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検索対象: 徳川家康 15
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1. 徳川家康 15

大群衆の暴動は、絶対に起こりませぬという保証がな 頼どの母子には、移封をはっきり承諾させておかねばならに、 ければ、天下の秩序維持に任する者として許すわけには参 ぬ。そうせずに事が済むと思うていたのか」 片桐且元は、わなわなと震えたした。そういえば慶長九るまいが」 年の豊国祭のおりには京、大坂で三十万人もの人出があっ 「 ) 」もっともに ~ 仔じまする」 且元は、自分の瘠せた裸身をまざまざと見せつけられた 思いで、恐れ入るより他になかっこ。 五 「たしかに、市正はうかっ千万、申し開きの言葉もござり 「すると、開眼供養の前に : ませぬ」 且元はそういったが、後の言葉は続かなかった。 そう素直に詑びられると、こんど家康が哀しい眼をして 家康にいわれてみると、まさにその通りだからであっ黙りこんだ。 た。三十万もの大群衆が、もしも暴れ出していったら、そ ここで且元をどのように怒鳴りあげてみたところでどう なるものでもなかったのだ。 れは手のつけられない大混乱になってゆこう。といって、 それを未然に防ぐためには、二千や三千の所司代配下の警「市正、わしも年をとっての、短気になった」 備ではど、つにもなるまい 「いいえ、この市正が年甲斐もなく、事態の勘定が甘かっ ( これは追い詰められた : たのでござりまする」 「とにかく」 且元は、心底から寒くなった。 家康の指適したとおり、だからといって、新しく警備の家康は、視線を宙に投じたままで、 「お許とわしが、ここで愚痴をいい合っていて済むことで 人数をくり出したら、確にそれは大坂攻めの出兵と誤解さ はない。お許と前後して、右京の局が参って居ると申す れるに違いない。 が、その用件はご存知か ? 」 「どうじゃ。腑に落ちたであろう市正」 はい。仰せの趣きはわかりましたが」 : はいそれも実は油断のひとっ : : : 局はご母公さ 「わかったら申すことはあるまい。開眼供養の祝いの前まのお使いで御台所さまの許へご機嫌伺いに参られるもの 352

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うておわしたので、安房を敵に廻したかと、武者震いなさ 「恐れ入ってござる。実は、ここもと諸国からさまざまな 訪客がござるゆえ、偏りなくお断わり申して居るまでのこれたのだそうな」 とでごギ、る」 「ほう、すると大坂人城をご決意なされた : : : それで徳川 と、幸村ははじめて笑った。 家ゆかりの者とは会わぬお覚悟、という世評は違って居り 「まさか、それほどご小胆な大御所でもござりますまい。 ましたかの」 が、実のところ、大坂から参った使者も、父が亡くなって 「いかにも、世間のロに戸は立てられませぬ。さりなが いたと知ってがっかり致したようでござる」 「さようでござろうて。して、大坂からは何者が見えられ ら、亡父もわれ等も、兄伊豆守の並々ならぬ働きにより、 ・」 ! 真中の身ましたな」 ようやくこの地へ隠棲を許されたる世捨人 : : ・↑ 「はい。大野修理の内命を受けたと申し、渡辺内蔵助どの を想、フてのことでござる」 いったん上げると、幸村はもう隔意ない話ぶりで、松倉が見えました」 豊後守を座敷に通した。 幸村は、明るい表情で淡々と答えた。 豊後は座嗷へ入るとすぐに床の間と並んだ仏壇の前に坐 その話しぶりにも表情にも、何の隔意も苦渋も感じられ つ ) 0 ない。どこまでも大らかな友情にみちみちた応対に変わっ 如何にもそれが第一の目的でもあったかのごとく、香をていた。 供えて合掌瞑目していくのである。 十 「亡父も、さそ喜んで居ることと存する」 「左衛門佐どのの前じゃが、大坂の使者どもが、この九度「ところで左衛門佐どの、お身はお娘御を、伊達家の片倉 山を訪れたと耳になされて、大御所さまは顔いろ変えさせ トにに、、、麦継ぎのところへ縁付けられたそうでござるの」 られ、しばらく拳をふるわしておわしたそうな」 松倉豊後は、凡そ用向きとはかけ離れたところに話題を 「それは又、何故でござりましよう」 「お身を恐れたのではない。お父上はまた健在 : : : そう思 「如何にも、お世話下さるお方がござって」 303

3. 徳川家康 15

又右衛門は、この話を聞かされて少しもおどろかない顔「すると、すると、大坂方では、すでに戦備に入っている といわっしやるかツ」 ) けは覚えておこうと田 5 った。 その訊き方があまりに切迫していたので、 全然動じた様子のない顔は残念ながら家康のほかには一 もない。 「その儀ならば案ずるな、わしが手を打ってある」 ただ本多正信だけが、おどろいてはいたが、その愕きの家康は、軽くこれをたしなめた。 ハに、薄気味わるい静けさをたたえていた。 十四 挈、、フ、か 0 したが、その噂がすでに根付いたという証拠 : 何そ、他にあると申すか」 「手を打ってある : : : と、仰せられると」 「ござりまする」 忠世は、みんなの注意が、自分の質問に集中されている と又右衛門は、わざと微笑をうかべていった。 のを意識して家康に問い返した。 ー紀州の九度山に隠棲しある真田昌幸の許へ使者を差し立家康は、、 しよいよ ~ 爭もなげに、 、ました。大野修理と相談のうえ渡辺内蔵助が参りました 「その儀ならば伊豆守に命じてある。伊豆守は舎弟を、謀 2 でつで」 叛に加担させてはならぬ義理をわが家に持っている」 ーしかし、昌幸はすでに死んで居ろうが」 と、軽 / 、いった。 ー御意 : : : それで使者もびつくり致し、急いで立ち帰って そういわれると、忠世も頷いたし、一座している他の J の旨を告げましたので、それでは伜を迎えてはどうかと人々も頷いた。 、う議が、目下もつれて居るところではないかと存じま 信州上田の城主真田伊豆守信之は関ヶ原の役のおりに、 % はい。伜の幸村では頼りにならぬと申す者 : 西軍に味方した父安房守昌幸と弟の左衛門佐信繁 ( 幸村 ) 、にあらず、幸村こそは親まさりの軍師じゃと申すもの生命乞いをして家康に助けられている。 その義理があるので、こんどは家康が伊豆守信之に手を そこまでいったときに酒井忠世が顔いろを変えて又右衛廻して、信繁改め幸村に、軽々しく動くことないように説 」をさえぎった。 かせてあるという意味らしかった。

4. 徳川家康 15

「すると : : ? お前さまが、茶屋どのの : ・・ : 」 「於みつ様の前でございますが、大久保石見守というお方 於みつは、誰にいわれもしなかったが、 手代らしい商人は、大変なお方でございますな」 姿であろうと、相手の姿をひとり決めして来ていたのでび 「大変な : : とい、フと、有馬さまのあの事件と、やはり、 つくり・した。 かかわり合いがあるのですね」 「は、。ム。、、茶屋の : : : こんな身なりの時は、松尾松十「はい。あの事件の発端になりました日本の船には、一 郎と申します。以前は、長崎奉行の同心を勤めて居りまし 制のロ叩 : : というよりも、まことに厄介な品々が積んであ た者で」 った様子にござりまする。つまり、武器、武具の類でござ 「よあ : : : 」 います。これを積み出しますると、南の国々に乱が起こ 「ここで話してもよろしゅうござりましようか。話は少々る。泰平になりました日本国には不要の品々たからといっ 混み人って居りますが : て、武器の輸出は神仏が許しますまい。たぶん大御所のお 耳に入りましたら一大事 : : : と、これを石見守はよう知っ 於みつは、ちらりと眼をあげて又亭主に声をかけた。 ていたようでございます」 「ご亭主、留守番はしばらく私がしてあげよう。こなた、 わが家に往んで、船に嗷く毛氈を取って来ておくれでない 「そう : ・・ : 武器をねえ」 力」 「ところが、それを知ってマカオの冲合いでポルトガル船 がこれを襲い、積み荷を奪って船を沈めた : 「その辺のことは、私も知っています。その報復に有馬さ 「かしこまりました。船に敷く毛氈でございますな」 まは、ポルトガル船の焼き討ちをやってのけたのでしょ 亭主は、何か密談と察して、ちょっと四方を見廻してか ら腰をかがめて出ていった。 「とまあ : : : 世間では思うていますが、実のところ、有馬 「さ、それではここでお話を承りましようか」 さまが襲って来ると知って、手廻しよくボルトガル船の方 於みつは、気軽に浪人風の男の前へタバコ盆を下げて行で、船も積み荷も焼いてしまった : : というのが真相のよ って腰をおろした。 、つでございます」 141

5. 徳川家康 15

「他でもござりませぬ。大御所さまが京からお戻りなさるな。まあよい、どんな場合にも、大久保石見守は弱者の味 と、幕府へも大ゆれの地震が始まろうという噂でござりま方じゃ。つつますわしに打ち明けなさい。人生も戦場と同 じことでの、小細工は却って損じゃ。身を捨ててこそ浮む する」 「なるほど : : : 本多父子と大久保一党の喧嘩でも始まると瀬もあれ : : : わしも苦労はしぬいて来ている者だ」 長安がそういうと、岡本大八は、すぐさまおそれ人った 申すのだな」 「これはおどろきました。総代官ともなれば耳の早いもの顔になった。 でござりまするな」 ど、つやらこれは小亜宀兄 : : : とい、つよりも、まるきり譱〔 , 長 これは又、松尾松十郎とは似ても似つかぬ人相だった。 な陽気で楽天家の悪党らしい。つまり悪と善のけじめがっ こわね かず、ただ明るく世間を泳ぎまわって水を濁している緋鯉 何よりも明るい童顔で、声音まですがすがしい。ただどこ : と、長安は判断した。 か軽卒で、理性の欠如は感じさせるが、悪人といった暗さのような男らしい はみじんもない。 四 ( 全然反省のない奴らしい 長安は、それが自分に近い型なのだとは思わずに、 そういえば、岡本大八は身なりも立派であったし、持物 「貴公は、何も知らずに出て来たようだが、実は今日からも贅沢だった。 当分牢屋へ入っていて貰わねばならぬかも知れぬ。それで 大小のこしらえから印籠の末に至るまで、眼立たぬよう 呼んだのじゃ」 に金をかけている。おそらく市井にあったら歌舞伎もの気 「は : : : 牢屋ですか。この私が ? 」 取りで、寛濶な身なりをするところであろうが、節倹が美 徳の侍ゆえ止むを得ずこのあたりで自制しているのであろ : といいたげな顔付き 「いかにも、身に覚えは全くない : だが、こなたに一つぬきさしならぬ嫌疑がかかっている」 「エよ、つ . 「大八とやら、こなた有馬修理太夫晴信をどこで知った : これはおどろきました。それはどの件でござり ぞ」 「あ : : : あの件で : : : 有馬侯には長崎表で知遇を得まし 「どの件 : : : と、いうと、幾つか心当たりがあるのじゃ 132

6. 徳川家康 15

淀の方はぐっと詰った。老臣たちをさしおいて、淀の方「それでは人生は退屈すぎる : : : そう思われたら、思いの 直々に上洛する : : : そんなことは、世間の習慣にないこと ままになさることじゃ。止めはせぬ。ご上洛なさるがよ と、ハッキリわかっているからだった。 い。その代わり、無事にこの城へ戻れるものとは思わぬよ 「では : : : お許たちは、それには反対だといいやるのじゃ : この城には、答礼に参られる義直、頼宣の両人を 捕虜にしようなどと、物騒なたわごとを考え居る者もある 「これはしたり、反対にも賛成にも、まだ、そのご不安のゆえ、人質替えにされましようからなあ」 わけを何一つとして聞かされて居りませぬ。なあ市正」 十四 どうやら有楽は、こうしたおりに淀の方の我儘を押えて ゆくのが叔父としての自分のっとめと、思いだしているよ有楽の毒舌は、つねに相手のロを一言で縫い付けねば止 うだった。 まないものを持っている。 「そうじゃ。何がご母公さまのご不安か、それを、仰せ聞 しかし、その辛辣さは、彼が心の中では愛してやまぬこ け下されとう存じまする」 の姪には通することもあり、通じないこともあった。 むろん鋭敏さに欠くるところがあって通じないというの 且元は、なるべく相手を激昻させまいとして丁重に頭を 下げた。 ではない。始めから聞く気のない、強烈な自我が一切を拒 淀の方は、一層いうべき言葉の選択に窮していった。有否して寄せつけない場合があるということだった。 楽の剛、且元の柔 : : : それが意地わるく一つになって自分淀の方の眸はギラギラ燃えだした。この眸の火が赤く見 わた える時はよかったが、今日はすでに蒼くなっている。 のロへ綿を詰める。 そうなると、有楽の毒舌もまた一層毒の比重を加える。 「ほう、眼の光りが蒼くなられた。しばらく冬眠していた と、有楽は笑った。挑戦するような冷笑だ。 ご気性の鬼がそろそろ穴を這い出された証拠なのじゃ。春 「よいかのご母公、われ等は晴天の日が好きでの、なるべ だからのう : : : それもよかろう」 く風雨は避けたいと思うていたが : : : 」 「それもよかろう : 113

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これは面白い ! 」 国に、日本の切支丹は根絶しされる : : : 即刻ご援助ありた と、みな口々にいい 合った。 いと申し送れば、戦さ船の五艘や七艘 : : : 」 「ーーーその頃には、大御所はもう生きては居るまい。と、 聞いているうちに、大野治長は恐ろしくなって耳を蔽い なれば、これは関ヶ原のやり直しじゃそ」 たくなった。 しかし、その人々も夜が白々と明けだして、船が大坂城 彼等の空想と、自分の不満がこんなところで一つになっ ては、それこそ手のつけられぬ大火になるかも知れないのの水路にかかる頃には、ひっそりと口を噤んで居眠りをは じめていた。 しかり、それがきっかけで、船の中の話題の火の手は更空想はやはり空想以上の何ものでもなく、夜があけて城 内の土を踏んだときには、夢と一緒に忘れ去られたに違い に大きく燃えひろがった。 江戸を豊家の仮想敵と断定し、これを打破るにはどのよ そうわかっていながら、大野治長は、逆にそれを淀の方 うな手段があるかについてあらゆる空想がなされたのだ。 ますフィリップ三世の軍艦供与のめどがついたら、これに訴える気になった。 何故であろうか ? をもって働きかけるのはやはり関ヶ原のおりの味方、毛利 と島津 : : : そして東北では上杉よりも伊達を語らうべきで或いは心のどこかに、淀の方もまた苦しめてやらねば居 られぬような、異常な心理の衝動に負けていったのかも知 あろうとなった。 伊達政宗は、松平上総介忠輝の舅であり、この婿は近ごれない。 とっぜん淀の方は、手を叩いて、次の間に控えている侍 ろ政宗や夫人の影響を受けてキリシタンになりかけてい 女を呼んだ。 る。 ちょうずたらい それゆえ、松平忠輝を味方に引き人れ、これを兄に代わ「誰そある。朝の手水盪を」 そして、それから昻ぶった様子で鏡を立てさせ、諸肌ぬ って将軍職に据えるように見せかけると、徳川家の内部も また二分して、思いがけない弱味を露呈してくるであろいで、朝の化粧にとりかかった 103

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ったい何誰を指されて仰せあるぞ」 「 ( 爺は、 : これで死んでも思い残すことはあり ませぬ」 はて、何誰 : : : と、わざわざお間い返すにも及ぶま い。これは堂々と天下に知れわたった情事であろうが」 秀頼は、びつくりした視線を清正に据え直した。船はひ こう真正面から斬り返されると、さすがに治長も沈黙すたひたと水をわけて下っている。 るより他になかった。 ( 殊によると、こうして喧嘩を売って、それを口実に暗殺 啓 する気ではあるまいか : とにかく、そうした険悪な空気もあったが、刀を抜くほ 一行が二条城を出たのはもう日暮れ : どの騒ぎはなく、 そして、再び伏見でご座船に乗った時は、チカチカ星が光 っていた。 淀の方は二十九日のあけ方になって、ぐっすりと眠って つ ) 0 「さ、すぐに船を出せ、ご母公さまもお待ちかねであろ 前夜千姫を呼び寄せて、留守居の女たちと遅くまで起き この上々首尾を早く聞かせたくて、清正はすぐに船を出て話していたせいで、みんなが帰ってから妙に寝苦しく、 させた。こうして淀川を下ってゆけば、夜明けに船は大坂寝ついた時は明け方に近かった。 へ着くだろう。 決して今年たけのことではない。毎年今ごろになると淀 清正は船が動き出すと、自身で船の中を点検し、それかの方には寝つきのわるくなる癖があった。 ら秀頼のそばへやって来た。 世間では木の芽どきという。悪い病があると、この季節 秀頼はまだ二条城での家康の言葉を反芻しているらし には病根までが頭をもたげて来るのだそうな : 星と波と櫓音の中に、ひっそりと坐っている。 ( わらわの病ではない : それを見ているうちに清正は、涙が出て来て止まらなく 毎年冬になると慎ましくしばむかに見える若さが、むく なって来た。 むく地殼の上に顔を出す : : : そうした爛春の寝苦しさであ ちっ

9. 徳川家康 15

「落着したとなれば、安心して野心の徒輩は却って尻つば を出す : : : やも知れぬの」 その呟きには、又右衛門はまた答えなかった。或いは秀 忠のいうとおりかも知れない。が、それは将軍家「お手直 し役。。ーー」としての彼の誇りからは口外出来ることではな 「では念のため、もう一度宗矩復誦致しまする。将軍家に っ一 0 おかせられては、大久保長安に職務上の私曲があるゆえ召 「フーム」 し捕って取り調べる : : : と、仰せられました。その私曲は と、もう一度秀忠は唸って、 と、又右衛門が言葉を続けようとすると、秀忠は直ぐに 「ではお許はすぐさま駿府へ往んでくれるか」 「はい。ご報告申し上げねばなりませぬ」 あとを引き取った。 「では、土井大炊は今しばらく差し控えさせよう。お許参「金山奉行として、採掘量に不正があった。それゆえ家財 って、大御所さまに、 こう申し上げてくれ。よいか、大久は没収、家族は追放 : : : では相済むまい。それでは連判状 保長安には私曲がござりました。それゆえ遺族は早速に召のことが世間に洩れる。洩れたのでは、そこ許の申す焼却 し捕って処分致しますると」 が意味をなさぬ」 「して、連判状の件は ? 」 又右衛門宗矩は、もう一度丁重に頭を下げた。 「黙ってお指図を仰ぐのじゃ。こちらからは一言も申さな「家族と申しても、伜どもはもはや屈強な壮者ぞろい。父 んだことに致してくれぬか」 の私曲を知って、これを止めざるは不届至梅、共謀同罪を 「なるほど」 行う旨を言上致しまする」 「ことは上総介にかかわりあること。老先短かいお父上秀忠はそれには答えなかったが、 又右衛門はそれだけい に、兄弟の不和を秀忠から匂わせては孝道にもとる : : : おうと席を立った。 急にあたりの物音一切が消え去って、白刃の上に立たせ 許の言葉を聞いているうちに、予はしみじみそれに気付い たのじゃ」 られたような冷厳な気持ちになった。 又右衛門は、無言でその場に平伏した。やはり秀忠に は、きびしい律義な自戒の一線があったのだ : 十 220

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「では、こう致しましよう。ソテロはいったん召し捕らね ば相成らぬ。仮にも大御所やわれ等の命によって出した船 「政宗は上様と一心同体、上様の思召のように行動致しまを、故意に沈めたのだ。いや、故意にとはいうまい。過失 であった する。上様は将軍家にわたらせまするそ」 と致しても、これは一応たださねばならぬこ とじゃ」 「何を政宗などはばかる事がござりましようや。政宗が、 「、こ、もっと・も」 この嘆願書を取り次ぎましたのは、少しでも世間のことを 「それゆえ召し捕りはするが取り調べは致すまい」 広くお耳に達しておこうと思えばこそにござりまする。あ「ほう」 る時には盗賊にも三分の理とか とにかくご側近だけの 「詰らぬことを口外させても無意味なことじゃ。それゆ 意見を聞いていると知らぬ間にひどく視野がきまってくえ、陸奥守から、すぐさま助命をなされたい」 : と る。これは、大御所の寸時もお忘れなさらぬご教訓 : 「助命を : : : 、い日寸ました」 存じたればのことで、決断は、つねに上様が遊ばすべきも 「さて、他ならぬ陸奥守の助命ゆえ、身柄は一応お預け申 の、われ等は、その命を奉じて誤らぬこそ大切、それそれす。が、むろん江戸在住は相成りませぬ」 分がある筈と心得まする」 「なるほど」 秀忠は、 小さく頷いて、それからそっと眼を閉じた。 「それで、ソテロの身柄はそのまま領国へ移されたい」 ( この小吏めが それは、政宗の始めから描いていた方寸どおりの扱いで キ从よ、つこ、 と、又政宗は腹の中でいら立った。 ( もう、これ以上押してはならぬ : ・・ : ) ( この小史めが、さんざん持ってまわって、こっちの思う そうすると、自分が相手に感じている不快さがそのまま壺ではないか : 秀忠の胸にも伝わるものなのだ。 そう思うと、政宗は、大仰にその場へ平伏した。 「、、つか 「あつばれなご決裁 ! 政宗、ほとほと感服致してござり しばらくして秀忠は眼を開いた。 まする」 182