十郎 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 15
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1. 徳川家康 15

っ ) 0 すると、藤十郎よりも先に外記の方が又答えた。 じゃ。予もの、入信のうえ洗礼せよとすすめられている」 「かしこまりました。では、しばらくこれにて、こ休息を」 ・ : ・ : 佃と、仰せられました ? 」 「お身たちはかくべっ遠慮することもあるまい。切支丹の 於こうは、肝をつぶして藤十郎を見やった。藤十郎だけ は長安が病床に居るのかどうかは知っていると思ったからことよ。石川の娘も、池田の娘も、みな予の女房どもと同 じ、強い切支丹の信者じゃそうな。予は大御所があのよう に念仏三昧におわすゆえチト困るが、お身たちは一 ~ 入一婦 ところが藤十郎は何もいわない。黙って外記の出てゆく の清らかな暮しの方がよいかも知れぬそ」 のを見送って、それから小姓の持参して来た茶を危い手つ 、よ ) 0 きで忠輝の前に取次し 於こうは、肝をつぶして、改めて、五郎八姫と藤十郎を 「あまりに思いがけないご人来にて : : : 取乱して居ります見やった。 藤十郎の顔には、、 カくべっ変化はないようたったが、五 るが」 どうてん 、、こヂこっこ。頬 : : : とい 郎八姫は、わが意を得たとししオしオオ 「案するな。予が驚くほどじゃ、家中の動顛は無理もな う言葉がそのままびったりする、若さにみちた両頬へ小さ い。予はな、道々長安の功績を、姫とあれこれ語りあいな がら参ったのじゃ。万一のことがあると、いちばんこたえく笑くばをうかべて、かすかに傾いた首がそのまま婿びに なっている。 るのは予かも知れぬぞ」 と、思ったときに、外記が戻って来て、例の乾いた木皮 「ありがたい仰せ、殿がききまいたら : : : 」 「そうそう、それから、これは今思い出したのだが、こなのような口上であった。 「父が、これをお館さまにと申しました」 たの内儀は石川数正が娘だそうじゃの」 差し出したのは扇面に何やら乱暴に書き散らしたもので あった。 「そして、外記が内儀は池田輝政が娘だそうな」 忠輝はそれを受取ると、頷いて黙読した。 「仰せの通りにござりまする」 「ならば、全く無縁ではない。その事も来る道々の話で「あまり取散らしてあるゆえなあ、姫にはご遠慮下された の、予よりも姫の方がよう知っていて知らせてくれたのいとある。よし、予が一人で参ろう。於こうどの : : : とい 0 3

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「ご免蒙る : : : と、いったら何うするな」 もない。大久保長安という男を知らぬ。長安はな、こなた 「その時は、私は江戸を立ちのきます。京へ参って板倉さ 達に脅されておどろくような者ではない」 まにでも、又何そ使うて頂きましよう」 「というと、刀剣の売り出しも、黒川谷の人殺しも」 「というと、余程、さし迫った金の人用があると見える。 「そうだ。その双方を平気でやってのける人物 : : : そう思 うたらまさか、そのようにのこのこと一人でやって来たりよし、では、五枚だけここに所持のものがあるゆえ、そち : 世間で申すであろう、飛んで火に入に貸そう。よいか、脅かされて出すのではないそ。それを はす亠工い 持ってすぐに江戸へ帰るがよい」 る夏の虫 : : : それにしては季節が少し早すぎる」 、こ、まだ吹き立ての慶長大判を五枚内ふとこ 長安はっし 松十郎は、コトリと盃をおくと、小鬢を掻いた。 「実は、そう思いましたので、同役のもと〈書付けを残しろから取り出すと、懐紙にのせて松十郎の前においた。 松十郎は、あまり有難そうな顔もしなかったが、さりと て来ました。私が戻らねばやがてそれを開きましよう。は い、宛名は本多上野介さま : : : その書付けを世に出さぬたて突っ返しもしなかった。 「これたけでもなんとか成りましよう。では、扞借致しま めには、私が生きてこちらを戻らねばなりません」 「はう、では、抜けて無かったと申すのか」 何杯のんでも一向に赤くならない顔をあげて、 「はい。一寸の虫にも五分の魂、虫だとて、そうそう生命 「よい ~ 化だ」 を軽んじてよいものではございません」 「それもそうだの : : : だが、その書付けも取り返す手だて頭上に下っている藤の花を一房千切り、それを大判に添 はある。岡本大八に、そちの悪事が認めてあるゆえ取ってえてふところへ納めた。 「松十郎、味なことをするの。誰ぞに藤の花の主の金を見 い : ・・ : そう申したら、喜んで手伝うと思うがどうじゃ」 来 「お殿さま、どうもお殿さまは気が勝ちすぎておわすようせびらかす考えか」 ししえ、花盗人は盗人ではござりませんそうで」 で。世間には負けるが勝ちという事もございます。いっそ「、、 この松尾松十郎を、そのまま抱いて使う気になって頂くわ「まあよかろう。さ、もう一杯ぐっと乾して行くがよい」 「お殿さま」 けには参イり・きす・きいか」 126

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て、先に掘り出してあった手持ちの金をここへ隠匿したの 「まだ何か用があるのか」 「先程話した幽霊の話、ほんとうでござりまするなあ」 したがって、これを知っているものはそのままにしては 「幽霊の話だと ? 」 おけなかった。 「於こうさまという大層お気に入りの側室だったそうで。 そのお方を黒川谷の山祭りで深淵へ落として殺したという ( あんなことは常識でな。信玄もやったし、石見でも、越 話でございます。何でも、そのおりの屍体を下流で拾いあ後でも、やっていることだ : げ、埋めたところに黒いつつじの花が咲いたとか : 山禁りの舞台を深い渓谷の上に作らせ、その舞台から桟 そういうと、松十郎は飄々として腰をあげた。 嗷を一度に切って落とさせる : たまたま、その中に内部の事情を知り尽していた於こう も混っていた。 そして共に亡くなったというだけのこと。 「待て松十郎 : ・ 呼びとめようとして長安は首を振った。 この方は仮りに松十郎がどんなに騒いでみたところで間 これ以上根掘り葉掘りしてゆくと自分の弱味になりかね題になりようはなかった。人に訊かれたら、確かにそうし た事があったといえばそれまでのことなのだ。 「ーーー頑丈に作らせてあったのだが、藤づるで巻いた岩が しかし、もう一言だけ、訊ねておきたい事があったのは 抜けての : : : 」 事実であった。 或いは犠牲者の仲間中に葛藤があり、仕事の手を抜いた それは岡本大八に莫大な銀を欺しとられた有馬晴信が、 奴があったかも知れない。 とい、フ」とた この事件を誰に向かって訴え出るか 「ーー天罰はてき面で、そ奴も共に落ちて亡くなったもの 総じてもの事の処理には二つの方法がある。受けて立っ : と、長安は思った。 、先手で攻めるかだ : 話が他人の目の届かぬ所で起こっているのだから、案す 松十郎は、どうやら黒川谷の事件も嗅ぎつけているらし : と、長安は思っている。 い。黒川谷の旧金山では、長安は金を掘ったのではなくることは少しもない : 、よ」 0 ノ 27

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, かつ、フ、か・ ていたのかも知れない。 そこで、その事だけでも、何とかして訊き出して置こう何よりも困ったのは、一から十まで、一切伜たちにはロ としたのだが、それもついに出来なかった。 出しさせず、超人的な精力で取り仕切って、藤十郎にも外 彼はそれから四日三晩、大きな鼾をかき続け、生への執記にも殆んど交友関係さえハッキリしないことであった。 念をたつぶりと見せつけながら、二十五日の落日のころに とにかくまっ先に松平家と、大久保忠隣の許へは知らせ なければなるまい しかし、その他、誰に先す知らせてよ 鼾を止めた。 いのか、その見当もっかないのだ。 鼾を止めたのではなくて、心臓が停止したので鼾もひと そのうち女たちの間で長安の年齢が問題になりだした。 りでに停ったのである。 「とにかく、六十九までお生きなされたのでございますか 「ご臨終でござりまする」 いわれなくとも誰にもわかる終焉だった。 枕頭に七男二女のうち、五男一女が集り、奥方と側室一一誰かが嘆息まじりにいったのがはじまりで、 「六十九ではございません。六十五でございます」 人と十二人の侍女が詰めていたが、誰もあまり泣かなかっ 別の一人が訂正すると、 た。四日三晩の看護で臨終は時の間題 : : : 泣くものはそれ 「どちらもお間違いです。殿さまは私にハッキリ仰せられ までに泣いてしまっていたからであろう。 ました。五十八でございます」 藤十郎にしても外記にしても、ただ茫然としているだけ であった。 藤十郎と外記は呆れてしばらく黙っていた。 五十八から六十九まで、どうやら酔うと、その時まかせ 茫然といえば、全く茫然とさせる長安の生涯であった。 池田頼龍の娘であった奥方と二人の側室だけならばよかで女どもをからかっていたと見える。 いいえ、五十八は間違いござりません。でも、あまりお ったが、息を引きとる時に集った十二人の侍女のうち、何「 人長安の手がついているのか、これも藤十郎には見当がっ若いと総代官さまとして諸侯にあなどられる。それで六十 よ、つこ 0 : ご自身で仰せられていましたか 五とおっしやるのだ : 或いは十二人とも、みなそれぞれ覚えがあってやって来ら」 194

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考えなければならないものらしい : と、長安は思いだし 「フン、来たな」 こ 0 渋い顔で長安は、又盃をとりあげた。 むろん長安自身にもやましいことが全くないわけではな わが家の若党に案内されて、昔は甲州侍だったという松 確かにまだ有望な鉱脈を、もう金銀は出ないといって尾松十郎の頬骨の立った顔が泉水のふちを廻ってくる : 封じている所もあったし、出た量目をそのまま正直に報告 四 して + めると 7 もいいカオカた ( 葬るタネを探すならま、、 。しまが絶好の時なのだ : 松尾松十郎と名乗る男は、ひどく顔のいろが悪かった。 正純は、家康に従って上洛し、珍らしく駿府を留守にし 顔のいろはその精神状態と決して無関係のものではない。 ている。 ( あまり健康ではないらしい : と、そこへ正純の手代をしている同心の一人が、まるで と、長安は解釈した。 長安の肚を見抜いてでもいるかのように訪ねて来た。 「大久保さま、ご不快でござりましような。わしの人相は その名を松尾松十郎という。彼は、正純と自分の同輩の悪相というのだそうで。わしに近寄られるとゾッとする : 同心岡本大八との、許すべからざる曲事を知っているか : と、ぬけぬけと申した者があります」 ら、それを黄金十枚で買って呉れぬかといって来たのだ。 松十郎は、そばかすの多い、頤の張った青い顔を長安に むろん長安は叱りつけて追い返した。相手のかけた罠 : ・押しつけるようにして縁台に腰をおろした。 : と警戒しての懸引きだった。 「ご不快な問題は早く片付けた方がお互いのためで : : : 如 ところが、その松十郎が、再び本日やって来るといって何でしよう、本多上野さま同心、岡本大八の悪事、黄金十 っ ) 0 枚で」 正面から黄金十枚と、露骨にいって来るほどの人物ゅ「返事は一つたの。そんなものはわしに不用のことゆえ、 え、五枚に負けるとでもいい出す気か、それとも何か添え他所 ( 廻 0 て貰おうか」 ものでも持参する気か : : とにかく気になる相手なので、 「フン」と、相手は鼻の尖であざ笑った。 これからこの藤棚の下で会ってみることにしたのだ。 「岡本大八の事件というのは、抛っておくと、大久保の殿 120

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「すると長崎奉行は将軍家や大御所に偽りの報告をしたこだ。それが出来上がるまでにはいろいろの事があろう : そういわれ、かくべっ気にとめて居りませんようで」 とにはなりませぬか」 「ソて、フ : ・ : ご苦労でした。それで一つの事件はわかった気 「その事でございます。長崎奉行は、事が外国との問題だ けに、あまりかかわり合いを深くしたくない。そこで、事がします。で : : : もう一つの本阿弥家の娘御のこと、これ は何か 実は知っていたが、有馬さまの報告にロ出しはつつしんだ : は、とっくにこの世か : と、いう形になったもので。ところが、その後、これ「はい。そのお方、於こうさま : を日本国の威風を示した適宜の措置として、ひどく大御所ら亡くなっておいでのようで」 松尾松十郎と名乗った浪人は、何の感慨もなげに空を見 さまが有馬さまをお褒めになったという噂が立ちました」 上げていい放った。 「まあ : : : そんな噂が、どうして立ったのでござりましょ 「 ) て、れがど、フ 7 も : ・ : 私の考えでは、大久保石見守ではない 「於こうさんは亡くなっている : かと・ : と、申しますのは、石見守にとっても、積み荷の 於みつは、声を秘めて松十郎をふり返った。 ことが、こさりますゅ , え」 それは本阿弥光悦の洩らした不安とあまりに符節を合し 於みつは、さりげなく視線を通行人の上に投げたまま頷 ている。 。そんな知らせは、実家へも全 「まさか、間違いでは : とにかく彼女が別に聞きだしたところでは、その後長崎 奉行を襲った刺客があり、それが取りおさえられて、何も然届いては居りませぬ」 松十郎は、何を思ってか、視線を於みつに戻そうとはし いわす舌を噛み切って死んだということであった。 よ、つこ 0 ・ : 今の話によれば、それも有馬か大久保の手の者とい う事になりそうだ 「この眼でお亡くなりなさるところを見たわけではありま 「それについて、長崎奉行はどう考えておいでであろう」せん。といって私は、八王子まで足を運ぶ労をいとったわ はい。とにかく交易で新しい道づけをしようというのけでもありません」 142

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のだから、光悦は、それを匂わすだけで、 みなが、その上で打興じている頃を見はからい、蔦かずら : ふっと」、フ の綱を切っておとすつもりではなかろうか : 「ーーーあ、あの事件か」 と、理解するに違いない。もし又わからなければ茶屋にした予感が於こうを捉えたのだ : 訊くだろう。 しかし、この思いがけない想像は、間もなくこの屋敷に とにかくそれが原因で、大久保長安は、莫大な黄金を持 伝わって来た、もう一つの知らせによって一応関心の外へ てあましている : : : という事実だけを書きとめた。 追いやられた。 その知らせというのは他でもない。長安の病気見舞に松 「ーーー長安どのの申すには、地下に莫大な黄金を埋平上総介夫婦が八王子まで微行して来るというのだ。 め、その上につつじをいつばい植えておくと、次第に 屋敷の内は急にあわただしい空気につつまれた。 黄金の気を吸うたつつじは、やがて黒い花をつけます 信州松本の石川康長の娘を妻にしている長男の藤十郎 そうな : : : 黒川谷という名も、実はその黒いつつじと が、於こうのもとへやって来て、 無縁のものでなきよしにて : : : 」 「ご接待には、こなた様もお出やるように」 と告げて来た。 そう書いて来て、なぜか於こうは全身へ悪寒が走った。 「かしこまりました。でも、それは、お殿さまのご命令で 今まで想うてもみなかった一つの恐怖に行き当ったのござりましような」 、、 6 ) 0 さりげなく念をおしてみると、藤十郎はちょっとうろた えたようだったが、 「ーーー・長安どのは、埋蔵を終わったうえは賑やかに山「申すまでもないこと。表向きは殿のご病気見舞いという ・とい、フ」とで、一」さ : いや、その言葉の中に、黒川谷のではなく、鷹野のついでお立ち寄り : 祭りを行、フよし : れば、そのおつもりで」 深淵の上に桟嗷をかけてと申しおり : : : 」 藤十郎は、長安を父と呼ばずに殿と呼んだ。 ( この人も黄金理蔵のことは知っているらしい : 谷いつばいに掛けわたす桟敷 : : : それはもしかしたら、 2

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むろん長男藤十郎の生母ではない。ずっと後、長安が世「よほど、わしを肚の悪い男だと思うていくさる」 に出てから迎えた妻で、容姿は端麗だったが、一にも二に 一口嚥んでその場へおいて、ひょいと庭先を見やって、 も天帝さまで、とても長安の酒の相手の出来るような女性そのまま長安は低く唸った。 ではなかった。 「ウーン。たしかに於こうじゃ。於こう、そのようなとこ 子供は幼いのが二人出来ている。しかし、彼女に洗礼をろに立って、何をしているのじゃ」 すすめられると、 気が付くと庭はもうとつぶり昏れおちてぬめぬめとした 「ーーー死んだらの、湯灌の時にして貰おうぞ」 闇の幕をひろげている。 近ごろではうるさがって近づけもしなかった。 誰ももう毛虫など焼いてはいなかった。 その奥方が伜の藤十郎と、しきりに長安の健康を案じて ( 何時の間にこうなったのか ? ) いる : : : というが、これも男と女だ。そして年齢は長安よ 或いはポロにふくませた油が燃えっきたので、みんな退 りずっと近い。ことに依ると、母と子という感清とは異っ っていったのかも知れない : たもので、より添うているのかも知れない。 「於こう、ここへ来いというのがわからぬのか」 ( 伜の嫁は少々人間が甘いからの ) その闇の中で、於こうの立っているところだけ薄明るか 藤十郎の妻は、これも長安が出世の根を張るために、信った。 州深志城主 ( 松本 ) 石川康長の娘を、大久保忠隣の口利き うしろの木立の幹が灰いろに見えている。 で貰ってやっている。 「なるほど、ほんとうに出くさったわ。わしは、こなたの 石川数正の孫娘だ。 出るのを待っていたのだ よし、ではわしの方から出迎 この方も今では奥方にすすめられて熱心な切支丹信者 : ・ , えよ、フ」 : 自分が好人物なので、姑にあたる奥方も清純無垢な信仰長安は、脇息に手をついて立とうとして・ハサリとのめつ 亠と信じきっているよ、つだった。 た。しかし、自身ではのめったことに気がっかなかった : 長安は、侍女の置いていった薬湯をのんで顔をしかめ た。たたのげんのしようこではないか。 189

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は、それから小半刻、火のない囲炉裏をかこんで一応妻の こと、子供の近況などを語りあったあとであった。 又右衛門宗矩の妻女は、豊太閤が始めて仕えたといわれ「これは、だしぬけに、おかしなことを : : : 」 ている遠州侍、松下嘉平次の娘で老嫗はその嫁がひどく気老嫗はちょっとびつくりしたようたったが、すぐさま軽 くうなすいた に叶い、しばらく手許において共に暮らしたことがある。 父の石舟斎が一目おくほど鋭いカンと、それに輪をかけ 松下家の当主はいまは徳川家の旗下で、これも江戸に在 住しているのだが、どうやらその妻から、姑である老嫗のた気丈さで聞こえた春桃御前であった。 七郎の弟たちを双子と合点するような、善意な生まれつ 許へ、去年生まれた二男、三男のことを知らせて来たもの きながら、すでにわが子が、何のために現われたかについ らしい ては、秘かに思案をめぐらしていたものらしい。 「ーーー七郎に婆の知らぬ弟が二人出来た : : : 」 「そうか、そうしたご用で来られたのか」 そういったのは、二男の友矩と三男の又十郎宗冬のこと 「とゆうて、まだ何も申しては居りませぬそ母上」 であった。 「でも、まさかこの母に、一族第一の器量人、それは又右 どうやら老婆は、それを双子 : : : と解しているようだっ 律門どのおぬしです : : : そういわせるために間いかけもな 実よそうではない。三男の又十郎は正腹だっこが、 さる亠よい」 二男の方は妾腹から、一年に二人の子供が産れていたのだ。 : すると、わしが来たのは、人探し : : : と、わか 又右衛門はテレ臭かったので、それには触れす、さりげ りまするか」 なく目的にふれていった。 「さて母上、母上のお眼からご覧なされて、われ等一族老嫗はそれに微笑で応じて、 「人間はの、それそれに取柄があります。太刀を持たせる : 親類縁者もふくめて、誰が器量抜群でござりましよう がよいものと、経を読ませるがよいものと : : : それゆえな 力な」 あ、一概には答えられますまいが」 「なるはど : 367

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信十郎豊政は、おだやかな表腎でそういって、こんどは 「合戦にならねばよいー 真正面から又右衛門を見返した。 一向に立ちませぬ」 だったが、二人の視線は宙にからんではげしく火花 きつばり・と一一一一口い切って、 「ところで信十郎どの、実はわれ等ご貴殿に無心があってを散らしあった。 「信十郎どの」 参りました」 「いよいよ、仰せられるか」 「たぶん : : : そうではあるまいかと、信十郎豊政、始めか 「又右衛門は、亡父同様、心底から大御所に惚れてござ ら心の中で怖れて居った : 「このご無心は無理でござる。よってお断わりなされてる」 「それだけの、価値はあるお方 : : : でござろうなあ大御所 , z—いささかも怨みに田 5 いませぬ」 も、又右衛リ 亠よ 「フーム」 「ご存知のごとく、われ等は亡父石舟斎の遺志を継承して「それゆえ、出来得れば、こんどの合戦で、大御所に、秀 頼さまを討たせたくはござらぬ」 ゆくつもりで、いまだにご加増その他、個人の恩義は固く 「なるほど : 辞して参りました」 「ここで秀頼さまを討たせたのでは、大御所のご理想とご 一、軍家に招かれて教え 「柳生は、徳川家の家臣ではない。将 めすっと : ・大御所もやはりありふれた天下盗人だ 参らす兵法の師 : : という誇りでござるな」 生涯に傷がつく : 「仰せの通り。そして、その誇りは、子孫は知らす、われった。それゆえ、最後には、手も足も出ぬ太閤の遺孤まで : と、そうしか解釈出米ぬのが、残 痛めつけて滅ばしこ・ 等の一生は貫きとおす覚悟でござる」 念ながら、今の大名衆でござる。みなみな、国盗りごっこ 「その又右衛門どのが、今度はどうやら合戦になる : しか知らすに育った斬奪り主義の人々ゆえ無理もない。そ と、ご覧なされた。合戦にも大小がござる。大きな戦にし こで、実は、信十郎どのに、とにかく白羽の矢を立てて参 て、天下万民の苦患と相成っては亡父のご遺志に違うこと った。如何でござろう。今からこの奥ヶ原を立退き、一族 : と、こ、つ仰 に : : : そこでわれ等にも徳川方へ味方せよ : を引きつれて大坂へご人城は下さるまいか」 せられる ? 」 たが、ならぬとい、フメドは、 376