長安 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 14
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1. 徳川家康 14

明石掃部はいうまでもなく、長安の夢を記した例の連判 : いや、彼自身が、そ 状に名を連ねている旧教の信奉者・ : れに名を連ねているだけではなかった。長安とは全く違っ た目的で、秀頼をはじめ、多くの切支丹大名たちに署名を 乞うてまわった一人なのだ。 したがって、長安倒るの知らせはそのまま、 卩ーー・・連判状はどうなったか ? 」 の、大きな不安につながらずにいなかった。 むろんそれには、家康の子の松平忠輝の署名もあるのだ しかし、これが長安の手を離れると、どのような爆薬 に変って、新しく風波を呼ぶかわからなかった。 イ 0 イ

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「さ、もうここでは二人きりじゃ。はっきりと白状なさん 針が付いているのが不安でたまらないのだ。 せ。お前さまは、何で急に私をここへ誘うたのじゃ」 「ーー大御所さまは公平なお方じゃ。でも、もうお年ゆえ 「はて、それならば総代官さまに : 何時ご他界なさるかわからぬ。そのおりに、もしも安針が 「何をいうやら、ホホ : : : はじめから女子など眼中にない将軍家を動かして、旧教禁止にでも踏切るようなことがあ お方が、茶屋の話が出たと思うと急に変わった。訊きたい ったらどうなろうか。それこそ日本国はまた戦国じゃ」 ことがある筈じゃ。この私に : 於こ、フは、聞いている、っちに眠くなった。 それから、無理に盃を与平のロに押しつけて、 もう同じことを光脱に聞かされたときほどの刺激はな 「こなたが、 何で長崎などから来ているものか。こなたは 、気になるのは却って大久保長安のことであった。 明石掃部か高山右近の廻し者 : : : ホホ・ : : 乳守の妓は盲で 長安も今ごろはもう寝所に担ぎこまれているだろう。ま はないそうな」 だ当分は酔いからの熟睡で泥のように眠るであろうが、眼 大きく山をかけてみると、一も二もなく坐り直した。 がさめると、そのあとがあぶなかった。 「そのようなことは、気がついても言わぬものじゃ。われ 於こうは、与平の味方を装って、せっせと酒を注いでや 等はな、総代官さまが、どのようなお人柄か、それが知り りながら、長安の閨の妄想にとりつかれた とうてお近つきを願うたのじゃ」 そうなると少しも早く与平を盛りつぶさねばならなくな そう言ったあとで、あわてて小判三枚於こうの内ふとこる。そこで彼女もまた廓を出たらデウスの子になるであろ ろにすべり込ませた。 うゆえ、安針の一人舞台にならぬよう、いろいろ長安や堺 それからあとは子供に口を開かせるようなものであっ奉行の肚などを探ってやろうと言ったりした。 ところが、その計算はたった一つ、大事なところで狂っ ていた。 「本来ならば、私も切支丹 : ・・ : 」 一寸誘いの水を向けると、相手は熱心に神の愛を説いた次第に酔いを深めた相手は、そこから悪壓のとりこにな ちぎ り、彼等の不安を訴えたりする始末であった。 り、於こうと契る気になってしまったらしい やはり大御所となった家康のそばに、新教国人の三浦安「それがしは、まこと、こなたが好きになったそ」 ノ 6 び

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夢の中の自分と、現実の自分の間にある空隙を埋めよう ( これは死期が近づいたという、霊の知らせなのではある として、わしの遊びは次第に派手になってゆくのではある ュまいか : : : ) 士しカ・ 夢の中には、彼の欲するものは殆んどそろっていた。と いうよりも、夢の中の彼は、覚めている時の彼ほどどん欲そう思ったときに、添寢していた女性の腕が、やわらか く長安の首の下でうごいていった。 ではなくなっているのかも知れない 住居から見おろす風景の美しさに恍愡とし、身のまわり の金銀に恍惚とし、更に、酒のうまさにも、女性の美しさ 長安は、まだ動こうとしなかった。 にも満足する : : : 若し人間の、いに湟槃とか西方浄土とかい もう夢からは半ば離れて現実に戻りかけている。現実 う境地があるとすれば、たぶんあの夢の中の自分がそれな に戻ってみると、夢の中には無かった渇きがまず心に甦 のでは無かろうか : したがって眠ることはひどく楽しく、眠りから覚めた瞬る。 それは水が欲しいというほんとうの渇きであったり、女 1 間が妙に佗びしい 今夜も長安は、夢の高殿で釣り糸を垂れていて、その糸体が欲しいという肉体の渇きであったり、何か食べねば疲 れるであろうという、疲労への警戒であったりした。 がもつれだしたので、 ( ははあ、覚めるときが来たのだな 何れにしろ、人間に渇きがあるのは生きている証拠であ り、それは同時にさまざまな不安の芽にもなった。 と、自分で思った。 ( おれはいったい、このままこうして、仕事と遊蕩の間を 思った瞬間に、自分を現実におき直さなければならなく なる。 往復するだけで、やがて老いて死んでゆけばいいと一一一口うの ワつ、つ、カ・ ( 待てよ。自分は昨夜、何をしていたのであったか : 若しそうだったら人生とは何というあわただしい夢にも そうだ。堺奉行の別荘で、乳守の女たちを呼んで騒いで : 何で、 あのような空騒ぎがしたくなるのだろう及ばぬ儚いものなのであろう。 、 0 、カ 又長安のそばで女が動いた。

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丹じゃ。それ等は万一大御所さまが紅毛人に味方するとわさまをお味方にした方が、天下の主になれること、掌をさ かったおりには、大坂に立て籠って、これを倒すつもりなすように ( ッキリとしてくるのじゃ。その上総さまを生か のじゃ」 すも殺すも出来るは殿じゃ。殿はいま、日本の天下ばかり か、南蛮か紅毛かという、世界の鍵まで握ってある。その 「いいえ、それでもまだ大坂方に勝ち味はない。そこで、 お方が、何も知らずにこのような他愛なさで酒と女子にた 西国の切支丹大名だけではなく、伊達さまも、そして、殿わむれる : : : 仮に伊達さまが、大久保長安のことは予が引 も : : : みな味方にしようとして、あらゆる誘い手をのべてき受けた : : こ、つ一一一口いふらしたら何となさるのじゃ」 いるのじゃそえ」 長安は、次第に躯が堅くなった。夜明けの空気の冷えの 長安は、思わず息を詰めていった。 ためばかりではなかった。 そんな動きのあることなど先刻承知の長安だったが、そ そう言えば、案外彼は彼の考えている以上に、大きな齣 れにしても、於こうがどこでこのようなことを耳にして来風の中心に押し出されているのかも知れなかった。 たのであろうか : 大坂の秀頼に、伊達、前田の二雄藩が加わると、もとも ( これはおかしな事になったそ : : : ) と徳川家に強い反感を抱いている中国の毛利、九州の島津 於こうは、相手が黙っているので、いよいよ舌に油をの : いや、それに将軍の舎弟が加わるとなったらどうなる せて勢い付いた。 のか : 「いま南蛮方で狙うているのはな、第一が大坂城の御ある長安は、しつかりと眼をつむった。 じ、第二が伊達さま : いや、これは加賀さまかも知れ 五 ぬ。あの高山右近どのや内藤如安どのをかくもうている前 田利長さまは、とうに南蛮のお味方になっているやも知れ 於こうの言葉には幾つかの誤りと、幾つかの独断がふく まれている。 ぬ。それに、第四番目が殿 : : : そうであろうが、大御所さ まは、仮に紅毛人にお味方なさらなくとももはやご老体、 例えば、新教国側のイギリスやオランダが三浦安針をわ さすれば今の将軍家の御弟君で、伊達さまの御婿君、上総 ざわざ家康の側近に送りこんだなどというのは應測もはな 172

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まだ相手に思い出されないとわかってゆくと急に不安と 「殿は何も、ご存知ないのじゃ」 心細さが大きくなった。 於こうは、もう必死であった。女の自衛本能なのかも知 ( 自分の方ではすっかり相手を掌中のものにしたつもりだれない。 ったのに、長安は、自分のことなど念頭にもなかったの 「殿はいま、日本中から狙われているとも知らす、よい気 になって遊びほうけておわすのじゃ」 もしそうだったら、 いったい於こうはどうすればよいの であろう。ほんとうに、二分や一両で買われる女と同一視「殿はソテロがどのような夢を描いて江戸に下ってかご存 されていたのであったら : 知か。いや : : : 伊達さまが、何を思うて、わが愛姫を、上 「わらわは殿が心配でならなかったのじゃ。殿の前には大総さま ( 忠輝 ) にご縁組なされたか、その野心の網にお気 きな罠がかけられている。それを知らすに殿は : : : それづきなされてか」 で、わざわざあとを追うて来たものを」 長安は、もはやそれが誰であるかを考えてみる必要はな と、長安は、こころで叫んだ。 ( やつばり於こうだった : わざわざあとを追うて来た : : : その一語が、はじめて露 それにしても於こうが、何でこのようなことを言い出し たのか ? を吹き払った。吹き払うと同時に長安は、すぐさま心の駒 を立て直した。 「殿は : ・ : いま日本国中で、南蛮人や紅毛人が切支丹の教 「わからいでかこのわしが。こなたは於こうと、わかってえをめぐり、しのぎを削って争いだしているのをご存知な いるゆえ : : : 」 一方はな、わざわざ三浦安針を大御所さまの側におく 揶揄したのだとは流石こ、、、 ~ ししカね、そっとまた眼の前のりこんで、南蛮人を、この日本国から追い払おうと思案を 影と線との反応をうかがった めぐらし、一方はその手を封じて、南蛮人の天下にしよう と、必死に計略をめぐらしている : : : 大坂のご城内を見る 四 がよい。新規に召し抱えられてゆく者はみな南蛮系の切支 171

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若し安針がイギリス人やオランダ人と連絡をとり、ドシ 実のところ長安は、佐渡から帰ってのちにソテロと会見 ドシ彼等の船を日本に呼び寄せるような事態になれば、日 する気であった。ところが、ソテロはどうやら彼の考えて本におけるザビエル以来の南蛮勢力は一挙に覆滅されるお いた以上に仕事師らしい それがある と言うよりも、彼の考えている以上に、旧教徒の勢力拡 したがってその不安を代表し、南蛮勢力をしつかりと日 張にあせりを感じていると言った方がよいかも知れない。 本に根づかせるための戦士として、ソテロが乗り出して来 たのであったらどうであろうか。 同じ旧教の中にも、ポルトガルのエスイタ派、イスパニ ヤのフランシスカン派、 ドミニカ派などの別があり、今ま ( ソテロは、果たしてほんとうの信仰者なのかどうか : ではそれ等の間で小ぜりあいが演じられていたのだが、三 浦安針のウィリアム・アダムスが、家康の側近になるに及殊によると信仰者を装った大策師なのかも知れないと長 んで、彼等は急速に結集して、新教の進出を断乎喰い止め安は思っている。 なければならないと考えだしたものらしい ( 豊太閤の時代に、明国との間の和睦交渉を滅茶滅茶にし ちんいけい 長安が見たところでは、この旧教派の心配は的はずれに てのけた怪明人、沈惟敬のような人物だったとしたら : 思えた。イギリス人である三浦安針は、彼等が警戒するほ ど宗教色の濃い人物ではなく、これはむしろ彼の生まれた 大久保長安は、そうであったからと言って決しておどろ イキリスのギリンガムという海浜の村の風習で、言わば一 きはしないつもりであった。 種の冒険家であり、探険家とも言うべき人物のようであっ 彼の夢はもうひと廻り大きい。仮りにソテロが野心家で あればあるほど利用の面もひろく大きいと考えている。 しかし、その安針のつかまえた徳川家康は、旧教派の人おそらく彼は、眼が覚めたらすぐさま浅草のソテロの許 人の眼には見落せない巨鯨であったに違いない。豊太閤に へとんで行く気に違いない : とって代わって日本の支配者になったこの巨鯨を、安針一 人の手で料理させてなるものか : : とい、つことらし、 6

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てもよい 交易となってゆくと、金銀の無いのは首のないのも同殊 だった。世界中の人々が日本に期待しているのは、第一に 長安は、すっかり自分が若返った気分になった。 完全に征服された於こうの姿が、一層彼を昻然とした生マルコ・ポーロの書き残した黄金の島ジパングの夢ではな かったのか。 気の中へ押し出す力になったのかも知れない。 これは少々やりすぎ、長安は同意致しかねまする」 この方針でゆくと、伊達政宗は大きな野心の尻つばを、 びたりと一言そう一一一口うだけで、伊達政宗は絶対長安を無 長安だけにはさらけ出して見せるに違いない。 自分の婿を将軍にして、その将軍と、大久保長安という視は出来まい 類いまれな傑物を両腕にかかえこんで世界の貿易を支配す ( 政宗だけではないぞ ) る : : : そうなったら、どんなに大きな野心の ~ 亞も満腹する長安がもう一度びつくりしてあたりを見廻したときに 十、 小さい妖婦の於こうは、もうすやすやと満ちたりた寝 にしなし 息をたてだしている いや、仮にそれに乗って来ない場合があったとしても、 長安は、とび起きてその辺を歩きまわりたい衝動にから 長安はいささかも恐れる必要はなかった。 と言うのは、長安は彼の愛婿の執政であって、事が露顕れた。 まなひめ しかし、それはここでは慎しんだ方がよさそうであっ したときには、愛婿も愛姫も舅も長安も一蓮託生 : : : した がって、政宗の口からこれを洩すようなことは絶対にあり た。於こうの頭脳もまた女性としては、飛び切り鋭い感受 日寸よ、 0 性を持っている。 すっかり構想の立つまでは、うかつに心の底をのそかせ ( その逆の場合はどうなろうか : つまり、伊達政宗がこの話に乗って来すぎた場合であてはならなかった。 る 一、軍家ばかりか、この手は大御所にも使おうと ( そうだ。将 そうなったら、長安は、日本中の山から掘り出す金銀を思えば使える手だ : 手控えてもよし、掘ってそのままどこかへ埋蔵してしまっ 「ー・・ー・金銀の出が少なくなりました。鉱脈をはずれたよう 177

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いるのだろうか。 ( たぶん、自分に都合のよいことたけは聞き覚えておくた めなのだろう : ・・ : ) 長安が、於こうを佐渡へ連れ出そうとしていることのな もしそうだったら、ここからも於こうの存在を、相手の かには、長安ならではの夢がある。 長安は、彼でなければ取り出せない、あの島の金銀を掘 躰のすみずみにまで吹きこんでおく方がよいかも知れな り出して、島全体をこの世に二つとはない極楽島に仕上 於こうは、躰を起こして長安の耳に口を寄せた。そしてげ、世界の人々を「あっ ! 」とおどろかしてやりたいの 熱い息をそこから思いきり強くプーツと中へ吹きこんだ 当時の鉱山は請負制になっていた。たとえば、千両採掘 「ウ、ウ、ウ : : : 」 長安は、躰をよじらせて、ちょいと耳の穴を掻き、それしたうち、八百両は上納して、あとの二百両を経費とす るか七百五十両を上納して、二百五十両を経費にすると から小声で、 「於こ、つか、わかっている」 むろん金銀の含有量やら、それまでの産出額やらを基礎 寝言のようにささやきながら、足をからんで又寝込ん にしてこの歩合は決められているのだが、その基準になる のは過去の実績であった。 於こうは、ひとりでグ、グ、クと笑いだした。 したがって、発掘方法や精錬技術に革新的な進歩があれ 長安の方では於こうを手ごろの玩具と思っているのだろ ば、長安自身の自由に使える金銀の幅もまた画期的にふえ う。ところが於こうにとっても長安は、弄んでも弄んでも てくる。 飽きないさまざまな肉体のひだを備えた玩具であった。 いままで銀の吹きわけは鉛を利用した焙焼法だけだった こうして、あちこちと弄びながら、やがて、於こうは眠 が、長安は、それに甲州流を加え、更にアマルガム法をメ ってゆく。 二人の間にそれ以上の交渉が持たれるのは、長安の酒とキシコから学びとってゆこうとしている。 これは俗に「水銀流しーー」といわれ、水銀を用いる混 眠りがさめてからであった。 ミ」 0 9 5

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長安は、又一つ胸に大きな釘を打ち込これて、ギクッとの荒海を何度となく佐渡に押しわた 0 たり、石見や伊豆の なった。 山奥で蝮どもと闘って来たりしたのであろうか。 ( 伊達政宗ならばやりかねまい : そうではなかった。 先すそうした噂を流しておいて、さりげなく外様大名の 大坂城であの巨大な黄金の分銅を見た日から、長安には 反応を見きわめる : : : そうしたことが楽しくてたまらない 前人未踏の大きな夢があった筈。 性癖の政宗なのだ。 それは、地下に眠る日本国中の黄金を活用して、世界の 「よいかや殿、噂を流した伊達さまは事露顕と決まった海に君臨してみたいという交易王の夢ではなかったのか ら、そしらぬ顔して遠ざかろう。が、殿にかかる嫌疑はい たいど、つなるのじゃ」 その夢を、はじめ長安は家康の下で遂げる気であった。 於こうは、何時か長安の寝巻きの衿に両手をかけて小突ところが現実はなかなかそこまで思うままに展開しなかっ きたしていた。 船造りやら直接の貿易やらには、彼よりも適任者として 茶屋四郎次郎清次と、家康の側室の一人、於奈津の方の兄 いちど寒くなった長安の体がポカボカと燃えはじめた。 に当たる長谷川左兵衛藤広があらわれて、何れも長崎で活 何時か、妙な母性に還って、於こうの躰が長安を包みこ躍しだしている。 んだからばかりではない。 海外智識の顧間には、長安よりも南蛮、紅毛の事情に明 長安の胸の中で、もう一つの打算が大きく、ばっかりとるいイギリス人の三浦安針があげられてしまっていたし 眼を開けたせいであった。 : そうなると、長安は、せっせと黄金を掘り出すだけ ( これはひと芝居打てそうだぞ ! ) で、それを思うままに駆使してゆくのは、茶屋であり、藤 長安が、いままでせっせと身を粉にして奉公して来たの広であり、家康であり、安針なのだということになってく は何のためであったろう。 る。 四万石の総代官 : : たったそれだけの望みのために、越 ( これで腑におちたそ : : : ) たの

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かくべつの厳格な「夫婦ー・・、ー」と考えたり、燃えあがる . 半分をわしが引き受け得る : : : 姫の縁談はそれへの手引き 恋情に身をこがしたりしているわけではないその意味で になっている : : : 」 長安は、不意に盃をおくと、政宗の前に両手を突いてハ は於こうの割り切り方は明快そのものだった。 ラハラと涙をこばした。 神仏が世の中に男と女を作ってあるということは、恰度 自分の言葉の反応の大きさに、自分で感動して泣き出し絵合わせの貝のように、どこかに、いちばんびったりする 相手の用意があるのに違いない。その絵合わせの員の一方 てしまっている長安だった。 が於こうであり、一方が長安なのだと思っている 第一長安も並みの男とは違って、少しもじっとしていら 佐渡の夢 れない悪戯好きの変わり者だったし、於こうもそれに譲ら ぬ「変わり貝」であった。 ~ いだが、そこで見た「良人ー 於こうはいちど灰屋こ嫁 わらべ ー」というのは、何ともたより無い童のようなものであっ 於こうは、長安が何をしているか ? 大抵のことはわか た。童というものは、甘やかせばつけあがり、抛り出せば る気がした。 泣き、自分の意志が通じないと、廻らない舌で舅や姑に何 彼女はいま松平忠輝の江戸屋嗷の一室で、眼の前に一枚か言いつける。 の絵図をひろげて、熱心に眼と指でそれを追っている ( , ーーー何のことだ。嫁ぐというのは子守りにやられるとい うことだったのか ) しかし心のうちでは、長安の行先が伊達屋嗷であること もちゃんとわかっていたし、そこで酒を出されて、いい気 そんな納得のし方で、とにかく我慢しようと思っていた になって放言しているであろうことも想像出来た。 のだが、 そのうちに向こうから出て行けと言って呉れた。 むろんそれで於こうは、子守りの境涯から救われたのだ 長安に身を任せるようになってから、於こうは、 ( これが、私のための異性であった ) が、長安の場合は少し違った。何よりも長安は汕断の出米 ハッキリとそ、つに、つよ、つになっている ない悪戯技術を身につけている。かくべっ図抜けて智恵が 5