伊達政宗 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 15
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1. 徳川家康 15

「ほほ、つ」 収紋を描き、ここ真田家だけでなく、外様大名一般に薄気 と、隠岐守は話の腰をおられて、これもひどく不満そう 外わるい暗雲の低迷を感じさせていた。 家康は江戸を去っている。しかし、そのまま駿府へは戻であった。 っすに、武蔵中原から小杉の茶屋に移って、いま、そこに 「殿は、本多忠勝どのの婿ではない。当方の奥方さまは、 仙在しているということだった。 本多の娘御ながら、大御所さまのご養女にござる。さすれ 悩をお ば大御所さまは殿の舅御、ここではその舅御のご苦 この思いがけない道中の滞留で、一層諸侯の不安と臆測 察しあって、九度山の源次郎どの ( 幸村 ) をお説きなさる かき立てられているらしい。 か義にも情にも叶うこととは思われませぬか」 「数えてご覧なされ」 と、隠岐守はいった。 「又黙られる : : : 宜しゅうござりまするか。九度山の源次 「うわべのことだけでも尋常な波立ちではござりませぬ 0 第一に、大御所が、わざわざ片桐市正を呼ばれて、先郎どのは捨てておくと、大坂城に入られそうな気配濃厚 : ・ 2 : と、田 5 、ったら、 ・ : そうなると、ご兄弟で、又ぞろ血で血を洗わねばならぬ 2 プ豊家に一万石の加増を仰せ渡された : 一」とにな、り・、ましよ、つが」 J たんにこんどは荒療治じゃ。宜しいかの殿、十月一日、 - っ亠 92 ~ 野板鼻の城主里見忠頼改易さる : : : 同じく十三日、中村しかし伊豆守は答えなかった。 い一の遺臣旧領を没収さる : : : 同じく十月十九日、信濃深 ( この叔父は、真田家の宿命ともいうべき、父の気性を知 ハ城主石川康長豊後佐伯に流さる : : : 同じく十月二十四らないのだ : 、伊予宇和島の城主富田信高、日向延岡の城主高橋元種 いや、真田家の宿命 : : : というよりも、それは、亡父安 を没取さる : : : 続いて信濃筑摩藩主石川 房守昌幸の生涯を貫いたふしぎな執念と見識といってよか つ」 0 「も、フわかって、こギ、る ! 」 と、伊豆守信之は無機嫌にさえぎった。 その父の許で、関ヶ原以来すっと教育されて来ている弟 「将軍家のご決意が並々ならぬことも、大御所のご苦悩のの幸村だった。幸村には兄信之に動かし得ない別の「信 ( いことも、信之、よ、つ存じてごさる」 」が巨石のように据えられてしまっている。 れゝ、

2. 徳川家康 15

「では、こう致しましよう。ソテロはいったん召し捕らね ば相成らぬ。仮にも大御所やわれ等の命によって出した船 「政宗は上様と一心同体、上様の思召のように行動致しまを、故意に沈めたのだ。いや、故意にとはいうまい。過失 であった する。上様は将軍家にわたらせまするそ」 と致しても、これは一応たださねばならぬこ とじゃ」 「何を政宗などはばかる事がござりましようや。政宗が、 「、こ、もっと・も」 この嘆願書を取り次ぎましたのは、少しでも世間のことを 「それゆえ召し捕りはするが取り調べは致すまい」 広くお耳に達しておこうと思えばこそにござりまする。あ「ほう」 る時には盗賊にも三分の理とか とにかくご側近だけの 「詰らぬことを口外させても無意味なことじゃ。それゆ 意見を聞いていると知らぬ間にひどく視野がきまってくえ、陸奥守から、すぐさま助命をなされたい」 : と る。これは、大御所の寸時もお忘れなさらぬご教訓 : 「助命を : : : 、い日寸ました」 存じたればのことで、決断は、つねに上様が遊ばすべきも 「さて、他ならぬ陸奥守の助命ゆえ、身柄は一応お預け申 の、われ等は、その命を奉じて誤らぬこそ大切、それそれす。が、むろん江戸在住は相成りませぬ」 分がある筈と心得まする」 「なるほど」 秀忠は、 小さく頷いて、それからそっと眼を閉じた。 「それで、ソテロの身柄はそのまま領国へ移されたい」 ( この小吏めが それは、政宗の始めから描いていた方寸どおりの扱いで キ从よ、つこ、 と、又政宗は腹の中でいら立った。 ( もう、これ以上押してはならぬ : ・・ : ) ( この小史めが、さんざん持ってまわって、こっちの思う そうすると、自分が相手に感じている不快さがそのまま壺ではないか : 秀忠の胸にも伝わるものなのだ。 そう思うと、政宗は、大仰にその場へ平伏した。 「、、つか 「あつばれなご決裁 ! 政宗、ほとほと感服致してござり しばらくして秀忠は眼を開いた。 まする」 182

3. 徳川家康 15

そこまで知られているのでは、尋常一様のことでは済までもござる。若しも長安どのに、この儀は、陸奥守とも上 : などと申された 総介さまともよくご談合のうえのこと : ぬと感じとったらしい。 私は、あな 感じとると、政宗の思案などは別にして、彼は、彼自身ら、いったいどうなることでござろう : の自衛を計らねばならなかった。 た様のご指一小に従、フことに致しと、フござる」 ねっとりと政宗に食いさがった。 「ゆっくりと考えてみるがよい。よいか、岡本大八事件 で、本多父子は少なからず世間の誤解を受けて不利な立ち 五 場に立っている。何しろ大八の欺り取った銀が多すぎる。 : という世政宗がこうしてソテロを呼び出している。呼び出してい 果たして大八ひとりで使ったのだろうか ? る以上、政宗にある種の成算はある筈 : : : と、ソテロは性 間の疑惑は、本多父子にはやり切れまいからの : : : 」 根を据えたらしい。 そうなれば、先す意見を述べるのはソテロではなくて、 「そこで、長安と昵懇のお身を召し捕り、こなたの口から こういわせたい : : よいかの、ビスカイノを日本に引き止政宗の方であるべきだった。 政宗の意見を、まず冷静に分析していって、足りないと めて測量にあたらせたのも、秀頼に会わせたのも、みなこ れ長安の方寸に出たこと。私は頼まれましたゆえに、何のころにソテロの知恵を足してゆく 気もなく : : : 」 「窮鳥が懐中にとびこめば、猟師もこれを射たない : 「陸奥守さま」 いう諺が日本にはござった。ソテロはその哀れな窮鳥でご ソテロは、しかし、この位の詰問で、簡単に手をあげるざる。正直なところ、ビスカイノに大坂城であやしい放言 ような人物ではなかった。 をされた時には、私も困却致しました。何という愚かな者 : このため、私の苦労は水の泡と 「いま、あなた様のおっしやることを聞いておりますると道づれになったのか : なるのではなかろうかと : : しかし、あの黄金に憑かれた と、これはご当家にとっても一大事でござりまするなあ。 何しろ、その大久保長安どのは、私以上にあなた様とご親道化者には通じませぬ。得々としてあたり構わぬホラを吹 交がござりまする。いいえ、あなた様の大切な婿君の執政きたててござる。なるはど、これと測量を結びつけて責め ・・と 170

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時には、もう従三位右近衛権中将参議になっていたのだ うでは、鍛練いまだし、と仰せられました」 が、その傍を離れたくなかったのだろう。ついに居城の大「ハハ・ : これはきついことを。なるほど陜川和尚は火も 山城へ帰らすに死んでいった。むろん、喪はまだ発してな また涼しといわれて坐脱立亡。われ等の師虎哉和尚も、同 じことを申して、政宗を叱りは致しまするが : しかし、これを聞いて家康はひどく不機嫌になった。す「陸奥守どの、秀忠は、これを大御所の、ご無理なお言葉 でにこのことあるを知って、側近から成瀬正成と竹腰正信 とは考えませぬ」 の両人を家老として遣わしてある。 「それは、こ、もっとも」 したがって親しさになれて老衰した身で名古屋にあるべ 「天下を預るほどの者に鍛練の不足があっては相済まぬ。 きではなく、当然大山城に戻って悠々と死ぬべきものたとそれゆえこの秀忠も、仮に何時生命を落とそうと悔いない いうのが、家康の意見であった。 ほどの用意は常々致すべきだと思っています」 ( 親吉めが、耄ろくし居って : : : ) 「恐れ人りました。そのお心掛けがあってこその将軍家と 秀忠は、そのことと、大久保忠隣の近ごろの怠慢とをは存じまする」 「そこでソテロのことだが : かりにかけて、政宗に妙な間いを発しているらしい : 秀忠は、そういって、ちょっと襟元を直してから、 「やはりこれは、一応召し捕るべきだと思うがいかが」 「大御所も、すいぶんとご無理なことを申されるもので : 政宗はギグリとした。彼の考えているよりも秀忠は、一 : 七十歳となれば平岩どのもそろそろ天寿、死ぬなと申し 段と几帳面さをむき出しそうな感じであった。 ましても、こればかりは : 「むろん上様が、そうお考えならば、政宗に何の異存がご 政宗は、わざと質問のメドをそらして笑っていった。 さりふましよ、つ・や」 しかし秀忠は笑わなかった。。 とこまでも慎重に、何か政「と、簡単に割り切っては思慮の浅さをわらわれましょ , 示に理解させよ、つとしているらしい う。現に陸奥守ほどの、老練なご仁がこうして嘆願書の取 「いかに老衰すればとて、死の直前に至って理性を失うよ り次ぎをなさる : : : それには、それだけの理山があると、 180

5. 徳川家康 15

彼はその文中に、家康の死後に起こるべき、徳川家内部 実力無きものは、もはや再び日本には帰って来まい。依 の紛糾について用捨なく語りかけていた。 ってこれは国内の大掃除にもなるのたと書いてあった。 家康ほどの巨樹が倒れてゆくと、どんな場合にも波紋は そして、メキシコの総督や宗総取締に提示する覚書の写 上下に及ぶものだ。そして、その後継者にこれを撫圧してしも同封してあったが、それには政宗の複雑な意志が、む ゆくだけの器量がなければ、云うまでもなくその祖業は覆しろ一種の神韻をただよわして織り込まれてあった。 滅するであろう。 日本とメキシコの通カノ、 ヨー、レノンのマニラ市に不利を与 大久保長安の死とその後の事件は、その避けがたい紛糾えるものではないこと。家康には通商の希望だけあって、 の伏在をかたる小さな一例にすぎない。 しかも、忠輝はま侵略の意図は全くないこと。通商が、イスパニヤに利益を だ若いのだから、泰然としてあらねばならぬ。 もたらすものであれば、当然同国系のフランシスコン会派 こんど政宗が、黒船を造り牡鹿郡の月の浦から出帆させは幕府から厚遇されるに至るであろうことなどを詳しく記 るのも、実は遠きを慮ったそれ等への備えに他ならない したあと、柳生又右衛門が何度首をひねってみても、ついに 4 2 せつかくここまで育って来た日本国が、ここらで、内乱その真意の解ききれないふしぎな文章で結ばれてあった。 や外国勢力の衝突で挫折させられてよいものではない。 この使節を派遣丁る政宗は、次代の皇帝となるべ そこでは百尺竿頭一歩をすすめて、日本国の繁栄にまこ き最強の実力を擁してあり、しかも家康の信頼厚く、こ とに寄与するものと、然らざるものとをきびしく選別し のたびの使節派遣は、家康もその子の将軍も決して不快 て、第二の礎石をおくべきときである。 とするものではない。依って充分に政宗が使節のために 日本国発展のためには、南蛮側のフィリップ三世がよき 便宜を計られたい」 や、それとも紅毛側のゼームス一世がよきや ? この便宜が、やがてフィリップ三世に謁見したおり、軍 まだ誰も真正の調査を遂げた者はない。そこで政宗は万艦三隻をすみやかに日本国へ : : : というよりも、家康が信 里の波濤の外に使節を送り、これ等を直接調査させるとと認し、将軍が喜んで協力している次代の皇帝、政宗の許へ もに、大貿易路の開拓を命じて、ソテロや他の神父どもの派遣せよということになるのだから、まことに複雑な含み 忠義心と実力とを試みようとしているのである。 を持った不思議な文章というべきたった。

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荒い風波に遠慮なく当ててみるのがよいのだ : 岡本大八事件も少しも決め手にはなっていない ( なるはど大坂を上手に煽動するものがあれば、戦になる政宗は酒肴が運びだされると、 「やれやれ、少々寒くなった。日本流に腹の中から温めよ ソテロの言葉の中で、ちょっと関心をそそったのはそれうかの」 だけのことだった。 ソテロに朱塗りの大盃を持たせ、先ずみずから毒見し 警戒を要することは、ソテロまでが、家康の死後に将軍 た。毒見をしながら又可笑しくなった。人間の粒がみんな 家と忠輝の兄弟喧嘩を、あり得ることと思い出しているら小さくなり、どちらを見てもお人好しばかりで、毒見など はいらない世の中になるだろう。 それは長安の夢の影響で、そんなことは政宗の裁量次第 ( それが泰平の世だとしたら、泰平とは又何という退屈な でそれこそ何うにもなることであった。 張りのないものであろうか ) ( 誰かが一つ、ぬきさしならない騒動のタネを播いては呉「陸奥守さまは大坂と江戸の間は戦にならぬとわれまする れないものか : 力」 政宗の場合は本阿弥光悦とは全く別な考えたった。自分「さてのう、よほど大たわけが出て来ねばそうはなるま 、他人 から軽く動いて尻ッ尾を出すほど愚かではない。が 戦というものは、大抵双方とも勝てると値踏みした時 に起こるものでの」 が企てる騷動ならば面白いと思っている。むろんその中へ 「私はそうとばかりは思いません。それであわてて船を沈 飛びこんで自分だけは損のない泳ぎ方をしてみせるという 自負と期待があるからだった。 めたのでござる」 正直にいって、ソテロに泥を吐かせてみて、政宗はがっ : 大坂には互角の戦が出来る : : : そう思うている かり・した。 者が居たといわるるか」 小さなトゲは何本か刺さっている。しかし、それはそれ「はい : 半ば以上が、そう思うているようで。それゆ 以上の何ものでもないらしい。 え、これにオランダ、イスパニヤと、それぞれ煽動者が現 ( ほんとうの泰平時代を建設する気ならば、もっともっとわれますると、これは : 775

7. 徳川家康 15

の方から出て来る筈じゃ」 ち明けなんだのじゃ」 室内へは太刀持ちの少年ひとりで、他に聞く者はない。 ソテロの顔が急に緊った。 おそらく彼は、まだこの事を政宗に相談する必要はない政宗の態度は、荒々しく、その声も傍若無人の癇高さであ つ ) 0 と思っていたのに違いない たしかに船はビスカイノに迫られて、ソテロがわざわざ 「よいかのソテロどの、わしは、お身の説教を謹しんで承 坐礁させたものであった。 る気などは更にない。たが、承る体にせねばならぬほどの しかし、それが露顕しないで済めば、このような無意味大事になった。と、申すは、お身とわれ等の交りを、よう 牛よ、誰の耳にも入れたくなかった。 な事イ 知っている者が、もう一人将軍家のお側にあるからじゃ」 「と、仰せられると、そのお方は ? 」 少なくともノビスパン ( メキシコ ) の司令官として、イ スパニヤの大王と総督の代理を兼ねてお礼にやって来たビ 「大久保長安じゃ スカイノ将軍。それが、その実は、黄金島の宝探しが目的政宗は、吐き捨てるようにいってから、 の強欲な冒険者だったなどという恥すかしいことは、出来「お身は、まさか平戸にオランダやイゲレスの商館が出来 オカったからに違いない。 る限り秘匿しこ、 ているのを知らぬわけではあるまい。いや、その商館員た 「では : : : それを将軍家が : : : 」 ちが、将軍家や大御所の許へ、何といって来ているか知ら 「わしの間いに答えられよ。何故、前もって政宗に打ち明ぬわけはよもあるまい」 けなんだのじゃ」 「あまりに、ビスカイノの心根があさましく、恥ずかしか ったからでございます」 ソテロは次第に落ち着いた。例の尊大さを取りもどした 「お身は、この事件を、お身がわしに相談せなんだゆえ、表清になって頷いた。 い大火になりつつあるのをご存知か」 むろん平戸に進出して来たオランダ人やイギリス人のこ 「えそ : : : そ : : : それは、まだ一向に」 とを知らない筈はな、。 彼等は、ポルトガルやイスパニヤ 「そうであろう。さなくば、こちらから呼ばれすと、お身の宣教師たちが口をきわめて彼等を罵っているように、彼 767

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「はい。人の能力を殺すはご損、お船方の向井将監などと 十四 も談合のうえ、さっと上様のお船手に、立派な軍船を加え 言葉というものは妙なものであった。相手が若し家康で得るよう、活用の道を考えまする」 「それは、よい田案じゃ」 あったら、こんな見え透いた白々しい挨拶は政宗もなし得 なかったに違いない。言葉の奥で互いの胸に相手の力量が秀忠は手もなく、又、政宗の罠にかかった。近ごろ将軍 の幕僚たちは、何かといえば諸侯の造る「巨船ーー・こに神 よく映っているからだ。 経質になっている。 いや、米熟と ところが相手は取るに足りない未熟者 : そこで、すかさず政宗は、巨船建造を将軍自身に承認さ まではいえすとも、自分とはまだまだ格段の差があるのだ : そう思うと平然として、いにもないことがいえるものらせたことになるのだが、そうとは、秀忠は気付かぬらし ( 何うせわかりはしないのだ : 「上様、上様は、何彼といえばソテロが日本に残りたがっ そうした侮りが人間を嘘つきにするものらしい。世間でて画策したその真意をご存知でござりまするか」 はこれを「掌の上でまるめる」というのかも知れない。 「日本が、今の世界では珍らしく平和な国になつだ故だと 秀は、ホッと小さく嘆息した。ソテロを助〈叩して引き申されるか」 取るようにというまでに、よほど、いを労していたからであ 「いやいや、さにあらず。彼は日本国も大明国もふくめ ろう。 て、アジア全体の大司教になりたいためにござりまする」 「では、土井大炊に命じてそのように計らわせまするゆ「大司教 : : : ? 」 「十、 0 ) ん、よろしゅ、フ」 切支丹の大僧官とでも申しましようか。その大本 「かしこまってござりまする。決して上様のご深慮を無に山は、ローマにござりまするそうで」 は致させませぬ。ソテロを早々に国許へ引き取り、彼が沈「、 しかに , も」 めた船に数倍まさる船造りを命じましよう」 「そこで、上様もご賛同とあらば、もう一つ、政宗がソテ 「なるほど、そうして罪をつぐなわせるか」 ロの使途を工夫してもよいのでござりまする」 し、 183

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られると、われ等に日本国占領の意図があるといわれても宣教師一同の迷惑は計り知れませぬ。彼の測量は、金銀島 弁解の仕様がござらぬ。陸奥守さま、哀れな鳥を救うて下の発見が目的ながら、その測量図が他国の手に渡りまして 六、、れ」 は日本国の不利ゆえ、これは私が生命にかけても取り戻す 政宗は、唇をゆがめて舌打ちした。 か、或いは将軍家へ献上ということに致させます。なお私 むろん政宗とて、始めから儼乎として救う道が閉ざされは、日本の国の国恩に報いるため、大船を建造して、交易 発展のために微力を尽しとう存じますると : ていると見れば、乗り出している筈はなかった。 彼には彼の持って生まれた叛骨と、如何なる場合にも禍「すると、それを陸奥守さまが将軍のご覧に入れて下さる を転じて福となすほどの自負は胸中にある筈たった。 わけで」 「困ったご仁じゃ」 「それより他に策はあるまい。そして、われ等からも口添 えするのじゃ。ソテロこそはこれからの日本国のために、 政宗は、ポツリといって嘆息を吐いてから、 「とにかく上申書をお書きなされ」 無くてはならぬ大切な聖者と存じまするゆえ、ビスカイノ と、きびしくいった。 や大久保長安などとは、同じ眼でご覧なさらぬようにとの 「何よりも、ビスカイノが、お身を脅迫して困る旨、彼の 正体を、お身の方から訴え出るのじゃ。これはの、表面は 「あの、大久保長安などと : イスパニヤ国の使節ゆえ、如何に悪しざまに申したとて、 「そうじゃ。本多父子が面白くないと思うているのは、長 事が面倒になるゆえ召捕られるおそれはない。そこで一日安や相模守じゃ。これとはやむない交りはあっても、心底 も早く、彼を日本国から追い帰して貰いたいと、丁重に願からの知己ではない : : : そう見せておかねば、哀れな鳥が い出るのだ」 狙いの外へ飛び立てまいが」 「なるほど : そういってから政宗は、又深沈とした表情になって考え 「彼は、大坂城を見物したいと申してきかないゆえ、同伴こんだ。 致しましたるところ、かくかくの不都合な放言を致しまし まだ何か気にかかることがあるらしい。 た。このような人物に長く日本に滞在されては、われわれ 271

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等もまた旧教の宣教師たちはみな、フ ィリップ大王の侵略ソテロはさすがに蒼ざめた。しかし、それで狼狽して、 の尖兵なのだと告白しているに違いなかった。 前後を失うようなソテロではなかった。 「その儀ならば、よう存じて居りますので、却ってビスカ 「それは心外でござる」 イノ将軍のことを、申し上げにくかったのでござる」 彼は先すキッパリと否定しておいてから、 「よう存じて居ると」 「ビスカイノ将軍の人柄については、前もって私が再三申 「は、、一仔じて居り↓よすこ し上げています。彼にそのような大きな野心などあろう筈 は、こざり・ませぬ。そ、フ : 「存じて居らぬ」 : もし、その証拠を示せと仰せあ 不意に政宗は、脇息をたたいて叱りつけた。 れば、私が、その測量図を取り上げて、将軍家に献上させ 「ビスカイノはあれから何をしたと思うそ。新船建造までてもよろしゅうござる。何れ将軍家とて、沿岸の海図はご 帰国の延引をお許しありたいと願い出て、安針が手もとか入用のおりがあろう。さすればこれは却って将軍家のおん ためにも : ら船を借りうけ、江戸湾の測量を始めているのじゃ」 「それゆえ、それは、みな彼の賤しい宝探しなれば : 「黙られよ」 又政宗はさえぎった。 「黙らっしゃい。金銀島などもともと存在しないのだから 捨ておけというのだろう : : ところが、その事実をオラン 「そのような小策はもはや通用致さぬのだ。ソテロめ、ビ ダ人が聞きつけて、何といって将軍家に告げたと思うそ。 スカイノと計ってわざわざ船を坐礁させ、日本近海の測量 ヨーロツ。ハでは、他国の、しかも軍人に、自国の海や海岸を助けるとは捨ておけぬ不都合者。早々に召捕って糾明せ の測量を許すなどという例は断じてない。さようなことをよという険悪な空気 : : : それをこの政宗がようやく押えて 許せばすぐさま侵略されるからだ : いや、ビスカイノが 来ているのだ。それでもお身はおどろかぬといわれるの 測量を始めたというのは、とりもなおさす、イスパニヤ王 力」 に、日本国侵略の野心があり、その船がかりの場所を前も 「あの、ソテロを召捕れと : って探させている証拠、直ちに彼等を召捕らねば一大事に 「そうじゃ。他の宣教師たちはとにかく、ソテロめは油断 なりましようそと申して来たのだ」 がならぬ。ビスカイノはイスパニヤの国の使節ゆえ、簡単 768