ててわかるものではない。汚いことばかり考えとおした果 「お方 : : : 」 てのむくろでござればの」 そうなると秀吉はぜんぜん逆に出てみる気になって、 それを聞くと、お市の方の眉はあがった。憤りに息をは 「お方のご心中はよくわかりまする。かような立場におか ずませているのがわかる。 れてはお方でなくとも生きておわす気はござるまい」 「たとえば、お方にしても、むくろとなれば屍臭とうじで 「わかって下さりまするか羽柴さまは」 いつばいじゃ。それがみ仏の、あらぬことに執着しつづけ 「ご決心さえ固くば、自害の折は必ずある。ご案じなさり た人間への罰でござるゆえ」 まするな」 お市の方はもう秀吉を避けて遙かな谷へ視線を放って歩 秀吉はそう言いながら、心では全然反対の幻を描いてい いていた。その瞼にはすぐさっきの憤りはなくて、あやし る自分に気付いた。 お市の方が、今日のことなどさらりと忘れて、自分のそい怖えが秋の陽とともにいつばいだった。 ばに自分の妻として侍っている幻だった。 ( 若しそうなる運命だったら、わが家の女房お寧々はいっ 秀吉の場合 たいどうなろ、フか ? ) 秀吉は苦笑しながら首を振った。 空想の途方もなさが、おかしくもあり、恐ろしくもあっ たのだ : 「首級をあらためる : : : というようなむごい事は、いつご朝倉、浅井両氏の滅亡は信長の覇業を確定的なものにし ろからの慣わしであろうか」 足利幕府はすでに京になく、眼の上のこぶだった武田信 また思い出したようにお市の方が言った。 玄の死去は疑うべくもなかった。 「死者を恥しめる、み仏のお心には : 信玄の子の勝頼はいまだに父の遺臣を擁して強大を誇っ 「何の何の、それでよいのでござるよ。人間の五体などは つづまるところ鼻持ちならぬうじの巣、早く見ねば腐り果ているが、これには、家康が頑として防風林の役割を果し っ ) 0 おび 242
「お濃、そなたならば何とするそ」 、フことが好きなのだ」 「何が : ・・ : 何を、でございます ? 」 「そ、つでございましよ、フか」 「そうよ。去年の十月から十一月は長篠、遠江と動きまわ「浜松へ援軍を送るかどうかを訊いているのだ」 って、二月には東美濃に入って来た。そして三月には遠江濃御前は、慎重に首をかしげて、 ・ : 」と指尖の力をぬかずに腰をさすっ 「私が大将ならば : へ出て引き返し、五月また家康に仕掛けて来る。これでは 軍兵がたまるまい。一度の戦に千人ずつは失うたとしてもてゆきながら、 五千人は失う道理、半年に五千人ずつ失うたら、二万失、つ「援軍を出さずとも、浜松城が陥るとは思えませぬゆえ差 控えまする」 に幾年かかる」 「なぜだ ? わけは ? 」 「ホホホ、またお館のおたわむれ、三年でございましよう 「兵の疲れを休めさせるは、いずれの大将も心掛けねばな 力」 「・ハ力な、そなたの算盤は子供のそろばん、三万の兵が一らぬこと」 「なるほど、それでおれの心は決った ! 」 万に減すれば、宿将老臣、みな離れていって滅亡するわ。 「お役に立ちましたかご思案の」 二年じゃの、あと」 「ホホホ」 「立ったそ濃、おれはすぐに援軍の出発の用意にかかる。 と濃御前は子供をあやすように笑って、 決めた ! 」 そういうと、信長はいたずららしく濃御前を見やってニ 「では勝頼さまも私のようにそろばんは下手と見えますな あ」 ャリと笑った。 「そのことじゃ。宿将老臣どもに、父に劣らぬ勇猛さを見 せようとして、逆に見放されてゆく。このように戦好きで は兵が疲れてたまるまい」 それからまたしばらく黙っていて、 「こんどは腰 ! 」と号ロってから、 四 濃御前はいつに変らぬつむじ曲りの信長の返事を聞い て、わざと眼を丸くしてみせたが、心の中では驚いていな つ、 ) 0 329
「しかし、小侍従は語い女 : : : あの女は小賢しく姫のうし ろで糸ひく女た」 親吉は黙って信康の前へ坐った。 ( 小侍従がわるいのではない : さすがに岐阜の奥方のお眼がねに叶ったほどあって、女 丈夫だったと思いながら、しかしこの場は小侍従に落度が 信長は岐阜千畳台の大広間で、いま、上杉謙信からの使 あったとするより他になかった。 何の理由もなく怒りに任せてこのような仕置きをしたと者、山形秀仙のために酒宴を催してや 0 ていた。 すでに覚吾はしていたことであったが謙信からの使者 あっては、両家の間へ、どのようなわだかまりが生まれて は、信長の不信を憤った問責の使者であった。 来ないものでもなかった。 この年 ( 天正二年 ) の三月、又しても遠州へ兵を出して 5 「のう重政そうであろうが。姫には何の落度もないのだ。 たた小侍従めが、あやめのことなど、いつもあれこれと告来た武田勝頼は、これに立向おうとして家康が、駿河の田 ロする。それゆえ姫まで : : : 信康を : : : のう、そうであろ中城まで出てゆくと、何を思ったのか急遽甲州〈引きあげ てしよったとし、つ・ : : ・ 言いながら信康も、さすがに自分が惨めになって来たと謙信はこれを、自分が雪深い信州へ出て行って、織田、 徳川両家の後詰めをしてやったからだと言って来た。した 見えて、双の眼からすっと涙を光らしてゆく がって信長も約束どおり美濃で行動を起し、甲州勢に攻め 親吉はまたきびしい表情のまま信康を見つめていた。 かかるべきであったのに、一向兵を出さなかったのは無礼 千万である。 そのように信長が約東を守らないのならば、両家の同盟 は破棄するよりない。いったい何を考えて兵を出さなかっ たのかという問責なのである。 胆のありか
ぎない。 信玄の死はもはや確信出来たが、しかしまだ甲州勢は巨 大だった。この巨大な軍勢に冬を迎えさせてはならなかっ 設信という背後の敵が、雪によって行動をはばまれる時 こそ、勝頼に最大の力を出させる時、したがって中秋まで には是が非でも長篠城を手に入れて、甲州勢の足場をこわ す必要があった。 「お館、しばらく休まれませぬか。久間の付城もひっそと 静まりました」 いま家康が本陣をおいてあるのは塩沢村の陣場であっ ただよ 穂を出しかけたすすきの影から大久保忠世がのっそりと 顔を出すと、 「作左は岡崎から浜松へ帰ったとのう」 ノラバラ家康は持っていた鞭で、落ちた虫を無意識にあつめなが 初秋の夜のかがり火は暑さよりも虫を呼んだ。。、 おもしろいほど吸われて来ては足許に落ちてゆく。 しようギ、 「三郎が気にかかる」 家康は床几をひいて、それらの虫をじっと見つめている。 すでに長篠城総攻撃の時期は刻々にせまっていた。最初ポツリともらした。 にイ掛けていったのは七月二十日 ( 天正元年 ) 、二の丸め「そちは休め」 忠世は笑いながらゆっくりと首を振った。 ざして火箭を射かけ、ついにそれを焼きはらった。 といって、これは言わば敵の出方をさぐる小手調べに過「主君の先に寝てよいという訓えは大久保党にはござりま 「今夜は、こなたと私と枕を並べて休むとしよう。が、い まのお話、のう」 「はい。今の : : : 」 「修験者などを呼ばれてお祈りなされた話のことじゃ。決 して他言はなりませぬそ」 「若し岐阜のお館の耳に入れられたら、お館さまも若殿も 困ることになろうゆえ」 喜乃はまた小さく肩をおとしてうなずいた。 火柱 ひや ら、 」 0 、」 0 つけじろ 149
鬼神の形相に見えていった。 と呼び、お愛を、 今までにも幾度かそうしたことはあったが、今日はかく 「ーー・・心の優しい思いやりのある女丈夫」 つだった。眼はひきつってあやしくきらめき、唇は土気 と、涙ぐんで打明けた。 いうに変っている。それが落着きなく視線をおよがせなが そう打明けられた喜乃の言葉も、琴女にとっては、重い ら、琴女のいちばん恐れている例の密書を手文庫にかくす負担になっている。敵方に恩をうけて戻った妹。妹の心は ところだったのだ。 すでに築山御前より、お愛によけい傾いているかも知れな 琴女の声に、がくぜんとしてうしろを振返ると、築山御 前も一瞬呼吸をつめたようだった。 「十 5 、ツ 以前 ~ 。 こよ、ちがい棚へおき忘れて、琴女に読まれるほど 、いぎ とび立つように答えて、琴女は笑ったつもりであった。 不用意だった御前も、周囲の空気の険悪化にいまは猜疑の とりこになりつつあった。 そうしなければ、自分一人ではなく、妹のいのちにまで危 おび 「琴か : : : 」といった声がひどく乾いて、 険はおよぶと、本能的な怖えであった。 「見やったな、こなた」 「見たならば見たというがよい」 そういったときには、手文庫のそばを離れて詰めよるよ 「はい、見 : : : 見 : : : は致しませぬが : : 何か : : : 減敬さ うに片膝立てていた。 まから、よいお便りでも ? 」 琴女は眼をつむりたくなった。震えまいとしても震えは 眼をそらしてはならないと、それだけ言ってまた笑っ とまらず、答えようとしても声は出ない。 ただ勝頼からの密書を見ているだけではなく、浜松へ使ふっと御前の表情はやわらいだ。 いして来た妹喜乃の口から彼地の出来事をこまかく打明け こうした表情の変化のはげしさも、琴女には不気味であ つつ ) 0 られているからだった。 喜乃は浜松であったお万の方を、 ( 血の道で狂いかけているのではあるまいか : 「他意ないお方」 そんな不安がたえずどこかにつきまとう : : : 御前はふい つ」 0 ノ 86
「それに重なる喜びは姫君のご誕生、これで御家は万々歳「はい。予のもとへ、大賀彌四郎に叛心ありと密告して来 たものがある。これが彌四郎でなかったら、うかと信用し にごギ、りまする」 たかも知れぬところ。家中の者からそのような憎しみを受 「彌四郎どの」 け・ぬよ、つ、いせよ・ : と、仰せられました」 し」 「おん家は万々歳などと : : : それで、こなたの企てはどう彌四郎は空を見上げたままで一気に言って、それから視 線を御前にもどした。 なったとお言いなのじゃ」 「若殿は殊のほかご機嫌うるわしく、それがしに迄、ご苦 急きこんで御前がたすねると、 労であったと下され物がござりました」 「こなたの企てとは ? 」 御前はたまりかねて、 彌四郎は一層冷やかに訊き返した。 「して、勝頼さまは何とされて ? 」 「いやはや、若殿、大殿のご武勇におそれをなし、いずれ の戦線にも姿を現わさぬと、もつばらの噂でございます」 築山御前は、あまりに思いがけない彌四郎の反間にあっ 「いずれの戦線へも : : : では減敬は ? 」 て、しばらくわなわなと唇をふるわせながら相手を見返し 彌四郎はそれを聞くと、上眼になって、あざけりの笑み ていた を、つかべた。 彌四郎はその視線を充分に意識して、 「あやつは、思いのほかの腰ぬけにて、若殿にお疑いをか 「おお、百舌鳥どもがうるさいことでござりまするなあ」 ちくてん けられたのを怖れ、いずれかへ逐電したと心得まする」 空を見上げて眼をほそめてから、 築山御前は突きはなすような彌四郎の言葉に、思わず眼 「お言葉をおつつしみなさるがよい」 をひきつらせて膝をすすめた。 と、低く叱る声になった。 「彌四郎どの」 「誰か若殿に告ロした人があって、ただいま、武器蔵の前 し」 で思いがけないことを言われて来ました」 うけしょ 「三郎どのに、こなたが : 「それではこの身への請書はいったい何となりまする」 183
それなのにその城はいまこうして空をこがして焼けてゆのだ : : と一一一口 , んばよ い。いや、はじめから、そうした天意 で神仏が自分を彌四郎に近づけたのだと思えばよい : 八蔵はだんだん彌四郎が憎くなった。 「おれは悪党ではない ! おれは神仏に見放されてはいな 足軽から奥郡二十郷の代官にあげられ、家老格にまで取 むほん 立てられた彌四郎が、その恩を思わず家康に謀叛を企てた いよいよまっ赤に空をただらす烙の下で、八蔵はいつま のだ。こうなるのが当然だったのかも知れない。 でも同じことを繰返した。 ( これは確に天罰らしい 随風の言葉と思い合して、八蔵はギリギリと歯をかみ鳴 、らした 0 「あの悪党めが : しかし、その悪党に言いくるめられて、大それた企てに かたん 荷担したのは誰であったか 「いいや : ・ 築山御前は、縁に出てさっきから半刻もじっと陽だまり 八蔵はあわてて首を振ると、こんどはポロポロと泣きだを動かなかった。 空は高くはれて、欅の梢に百舌鳥が来ている。ひき裂く 「おれにはまだ仏がついてござる。あの坊さまがそう言わようなその啼き声を時々、見やってはため息をついた。 れた」 信康は昨日無事に凱陣して、きようは本丸で御酒下され とすれば、自分がその仏に見放されないようにする道は があるはずだった。 一つしかなさそうであった。 その前に大賀彌四郎に会いたい。いったい甲州勢はどう 急いで岡崎へもどって、彌四郎の陰謀を信康に訴え出るなったのか ? 勝頼はどうして、どこへ自分を迎えてくれ ことであった。 よ、つとい、つのか ? ・ 自分はその企ての内容を知るため、荷担とみせて探った 信康からの使者としてやってきた野中五郎重政の言葉に 秋空 けやき - Z81
かな ? ・」 すらそれを念じ上げまする」 両刀をはずして火桶のそばへ寄ってゆくと、 彌四郎はまた恭 ~ しく一礼すると、そのまま静かに立ち あがった。 「一大事でござるぞ大賀どの」 と、山田八蔵は例の豪傑髯をあわただしくうごかして口 ここでもゴーツと木枯が屋根の上で鳴っている。 姫も喜乃も、茫然とした迷いの中に投げだされて言葉をを開いた。 かけることすら忘れていた。 「どうやら事は露顕しかけている。油断はなりませぬそ」 その効果を彌四郎は全身で味わいながら廊下へ出ると、 「なに、事が露顕 : : : その事とは ? 」 と、彌四郎はうそぶいた。 「さて、次は同志の者ともう一度 : : : 」 ロのなかでつぶやいて、本丸の玄関めざして出ていっ 「これはしたり、過ぐる年の甲州への内応のことでござ ( これで信長は援軍を出ししぶろう : : : ) 「それが、おぬしにどうして分ったの」 そう思うと、思わず片頬へえくばが浮く : 山田八蔵はそっとあたりを見廻して、怖えたように首を すくめた。 「築山御前さま腰元の琴女が、勝頼公からの誓書をぬすみ 彌四郎が自分の屋敷に帰り着いたとき、すでに同志のう見、それを父親に洩らした由にござる」 彌四郎ちょっと首をかしげて考えて、 ち、倉地平左衛門と山田八蔵の二人がやって来て待ってい 「それならば案ずるには及ばぬ」 と軽く言った。 ( 殊によると彼等も密書の到着を知っていたのだろう 「あの誓書に減敬の名はあったが、それがし達の名はない か ? ) これから呼びにやるつもりだったので、彌四郎はちょっ筈」 倉地平左衛門は刺すように彌四郎を見つめ、 といトかかしんだ。 「それでは済むまい。のう山田」 「これはご両所よく来られた。何か火急の用でも出来たの 348
時は、すでに信康の酔いは深んでいた。 「何だ。何か申すことがあるのか」 久しぶりに信康を迎えて、總姫ははじめからポーツと上「はい、お耳に入れておきたい事がござりまする」 「聞こ、つ。何事じゃ」 気していた。 「あのう、大賀彌四郎どのを、殿は何とおばしめされます 外はしとしとと五月雨れて、濡れた青葉が縁からもれる る」 灯りにギラギラと光ってみえた。 : ? あれはな武勇はとにかく、うし 「何と思、つかとは : 「今宵はここでタ餉を摂ろう。酒を持たせよ」 「、 0 ろのことを任すと役に立っ男だ。それゆえ、お父上も何も すぐにお支度を」 そして酒が運ばれ、晴々とした表情で盃をあげてゆく信彼も任せておられる」 「その彌四郎どのの儀について、お耳に入れたいことが 康を見ていると、姫の心は切なく弾んだ。 出陣の門出に訪れた良人の機嫌を損じては : : : と危惧す 「彌四郎のことで」 るあとから、若し万一、留守中に大事が起ってはとの懸念 ・ : 殿 ! 彌四郎は油断ならぬ曲者でござります もあった。 「こんどこそは武田勝頼の本陣を駈け崩してみせてやる、 思いきって言ってホッと吐息すると、信康は不央な顔で もはやおれも徳川の小冠者ではない。手柄話の土産を待て わきを向いた。 ひとみ 酌には小侍従が出ていて、小侍従の瞳は時々促すように「姫、築山御前はわが母じゃぞ。詰らぬことを話して、こ なたこの信康を不央にさせたいのか」 臣 . こ光った 0 「いいえ、母の御前のことなど : 彼女もまた留守中のことが気にかかっているのに違いな 「分っている。彌四郎がしげしげと築山御殿へ出人りする : そのことを申したいのであろう」 「さようなことではございませぬ。彌四郎は大それた謀叛 信康の機嫌は上々と見てとって姫がようやく口を開いた . し ゅ . - っげ 317
つけられたと琴女がどこやらで聞きだして来て告げた。 それを信康は怒りでもすることか、 なに、おれに弟が出来たと、それはめでたい、こん ど浜松に赴いたおり会って来よう。そうか弟が出来たか 男の兄弟のない身とて、わがことのように喜び、その夜 事の多かった天正元年は過ぎて、武田勢と徳川勢は緊迫は奥で、祝杯をあげたということだった。 したにらみあいのまま天正二年を迎えた。 ( お人よしが この年正月五日、家康は正五位に叙せられ、浜松の城で と、そのときも御前はひとりでじりじりしたが、もはや は盛大な祝宴が催された。 信康までが母の自由になる子ではなくなっていた。 むろん岡崎でも足軽の末にいたるまでご酒下されがあ武節、足助への初陣以来、戦場へも幾度かゆき、そのた。 り、もはや織田、徳川の同盟はいかに甲州の精鋭をもってびに父への尊敬を増して戻って来るらしい。 しても抜くべからざるものになったと、上下を挙げて喜び ( 男とはみなああしたものであろうか ) あった。 近ごろは毎夜のように武辺話に時を過し、 「ーーやはり海道一の弓取りはお父上そ」 ただそうした中で、築山御前だけは別であった。 そばめ 胸をそらして、誇らかに言い出したと、これは側女のあ 勝頼からはその後何の便りもなく、浜松から伝わる風聞 やめが告げていった。 は一つ一つが、彼女に背を向けるものばかりであった。 感情の上から耐えられなかったお万の方はどうやら家康そういえば、一日も早く男の初孫をとあせって持たせた の身辺を遠ざけられたと思うと、こんどはお愛が愛妾としあやめまでが、みごもったと知らせて来ては、また流れた て姿を現わした。 とぬか喜びばかりであった。余りのことにこの春など、わ いや、それだけではなくて、お万の方の産んだ子も、ひざわざあやめを呼びにやり、 そかにかくまわれて育てられているらしい。名は於義丸と こなた、夜のおとぎが過ぎるのではないか」 破れ雨