セルの先で引き寄せた。 「はい。父の考え方が間違っているとは思いませぬが、し 幸村は、ここでもかくべっ顔いろは変えなかった。はじ かし、父が関ヶ原の戦のおりに、われ等と共々上田城にあ めから予期していたのかも知れない。 って、いまの将軍家の上洛をさえぎった : : : あのおりの賭 しばらくひっそりと考えて、それから全然別のことをい けとはいささか所存を異にしてござる」 い出した。 「ほう、すると、始めから大坂方へ加担など、考えたこと もないといわっしやるか : : いや、それならば安堵致した。 「兄伊豆守は、それがしが親書を封も切らすにお返しした 実はの、それがしは真田隠岐守に頼まれて、西の丸におわ わけを、誤解なされておわすようで」 す大御所のご意見も内々で訊いて参ったのじゃ。左衛門佐 「え何と仰せられる」 豊後は思わず、吸いかけたキセルを口から離して訊き返どのを大坂城に人れてはならぬ。この儀は、紀州の浅野 に、厳しく見張りを申し付けてあるゆえ、まず大丈夫とは 思うが、そなた参るならば呉々も、その儀を左衛門佐に伝 えてくれといわっしやった。つまり、大坂へ入らぬ代り 3 「お兄上が、お身を誤解なされて : : : ? 」 に、信濃の内において一万石下さる。それで兄弟仲よう、 重ねて訊ねる松倉豊後に、幸村はかすかに笑ってみせ泰平の世の治績をあげて見せてくれまいかと」 松倉豊後に一気にいわれて、再び幸村の頬には血がのば つ ) 0 「たぶんそれがしは、この世に戦は無くならぬという、父 の考え方に動かされ、大坂方に加わって大きな賭けに投じ 「お待ち下され。ご貴殿は、それがしの言葉の意味をお取 てゆく : そう申しはしませなんだか」 り違えなされておわすようじゃ」 「フーム」 「なに、言葉の意味を取り違えたと : 松倉豊後は癇性にキセルを叩いた。 「如何にも。それがしはお父上のごとく勝敗を賭けは致さ : とも、申しては 「すると、お身の考えは、そのようなものではない、といぬ。さりながら、大坂へお味方しない : わっしやる ? 」 居りませぬ」
彼は教権を手に入れたいとは希っても、日本を再び争乱 を依頼したと思わるるぞ ? 」 「それは、カルサドノを頂いて、世界の海に乗り出す日のの国にしたいと考える筈はなかった。 「すると、お身は、大坂のご城内で、江戸と大坂の間は、 ために : : と」 或いは戦になる : : : かも知れぬと感じとられたのじゃな」 「上総介どのを頂いてとは ? 」 「その通りでござる」 「将軍家は、何事によらす大御所さまのご意見で動きま ソテロは、又そっとあたりを見まわした。 す。しかし、大御所さまももうご年齢ゆえ、何時ご他界な ・ : いや、煽動者の入 「もし巧妙な煽動者があらわれたら : さるか知れませぬ。そのおりにはカルサドノを頂いて : りこむ隙がたぶんにある : : : そう思われたゆえ、あわてて 船を沈めることにしたのでござる」 さすがの伊達政宗も、そのあとは聞くに耐えなかった。 それでは、家康の死を待 0 て、将軍兄弟は抜きさしならな政宗は、頷く代わりに、こんどは庭先〈視線を転じた。 かっとう 何時か外は冷たい雨になっている。 い葛藤の中へ飛びこんでゆくことになる。 「それでわかった。だが、そうした大事な依頼を受けてい ながら、何故その後、大坂から戻ってこれを焼かれたの 政宗は、妙にわびしい可笑しさがこみあげた。政宗の眼 から見て、これはなるほどと感心するほどの「ーーー野心」 「それは、大坂のご城内でビスカイノが、あまり無神経な 放言をしたからでござる。このソテロには、大坂と江戸をなどは誰も持合せてはいないらしい。 ( みな、少々お人好しなのだ : ・ 戦わせたり、 将軍家とご舎弟を争わせたりする気は毛頭な ソテロの手の内もすっかり読めたし、大久保長安は、政 しかし船を石見守に渡したことが知れては、そうした 意志があったと解されても、いい解くすべがござりますま宗の方から注意して遠ざからねばならぬほど軽率な一面が あった。 し」 その長安や長安の背彼にある大久保忠隣が、何となく本 政宗はホッとして、大きく二三度頷いた。 多親子を煙たがっているというだけで、有馬晴信事件も、 どうやらこれはソテロの本心らしい 174
幸村は、間わず語りに、その覚悟を打ち明けてしまっても、大坂城の後家と遺児が哀れゆえ、これにお味方してや いる る覚といわれた」 わが身の栄達も、子孫の繁栄もふり切って大坂方へ味方「・ する : : : と、松倉豊後守にはひびくのだろう。 「たが、どうしていったい、ご貴殿は、大坂へ人鹹なさる 或いは、ここが人間の悲しいところかも知れない。人そぞ。宜しゅうござるか左衛門佐どの。紀州の浅野家では、 れそれが異った顔を持って生まれて来ているように、それすでに貴殿をきびしく監視致してござるぞ」 「それは充分 : それの考え方には他人を人れない個々の密室が存在する。 その意味では豊後は幸村の思想の部屋へは人りこめない人「いや、紀州家の監視だけならば或いは脱出も可能であろ 間だった。 う。もともと浅野家は豊家の縁類、或いはそれとなく見遁 してくれまいものでもあるまい : たが、ご貴殿は、こ ( これは、とんだ情の人だ ! ) 豊後はそう解釈した。いや、そう解釈しなければ、幸村こで大御所の秘命をおびてまいったそれがしの忠言までも もまた父の昌幸同様、百に一つか二つの大坂側の勝利に賭しりそけられた」 「その儀は何とも : ける大博奕打ちという答えになってくるからだった。 「そうなると、もう一度、それがしは左衛門佐どのを説か 「いや、それがしはよい。それがしは、左衛門佐どのはや ねばならぬ」 はり安房守どののお子であった : : : そう思えばそれで済 済まぬことが一つござるぞ」 豊後は豊後で、誠実な情において、幸村に劣る気はなかむ。が、 「、一」ギトり・ましよ、フなあ」 った。彼は膝の前のタバコ盆をおしのけるようにして、 「ご貴殿の考えには、始めから一つ、大きな考え落ちがあ「ござるとも ! われ等はこれより関東へ立ち帰って、と るよ、フに、い得るが々 . 扣であろ、つ ? 」 にかくこの儀を大御所に復命せねば相成らぬ。そこじゃ間 「考えおち : : ・・」 題は : : : 大御所はお身も申されたとおり、何とぞしてこの 「さよう。ご貴殿の覚はわかった , ご貴殿は、戦は避世から戦を無くしたいー この世を浄土にしたい想いで凝 けられぬものと見る。そして、必す敗れるとわかっていてりかたまっておわすお方じゃ。その大御所が、お身は大坂 308
そこで家康は言葉を切って、ジーツと灼きつくような視 線を又右衛門にからませた。 又右衛門はわずかに首をうごかした。 大仏開眼はまかりならぬ : : : ということは、大坂方で も、それが許せるほどに、治安の責任を持てという、対等 「時に又右衛門、わしは、この度心を決めたぞ。よいか の、わしはいままで秀頼どのを立てて却って潰していたよの武将としての謎に違いない。 その謎を秀頼が何と解くか : 家康にいい出されて、その時は、又右衛門宗矩も首を傾 たぶんそれは、大坂城を出て大和の郡山への移転を承諾 げて間い返した。 せよということになるのであろうが : 「立てて、却って潰すと仰せられますると ? 」 家康は、又右衛門が頷くと微かにニコリと笑ってみせ 「つまり子供扱いにしていたのじゃ。人間は鍛練以前に、 天賦の器量、天賦の運もあるものじゃ。それをわが思うま : これは、家康 「この謎を、秀頼どのが解くか解かぬか : まになるように錯覚しての : : : したが、 それは却って天に の手の届かぬ天意の機微と見ねばならぬ。そこで、わしは 対して怖れあり : : : そこで向後は大人として扱うのじゃ」 の、片桐且元にもよくそれを申してやったのだ」 「なるほど」 「大仏開眼はまかりならんと : 「いま、江戸と大坂の間には、両者の意志を超えたところ家康はコグリとした。 で、あやしい風雲が動きだしてしまっている。よいかの、 しかし、それ以上にその事には深人りせず、話は、万が 大仏開眼をこのまま許すとなると、これは驚天動地の大騒 一大坂を攻めねばならなくなったおりの備えに飛んだ。 動になるやも知れぬ。依って秀頼どのを大人と思い、強い 「秀頼どのの器量が、これを無事に乗り超え得るものなら て難題を持ちかける」 しかし、その昔のように、依然として大坂 ば問題はない。 城は難攻不落 : : : などという迷信を捨て切れす、騒動とも 「難題を」 なればその迷夢は覚ましてやらねばなるまい」 「そうじゃ。大仏開眼はまかりならんと」 そういったあとで、始めて家康は話の本筋に人っていっ 359
でも追うことの出来ないもので : : : 」 「ふーも」 「それを無理に弾圧してみてもまず成功は致しかねる : と、私はみるのでござりまする。それに一方を弾圧すれば 弾圧された方と国交は続けられますまい」 「それは、そういう理屈になるが : 「それゆえ、双方と円満な交易を望むとなれば、その双方 みだ の何れからも、国内を紊される原因になりそうなもの : つまり拠点にされそうなものを一掃しておいて掛るべきで は、こギ、りよす・き ( いか」 「その点、大御所は少々欲張っておいでなさる。大坂も可角倉与市の来訪の目的は、ただ情報を知らせるため : 愛がりたい。イスパニヤの物産も、イゲレスの金も儲けてというたけでは無さそうであった。 やろう : : : そうは参りませぬ。どれか一つは泣いて捨てね彼は、すでに一つの結論を持ってやって来ている。新教 : と、なれば、ご理想を追うためには、大坂を捨てね国側、旧教国側の双方と国交を維持し発展させてゆくため には、もう一段と国内の一体化の態勢を固めておく必要が ばならぬ : : : 大坂という弱点を抱えたままで、双方と交っ てゆきますと、そのうち、これが戦国への思いがけない火ある。 さもないと、旧教国側は大坂城に拠って、自分たちの勢 繩になりかねない : : : 実は、大坂城でこんどのことを見せ : というのであった。 られているうちにつくづくそれを考えさせられたので、早カ挽回を画策してゆくだろう : いや、それ以上の対策をすでに彼はロにしていた。 速翁の許へ参りましたので」 こうなれば、早急に秀頼を大坂城から他へ移して、旧教 光悦は、まだじっと与市を見つめ続ける。 角倉与市の口から、こんなことを聞こうとは思ってもい国側の見はじめた夢を打ち砕いておかねばならぬというの なかった。 ( そうか、双方と国交を維持するためには、国内の弱点を きれいに整理しておかねば : : : ) それは、光悦にとって、全く思いがけない一つの新しい 視角であった。 一期一会 ノ 49
うておわしたので、安房を敵に廻したかと、武者震いなさ 「恐れ入ってござる。実は、ここもと諸国からさまざまな 訪客がござるゆえ、偏りなくお断わり申して居るまでのこれたのだそうな」 とでごギ、る」 「ほう、すると大坂人城をご決意なされた : : : それで徳川 と、幸村ははじめて笑った。 家ゆかりの者とは会わぬお覚悟、という世評は違って居り 「まさか、それほどご小胆な大御所でもござりますまい。 ましたかの」 が、実のところ、大坂から参った使者も、父が亡くなって 「いかにも、世間のロに戸は立てられませぬ。さりなが いたと知ってがっかり致したようでござる」 「さようでござろうて。して、大坂からは何者が見えられ ら、亡父もわれ等も、兄伊豆守の並々ならぬ働きにより、 ・」 ! 真中の身ましたな」 ようやくこの地へ隠棲を許されたる世捨人 : : ・↑ 「はい。大野修理の内命を受けたと申し、渡辺内蔵助どの を想、フてのことでござる」 いったん上げると、幸村はもう隔意ない話ぶりで、松倉が見えました」 豊後守を座敷に通した。 幸村は、明るい表情で淡々と答えた。 豊後は座嗷へ入るとすぐに床の間と並んだ仏壇の前に坐 その話しぶりにも表情にも、何の隔意も苦渋も感じられ つ ) 0 ない。どこまでも大らかな友情にみちみちた応対に変わっ 如何にもそれが第一の目的でもあったかのごとく、香をていた。 供えて合掌瞑目していくのである。 十 「亡父も、さそ喜んで居ることと存する」 「左衛門佐どのの前じゃが、大坂の使者どもが、この九度「ところで左衛門佐どの、お身はお娘御を、伊達家の片倉 山を訪れたと耳になされて、大御所さまは顔いろ変えさせ トにに、、、麦継ぎのところへ縁付けられたそうでござるの」 られ、しばらく拳をふるわしておわしたそうな」 松倉豊後は、凡そ用向きとはかけ離れたところに話題を 「それは又、何故でござりましよう」 「お身を恐れたのではない。お父上はまた健在 : : : そう思 「如何にも、お世話下さるお方がござって」 303
は、一々、家康自身の生活経験に源をおく生きた流れであたところを見せておかねばならぬ」 っ一 0 そういった一言に政治臭があっただけで、その他は一 切、眼に入れても痛くない孫婿と祖父の感じであった。 城内の風紀の正し方。 、い日寸ました。 ; 、 カ幼ないお方二人を大坂へお遣わし 大坂市民のおさめ方。 健康法から、眠のとり方まで : : : それは相手に聞く気なされて、ご心配ではござりませぬかな」 。、なければ、かなりくどく、うるさい老婆心といってよか清正は、それに戯れ言で応じた。 「、ーー何が心配なものか : : : 何もそのようなタネは無かろ それなのに清正は、その都度涙が出そうになった。 と、ゆうても大坂では、福島正則が、兵一万をもっ ( 若君が、これほどくどく、男の愛情を押しつけられたこ て城下を固め、徳川家の侵人に備えている山にござります とがあったであろうか : : : ) 秀吉の生前はとにかく、それ以後は不思議な孤独の密林るが」 の中に抛り出されていったのではなかったろうか : とにかくこの会見は清正の眼から見て、申し分のない大家康は、入れ歯をはずし、ロをすばめて笑っていった。 福島正則にそうゆうてくれ。わが方は十二の義直と 成功であった。 十の頼宣が総大将じゃ。一万二万の軍勢では歯が立つまい 家康が老人の性癖をまる出しにして接していったという との、つ」 ことは、秀頼が、予期以上に、家康の気に叶ったというこ そういってから家康は声をおとして、 とで、両家の間に、これで大きなカスガイが打ち込まれた 「ーーそういえば左衛門太夫め、まだ戦ごっこをする気で 感じであった。 民治の方を怠るようなことはあるまいの」 家康は、いよいよ秀頼が辞去するときに、 それは家康の本心からの心配らしかった。 だいぶんに公家衆が秀頼どのをそねんでいる。それ そこで清正はまた戯れた。 ゆえ、今日の訪間答礼には、義直と頼宣を大坂へ赴かせる 「そのような正則に、五十万石もの大禄を下される。大御 ことにするからの、し義は正しく : : : 公家衆にきちんとし
は、何れ幕府が大坂を取り潰そうとする : : : これは動かす と、家康はその先を促した。 ことの出来ない政策なのだと知っていた : : かように申す「その噂が根付くとどうなると思うぞ又右衛門は」 ので」 。し。いうまでもなく大坂はご謀叛せねばならない破目 又右衛門は、重臣たちがギョッとして顔を見合わせるの に立ち到った : : という錯覚に陥いりまする」 を意識しながら、いよいよおたやかに話し続ける。 「はて、少々話が飛びすぎるようじゃの。それは又、どう 「長安はもともと豊家の家来ではない。しかし、天帝を裏してじゃな」 切るような信徒でもない。そこで、大御所さまのお側に三 「すでに長安は亡くなって、大御所さまのご側近は三浦安 浦安針が参りました時から、旧教の今日の危機を見通し、 針の一人舞台になった : : : その証拠に、イゲレス、オラン 恐れながら、越前の秀康さまとご相談なされて、忠輝公まダの使節は堂々と日本中を旅して歩き、江戸表にまでお屋 でお味方にしておいた : : かように申すのでございます」嗷拝領と決まったそうな : : いや、それだけでは切支丹旧 教の危機ではあっても大坂城の危機にはなりませぬ。それ 十三 ゆえ、ここで再び連判状を持ち出すわけで : : : 大久保長安 又右衛門の話が、あまりに淡々と、あまりに深く急所へは、今日あるを予見してあの血盟を結んでおいた。それに 触れて来るので、一座の人々は凍りついたように黙ってし不用意にも、秀頼公はじめ、大坂の重臣や側近たちも連署 している。長安の遺族が罰されたほどなのだから、当然こ 「この噂のまき手は仲々の痴れ者と存じます。長安が果たの連判状は将軍家か大御所のお手に入っている : : : とすれ ば、今日のこの会合などに致しましても、さしずめ、大坂 して何を考えていたか : : ? 当人はすでに死んでいま 征伐の軍評定と思い込ませる口実になりますわけで : : : 」 す。越前公にしても同じこと : ・・ : つまり死人にロなし : 「なるほどの」 これをよう計算に人れて、見覚えている連判状を巧みに生 「この噂を流した発頭人は、なかなかの痴れ者で、後々の かそうとする。こういわれますると、誰も彼も妖術にでも かかったようにそのような気になりまする」 騒動の根にするつもりで充分思案を重ねたものかと存じま 「それで : : : 」 6 8 2
いや、中 しておこうとしたわけで : 桐市正も、そして、明石掃部も、速水甲斐も しばらくして、光脱が、復習するようにいいかえすと、 にはの、こうした連中が、そうした事情を隠蔽しようとし 勝重は、あわてて手を振ってさえぎった。 て、淀の方に、大仏殿の再建を熱心にすすめていると申す これこれ、そう決ったようなことは申されるな。そ者さえある。つまり大仏再建のかげにかくれて、大坂城を うした噂がひろがっているゆえ、困ったものじゃと申したキリシタン旧教の拠点にしようと計ろうている : : : と、ま あ、こういうのが噂の裏付け : : : もっとも大坂城内には、 のじゃ」 ふーむ。すると大坂城内にポルトガルやイス。 ( ニヤ去年送り返した前フィリッビン太守のドン・ロドリゴ達の に味方して、オランダやイゲレス側に立つ大御所さまと一お礼に、セ・ハスチャン・ビスカイノ将軍というが今年日本 へやって来る : : : そんなことまで知っている者があって 戦してもよい : : : そう考えている人々が居りますわけで」 「ーー・そのことよ。つまり何事も天帝のためという : : : 熱の。それで噂を呼ぶわけじゃ。仮りに大坂城が南蛮人の拠 心なキリシタン信者が全く居らぬわけでもない。 この連中点になれば、イスパニヤ大王は何十挺も大砲を積んだ軍艦 : これが日本人だけの は、ポルトガルの宣教師どもが巧く取人ったら、そのようを続々日本へ向けて寄こすだろう : なことも考えかねまい・ : という答えが出てくるので困る噂ではなくて、そうするのが、イスパニヤ、ポルトガル : のじゃ」 : つまり南蛮人の常習手段なのだと、オランダ人も申して 。し子 / し 大坂城内に出人りしている宣教師は誰で居る。わしは決してそのままそれを鵜呑みには致して居ら ′」ざりまする」 ぬがの」 光悦どのにかくすこともあるまい。ポルロという神本阿弥光礎は、板倉勝重の人柄をよく知っている。決し 父じゃ。そしてな、色目で見ると、大坂城内の重臣どもていい加減なことのいえる人ではなく、たとえそれが噂で は、みなこの神父とかかわりあいを持っている」 あっても、そのため彼が心を痛めているのは事実 : : : と、 と : : どのような、かかわりあいでござりま判断して間違いなかった。 する」 「ーーーお許が都へ戻られると、実のところわしもホッとす 信者か、さもなければ後援者じゃ。織田有楽も、片る。茶屋にせよ、角倉与一にせよ、お許を人生の師と仰い
えます : : : そのような噂が立ってござりまするか」 幸村はおだやかに応じて、 「されば、上総介忠輝どのにお味方して来たのは、亡くな 「そう仰せらるれば、本多佐渡守正信どのが末子 : : : とい うより、上野介正純どののご末弟は、上杉家の直江山城ど った大久保長安、いま都にある大久保相模守、それに舅御 : この筋の人々が大坂に加担するやも知れぬ の伊達政宗 : ・ ののご養子になられたそうで : : : 」 「その事でござるよ。大御所さまは、何とそして今度のこという専らの噂で。そうなると大坂勢の指揮をとられる左 とを円満にとり鎮めたく思召されておわすが、周囲はそれ衛門佐どのとしては、ます伊達家としつかり根固めをして ししまにもお手切れにでもなるかのような噂をおかねばならぬ」 とは反対こ、、 「なるほど : : : そこで、伊達家の柱石、片倉どのヘ娘を縁 ひろめる : : : つまり、お身の娘御が片倉家へ嫁い 付けたとなりまするか」 だそれだけの事でも、噂はなかなか大きくなっての : : : 」 「ほう、それは初耳でござりまする。どのような噂が立っ 「そのことそのこと。そこでの、本多どの父子も捨ててお けず、早速上杉の家中へ手を廻して、上野介どのの末弟を て居りますので」 しよいよ父安房守の意志を直江山城が養子として送りこんだといわれている」 「されば : : : 真田左衛門佐は、、 継いで大坂へ入城、関東勢に対抗の肚を決めた。その証拠「上杉家を大坂方へ近づけては一大事というわけでござり まするな」 の縁組みであろうというわけじゃ」 「左衛門佐どの」 「これはとんた話で : : : しオし 、つこ、片倉家と、大坂方と何の 「何で、こギ、りまする」 かかわりがござるので」 「そこじゃ。今度の騒動の規模は大きい。ただ 切支丹信者「ここまで話が進んで参れば、お身は、それがしが何をい の早合点だけではなく、これに徳川家内部の御家騒動もかおうとしているかおわかりであろう。ズバリと申すが、如 らんでいる。片や松平上総介忠輝どの、片や将軍家 : : : と何であろう。大坂方へは味方はせぬ、天下の泰平を乱して いうわけでの」 はならぬゆえ : : : そう一つ、肚をお決めは下さるまいか の」 ・ : 」幸村は一笑した。 ついに本音を吐いて、松倉豊後は、出された煙草盆をキ 「人間というものは、話題の末にまで波瀾を好むものと見 304