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検索対象: 徳川家康 5
166件見つかりました。

1. 徳川家康 5

その そう言う声は、さすがに深い嘆息になっていた。 忠次も忠世も妙に小さく肩をおとして坐っていたが、 「ただいまそれを : : : 申上げまする」 両側に居ならんだ近侍の間に息づまるような悲憤のただよ 忠次はおののきながら答えたが、大久保忠世はうなだれ いを感じとった。 たまま一一一一一口も口を利こ、つとしなかった。 「両人ともご苦労であった」 家康はっとめて平静に、二人を見やり近侍を見やった。 四 「右府さまは、ご機嫌であったか」 「十、ツ 「ご不審は十二カ条でござりました。気が顛倒致して居り 忠世よりも先に、忠次ががつくりと両手を突いて頭を垂まする。その順序のあと先は、お許し願わしゅう : れた。 忠次はそういうと、じっと姿勢を正して落付こうとあせ つつ」 0 「どうしたのじゃ。人払いをせよというのか」 戦場では十倍二十倍の敵に対しても、せせら笑って、あ 「いいえ : : : そ : : : そ : : : それには及びませぬ」 しらいかける忠次が、眼を血走らせて震えているのが、家 「それに及ばぬならば申してみよ。何ごとが起ったのじゃ」 「岡崎の若殿と築山御前、いずれも腹切らせとの難題にご康の心へ重くのしかかった。 「第一は、近ごろ岡崎近辺へ流行りだしている踊りのこと ざりまする」 一気に言って忠次は、そのまま額を畳にすりつけた。 でござりました。あの踊りは今川義元が田楽狭間に斃れ、 一瞬、あたりへは殺気がシーンと立ちこめた。 その子の氏真が家督をつぐと野火のように流行りだした踊 「忠次 : : : 、こなた、それをお請けして来たのかどうじゃ」りでござりまする」 「なるほどの」 「もっての他 ! われ等の一存でそのようなこと、お請け 出来る筈はござりませぬ」 「それが岡崎へ流行りだしたは何のためぞ。領民という 「りて、つか」 は、領主を信頼し、心に希望のある時は、そのような流行 家康は軽く二三度うなずいて、 はうけつけぬもの、が、眼の前に望みがなくなると踊りに 「何ゆえのご不審であったぞ」 われを忘れようとする。それゆえこの踊りを亡国の踊りと でんがくはざま 129

2. 徳川家康 5

( 何という人の好い・ ( 信長はそれを知っていて、わざと腰を重くして来た : : : ) 他人の戦と思えばこそ、仲々動かなかった信長。その位と家康は判断しているのだが、果してそれは当っている のことは徳川勢は足軽の端まで見ぬいているというのに。 、刀レ」、つ、刀・ 「織田殿はな、武田勢がわれ等の到着を知って、さっさと「殿、今日は強引に織田の殿にお当りなされ」 長篠の囲みを解き、決戦を避けて甲斐へ引き上げるのを怖 うしろで又元忠は念を押した。 れている」 「ばかな事をつ」と元忠は反撥した。 「そうなれば、もつけの幸いと、それで幾晩も岡崎へ泊ら 信長の本陣では、元忠の言葉どおり、すでに諸将が居並 れたとおばされませぬか」 んで家康の到着を待っていた。 家康ははじめて元忠をふり返った。 織田信忠、忠雄の二子をはじめとして、柴田勝家、佐久 「こなたまで、そう田 5 っていたのか」 間信盛、羽柴秀吉、丹羽長秀、滝川一益、前田利家と集っ 「それに相違ござりませぬ。それゆえ、急いで参って、是て、一応も二応も策戦をこらしたあとらしかった。 が非でも決戦させるよう評定せねばなりませぬ」 まだ幔幕をはりめぐらしたばかりの草の上へ、信長だけ しようぎ 「そうか。そなたまでのう・・・・ : 」 が床几をおいて腰かけていたが、家康を見るとすぐに、 家康は微笑をうかべてそういうと、べつにあとの説明は 「三郎殿は ? 」と、信康の姿のないのをいぶかしんだ。 しなかった。言われるままに馬首をめぐらして、それから 「ただいま、松尾山に本陣を作りかけて居りまするゆえ、 極楽寺にむかった。 あとで決定したことだけ知らしてやりましよう」 故信玄の戦術の中には「隠れ遊びの術」と唱える退き方「徳川どの」 があった。 信長は、自分のわきの床几を指さしながら、 敵味方の兵力を冷静に計算して、味方に勝算なしと判断「甲州勢は、いよいよ決戦をしかけて来るものと決りまし した時には、さっさと敵に待ちばけを喰わして引きあげてたそ」 ゆくのである。 家康はちらりとうしろに控えた鳥居元忠と榊原康政に微 6

3. 徳川家康 5

を命じ、備中攻めに初陣しようとして頬をほてらせ、眼を 「ならぬと一一一口、フのか。ワッハッ、ツ、・ 「昔の殿らしゅうござりませぬ。今後の習わしにもなるこかがやかせているのであった。 「うむ、源三郎も来たの、よしよし、さ、通れ」 とゆえ」 信長は先に立って設けの席へ歩きながら、 一一「は、またおかしそ、つに大った。 「それ、客人が着到致されたそ。灯をふやせ。灯を : : : 」 「、ツ、ツハ、阿濃はやはり女子じゃの。もし信長の身辺 を狙う者があ 0 たら、小姓どもの酔う酔わぬ位で事が左右そう言えば外はまだ微かに暮れ残 0 ていたが、もはや客 すると思うか。本能寺は要害の地ではない。それに信長の殿の中はすっかり夜の気配であった。 小姓たちは小走りになって燭台をふやし、すぐに用意の 身辺にはいま、何の兵力もないではないか。案ずるな、乱 膳部がはこばれた。 酔して喧嘩するほどは、許しはせぬ」 「中将は、家康どのに、公卿衆をよく引合せてやったであ ( 昔と違った ! ) ろうの」 濃御前はさしうつむいて口を噤んだ。 「充分に心しました」 四 「田舎者ゆえ、家康は相変らず、妙覚寺でも固苦しゅう控 信忠と源三郎の兄弟は、それぞれ相手の到着時刻を考ええていたか」 「はい」と、信忠は何を思い出したのか苦笑して、 てやって来たと見え、 「却って徳川殿にお気の毒なことを」 「おお来おった、待っていたぞ」 信忠の姿を見つけて、信長がおどけた身ぶりで中啓を半「お気の毒とは : 「考えてみれば、この城ノ介は中将、徳川どのは少将でご 開きにしてさし招いている時に、源三郎の列も中門をくぐ ざりました」 って来た。 「ああなるほど : 三位の中将信忠はすでに二十六歳の働きざかりだった 「それゆえ、それがしが引合せると、公卿衆は言い合せた が、源三郎はまた前髪立ちの少年。それが、津田又十郎、 同勘七、織田九郎次郎等の麾下、三千余人に妙覚寺〈参集ように、中将さまのお供が叶うてお芽出度うと申される。 315

4. 徳川家康 5

うつわ に、家臣の折檻が出来ぬような者は大将の器ではない。よ ここに控えている松丸の父鳥居彦右衛門元忠を縁側から突 きおとし、はげしくなぐりつけた事があった。 くそ元忠を折檻なされた。天晴れ天晴れと申して褒めちぎ って : : : 分るかの松丸、それ以来、この家康は、家臣に腹 と、家康は、感慨のおもむくままにその子に呼びかけた。 の立ったびに、そっとあたりを見廻して反省するようにな 「よッ っていった : ・ : 褒めてたしなめる、偉い爺だった ! 」 「そちの父彦右衛門はな、家康よりも三つ年上で、家康が家康はそう言ってから又明るく笑って、 八つの時に十一だった」 「その爺の子だけあって、元忠めもわしに上越す強か者に なり居ったわ」 「わしは或る日癇を立ててその年上の元忠を折檻し、祖母「は、何と仰せられました ? 」 の華陽院に叱られたのを覚えている : : : その頃の家康は、 「もう、そちも大人ゆえ、話して聞かしてやろうかの。こ その方の祖父、忠吉の仕送りで辛うじて駿府で生きていたれはこたびの甲州攻めのおりのことじゃ」 「↓よ、ツ のだからの : : : 」 松丸は何でそのような話を始めたのであろうかと、小首「わしのもとへ馬場美濃守の娘が、さる場所にかくれてい を傾げる表情で家康を見上げている。 ると注進して来たものがあった。それがひどくかの地に鳴 家康はとっぜん声をあげて笑い出した。その眼に薄く涙りひびいた嫋女ゆえ、召出して陣中のお傍の御用仰せつけ を見せて 下さればとの命乞いでの」 家康がそこまで話すと井伊万千代が、クスリと笑い、そ れからあわてて、咳払いをした。 : わしはまた何でこのようなことを思い出「万千代、そちは知っているな」 したのか。いや、やはりそちの祖父、忠吉を思い出したか 「いい一え、いっこ、つに ~ 仔じませぬ」 らであろう。いい爺だった ! わしが叱られているところ「ハハ・ ・ : 存ぜぬ者が、先廻りして笑うものか。それでな へやって来て、爺だけはわしを褒めちぎった。腹の立っ時松丸、わしは彦右衛門元忠に、その女子を保護しておけと たおやめ したたもの 284

5. 徳川家康 5

る。それに比べて、あまりに見劣りする宿所では、家康 対して礼を欠くおそれがあった。 その経費や結構を考えるだけでも光秀の肩は重くなる。 第一夏の饗応は食膳ひとつにも余計な苦労がっきまと う。鮮魚や鳥肉は腐り易く、涼に重きをおけば蚊が入りこ み、蚊を避けようとすれば涼は失われる。 と、光秀はひとりごちながら、わが築いた七層の高楼に 光秀は、信長の居間から出て、山の下段に展開してい さんさんとふりそそぐ陽の光を見上げて言った。 る、おびただしい諸家の屋敷を見おろしながら嘆息した。 こんどの家康饗応の役目は、一見容易に見えて深く考え「大切な役目ゆえ、この光秀でなければ、勤まらぬことな のじゃ」 なければならないものを含んでいる。 城を出ると、山裾までの道の両側は、蝉の声にあふれて 信長は今日、しばらくぶりで「親類」という言葉をつか った。しかし、すぐその次には「あっと言わしてやる」と も一一一口っている。 樹間にのぞく湖面は白銀をのべたように光っていたし、 くるわ その事は家康自身には親類の扱いと思わせ、天下の諸侯段丘へ建てられたさまざまな曲輪は、山そのものを巨大な へは、家康が駿河一国を拝領したお礼に、安土へ臣礼をと城塞に見せていた。 ( この城を見られたら、徳川殿もびつ さんきん って参覲したと見せかけなければならない。 くりなさろう ) 言いかえれば、家康の面目を立てながら、信長の威を天光秀の胸のうちで、任務の重大さはやがて一つの誇りに 下に示せと言っているのに紛れもなかった。 変った。日本で、これだけの城の設計の出来る者はほかに はあるまい ( 接待役を仰せつかれば、まず家康の宿所を決めなければ ならぬが : その城を建てた光秀ゆえ、家康の宿所もまた賓客をおど 何しろ光秀が繩張りした安土の城そのものが豪壮すぎろかすに足るものでなければならない。 ことは出来なかった。 「ご期待にそむきませぬよう」 「おう、向うも凱旋の道中、しばしばわれ等をおどろかす ような接待ぶりであった。負けるなよ」 信長はまた鞭のような声で命じた。 264

6. 徳川家康 5

のわきをぬけ、、 田原御前のいる奥の庭へつかっかと入っを歩いてのどが乾いた。茶を一ぶく所望しようか」 ていった。 「はい。湯はたぎって居りますゆえ。すぐに」 だいす ( もしゃ御前のところへ、何か知らせが来ているのでは 琴の前から台子のそばへ立ってゆく御前の首の細さが切 ないまでに愛くるしい。 そう思ってやってきたのだが、庭をめぐると勝頼はハッ 「お方 : : : 」 として歩みをとめた。 し」 ここにもうららかにぬく陽があたり、縁近く琴を持ち出「お方のもとへ近ごろ小田原から便りはなかったか」 「たより : してやわらかなぬく陽の中で奏でている御前の姿が、あま ・ : 」とあどけなく振返って、 りにも無心に、あでやかだったからであった。 「ここしばらくは何も」 ( この姫の兄が敵へまわる : : : そんなことが、あってもよ細い首を振ったので、かんざしがゆれて微かに鳴った。 いのか ) 勝頼は首をかしげて、しばらくじっと茶をたてる御前の後 2 勝頼は、御前が一曲弾き終って、ほのばのと上気した顔姿を見つめてゆく をあげるのを待って、若い御前に声をかけた。 今まで、信康と徳姫の関係を冷やかに好機として眺めて いたのが、いっか自分のことになりかけている。 早速小田原へ使者を出さねばならぬ。が、その使者のも 「しばらくぶりでお方の琴に聞きほれた。もう一曲聞かせたらす返事が怖ろしかった。もし諜者の言葉どおりであっ てたもらぬか」 たとすれば、氏政を責める手段の人質は、この御前より他 言いながら縁へあがる勝頼を見て、小田原御前は首をか になかった。 しげて微笑を返した。吸いっきそうな柔い皮膚の匂いで、 「ー・・・・・妹姫を斬られても苦しくないと言われるのか」 眸は少女のように澄んでいる。 そう詰問させて、 「つたない調べ、お耳を汚しました」 「ーー姫は差上げた者ゆえ、ご存分に」 「なんのなんの、和歌もうまいが琴もうまい。そうだ。庭と答えられたら、自分にこの若い妻を斬る勇気があるで

7. 徳川家康 5

「そちには分らぬ。早まるな。わらわは自害せぬというの た。いや、それは勇気ではなくて、やはり死を怖れる最後 ではない」 の抵抗かも知れなかったが : 「ならば、これにて、何とそ」 ( 死ぬものか ! ) 重政は脇差をぬいて乗物の前においた。 と思うと同時に、御前の躰は薄暗い乗物の中からまぶし 「重政 ! のう、聞いてたもれ。わらわはもはや自分の運い白日の下へ五彩の衣裳をひらめかせて立っていた。 命は予知している。わらわはな、家康どのの目の前で自害恐らく遁げきれるという計算は御前にもなかったのに違 してやりたいのじゃ。分別顔して、その実妻子の仕合せな いない。案のごとく重政の左の腕がご前の躰を乗物の屋根 ど、何一つとして護り得なんだ冷酷な良人の前で、これ見におしつけ、右の腕が脇差にかかった。 よと二一一口言って死にたいのじゃ。なあ、この場は了見して そして次の瞬間、あたりへはサザッと血の虹が立ったと 田 5 、つと たもれ」 「いけませぬ」 「うぬツ、主殺しを : : : 」 と、重政の表情は微動もしなかった。 胸をおさえて叫ぶ御前のうめきに、 「ご運のわるさに甲乙はござりませぬ。お方さまもお気の 「ご介錯申上げまする」 毒、大殿も気の毒にござりまする。それゆえ、ここでご自 白日の下で凍るような重政の声がからんでいった。あと 害願わしゅう存じまする」 の二人は乗物に背を向けて、近づく者の有無をひっそりと 「いめ、じゃー こなたには女のわらわの心がわからぬ」 見張っている。 「これは聞きわけのない。分っているゆえ、大殿の前にお 七 連れ出来ませぬ。この上ご夫婦、ご親子の間を傷つけて、 御家の嘆きを深められまするか。さ、ご介錯申上げまする 「うぬツ、よくもわらわを : : : 祟ってやろうぞ」 ゆえ : : : 」 気の遠くなるような晴天のもとで、胸に刺された脇差を 「いやじゃ・ つかんで立った御前の姿は、凄惨というよりも、むしろ何 , 前はもう一度叫ぶと、ふしぎな勇気がわくのを感じか底ぬけに悲しく憐れな人間の最期に見えた。 787

8. 徳川家康 5

信康をどこかへ連れ去っては呉れまいか : と、書いてあった。 その連想を家康は心で恥じた。 それらの事は当然予期していたこととて、別 ~ う ( 未練なツ ! ) きびしく自分を叱りつけて、また馬をすすろはなかった。 めだしたが、一度心に浮んだ想像は執拗に彼の胸で明滅し その日も家康は使番の小栗大六を呼んで、 「三郎はどうしていやった ? 」 と、さりげなく訊ねた。 小栗大六は大浜と西尾の間を往復して、信康の様子をつ 家康は西尾城へ九日まで滞在した。 ぶさに家康の耳に入れていたのである。 「十 6 、 0 、 いや、それは滞在というよりも、滞陣というにふさわし 。ししささかも変ったところはなく、居間を一歩も出 かった。武装もとかずに弓、鉄砲の衆を引きつれてじっとずにご謹慎なされてござりました」 四方を押える備えで過していった。 「そうか」と、家康はため息した。 降りつづいた雨は七日の午後に至ってようやく止んだ 自分の命令はきびしくみんなに守られている。当然安堵 してよい筈だったが、 それが却って物足りなかった。 が、その七白の夜が、家康にとってはいちばん心の騒ぐ、 焦慮の一夜であった。 誰かが家康の胸に秘めているある想像を察知していて、 信康をどこかへ連れ去って呉れないかという、考えてはな あれ以来、信康の命乞いをして来る者は誰もなかった。 すでに家康の決意が牢固としてぬくべからざるものとの印らぬ考えがいつも心底から消えなかった。 大浜は海辺なのである。陸上の備えはきびしくしてあっ 衆を、きびしく上下に与えていったせいであろう。 たが、何者とも知れす、海上から夜陰ひそかに小舟でやっ その間に信長からの詰間状につづいて、こちらから届け ていった信康処断の手紙の返事がもたらされた。それにて来て、信康を攫っていったとなれば切腹の命は宙へ浮く。 その間に徳姫のあの切ない心情が信長に通じていった さように父、臣下にまで見限られぬる上は是非に及ら、或いは信康は死なすに済むのではなかろうか : 明日は切腹を命じよう ) ばず、家康の存分次第になさるべきこと」 ( いや、考えまいー 、にら こびくとこ 772

9. 徳川家康 5

( 何という強靱さであろうか、この殿は : : : ) 「わしは不肖の子を持った。岡崎へ立越えて、直ちに、三 作左の判断によれば、酒井忠次も奥平信昌も、弁疏はき 郎信康を牢人させようと思うて居る」 き入れられなかったが、 「ほほ、つ、三郎・さまにどのよ、フな不都〈口がござりました」 「ーー・・・・ではおけ致しまする」 作左はさすがにとばけた言葉とは反対に、眉間の皺が悲 と、切腹を引受けて戻るとは思われなかった。 しげに震えていた。 したがって、二人のあとを追うようにして、信長の詰間 「今はの、乱れきった世がようやく新らしい秩序を見出そ 使は、安土を出発しているに違いない。 うとしている大事な時じゃ」 家康はそれを見ぬいていて、詰問使と入れ違いに、信康 「、こもっともで」 「織田の右府さま、折角これまでのご苦心が実りかけてを処分する旨、こっちから信長に届けさせようとしている のだ。 の、その大切な時に、右府さまの婿であるをよいことに、 どこまでも信長の命令で動いたのではない。わしはわし 領民を苦しめ、父にさからい、重臣と争う : : : その上」 家康はごくりと唾をのんで、声のふるえをおさえながら、の一存で : : : そう言いたい家康の肚であろうと思うと、ま 「乱心している築山御前が、武田家へ内応しているを、見ともに顔は仰げなかった。 「異存はないと見えるの。では、早速、大六を安土へ発た て見ぬふりしたは許せぬとがじゃ」 せる。その方、これへ呼んで参れ」 「たしかに」 家康は低い声でそう言って、はじめてそっと眼を開いた。 「それゆえ、わしみすから岡崎へ立越えて処分する。と、 作左衛門は顔をそむけたまま、 言って、三郎は右府さまの婿、何のお届けもせなんだら、 あとでおとがめがあるやも知れぬ。それゆえ、使番の小栗「では、すぐに」 小腰をかがめて立上ると、音もたてずに出ていった。 大六を遣わし、安土へこの旨届け置こうと思う。異存はあ るまい」 その日のうちに小栗大六は浜松を発った。 作左は到頭、たまりかねてわきを向いた。 ろうにん 152

10. 徳川家康 5

「もはや、山崎より先へは接近もかないますまい。なにし ろ右府さま父子は謀叛も知らず、一日夜半までのご酒宴と 「なにご最期と」 か。全く備えのないところを襲われましたものゆえ、明智 「はい。討たれたとも、ご自害とも、噂はまちまちなが 勢は水も洩らさず、要所々々を固めてござります」 ら、ご最期には万々狂いはござりませぬ」 家康は無言でうなすくとそっと眸をあげて庭の松の梢を 「して、城ノ介信忠どのは」 みていた。 「二条城にて、これも討死」 家康よりも先に、松井友閑が身をのり出して声をかけた。 「右府さま、ご父子の生死、茶屋どのには、何として確め られましたそ」 ( 信長父子がむざむざと殺された : 「はい、その儀は : ・・ : 」 それは家康にとって、何と考えようもない出来ごとであ その頃から茶屋四郎次郎は、ようやく呼吸がととのいだ していた。 納屋蕉庵の密告で、光秀の謀叛を、あり得ることに思 い、そのために旅程を変更して京へ戻ろうとは考えていた 「ひとり右府さまご父子だけではなく、本能寺も二条の御 が、まさか、こうあっさりと父子揃って生命を落そうとは 殿も焼失して、生残りし者殆んどなく、双方とも酸鼻をき わめた屍体の山でござりました。その上、日向守さま手勢思いもよらなかった。 にて、京への出入口は一切押えられ、洛中洛外ともに、明人間の生死には、人間のカの及ばぬ節が確かにある。そ 智勢ばかりになってござりまする」 れに信長はもはや、一織田家の盛衰などと離れて、日本 と、日本の民衆の運命に繋る存在になっていた。それが、 「茶屋どの」と、家康ははじめて口を開いた。 「では、われわれこれより引返しても、京へは入れぬと言父子そろってかく簡単に討たれたということは、油断と われるか」 か、備えとか、個人の運、不運とかでは片付けられない問 題をふくんでいる : 「恐れながら : ・・ : 」 四郎次郎ははげしく首を振って、 いったい神仏は、信長を討たせて明智光秀に何をさせよ つ ) 0 350