雪 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 2
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1. 徳川家康 2

「お帰りなされ」 と、モョ ~ 京はいっこ 0 「この答えはのう、やはり黄泉で聞くとしよう。よいか 次郎三郎が隠寮を出るとき、すでに雪斎の病気を聞き知 誤った工夫では、わしの魂は救われぬ。お許の身もほろった人々が、続々と山門につづいていた。 ぶ。そして地上の修羅はいつまでもつづいてゆく」 雪斎が心を配っていたように、たれも次郎三郎の見舞い 「工夫しまする。必らず ! お許し : の早さを疑うものがなかった。それほどこれは今川家を聳 「よい。山門にたれか来たようじゃ。ことによると御所も動させるに足る出来ごとに違いなかった。 義元は翌日みずから雪斎をたすね、その病いの篤きにお 見えられるかも知れぬ。お帰りなされ」 「では : どろき、六人の侍医に投薬させたが、雪斎自身が述懷して : これがお別れでござりまするか」 いたように、人生に訪れた冬はまた、人為ではいかんとも 「それ、またそのようなことを、今の言葉を忘れたか。別 れでのうて、来る春からはお許の体にわしの芽をかくすのなしがたかった。 翌十月十日、ついに雪斎はこの世を辞した。いかにも豪 「よ、 し」 快な澄みきった臨終だったが、息をひきとったと聞いたと きに、次郎三郎は仮寓の居間に香華を供え、祖母と雪斎の 「途中でたれかに出会うたら、わしに呼ばれたというでは ないぞ。お許の方から、いつもの通り、経義をたすねに参遺言の近似を今更ながらおもい合わさずにはいられなかっ ったら、わしが病気で、果せなかったというのじゃそ」 祖母は母との争いを避けよといい、雪斎はわが志をつげ 「はい。では元信、これにてお暇いたしまする」 よという。両者とも、次の悲劇の焦点が義元の上洛にある 「体をいとえよ」 ことを指摘した点では同じであった。 冫し」 しかも祖母の遺托も、雪斎の残した公案も、十四歳の次 「短気を起すな。短気は人を盲にするぞ」 郎三郎には、確にそうとうなすくだけで、これという策な ど早急に立っ性質のものではなかった。 216

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後家もともども移せと申すのであろう」 そういうと雪斎はその言葉の反応を華陽院の眼に求め 「お眼がね、恐れ入ってござりまする」 て、じっと深く見つめていった。 「尼どの」 「わしと、同じ心で戦うている者の数がふえると平和が参 し」 ろう。が、まだ道をもって戦う者の数は少ない」 によしよう 「尼どのはよいみ仏の声を聞かれた。女性の聞かれるみ「は : し」 れんによ 仏のお告げとはつねにそのような優しい慈悲に根ざすもの「浄土真宗では蓮如がござ 0 た。生きている武将の中では : が、男の受取るお告げはのう : ・ : ・ もっと大きく、もっ越後の上杉、甲斐の武田、ともに仏門を心がけると聞いて と悲しいものであるのをご存知か」 はいるが、まだまだ : 「戦さもまた慈悲 : ・・ : と、仰せられるのでござりましよう」 と、いってから、雪斎は急に体をのり出して、 「戦わねば無道がはびこる。戦いは慈悲ではないが、 無道「わしはむごいそ尼どの」 をおさえ、光りをめざす心の奥に慈悲を行する悲願がござ る」 「とりわけ岡崎衆にはむごくあたるぞ尼どの。その心がお 雪斎はそこでそっと衣の下の具足をなでて、はじめてニわかりか : コリとほおをくすした。 それは、華陽院がどきりとするほど低く鋭い声であった。 「尼どのの慈悲は、この雪斎が悲願に叶うた。聞き入れま 「えっ ? お聞き人れ下さりまするか」 「お分りないか ? 」 「困窮した後家の姿をまのあたりに見せたのでは士気にさ と、また詰め寄るように雪斎はたずねた。 わる : : : 駿府へ移して : : : というのが尼どのの掛合いであ華陽院は答えられなかった。とりわけ岡崎衆にむごくあ ろうが、これをうけあう雪斎の心は尼どのとちと異るが」 たる , ーーーそんな必要がどうしてあるのか ? 「どのよ、つに違いまする ? 」 「お分りなければ、またのことにしよう。が、尼どのはこ 「女性を通じた仏のみ声に、素直に合掌いたすまで」 の雪斎を仏の家来と思われるか、今川家の家来と思われる

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時は三月十九日。 み仏のお告げ と、華陽院はいったが、み仏は女と男 タ陽の中にきらめく矢を全身にうけ、城門前でこときれに同じことを告げもしなければ求めもしない。 りん早、い るまで、 雪斎とて臨済の法を継ぐ者。み仏がいま彼に求めている 「ーー・竹千代が家来よけ、 。号しといわれるなツ。われに続け」 ものは決して小さな今川一家への忠誠ではない。 とさけびつづけた。 今川家を通して百年この方つづいていた闇黒無道の乱世 ( だが、その後家を華陽院はまた何で雪斎の前へ引具してを救えよと告げて来るのである。 来たのだろうか ? ) いや、このお告げを雪斎一人に命じるみ仏でないことも 「忠高は、あとは絶えたと思うて死んだ : よく知っている。広大無辺のみ仏は、めざす敵織田信秀に 華陽院はまたひとりごとのよ、つに、 も、甲斐の武田信にも、相模の北条にも、長門の毛利に 「そなたがみごもっていたと知ったらどのように喜んだこも、越後の上杉にも等しく求めているのである。 とか : : : それを想うとなあ」 人間たれか平和を希わざる。 しん 2 雪斎の眼はちかりと女の腹にうごいた。そういえば女の いずれもみな戦わんがために戦うのではなくて、わが心 やつれは懐妊のせいらしい 奥に「乱世を救え ! 」の声なき声を聞けばこそーーーと雪斎 」いに女はうなだれた。 は田 5 っている。 泣いているのではなくて、大きく瞳孔をひらいて が、その声に応えて、果して救い得る実力をもつ者あり 刺すように畳をにらんでいるのであった。 や否や。 雪斎はすぐまた庭に視線をそらし、ふっと小さく吐自 5 し 「尼どののいわるることは : 雪斎はまだ庭に視線を投じたままで、 陽院の肚がようやく微かにわかりかけて来たのであ 「これなる妻女を尼殿の供させて駿府へ移せといわれるの じゃな」 「はい。でも : : : 本多平八が後家だけではござりませぬ」 「相分った。平八郎忠高と同じ想いで討死した軽輩どもの る。 五 おう

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「尼どのは、この戦、雪斎の負けとふまれたな ? 」 華陽院はうなずきも否定もしなかった。 「三月から滞陣してすでに半歳、まだ安祥の小城一つぬけ ずにおる。駿河からは義元さま直々に出陣しようかと矢の 催促。そうふまれるのも無理からぬが、しかしこの雪斎に も思案はござる。もし落城のご懸念ならばご無用に願いた し」 華陽院はまた数珠を額にあてて答えなかった。 雪斎はじりじりした。この尼は広忠の父清康を動かした ほどの女性であり、清康の死後も、わが産みの子を広忠の 正室に迎えさせるほどの勢力をもった才女だった。その才「なるほど、さようなことを申すみ仏もあるであろうな。 女に自分の戦の手ぬるさを批判されるのは不愉央だった。 それも小さな慈悲の一つじやで」 ましばらく見ておられよ。 「戦には戦機がご、ざるでな、い 「お許し下さりまするか禅師さま」 「さればの、フ : 雪斎ひとりで必す勝ってご覧にいれる。方寸あっての足ぶ みじゃ」 雪斎はまた言葉をにごして、華陽院の申出の真意をさぐ る眼ざしだった。 「 ~ 秤〕帥き、ま」 ( 落城をおそれての駿府ゆきでないとすれば、この尼はい 「思いとどまられるかな」 ったい何を考えているのだろう ? ) 「この尼は世を捨てたみ仏の弟子、残らず事情を打明けま 岡崎衆の生活の苦しさを訴えようとしているのか ? それとも戦に勝っても竹千代がこの城を素通りして、駿 「仰せられよ。遠慮はいらぬ」 府にはこばれるものと判断し、その先まわりをしようとい 「禅師さまもすでにお気づきとは存じまするが、岡崎衆一 、つのか ? ・ 統は日々の糊口にこと欠く始末 : : : 」 「なるほど、それで : : : 」 「この尼だけでも城を立退き、一統の負担を減らすがよい と : : : み仏のお告げでござりまする」 そういうと華陽院の、まだ衰えぬ明眸にキラリと露が光 ってゆく。 「なるほど」と、雪斎はうなずく代りに庭先の木斛へ眼を そらした。華陽院の言葉よりもあちこちで鳴いているひぐ らしの声を聞いている雪斎だった。 もっ - 一く 2

5. 徳川家康 2

雪斎は竹千代の一言から、ふっと信長の全性格をのそい た気がした。 「事ごとに意表に出ずる。わるくない考えじゃが : : : 」 雪斎はそこで微笑して、 「しかし危険がなくもない」 「危険とおっしやりますると ? 」 なかったな ? 」 「お許はいちどでみんなに、お許の存在を覚え込ませた。 「はい、考えてやったのではござりませぬ」 それも底の知れぬ胆のすわった童として。その点では見事 「尾張で誰かお許に、そのようなことは無作法なことゆ だったが、そのように覚え込まれると、いつもきびしい監視 え、つつしむようにと訓えなかったか」 にあう。古い言葉に虎を野に放っというのがあるが : : : 」 そしやく しいいん : : : 」 いいかけて雪斎は自分の言葉が、まだ竹千代には咀で きぬと田 4 ったらしく、 竹千代はうなすきかけて、首を振った。 「無作法でないゆえ、どこへ参っても遠慮のうやるがよい 「どうじゃ、信長どのを、お許は好きか ? 」 といわれました」 と話題を変えた。 大好き ! 」 「ほほう、それはまた珍しい人があったもの。誰じゃなそ「は、。 「駿河御所は ? 」 の人は」 「よ、。一言長へどの」 「父がご恩になった大切なお方と」 「なに信長が : 「うむ。なるほど。お許は素直な生れつきじゃ。で、尾張 雪斎はそういうと、じっと竹千代を見つめたままで、までは誰かにべつに手習いは ? 」 ずしょ た二、三度うなずいた。 「四書、五経 : : : 万松寺の僧やら加藤図書やらにほんの 少々」 雪斎はこの少年の上に描いた自分の願望が、かすかに光 りを帯びて来るのを覚えた。 彼が義元の幕下にあって、法衣と鎧を着分けて来たのも そのためだった。義元を通じて、百年この方つづいて来た しゆら 修羅の乱世に、救いの灯をかかげる者を生み出そうとし て。 しかし雪斎は、願望ではいささか義元に失望しかけてい 8

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「なるほど : : 」と雅楽助もそれに応じた。 考えていなかったが、両者のとがった空気を想うと、この 「岡崎党の中へも、三郎五郎どのをそのまま渡すな、途中交換の場所がすでに大きな危険をはらんでいる : で斬れとの声でござる」 五 「それでござるよ、拙者が案じるのは」 じわ 政秀はそこでまた溶けるような笑み皺を見せて、 織田信広を熱田まで送っていって、そこで竹千代を受取 「それで両者交換の地点じゃが、いずれがよかろうな、貴ることなど思いもよらなかった。信広を渡したあとでもし 殿の考えでは」 一戦をいどまれたら、岡崎勢は根こそぎ尾張の土になろ 「さ、れば : : 」雅楽助はわざと小首をかしげて考えたさま うといって、なるほど、これまで竹千代を連れて来い を装いながら、 その上で信広を渡そうというのも虫がよすぎる。 「竹千代さま、当城まで送り届け下され、そのうえにて三 雪斎が自分一人で決せすに、地理に明るい雅楽助を呼ん だわけがはじめてわかった。 郎五郎どのお引取りを願うが無事かと存じまするが」 おおたか 平手政秀は軽く手を振ってフフアと笑っ いかがでござろう。両者の位置に半ばする、大高あたり 「雅楽助どの、危険の負担はな、五分と五分でなければなで引換えては ? 」 、り士オ , ま从い」 すでにそのことでは十分に考えて来ているらしい政秀の 「五分と五分 : : : と、仰せられると」 言葉に、雅楽助はまた首をかしげた。たしかに熱田と安祥 「拙者の方では、三郎五郎さま熱田まで送り届けて頂いたの中間といえばそのあたりだったが、果してそれでよいの うえ、竹千代どのを渡そうと申したのだが、 それでは雪斎かどうか ? 長老がお聞き人れないのでな」 いままでさり気なく障子の陽を見ていた雪斎が、と 雅楽助はハッとして雪斎を見直した。雪斎は依然としてつぜんばつりと、 障子の陽ざしに眼を細めている。 「おかしなことよの、つ」といった。 ( なるほどこれは考えねば : : : ) 雅楽助は首をかしげて次の言葉を待ったが、雪斎はそれ 雅楽助たちは勝敗だけに気を取られて、そこまではまだ なりフフフと笑って口をつぐんだ。 5

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と、華陽院はいっこ。 「織田家では信長に美濃から嫁を迎えて、まずうしろは固 とすれ「このままでは岡崎衆の士気は日増しにおとろえまする」 めた様子、いよいよ討って出るのに間もあるまい。 ばこのあたり、またすぐ戦場に変るゆえ道中がのう」 「と、いわれると、この雪斎の待遇に落度があると申され 華陽院はそっと眼頭の涙をおさえてうなだれた。 るか」 「はい。恐れながらお眼のとどかぬところがござります 彼女の真意は全くべつのところにあった。 すでに酒井、石川、阿部、植村の四家老の家族は駿府にる」 移されている。今川家では岡崎の収税すべてを軍用にあて 「まほ、フ」 る見返りに、駿府に移した者の生活だけは保証していた。 雪斎の眼はキラリと光った。 したがって、一人でも多く駿府へ移って暮すことが、残駿府御所の法王とまで陰口されている今川家きってのき しかし、そけ者雪斎に、これほどはっきりと非難の声をあびせて来た って戦う岡崎衆の生活を助ける道であったが、 のは三河ではただ一人。小ざかしい女めがと、雪斎のロ辺 れが華陽院の目的ではなかった。 には微笑がうかんだ。 この春から戦にはっきものの、寡婦がめつきりふえてい る。 「何ごとも戦陣ゆえ、手落ちはいろいろあるであろうよ。 直接に戦う者すら飢えそうな家中の事情では、それらの承ろう」 華陽院は一礼してうしろを振返った。そしてただ一人供 寡婦や遺児に手のおよぶはずはなかった。 いや、ただ手がおよばぬだけではなくて、それらの者のをして来た次の間の女性をしずかにさし招いた。 雪斎は微笑をゆがめてその方を見やった。と、髪をこよ みじめな暮しが、戦う者の心にどれだけ大きな陰をおとし ひざ ていることか。 りで東ね、膝に大きくつぎのあたった十八、九の女が、お それげもなく華陽院のそばへやって来る。 華陽院はそれを雪斎に訴えたかったのだ。自分の供 ということで、みじめな寡婦を駿府へ移して糊口させた顔いろがひどく青く、頬骨は立ち、瞼にけわしい色がや 一よそ どっている。が、その挙措はどこまでもしとやかで、 「お召しでござりまするか」 「お言葉を返しまするが : 2

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力」 だれの心を受けつぐ武将がほし、 尼どの、それが 「さあそれは : : この雪斎の、安祥の小城にこだわり、岡崎衆にとりわ 「わしは仏の家来でござる。世捨人ではござらぬ。戦う家けむごい理由でござる。お分りないか ? 」 来でござる。お分りか」 華陽院はまだ大きく瞳を見開いたままであった。何かし ら好意らしいもののにおいは感じられたが、まだはっきり げどう とは腑におちない。 「世の人がどのように荒くれた外道と罵ろうと、み仏の心 をつかんで戦う雪斎の問うところではござらぬ。その雪斎「ハハ、・ : 」と雪斎は笑った。 がなぜこのように安祥の小城一つにこだわるか ? 」 「わしは竹千代どのがほしいのじゃよ尼どの。これを織田 そこまでいって雪斎は何を思ったのかふと庭の緑をゆび信秀が手から奪い返して、駿府のわしの手許で育ててみた さした。 : と、申したら、もはや、岡崎衆になぜむごいかはお 「あの緑の中に、ただ一株、楓の紅だれが混ってござろハ 刀りでござろ、フ。あとはいえぬ : : : あとをいうと嘘にな る。嘘を申すと閻魔に舌を抜かれ申すでな。ハハハ : 華陽院はいぶかしそうにうなすいた。たしかにそこには華陽院は息がつまりそうになった。み仏の袖にかくれて 若芽の時から緋の翼をひろげたようにまっ赤だった紅だれ戦う僧侶と、どこかでさげすんでいた自分の心にガーンと の、紅がかっきりにじんで見える。 大きな痛棒を食わせられた気持であった。 「あの紅だれは、夏中は葉の中で唯一つの赤であった。あ 竹千代を育てたいといわれる : の変り者を緑の葉どもは、なぜ紅だれだけが赤いのかと、 なぜその同じこころを今川義元の子供に注ごうとしない あるいはわらっているかも知れぬ。が、時節が米ると、まのか ? だがそれは恐らく不可能だったからに違いない。父があ わりの楓は紅葉して、いっか紅だれはその紅の中に没して ゆく。没してゆくとこんどはどれが紅だれだったか見分け り、権臣があり、大奥にはいつばい媚びる女中どもがあふ もっかぬまま忘れられ、かえって赤さの不足を責められてれている。そのような環境にいる子では雪斎の言葉も心も わしは届くまい ゆくかも知れぬ。わしはあの紅だれでありたいー えんま 25

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た。領民からの年貢米はことごとく今川勢の所用にあてら女性はよくとおる声で、まっすぐに雪斎を見上げた。 「源応尼といわれると ? 」 れ、彼らのところへは何の配分もないからだった。 こりやいったいどうなるのじゃ ? 腹が減っては戦「三の丸へ住居を許されておりまする先々代の後家 : : : 」 が出来ぬが」 「おお ! 」と雪斎はひざをたたいた。 と、まともに考えては相成らぬ。内実はとにかく、 「竹千代どのが祖母、華陽院でござったの。これは失礼仕 まかな 表面今川勢はわれらの援軍でござるからな。援軍を賄うは すき われらの役目じゃぞ」 言葉はおだやかだったが、その眼には隙はなかった。親 そういわれるとたれも表立って不平はロに出せず、結しませてなれられてはと警戒しているのがよく分った。 いのち 局、めいめいの才覚で、家族のロを糊しながら、生命をお「してご用は ? 」 しき ( 亠 9 一収、つよ、り - ・市〕になかった。 華陽院はこたえる前に、数珠をそっと額にあてて目をつ 雪斎禅師もむろんそれを知っている。 むった。 それだけに岡崎衆の内の不満が、領民の不満とつながる 「この尼も駿府へ住みとうござりまするが、お許し頂けま ことをつねにおそれた。 いかと存じて」 ひとわたり来訪者との面接をすまして、 「ほほう、これはまた意外なことを承る。先代、先々代の 「 ~ めとは ? ・」 霊廟のほかに末の姫もおわすことなれば、この方から遠慮 じゅず 礼師がおだやかな顔をあげたとき、手に数珠をつまぐしてわざわざ計らったつもりであったが : り、髪をおろした一人の女性が彼の前へすすみ出た。 「そのご好意は : と、華陽院は微笑して、 「世を捨てましたこの尼には無用のこと。尼がおりまして は、かえって老臣どもの足手まといになりまする」 雪斎はしばらくじっと華陽院を見つめていたが、やがて こくりとうなすいて 「はて、どなたであったかな ? 」 雪斎が声をかけると、 げんおうに 「源応尼でござりまする」 9

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「兵 」と答えた 「竹千代はひどく食にこだわるの。尾張で腹をすかせた覚 雪斎は、意外な答えを得たおどろきで、またしばらく竹えがあるな ? 」 千代をながめやった。大人の常識では武備こそ第一、武備「はい、三之助と善九郎 ( 徳千代 ) と : : : 腹が空くと、み はつねにすべてにまさると考えられている時だった。 んな、機嫌わるく、あさましゅうなりました」 「なぜ兵を先に捨てるかの ? 」 雪斎はうなすいた。子供三人捕われの身の不自由さが眼 はい」と、竹千代は小首をかしげて考えて、 先に見えるようだった。 「三つの中では兵がいちばん軽いかと : 「して、その時に、何か食べ物が手に入るとお許はそれを しいかけて、こんどは何か思いついたらしく、 と、つしたな ? ・」 「人は食べ物がなければ生きられませぬ。が、槍は捨てて「まず三之助に食べさせました」 も生きられまする」 「その次には」 「竹千代が食べました。善九郎は竹千代が食べないうちは おどろ 食べませぬゆえ」 雪斎はわざといたように眼を丸くして、 「孔子も竹千代と同じことを答えられた。兵を捨てよと 「ほほう、善九郎は竹千代が食べぬうちは食べなかったか」 「はい。でも、それからは三之助も食べませぬ。善九郎の まね 竹千代はニコリとしてうなずいた。 真似をしました。それゆえ、その次にははじめから三つに 「ところが子貢はまたたずねた。あとに残った二つのうち分けて、竹千代がます取りました」 またどうしても一つ捨てねばならぬ時が来たら、その時に 雪斎は微笑しながら何かに祈りたい気持になった。この は何を捨てたらよろしいかと。竹千代ならば何を捨てる 小さな政治家が、空腹を前にして真剣に考えている姿が、 の ? 」 ここでも眼先にうかんで来る。 「あとは食と信 : : : 信を捨てまする。食がなければ生きら 「そうか。それはよいことをした。竹千代のやり方は正し れませぬ」 かったが : : : 孔子は子貢にそう答えなかったそ」 意気ごんで答えると、雪斎は微笑した。 「すると、食を捨てよといわれましたか」