「それが女のこころを知らぬたった一つの怨み : : : と云わ「ところがのこの光悦には、まだ無気味な地鳴りが聞こえ れたのでござります。何であのようなうかつなことを云わるような気がしてならぬのじゃ」 ・ : 」と、於みつは、眉根を寄せて耳を澄ます顔 れたのか、そのためご母公は、大御所の前では何時も心に 「地可、り : ・ わたかまるものがあり、ずっと無心になれなんだと」 「どんな : : どんな地鳴りでごギ、います ? 」 「なるほど」 : といった方がよい 「いや、地可 . り , とい、つより・は」海可り : ・ 「でも、今ではそれも昔語り : : : 高台寺の普請もおわり、 かも知れぬ。堺へ戻れば、こなたは又納屋の娘じゃ。こな 秀頼さまと、別のお城へ住むように : : : そうした話も出な たのところへは、あの海、この海と、さまざまの船から便 くなった ・ : ・ : 何よりも大御所さまが、伏見から高台院さま ともほど遠い駿府にお移りなされたのが、ご母公さまを菩りがあろう。こなたひとつ、有馬家で、ポルトガルの船を 焼き討ちしたという : : : あの事件のくわしい事情を聞き出 薩になされた : : : 於みつはそんな気がしてなりませぬ」 してみてたもらぬか。どうもこれが汕断のならぬ。あやし 光悦は、その事ではホッとした。 かんか い煙りを立てているのだ」 もしも天下に再び干戈をとる日があるとすれば、ご母公 : かねがねそう思っ の心の鬼がその原因の一つになろう : 十三 ていたからだった。 「そうか、ご母公はそのように変われてか」 於みつは、再び首を傾げた。 「はい。それゆえ、千姫さまも、きっとお仕合せになられ どうやら彼女は、そのことについて、まだ何も聞いては いなかったらしい。 「有馬家で、ポルトガル船を : : : ? 」 「於みつどの、ところでこなたに頼みがあるが」 「そうじゃ。これがの意外な大風のもとになりかねない : 「この私に : : そんな気がしてならぬのじゃ」 「そうじゃ。変わられたご母公や、千姫さまの仕合せは、 「おじさま、それは何うしてでござりましよ、つ。そ、フお話 わしもこなたもしつかりと護ってあげねばならぬ」 のあらまし : : いいえ、要点たけをお聞かせおき願いま 「それはも、フ」 5
「すると長崎奉行は将軍家や大御所に偽りの報告をしたこだ。それが出来上がるまでにはいろいろの事があろう : そういわれ、かくべっ気にとめて居りませんようで」 とにはなりませぬか」 「ソて、フ : ・ : ご苦労でした。それで一つの事件はわかった気 「その事でございます。長崎奉行は、事が外国との問題だ けに、あまりかかわり合いを深くしたくない。そこで、事がします。で : : : もう一つの本阿弥家の娘御のこと、これ は何か 実は知っていたが、有馬さまの報告にロ出しはつつしんだ : は、とっくにこの世か : と、いう形になったもので。ところが、その後、これ「はい。そのお方、於こうさま : を日本国の威風を示した適宜の措置として、ひどく大御所ら亡くなっておいでのようで」 松尾松十郎と名乗った浪人は、何の感慨もなげに空を見 さまが有馬さまをお褒めになったという噂が立ちました」 上げていい放った。 「まあ : : : そんな噂が、どうして立ったのでござりましょ 「 ) て、れがど、フ 7 も : ・ : 私の考えでは、大久保石見守ではない 「於こうさんは亡くなっている : かと・ : と、申しますのは、石見守にとっても、積み荷の 於みつは、声を秘めて松十郎をふり返った。 ことが、こさりますゅ , え」 それは本阿弥光悦の洩らした不安とあまりに符節を合し 於みつは、さりげなく視線を通行人の上に投げたまま頷 ている。 。そんな知らせは、実家へも全 「まさか、間違いでは : とにかく彼女が別に聞きだしたところでは、その後長崎 奉行を襲った刺客があり、それが取りおさえられて、何も然届いては居りませぬ」 松十郎は、何を思ってか、視線を於みつに戻そうとはし いわす舌を噛み切って死んだということであった。 よ、つこ 0 ・ : 今の話によれば、それも有馬か大久保の手の者とい う事になりそうだ 「この眼でお亡くなりなさるところを見たわけではありま 「それについて、長崎奉行はどう考えておいでであろう」せん。といって私は、八王子まで足を運ぶ労をいとったわ はい。とにかく交易で新しい道づけをしようというのけでもありません」 142
「いま、長門守どのに、若君の命をお伝えしたのたが、二 長といわっしやる。戦が間近いという理山での」 門守はご縁組をご承知下さらぬ。その理由は、どうやら近「戦 : : : の話は、ここではひとます : : : 」 く、関東との間にお手切れあり : そのおりに新妻があっ 「いや、そうではない。長門どのは将来若君の執政にも ては潔く討死もならぬとお考えなされてのことらしい」 と、選びぬかれて来た烈忠の士。ここで戦の話柄を度外視 内蔵助は、又、かすかに片眼を細めて眼まぜをした。 したのではご思案の変えようもござるまい。そこでそれが 治長はすぐにはその意味がわからなか 0 た。が次の瞬しは説いているのじゃ」 ド・ゾーツと全身が総毛立った : 「よて、ー 説くと申すと : 「戦は近い これはわれ等だけの考えではない。真田左 衛門佐も、長曾我部も、毛利豊前も同じ見通しじゃ。、 ( 内蔵助は、縁組にこと寄せて、何かたくらんでいるので いや、味方の側だけではない。現に敵側の松倉豊後など、 すでに戦になった気で紀伊見峠を固めてござる。されば、 そう想像すると、これは決して笑いごとではなかった。 ここでご婚姻なさるも忠義の一つではござるまいか : 重成に対する秀頼の信頼は近ごろとみに加わっている。も申していたところじゃ」 しも秀頼をぬきさしならない主戦論者に仕上げようと考え 「ご婚姻も忠義の一つとは : たら、先すもって重成を誘い込む : : : それは誰が考えても いちばん有効な近道ではなかったか : 渡辺内蔵助は楽しそうに笑った。 「ほう、それは初耳じゃ。若君も御台所も菊どのをご推挙 「これは修理どののお言葉とも覚えぬ。戦と決まれば、と : いや、いわれてみるとこれは至極ごもっとも。な にかく人数を人れねばならぬ。人数を人れれば所司代の眼 るほどこれは天下第一、似合いの夫婦雛が出来るであろう」が光ろう。それをそらすには、ご婚礼など得難い一つの隠 治長が狼狽をかくして重成の上座にすわると、内蔵助はれ簑とは思われませぬか」 すぐさま後を引き取った。 「なるほど : 「誰が見てもそうであろう。それを長門どのは遠慮したい 「しかもこれは、近ごろ流行の今様ぶりの、恋慕物語にす ・・と 341
「そうじゃ。おじさま、私はお婆さまと話して参ります 0 に行き当たった眼のいろだった。 彼はあわてて次の間に入ってゆくと、仏前に一本香を手 まだ手土産の披露もしてありませぬ」 向けた。 於みつはそっとその場をはすした。 おそらくそれは、死んだと思われる於こうへの供養のつ もりに違いない。 そして、再び居間に戻ると、土間にぬぎ揃えてあった草 光悦は、またしばらく両手を膝において考えこんだ。 履を突っかけ、そのまま戸外へ出ていった。 ( 於こうは殺された : : : ) どんな場合にも、きちんと行先を告げてゆく几帳面な光 と、すれば、小箱の中に書き残してあった彼女の手記 悦にしては珍 - しい は、心のみだれた者の妄想ではなかったらしい。 辻へ出ると、駕籠丁を招いて、 ( 大久保長安は、何かひどく自分の立ち場に危険を感じて あがきだしている : : : ) 「堀河の所司代さまお役宅まで」 早口にいって駕籠の中へ坐りこんだ。 その原因として於こうは、手記の中で三つの不安を書き のこしていた。 ( そうだ。事態は、もうわしの手の届かぬところまで進ん その一つは、これも別の小箱に封じこめたという連判でしまっているかも知れない ) 状、そして、その他には蓄積してある黄金の処理と、伊達於みつのところへ茶屋の諜者が報告に来るまでには、可 政宗への警戒心をあげている。どうやら政宗が長安を警戒成りの日数がかかっている。 したした原因は、大久保忠隣と本多正純父子の対立にある家康が二条城から江戸へ引きあげてから二カ月近くも経 っているのた : のでは無かろ、つか : 若しそうだったら、これは又一つ怪しい雲が低迷したし 大坂城を訪れたビスカイノ将軍の話も、むろんもう板倉 たことになる。 勝重の耳に人っているであろうし、訊きたいことが山ほど 光悦は何を思ってか、不意に立ち上がって、ぐるりと室あった。 内を一周した。じっとしてはいられない、何かの気がかり光悦が全身を汗にして所司代屋嗷を訪れた時には、板倉 758
そうも考えたし、こうした騒ぎは出来るだけ他へ洩らし ( 長安め、幾分の不正はあるであろう : : : ) たくないと思ったからでもあろう。 そもそも金山の仕事が、一種の請負事業なのだし、そう そこで各藩に一つずつ、それそれ藩の学校を建てたら させねば鉱脈をかくされるおそれもあると思って見て見ぬ : という道春の意見を聞いただけで、そのままこれも退 ふりをしていたのだが、それが潔癖な正純には、ひどく大 出させた。 きな許せぬ曲事に見えるらしい : しかし、次に呼ばれた柳生又右衛門宗矩とは、二人だけ で一刻も近く密談をとげていった。 「又右衛門、実はの、大久保長安が亡くなったのじゃ」 茶阿の局に呼ばれて羅山の林道春がやって来たときに そういうと、宗矩は、もうその事を耳にしている様子 は、家康はもう平素と変わったところはなかった。 道春が江戸から駿府〈移住を命じられたのは去年の十一一で、複雑な目礼を返して来た。 「あまり長安の評判がよくないのでな、上野介どのが陣屋 月九日で、これも家康の死後に備える心遣いの一つであっ に手人れをしたいと申す」 「それで : ・・ : お許しなされましたので」 無法きわまる戦国の遺風は次第に改変されて来つつあっ 「いや、叱りつけた。あれが手人れをしてゆくと、本多父 たが、まだ人倫の道が確立滲透しているとはいいがたし 子と大久保相模守の喧嘩と見られる」 この世を正すものは教学 : : : 」 とわかっていながら、どのような構想で教育の場をひろ「なるはど」 「いま家中に党派など出来てはそれこそあとのことが案じ げてゆくかの案もまだ充分ではなかった。 そこで自分の側へ呼び寄せて、朝夕その相談相手にするられる」 「すると、お手人れは、お取り止め遊ばしまするか」 気たったので、こんどの事も、道春に意見をただしてみよ 家康は、ゆっくりと首を振って、 うと思ったのに違いない 「ここまで来るとそれもならぬ。何しろ上総介や右府の名 しかし道春がやって来たときには気が変わっていた。 までがあがっているのた。真偽はまた皆目わからぬが、捨 ( これは、どこまでも政治の問題 : : : ) 205
おおかぶらや ところがいま、高山右近がおとなしく追放されていくの ・ : 修理どの、もう、この戦の大鏑矢は切って放た れているのでござるぞ。去る九月十五日、牡鹿湾の月の浦は、遠からず、フィリップ三世の軍艦に便乗して帰国出来 : などといわれると、ほんとうにそ から出発した伊達家の巨船がその鏑矢。どのあたりの空をる確信があるからだ : : 聞けば高山右近もおとなしの気になってくるのである。 鳴りながら駆けているか : 「内蔵助どの、これはこちらも、もう一つ手を打っておく : ・その く、マカオかルソンに送られてゆくそうな。ハハ・ 鏑矢が、フィリップ三世の大艦隊を呼んで来るおり、高山べきかも知れぬのう」 「手を打ってとは : どのも堂々と船首に立って水先案内をしてござろう」 「大御所にじゃ。大御所に、今の右近太夫の肚 : 断いているうちに次第に治長も引きこまれた。 を、こっちから吹き込むのじゃ」 そうすればどのような利益がござろうか」 「大御所もびつくりして、何そ又将軍家御台所を通じて、 人間の中には、つねに行動をもって主動的な役割を果た 、こ母公さまに働きかけて市木ると思、つがど、つじゃ」 すものと、時々昻ぶって、妙な煽動の矢を射ち出しておい て、その煽動が現実化すると、シュンとなってりを静め「なるほど」 「そのおり、こちらから、こういって参るであろうと、予 てゆく者とがある。 めご母公に通じておく : : : そのとおりの働きかけがあった 渡辺内蔵助は前者であり、大野治長は後者であった。 となれば、ご母公のお心も決まってゆこう。ここは一番、 前者はつねにぐんぐん歩いて行くが、後者は絶えす行き ご母公の心をハッキリと決めさせるが第一・ : ・ : と思うがど っ戻りつする。そして、両者の距離が大きくひらくと、今 うであろう」 果こなる。 度は前者がはげしく後者の尻を叩く結 ' ' 話は次第におかしくなった。 大野治長は、渡辺内蔵助の鞭を喰って、また前向きに自 分の姿勢をおき直した。 治長の放った、まことに感清的な煽動の矢は、次第に彼 内蔵助がいっていることは、実は治長自身が、彼の頭し こをぬきさしならない実行者の位置に追いやろうとしている のた。 注入していったことに過ぎない。 : など 345
家に嫁いで後家になっている、利休居士の養女お吟と、南へもぬきさしならぬ関わりを持って来たかのごとく印象さ みつかい 坊はすっと都で不義の密会を続けていたのだそうな : : : それだした時に、駿府からの呼び出しだったのだ。 れが露顕して追われるのたという噂と、もう一つは、もっ 淀の方が、且元の帰りを待ちかねて質間の矢を浴びせて と恐ろしい噂じゃ。南坊もまた上総介どのの一味で、実来るのは当然だった。 は、この大坂城へ入り、右府さまを頂いて共に旗挙げする 「ーーー何であったぞ市正、移封の話では無かったのか」 気であった。それが露顕したのでな、前田利長どのは、徳 側に老女どもが侍って居るのに身を乗り出して訊ねて来 川家への義理あいからも加賀へはおけなくなったという たものだ。 のじゃ。それが若しまことなら、当然ご当家へも何か申し 。い。いよいよ方広寺のご普請も終わりになる。こ て参るであろうそ」 の前には、西の丸から駿府へ移った早々のおりで何も寄進 それを聞かされた時には、且元は腰の底からうんざりし が出来なんだゆえ、今度は将軍家にお願いして、一万石寄、 た。お吟と高山右近の、有りや無しゃの情事などをからま進の許しを得たそと仰せられました」 せて、巧々と母公の関心をそそってゆく手筈は、閨房のそ そのときにはお側に大野治長はいなかった。 れにしても、何という嫌らしさであろうか。 な 一万石のご寄進 : : : それを方広寺にか」 その時だけは、且元もきまじめに訊き返した。 いいえ、ご当家にご加増でござりまする。ご当家の 「いったいそのような噂、誰がお耳に人れましたので」 人費の嵩みを思うてでござりましよう」 すると、ご母公は、べつに羞恥も見せす、 すると、淀の方の眼のふちは、すぐさま真ッ赤になって 「修理じゃ。修理が、気をつけるがよいと告げてくれたの 「 , ーーそうか。そうであったか」 あっさりと云ってのけた。 「ーーー・それがしも、有難いことと存じ、謹しんでお請書を 出して参りました」 「、、・・ーそうであろうとも。やはり大御所は、大坂のことは こうして次第に、上総介忠輝と将軍秀忠の不仲が、豊家忘れておわさなんだ : : : そうであったか」 つ 0 320
大久保兄弟としては、この人選でホッとするのは当然だ たが、それにしても、彼等は、あまりに父の思慮とは 離れすぎたところにいた。ここはとにかく、松平忠輝の許 ら使者を立てて貰うべきところであった。 松平忠輝の生母、茶阿の局はこの時も家康の側近に仕え 、いて、身辺の雑用をつとめているのだ。先す松平家から ボ阿の局を通じて知らせてゆけば、家康の耳へは、その死 にけがおだやかに告げられてゆくことになる。 ところが、それをせずに婿を使者に選んでしまった。こ 服部正重は、二十六日に江戸を立って二十八日の夜には ) 婿は尋常の婿ではない。日本中の風評に、。 ヒーンと鋭い 駿府へ着いていた。 を立てて、如何なる事件も嗅ぎわけようとする服部衆の そして、家康の前へ出る前に、本多正純の屋嗷へ草鞋を 人なのだ。 ぬいた 彼は、この使者を拒みはしなかった。拒みはしなかった「夜中ながら、大切なご用で、服部正成の次男が御意を得 全く別の警戒網を張ることも忘れなかった。 たいと罷り越した。お取り次ぎ願いたい」 大久保長安の世評があまり香ばしくないからたった。 そう申し人れると、すでに寝ていたらしい正純は、寝巻 そうか、いよいよ亡くなられたか」 きの上に袖なしを羽織って、自室に通した。むろん人払い 亡くなれば当然本多父子の攻撃が開始されよう : : : そうである。 よった時に、長安の婿である自分の立場はどうなろうか ? 「たしか、正重といわれたの」 彼は、大久保忠隣と本多父子の不和の原因をもう一つ別 ~ ところから見ていた。 正重は、おだやかな笑顔で、 それは将軍秀忠が継嗣と決定する時の事である。本多父 「服部の伜めが、何の用で参ったかご存知でござりましょ 」は現将軍の秀忠を推し、大久保忠隣は越前の秀康をおし 、つな」 た。その時から両派の間には、一つの宿怨が結ばれた : 服部正重はそう考える人物であった。 火山活 196
ただけの、ゆったりとした坐りの姿は、三代目ののんこう用を頼んだかも知れぬ」 光悦は、肩つきのふたを除りながら他人ごとのようにい にはもうなかった。その代わり、あざやから〈ラ捌きで、 洗練された技巧の冴えが光っている。 「しかし、わしが用でも頼まなければ、こなたと茶屋どの と、そこへ母の妙秀が於みつの来訪を告げて来た。 の間が疎遠になる : : : と、まあ、わしは自分で自分の良心 をまぎらしてはいるのだが」 「おじ六、ま」 「まあ、やはりおじさまは風流人 : : : お茶の会のお支度で 「例のこと、調べて来てくれたのだな」 はい。どうやら、長崎で起こったポルトガル船の焼き討 妙秀のあとに続いて入って来ると、於みつの眼は三つの 茶碗のうち、いちばん若いのんこうの作品に吸い寄せられち事件は、駿府に飛び火したようでございます」 「なに、駿府へ飛び火 : ていた。 「十、 0 茶屋お抱えの探索が、すっかり調べてくれまし そういえば、於みつも納屋蕉庵から数えてすでに三代目 た。その人と私は、船で伏見まで一緒に来たのです」 : 三代目の眼には、やはり三代目の技巧がいちばん人り 「ほ、つ」 易いと見える。 「どうやら火つけ役を、大久保石見守が買って出たようで 光悦は、黙ってその三代目一つを残して、あとの二つを ′ギ、い亠ます」 箱におさめた 「というと、大御所の留守中にだの」 「一ふくたてて進ぜようかの」 光悦は、茶筅をうごかしながら、何を聞いても愕くもの 「ありがとう存じます。おじさまのお点はひさしぶりで かという静かな構えであった。 「そうでござます。その大御所さまも駿府へお戻りなさ 「於みつどの、こなたは幾つになられたかの」 れ、有馬修理太夫は、これも船で駿府へ : : : もう着いてい 「ホホ : ・・ : 年齢は、もう忘れました」 るかも知れませぬ」 「そうか。これはわしは悪かった。わしはこなたにむごい 劇ぇ つ ) 0
せよ、関ヶ原のおりの強敵真田昌幸父子を、今日こうして幸村が味方すると否とにかかわらず、戦は決して止め得ま 安穏に生かしておくというのが、すでに戦国武将の常識と しとい、フことで、こさる」 「よこ、火よ . しては稀有のことであった。 ( 豊太閤ならば : 「ご貴殿も、心のどこかでそれは感じてござる筈じゃ。こ ( 信長ならば : の世から戦を無くそう、この世をそのまま生きた浄土にせ そう思ってみるたびに、家康の行為には量りがオしイ 、、こ、言仰ねばならぬ : : : それが大御所の夢ながら、この世に戦は絶 との対決が感じられる。 えぬもの : : : そういい切った父の言葉にもまことはござ その家康が、今度も幸村を、大坂方に味方しないというる」 ことだけで大名に取り立てようといっているのだ。おそら 「それと、これとが、ムマここでかかわりあろ、つか」 くそれは、家康の、世のつねの計算を超えた、人は一切神「いやいや、戦は必須 : : : と、見てくると、はじめて豊家 仏の子という「人間観 , ーー」に発したものに違いない ご当代の哀れさが、身にしみじみと見えて参る : : : 幸村に しかし、それがわかれば、わかるほど、幸村には、こだ は、それが : : : それが、たまらぬのでござる」 わらなければならないもう一つの立ち場が、眼を剥いて来「いよいよもって奇ッ怪な」 るのである。 「奇ッ怪でござろう。世のつねのお方には、筋の通らぬこ 「そうか。やはり幸村どのには、大御所の心が通じないのとに違いない。それを思えばこそ兄上のご親書も封のまま 力」 ・松倉どの、幸村は、どうせこの世に絶 でお返し申した : 「豊後どの」 えない戦とならば、それに勝って出世を希おうより、哀れ 「通じなければ、わしの訪問は無駄であった : : : そろそろな遺孤に、六文銭の旗ひとさし、贈り加えて果てたいので お段するとしよ、フか」 ござる : : : 」 「松倉どの、ただ一つだけ、申し上げたい儀がござる」 十三 「今更 : : : 何であろうそ」 「大御所にも、兄上にも、これだけお申しおき願いたい 松倉豊後は息がとまりそうになった。 307