に、彼は事情を秀頼に報告しに行ったのに違いない。 どという隙だらけの和議であった。 秀頼には、まだ「ーー城を枕に」の決意はない。いや そのような御都合主義の和議を、戦好きの武神の悪霊が 冬の陣のおりには誰よりもはげしく、この若さを剥き出し見のがしておくものではない。 てみせたのだが、それは、淀の方や常高院以下の「ー・・・・母「 ここにこそ戦わせる隙があったそ ! 」 性の心」に押しきられた。 悪霊たちは歓呼をあげて、野心や、私慾や怖えや意地や そしていったん和議を結んでみると、そのかみの闘志はに劫火を放けてまわってゆく 消えて、無限にひろい懐疑の海にさまよいだしたようであ そうなると幸村は、哀しくもあったが、おかしくもあっ っ一 ) 0 ( 上様を動かし得るものは木村長門 : : : ) ( ーーーそれ見よ。戦などというものは、そう容易に無くな 真田幸村は、そう察して、わざわざ追い詰められた大坂る性質のものではあるまい ) の、ギリギリの姿を露わにしてみせたのだ。そうなると、 しかし、ここではそうした皮肉を楽しむつもりはなかっ 木村重成がじっとしていないことも察していたし、紊れ勝 ちな諸将の心が決まってゆくのも見透していた。 片桐且元の去った後、とにかく一つの見識だった織田有 ( 何れにせよこのままでは済まぬことだ : 楽斎 : : : その有楽斎も城を捨ててしまったのだ。 すでに和議を成立させた以上は無条件で、関東のなすが そうなると、押し寄せる関東勢の前に大坂方は首のない ままになるべきだった。 胴体をさらしてそのまま蹂躙される結果になろう。いや、 「ー—豊家大切 ! 」 そうなると道を、みずから選んで進んで来た責任者の大野 それが目的のすべてならば、みじんも不平がましい態度治長は、いまも重荷に押しつぶされようとして、まっ蒼な 顔を幸村の眼の前に晒している。 など示してよいものではない。 「修理どの」 ところが、そこまで深く考えて結んだ和議ではなかっ 治房と道大とが、七手組や寄合衆の諸将を呼びに立って た。その場の不利に引きずられ、つまらぬ意地に謀略を交 : なゆくと、幸村は、もう一つだけ、治長に覚悟をうながして えて、長びかせておくうちには家康が死ぬであろう : 3 2
子の忠政、同じく本多の別家の康紀という生ッ粋の譜代揃しかもそうなると、彼等は滑嶹なまでに無計算でお人好 しぶりを露呈した。 いなのだから、彼等が、どのような敵意と反感で、これに 当たっているかは想像出来よう。 和議が成立すれば、当然次に来るものは解雇である。 それに、家康の懐刀といわれている実力者、本多正純、が、彼等はその前に、何程かの手当金を支給され、それを 成瀬正成、安藤直次の三人が陰に陽に彼等をうしろから煽懐中にして、久しぶりに城外へ出て遊びたいということら しかった。 っていた。 この三人も家康の、「天を相手にする : : : 」といった形言葉でいえば「ー・・。・籠城の欝を散する : : : 」というのだ が、その実は烏合の衆の哀れさが、あらわに出て来たとい の思案には、内心あきたらなさを覚えている。 「ーーー人間がみな大御所のように出来上がった仏さまならうことだった。 ばとにか / 、、 和議が成立するものならば、何もあわてて戦って、二つ 大坂へ集まった連中は、よりすぐりの狼ども とない生命をおとすには当たらない。それよりは、早く手 その狼どもが、和議成立の祝酒に酔っている間に、さっ当を貰ってノビノビと城外の空気を吸ってみたい。 もともと窮屈な主取りから開放されて、牢人暮らしの気 さと埋めるものは埋めてしまわなければならぬぞ : : : それ が彼等の偽りない気持ちであった。 楽さになじんで来ている人々の籠城なのだ。いったん惰気 がきざしだすと、全く他愛のないものだった。 事実また、和議の成立前後から、これ等牢人どもの士気 は、徳川家の譜代の者の眼にはおかしいほどにダレ切った城内ではそうした彼等に、御酒下されのあとで、それぞ れ何程かの手当金の支給があった。そうなると、彼等は先 乱れを見せていた。 真田幸村、後藤基次等は、熱心に秀頼の尻をたたいて抗を争って外出し、そのため歳末の大坂は、時ならぬ賑わい 戦しようとしているのだが、例の大砲を打ちかけられた頃を呈していった。無計算な人間の欝屈は、当然酒と女をめ ざしてゆくより他にないからだった。 から、もう城内の大勢は完全に戦意を失って見えた。 埋立奉行や、本多、成瀬、安藤などはその心理の間隙を ( ーーーどうせ和議ー よ結ばれる・ : ・ : ) 見事についたのた。 と、感じたからであろう。 2 2
る。しかしわらわはそうは思わぬ。いいえ ! わらわの眼 たときに、 がもしも狂っていたら : : : その時にはこの母が、まっ先に 「上様のおっしやることはそれだけか」 幸村がいちばん気にかけていた女性の発言になってしま敵対して死のうほどにここでは和議を結んでたもれ , 一 これは又、秀頼以上に赤裸々な母の計算、母の感情に なってしまった。 「みなの者、よう聞かれたであろう」 「よいか。関東では、所替えはせぬといわれる。わらわを 淀の方の声はあやしく粘って、みんなの頭上へ流れてい 質にもせぬといわれる。所領も削らす、家臣は新旧ともに 「上様の仰せのとおり、この和議をすすめたはわらわなのお構いなしといわれる。それに、これ、このように千姫ど のもこの城に預かってあることゆえ、みなみな異議は申す まいぞ : : : いや、わらわの眼に狂いがあって、この和議が おそらく取り乱したわが子の弁護をしてやりたい母の心 に違いない。それにしても当時の女性としてはあまりに出味方の損 : : : と決まったおりには、先ずわらわを斬るがよ い。わらわとて、意地もあれば誇りもある女子ぞ : : : 」 過ぎた発言だった。 「上様はな、情に弱いお方なのじゃ。それゆえ、みなのた 七 めに死のうといわれる。だが、それはみなを愛おしんで、 却ってみなを裏切ることになる。みながこの城に入って戦幸村は聞いているのが苦しくなった。 うてくれたのは、上様を太閤殿下のお子として、立派に生淀の方はみじんも嘘はいっていない。 母として、わが子の生命を救いたいの一心で、牝獅子の かそ、フためなのじゃ : : : そ、つであろうが」 ように奮い立っている いっているうちに、眼は血走り、声はいよいよ高くなっ しかし、それは、どこまでも牝獅子自身の計算で、ここ 「その、みなの心を忘れて死に急ぐは不都合ゆえ、この母に集まった人々の計算ではなかった。 : よいか、みなよう覚えていてくれるよ が和議を計った・ ここに集まった人々が、いま考えているのは、果たして うに : : : 上様は関東方には一片の情けもないといい張られ「ーー秀頼一人の無事」たけであろうか。 つ ) 0 つ ) 0 221
「本日、評定のあとで、有楽斎どのと大野どののお伜二人 と、もう幾筋かの淡い煙に変わり、見はるかす茶窘山から が人質として、茶磨山に送りとどけられる由にござります 大王寺へかけての敵陣の旗の波は昨日のままであった。 昨夜の大砲はどうやら前田の陣から放たれたものらしる」 「そこまでもう決まったか」 越前の松平忠直の陣と、前田利常の陣にいちばん活気 が感じられる。 「はい。昨夜京極忠高どのの陣屋で、常高院さまが阿茶の 局とご交渉中に、あの騒ぎ : : : それでご母公は、激怒なさ 「どうだな、総攻撃の気配はないかな」 総攻撃となれば、和議は破れたのであり、その気配が無れたそうにござりまする」 「和議の条件を、常高院と阿茶の局で : : : 」 いとなれば昨夜の争いで、秀頼はついに母に譲ったことに なる。 「変われば変わるものでござりまするなあ。近ごろは女性 いや、幸村はもう、和議。 よ成ると直感していた。それだの方が強くなりました」 幸村は一寸箸をおいて遠くを見る眼になったが、すぐ又 けに、伜の大助が入って来ると、そのまま仮屋へ引き取っ その眼を陣中弁当の中におとした。 てまどろんだ。 「そうか、女子衆がのう : 夜が明けてから眠る癖は習いとなって、あたりの物音は 気にならない。約一刻半、ぐっすりと眠って眼ざめると、 改めて情報を蒐めて来た伊木七郎右衛門が、彼の眼ざめを 幸村は、この戦を「男の意地ーー」にかけていた。とこ 待っていた。 ろが、それは、泰平を希う女たちの動きにあっさりと仕切 「間もなく、右府さまからお召しの使いが参りましよう。 られた形になった。 和議に一決したようでござりまするゆえ」 伊木七郎右衛門は、わざと幸村の顔を見ないようにし ( 家康というは、おそろしい : あれだけの大軍を思いのままに激昻させて動かしなが て、自分も軽卒の運んで来た弁当のふたを取った。 幸村は黙って、床几にかけると、先す麦湯をふくんでそら、その裏で男たちを動かす、女の存在を忘れていなかっ れから箸をとりあげた。 214
十四歳になろうとしていること故、いったん駿府に引き揚 「和議と決まったのです ! 」 げれば、再び起っことは先すあるまい。大御所が亡くなれ と、先すいった。 ば、諸侯の思案もがらりと変わる。それまで待つがご賢明 「そ、それで、汕断しているところへ火をつけられた」 : そう申したのであったな」 そのあとを七郎右衛門は軽く引き取った。 : はい。その事を、右府さまはお聞き人れなかった 「堺の町人衆は、戦火の波及をおそれて、前々から戦の成「は : が、ご母公さまは : り行きをくわしく探っていたそうにござりまする。そうで あったな」 「そうであったの。そこでご母公さまは、後藤庄三郎をも って大御所の許へひそかにその旨通じさせた : : : つまり右 : はい。その通りで」 「ご城内では織田有楽斎どのの発起で和議の議が起こっ府の身の安全が保証されるとならば和を結んでもよいと : た。そう申したな」 「よ、 0 しかし、右府さまはそれをお信じなさらず、これ「そ、そ、その通りにござりまする」 は、大御所の方から出たものとしてご反対 : : : そこで有楽「それを聞かれると大御所も動きだされた。早速本多正純 斎さまは、ご母公さまを動かされた : : : その順序はくわし にお命じなされて、二条城にある阿茶の局を伴わせ、二人 く探ってござりまする」 で京極忠高の陣屋におもむき、忠高をして大坂城内から母 相手が時々どもりながら、そこまでいうと、伊木七郎右の常高院を呼び出させた : 衛門は、その後を引き取ってもう幸兵衛に口を利かせなか 七郎右衛門はそこで眼をつむるようにして、 「こうして常高院と阿茶の局の間で先ず話がすすめられ、 続いてこれに大野治長が加わった。いわばわれ等の知らぬ 「有楽斎どのは、この戦をこれ以上続けてゆくと豊家ばか りか、この地の繁昌までが根だやしになるだろう。それよところで和議は進行 : : : おそらく一両日中には決定の運び りもここでは和を講じてしばらく様子を見られるが賢明 : ・と、堺衆は安心して自衛の手をゆるめたところへこの怪火 : と、いうのは大御所はみなの手前、元気に振る舞うては ・ : そこで右府や若侍共を煽動し、和議に反対を強いさせ 居るものの、その実、ひどく疲れておわす。齢もすでに七る張本人は真田左衛門佐 : : : そう考えて、そなたここへ参 っ ) 0 212
ったのであったな」 「ーーー和議のことで真田に相談しても仕方がない : 「仰せのとおりで」 彼がどのような思案を重ねたあとで人城して来たか 相手は、再び噛みつくような眼になった。 そこまで深く知ってはいまい。その癖、彼が和議に同意し 幸村は眼の前がまっ暗になった気がした。 ないという事だけは無言のうちに感じとっていたと見え 秀頼に抗戦をすすめたのは幸村ではない。 しかし、若しる。 幸村が相談されていたとしたら、確かにそれをやってのけ事実相談されたら彼はハッキリ反対したであろう。家康 たに違いない。 が老年ゆえ、早晩死ぬであろうなどという計算は児戯に類 する。若い秀頼だとて、何時大砲の餌食にならないもので 伊木七郎右衛門がまたおだやかに口を開いた。 「それがしは、この者とお許しも得ずに取引しました。こもなし、秀忠が流れ弾にあたらぬものでもない。戦争とい うものは、そうした常識や常態の計算を超えたところに生 の者の生命、このままお助け願わしゅう」 幸村は黙って、もう一度空を見上げた。霧が出て来たせきている。 いであろう。焜の余映は大きく頭上にかぶさり、それはい といって、今の場合、幸村にいったい何が出来るという いようもなく美しい桃いろの夜明けを連想させるひろがりのだろう ? になっていた。 この真田丸から前田勢一万二千のわきを駆けぬけ、秀忠 の本陣へ斬りこむか : : : それとも黙って和議の成り行きに 従、つ、か : 女性陣 前者を選べばおそらく秀忠の本陣へ達したあたりで全滅 であろうし、後者を選べば、彼の入城して来た意味は、永 遠に霧の底へ没し去ってゆくだろう : 彼は堺の刺客幸兵衛を笑って許してやると、その夜は朝 結局幸村は、いまの大坂城内では完全に異端者にされてまで迷い続けた。 しまっている。 あけ方になって堺の火勢はおとろえ、夜が明けてみる こん 213
「ーー、家康の考えている治国の方策たけが真理ではない : 上様も長門守も、きっと納得するに相違ない」 「残念ながら、その儀だけは」 これも或いは感情に発したものであったとしても、そこ 「えっではお引き受け下さらぬ」 ふしやくしんみよう 「あしからず : : : と、申すは、それがし生来、嘘のいえぬ には磨き出された不惜身命の意地がギラギラと光ってい 生まれつき、もし上様から、今度の戦の見透しを問われた おりに、和議がよいとは申し上げられませぬ」 ところが、今の大坂城には、それが見当たらない。あい こご反対か」 「というと、ご貴殿は、和議レ まいな反抗心のうえに如何にももっともらしい打算だけを 「修理どの、もはやその時期は過ぎました。戦っても滅び、積み重ね、その周辺にただワイワイと集まって来ている感 和しても滅ぶ : : : そう申し上げたら上様は、、 しよいよ決戦じなのだ。 を主張なされましよう。それゆえその任ではないと申すの もしそれだったとすると、真田父子の運命は、ここでハ ッキリと窮まった感じであった。 いいながら幸村もまた眼頭が熱くなった。 真田幸村ほどの者が、兄信之の忠言に一顧も与えず、叔 2 父を追い払い、親友松倉豊後の裏を掻いてまでここへ入城 して来ている : 「すると、貴殿は、この和議も、実は大御所の謀略 : : : と 幸村にもしも誤算があったとすれば、それは城内の戦意 ご覧ぜられるわけで」 がこのように他愛のない覚悟のうえに燃え立った感情 : 「修理どの」 とは知らなかったことであった。 関ヶ原のおりには、とにかく人間の背骨を貫く、一つの幸村は、焚火に顔をそむけたままで、 「大坂の運命がきわまったと申し上げたは、大御所のせい 意地が筋金としてとおっていた。 石田三成にせよ、それを助けて死んでいった舅の大谷吉ではありませぬ」 継にせよ、あらゆる場合のあらゆる場面に周到の思慮を重「これはしたり ! すると、ご貴殿もまたわれ等をご非難 なさるので」 ねて、その上に据え直したキリギリの叛骨を持っていた。
に和を結び、それで、胸算用の百分の一にも足らぬ分け前上様のお側には騎虎の勢いの若衆たちが多いこととて、中 でおさまるものと考えている : : : そんな単純な相手とわか中もって、われ等の存慮が通じませぬ。修理は敵を怖れて いるのだ、という臆病説は、まだよいとして、それがしが れば、何を好んで論議を重ねる必要があろう。 : となると、つ ( やはり、わしの考えは間違っていなかった : 臆病風に吹かれて、ご母公様まで動かした : かつにロも開けませぬ」 これは、仮にここで和議を成立させてみたところで、ど 「なるほど」 うなるものでもなかったのだ : 「それどころか、この修理は、関東方で若しも主謀者に詰 家康は或いは寛大に旧領安堵か、その程度の替地を与え てくれるとして、豊家自身の経済が成り立っ筈がないでは腹切らせよという条件を出したおりには、身一つに責を負 うて切腹する覚悟でござるものを : : : 」 したがって和を結ぶとすれば、抱えすぎた牢人群の処置幸村はハッとして治長を見直した。治長の声が妙にうわ をまずまっ先に考えて、実行可能の方策を確立しておくのずって来たと思うと、彼の眼のふちはまっ赤になってい 1 2 る。 でなければ意味はない。 ところが、その最大の牢人問題を、どうにかなろうで深 ( 泣いているのだ : く考えている様子もない。 と、すると、 ~ 伐自・身にとっては、これがせいいつばいの だ淀君と、その周囲の人々の、大砲への怖えや、地下計算であり誠意であったものらしい。 掘進の噂を信じて和議をすすめようとしているだけらし ( なるほど、人生にはいろいろあるもの : : : ) 「修理どの」 「されば、ご貴殿への頼みというのは、他でもない。上様 : ~ し。いや、これは取り乱したところをお目にか : とい、つことで、こざ のご説得をお引き受け下さるまいか : 「ご貴殿の上様想いのご心情、それがしにはようわかりま した」 「なるほど、ご反対は、上様だけと仰せられた」 「では、お引き受け下さるかご貴殿の申すことならば、 「何も彼も上様のおためと思えばこその和議 : : ところが
幸村は不意に背筋が寒くなった。 に預かりました」 「ほう、すると、これだけ大の男が揃うていて、男どもは 九 さつばりお役に立たなんだわけで」 「いかにも。常高院さまが幸い城内にお止りあったので、 結局、大野治長には、牢人全部を説得する力はないらし これにお願い申して敵陣より阿茶の局を招き、その席で最 い。いや、それはむしろ期待するのが無理らしかった。 後の折り合いがついてでござる」 ( 秀頼一人を説得出来ず、衆人環視の中で母に喰ってかか 「すると、その女性方のおそばに、男は一人も介添え致さらせるような仁なのだ : なんだので : : : ? 」 そう思って来ると、幸村の不安は次第に大きくふくれあ 「いやいや。ご母公さまと常高院のほかに、上様と、われがった。 ( この和議は、果たしてうまく整うであろうか ? ) 等と有楽斎どのが立ち合いました」 ここで一応和を結び、去る者は去らせておいて改めて兵 「なるほど。して、関東方の阿茶の局はただ一人 : : : ? 」 を挙げる : : : と、すれば、一応和議の意味も生きる。 「いや、本多上野介正純どの一人、介添って参ってござる」 しかし、やがて彼等の糊ロの保証が無いと気付いた牢人 それを聞くと又兵衛は苦笑しながら、ゆっくりと一座の たちが騒動を起こしたのでは、そうした駆け引きも水の泡 人々を見廻した。 になるだろう。 「すると、これは、修理どのと有楽斎どのが上様におすす めして、本多上野介をわざわざ城へ入れて折衝した : : : そ ( 待てよ : : : ) 幸村は、はじめから交渉に関係している本多上野介の存 う解してもよろしいわけで。その席に女性たちも居合わせ 在が気になりだした。 : いや、そう相わかれば申し上ぐることはござらぬ 或いはこれは、牢人の暴発を計算しての和議ではあるま 爼上の鯉は動かぬものじゃ」 いか ? もしそうだとすれば、豊家側の申し出など、唯々 幸村はドキリとした。この皮肉の中に、期せずして、こ んどの挙に加わった牢人たちの不平がそのまま表白されて諾々と聞いておけばそれでよい やがて牢人どもカ いる 。、、旧領の安堵だけでは食えぬと知って 224
「さよ、フ : : : で、」ギトり・ましよ、フな」 四 「ご貴殿のようにご誠忠のお方はかくべつ、したが、集ま った牢人衆の多くは立身が目あてなのじゃ。和議のことな「実のところ、それがしも、極力和議には反対致してござ ど事前に聞こえたら、われ等はどうなるのかと、それこそる。しかし、後藤光次から常高院に働きかけ、常高院から 城内は大混乱、そこで、やむなく内々に当たってみねばなご母公さまをうごかしていったこの一線は、ついにわれ等 らなくなる」 のカでは抜きがたいものと相成ってござる」 大野治長は、幸村が黙っているのを見ると、憑かれたよ 「ご了解下さろう。敵はご覧のごとく、われ等の眼の前 うに、自分の立場の苦しさを訴えだした。 に、これ見よがしのやぐらを高々と組みあげて、その上に 「もともとわれ等は豊家のためを思って蹶起を余儀なくさ ついに大砲まで据えてござる。いや、それだけではない。 れたもの : : : それが、上様親子が城地もろとも吹き飛ばさ 情報によると、甲斐、石見、佐渡から伊豆へかけて金掘人夫れる : : : そう仰せられては返す言葉もござらぬ道理 : : : ご の動員が下命されたとある。これはつまり、大砲をもって母公さまは、こう仰せられました。そなた達は意地や体面 この城を射ち崩せぬ時は、地底から城地の下へ坑道をうが にこだわって、われ等母子を見殺しにする気なのかと : ・ ち、これに火薬をつめて一挙に爆破の手順と相わかった。 いやいや、上様さえご安泰で済むとあれば、わが身は江戸 左衛門佐どの、これはやはり勝てる戦ではなかったようへ人質に参ってもよい : : : そうまで仰せられたのでござ る」 幸村はかくべっ呆れもしなかったが、さりとて笑う気に 幸村はっとめて、自分の感情をみだされまいとして、 も、責める気にもならなかった。 「して、有楽斎どののご意見は ? 」 ( 誤算は、わが戦略にはなくて人にあった : 静かに、自分の想像の適否を知ろうとして間いかた そう思うと、全身の力が抜けて、ものをいうのも気うと 「むろん和議し こご賛成 : ・・ : とい、つより、こ、つなると、始め っ一」 0 からわかっていたゆえ開戦を見合わすように注意した筈、 わしは知らぬといわっしやる」 199