考え - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 16
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1. 徳川家康 16

ておわす筈はない ! 」 淀の方の声は再び以前の甲高さに返った。 「それは上様のご本心ではない。ご本心である筈はないの すると千姫はまた、抗いもせずに、 「わらわも、そう思いまする」 冷たく澄んだ同意であった。 「えな、なんといわれたのじゃ」 「わらわも、そう思いまする。あれは、この於千を労ろう として仰せられたこと : : : あのようなことは仰せられぬが よいと田い、ました」 淀の方は眼を丸くしたまま息をのんだ。 千姫はべつに淀の方に反抗しようとしているのではない らしい。と、すると、いったい何を考え、何を思っている のであろうか ? 「於千どの ! 」 し」 「この母には、こなたの考えていることがようわからぬ こなたよ上莱 ; 、 。本カこなたを労ろうとして、わさわざここ へ、奥原豊政を呼んだと思うのか」 し」 「何のためじゃ何のために上様は、そなたをそのよう に労らねばならぬのじゃ」 「大御所の孫 : ・ : だからで、こさい寺 - しよ、つ」 「まあ ! こなたは、おそろしいことをハッキリと口にお しやる。大御所の孫とあれば敵の娘。憎むことはあっても 労るいわれはありますまい」 千姫は又ゆっくりと首を振った。 「でも、於千は、もう関東のことなど知りませぬ」 「それゆえ、哀れと思うて労る : ・・ : 」 いい一え」 「では、どうしたと申すのじゃ」 三度び声が高まりかけると、今度は千姫はゆっくりと、 入側に並んだ淀の方の従者たちへ視線を移した。 「お母上さまとこみ入った話がある。みなは、次の間へ退 っていやれ」 と、淀の方は眼をみはった。 千姫が姑の老女たちに、これほど悠揚とものの命じられ る大人になっていようとは : 「かし一士从、り - ました」 老女たちもびつくりしたらし、 しが、ここの主人は、こ の城の女主でもある。命じられては退るより他になかっ あるじ 160

2. 徳川家康 16

「そうじゃ。そしていろいろ世間話が出たのじゃが、い ま、ご城内では、飯米が足りぬで困っているそうな」 晴れ晴れとした表情でそういわれて、治長は思わず眉根 を寄せていった。 「何分にも、ロが、多うござりまするゆえ」 とうであろう、わらわから駿府の大御所に 「その事じゃ。。 時が時だけに、治長は、母が千姫のことを淀の方に洩ら頼んでみようと思うのじゃが」 治長は、あわてて淀の方を見直した。 したのに違いないと思った。 ( かくべっ戯れている様子もない ( 何ということ ! あれほど内証にと申してあったのに 何のことでござります 「それは : : : それは、いったい、 いま淀の方に間いかけられても、治長には答えようがなる ? 」 い。とにかくしばらく時をおき、改めて刑部卿の局に口を「大御所は、困ったこともあらば、われ等に相談せよと、 割らせる : : : そのうえでなければ、淀の方の質問をかわしわらわにも、上様にも懇々と申されてじゃ。戦のあとで米 の足りぬは常のこと。事情を話して頼んで見ようと思うが ようはないではないか : 如何であろ、つ」 舌打ちしながら、淀の方の居間へ出向いてみると、どう やら用件は、その事ではないらしく、 治長は唖然とした。 何も聞かせてなかった自分の罪を思うよりも、 「修理どの近う : 淀の方は上機嫌で、 ( よくも、こうまで : : : ) と、腹が立った。 「いま上様がお見えなされての、お戻りになったところな それどころか、彼の得ている情報では、家康も秀忠も、 のじゃ」 無理に濠を埋めたあとで、兵をかえして攻めて来る肚だと 精進の膳を片付けさせているところであった。 ある。 「上様がお見えなされましたか」 ( 何かある : : : 何かあるが、それを聞き出せぬ : : : ) 又一つ不快な重荷を背負わされて、治長はイライラしな がら詰所へ戻った。 と、間もなく淀の方からの呼び出しであった。 五 294

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めと存ずる」 っているのだ : 「少一しも日卞よ、つ : 再び政宗の頬から、寒風が血の気を奪い去った。 「さよう。そのため政宗は、右府さまご側近の者共へ早々 それでなくとも、豪放な気性の舎弟、忠輝の舅として、 にお国替えを申し出るよう、手蔓を求めてあれこれとおす 秀忠はどこか感情のうえで政宗を煙たく思っているに違い なかった。 すめ申す : : : と、これだけ申し上げておいて頂きたい。さ それが、或る時点で、ある事件に疑惑を覚えたしたとしすれば出る膿は出だすでござろう。ご賢明な将軍家じゃ。 たら、その発展は怖るべき方向へひろがり出してゆくであそれだけで充分ご賢察 : : : では、この儀、しかと頼みまし ろう たそ」 そこで再び又、風のように身を翻した。 ( そうか : : : ) そっと笠に手をかけてうしろを振り返ってみると、柳の こんどは宗矩もハッとしたようだった。 しうまでもなく、豊家 下に立って、また宗矩はこっちを見送っているではないか事件を早急に片付ける : : : とは、、 の片をつけよということ : : : その急先鋒が伊達政宗 : : : そ 伊達政宗はニタリと片頬へ笑いを刻むと、そのまま、すう秀忠に思わせておくための細心な彼の用意であった。 たすたと先刻の壕端へ引っ返した。 柳生宗矩も寄って来た。相変わらず、ニコニコと陰のな 理想と惰勢 い微笑をうかべている。 「何ぞ、お忘れものでもなさりましたか」 政宗はそれには答えず、 「将軍家へ、そこ許から内々で申し上げておいて頂きたい 大坂城の外構えの取りこわしから、外壕内壕の埋立てが、 ことがある」 城内で問題になりだしたのは正月に人ってからであった。 「ほ、つ、何で′」さいこましよ、つ」 ー家百年の御為埋立奉行は松平下総守忠明を先頭に立てて、本多忠勝の 「この騒動、少しも早よう片付けるが、徳月 251

4. 徳川家康 16

ったのであったな」 「ーーー和議のことで真田に相談しても仕方がない : 「仰せのとおりで」 彼がどのような思案を重ねたあとで人城して来たか 相手は、再び噛みつくような眼になった。 そこまで深く知ってはいまい。その癖、彼が和議に同意し 幸村は眼の前がまっ暗になった気がした。 ないという事だけは無言のうちに感じとっていたと見え 秀頼に抗戦をすすめたのは幸村ではない。 しかし、若しる。 幸村が相談されていたとしたら、確かにそれをやってのけ事実相談されたら彼はハッキリ反対したであろう。家康 たに違いない。 が老年ゆえ、早晩死ぬであろうなどという計算は児戯に類 する。若い秀頼だとて、何時大砲の餌食にならないもので 伊木七郎右衛門がまたおだやかに口を開いた。 「それがしは、この者とお許しも得ずに取引しました。こもなし、秀忠が流れ弾にあたらぬものでもない。戦争とい うものは、そうした常識や常態の計算を超えたところに生 の者の生命、このままお助け願わしゅう」 幸村は黙って、もう一度空を見上げた。霧が出て来たせきている。 いであろう。焜の余映は大きく頭上にかぶさり、それはい といって、今の場合、幸村にいったい何が出来るという いようもなく美しい桃いろの夜明けを連想させるひろがりのだろう ? になっていた。 この真田丸から前田勢一万二千のわきを駆けぬけ、秀忠 の本陣へ斬りこむか : : : それとも黙って和議の成り行きに 従、つ、か : 女性陣 前者を選べばおそらく秀忠の本陣へ達したあたりで全滅 であろうし、後者を選べば、彼の入城して来た意味は、永 遠に霧の底へ没し去ってゆくだろう : 彼は堺の刺客幸兵衛を笑って許してやると、その夜は朝 結局幸村は、いまの大坂城内では完全に異端者にされてまで迷い続けた。 しまっている。 あけ方になって堺の火勢はおとろえ、夜が明けてみる こん 213

5. 徳川家康 16

方に戦意を抛棄させるのが目的だと説かれているからであ 「大将共では話にならず、右大臣自身でも、どうにもなるつこ。 ( 果たして大砲を据えるだけで、ご母公が戦いをあきらめ ここで和議を申し出て、城内をまとめ得るものは、 てくれるかど、つか : お袋どのただ一人じゃ」 若し、それが逆に戦意を煽る結果になったら、この砲座 「その儀は : : : 承ってござりまする」 から発射される大砲の弾丸で、豊太閣自慢の大天守は、む 「そのお袋 : : : つまり淀のお方に、このような大筒を射ち : いや、ただ建 こまれてはもう勝てぬ : : : そう思わせると和議がととのざんに首を吹きとばされることになろう : 物だけが破壊されるというのではなく、そこに蓄積されて う。そのための砲座ゆえ、これはあながち殺生のため : いる煙硝や武器とともに、おびただしい人命もまた失われ とばかりは限らぬ仕事じゃ。どうじゃな、引き受けてはく てゆくに違いない : 、れ亠まいカな」 ( その失われてゆく人命の中に、若君やご母公があったと 家康はもう一度おだやかにいって、 したらどうなろ、フか : 「よいか将軍も知らぬことじゃぞ」 中井大和は、肚の底から家康が怖ろしくなった。 と、念をおした。 中井大和守が、無言で平伏したのは、それから二、三十彼は、大砲が「国崩しーー、」と呼ばれていることは聞い ていたが、まだその威力を眼のあたりに見たことはなかっ 秒ほどしてからだった : 四 「これを放てば、どのような堅固な城塞も、いちどに崩れ おちるそうで : ・・ : 」 中井大和は出来得ればことわりたかったのに違いない。 しかし家康のおたやかな言葉の裏には、それを許さぬ重止むなく引き受ける旨の一礼をしたあとで、中井大和は 怖えたよ、つにしし みがあった。 「相成るべくは、それを射っことなく、この戦の終わるこ 砲座は高々と建てさせても、それを射つのが目的ではな そこに大きな砲口を据えて見せることに依 0 て、淀のとを祈るはかりにござりまする」 183

6. 徳川家康 16

よみ 秀頼がいま戦に突入しようとして、かっての日の茶々姫 ・ : 黄泉へ連れ立とうそ」 か案じたように、その母の身を案じない筈はなかった。 いったあとで、さすがに淀の方は気を取りなおした。 ところが、その母を、それとなく千姫や豊政に頼むぞと 「これは何としたこと , まだ戦にもならぬうちから不吉 いったとすれば、千姫との間の情は傷つけられるに違いな な涙 : : : さ、こうなったらみな心を一つにし、上様を助け つ ) 0 、刀ナ′ て戦い勝とうそ。勝てばそれでよいではないか」 北の庄の落城のおりに、茶々がどのようにすすめてみて「はい」 も母が城を出なか 0 たのは、夫に殉する妻の愛情からであ「さ、涙をお拭きなされ。せつかくの眉目よい顔がむそう っこ 0 なろうそ」 今そのおりの祖母の悲しみが、その孫の千姫の上に、同「はい じ形でおとずれようとしている。 千姫にとっては、それはみじんも嘘のないことだった。 「すると於千どのは、この母は奥原に頼んで助けてもよおそらく彼女が秀頼の妻ではなくて、妹であったとして しか、こなたは上様とともに死にた、 ・ : 万一のおりのも、こうした戦で兄を見捨てて生きる気など、みじんも無 ことじゃ。万一のおりには、そうしたいといわれるのか」 かったに違いない 千姫が泣きやむのを待って、そっと耳許で囁くと、 ( 兄の不幸は、わが身の不幸 : : : ) 迷うことなく共に戦っていったであろう。 千姫は、ハッキリと答えて顔をあげた。 それが、そうした感情のうえに、更に、夫婦の愛がから 「わらわには、ずっと共に育てられた上様と別れて生きるんでいる : : : したがって、奥原信十郎豊政の、どんなこと があっても助けよ、フ : ことなど思いも寄りませぬ。引き離されたら死にまする」 : とする使命の難さが思いやられ 「わかったー ようわかった。この母じゃとてみな、あれる。 これと経て来た道じゃ。そのおりにはのう、この母もひと りで助かることなど考えまい。秀頼どのもこなたも、みな : こ、つして 愛おしいわが子じやほどに、三人しつかりと : 163

7. 徳川家康 16

わった。 三度び言葉をかけられて、千姫ははじめて視線を良人に この気品はしかし、世のつねの明るさにはつながらなか移すと小さく首を振ってみせた。 「わらわにはわかりませぬ」 何者も近づけない、冷たい無心さをただよわせ、何時も 「なにわからぬ : : : と、申すと、信じられぬ男という その眸は虚空に向けられているかに見えた。 一」とか」 また、千姫は首を振った。 或いはそうした近よりがたい冷たさと静かさが、どこか で秀頼の感情を圧迫するのかも知れない それはどこまでも正直な彼女の告白に違いない。彼女の 近ごろの秀頼は、二人だけになると何時も千姫の機嫌を身辺にいるものは、つねに女性で、世のつねの男たちが何 とろうとするかのようなところが見えた。 を考え、何を目あてに生きているかなど、しんけんに考え 「お方は、あの豊政を何と見るそ。予は、信じられる男 : てみれば見るほどわからなかったのだ : : と、思うのだが」 しかし、秀頼はそうは受け取らなかった。 千姫は、そう話しかけられても、まだ視線を良人のうえ 「お方は何ぞ怒っているらしいの。いや、無理もないの に戻さなかった。 だ。この城では、今、ロを開くと関東の悪口じゃ。お方に 決して、反撥しているのではない。いや、むしろ東西のとっては聞くにたえまい。誰しも父祖を悪しざまに罵られ てよろこぶ者はないからの」 間の険悪さが、そのままこの城に持ちこまれて来てからは、 逆に良人を見失うまいとして努めて来ているようであっ すると千姫ははじめて悲しそうに眸を伏せてため息す る。 「なぜ答えないのた。豊政は、大御所がつねに秀頼を愛お伏せた眸の中にいつばい露が宿っていた。 しんでいると申した。予もまたそんな気がしてならぬの 「なんじゃ : : : 泣いているのかお方は ? 」 また千姫はゆっくりと首を振った。 「わらわはもう、大御所も将軍も、よう覚えては居りませ ぬ」 「お方の感じでは、どうじゃ豊政は ? 」 7 49

8. 徳川家康 16

堤も道路も壊すに任せ、大坂勢が引き揚げてゆくのを待 のりひさ った。そして、引き揚げてゆくと同時に、松平乗寿の美濃 衆と、急遽広島から上洛して来た福島正則の子の忠勝に命 じて、 もとのままに修復しておくよ、フに」 そう命じたたけで、まだ先鋒の藤堂高虎に戦闘は許さな かったとい、つ : その頃から秀頼は、家康が何を考えているのかと、大き な疑惑を感じださずにいられなかった。 彼が、大野兄弟や、主戦派の者たちに聞かされている戦 は、そのように手ぬるいものではない筈たった。 家康は関ヶ原以来、どうして豊家を攻め滅ばしてやろう かと、つねに牙を研いでいた。そして、それがついに今度 の大仏供養で、その好機にめぐりあったのた。したがっ 大坂方では、いよいよ家康が天王寺のあたりに陣をすすて、家康の二条城到着以前に猛烈な攻鹹戦が開始され、家 め、速戦即決の勢いで攻城にとりかかるであろうと見てい康の到着時には、すでに華々しい幾多の手柄が立てられ ひらかた た。そこで河内の出口村の堤を決潰させ、枚方付近の通路て、血をたぎらせている筈であった。 の妨害を計ったのは十月の末であった。 ところが、二条城についた家康は、故意に開戦をのばそ うとしている様子が見える。 しかに籠城と決定したとはいえ、あまりに相手に思いの ままに振る舞わせたのでは大坂市民の思惑もいかがかと、 それについて叔母の常高院はこういった。 その健在ぶりを示すための最初の出撃であった。が、なぜ「ー、・・・・大御所は、上様がお可愛ゆくてならぬのでござりま か家康はこれを相手にしなかった。 する。それゆえ、将軍家の軍勢にも、急くな、急くなと、 戦争と平和の巻 老虎と鷹 136

9. 徳川家康 16

と、大助に紙片を出して渡した。大助は黙ってそれに眠「父はな、わざわざ地上に乱を好むものではない。実はそ の逆かも知れぬ」 を通して、 「では、泰平を、守りぬくためにご入城 : : : 」 ( 父は、もう、ここまで考えて居られたのか ) 眼ざすところは泰平かも知れぬが、や がっかりしたような、頼もしいような感じで、それをそ「そうではない , ることは戦だの。よいか、この世にそう易々と泰平など続 のまま昌栄坊に渡していった。 くものではない : : と、父は見るのだ。したがって、ほん 「お父上のなさることに無駄はない。招きおちはないよう : しかし、ご苦労だの、帰ったばかりの足で : : : 」 とうの価値ある泰平をめざす者は、時々これを戦というふ 昌栄坊はニャニヤと笑った。 るいにかけて揉んでやるのだ : : : 何のために : : : それは、 「その方が宜しゅうござりましよう。私が旅から帰って、 人間がの、もっともっと真剣に、純粋に、必死の努力をす それからあわてて別れのご招待 : : : と、なった方が、風雲るのでなければ、泰平は護れぬものだということを知らし 急を告げた感じになりますわけで : : : 」 めるためじゃ」 そういうと自分でも招待先を一々うなすきながら見てい そこまでいって幸村は苦笑した。 大助の眼は大きく見張られ、唇までがゆるんでいたが、 「では仰せの通りに回りまする」 それがハッキリと肚に入った顔ではなかった。 そのまま笠を持ち添えて出ていった。 ( やはり、無理か : 「大助 : : : 誰も聞いて居るものはないようじゃな」 大助は戦乱を知らない子なのだ。戦乱を知らない子に、 「え : : : あ、ござりませぬ。みなみなまだ畠でござりますどうして泰平の大切さがわかろうか : : : そこで神仏は、時 る」 おり人間に戦をさせては反省を強いてくる : : : と、それ 「実はさっきのこなたの間い : : 答えてやろうにも答えら が、幸村やその父昌幸の戦に対する考え方ではなかったの れぬ部分があった。よいか、今もそれは答えられぬ。それ ゆえ申し聞かすのだ」 : まあよい大助、とにかく父はの、大坂城へ入っ 「よ、ツ たらしんけんに戦う気じゃ。勝敗は忘れての。と申したと

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これが家康ならば、片桐兄弟の出てゆく前に、淀の方も 違いは今では治長に断ちがたい女の愛情で繋がれてしまっ ている : : : 有楽はそれを云っているのに違いなかった。 秀頼も、すすんで躾けようとしたであろうが、有楽にそれ を求めるのは無理であった。 豊家における有楽の位置は、家老でもなければ重臣でも ない。ロうるさい一人の食客にすぎなかったのだ : 「そうか。男と女子とはそのようなものか」 家康は、ふっと築山どのの面影を瞼に描いて、あわてて「すると、おぬしは、今大坂を動かすものは、秀頼でもな くお袋でもなく、お袋の情夫の修理。その修理を今度の戦 居ずまいを正していった。 「お袋のことはそれでわかった。で、右府の方はどうなるの相手と見るのじゃな」 のじゃ。右府には城を出るだけの決断はつかぬものと見切有楽は再び皮肉に唇をゆがめて、 「寺 ( さか・ ったのか」 有楽はその時だけは悲しげな眼になった。 と、冷笑していった。 「それも、大御所はようご存じの筈 : : : その時々の男に惚「相手は、その修理の不見識と優柔不断につながれて、行 れて、身をこがしたり争ったりしている寡婦の子が : : : そき場を無くして追い詰められた狼ども : : : 何を仕出かすか の寡婦のご機嫌ばかり取り結ばうとしている女どもの中でわからぬゆえ有楽は、こうして逃げて来たのでござります 育っ : : : 」 る」 そこまでいって首を振って、 「有楽斎 ! 」 「残念ながらこの有楽、見捨てたのではなくて、頼られた 家康の声が急に尖った。 「お許は、お許ですら危のうて居られぬ大坂城へ、お袋も ことが一度もない。豊家の運命は、片桐兄弟を追った時に 右府も残して逃げて参った薄情者 : : : その汚名は覚悟の前 決まっていったようで」 だと申すのだな」 家康は、ジリジリしたが有楽を叱るキツかけは掴めなか 「これはしたり」 有楽はあっさりと受け流した。 ( さすがにこ奴は、眼が見える : : : ) つ」 0 335