した焙焼法だけだった こうして、あちこちと弄びながら、やがて、於こうは眠 が、長安は、それに甲州流を加え、更にアマルガム法をメ ってゆく。 二人の間にそれ以上の交渉が持たれるのは、長安の酒とキシコから学びとってゆこうとしている。 これは俗に「水銀流しーー」といわれ、水銀を用いる混 眠りがさめてからであった。 ミ」 0 9 5

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る、これが実は、天の定めた誠の道じゃ : 「実は、それがしの身よりに於こうと申す女子がござりま 家康はそう一一「ロうと、再び笑顔になって、 する」と、光悦はいっこ。 「於こ、フ : 「これは又々家康のわるい癖が出おったぞ。わが身の話ば かりで、こなたの話を聞こうとせぬ。諸人に物を言わせ、 「はい。性来女子に似あわしからぬ出過ぎものにて、実は 能きことを聞き、これをとって用うるが、実はほんとうのこれが、大久保長安さまのお目に叶い、お側に仕えて居り まする」 智恵者なのだ。その他にかくべっ智恵者など居るものでは ない。さ、何ぞ珍しい世間話を聞かせてくれぬか」 「ほう、それじゃな。佐渡へ京の女子どもを引き連れて参 ったと申すのは」 「恐れ入りました」 光悦は、ホッと大きくため息して、改めて家康を仰ぎ直「仰せのとおりにござりまする」 「よいよい、わるいことではない。女子が居らぬと殺伐に 「なるほど智恵者というは、人の能き話を聞いて用うる者なってならぬものじゃ」 : それに相違ござりませぬなあ」 「その於こうが、私に気になることを聞かせました」 「そうじゃ。それゆえ、そなたは、さしすめ家康が智恵の「佐渡から何か申して来たか」 「いいえ、それが、都へ出て参りましたおりのことでごぎ 7 もとじゃ」 「これはこれは、そう仰せられると、ついよい気に相成りりまする」 「ほ、つ、何を申したのじゃ」 まする。実は光悦にも上様のお耳に人れておかねば : : : そ 、つ田 5 、つことがあるので、こざりまする」 「大久保さまを、切支丹の人々が狙って居ると申すのでご さいます」 光悦は、於こうの顔を思い出しながらロを開いた。 「長安を切支丹の者どもが 十三 「亠よ、 0 。しこの人々は、上様のお側に、紅毛人の三浦安針ど 「そうか。そうであろう。さ、聞こう」 のがついて居られるのを、ひどく気に病んで居りますよう で」 家康は、神妙に脇息を前へおき直して身をのり出した。 795

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「兄様、もう一度ゅうて見て下され。於こうはあわて者 みならば、勝手に考えを変えるわけにもゆかぬ立ち場なの じゃ。もし聞き落としたところがあってはならぬゆえ」 であろう。 「よしいお、フ」 「於こう、実はの」 と、光悦は、一層硬い表情になって、そっとあたりを見 「はい、何です兄様」 「わしは一つ、こなたに内証で頼んでおかねばならぬこと廻した。 「こなたに : : : 大久保どのの許へ出人りする人々に、充分 がある」 に注意していて貰いたいと申したのだ」 「まあ珍しい。兄様は於こうなど相手にしない金仏さまか こあるといわれる 「そうすれば、どのような得が兄様レ と田 5 、っていたのに」 光悦は、ちょっと眉根を寄せて舌打ちし、 「こなたひとつ、お祖師さまの命じゃと思うて、間者を勤「於こう、これはな、この光悦個人の損得ではない。わし は、この日本国から戦乱の憂いを除き、お祖師さまの正義 めて呉れまいか」 を立てておきたいのだ」 「まあ、日蓮さまも間者などを使いますのか」 「おお、日本国のためなればのう : : : 他でもない、大久保「すると、それが立正安国とやらにつながるといわっしゃ どのの許へ出入りの者で、江戸と大坂の不仲にかかわる舌 る ? 」 : とし 立正安国、立正安国。その心じゃ : をする者があったら、必す心にとめておいて知らせてくれ「そうじゃー 、つのはな、、わしには、 ふっと気がかりな、怪しい戦雲の匂 ぬか」 いがただよいだしているような気がするのだ」 九 於こうは、光艷を見つめたままで肩をすくめた。 : など、いやなこと ! 」 一瞬於こうは、眼にふしぎな緊張をたたえて光悦を見返「戦 : した ( ) 「よいか。心に刻んでよう丗いてくれ。いま日本国で戦が おそらく光悦の口からこれほど真剣に相手にされたこと起こる : : : と、すれば、三つ大きな対立のタネがある。戦 はここから必す忍び込んで来るに違いない」 がなかったからに違いない。