「フーム。すると、そのお裁きはやはり、大久保石見守さ 「所司代さま、大久保石見守さまは、近ごろ少々あせり過 ぎている : : : とは、お思いになりませぬか」 勝重は、コクリとした。そして、思い直したように笑顔「あせり過ぎている : : : かも知れぬのう」 をつくり、 「私は、その石見守さまのあせりと、ビスカイノ将軍とや 「後味のわるいことでござる。これが原因で、本多父子と らの大坂城での放言とが、万が一にも、どこかで結びつい たら : : ふっとそれを想像したとたんに、じっとして居ら 大久保相模守が不仲にならねばよいと思うが : 「すると、やはり石見守さまが火点け役を買って出ましたれなくなったのござりまする」 わけで」 「石見守さまは小さな意趣遺恨でうごくような人柄ではな 「事の起りは、有馬修理太夫から本多上野介どのの許へ思 い。自分の出世を妨げられるのは好まぬ。その代わり、他 いがけない問い合わせがあっての : : : したが、その時に は、もう抜きさしならぬように、石見守が岡本大八を押え人の邪壓などしようとしない、われ人ともに喜びあって、 てあった。 : 大八は上野介の配下、助けてやりたい気持共に栄える : : : 陽気な生まれつきの人柄と見ています。そ もあったであろうが、どうにもならぬ。すっかり表沙汰にれが、近ごろ本来の性根と違う、気になることばかり致し なり、大八は火刑、修理太夫は石見守へお預けになって落ますのは、何のためでござりましようや ? 」 「本来の性根、と違うとは ? 」 着。石見守はとうに駿府の屋嗷からは引き揚げた筈でござ 「何でわざわざ本多さま父子を敵に廻すようなことをせね 板倉勝重は、それ以上、この間題にふれることを好まぬばならぬか ? 何で本家の娘を行衛不明にせねばならぬの もののよ、つに、 か ? 何で連判状を隠さねばならぬのか : 「して、その本家の娘御はご健在でしたかな」 光悦は、刺すような眼をして指をくり出した。 と、話をそらした。しかし光脱は答えない。 九 於こうの生死は私事、彼が勝重を訪ねるのは、つねにもう 板倉勝重も、説得力をもっ話術では他の追随を許さぬほ 一つの市井人の使命といった別の目的があるからだった。 160
するため、ここでは格別に励精なさるに違いない。 家康は、はじめて眼を開いて、こんどはきびしい視線 って、公儀のためにもよし、相模守ご自身のためにもよいを、正信の伜に据えた。 : こうして一応火の手を納めておいて、ゆるりと後図を やはり家康は、正純の才能を高く買っているからであろ 策するが順序かと存じまするが如何なものでござりましょ 「恐れながら、それがしならば、その中間を採りまする」 家康はしかし、まだ眼も開ず、 「中間とは ? 遠慮なく申してみよ」 「佐渡の意見は相わかった。次に酒井忠世は ? 」 「されば、大久保相模守を誤らせつつある者 : : : この主魁 0 ) ヾ、 いきなり間いかけられて、 オカこれには連累があった は申すまでもなく大久保長安 「同意致しかねまする」 : すでに長安は罰されましたことゆえ残りの者の責任を 忠世はキッパリと先ず賛否を口にした。 きびしく問い、この後で相模守を上方へ派遣するが上策か 「伊達の性根 : : : それは一応ここでは問わぬと致しましてと存じまする」 も、上方へ大久保相模守を遣わす件は不同意にござります る」 「その理由は ? 」 「なに、大久保長安に連累があったとそれは、いった 「相模守は、それでなくとも長老の自分をないがしろに致い誰のことじゃ」 すものと憤りを洩らして居るよし : : : それに上方の信徒鎮家康は、ちょっと解しかねるといったように首を傾げて 日ーし一込した。 圧など、佐渡どのの言葉にもあったごとく、これは皮肉に すぎるご下命・ : これでは相模守はいよいよ不信を深めま 「はい。信濃深志城 ( 松本 ) 主の石川康長め筑摩藩主の石 しよう。不信を抱く者を遣わしては、火に油を注ぐ結果に川康勝 : : : 」 いいかけて正純はふところから例の連判状の写しを取り なりかねませぬ。これは、むしろ、伊達陸奥守をお遣わし なされては : : : と存じまする」 出して家康の前にひろげていった。 「正純はどうじゃ。上野どのは」 「この通り、石川康長、石川康勝、更に宇和島の城主富田 276
ている矢先に、正信の口から忠隣の名が出て来たのだから 事を鎮める含みの筋かと心得まする」 正信の思いがけない発言で、一座はちょっと動揺した。驚くのも無理はなかった。 酒井忠世にせよ、水野忠元、青山忠俊にせよ、みな伊達しかし、この時も家康は黙っている。そうなると、まだ 政宗をそのように甘く見てはいなかったからであった。 正信の言葉をさえぎり得る者はなかった。 それどころか、彼等の眼には、大久保長安を煽動したの 「それがしの口から、大久保相模守を推す : : : ということ ち、忠輝を担ぎあげたのも、実はみな伊達政宗ではあるまで、ご不審に思われる方があるやも知れませぬ。事実、こ の正信は、近ごろの相模守どの所業は不央に存じて居りま いかという疑念が強く残っている。 しかし、家康が薄く眼を閉じたまま聞き人っているのする。さりながら私情と公儀の混同は許されませぬ。上方 に赴いて、不穏のきざしある信徒や大名どもを叱りつけ、 で、誰も口ははさみ得なかった。 「さて奥羽の地は陸奥守に一任となれば、関東から信越、また右大臣秀頼さまに正面から、抱かれた神父や宣教師、 またひそかに乱を狙う牢人信徒など、ことごとく吐き出さ 東海の地、これは江戸で充分に押え得るゆえ問題はないと かみがた して、大切なは上方にござりまする。この上方の鎮撫にあせて禍根を断ち得る者は、相模守をおいて他にあろうとは 2 たる者は、並大抵の者では叶いませぬ。と、申すは、すで思われませぬ」 そこまでいって、本多正信はちらりと将軍秀忠の方を見 に相当な信徒が右大臣秀頼さまの袖にすがって画策しだし ている。これを一掃出来るはどの重みと実力を持った者 : ・やった。 : となりますると、大久保相模守以外に人は無いかと心得秀忠は、凝然として陶器のように控えている。 かんみん 「或いは世間では、本多正信め、また政敵を皮肉な陥罠に まする」 追い込んだ : ・ ・ : などと噂する小才子があるやも知れませ 再び一座は声のないおどろきに打たれて息をのんだ。 ぬ。そのような悪評を歯にかけて逡巡すべきときではな 五 、。相模守は、伊達陸奥守同様、自身も信徒と思われてい それでなくともこんどの事件の背後には、大久保忠隣とることゆえ、この人の口から説かれることには説得力がご 本多正信父子の派闘の争いがからんでいる : : : そう思われざりまする。又相模守とても、今までの世間の疑惑を一掃
やはり正重の計らいは、一々又右衛門の思案の逆をゆく ものばかりであった。 とは、はじめから伊達どのに、石見守は疎んじられていた いや、敬遠されていたと解されるからでござります 「なるほど、陸奥守は用心深いからの」 「最後に、もう一つ二つお身に訊ねておいて、それがしは 「それに、伊達は当分領国は離れまいかと存じまする」 「何故であろう ? 」 江戸に発ちたい」 又右衛門は、つとめてさりげない口調で、 「ンテロを連れて参ったのも、あの地でビスカイノ将軍を 「お身は手廻しよく、女子衆の手紙まで将軍家にお渡しな歓待したのも、みな今日に備えての用心 : : : それがしには された。それで万一、大久保石見守の私曲は蔽うべからそのような気が致しまする」 ず、遺族一同極刑に処すべきもの : : : と決まったおりに おふなてがしら 「目下領国では桃生郡の雄勝浜で、将軍家の御船手頭向井 は、ご助命はなさらぬ気かの」 : はい。われ等の手の及ぶ事件ではござりませぬ」将監と力を協せ、大工八百人、鉄工七百人に人夫三千人を あつめて黒船を建造中でござりまする。これはこの事件が 服部正重は蒼白になって答えた。 「なるほど」 一切解決するまでは、出府は避ける口実になりますわけで」 「すると、お身は舅の大久保石見守に、松平上総介忠輝を 又右衛門は、すでに婿の正重が舅の私曲を動かぬものと 頂いて将軍にご謀叛する考えが、果たしてあったと思われ 信じているのを、確かめると、こんどは話題を変えた。 「この間題に、伊達陸奥守がご助カ下さるとは考えられまるや、無かったと思われるや ? 」 さりげなく、然し事件の核心にふれられて、服部正重は いかの。陸奥守はソテロまで助命されて領国へ伴ってゆか キッパリといってのけた。 れたが : ・ 「それは将軍家ご自身でご判断遊ばすこと。われ等はその 「その儀も、望みはござりますまいかと」 ご判断の資になる証拠の蒐集を致すばかりでござります 「理由は ? 」 「あれなる連判状に伊達の署名はござりませぬ。と申すこ 275
真田幸村の妻は西軍の謀将大谷吉継の娘であったが、兄うが、どうじゃな正信、お許の思案は ? 」 ~ 上田城主伊豆守信之の妻は、徳川家の四天王、本多平八 「されば、それがしはまだ右大臣にお会わせ申す時機では 忠勝の娘なのだ。したがってこの方は格別の間柄でもあない : と、存じまする。それよりは、所司代の板倉どの @ ので、みんなはそれでロを噤んだ。 と相談し、先すもって、騒動の根となりそうな信徒の処置 「どうじゃな。他に何そ耳新しい情報があったかな。無け : これが大切かと心得まする」 ばそろそろ評定に戻ろうぞ」 「騒擾の根になる信者どもをのう」 家康の声で、膳は下げられた。 「恐れながら、その第一は前田家に加判として登用され、 今までは雑談、これからは評定 : : : そのけじめをきちん 能登の地に三万石近い知行地を得ている南坊高山右近太大 J つける意味で、何れも上下の襟を正した。 と、同じく前田家に客将として身を寄せてある内藤飛騨守 「さて、大久保長安や切支丹信者の策謀と関わりありと思如安の追放こそ肝要かと心得まする」 ) れる者どもは処分し、大久保相模守を上方へ遣わすこと 「なるほどの、フ」 よでは決定したと思うが : 「内藤如安の知行は四千石と聞いて居りまするが、高山の 家康が口を切ると、将軍秀忠がそのあとを引き取った。 それを加えると四万石に近いものゆえ人費に不足はない道 「仰せのごとく相模守上方派遣は決定致しました。し か理 : : : 彼等から国内の信徒糾合の檄が飛びますると、恐れ 」、相模守に、どのような内意を授けて遣わすべきか、そながら、そのかみの一向一揆を想わす天下の大事になりか ~ 内容は充分吟味せねばならぬ。先ず第一番に、相模守をねませぬ。この方から先ず早急に手を打つべきかと心得ま 〈坂城に遣わすべきや否や ? 」 する」 そこでチラッと家康の方を見やって、 落ち着きはらった声でいって、ちらっと秀忠を見ていっ 「そのことから決めねばなりませぬ」 家康は大きく頷いた 十五 「では、それについて各自の意見を : : : 大坂へ遣わすとい , ことは、当然右大臣に会わすべきや否やという事になろ秀忠は、正信の視線に促されて家康を見やった。 っ ) 0
又右衛門は、この話を聞かされて少しもおどろかない顔「すると、すると、大坂方では、すでに戦備に入っている といわっしやるかツ」 ) けは覚えておこうと田 5 った。 その訊き方があまりに切迫していたので、 全然動じた様子のない顔は残念ながら家康のほかには一 もない。 「その儀ならば案ずるな、わしが手を打ってある」 ただ本多正信だけが、おどろいてはいたが、その愕きの家康は、軽くこれをたしなめた。 ハに、薄気味わるい静けさをたたえていた。 十四 挈、、フ、か 0 したが、その噂がすでに根付いたという証拠 : 何そ、他にあると申すか」 「手を打ってある : : : と、仰せられると」 「ござりまする」 忠世は、みんなの注意が、自分の質問に集中されている と又右衛門は、わざと微笑をうかべていった。 のを意識して家康に問い返した。 ー紀州の九度山に隠棲しある真田昌幸の許へ使者を差し立家康は、、 しよいよ ~ 爭もなげに、 、ました。大野修理と相談のうえ渡辺内蔵助が参りました 「その儀ならば伊豆守に命じてある。伊豆守は舎弟を、謀 2 でつで」 叛に加担させてはならぬ義理をわが家に持っている」 ーしかし、昌幸はすでに死んで居ろうが」 と、軽 / 、いった。 ー御意 : : : それで使者もびつくり致し、急いで立ち帰って そういわれると、忠世も頷いたし、一座している他の J の旨を告げましたので、それでは伜を迎えてはどうかと人々も頷いた。 、う議が、目下もつれて居るところではないかと存じま 信州上田の城主真田伊豆守信之は関ヶ原の役のおりに、 % はい。伜の幸村では頼りにならぬと申す者 : 西軍に味方した父安房守昌幸と弟の左衛門佐信繁 ( 幸村 ) 、にあらず、幸村こそは親まさりの軍師じゃと申すもの生命乞いをして家康に助けられている。 その義理があるので、こんどは家康が伊豆守信之に手を そこまでいったときに酒井忠世が顔いろを変えて又右衛廻して、信繁改め幸村に、軽々しく動くことないように説 」をさえぎった。 かせてあるという意味らしかった。
「して、その金銀をかたり取った方の岡本とやら申す者は 「これはわしが予言するのではない。日蓮上人の教えの中 にハッキリとあることじゃ。わざわざが身の野心のために 「これは石見守のこころ次第、火あぶりでも磔けにでも思 敵を作る : : : そのような愚かな鬼業の者が栄えてゆく世は しの : よといっていました」 闇の又闇・・・・ : そうか : ・・ : すると於こうも、ほんとうに殺さ 「本多さまの蒙る弱味は ? 」 れたのかも知れぬのう」 「そのような悪党を配下に持って、その悪事を知らずにい た : : : それだけで充分に、石見守に頭はあがらぬことにな気がつくと、光悦の眼の中に赤く涙がにじんでいた : ろ、フと・ 「なるほどのう。考えたようで考え足りぬ」 於みつは、これもしばらく無言で狭い庭を見ていた。 光悦は、簡単にかぶりを振った。 「これも、鬼は鬼ながら、愚かな鬼じゃ。というのは、本伏見奉行の小堀遠州に贈られたとかいう石燈籠を斜め陽 が二つに截ち割って屈折している。 多上野介と大久保石見守の職分の差を忘却してしまってい 「おじさま、私も、於こうさんは殺されたに違いないと思 います : : : それなのに、大久保石見守を憎めないなどと : ・ 「職分の差を : ・ : 済みませぬ」 「 ) て、フじゃ」 光悦は、それには応えようとせず、黙って又茶碗を拭い 光脱は、いかにもあっさりといってのけた。 だしている 「本多上野介は、当時大御所さまのお側にあって仕えてい ありし日の於こうの姿を臉の裏に描きながらの追應であ るのに、大久保石見守は、方々飛び歩くのがご信認の金山 奉行で総代官じゃ。鬼のいぬ間に本多さまにしてやられろうと於みつは思った。 「おじさま、いっそ私から、清次どのに話してみましよう る。毛を吹いて瑾を求める愚行とはこの事、そうしたこと 力」 はの、一切茶人の好まぬ小細工じゃ」 「何を : : : 茶屋どのに、話されるぞ」 「では、やはり、火点け殳は、そのうち火傷を致しましょ きず 756
どの達人だったが、光悦はそれ以上といえた。 も知れませぬが、人柄にもなく、本多様父子に挑戦する気 彼の話には刃物のような鋭さがあり、それが惨忍なまで になった : : : その原因を誰かがしかと究めておかぬと、大 えぐ に相手の胸を剔ってゆくのだ。 きな禍根のもとになりは致しますまいか。仮に今度のこと 「所司代さまも、旧教の宣教師たちからは一目も二目もおでは、本多様父子は黙って居りましても、やがてこれに仕 かれたお方でござります。彼等が本国への通信にはメアコ返しが加えられ、その又仕返しに、あの石見守が思案を凝 ( 都 ) の知事、イタクランドノ、と事毎に書かれて居りまらす : : : と、相成っては、もはやご側近は真二つ : : : そこ すそうな。そういうお方に説教がましいことを申し上げてへ、もしも : : : 不吉なことで恐縮ながら、大御所さまご他 は失礼ながら、将軍家ご側近に派閥が出来て二つに割れ、界遊ばす : : : というような事でも続きましては、誰がいっ それに、南蛮、紅毛の勢力争いがからんで参りますると、 たいこの綻びを縫い得ましようや。本多佐渡守さまは将軍 江戸と大坂を割ることなど、易々たるものに、なりは致し家の師父同様の顧間、大久保相模守さまはご大老格 : : : そ も , りや第、 ますまいか。いや、そうさせては一大事ゆえ、失礼ながられに大久保石見守さまは将軍家ご舎弟さまの傅役にござり 大御所さまは、あなた様を所司代として、すっとこの地に まする。これがめいめい思い思いの方向へ歩き出しまして お置きなさるのではござりますまいか」 は、二分どころか四分五裂、再び乱世になりゆくのでは 「これは恐れ入りました。まさにその通り」 と、ゾーツと全身が総毛立ってござりまする」 「と、ご承知ならば、やはり、大久保石見守さまのこんど 「相わかった ! 」 のやり方、もう少々、お気になされてもよいように存じま 相手があまりに熱心なので、板倉勝重は、いささか辟易 するが如何でござりましよ、フ」 したようであった。 「なるほど、いや、そうかも知れぬ。これは駿府の出来ご 「さほどご心配下さるのに、黙っていては不誠意に相成ろ と、われは都の所司代では、済まぬ事かも知れませぬな う。実は、それがしにも、満更所存が無いわけではござら あ」 ぬ」 「まことにご巓屓になれた申し分で恐縮ながら、大久保石「やはり : : : それは、そうでござりましようなあ」 見守さまが、柄にもなく : いや、これは少々いいすぎか「実は、われ等もそれを内々案じ、石見守の身辺は、成 161
忠輝が、連判状のことなど少しもこころに掛けていない長安どのに手落ちもあらば、本多父子は、得たりかしこし と大久保忠隣さま攻撃の材料になされましよう」 とわかると、花井遠江守は、ホッとしたり、逆に心配にな 花井遠江守は、自分の不安を必要以上に誇張して、 ったりした。 「私の案ずるのは、その一点にござりまする」 ( 風評のようなことは断じてない : そう思うと同時に、事実の如何にかかわらず、これが何「フーム」 と忠輝は、淡白に頷いた かに利用される場合もあるという不安であった。 「恐れながら、殿は、近ごろ大久保、本多の二宿老が、至「つまり、長安が病気で倒れた。そのおりに連判状が世に って不仲のよしの取沙汰、お耳になされてござりまする現われ、あらぬ噂が飛んでは、大久保忠隣が迷惑する : と、こう申すのだな」 力」 「というと、本多上野父子と、大久保忠隣がことか」 「これはしたり、若し、その連判状が、両者の争いのタネ 「御意にござりまする。世間の噂では両宿老、遠からず激にでも相成りましては、迷惑致すのは、相模守忠隣さまだ : など 突は避けられぬ。何れにも用心して加担するな : けではござりませぬ。殿のお名も出れば、大坂の秀頼さま と、専ら警戒してあるよしにござりまする」 も、越前のご先代秀康さまのお名前もみな出て参ります 「それとこの忠輝と何のかかわりがあると申すぞ。わしはる」 そなたに、長安が病状をたすねているのだ」 「よいよい。その時には、予が直々みなに説明してやるわ」 「恐れながら、遠江もそれにお答え申し上げているのでご ざります。大久保長安どのはご存知のとおり、大久保相模「何じゃ。おかしな顔をして」 「では念のために伺いまするが、この連判状を利用して宿 守忠隣さまご推挙によってご出世なされたものでござりま 老の一方を蹴落さんとして、若しもこれを大坂方と結んた する」 ご謀叛の連判状 : : : などといいふらされましたる節は、何 「あ、そのことか」 となさるご所存で」 「さよ、フに軽く仰せられず、よくお聞きとりを : ・・ : そし て、姓まで相模守より頂戴してあるほどの間柄、仮に何ぞ「なに、大坂とわれ等が結んで : : : 」
「と、この話はこのあたりにしておいて、さて、大久保石「火点け役を買って出ながら、何故火傷はすまい : 見守の行状をもう一度爼上にのせてみるとしよう。こなその者は申したのじゃ」 た、石見守が、ポルトガル船の焼き討ち事件に火点け役を 「はい。それは人一倍、悧巧だからでございましよう」 : たしかそう申したな」 買って出た : 「ほう、その悧巧は小割巧とわしは田 5 うが、それはさてお 「よ、 : そして、火点け役は、火傷はすまいと申し上げ き : : : 先す、どんな点が」 惲巧だと申したのじゃ」 士从した」 はい。ポルトガル船の焼き討ち事件 : : : これを抛ってお : と、見て 「その意味は ? よいか、石見守どのが鬼業、鬼行の人で くと、何れ火の粉がわが身の上にふりかかる : あれば、わしは、必す大火傷をするであろうといっているとって、間髪をいれず有馬さまも、そして有馬さまから金 銀をかたり取った岡本大八とやら申す曲者も、しつかりと のじゃぞ」 自分の屋敷に閉じ込めて裁判してゆく、抜かりない手筈の 於みつは、又ちょっと考えこんだ。 山にごギ、りまする」 いわれてみると確に、そういうことになるらしい。 5 「なるはど : : : すると自分のかかわり合った不都合だけ しかし、彼女が松十郎から受けた報告は違っていた。 は、大御所さまに洩れずに済むか」 「いいえ、それだけではなく、その岡本大八とやらを押え 「これは話が少々おかしくなったかの、しかし、火傷をすることで、反対派の本多上野介正純のロも封じられる : : これは光悦の動かぬ信念そう計算しての火点け役ゆえ、おそらく石見守の思いのま る者は必す火点けをした者と : : これは、 まになるであろう : : : 茶屋の探索掛はそのように申して居 じゃ。わが身の野心や欲のために、火を弄ぶ : 野心や欲のために兇器を弄ぶ者と同じ怪我をきっとしてゆりました」 「田 5 いの士きに・ : と、い、つと、有馬さまはど、つなると申 く : : : その因果応報の理は、やがてこなたにもわかる日が すのじゃ」 あるであろう。そこで石見守の話じゃが : 「たぶん、武将にあるまじき莫大な金銀の贈賄ゆえ、先ず 光悦は、一語々々を噛みしめるような口調でいって、三 は知行没取のうえ、お預けになるであろうと : 度び話をもとへ戻した。