「すると : : ? お前さまが、茶屋どのの : ・・ : 」 「於みつ様の前でございますが、大久保石見守というお方 於みつは、誰にいわれもしなかったが、 手代らしい商人は、大変なお方でございますな」 姿であろうと、相手の姿をひとり決めして来ていたのでび 「大変な : : とい、フと、有馬さまのあの事件と、やはり、 つくり・した。 かかわり合いがあるのですね」 「は、。ム。、、茶屋の : : : こんな身なりの時は、松尾松十「はい。あの事件の発端になりました日本の船には、一 郎と申します。以前は、長崎奉行の同心を勤めて居りまし 制のロ叩 : : というよりも、まことに厄介な品々が積んであ た者で」 った様子にござりまする。つまり、武器、武具の類でござ 「よあ : : : 」 います。これを積み出しますると、南の国々に乱が起こ 「ここで話してもよろしゅうござりましようか。話は少々る。泰平になりました日本国には不要の品々たからといっ 混み人って居りますが : て、武器の輸出は神仏が許しますまい。たぶん大御所のお 耳に入りましたら一大事 : : : と、これを石見守はよう知っ 於みつは、ちらりと眼をあげて又亭主に声をかけた。 ていたようでございます」 「ご亭主、留守番はしばらく私がしてあげよう。こなた、 わが家に往んで、船に嗷く毛氈を取って来ておくれでない 「そう : ・・ : 武器をねえ」 力」 「ところが、それを知ってマカオの冲合いでポルトガル船 がこれを襲い、積み荷を奪って船を沈めた : 「その辺のことは、私も知っています。その報復に有馬さ 「かしこまりました。船に敷く毛氈でございますな」 まは、ポルトガル船の焼き討ちをやってのけたのでしょ 亭主は、何か密談と察して、ちょっと四方を見廻してか ら腰をかがめて出ていった。 「とまあ : : : 世間では思うていますが、実のところ、有馬 「さ、それではここでお話を承りましようか」 さまが襲って来ると知って、手廻しよくボルトガル船の方 於みつは、気軽に浪人風の男の前へタバコ盆を下げて行で、船も積み荷も焼いてしまった : : というのが真相のよ って腰をおろした。 、つでございます」 141
十 清正が再び以前の明るさを取り戻したのは、盃が二、三 度廻ってからであった。 それまで、何か、悔いか、自責にさいなまれているかに 清正は、手をあげて直次のロ出しをさえぎった。 見えたので、正純も直次も気を使って接待した。 「安藤どの相わかってござる。もうおロ出しはご無用に願それが、途中から再び明るさを取り戻し、高麗陣の苦心 談などひとくさり楽しそうに話して、宿所の誓願寺に引き 「と、いわれるとご承知か」 あげたのは、、・ ノッ半 ( 午後三時 ) ごろであった。 家康は、そこではじめて声をあげて笑った。 清正が引きあげてゆくと、家康は、正純に名古屋城の設 「よし、これで決まった。酒にしよう。異存はないのう肥計図を取り出させ、老眼鏡をかけてしばらくそれに見入っ 後どの」 ていた。 はい。そこまで仰せられては : : : 清正冥加に尽き 「どうじゃな、今日の肥後守のご機嫌ぶりは」 まする」 かくべっ城のことには触れず、再び図面を畳みながら誰 「どうじゃ、してやられたであろう。仲々もって、黄金をともなく話しかけた。 奪られたままで帰す家康ではない。だがのう清正どの、こ 「されば、初めは、人が違ったように見えました。日本が れでよいのじゃ。これでのう : 世界一の国になった : : : そう聞かされて、心の底から嬉し 清正は答える代わりに、またぐっと胸をそらして家康を かったので、こギ、り・寸しよ、フ」 見詰めてゆく : 本多正純がそういうと、家康ははじめて、キッと顔を挙 それは、正純にも直次にも、ふしぎな敵意の無言に見えげて正純と直次を見比べた。 る姿勢であった。と、そこへ侍女たちが、四つの膳を捧げ 「直次もそう思うか。名古屋城に黄金の鯱をのせる : : : そ て入って来た。 れは日本国が世界一になった喜びのためなのだと」 「は、。そればかりとは申しかねる : : : かと、存じます る」 「ほう、すると何のためと思うぞ ? 」 「むろん、大坂とご当家の空気の和み : : : それが嬉しかっ たのでは : 2 7
かく日本に物をふやし、自分もしこたまこれを抱えこんる様子がござりませぬ」 だ。又右衛門はその反対に精神面の開発をめざして、きび しく物欲はおさえて来た。 又右衛門完短は、おだやかに応じながら、正重が何をい ( こうして瞑目してみれば、どんな財宝も、長安のものでおうとしているのかは、薄々わかった。 「何でまた都で騒ぎなど : は無くなってしまうのに・ 礼拝をすませると、すぐ又正重が起って来て、 「つまり、旧教の信徒たちは、これで支柱を失くしてしも 「別室でご休息を」 うた。このあとは三浦安針の一人舞台 : : : 遠からすホルト と、案内に立った。 ガル、イスパニヤの宣教師たちも日本国を追い出されるも もはや正重も、柳生又右衛門が何のためにやって来たかのと見て、これ等が大坂城へ入れよと騒いで居るようにご ざりまする」 は敏感に感じとっているらしい 別室に対座すると、正重の方からすぐさま口を切って来「ほう、妙なことになったものじゃの」 「いや、それには原因がござりまするので。これをご覧下 2 さるよ、つ」 「柳生どの、都の風をお耳になされましたか」 「都の風 : ・・ : と、仰せられると」 取り出したのは、又右衛門も小耳にはさんでいる例の連 「石見守が亡くなって、まっ先に都へ暴風雨がおとすれる判状らしかった。 : 妙なものでござりまするなあ」 いや、連判状の実物ではなくて、その写しだったのだ。 そういってから正重は、侍女の運んで来た茶菓を受け取又右衛門の顔いろが変わった。 って、又右衛門の前へ据え直した。 ( 実物はどうなったのか : 「都で切支丹の信者どもが騒ぎだした由にござりまする」 「そのような知らせが、もう届いた : 石見守が倒れた : : と、知ったときから手配は致連判状の写しが出来ているということは、とりも直さ して居りましたので : : : どうやらこの騒ぎ、尋常では納まず、緑の小箱が正重の手によって、陬屋内の何れからか発
十 5 . ・ : これで、高台院や、秀忠夫人や、常高院など女人た もしているのだ。 それなのに、今オランダやイギリスを、ロをきわめて非ちの努力はむろんのこと、加藤清正の苦心も、光悦たち商 難している旧教の宣教師たちを、揃えて秀頼に会わせると人側のコッコッと築きあげて来た防波堤も大きく又突き崩 される形になるのではあるまいか いうのは、何という無神経な老臣たちの扱いであろうか。 ビスカイノ将軍というのはかなりお人好しのホラ吹きら「角倉どの、これはこのまま捨てておいてよいことであろ しかも彼の目的が何であるかは日本側に前もって知うかの。お許たち若い人々の意見を訊きたいものじゃ」 おとなしゅう られていることではなかったか。 : 私も、まさか、大坂の重臣衆が、 「そのことですよ翁 : ドン・ロドリゴ送還の答礼使 : : : とは表向きで、その実これほど無防備というか無神経であろうとは思うて居りま や、無防備でも無神経でものうて、実は、あ は金銀島の宝探しにやって来た古手の軍人なのだ。そうしせなんだ。い た者のホラに果してどれだけの信を置くことが出来ようかの大半は肚の中で計算しているのかも知れない : : : そう思 ってみたりしているわけで」 「肚の中で、計算しているとは : ところが、平戸へオランダ商館が出来、イギリス商館も 許されるとなってから、在日している旧教の宣教師たち「実は、片桐さまにせよ有楽斎さまにせよ、真実は、旧教 は、すっかり目の色を変えて、これが排撃が立ち向っていの信者ではあるまいかということです」 「まさか、そのような : る時なのだ。 そうはいったが、光脱にも、そんなことがあるものかと ( そんなことぐらい大坂の重臣衆は知らなかったのであろ 一蹴出来ない疑惑が残った。 おそらく彼等は、家康がやがて新教の宣伝を許容し、サ「仮に、そうであったとすれば、一大事でしよう翁 : : : 」 「ふーむ」 ビエール以来の旧教勢力を、根こそぎ日本から追放するの 「豊家のご恩をおもい、秀頼さまに将軍職を渡すよう : ではあるまいかという幻影を描いて水際作戦を考えている 今ごろ、そんなことをいって躰を張るような大名衆は先す のに違いない 事もあろうに、そんな人々をわざわざ秀頼に会わせるとありますまい。ところが、これが宗教となると別問題にな 747
ものだ : 「そうなると人間は微妙なもので、いよいよ向こうはよい じようけい 気になります。よい気になるといわいでものことまで、大「まあ、話もよいがの、これは珍しく常慶が造って贈って 声でいい立てるもので。それにビスカイノは将軍です。さ呉れた茶碗じゃ。ますこれで咽喉をうるおさっしやるがよ しすめ、日本でいえば、加藤肥後守といった豪傑なのかも し」 知れませぬ。さんざんに自分の国の王様を褒めあげたあと 茶筅をおいて、静かに茶碗を与市の前に差し出した。 で、日本国でもし切支丹を弾圧するようなことがあった 「かたじけのう存じまする。なるほど、これは常慶でござ ら、われわれは何時でも大艦隊を率いて来て、これを一挙りまするなあ、姿が佳くなって参ったようで」 に撃滅するたろうといいだしました。元来、彼はホラ吹き 美味そうに喫し終わって、そのまま膝の前へおき直した のように見受けられましたが、それにしても無礼です」 しかしその眼は茶碗を鑑賞する眼にはなっていなかっ 「ほう、そんなことまでいったのか」 「そんなこと : : : で、済めばよかったのです。誰かご前に 「聞けば大坂では、太閤殿下薨去の後、ずっと江戸に圧迫 出る前に、妙な追従を申した奴があると見えて、ソテロま されてお困りの様子 : : : 」 でが真ッ蒼になって止めるようなことをいい出しました」 「角倉どの、それは、何のことじゃ」 ちやせん 光悦は、静かに茶筅をうごかしながら、額にはビクビグ 「いや、ビスカイノ将軍が申した言葉でござりまする」 と癇筋を立てだしていた。 「なにビスカイノが : ビスカイノの無礼とそれを許した大坂の家臣たちに、彼「よ、。 しこれには、同行のソテロ神父も眼を白黒致しまし の気性としてははげしい反撥を覚えているのに違いなかっ た。ソテロは何とそして大御所や将軍家に取り入ろうとし ているのですから無理もありません。そこで彼はたしかに ビスカイノ将軍の膝を突いて発言に気を付けるよう注意し ました。末席から私もこれを見ていたのでござります」 「ふーむ」 「すると、ビスカイノはその手を荒々しく払いのけまし 五 光悦は、自分の気負いを恥じた。 ( よい年をして、角倉や茶屋と一緒に昻ぶる若さは困った っ ) 0 145
豪華な構えの国役にならなければならなくなる。それを見 たとて世界一などにはなりようがござりませぬ」 越して、みずから一世一代の派手ごとをやってのけるとい 「そのことよ。わしが彼を高く買うのは : ・ : 肥後守は時勢 いだしたものらしい。 を見る眼を持っている。とゆうて、この眼たけでは第一流 「そうか、それで腑におちました。安藤、やはりわれ等のとは申されまい」 眼は節穴だったそ」 「眼だけでは : 正純がそういうと、直次も感心して合槌を打った。 「そうじゃ。どのように先の見える者でもな、至誠が共に 「なるほど、その下心で日本は世界一か : なければ、それは危いわるあがきになりかねぬ。石田治部 家康はそれにもまた首を振った。 がよい例じゃ。あれは、太閤亡きのちの天下の主は家康 「感心するところが少々ばかり違うようだの」 と、よう見通せたゆえ、却ってあの乱を急いて滅んでいっ 「まだ : : : 違いまするか」 た : : : わが身の滅ぶる時には、わが身に最も好意を寄せる 「その方たちの考えをせんじつめると、家康は、黄金の鯱大切な人々を、そっくり犠牲にするものとは気付かなん も、一世一代の派手ごとの申し出でも、みな清正にいつば だ。そうなれば眼の無いものより却ってわるいそ」 「なるほど : い喰わされたことになろうが」 「あ : : : なるほど、そういう下心があっての出精であり努「ところが肥後守は、先を見通して、先す、熱心にわしの 力であったと : 仕事に協力する。協力は誠のあらわれ : : : そうなれば家康 とて黙って居れるものではない。これが至誠が人を動かす 「わしの思案はそうではない」 ことのよい一例じゃ」 家康は、楽しそうに食後の茶をすすりながら、 二人は思わず姿勢を正して顔を見合った。 「わしは、そうした清正の、秀頼どのへの誠意と見透しを 高く買うのじゃ。わかるかの、仮りに日本国が世界一の国「よいのう、今日の約東、仮りに家康が急に世を去ること になるにはのう、そこに棲もう人間が、先ず世界一の器量があっても、正純も、直次も、約東だけは果たして呉れね 識見を持つのでなければならぬ道理じゃ」 ばならぬそ。それがそれ、肥後守のいう世界一への歩みだ 「それは : : : 確かにその通り ! 阿呆ばかりがどれほど居し、これを忘却して、何の国の栄えがあろうぞ」
だが、肚の底から切支丹信者になりきった政宗が、ソテロ家康もとうから了解を与えているのに違いなかった。 、、、、間題は、やはり別のところにあった 0 に向かって、 この船出について、すでに浅草橋外の江戸屋敷に戻って 如何にすれば、日本国内に、更に壮大な会堂を建 いる松平忠輝の許へは、必す政宗から何か云って来るに違 て、布教をすすめることが出来るや ? 」 いない、そう思って又右衛門は、二重三重に監視の網を張 そう問いただしたところ、ソテロは、 「ーーーそれならばローマ法王の指導を仰ぐがよろしゅうごらせてあった。 と、その政宗から婿の忠輝にあてた手紙が、彼の諜報網 き、、り - 亠よしよ、つ」 に人って来たのは、すでに船出の予定の九月十五日から、 そう答えたので、早速幕府の許可を得て、船を出すこと 八日前の九月七日のことであった : になったという形をとっている。 それを見て、はじめて又右衛門は愕然となった。 間題の船はソテロの言によれば五百トンはあろうとい う。かって三浦安針に家康が造らせて、太平洋を往復させ これが又右衛門のいつわらざる実感だった。 た船は百二十トンである。もってその大きさが察せられよ これは南蛮人約四十名ほどが、ビスカイノ将軍とソテロ 陰謀以上 と二人の神父にひきいられて乗組んでゆくらしい。 日本からの正使は、わざわざ寺院を焼いて見せたりした 支倉常長。 その常長の下に今泉令史、松木忠作、田中太右衛門、内 藤半十郎等の副使。それに航海術習得のために幕府御船手伊達政宗から愛婿の松平忠輝に与えた書状は、これは虚 奉行の向井将監の手の者十数人が加わり、商人の志望者な実二様どころか、八面六臀 : : : 兵法で云おうなら、まさし どもあって総勢は百八十余人になろうということだった。 八方破れの構えであり、無刀取りの秘技を連想させすに したがって将軍秀忠ばかりでなく、この船出についてはおかないほどに達者なものであった。 243
たむけた。 「ーーー陸奥守は、長安や上総介のことで誤解されまいとし て、しきりに予の機嫌を取ろうとしている」 伊達政宗の動きは、まことに渾然と一つに見える、虚実 秀忠は真実そう見ているようだった。 二重の構えであった。 ソテロにせよ、ビスカイノ将軍にせよ、日本にとってあ 松平忠輝を謀叛人と見、政宗をその舅として圧迫を加え まり歓迎すべき人物ではない。といって、これを簡単に追ようとする者にとっては、彼の備えはまことに無気味な牽 放するわけにも行かないので、伊達政宗が一世一代の知恵制であり、 をしばっこ . : と、解している。 「ーーあの保身の巧みな政宗が、今更、将軍秀忠に楯をつ つまり、日本にとって好ましからぬイエズス会派、フラ くような、そんな愚かなことをするものか」 ンシスコン会派の宣教師どもを、そっくり新造の船に乗せ そう見てゆく人々には、ソテロの救済以来のことはみ て本土から追放する。 な、秀忠と暗黙の了解のうちにやっている、大きな協力の しかもその追放になお一つの夢を托したところが、政宗ようにも見えた。 の卓抜した知恵なのだと却って感心しているようだった。 ( やはり並みの器ではない : 彼等に内心を見破られないよう、わざわざ松島の瑞巖寺大久保長安を生前からすでに遠ざけ、問題の連判状には の石塔などまで壊させたり、小さな教会堂を建てたりして、署名を与えす、江戸に置いては邪魔になりだしたソテロや いかにも熱心な信徒らしく装わせ、まこと信者の支倉常長ビスカイノ将軍を、巧みに仙台へ引き取って、さて、そこ を付して、直接ヨーロッパに貿易路を開拓出来るや否や使で、政宗自身改宗したかに見せかけながら、彼等の知識と ってみよう。 協力によって新造船を進水させているのである。 ・レ J し、つ 不成功ならば彼等はそのまま帰って来まい。 しかもその船に乗せて、邪魔ものを、そっくりそのまま のが政宗の肚なのだと思いこまされている : メキシコからヨーロッパへ追放しよ、つとい、フのだから、こ の構想はかって家康の国造りの構想に次ぐ規模のものとい 十五 ってよかった。 生又右衛門宗矩は、将軍秀忠の意見にも虚心に耳をか表面の理由は如何にももっともらしく、洗礼は受けなん 242
そこまで知られているのでは、尋常一様のことでは済までもござる。若しも長安どのに、この儀は、陸奥守とも上 : などと申された 総介さまともよくご談合のうえのこと : ぬと感じとったらしい。 私は、あな 感じとると、政宗の思案などは別にして、彼は、彼自身ら、いったいどうなることでござろう : の自衛を計らねばならなかった。 た様のご指一小に従、フことに致しと、フござる」 ねっとりと政宗に食いさがった。 「ゆっくりと考えてみるがよい。よいか、岡本大八事件 で、本多父子は少なからず世間の誤解を受けて不利な立ち 五 場に立っている。何しろ大八の欺り取った銀が多すぎる。 : という世政宗がこうしてソテロを呼び出している。呼び出してい 果たして大八ひとりで使ったのだろうか ? る以上、政宗にある種の成算はある筈 : : : と、ソテロは性 間の疑惑は、本多父子にはやり切れまいからの : : : 」 根を据えたらしい。 そうなれば、先す意見を述べるのはソテロではなくて、 「そこで、長安と昵懇のお身を召し捕り、こなたの口から こういわせたい : : よいかの、ビスカイノを日本に引き止政宗の方であるべきだった。 政宗の意見を、まず冷静に分析していって、足りないと めて測量にあたらせたのも、秀頼に会わせたのも、みなこ れ長安の方寸に出たこと。私は頼まれましたゆえに、何のころにソテロの知恵を足してゆく 気もなく : : : 」 「窮鳥が懐中にとびこめば、猟師もこれを射たない : 「陸奥守さま」 いう諺が日本にはござった。ソテロはその哀れな窮鳥でご ソテロは、しかし、この位の詰問で、簡単に手をあげるざる。正直なところ、ビスカイノに大坂城であやしい放言 ような人物ではなかった。 をされた時には、私も困却致しました。何という愚かな者 : このため、私の苦労は水の泡と 「いま、あなた様のおっしやることを聞いておりますると道づれになったのか : なるのではなかろうかと : : しかし、あの黄金に憑かれた と、これはご当家にとっても一大事でござりまするなあ。 何しろ、その大久保長安どのは、私以上にあなた様とご親道化者には通じませぬ。得々としてあたり構わぬホラを吹 交がござりまする。いいえ、あなた様の大切な婿君の執政きたててござる。なるはど、これと測量を結びつけて責め ・・と 170
等もまた旧教の宣教師たちはみな、フ ィリップ大王の侵略ソテロはさすがに蒼ざめた。しかし、それで狼狽して、 の尖兵なのだと告白しているに違いなかった。 前後を失うようなソテロではなかった。 「その儀ならば、よう存じて居りますので、却ってビスカ 「それは心外でござる」 イノ将軍のことを、申し上げにくかったのでござる」 彼は先すキッパリと否定しておいてから、 「よう存じて居ると」 「ビスカイノ将軍の人柄については、前もって私が再三申 「は、、一仔じて居り↓よすこ し上げています。彼にそのような大きな野心などあろう筈 は、こざり・ませぬ。そ、フ : 「存じて居らぬ」 : もし、その証拠を示せと仰せあ 不意に政宗は、脇息をたたいて叱りつけた。 れば、私が、その測量図を取り上げて、将軍家に献上させ 「ビスカイノはあれから何をしたと思うそ。新船建造までてもよろしゅうござる。何れ将軍家とて、沿岸の海図はご 帰国の延引をお許しありたいと願い出て、安針が手もとか入用のおりがあろう。さすればこれは却って将軍家のおん ためにも : ら船を借りうけ、江戸湾の測量を始めているのじゃ」 「それゆえ、それは、みな彼の賤しい宝探しなれば : 「黙られよ」 又政宗はさえぎった。 「黙らっしゃい。金銀島などもともと存在しないのだから 捨ておけというのだろう : : ところが、その事実をオラン 「そのような小策はもはや通用致さぬのだ。ソテロめ、ビ ダ人が聞きつけて、何といって将軍家に告げたと思うそ。 スカイノと計ってわざわざ船を坐礁させ、日本近海の測量 ヨーロツ。ハでは、他国の、しかも軍人に、自国の海や海岸を助けるとは捨ておけぬ不都合者。早々に召捕って糾明せ の測量を許すなどという例は断じてない。さようなことをよという険悪な空気 : : : それをこの政宗がようやく押えて 許せばすぐさま侵略されるからだ : いや、ビスカイノが 来ているのだ。それでもお身はおどろかぬといわれるの 測量を始めたというのは、とりもなおさす、イスパニヤ王 力」 に、日本国侵略の野心があり、その船がかりの場所を前も 「あの、ソテロを召捕れと : って探させている証拠、直ちに彼等を召捕らねば一大事に 「そうじゃ。他の宣教師たちはとにかく、ソテロめは油断 なりましようそと申して来たのだ」 がならぬ。ビスカイノはイスパニヤの国の使節ゆえ、簡単 768